快楽マンション 5号室 タカオとセイジ

快楽マンション 5号室 タカオとセイジ

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 大学での講義が終わった後、俺は自宅があるマンションへと帰っていた。大学の最寄り駅から駅で三つ。それから10分ばかり歩けば辿り着ける距離だ。
 普段の俺は、しごく真面目な大学生をしている。たまたま俺を見かけた高校時代の俺を知る連中は、信じられないと驚いているけれど、大学の雰囲気はけっこう面白かった。
 まあ、適度にサボることはあるけれど、それでも必要な講義は休みなく行っている。もっとも夜はやることがあるから、遊びに行く暇なんてないんだけどな。
 でもそれも、あの人が『大学くらいは真面目に行きなさい』というから、だから真面目にしてるだけなんだけど。
 あの人の言葉に最初は反発したこともあったけれど、今では、何よりも守らなければならない大切なことだって判っている。
 俺の親は、金さえ与えとけば子供は育つと言う最完全に放任主義の奴らで、一人で買い物ができるようになった小学3、4年辺りから、食事もお金で渡されるようになって。
 中学に入ると反抗期って奴もあったのか、親の言うことなんて聞く気にはならなくて、家にほとんど戻らなくなった。それでなくても子育てを面倒くさがる親たちは、反抗心で扱いづらい俺を無視しだして。
 そんな親や事なかれ主義の先生も、俺はまったく信用も信頼もしていない。
 けれど、あの人は違う。
 悪いことをしたらとても厳しい人だけど、けれど、俺がちゃんと言うことを聞いたら一緒にいてくれるし、とても優しくしてくれるのだ。
 俺はあの人で、人の温もりを知った。
 褒められて、笑うことを知った。
 幸せというものを、知った。
 それは、俺がそれまで本当に知らなかったことだった。
 万引きもひったくりも、シンナーもドラッグも、警察沙汰にならないだけで、けっこういろんなことをやっていて、それはそれで面白いし楽しいものだと思っていたけれど。
 でも、あの人に教えて貰ったことに比べれば、呆れるほどにお粗末なものなんだってようやく判った。
 そんな俺があの人に出逢ったのは、親が金にあかして入れた大学で卒業まで遊び倒していればいいやと思っていた入学当初の頃だ。
 いつものように夜の街で管を巻いていた俺は、いきなりものすごく強い力で腕を掴まれて、逆らう間も無く車に放り込まれて。
 気がついたら、やばそうな風体の運転手付きの車の後部座席で、あの人と相対していた。
 外から閉められたドアから逃げようと思っても、掴まれた腕が外れない。その後、ドアを閉めたまだ若そうな奴が助手席に乗り込んできて、走り出した車はすぐにスピードを上げて、逃げるに逃げられない状態になっていたのだ。
 怒鳴っても、掴みかかっても、幼子でも相手にするようにあしらわれ、腕をねじ上げられ組み伏せられて。
 危険を感じても、逃げ出すこともできずに、そのままあの人の家に連れて行かれた頃には疲れ切ってぐったりと崩れているしか無かった。それでも、全裸に剥かれてとんでもないところを触られてしまえば、気力を振り絞って暴れたし、逃げようともした。だけど、俺の力ではどうしようもなくて……でも……。
 それから何度も、拒絶して、逃げようとしたけれど、あの人は決して怒鳴ることも暴力を振るうことも無くて、ただ淡々と俺を諭しながら、あの人の言葉の正しさを証明していって。
 それに、男に愛撫されるなんて、とんでも無いって思っていたけれど、あの人の言葉も手も優しくて、呆気ないほどに快楽の渦に引きずり込み、俺の知らなかった世界を見せてくれた。
 だからだろうか、一週間も経たないうちに、あの人に逆らうよりは言うことを聞いた方が楽で気持ちも良いのだと理解してしまったのだ。
 そうなってしまうと、後は早かった。
 あの人は言うことをちゃんと守ればとても優しくしてくれて、真面目に実行すれば、俺の願いも聞いてくれる。
 一人で放っておきやしない。
 達きまくって放心していても、いつまでも抱きしめてくれて、一緒にお風呂に入って、そしてまた素敵な快感を味あわせてくれて。
 そんな俺が可愛いと、素敵な子だと、あの人はいつも優しく囁き、甘い言葉に溺れさせてくれた。
 あの人は正しい、俺の今までが間違っていたのだと。
 気がついて、委ねてしまえば素晴らしい日々が待っていた。知らなかった優しくも甘い世界に俺はどっぷりと浸かって、4ヶ月ほど経った今では、俺はすっかりあの人に柔順になって、あの人もそんな俺に喜んでくれているのがとても嬉しくて。
 住まわせてくれているマンションで過ごす今は、サイコーに幸せだって思えるようになっていた。
 実際には、あの人の秘書で俺の世話をしてくれる、あのとき助手席にいた男も一緒に住んでいるけれど、彼は用事が無いときはおとなしく部屋にこもっているから、あんま関係ない。
 一度知ってしまった幸せは、何も無かった日々を知っているからこそ、もう二度とそれを無くしてしまいたくなくて、あの人の言いつけはますますきちんと守るようになって、今はもう、あの人に逆らうことなんてまったく考えられなかった。


 マンションの最寄り駅から出た頃からだった。
 微妙な違和感を与えていたそれが、細かな動きを始めてしまって。
 そこから他の神経にまで繋がってしまったみたいに別の場所が疼きだして、しかも、身体の奥に蓄積された疼きが全身へと霧散し始めていた。
 その疼きは、体内で熱を宿し、孕んだ熱が熱を呼んで全身に広がるとともに、末端の敏感な神経まで容赦なく茹だらせていく。
 マンションまで後30メートルばかりになった頃には、急に膝から力が抜けて崩れそうになる。
 同時に、血流に乗った熱が広がり、脈打ち煽る。夏も終わり、過ごしやすい気候の中、俺は一人額に汗を浮かせ、まとわりつくシャツを濡れた肌から引き剥がしながら、荒い息を吐いていた。
「ん、んく……はぁ……ぁ」
 今日の講義は午前中だけだったから今は午後の早い時間で、行き交う車は多いけれど、人は少ない道だ。
 それでもたまに人が通る歩道で、俺は自分の状態を気取られないように必死に平静を保っていた。
 ふらつく足に力を込め、前屈みになる身体を、背筋に力を入れて伸ばして。あられも無い喘ぎ声は、溢れる涎と共に飲み込んだ。けれど、そんな努力をあざ笑うように、腹の中から響く振動は、途絶えること無く敏感な中を震わせて、快楽の泉を波立たせているみたいに広がっていく。
「んあ……やだぁ……待って……」
 堪らずに喘いでしまうほどにこみ上げた甘い衝動を、手のひらで口を押さえて封じ込めた。
 あの人が、育ててくれた快感の元。
 アナルの奥にあるそこは、チンポでオナる快感なんか目じゃないほどの快感を与えてくれる場所で、俺はあの人にそこを虐めて貰うのが大好きだった。
 イヤらしい子だ……ってからかわれるのが恥ずかしくて、でも、我慢できずに悶えたら、良い子だって言ってくれる。
 毎日優しく解されて拡げられた俺のケツの穴には、今はあの人のモノを象った特別な張り型を挿れていた。俺はそれを、大学から帰る前にトイレで手ずから挿れておいたのだ。
 だって、あの人がくれた大事な贈り物なんだから。
 これを使っているととても喜んでくれるから。
 俺が帰ったときにもしあの人が帰ってきていたら、挿れているところをすぐに教えられるようにって思って、先に挿れておいた。それに、あの人がタイマー設定したそれは、俺が変な寄り道をしなければちゃんと家まで帰られる時間を取っていたから、大丈夫って思ったんだけど。
 ただ今日は、あの人の秘書経由で取ってきて欲しいと頼まれた駅の反対側にあるコンビニ預かりの宅配便を取りに行ったりしていたら、思った以上の時間がかかったせいで、まだ帰り着いていないのにバイブが暴れ出してしまったみたいなんだ。
 俺の身体は前立腺からの快感をしっかりと知っているから、まだ最弱の動きでも堪らない快感を感じてしまう。それに、これはあの人が特別にしつらえてくれた特別製。俺専用のもので、全てがジャストフィットしているから動き始めたら、確実に快感を与えてくれる代物なのだ。
 その上。
「んぁ……ぁ、やぁ……おっぱ……も……」
 急に乳首への振動が激しくなって、胸の前で抱えていた鞄がずり落ちそうになった。
 両乳首のバイブまで動き始めたのだ。鋏がちょっときつめの重いクリップは、それだけで堪らない快感をもたらせてくれる代物なんだけど、ぶら下がる重りの中には振動子が入っていて。
 ずっと挟まれていたせいの痛みがいい加減麻痺してくれたところへの振動は、痛み以上に得も言われぬ快感をもたらせてくれたのだ。
 思わず開いた口の中からたっぷりと沸いた涎が、口の端から溢れそうになる。
 胸で震える二つのバイブに、下腹の肉壷を埋め尽くすそれ。もうそれだけで力が抜けた膝の震えが酷くなり、このままだと辿り着けなくなる予感がしていたけれど。
 トイレで取り付けたのは、もう一つあって。
「は、はや……く……、早く……」
 次のタイミングでもう一つがきっと動き出す。
 そして、たぶん……同じタイミングで、すでに動いている三つのバイブも強度を上げてしまう。
 そんなふうに設定したのはあの人で、あのときは俺も面白いかもってワクワクしながら見ていたんだけど。
 まさかこんな往来で、それが始まってしまうなんて思っていなくて。
 せめて……せめて。
 ぜいぜいと荒い吐息を吐き、震える身体を自ら抱きしめるようにして、ぼやけた視界に目的地のマンションを入れて。
 ただ、ひたすら足を動かすことだけに集中した。
 けれど。
 動けば重りが揺れて乳首が震えて。
 擦れ合う太股に力が入って、尻穴まで締めてしまって。
 暴れるバイブに、絶頂にも似た快感が弾け飛ぶ。
「や、あ……ん……、達き……た……あぁんんっ……待って……ぇ……だめぇ…………」
 こんな道ばたで絶頂なんて迎えたら、あの人に叱られてしまう。
 嗜みというものは最低限持ち合わせないといけない、と、きつく言われているから。
 こんな往来で達くなんて……許されていないから。
「まっ……てぇ……、動か…ないっ……で、あぁ」
 よろよろと。
 あと少し、あと少し。
 前屈みの姿勢を戻す気力も無くて、ただ足だけを動かして、なんとか。
 なんとか、マンションのエントランスに入った、その時。


「い、あぁぁっ!!! あんっ、あぁ——ま、待っ——ぇぇっ、ああっ、んんっ!!」
 

 エントランスホールの外のドアと中のドア。
 二つのドアに挟まれたホールに熱を帯びた嬌声が響き渡る。
 崩れ落ちた身体が、床の冷たさを拾ったけれど、その程度で治まるものではなく、伸ばした爪先で掴めないタイルをカリカリと引っ掻き悶えた。
「やあぁ、チ、ンポぉ……あひぃぃ……ぶっ飛んで……あぁんんん!」
 最後の玩具が、狭い管の中で暴れていた。
 強度アップした他の玩具と同様に、タイマーで動き出した尿道バイブが、中から前立腺を突き上げて、後ろと前と両方から責め立てるそれに、理性なんてぶっ飛んで。
 ただ、バイブが与える快感を享受して、狂いまくる。
『そんなところで悶えるのはルール違反ですよ』
 聞き慣れた大家さんの声が遠く聞こえる。
『さあ、中に入ってください』
 身体が引きずられ、内側のドアの奥へと入れられたのが、床の感触が変わったことでかろうじて気がついたけれど。
『ルール違反は、剣持様にお伝えしておきますからね』
 言葉は全て脳を素通りしていって、一つも残らない。
 そんな俺は、冷たいタイルの上で、俯せで頬を床に擦りつけ、だらしなく開いた口角から涎をだらだら垂らし、高く上げた腰を激しく上下させて、悶え続けていた、らしい。
 そんなことすら記憶に残っていなかった。



「大家さんから苦情が届いていますよ」
 あの後、30分ばかりしてバイブも止まった後に意識と理性を取り戻した俺は、力の入らない身体を叱咤しつつ、なんとか五階にある部屋まで帰り着いた訳だけど。
 ドアを開けたとたんあの秘書が立っていて、いつものように何考えているか判らない平坦な声で言い放ってきた。
「あの方にお伝えしたところ、あなた宛の伝言を承っております」
「あの人の……」
 それだけで、だるくて丸まっていた俺の背筋はピンと伸びて、足下しか見えていなかった男の顔を見つめる。
 彼の名前は知らない。
 あの人も、俺の前で彼の名前を呼んだことはないし、彼も自分の名前を名乗ったことはなかった。
 それに、あの人が言ったのだ。
『彼の名前を知る必要はないよ。彼は私の秘書であって、君の世話係になるが、君にとってはそれだけの存在だから。本当なら、世話係など必要ないかもしれないがそれだと少し不都合があってね。彼なら、私の言うことはきちんとこなしてくれるだろう。それに、君が名前であろうと彼の名を口にするなんてこと、私は気に入らない』
 俺を見る目は穏やかだったけれど、最後の方はほんとうに不快そうだった。
『それに、何かされても言葉をかける必要は無い。……私以外の誰かと話すのは、本当はできるだけ止めさせたいのだけど……まあ君には必要だしね。でも、私の用事をこなす以外は、彼はいないものとして扱いなさい』
『はい、判りました』
 俺ははっきりとあの人にそう答えたのだ。
 だから何か呼びかける必要があるときは、秘書さんとか、あんたとか。食事や何かされていても俺は何も言わないし、手伝いもしない。必要なとき以外は、とことん無視している。
 まだ20代らしい彼のスーツ姿が良く似合う大人びたところとか、あの人にたいそう信頼されている様子は、俺としてはとてもうらやましいけれど、俺にとってはそれだけの存在。
 でも、俺もあの人に言葉をきちんと守っていれば、きっとこの秘書のようになれるかも知れない。
 大学を出たら、あの人の元で働けるようになれるかも知れない。
 だから。
『ただし、私がいない時は君の世話は彼がするから、きちんと言うことを聞くこと。彼の言うことは私の言葉だと思いなさい』
 そう言われたことを、俺は守らなければならなかった。
 だから彼が、まして、あの人の言葉を伝えようとする時は、俺はあの人と相対したときのように、直立不動を取って聞く。
 俺が間違ったことをした時も、彼の言葉は全てあの人の言葉。
 だから、言われた通りにいつも罰を受けていたから、今日もきっと彼から罰を受けることになるのだ。
 だから。
「ルールを守れないのは悪いことです」
 その言葉にびくりと肩が震えた。
 けれど、それはもう判っていたことだったから、俺は観念して下唇を噛んだ。
 公のルールを守ることは、あの人に固く言い含められていたことだったから。それが守れないのなら罰は当然だ。
 あの人は優しいけれど、そういうところはとても厳しいから。
「あなたが出かけた後に決まったことですが、本日20時より大切なお客様が来訪されることになっていました。ただあの方の帰宅が遅くなりますので、待ち時間の間そのお客様の対応をしていただく話でしたが、あの方がそれをキャンセルなさいました。ルールを守れない子に対応させるのは、お客様にとても失礼だから、と」
「あ……」
 なんということだろう。
 俺は、あの人の役に立てなかったのだ。あの人に喜んで貰おうと玩具を入れたのに、結局自分の欲望に負けてしまったから。
「お、俺……なんてこと……す、すみませ……ん」
 あの人は、一度決定したことを違えない。
 もう俺がいくら謝っても、反省しても、お客様のキャンセルは覆せないのだ。
 それに言い訳などできようはずも無い。実際、俺は”外”のエントランスホールで、浅ましく悶えて何度も達っていたのだから。
 外と隔てたドアの中とは言え、もう一つ中にある住民用のエントランスホールでないあそこは外と同じだから、あんな行為は厳禁なのだ。
 あそこは往来。
 誰も往来で、あんな破廉恥なことはしない。あんな、伏せて腰を振りたくって、ひいひい啼き喚くなんてこと。
 あのとき、たぶん大家さんが”中”に入れてくれなかったら、他人に見られていたかも知れないのだ。
 それをしてしまったことに、今更ながら強い後悔が沸いてきて、ぎりっと奥歯を噛みしめて、深く俯く。
 やば……涙が出そう……。
「ごめんなさい……」
 かろうじて口にして、けれど、それ以上言葉を紡ぐことなどできなくて、零れそうになる嗚咽を必死になって飲み込む。
 役に立てなかったことも、たいそう辛い。
 少し暗い玄関先で、重い沈黙が続く。
 身体の中には相変わらず玩具があるけれど、動いてないだけ幸いだった。もし動いてしまったら、反省どころで無くなるほど、俺の身体は敏感だから。
 そんなことになったら、今度こそ本当に呆れられてしまいそうで……。
 だから、できるだけ身体に力を入れないように、けれど、ひちすら小さくなっていた。
 と、小さなため息のような吐息の音が聞こえ。
「……あの方は……そんな……」
 躊躇いがちなその物言いに、ほんの少し違和感があった。
 いつも冷静に必要最小限の言葉で伝えてくる彼にしては、珍しいと思ったのだけど。
「いえ……」
 そんな躊躇いを振り払うように彼は数度首を振って。
 それも変だと思ったけれど、だが、その後続いた言葉に、感じていた違和感など呆気なく吹っ飛んだ。
「……今日のお客様の代わりに、別のお客様が今日から一週間あの方の別荘をお使いになります。ただ、別荘の掃除の確認など必要事項がありますので、あなたはそちらに行ってお客様を準備をし、迎えてください。その時に、お客様のご要望などがありましたら、あの方の代わりにあなたが対応してください」
「えっ……」
 その言葉に顔を跳ね上げた。
 えっと……じゃあ、お客様をお迎えして対応するのが、ここではなくて別荘になっただけで。
 あ、でも……別荘って、俺が何ができるのか……。ここだとなんでもあるのは知っているから、なんとかなると思っていたし、あの人が帰るまでって短い期間だったから。
 けど、準備って。
 対応って……
「あ、あの……俺」
 俺の戸惑いが判っていたのか、彼は小さく頷いて、俺の言葉を遮るように手をかざした。
「対応と言っても、そんなに難しいことはありません。今回のお客様方は、全て心得ておられる方ばかりですから。それにあの別荘にはなんでも揃うようにしていますから、ご要望があっても別荘内で事足ります」
「あ、そう、なんだ……」
 でも、それって、あの人のためのとっても重要な役目で。
「あ、あの……俺、怒られるって……。守れなかったのに……そんなこと、任せてもらえるなんて……」
 頼られる悦びととともに、不安も確かにあって、躊躇いがちになった言葉を、彼は否定する。
「あなたしかできないことです。あの人は、あなたならできると考えて頼んでいるのです。ただ、あなたができないというのであれば、そのようにあの方にお伝えしますが?」
 その言葉を理解したとたん、俺は大きく首を横に振っていた。
「やりますっ、俺、きちんとやりますっ」
 断って、あの人を失望させたくない。
 俺ならばできるって、そんなふうに思っていてくるのに、どうして、断るなんてできるだろう。
「すぐに準備して……あ、あの別荘って……」
「別荘までは、車を手配しています。そうですね、ここからだと二時間ほどでしょうか。それから荷物はこちらで準備して、すでに車に乗せております。ですので、すぐに出てください」
「え、あ……でも……」
 さっき達きまくった俺の身体は、肌も服も精液や淫液でびしょびしょで、臭い。
 玩具も入りっぱなしだし……。
「着替えを用意しています。シャワーはあちらに着いてからにしてください。あなたが戻られるのが遅かったため、お客様の到着に間に合うかどうか微妙なところなのです」
 きっぱりと言われ、俺は頷くしか無かった。
 もうこれ以上、あの人の不興を買いたくなかったから。
 だから、慌てて部屋に向かって、用意された服がスーツなのに気付いて驚いた。
「スーツ……」
 今まで来たことも無いそれに、戸惑い、けれど、なんだか嬉しくて。
 けど。
「これって……ペニスバンド?」
 スーツの上にあったのは、ペニスの根元から亀頭前のくぼみの辺りまで五連の皮帯でできた輪があるペニスバンドだった。それぞれが陰茎の下になる皮帯でつながり、根元のバンドは二つの陰嚢を両脇にくびって固定してその動きを止めるから、簡単に射精できないタイプだ。
 しかも各輪の接続部には金属のロック機構があって、締まる方にはいくらでも締まるが、固有の鍵が無いと緩められない。
「今回の罰がそれになります。ですので、しっかりと締め付けてください」
「……」
 そりゃ……そうだ。
 このペニスバンドを着けてあの人の愛撫を受けると、勃起しづらい上に射精もできなくて辛くて無きたくなるけれど、そうでなければ罰にはならないって判るから。
 これは、しょうがないことなんだって諦めて、それを手に取った。
「ネクタイは私の方で。まずはその服を脱いで……汚れは……トイレで軽く落としてきてください。時間がありませんので急いで」
「ん……」
 言われるがままに服を脱いで、トイレに走った。
 トイレで玩具を外す時、その快感に思わず喘いで悶えそうになって。そんな場合ではないと、こんなことをするから駄目なんだって思い直して、動きそうになる手を押さえ込む。
 ウオッシュレット機能と手洗いとを使い、なんとかひどい汚れをぬぐい取ったけれど、完全には取れないから、最低限にだ。
 とにかく少しでも早くここを出て、別荘で綺麗にした方が良いかも知れない、と思うと、ペニスバンドを着ける手も早くなる。
 そのペニスは、玩具を抜く刺激に勃起してしまっていたけれど、それを締め付けるようにカチカチっと革帯の両端の金具をかみ合わせて、ロックを働かせた。
 本当はもっと締め付けた方が良いのかも……って思ったけれど、もうちょっと落ち着いてからやり直そうと思って。
「遅いです」
 彼が呼びかけたのとドアを開けたのは同時だった。
 すぐにその場でスーツを着せ着けられ、ネクタイの違和感に喘ぐ間も無く、玄関の外に連れて行かれて。
「あ、携帯……」
 自分の荷物も何もかも、脱いだところに置いてきたと言いかけたのだけど。
「別荘では携帯は使えませんから不要です」 
 きっぱり言われて、返答する間も無く階下に連れて行かれた車へと押し込まれた。
 広いセダンの車の運転手は、あの強面の人。
「飲み物などはそちらにありますから、ご自由にどうぞ」
「あ、良かった、喉渇いてたんだ」
 思いっきり喘いだせいで、喉がカラカラで。さっそく、すでにドリンクホルダーにセットされていたジュースを取りあげ、ごくごくと音を立てて飲んでいると。
「…………に…て…」
 ドアが閉まる瞬間、彼が何かを言いかけた。
 けど、それが言葉になるより早く、ドアが音を立てて閉まる。その僅かな風圧に瞬きしている間に車が走り出し。
「何で……?」
 窓の外、小さくなっていく彼が、深く、身体が二つに折れているほどに深く、頭を下げていた。
 それは、俺の視界からその姿が消えるまでずっと。
「何なんだ?」
 疑問を口にしても、もとより今まで一言も口にしたことのない運転手が答えてくれるはずもなく、それが解消するはずも無かった。