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Side Master
「ああ……」
あえかな嬌声が、心地よく耳に響く。
深夜に帰ってきた部屋は、またもやターンダーンサービスを受けておらず、けれどベッドメイクだけはされていた。
このフロアにいるスタッフは、この階にある部屋専用のフロア・マネージャーで客の出入りも確認しているから、いる間に入ってきているということはない。
ということは一度は外に出たのだろうけれど、夕方には帰ってきていたということか。
薄暗い部屋で、よほど眠り心地が良いのかソファに沈んでいる顔を覗き込んでも起きそうに無い。
一体いつから寝ているのか、昼夜逆転は時差ぼけのせいだろうとは思うが、主人をお迎えできない奴隷には仕置きが必要だなとほくそ笑む。
ついでにテーブルのお菓子の山は一体どうしたというのか、というのも問いただしたい気分にもなっていた。
あまり縁の無いスナック菓子は、子供の頃からほとんど食べていないせいか美味しそうに見えない。それでも、これが皆に人気であることくらいは知っているから、シュンも目に付いたら食べたかったのだろうけれど。わざわざニューヨークにまで来て、食事代わりに食べるものでは無いだろうという気はする。
指先で触れた頬が冷たいのも気に入らず、眠りこける身体を引き寄せて、深く舌を忍ばせて絡め取る。その拍子に唇についたままだったのか、塩辛い味に触れて顔を顰めた。
変な味では無いけれど、シュンの味が変わったようでひどく不快になる。
同時に身の内にある嗜虐性がむくりと鎌首をもたげてきて、激しい衝動が身の内に生まれた。
そのせいか力が入ってしまい、呼吸が苦しいのかシュンが身動ぎ、うっすらとその重いまぶたを開けて、硬直した。
その瞳に映る己の口元が嗤っていて、それから目が離せないようだ。
「悪い奴だ、そんなに俺に仕置きされたいのか」
口元に浮かぶ笑みは、シュンが恐れるほどに酷薄だという意識はある。
ソファに埋もれたままに動けないシュンをそのままに、彼のスーツケースを探して視線を巡らした。それは寝室のクローゼットにあって、引きずり出し蓋を開ける。
大きめのそれはカジュアルな衣服とスーツが大半だが、その奥にボトルや革紐などをしまい込んでいたのだ。
出入国でトラブルのもご免なので、あからさまな物は詰めてきてはいないが、どんなものでも使い方でその身体を愉しく苛むものにできる。
幸いに、シュンの目の前にある小容量のミネラルウォーターのサイズは、ほどよい大きさだから、滞在中に一度は使ってみようかと考えていると。
「あ、その……お、お帰りなさい……」
おずおずと、確かな恐怖の中でも必死になって言葉を探すシュンはどこか可愛い。
立派な成人男子であっても、自分より小柄で、少し童顔気味だからだろうか。元より好みの顔立ちとは思っていたけれど、そのちょっとした態度も気に入っていた。
「ご主人様の帰りも待たずに、ぐうぐう寝て」
「こ、ごめんなさい……っ」
起きようとした身体が、滑りの良いソファの上から崩れ落ちて、足下にぺたりと尻をついた。
「ほれ、挨拶だ」
ポジション良く、ちょうど股間の目の前にある顔に腰を突き出してやれば、命令の意味を違えること無く理解したシュンが、慌てたように手を動かした。
その拍子にきらりと薬指のリングが淡く光る。
それは、自身の大切な所有の証だと、その指を掴み上げる。
「……」
戸惑いを浮かべたシュンに視線で先を促し、指だけを高く掲げさせて。腰をかがめるついでにテーブルに腰を下ろした拍子に、菓子の袋がバサバサと絨毯に落ちて、細かな屑を振りまいた。
それを無視して、リングに口づける。
その瞬間、シュンが驚いたように視線を上げたけれど、鋭く睨めば慌てて中から取り出し、先端にしっかりと口づけてきた。
一日スラックスの中にしまわれていた男臭いそれに、舌先を出し、湿り気を与えるようにまんべんなく這わしていく。
乾いた亀頭がぬらぬらと間接照明に反射する頃には、陰茎も硬度を上げて、太い血管が際立つようになったところで、舌先が茎をも刺激し始める。
「ん……くっ……」
喉を鳴らすと共に、じゅるっとすすり上げる音がして、シュンの腰が少し揺らいでいるのに気が付いた。
「揺れてるぞ」
主人のペニスに奉仕しているだけで、感じる身体だと知っていて、揶揄してやる。
ぎくりと肩を揺らしてその動きは止まるけれど、そんな徒労などあざ笑うように、唇を寄せて薬指をぺろりと舐めた。
跳ね上がった視線が絡み、前に出した靴先で閉じた膝を突いてやれば、正確に意図を察したその瞳が揺らぎ、細められた。
徐々に開く膝の間に差し入れた固い靴先が、柔らかな中に固い塊に触れる。
びくっと跳ねた身体が小さく呻き、押しつけられていた唇が大きく開いた。
ジーンズ姿は初めてみたが、先日のスーツ姿とは違いカジュアルな格好もよく似合う。
着衣で犯すのは最初以来のことだが、これはこれで愉しいかも、と背筋に這い上がる快感と愉悦に、脳内が赤く染まっていた。
そのせいか、それとも何か他にあるのか、証のリングがなぜか美味く感じられて、口から外せないままに、固い靴底で股間を踏みしだき、その跳ねる身体の動きを楽しんだ。
すでにペニスは完全に勃起し、溢れた先走りがシュンの顔を汚しているのもそそられる。
「銜えろ」
少し上擦った口調での命令をかけ、無理なサイズを奥の奥まで銜えることに大人しく従う姿に、興奮する。
従順でいることを強制し続けてきたけれど、まだ完全では無い。だが、それでも良いかと思うのは、この躾ける過程が楽しいからかもしれない。
ジュプジュポと唾液が泡立ち音に、心地よく包み込む熱、口蓋でくまなく与えられる刺激に、喉の奥の締め付け。上手な口淫に、昨日の朝から解放していない身体が、一気に高まっていって。
「飲め」
熱を孕んだ命令に、ごくりごくりと喉を鳴らしていた。
もっとも、命令などしなくても零すこと無く飲み込むようには躾けているけれど、それでも命令する楽しさはいつでも外せない。
この薬指のリングのように、ずっとこのまま嵌めていたいと思うほどに、シュンの口は堪らない。
けれど、もっと心地よい場所があるのだから。
「服を脱げよ」
「は、い……」
小さくえづいたシュンが、それでもこくりと頷いて立ち上がる。未だ掴んだままの薬指を、いぶかしげに眺め、それでも右手でシャツのボタンを外しだした。
ふっと、あの時のようにその服を引き裂きたい衝動に駆られる。
弾け飛んだボタンに、裂かれた白いシャツ。狭い車内でシートに押さえつけられ、泣き叫ぶ顔。
「っ」
脳裏に浮かんだその光景に、思わず喉が鳴って。
「ひあっ!」
床に引きずり倒し、そのシャツを力任せに引き裂いていた。
「あっ、や……っ」
恐怖が、その面を飾っている。
強張った指先が己の腕を掴み、けれどその力無い手は、動きを止める物では無くて。
「抗えよ、許してやる、存分に抗え」
滅多に無い許可に、けれどシュンは戸惑い、動けないようだ。
だから。
「お前はもう俺のもんなんだ。犯してつくして、その淫乱な身体に刻んでやる。ザーメンまみれにして、悦ぶ身体にな。逃げられやしねえよ、俺に捕まって、無事に生き延びた奴なんかいねえ」
あの時言ったのはこんな言葉だったか。
さんざん犯して連れ込んだあの家で、それでも逃げようとした身体を組み伏せて、縛り上げて。
「この身体はもう全部俺のモノだ」
高らかな宣言に、シュンがひいいっと高い悲鳴を上げた。
思い出したのか、あの時の痛みと屈辱を。
与えられる快感と苛まれる苦痛に混乱した精神と身体が屈服したあの日々を。
抗い始めた身体が、己の腕に爪を立てる。記憶が混乱したのか、それとも許すと言った言葉を信じたのか。最近なかった攻撃に、堪らず舌で乾いた唇を舐めた。
「おもしれえ」
これだから。
従順なくせに、逆らうことを忘れない。
それでも体格差と元からの筋力の差はいかんともしがたいのだろう。暴れたといっても、押さえつけるには問題無い。
「い、いやぁっ、ひあっ、ゆ、許して……ぁぁ」
自分が何をやったのか、改めて気づいたように許しを乞う姿は、今の己には逆効果だ。
内に宿る熱塊が、ますます激しく暴れ出し、もっと傷つけたいと性欲とは別の欲が暴れ出す。
ああ、危険だ。
まだ壊しては駄目なのに、まだしたいことがいろいろあるのに。
真紅に染まったような視界の中で、怯える姿を堪能しながら、舌舐めずりが止まらなくて。
引きずり下ろしたジーンズはそれでも膝先で引っかかってしまったけれど、尻穴を晒すには十分だった。
突き出した腰から別の生き物のように生えた己の逸物はもうすでに臨戦態勢で、目の前の洞を征服したいと喘いでいる。
「ま、待ってくだっ、あぁぁぁぁ──っ!!」
悲鳴は部屋中に響いていた。場末のホテルならスタッフが飛び込んできそうな悲痛なそれは、けれどこのホテルならば届かない。
狭いそれにズボスボと潜り込んでいく己の逸物は、いつもよりきつい締め付けに歓喜に震え、ますますその硬度を増していく。
「最初の頃のような締め付けだな、うれしかろう」
滑りが足りず、軋む痛みはこちらもだが、シュンの方がもっと酷いだろう。
吐き出す息がある限りの悲鳴は、途切れたままに呼吸を許していないようだ。引きつったままに見開いた瞳から涙ばかりが流れていく。
もうすっかりこのサイズに慣れたかと思っていたが、さすがに慣らしも潤滑剤も無しにではきつかったようで、痙攣する身体はそのペニスを萎えさせていた。
そんな姿も、最初の頃を彷彿とさせて、懐かしい。
奥の奥まで突っ込んだところでずるりとギリギリまで引き出すと、ひゅうっと乾いた音をシュンの喉が立てて、数度激しく咳き込んだ。
そのたびに残った亀頭が締め付けられて、堪らずに呻く。
いきなりと言っても、慣れた身体であることは間違いなく、切れてはいない。ただ苦痛は間違いなく、涙で濡れた瞳が懇願するように縋ってくる。
「ご、主人様……ゆる、して……」
さすがにあの時のようには返してくれないけれど、それでも良いかと思うほどに、シュンの懇願は気に入っていた。
それに。
「何を許して欲しい?」
「あ……潤滑剤、潤滑剤使うこと……ゆるして、ください……」
前のように「抜け」ではなく、受け入れるための許可を乞う姿は、ここまで育て上げたという自尊心もくすぐられて心地よい。
もっとも、それを受け入れるかどうかは別物で、悪戯心という可愛い物では無いという自覚はあるが、「駄目だ」とにべなく答えてしまうのは、己か己である所以だ。
「や……ひぐっ、ゆる、して、きつい、から……」
ずるっとわずかに挿入して止まってやれば、ひくつきながらも縋ってくる。
めくれ上がった尻穴は赤く腫れたようで痛々しさは確かにあるが、それがまた欲をそそるのだから、どうしようもない。
それでも、壊すことまでは考えていないから、少し考えてから潤滑剤が入ったボトルをその身体の上に落とした。
「自分でやれ」
「え、あっ! 待っ!」
ボトルを掴むか掴まないかで、ずぼりと奥まで押し込んで、また抜く。
悲鳴とともに仰け反る身体から足を高く掲げさせ、ギリギリとまで抜いては上から押し込むように深く貫く。
その動きに合わせてヒイヒイと喚く身体は、思うように動けずに、蓋の空いたボトルから潤滑剤が腹や胸へと関係ない場所散るばかりだ。
「やっ、ぎっ、まぁ、あぁぁ」
手が、指が、水槽の中の水草のように蠢き、腹の潤滑剤がたらりと胸へと流れていく。
濡れた手が止めるように胸を突くが、そんな力では止められるはずも無く、諦めたようにその手が己の股間へと向かっていく。
「待っ、んぐっ、ぐっ、あぁ、やだ……とどかなっ、あっぐっ」
折り曲げられた姿勢で揺さぶられ続けて、うまく手が届かないと泣いて訴えて。
その泣き顔にそそられて、流れ落ちる全てがもったいないと感じて拍子に唇を寄せて舐め取っていた。
その拍子に、なんとか届いたのか滑った指が陰茎に触れたのが判った。
力無い指が輪をつくり、自身の滑りを移そうと擦られている。
ほんの少し滑りでも、それでも少しは役だったのか、滑りが良くなりこちらも楽になる。
堪らずかけた言葉は無意識だ。
「よくやった」
意味のあまりないはずの褒め言葉だったそれ。
けれど、不意にシュンの表情が緩んだ。
恐怖と苦痛に強張っていたそれが、弛んで。それは、確かに微笑みでしか無くて。
その瞬間、脳天まで駆け抜けた快感の目も眩まんばかりの激しさに、堪らずに目の前の身体を抱きしめて、その細い肩に、衝動的に深く噛みついていた。