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ONI GOKKO
〜アベック鬼ごっこ〜 4
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 とんでもないことを聞いてしまった……。
 啓輔は悩みの種が増えてしまって、ずーんと机に突っ伏してた。
「両方好きだけどできないってのはどうしてだ?」
 判らない。
 好きなら好きだってそれでいいじゃないのか?
 猪突猛進タイプだと思っていた梅木が、妙に臆病なのが変だ。
 いや、確かに変なのかも知れない。服部も梅木も。
 お互いがひどく相手を気にしている。
「どうしたの?」
 気が付いたら、服部が傍らに立って心配そうに啓輔を見下ろしていた。
「あ、ああ。すみません、何でもないです」
「ほんと?きついんなら、医務室にでも行く?」
「いえ」
 首を振る。
 どうしよう……。
「あ、れ……、梅木さん、来たんだ?」
 そっと手を添えられたのは、梅木のPHSだった。
 どこかぼーとしながら帰っていった梅木の忘れ物。
「え、ええ」
「そっか……来たんだ」
 どこか寂しげな服部に、啓輔は思わず話し掛けた。
「あ、あの、梅木さん、なんだか暗かったんですけど……」
「暗かった?」
「服部さんの様子、気にしていましたし」
「ん。僕、彼に無茶言ったからね。心配してくれたんだよ。また、どつぼにはまってんじゃないかってね」 
 あははと笑ってるのが空笑いだって判るほど、その目が笑っていない。
 失恋……。
 その辛さを啓輔は知っている。
 想っているのに叶えられないその想いを、知っている。
 俺は、もうどうしようもなかった。
 だけど、この二人は……好きあっているとしか思えない。
「ね、服部さんさあ、前に無理矢理だったんだろ」
 言った途端に服部が真っ赤になった。
 顔を隠すように腕を口元にあてている。
「隅埜君、何を!」
「だったら、こんどは服部さんが無理矢理してしまえよ。そしたら、梅木さんもけりを付けられるって」
「ま、さか、知っている?」
「どう見たって、梅木さん、罪悪感があるんだよ。服部さんをホモの道に引きずり込んでしまったっていうね。だからだよ。でもそんな事を想うほど、梅木さん、服部さんのこと好きなんだよ。だからさ服部さんが迫っちゃえ」
「迫っちゃえって……僕、そんなこと……昨日だって必死だったのに……なのに」
 茹で蛸のように真っ赤になっている服部がおろおろと視線を彷徨わせる。
「手伝う。だってさ、こんなのって変だよな。好きあっているのに。服部さんはもう割り切っているのに、それを仕掛けた梅木さんが今更迷っているなんて変じゃねーか。だから、けりをつけさせてしまえ」
「隅埜君……」
「な、服部さん。俺、手伝うから……」
「……でもどうやって……」
 躊躇していた服部の視線がしっかりと隅埜を見つめていた。
 服部も切羽詰まっていたのかも知れない。
「梅木さんってお酒強い?」
「……普通だと思うけど」
「家城さん巻き込む。あの人強いよ。だから飲ませちゃえ。それで酔っぱらわせよう。そして、有耶無耶のうちにやってしまえ」
「そんな……無茶な」
「無茶でも何でも、そうでもしないと梅木さんだって吹っ切れないんだよ。自分がどんなに後悔したって、服部さんが梅木さんを好きになってしまったのは消せないんだ。それなのに、今更その想いを拒絶するなんて卑怯じゃないか。だったら、無理にでも納得させないと……できる?」
「それは……」
 かあっと真っ赤になった服部は、男の目から見ても可愛いと思える。
 思わず抱き締めていた。
「す、隅埜君っ!」
 どんと押しのけられて、啓輔は我に返った。
「すみません。でも嫌だったでしょ、俺だったら?」
「……うん」
「これが梅木さんだったら……嫌じゃないでしょ?」
「うん」
「だったら、実行あるのみ」
「……うん!」
 逡巡していた服部はふっと表情を改めると大きく頷いた。そんな服部に啓輔はにっこりと微笑んだ。

 さて、服部には大見得きったものの、家城にどうやって切り出そうかと悩んでいた。
 勝手にさせればいいんだ、と言われそうな気がする。
 会社で捕まえることの出来なかった啓輔は、家城の部屋を尋ねたが家城は帰ってきていなかった。
 金曜日の夜。
 会社にはいなかったような気がする。
 誰かと飲みにでも行ったのだろうか?だが、そんな話しも聞いていなかったような……。
「あ」
 そういえば、先日休憩時間に滝本が家城と話をしていた。
 誰かが来るって?
 竹井さん達も……。
 もしかして、今日?
 逢っているんだ?
 でも何で俺にそれを言ってくれないんだ?
「そりゃ、別に誰と飲みにいこうがかまやしねーけど」
 主のいない部屋は、酷く冷たく感じる。
 いつだって、このソファに啓輔を無視するように躰を預けている家城。そのくせ、啓輔の一挙一動をいつも窺っているようで、その視線にも慣れてしまっていた。
 だが、今日はそれがない。
 な、んか……。
 落ち着かない。
 いつもあるものがないということは、自分をこんなにも不安にさせるのか?
 啓輔はいつもの家城の指定席に躰を埋め、天井を見上げる。
「あ〜あ、帰ろっかなあ」
 家城がいないんならここにいてもしようがない。
 だが、啓輔はそのまま動くことが出来なかった。
 ふとした拍子に家城が出てきそうな気がする。
「も、毒されてるなあ……いっつもひっついていたし……」
 用事があって出かけるときは、必ず啓輔に連絡があった。
 こんなふうに黙って出かけたことなど無かった。
 ふと携帯を取りだしてみる。部屋の灯りに負けないくらいはっきりと光る液晶画面を確認しても家城からのメッセージはない。
「どこ行ってんだよ」
 噛み締める奥歯が嫌な音を立てる。
 酷く神経が苛ついていた。
 いつもと違う行動をとっている家城が気になってしようがない。
 だいたい、今日は休憩時間にすら誘いに来なかったし、帰るときも顔を出さなかった。
 残業かと思って品質保証部の部屋を窺ったが、家城の気配はなかった。
「おかしーよなあ」
 確かに休憩は別にとろうという話はしたけれど、いきなりは変に思われるからと言ったのは家城の方だ。
 その家城が啓輔の前に一回も姿を現さないと言うのは……それに何も言わずに飲みに行くなんて……。
「変だな」
 ソファに埋めていた躰をがばっと起こす。
 何かあったんだろうか?
 家城の事を考えると啓輔の胸の奥にもやもやとした不快な感情が込みあげる。
 これは一体?
 啓輔はいてもたってもいられなくて、手に持っていた携帯を操作した。
 液晶に浮かぶ番号に家城の名が添えられている。
 それを確認して、ボタンを押した。
 耳に呼び出し音が鳴り響く。
 一回目、二回目、三回目……。
 何で……出ないんだよ。
 呼び出し音が鳴り響く毎に怒りが湧く。
 とっとと、出ろよ!
 唇を噛み締めて苛々と中空を見据える。神経が全て耳に集中していた。
 呼び出しが10回目近くになった。
 駄目か……。
 怒りの中にも諦めの感情が湧いてくる。
 啓輔はため息をつきながら、携帯を切ろうとした。
 と、途端に液晶表示が変わる。
 慌てて、携帯を耳に当てた。
「家城さん!」
 感情的になっている啓輔は、慣れ親しんでいた名字で呼んでいた。そのことにすら気付かない。
『なんです?』
 地を這うような不機嫌そうな声が耳に入った途端、啓輔は息を飲んだ。
 怒ってる?何で?
 でもこっちだって怒ってるんだ!
 怯んだ気分を奮い立たせながら、問いかける。
「今どこさ?」
「飲みに来ているんですよ」
「判ってる」
 背後から独特の喧噪さが伝わる。
「なあ、誰と?随分と賑やかみたいだけど」
 居酒屋のようなところだろうか?
 家城の声が聞き取りにくい。
「滝本さん達とですよ。同期のメンバーが揃っているんです。……ああ、一人は違いますけれどね」
 どうでもいいような声音にかちんと来た。
 どうして!
「……俺は言ったぞ。っつうか、昨日言わされたばかりだっ!一緒にいて欲しくないって……聞いてたじゃねーかよ。行くなら行くって何で俺に言わねーんだよ!」
 せめて言ってくれれば、こんなに苛々しない。
 こんなに胸が苦しくならない!
「関係ないでしょう」
 だが、家城の声は電話からでも冷たく突き放したものだと伝わってきた。
「何で!」
 言ったじゃないか!
「……もう切りますね……」
「なっ!」
 その一言で、反論する間もなく電話が切れた。
「何で?」
 呆然と携帯を見遣る。
 輝いていた液晶が、ふっと暗くなっても啓輔はそれをじっと見つめていた。
 訳が分からない。
 何であんなに怒ってんだ?
 携帯を持っていた手をぱたりと落とした。
 内に籠もっていた怒りやわだかまりまでもを吐き出すかのように大きく息を吐くと、ぐったりとソファに躰を預ける。
 訳が分からない理不尽な怒りに曝されて、頭がひどく疲れていた。
「何もしてねーぞ、俺」
 少なくとも昨日の夜まではご機嫌だった……と思う。
 言い様に攻められたのはこっちだった。
 なのに……。
「何か会社でやったっけ?」
 だが、思い起こせば今日は一度も会社で逢っていない。珍しいなとは思ったが、忙しいのだろうと気にもとめなかった。
「やっぱ、その辺からおかしかったんだ?」
 何が家城を怒らせたのか?
 他人に対しての怒りを啓輔に向けることはしない家城だから、原因は啓輔自身にあると言うことになる。
 けれど……。
「ああ、もう!」
 がしがしと頭をかきむしる。目にはいるまでに伸びた前髪が鬱陶しく、余計に啓輔を苛つかせた。
「……また、ブリーチしてやろーか」
 前髪を一房掴み、睨み付ける。
 伸ばして、ブリーチして、昔の俺になったらそしたらあいつは何て言うんだろう。
 やっぱり冷めた声で「関係ありませんね」、なんて言うんだろうか。
「ちっ!」
 舌打ちをして、ごろんとソファに寝そべった。
「何だよ、ちくしょー!」
 吐き出した言葉は、誰に聞きとがめられることもなく宙に消えていった。

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