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ONI GOKKO
〜アベック鬼ごっこ〜 12
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 きっかけっていうのはどこに転がっているか判らない。
 啓輔は自分からそのきっかけをつくった。一向に自分から動こうとしない家城に、自分から迫ることで。
 服部の場合は、それは最初は全て梅木から与えられた。
 しかし、自分の気持ちに整理をつけて、自分の思いを再確認したのは服部の方が早く、そして、どうにかしようとしたのも服部の方だった。それに梅木が対応しきれないのだ。
 自分が持っている少なからずある後悔、罪悪感……そういう悪感情が梅木を一歩ひかせる。
 啓輔がうまく家城の感情を引き出せたのは、家城が啓輔に対してそういう後悔するような感情を持っていなかったからだ。そして、絶妙なタイミングで、家城が自分のことを気にしていると言うことに気付いたことを逃さなかった。
 いつまでたっても切り出せない家城に切り出させるきっかけをつくった。
 服部とて、この時を逃せば、きっかけを掴めずにずるずると今の関係のまま進んでいただろう。
 事の始まりは不本意なことだったかも知れない。
 だけど服部は気付いてしまった。自分が梅木のことを好きなのだと。
 梅木の感情が絡むから難しいけれど、後はそんなに難しいことではない。梅木が服部を好きである以上。

 帰りの車の中で、家城がそんな事を言っていた。
 小難しい話で、啓輔には半分も理解できない。
 だが、家城にしてみれば、そんなに難しいことではないらしい。
 服部も梅木も好きあっているのなら。
 でも、あそこまで頑なに服部の感情を受け入れようとしない梅木をどうすけばいいんだ?
 見ている分には他人の言い分など聞きそうにない人だ。
 例えば力関係で、服部の方が強ければ強引にでも進めてしまえるとは思う。
 確かに切れた服部は恐ろしいものがあるが……。
 啓輔の脳裏に梅木にファイルを叩き付ける服部の姿が浮かんだ。
 あの勢いで迫れればなんだかそのままなだれ込んでいきそうな気はするが……。
 あの勢いって、相当感情的にならないと出ないみたいだしなあ。今は地の底を漂っているような服部にそれを期待するのは無理というものだ。
 それより何より、梅木は来るのか?
 車を持っていない啓輔はバイクを会社に置いて、家城の車でマンションへとやってきた。
 服部も自分の車で来るだろう。
 では梅木は?
 あんな怒ってた状態で、来るのか?無視するんじゃねーのか?
「来ますよ」
 だが、家城は一言で言い切った。
「彼は本気で服部のことが好きだから、だから絶対に来ます。来なければ、彼を失うことになるくらい判っているでしょうし……それに彼も相当独占欲は強そうです。好きである相手が、他人の、しかも男でもOKという相手の家にいると言うことには堪えられないはずです」
 う〜ん。
 確かにそうかも。
 啓輔とて、家城がそういう相手の家に行っているとなると、やっぱり嫌だと思う。
 例えば……竹井さんとか……滝本さんとか……。
 考えるだけでも嫌だ。
 だが、想像するシーンは、なぜか家城が相手を押し倒しているのだが……。
 ぶるぶると首を振ると、啓輔はその考えを追い出した。
 とにかく自分達の事は、いいから……。
 頭を何とか元に戻す。
 それで梅木が来るとして……じゃあ問題はというと、服部の願いを聞きとげてくれるかどうかだ。
 結局はそこになる。
 梅木が罪悪感を消すことが出来るかどうかで決まる。でないと彼を怒らせた甲斐がない。
 
 家城の部屋に服部が来、それから一緒に夕食を取った。
 今日は、家城お手製のと言うほどのものでなく、「焼き肉」だった。
 タレはニンニクがたっぷり入っている。
 これで精力つけて押し倒して貰おうって腹か?
 なんて馬鹿なことだと思いつつも、何となく勘ぐってしまう。
 ま、これはこれでついでにこっちまで精力が付きそうだ。
 結局三人の中で一番量を食べた啓輔は片付けも家城に任せて、床に座り込む。ソファに背中を預け、ぼーっと天井を仰いでいると、服部がくすくすと堪えきれないといったように笑っていた。
「変?」
「いや、変って訳じゃないけど……隅埜君ってここが自分の家みたい。凄くリラックスしているんだね。それに凄くこの部屋に馴染んでいるよ」
「そう、かな」
 確かに今住んでいるところと比べたら、ここの方が居心地はいい。
 座っていれば食事は出てくるし、テレビだってこっちは衛星放送まで入る。
 6畳二間、トイレも風呂も簡易的に作りつけているしかない今の家の状況を考えると雲泥の差だ。しかも、ここには家城がいる。
 ここにいれば……たぶんいつだってほっとしている。
「服部さんだって、できるよ、そんな所がさ」
 きっと梅木さんの元がそういう所になる……って思うんだけど。
 そう言い切れそうで言い切れないところがあの梅木さんなんだよなあ……。
 でもまあ、リラックスするかどうかはともかく、とりあえず暗く落ち込む気分にはさせてくれそうにないない所だとは思う。
「そうだね」
 啓輔の言いたい事は伝わったのだろう。その口元に微かな笑みを浮かべた服部ではあったが、その笑みがふっと消えた。
 それはほんの僅かで、気を取り直したかのようにまたその口元に笑みをたたえてはいる。その復活力が出てきた分だけ、昼間にくらべればかなりマシではあるんだけど……。
 はあああ
 考えれば考えるほど、幸先が良いとは言えない。
 そういう考えであることが、余計に待つ身が辛い。
 梅木がまだ来ない。
 待っていると、いらぬことばかり考えてしまいそうだ。
 食事が済んでから一時間は経つ。もともと啓輔にとっては、待つというのは性にあわない。
「啓輔、ため息ばかりついていては服部さんに失礼ですよ」
 洗い物が済んだのか、家城がリビングに戻ってきた。啓輔の様子を見て苦笑いを浮かべつつ、注意する。
 ああ、そうか。
 啓輔は、再度つきかけたため息を飲みこんだ。
「でも……なんか待ちくたびれた」
 もう9時が過ぎようとしている。
 その内、梅木が来るだろう。
 それを考えると、どうしても胸中穏やかとは言い難い。
 何が起こるのか?
 どうすればいいのか?
「でもさ、どうすんのさ?ここに梅木さんがきたらまた今日みたいに喧嘩するわけ?」
 それも気疲れの原因だった。
 あの短い時間の二人のにらみ合いは端から見ていても結構疲れた。それの際限がここであるとしたら、こんどは果てしなく続きそうな気がする。
「別に喧嘩するつもりはありませんよ」
「じゃあ、何するつもり?」
 啓輔の疑問に家城がくすりと笑う。
「何も……」
 ただそれだけを言う。
 何もって……何もしないってことだよな。
 啓輔はまじまじと家城を見、そしてはっと服部を見遣った。
「ごめんね、隅埜君。迷惑かけてすまないとは思っているんだけど……だけど、後少しだって僕も思うんだ。あの昼間の梅木さんの様子を見ていると、そんな気がした。僕だって何にも判らず流されていた昔じゃないから。あの時の梅木さんのお陰で、少しは強くなったんだ。だから、そんなに時間をかけずになんとかするからね」
「はあ?」
 服部が啓輔を見、そしてちらりと家城に視線を移した。
「隅埜君と家城さんのお陰で、決心がついたんだ。いつまでも、与えられるモノだけを待っていたら駄目なんだって……隅埜君みたいに、自分からぶつかってみないと駄目なんだって。僕、頑張るから」
 はあ……。
 きっぱりと言い切る服部に啓輔は訳が判らなくて呆けた表情を浮かべた。
 何が俺みたいだって?
 自分からぶつかるって……。
 押し倒すってことか?
 いや……ちょっと待て……。
 啓輔は両腕を躰の前で組み、じっと考える。
 押し倒すって……俺みたいにって……。
 それってまさか!
 思いついた考えに茫然と家城を見遣ると、家城がふいっと視線を逸らした。
 あ、あんた!ばらしたな!
 家城が絶対言いそうにない啓輔と家城の初めてのキスシーンは確かに、啓輔が押し倒したようなモノだった。
 お、俺はまだいい……いや、メチャ恥ずかしいけど……まあいい。
 だけど、家城は啓輔にあれを蒸し返されると、未だに真っ赤になる。それがどんな顔をして、服部にばらしたと言うんだ?
 あ、だからか。車の中でいろいろ言っていたのは。
 きっかけがどうのこうの、タイミングがどうのこうのってのは!
 別に怒っている訳ではないのだが……。
 どうも信じられない。
 あの、家城が喋った、ということが。
「僕は今までずっと助けて貰っていたんだよね。梅木さんには、無理をさせていたんだって思う。僕のことが好きなのに、まるでそれが責務のように仕方なく僕を抱いているふりをしなくてはいけなかったんだよ。全部僕を助けるためだったのに……じゃあ、僕が梅木さんを好きになったら、今度は自分が悪いって言うような人だから。ずっと無理させているんだ。だから、今度はそれを吹っ切らせてあげるのは僕の役目だよね。だから……僕が落ち込んでいたんじゃいけなんいだよね」
 きっぱりと言い切った服部に今日の落ち込んでいた様子は微塵も見られない。
 そんな様子を見ていると、なんだか大丈夫のような気がしてきた。

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