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ONI GOKKO
〜アベック鬼ごっこ〜 9
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 気が許せる相手。
 それが、家城にとって啓輔なら……服部にとって、それは誰なんだろう?
 ふつーに考えれば梅木になるだろう……だが梅木がああいう状態である以上、服部が完全に気を許せるとは思えない。少なくとも、気を許しかけているのは事実なのに……。
 ということは……啓輔が知っている範囲で、服部が気を許せる相手というのはいないと言うことになる。
 それって辛いよな。
 啓輔の口からため息が漏れる。
 気を許せてなんでも話せる相手がいなければ、自分でどうにかするしかない。
 それができる人間なら、放っておいてもいいが。服部はきっとそれができない人間だと思う。
 啓輔にとって、高校の三年間がまさにそうだった。
 誰にも頼れず、気を許せず、他人を騙すことしかできなかった。
 自分のことしか考えていなかった。
 それでも乗り切ることができた。どす黒く歪んだ感情はあったし、発散する場所は決して知られてはまずいところだったけれど。
 それでもどうしても普通に働きたかったから、それだけは必死になった。それがある意味、良かったのかも知れない。目標があるからがんばれた。自暴自棄になっていた自分を、かろうじて押さえつけた。それでも……してしまったことはあるけれど……。
 幸いにして、無事会社に入れたし、しかも家城に逢えた。
 だが、服部は……。
 コンピュータールームの扉の前で佇む啓輔。
 いつもなら気兼ねなく入れる自分たちの小さな事務所。たった二人だけの開発部からすれば、滅茶苦茶小さくて閉鎖的な事務所だけれど……それでも、啓輔はここが気に入っていた。
 それがこんなにも敷居が高いと感じてしまう。
「どうしたもんかな〜」
「どうしたんです?」
 ドアノブに手をかけ、それでも躊躇っている啓輔に声をかけてきた人がいた。
 背後を振り返らなくても、それが誰かは判る。
「服部さんが煮詰まっちゃってさあ……この前より酷いんだ……もうあんまり時間がないかも知れない」
 振り向かないまま、じっと目前の扉を見据えながら言った。
「困りましたね。今日、梅木さんは1日会議ですよ。それが終わるまで位は大丈夫ですか?」
「まあ、いきなりぶっ飛ぶことはないだろーから、今日くらいは大丈夫だと思うけど。でもあの様子だと寝ていないみたいだからさあ……見てて、辛いね。ああゆーのは」
 ため息と共に吐き出した啓輔は意を決してドアを開けようとした。
 が、その手を背後の家城が押さえる。
「今日は休憩、一人で行って貰えますか?もう休憩時間ですから……」
「え?」
 信じられない言葉を聞いたような気がする。
 啓輔は驚いて振り向くと、そこには真剣な顔をした家城がいた。
「何で?」
 確かに、別々の行動をとるという話はしていた。
 だが……。
「服部さんと話をしてみます。だから、ね」
 そう言われると納得するしかない。
 頼んだのは、啓輔自身だ。
「判った……」
 家城に頷き返すと、とぼとぼと食堂に向かって歩き始めた。
 後ろ髪を引かれるってこーゆーことなのかなー。
 家城が何をするつもりなのか気になってしようがない。だが、聞いたところでどーせなにも言ってくれないだろう。
 ずきんと痛む胸の内。
 ちらりと振り向く先で、家城が部屋へと入っていくところだった。
 一体、何をするつもりなのだろう?
 自分から言い出したこととは言え、ひどく気になる。
 家城が、誰かのことを構うのがこんなにも辛いとは思わなかった。
 啓輔は、休憩に行くつもりなど毛頭なかったのだが……それでも事務所を占領されては時間つぶしの場所が必要で……結局、食堂に行くしか思いつかなかった。

 賑やかな食堂で、啓輔はぽつんと一人で座っていた。
 自販機で買ったコーヒーをちびちびと飲む。
 入社以来、ずっと家城とともに休憩してきた啓輔にとって、家城と離れると他に休憩を一緒に取る人間がいない。家城がいないときは、服部と行っていたのだがその服部もいない。
 となると……。
 回りが賑やかな分、ぽつねんとしている自分が酷く惨めな気分だ。
 はあああ
 こうしてみると如何に自分の中の家城の存在が大きいか、こんなところでも気付いてしまう。
 ったく……どうしろっていうんだ……。
 毒づいてみるがどうしよーもない。
 家城の傍にいるのが心地よいと思ってしまっている今の状況で、誰か別の人間を見付けたいとは思わないのだから。
 することもなく、ただぼうっと外の緑を眺めていた。と。
「一人なんだ?」
 知らない声が頭上から降ってきて、びくりと顔を上げる。
 げげっ!
 頭の中だけで毒づけた自分を褒めたくなった。
 今もっとも会いたくない相手。生産技術の竹井と安佐の二人。
 何せ、金曜の惨状を滝本から聞いたばかりだ。
 今一番会いたくない相手に同じテーブルにつかれて、啓輔は及び腰になった。が、今席を立てば、いかにも逃げました、と言っているようなモノだ。
「今日は、家城君は?」
 にこりともしない竹井に、啓輔は視線を合わせることもできない。
「用事があるとかで……」
 言葉少なに答える啓輔に、竹井は「そう」と呟くと、手に持っていたコーヒーを飲み始めた。
 ちらりと窺うと、その隣に座った安佐が困ったように二人を見比べている。
 何か用事だろうか?
 時間が少し遅くなったせいで、食堂は空席が目立つ。
 わざわざ啓輔と相席しなくてもいい筈なのにここに来たと言うことは、何か用事があるからだろう。
 だからと言って啓輔から何か話しかける内容もなくて、ただじっとコーヒーを睨む。
 竹井もあえては何も言わない。
 沈黙だけが3人の間を漂い、居心地が悪いことこの上ない。
「あれ?」
 と、唐突に安佐が小さな叫び声を上げた。
 その声に啓輔と竹井が反応した。
「どうした?」
「あれ……」
 竹井の声に安佐が食堂の入り口を指さす。
 啓輔もつられるようにそこへ視線を移した。
「あ……」
 微かな叫びが喉から漏れた。
 そこにいたのは、家城と服部だった。
 何故かとても仲良さそう見えるのは気のせいではない。
 あ……何で……。
 茫然と見入る。
「あれ、服部さんだね」
 竹井がぽつりと言う。それが啓輔に伺っているように聞こえたので、啓輔はただ頷いた。
 別に話をした後に二人揃って休憩に来ただけのことだろう。
 気にすることはない。
 そうは思うのだが……。
「調べモノがあるとかで、服部さんに聞きに来られたんです。それが終わったんだと思いますけど。何か家城さんに用事ですか?」
 何でもないように言う。
 言い訳の口調にならなかったのかが心配だった。
 上目遣いに窺う先で、竹井が納得したのかしていないのか……じっと家城を見つめている。
 なんでこんなに気まずい休憩を取らなければならないんだ?
 わざわざ啓輔のいたテーブルを選んだのは何か理由があるのだろうとは思うが、竹井の方からは何のリアクションもない。
 もしかして、家城が来ると思ってここに来たのだろうか?とすると、それはあてが外れたと言うことだ。
 家城と服部は、ここよりずっと離れたテーブルに向かい合うように座ったのだから。

「家城君……なんで金曜日は機嫌が悪かったんだ?」
 コーヒーを飲み終えそろそろ事務所に戻ろうと紙コップを握りつぶした瞬間、竹井がその瞬間を待っていたかのように声をかけてきた。
「はあ?」
 ここまで、何もいわなかった竹井が声をかけてくるなんて思わなかったから、啓輔は茫然と竹井を見つめた。
 そんな啓輔に、竹井は特に表情を変えることなく、もう一度同じ質問を、ゆっくりと繰り返した。
「なんで家城君は金曜日に機嫌が悪かったんだ?」
「それは……」
 二人が金曜日にとんでもない目にあったのは滝本から聞いている。
 その原因を作ったのが自分のせいだということも知っている。
 だが、それを正直に言うのは、はばかられた。
 どうも竹井という男の印象が悪い。
 今だって、にこりともせずに啓輔に質問を浴びさせる。
「君が家城君の相手だと言うことは知っている。ということは、君が原因を知っていてもおかしくはない筈だよな」
 何が、ということなんだ?
 俺が家城さんの恋人でも、だからと言って家城さんの行動、全部知っているっていうのは間違いだろうっ!
 とは思うのだが、それが言い出せない。
 傍らの安佐に助けを求める視線を送ると、安佐が苦笑いを浮かべて返した。
 それでも、竹井に言葉をかけている。
「竹井さん……隅埜君困っていますよ。そんな責めるように言わなくても」
「別に責めている訳じゃない」
「……竹井さん……眉間に皺が寄っているの、気付いています?」
 安佐がそう言った途端、竹井がぐっと口元を結んだ。
 安佐を見上げるような視線は気のせいだろうか?
 しばらくそのままの状態が続いた。
 はっきり言って啓輔はさっさとこの場を離れたかった。
 だが、動くに動けない状況で、泣きたくなる。
「あの〜」
 仕方なく啓輔は口を開いた。
「家城さん……ほんと機嫌悪かったけど……今はもう治っていますから。すみませんでした」
 何で俺が謝らなきゃいけないんだっ!!
 とは思うのだが……。
「……別に……君が謝る必要はないんだけどね」
 苦笑混じりの声に啓輔は顔を上げた。その先で竹井が困ったように苦笑いを浮かべている。
「ごめん……君に文句を言ってもしようがないんだよね。ちょっとさ……あんまりにも金曜日は酷くて。それで……」
 躊躇いがちな言い訳。
 ひどく言いづらそうにしている。
「いいえ……」
 啓輔は首を横に振った。雰囲気が変わったせいだろうか?言えなかったことが口をついて出てくる。
「原因、確かに俺だったみたいだし。それで、迷惑かけたことは事実だから。責められたってしようがないといえばしよーがないとは思うから……」
「ごめん……」
 啓輔の言い訳に、何故か竹井が謝ってきた。
「え?」
「俺……すぐかっとなるから、君を責めてしまったから……ごめん」
 すうっと頬を染めてはにかむように笑みを見せる竹井がそこにいた。
「気をつけようとはしているんだけど……ついね。そんな風に素直に謝られるとさ、……そのどうしていいか判らないって言うか……」
 竹井がちらりと隣の安佐に視線を向ける。
 それに気付いた安佐が、むっとしたように竹井の方へ顔を向けた。
「俺は、いつだって素直ですけど」
「お前は、いつも唐突なんだよ。どうしていいか判らないくらいにな」
 ふんっとそっぽを向くその姿がなんだか妙に可愛くて、啓輔の口元に笑みが浮かんだ。
 この人って……。
 今まで持っていた印象ががらがらと音を立てて崩れる。
 あの家城が惚れた相手。
 そうかも知れない。
 なんだか、面白い……。
「なんて言うかさ、家城君、君と付き合ってから結構大人しくなっていて、俺達も安心していたんだけど」
 あれ……同じ台詞をどこかで聞いた?
「だから、金曜日は油断していたというか……もう、酷かったよ」
 あ、そうか……滝本さんから聞いたんだ。
 しかし、この人たちってそれでも家城さんとずっと付き合っていたんだ?
「もしずっとあんな家城さんだったら、もうつき合えないですか?」
「あ、ああ……」
 竹井はふっと小首を傾げると、頷いた。
「そうだな。前の家城君は、それでもどこかさ優しさがあったんだ。なのにこの前はそれが無くて、切羽詰まっていた感じすらした。あんな事しょっちゅうされたら、付き合いたくはないかもね」
 そっか……。
 あの家城さんにそんな事をさせてしまったのか。
 申し訳ないと思う前に、何故か顔がにやけてしまう。
「何だか嬉しそうだね」
 ムッとしたのか、睨むように言われ、慌てて口元を引き締める。が、口元がひくついてしまった。
「ま、いいけどさ。家城君が大人しくしてくれればそれでいいよ。今更こっちが何か言って墓穴は掘りたくないし。機嫌が治ったんだったらいいさ」
 不承不承っていう感じだったが、竹井はこの前の事は不問にしてくれるって言っているらしい。
 ラッキー……なのかな?
 啓輔が上目遣いに窺っていると、竹井がちらりと別の方向に視線を向けた。
「で、あれはどういう状況か説明してくれない?」
「え?」
 竹井を見ていたので、家城達が何をしているのか見ていなかった啓輔は、そちらに視線を向け……固まった。 
 
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