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ONI GOKKO
〜アベック鬼ごっこ〜 11
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 生産技術の部屋の外で捕まえた安佐に竹井のことを話す。
 泣きそうだったと言った途端、安佐は「ありがとう」と言うと、心当たりがあるのか迷わず階段へと向かっていった。
 その「ありがとう」がひどく嬉しそうだったのが印象的で、啓輔の方が面食らう。
「あ、行き先判るんだ?」
 そのまま行かれるのも癪でつい話し掛けると、安佐はくるりと振り向いて頷いた。その顔が笑顔なのがむかつく。
「嬉しそうじゃん」
 眉間の皺深く話し掛けると、さすがにやばいと思ったのか、無理矢理その笑みをひっこめようとして失敗している。
「あはは、ごめん。でも竹井さんってこういうときが一番素直なんだ。だから、君には迷惑だったかも知れないけど、その……実はそう仕向けたんだ……ごめん」
 おい……。
「……」
 無言のままじとっと睨んでいると安佐は困ったように頭を掻いた。
「竹井さんってね、ほんと普段素直じゃないだろ。だから、家城さんがちょっかい出してくれると、結構いっつもこんな感じになって俺的にはいい結末にはなるんだ。まあ、今回はちょっときつかったけど、それでも、ね。だから竹井さんには悪いけど……君たちにもね。でも俺としてはすごく嬉しい」
 そういうと、照れたような笑みそのままに去っていってしまった。
 な、に〜っ!!
 あまりのことに言葉が出ない。
 もしかして、この二人っていつもこういうパターンなのか?
 心配したこっちの方がバカなのか?
 怒りがふつふつと湧き起こる。
 心配したんだぞ、俺達のせいで喧嘩、なんて……って。なのに〜!
 ちくしょーーーーっ!
 羨ましいじゃんかあっ!
 夫婦げんかは犬も喰わない、を地でいっているぞ、それって。
 雨降って地固まるのほうがしっくり来るか?
 あああああ、もう無性に蹴飛ばしたくなってきた。
 こう二人仲良く寄り添っているときに背後から思いっきり尻を蹴飛ばしたい。
 そんな事を考えていると、啓輔の口元ににんまりとした笑みが浮かんできた。
 こんど機会があったらしてみてーもんだ。
 怒りを凌駕するほどの愉快な気分。
 なんか、怒ってる方が馬鹿みてーだよな。家城さんもそれを知っているから、安佐さんにつっかかるんだろうか?
 いや、きっと知ってるんだ。だからわざとつっかかっているんだ。
 金曜日の事って、もしかしてわざとか?
 鬱憤晴らしついでに、しただけか?
 いや、いつもより激しかったっていうから、まあ怒ってはいたんだろうけど。
 それに知らずに踊らされていた俺って……結構間抜け。
 ああもう……ほ、んと家城さんって……何企んでいるかわかんねーよ……。
「ああ、もう……一個片づいただけでも良しとしよう」
 いい加減考えるのも億劫になった啓輔はそうごちることでけりをつけた。


 休憩時間も終わったというのにいつまでもふらふらしているわけにもいかないので、事務所に戻った啓輔は、扉を開けた途端に後悔した。
 なんで〜!?
 ドアノブをもったまま立ちつくす啓輔にじろりと視線を投げつけたのは梅木。
 まだ服部も帰ってきていなかった。
 このまま回れ右をしようかと思ったが、視界の片隅で梅木が手招きをしているのを見て取ってしまった。
 ふうっと大きく息を吐いてから返事をする。
「はい?」
 梅木は服部の机に腰掛けるようにして啓輔が近づくのを待っていた。
「何です?」
 それでなくても服部派の啓輔にとって、今この状態では梅木に関わりたいとは思わない。どうして今日はこうタイミングが悪いのだろう。
 頭の中でごちていると、梅木が口の端をあげるだけの笑みを浮かべて啓輔に問いかけてきた。
 声音も柔らかで、決して荒々しい所はない。だが、その目が笑っていない。
「なんで家城さんが誠と休憩なんかしてるんだ?」
 あ〜あ、やっぱりきたか。
 もう近づく前から何を聞かれるのか判っていた。
「休憩前に家城さんが調べものが有るって言うんで、服部さんが対応したんで。俺、都合が悪かったし、先に休憩行っていたから、何があったなんて知りませんよ」
 とりあえず事実を混ぜて返答する。
 確かにここで何があったかなんて俺が知りたいくらいだ。
 あの親密さは、ちょっとだけ……いや、とっても気になったのはこっちもだから。
「ふん。で、君は別の人間と休憩に行っていた訳か?」
 何だ気づいていたのか?
 啓輔は苦笑を浮かべつつ、頷いた。
「それにあんまり家城さんと親しくていると、噂が怖いし。それでもともと今日は別行動の予定だったんだ」
 わあ、俺って嘘つき人間。
 訳の分からないことを頭の片隅で考えてしまう。
 だが、そんなふざけた考えも、すうっと細められた梅木の目に浮かんだ怒りの前では立ち消える。
 こっえーーー!
 肩を竦めて、啓輔は微妙に視線を外して梅木を窺った。
 だが、逃げようとしても梅木の視線がそれを追いかけるように動く。
 昔からいろいろと悪さはしてきたが、どうも大人という物は団体の子供に弱いのか、こんなふうに視線を合わせてくることはなかった。その時と比べると、はっきり言って今の状況の方がよっぽど始末に困る。
 自分が一人しかいないってのこんなにも弱いものなのか?
 とにかく梅木から逃れたいという気持ちの方が強かった。
「ただの休憩にしちゃあ、随分と仲良さげだったよな。お前の方もあれは生産技術の竹井さんだろ。あの人も結構美人だし。いつからお互いに趣旨替えしたわけ?」
「竹井さん……趣旨替え……って、違うっ!」
 何てこった。
 いったん疑い出すと際限がないのか、こいつは!
 俺と竹井さんの状況見て、どうしてそういう結論になるんだ?
 慌てて梅木の言葉を否定する啓輔を、梅木はじとっと見据えていた。その様子では、何を言っても信じて貰えそうにない。
 あーーーっ!
 どうしろって言うんだよお!
 頭の中で思いっきり叫んだときだった。
 ドアの開く音にはっと振り返る。
「家城さんっ!」
 天の助け!
 マジでそう思った。
 その後に服部の姿を見るまでは……。
 梅木の顔がさらに怒りに満ちていくのが視界の端に入る。
 啓輔は、今のうちにとじりじりと後ずさった。
「どうしたんです?」
 事務所内の剣呑な空気を感じ取ったのか、家城が眉間に皺を寄せて声をかけてきた。
 服部などは、青ざめて強ばった表情でそっと様子を窺っている。
「なんで貴様が誠とあんなに親しげなのか聞きたいと思ってな」
 これ以上はないというくらい、ドスの利いた声が、梅木の口から漏れる。
 その視線は鋭く家城を見つめている。
「別に、私が誰と休憩に行こうが自由でしょう。たまたま、ここに来た時間が休憩時間だったので、ご一緒しただけですよ」
 相変わらずの口調は、梅木の怒りに晒されてもぴくりともしない。
 その視線はまっすぐに梅木へと向けられていて、その中間地点で火花でも散っていそうだ。
「誠はっ!」
 何かをいいかけた梅木。だが、それに家城が言葉を被せた。
「服部さんは誰のモノでもないですよ。彼は、今フリーらしいですから」
 その言葉に梅木はぐっと息を詰まらせると、音がしそうなほど歯を噛み締めていた。
 きついわ……それ。
 服部の告白を梅木が断ったこと、それを家城が暗に匂わせたのが判る。
 それを言われれば、梅木お得意の「誠ちゃんは俺のものだ」は通用しない。
 にしても……。 
 うかつにため息すらつけないこの緊迫した空気。
 あ〜やだやだ。
 啓輔がじとっと諸悪の根元を見つめていると……。
「こんなところでする会話ではないでしょう。何だったら、今日私の家にでもきて下さい。服部さんも来られる予定ですし」
 挑発するように家城がその口の端をあげた。それは誰の目にも嘲笑としか取れない笑み。
 空気が再現まで張りつめて音がしそうだ。
 ぴりぴりとした雰囲気が啓輔の肌をちりちりと刺激する。握りしめた掌はじっとりと汗が滲んでいた。
 そして当の服部はというと、家城の影に隠れるようにして困ったように様子を窺っている。
 あ、ああっ!
 俺だってそこに隠れたいよお!
 啓輔はその安全地帯に向かってそろりとそろりと足を進める。が、そこは安全地帯ではなかった。
 家城の後に行ったら真正面から梅木の怒りの視線を浴びてしまうことになるのだ。
 服部さんが隠れようとする気持ちが分かってしまう。
「それに何をそんなに怒っているんです?あなたにとって服部さんは<ただ>の友人でしょう?」
 家城が面白そうに嗤う。
 わざと挑発しているのが誰の目にも明らかだったが、梅木がそれに反応した。
 座っていた机を勢いよくひっぱたくと、脇目も振らずに部屋を飛び出す。
「家城さん?」
 俺は呆然と壊れんばかりの勢いで閉まった扉を見つめながら、家城に呼びかけた。
 あまりのことに声が上擦っている。
「どうすんの、この後始末」
「さて」
 そ、そこで平然とするなよなっ!
 小首すら傾げて、「さて」じゃねーだろっ!!
 服部は泣きそうな顔をして、じっと閉まってしまった扉を見つめていた。
「でも」
「は?」
「少なくとも梅木さんにとって服部さんは特別なんだってことははっきりと判りましたけどね。ね、服部さん?」
 家城の言葉に服部がはっと顔を向けた。
「特別?ほんとに?」
 その問いに家城はこくりと頷いた。
「私がいる時にはふざけた態度しか見せたことのない彼が、心底怒りを燃え立たせた。それは、服部さんだからですよ。他の人間ではそうはならない。彼にとって服部さんは<ただ>の友人ではないんです。彼だって、そのことに気づいたはずですよ。自分が何でそんなにも怒っているのか。何をしたがっているのか。だからいたたまれなくなってここから逃げたんです。でも、彼は来ますよ。だから家で待っていましょう」
 最後の言葉は服部に向けられた物で、それは今まで聞いたことのないほど優しい声音だった。
「はい……」
 服部が頷く。
 だけど……。
 啓輔は家城が服部にだけ優しいのが気に食わない。
 う〜と唸りながら二人を見つめるしかできない自分が悔しい。
 ちくしょっ!!
 俺だって、あんなふうに優しくされてーよ。
 ここんとこ、いじめれ続けているような気がしてたから余計にそう思う。

 仕事だからと家城も出ていった事務所は……妙な沈黙が漂っていた。
 そりゃそうだろう、とは思うのだが。
 かといって、この場を解す案など浮かびそうにない。
 服部は、ずっと目前のパソコンを凝視している。
 動かない手。
 動かない視線。
 こんな状態の服部と、あの怒り心頭の梅木。
 逢わせてどうなるっていうんだろう……。
 啓輔のほうも考えるばっかりで手が動かない。
 
 情報配信チーム。
 ここまで仕事が滞ったのは初めてのことだった……。

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