「あなたのそれは随分と自分勝手なものなんですよ」 相変わらず家城が、冷淡とも言える態度で梅木に詰め寄る。 それはわざと梅木を怒らそうとしているように啓輔には見えた。 梅木の両手が躰の横で色が白くなるほど固く握りしめられ、僅かに震えている。 「それとも、あなたにとって、服部さんに構ったのは遊びだったんですか?今日ここにきたのもお気に入りおもちゃでも取り返そうという気持ちなんですか?」 その言葉に服部がひくりと引きつったのが見えた。と、同時に梅木がその拳を繰り出していた。 「あっ!」 啓輔がそれと気づいたときには、梅木の拳は家城の顔面で手によって遮られていた。 「き、さま〜っ!」 ぎりぎりと音がしそうな程食いしばられた歯の隙間から漏れる言葉の剣呑さに、啓輔は知らず後ずさっていた。 それを涼しい顔をして受ける家城ですら空恐ろしいと感じてしまう。 「何を怒っているんです?言われたことが真実だったから、ですか?」 「違うっ!」 静と動。 この二つがせめぎ合ったらどちらが勝つんだろう。 だが、どう考えても主導権はずっと家城が握っている。すでに梅木が踊らされいると思うのは間違いではないだろう。 家城の口元にすうっと笑みが浮かんだ。 それは梅木を挑発するものだと、はたから見ている者には判った。 「何がどう違うんです?では、あなたは一体どうしたいんです?」 それに梅木が乗った。 怒りでこめかみ辺りがひくついている。その怒りの炎すら吹き出していそうな眼は家城以外眼中にないようだ。 「俺は、誠とのこと遊びなんて思っていない。そりゃ、最初は勢いだった。気がついたら組み伏せていて、もう後戻りなんてきかなかった。だけどな、俺はずっと誠のこと好きだったんだ。最初逢ったときからずっと気になっていた。あいつが……あんな理不尽な異動で、開発部から離れる事になったとき、俺は気付いたんだ」 梅木がぎゅっと一度瞼を固く瞑り、そしてかっと見開いた。その視線の先にいるのは家城。だが、家城はそれを真っ向から平然と受け止めていた。 「誠を絶対手放したくないっ!ってな。あいつは……入ってきたときからどこか引っ込み思案で、人見知りがあって、言われるがままの、どっか頼りなげ奴だった。だけど、仕事をさせてみれば、ちゃんとできるんだ。もっと自信を持てばいいのにって想うくらいにな。そういうことに気付いて……気付いたから、俺はずっとあいつを見ていた。だから誠を助けたいと思ったし、あんなことだってできたんだ!嫌いな奴なんか、俺は放っておく。俺は、誠が好きだから、だから、あんなことしたっ!」 「…う…めき……さん……」 茫然とした小さな声がそれでも梅木の言葉の狭間を狙うように響いた。 あ…… 小さな叫び声が啓輔の耳に聞こえたような気がした。 梅木の怒りの赤に染まった顔から、すうっと音を立てて血の気がひいていく。 おずおずとその手を自分の口元に持っていった。 驚愕に見開かれた目が、家城を見、そして声を上げた服部に視線を移す。 勢いに任せて自分の真の想いを吐露してしまった事に梅木はようやく気がついたのだ。 それをじっと見ている服部の目から涙が流れ落ちてる。 「俺は……」 「今でも好きなんでしょう?なのに自分の思いばかりぶつけて、彼の思いは受け入れてあげられないんですか?それは、独りよがりです。それでは、どちらも不幸です」 「俺は、言うつもりなんてなかったのに……」 さっきまでの勢いが梅木から消えていた。 ぎゅっと握られた拳が、ふるふると震えている。 「梅木さん……」 服部が立ち上がって梅木に声をかけた。 涙で濡れた頬をぐいっと腕で拭き取り、服部はにっこりと笑い、そして言った。 「僕ね、後悔なんかしていない。確かに最初は嫌だったけれど、それでも途中からは、梅木さんだったらいいやって思っていたんだ。僕も最初から梅木さんには惹かれていた。すごいバリバリと仕事をこなしていて、誰にも物怖じすることなくぶつかっていける人だから。僕には無い物をいっぱい持っていて……それで憧れていた。それに僕が開発から情報管理に移ることになった時、ただ一人反対してくれたって事も知っていたから。だから、梅木さんに初めて抱かれたときショックじゃなかった……って言ったら嘘になるけど、梅木さん以外の人だったらたぶんあんなことされたら、自分を取り戻すなんて出来なかった。もっと落ち込んで、今の僕はもういなかって思う。梅木さんだから……。僕梅木さんだからあんなことできたんだって思う。受け入れることができたんだって思う。別に隅埜君達を見て煽られたからじゃないよ。確かにきっかけはあったかも知れない。でもきっかけはそれだけじゃなかった。梅木さんに告白する前に後一人、相談に乗ってくれた人がいたから……その人が、後悔だけはしないようにって言ってくれたから……だから、言うことにした。もう一人でじめじめ悩んで、落ち込みたくなかった。それに……もう、ずっと言いたかった。」 「誠……」 「この前言ったこと、冗談や思いつきなんかじゃない。煽られたからでもない。僕、もう一回考えたから……間違いないよ。僕は梅木さんが好きだ。それこそ……今ここで抱き締めて貰いたい。この場で押し倒されたっていいって位に……だから……僕……」 どんどんと声が小さく、そしてその顔は羞恥のためだろう、真っ赤になっていく。 「いいのか……」 ぽつりと梅木の口から漏れた言葉に、服部がはっと梅木を見つめる。 「俺……お前のこと、拒絶しようとしていた癖に、でもお前が家城さん達と一緒にいるのを見て、こうやって乗り込んでくるくらいに……独占欲が強いんだ。……俺、お前が他人と話をするのも嫌だって思えるくらい嫉妬して、無茶苦茶にするかも知れないけど……それでも、いいのか?」 「……今更……だよ。だいたい今だってあれだけ部屋に来てはわあわあ騒いで、仕事は放ったらかしにするわ、こっちの仕事の邪魔ばっかりするわで、いい加減迷惑はしっぱなしだよ。だけど、それでも梅木さんが来るの楽しみにしているんだ。それにプライベートまで加わっても、それは僕にとって負担にはならないよ。梅木さんがずっと僕のことを見てくれるのなら……梅木さんが僕の事を好きだと言ってくれるのなら……なら僕はどんな無茶でも受け入れられる」 くすっと服部が笑っている。 それを見た啓輔は服部の強さを感じた。だからだろうか?梅木の方が弱く感じる。 何でだろう……。 朝会社で見たときは、ひどく弱々しげだったのに……。 ぼうっと二人を見ていた啓輔は、ぐっと腕を惹かれて我に返った。 「さて、けりはついたようですよ。いつまでもぼーっとしないで下さい。バカみたいですよ」 ぐさっ そんな擬音がまさにぴったりと来た啓輔は、ムッとして家城を睨み付けた。 「俺のこと完全に無視して話進めたのはそっちだろうが」 「そうですか?にしては、にやけた顔で見ていましたよね。服部さんの方もちらちらと窺っていたし。隠そうとしても、判りましたよ」 へっ? 笑っているように見えたと言うのなら、それは自分が部外者であることに安堵した時のことだ。 「べ、別に、服部さんのことで笑ってた訳じゃねーよ。俺は服部さんの味方だから、だいじょーぶかなあって心配だっだたけ」 「ふ〜ん。では服部さんの想いが通じて良かったですね」 「ああ……って、何であんた、そんなに冷たい目してんだよ。怒ってるみたいじゃねーか」 ぞくりと全身が総毛立つ。覗き込むように窺う家城の視線からふいっと目を逸らした。 「そうですね。言い出したあなたが何もせずににやにやしているのには、少し腹が立ちましたけどね」 「だからっ!そんな事する暇なかったろ。だいたい俺なんかが口を出したら、家城さんの作戦なんか失敗してたかも知れないぞ」 「ああ、それはそうですね」 って!簡単に肯定するなあっ! 「おい。俺達、帰るからな」 何か言い返そうと虚しく口をぱくぱくさせていた啓輔。その二人の間に梅木の低い声が割り込んできた。 はっとしてそちらを見ると、服部の腕を梅木が掴んでいた。 「今日はまあ、感謝する。何だかんだ言っても、誠のためにしてくれたんだってことは判るからな。ただし、今後一切誠に手を出すなよ。そん時は、容赦しないからな」 「あなたが、啓輔に手を出さなければ私も何もしませんよ」 それに口の端だけを微かに上げた家城が応酬する。 「いい加減、お前らも変なカップルだが。どっちが攻めだ?」 は? とんでもない質問を聞いたような気が。 啓輔が目を白黒させて立ち竦んでいると、家城が何でもないように口を開いた。 「それは当然……」 「うわあああっ」 家城の言う言葉を察した啓輔は、咄嗟に大声を出して、家城を機制した。じろっと家城を目で制すると梅木を睨み付ける。 「俺達のことなんかどーでもいいだろうが。とっとと帰ったら。服部さんが困っているじゃないか」 「ふん。言われんでも」 それ以上つっこむつもりはないのか、梅木はさっさと部屋を出ていこうとした。引っ張られるようについていく服部が慌てて、家城に向かってぺこりとお辞儀をする。 「おい、行くぞ」 その腕を梅木が再度引っ張る。 「もう、梅木さん。お礼ぐらい言わせてよ」 「こんな奴らに礼なんか必要ない」 きっぱり言い切った梅木に服部はむうっと眉間にしわを寄せつつも抗うことなくついていった。 |