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ONI GOKKO
〜アベック鬼ごっこ〜 3
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 負けた……。
 あのままなし崩し的に家城に抱かれた。逆らうことなどできなかった。
 腰が重い……。
 啓輔は服部がいないことをいいことに、椅子にぐったりと背を預け天を仰いでいた。
 う〜、ちっとも抱く側になれんじゃねーか。
 いつだって家城の方が一枚上手で、啓輔はいつの間にか流されている。
 それが悔しい。
 俺だって、抱きてーんだよ。 
「どうしてくれよー」
 ぶつぶつと呟くが、こればっかりは経験の差なのか、家城が啓輔の扱いを心得てしまったのか……啓輔が仕掛けようとすると家城がはぐらかす。
 からかって表情を変えることも少なくなった。平然と啓輔のそれをはぐらかしてくれる。
「う〜、面白くねー」
 躰としてはたぶんすっきりはしているのだろう。だが、いかんせん精神的なものが満たされない。啓輔とて健全な男。
「やっぱり……俺としては…入れてーよなー……」
 ため息が漏れる。
「お前……」
 いきなり背後から声をかけられて、啓輔はびくりと躰を震わした。
「う、わっ!」
 その反動で椅子が動き、ぐらりと傾く。それを慌ててバランスを取って立て直した。
「何やっているんだ?」
 驚きに見開いていた目がすうっと細められ、啓輔を見据えていた。
「梅木さん……いつからそこに……」
 ドアが開く音がしたようにはなかった。
 こいつ……どっから……いや、何よりもまずい。もしかして、聞かれたのか?
「どうしてくれよーってのは、聞いた」
 ってことは……。
「で、何を入れたいわけ?」
 あ、ああ……やっぱり。
「別に何でもねーよ。それよりいっつもいっつもさあ、どやって入って来るわけ?ドアが開く音もせんかったし」
「俺、音なんか立てないよ。そんな事したら誠が警戒するからな。逃げられないように、そおっと開けると音なんかしやしない」
「……そやって無理矢理迫ったんだ?」
 焦っていたせいで、つい言ってしまった。
 途端に梅木の顔色がはっきりと変わった。幾分青ざめたその顔の眉間に深い皺が刻まれる。
「その言葉遣い、何とかしてやろーか」
 低い地を這う声音に、啓輔の背筋に冷や汗が流れた。
 げ、まじっ。
 慌てて席を立ち、ずりずりと後ずさる。
「逃げるな。何もしないって」
 そんな啓輔の様子に気づいた梅木がふっとその表情を和らげた。
「ま、事実だし」
 さらりと言われてほっとすると同時に、服部が気の毒になった。
 こんな人につきまとわれたなんて、大変だろうなあ……。
 どう解釈しても、この人行動パターンは異常としか思えない。
「それより、何が入れたいのか聞いてないんだけど」
「うっ」
 避けられたと思った筈の話題をぶり返され、啓輔は息を詰まらせた。
「ね、もしかして……ナニかな?」
 意味ありげににやつく梅木はどう見ても気づいているとしか思えない。啓輔はううっと唸りながら、梅木を睨んだ。
「やっぱり、君がネコって訳なんだ?」
「ネッ、ネコって……」
 その意味も啓輔は十分知っていた。あからさまに言われてぐっと言葉に詰まる。
「ま、あのクールビューティさんが君の躰の下で悶えている姿ってのは想像できないもんな。君なら別だけど」
「そ、そんなもん、想像すんな……」
 真っ赤になって呟く啓輔ににやりと嘲笑を浮かべている梅木。
 啓輔は必死の思いで自分を落ち着かせた。
 こんなふうに相手にいいように扱われるのは嫌いだった。
 おおきく息を吐くと、きっと梅木を睨み付けた。
「ったく、何の用だよ?俺をからかうためじゃねーだろ。それに服部さんは会議だよ」
 啓輔の一挙一動を観察しているかのような梅木の視線が気になって仕方がないのだが、必死で平然さを取り繕う。
「何だそうなのか。せっかく休憩に誘いに来たのに……って、今日は家城さんは来ていないのか?」
 言われて慌てて時計を見ると、確かにいつも来る時間が過ぎている。
「喧嘩でもしたのか?」
 声音は心配そうなのだが、その顔はどこかにやけている。
 啓輔はじろりと睨むと梅木に吐き出すように言った。
「喧嘩なんかするかよ。それより、そっちはどうなんだよ。今日服部さん機嫌悪かったし」
 ふと思い出した事をぶつけてみる。
 途端に梅木が狼狽えた。
 はっきりと変わった顔色に、視線が落ちつきなくうろうろと周囲を彷徨う。
 その狼狽ぶりに啓輔は目を見張った。
 何なんだ、この人は……っていうか、やっぱり服部さんの機嫌の悪さはこの人が原因か。
 朝から話し掛けてもどこか上の空。
 しかも、ずっとしかめられた顔が解れることがない。
 いつもはそんな事がなかった。面白くない冗談でも、困ったように笑ってくれる人だ。神経質なまでに他人に気を遣う人だ。
 その服部が、啓輔が話し掛けても気づかない。
 今日の会議だって、啓輔が言わなければ忘れていたようだ。
 ばたばたと書類を抱えて出ていった様子を思い浮かべた。
「やっぱり何かあったんだ。それで様子を見に来たんだ?」
「……」
 一文字に結ばれた口元が、それが真実であると示していた。
「だったらさ、こっちのことなんか気にしてる場合ないんじゃないですか」
 下手につついて、こっちに逆戻りしても敵わないので、一応丁寧に進言してみる。
 そんな啓輔を梅木はじろり睨んだ。
「お前、そんな丁寧な言葉遣いすんな。気持ちわりー」
「……先輩に対しては、きちんとした言葉使いは当然です」
 なんて家城に言われたまんまの台詞が飛び出してしまう。
「家城さんに対しては、そうでもなさそうだが?」
「!」
 そりゃあまあ……身に付いてしまった話し方って言うものはそう簡単に変わらなくて……。
 家城に対しては砕けた調子になるのは、最初からだ。
 これで、言葉遣いまで丁寧に接していたら、なんだか完璧に負けているような気がしてしまう。
 だいたい、これだって無理して喋ってやってんじゃねーか……。
 それにどう考えても梅木の言葉は、こっちの問いをはぐらかしている。
「あのさあ……」
 だから、改める。
「あんた、何やったのさ?あの自分のことより他人の事を優先するような服部さんが、ため息付きまくってんだぜ?その原因を作ったのがあんただって自覚してんだったら、何とかしてくれよ」
 お陰で仕事になりゃしねー。
 ぶつぶつと文句を垂れ流す啓輔に、梅木は苦笑いを浮かべた。
「気持ちわりーとは言ったが、そこまで戻せとは言ってねーぞ。ま、でもその方がお前らしいな」
「すみませんね」
「ああ、もう……確かに俺のせいだよ。誠の機嫌の悪いのは……だけどな…俺だって悩んでんだよ。お前だって悩みあるんだろ。ま、入れさせて貰えそうにはないわな、あの人とじゃあ……」
「うっ!」
 しつこい、こいつ。
「しょうがねーことだよな。ほんと。どうしようか……」
 梅木が椅子をたぐり寄せ、どしんと躰を預ける。
「俺さあ……あいつに抱いてくれって言われたんだよなあ……」
「え?」
 啓輔はそれを聞いた途端、そのままの姿勢で硬直してしまった。
 呆然と見つめる視線の先で、梅木が腕組みをして、自分の膝あたりを見据えている。
 えっと、もうそういう付き合いだろ。それが今更?
 それで困っているって?
「あ、あの……だってさ、もうそこまでいってたんじゃないのかよお!」
 だってだって、確かそんな事を……あ、あれ……???
 今までの二人のじゃれ合いが、脳裏を走り回る。
「確かに躰の関係ってのはあったけどさ、そのあいつからして欲しいってのは初めてだ……」
「か、躰の関係はあったって……」
 だからあ……どうして、そこでそんなに悩んでいるんだ?
 服部は確かに彼のことを気にしている。無理矢理だったって言うことは知ってはいたが、その後仲良くなったんだとばかり……では、今の状況って何なんだ?
「何て言うか……俺もお前みたいなんに相談するなんてやきが回ったとは思うが……。ま、俺達の事をはっきり知っている奴って他にはいないし。家城さんに相談するわけにもいかないだろ。だから、愚痴だと思って聞いてくれ」
「はあ……」
 いつの間に、ここは悩み事相談室になったんだ?
 啓輔はそういう話を聞くのが苦手だったのだが、ぽつぽつ喋る梅木が妙に弱々しくて、つい邪険にするのも躊躇われた。
 椅子に座って向き合って、まるでお見合いのようだとぼーっと考える。
「だからな、内へ内へ籠もってしまった誠を助けたくて、それで無理矢理にでも外の世界に向けさせようとしたんだ。まあ、気になっていた奴だったし……。完全に内に籠もってしまったあいつはなんだか弱々しくて、助けたいって思った。だけどさ、何をしても反応しなくて、流されているんだ。そのうち……俺の中に怒りが湧き起こった」
 はあっと息を吐く。
 決して顔を上げようとしない梅木の方が、よっぽと弱々しく見える。
「気が付いたら、徹底的に痛めつけてしまえって……一回どん底になってしまえば、後は這い上がるだけだから、何とかなるんじゃないかって……今から考えると無茶苦茶な事を考えて、それを実行に移してしまった。それに引っかかったあいつは……悲壮だったよなあ。いやいや俺に抱かれていたのに……」
 梅木の手がぎゅっと握りしめられ、その拳が震えている。
「それでも、あいつは何とか這い上がったんだ。俺をはね除けることも覚えた。言いなりにならなくなった。その澱んでいた瞳に意志が入った。それで、俺はあいつを手放した。だって、そのために抱くことにしたのだから、それが治ってしまえば抱く理由がなくなる。俺はあいつのこと嫌いじゃない。好きだ。だけど、あいつは俺の事、嫌いだって言っていたしな。だから、抱く理由もないのに抱くわけにはいかないだろう?だからさ、前と同じとはいかないけれど、それでも会社の同僚という立場に戻ったんだ。それを今更……崩せないだろ……」
「あ、あの……いつも言っている俺の誠に手を出すなっとかいう雄叫びはじゃあ、何?」
「う〜ん、あれな。一応本心なんだけど……。なんか気が付いたら、やっているんだ。でさ、そういう態度取っていると誠が楽しそうなんだよな。笑ったり怒ったり。構って貰えるのが楽しいのかも知れないって思えたな。それにすごく感情が豊かになるんで、ついな」
 それはそうかも知れない。
 服部は梅木がいる時は、ひどく楽しそうだ。怒っている時も生き生きとしている。
 だから、二人とも付き合っているのだと思ったけれど……。
「だけど、やっぱりそういう関係って異常だと思ってはいたし、幾ら好きでもこれ以上誠を拘束するつもりはなかったから……なのに」
 ふっと言葉を切った梅木が啓輔に視線を向けた。
 その目は睨んでいた。
「誠は、お前達に煽られたんだ。でなきゃ、あいつがあんな事言い出すなんて……、俺のこと好きだなんて……言う訳ない……」
「だって!」
 煽られようが煽られまいが、服部が梅木のこと好きなのは、啓輔にだって判った。
「俺がちょっかいださなきゃ、誠は普通に女の子を好きになるような奴だったんだ。それなのに、俺が抱いたから……勘違いしているんだよ、あいつは。あんときまで童貞だったみたいだし。女っての知らないんだよ。それに……俺はあいつが思っているような奴じゃない。もう、あんな関係は終わったんだよ……」
 梅木がぴたりと口を閉じた。
 え〜と、これはどうすればいいんだ?
 この人は服部さんが好きなんじゃないのか?
 服部さんは、この人が好きなのに?
 好きだけど、つきあえないって言っているのか?躰の関係まで出来ているのに?
「俺、できないって言ったから……だから、あいつ落ち込んでいるんだよ」
 この言葉を聞かなくても、服部が変な原因が判ってしまった。
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