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ONI GOKKO
〜アベック鬼ごっこ〜 2
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「なあ、俺もうやだ」
 その日、食事に誘われてそのまま家城の家に行った。
 そこで、啓輔は意を決して家城にそう言った。
「何がです?」
 いつものようにソファに浅く腰掛け背もたれに躰を預けて足を投げ出している家城が、その目を細めて啓輔を見た。
 啓輔はそのソファの後から背もたれに脇を引っかけるように躰を預けながら、家城を覗き込むようにしていた。
「気づかないのかよ?今日だって食堂で痛いくらいに視線浴びちまったじゃないか」
 大半は若い女性社員だった。
 別にいいじゃねーか。
 叫びたくなる。
 こんなのって理不尽だ。
 確かに付き合ってはいるけど、別に男同士なんだから一緒に休憩くらいとったって……。
「あれって、絶対、いえ……純哉のファンなんだよなあ」
 会社と家とで呼び分けるのは難しいのだが、それでもそう呼ぶと家城が照れるのだ。それが面白くて、できるだけ名前で呼ぶようにしていた。
「別に、私だけではありませんよ」
 平然と言っているようだが、今まで啓輔を見ていた視線が外されていた。
 ……いつになったら慣れるのかなあ……純情な奴。
 ふとそう思ったが。
 ん?
「私だけではない、って?」
「あれ、半分は滝本さん向けですよ。彼も人気があるんです」
「あ、ああ……そう。そんなに人気あったんだ、あの人」
 顔がひくりとひきつった。
「まあ、出世頭ですし、可愛い雰囲気があるって……だけど、本人は嫌がっているし、女性と付き合う気もないようですけどね」
「そ、そうなんだ」
 知らなかった。
 家城が人気があるのは知っていたけれど、あの滝本さんまで……。
 たしかに年の割には、可愛い雰囲気のせいでそんな風に見えないし。
 も、もしかして俺って、今日の休憩でさらに敵を増やしたとか……。
 しかも女性と付き合う気がないってのは……つまりは、フリーな訳で、虎視眈々と狙っている人がいるとか……。
 冷や汗垂らしている啓輔に、家城はようやく視線を戻した。
「それで、それがどうしたんですか?」
 気づいていないのか、無視しているのか。
 どうでもいいことなのか……。
「だから、俺、もう嫌なんだ。家城さんが……違った……純哉がべたべたすると俺が睨まれるんだからな。会社ではもうちょっと大人しくしていないと、バレちまうじゃねーか」
「それって……私と休憩に行くのをやめるっていうことですか」
 家城の目がすうっと細められた。
 声音も酷く平坦で、そんな仕草をすると周りの空気が一気に冷たくなったような気がする。
「いや、だからたまには……っていう位でいいからさあ。少しは別行動とるとか……。って何で俺か卑屈になってなきゃいけねーんだよ。被害者は俺だぞ!」
「そうですね。そんなに言うのなら別行動取りましょうか?」
「え?」
 冷たさに堪えかねて荒げた声が、一気に小さくなる。
「ですから、今度から休憩は別にしましょう。そうですね、急に別行動を取り始めると、それはそれで勘ぐられますから、食事位は一緒に取りましょうか」
 家城の視線がテーブルに置いてあった本に向けられた。それを手に取る。
「あ、ああ……」
 啓輔は急にそんな事を言いだした家城が理解できなかった。
 絶対にごねると思っていた。
 嫌みがたっぷり降ってくると思った。それなのに。
 本を読み始めた家城を覗き込むように啓輔は話しかけた。
「でもさあ、何でそんな気になったんだ?」
「嫌なんでしょう?」
「それは……あの刺すような視線は嫌だから」
「だからですよ」
 抑揚のない声。
 こ、これは……やっぱ怒っている?
 啓輔はずりずりと家城の方に身を乗り出すが、本に遮られてそれ以上は近づけない。
「純哉〜」
「何です」
 啓輔が呼びかけても本から顔を上げない。
 まずっ、怒ってる……。
「お〜い!」
 ぐいっと本を取り上げると、ようやく家城が啓輔に視線を向けた。
「何です?」
 わずかにしかめられたその顔から冷ややかな視線。
「怒ってる?」
「別に」
 笑わないんだよな、やっぱ。
「怒ってる……」
 ため息混じりに呟くと、家城がぐいっと啓輔の腕を引っ張った。
 ぎりぎりまで背もたれから躰を乗り出していた啓輔は、それでバランスを崩してソファの上に頭から崩れ落ちた。
 落ちたところにあるのは家城の躰で、それほど痛みはなかった。だが、倒れ込んだその姿勢のまま家城に抱きすくめられる。
「え、あっ!」
「今日は離しませんよ」
 抑揚のない声が耳朶に触れんばかりのところで囁かれた。
「んっ、離せよ……」
 ぞわぞわと全身に広がる悪寒にも似た疼きに堪えながら、啓輔は身を捩り、家城を見遣る。
 だが、家城はその表情を変えないまま、啓輔を離そうとしなかった。
「何だよ」
 家城の体温が触れあった部分から伝わってくる。
 触れられた部分に熱が集まる。記憶に植え付けられた感触を躰が求めているのが判る。
 こ、この……。
 啓輔が再度逃げだそうと手を突っ張った途端、家城がくすりと僅かに笑みを浮かべた。
「え?」
 拘束していた手が離れ、啓輔はようやく半身を上げることができた。
「何を慌てているんです?」
「え?」
 くすくすと漏れる笑いに啓輔は羞恥に顔を赤らめた。
「からかった?」
「かわいいですよ、赤くなってるのも」
 くすくすと笑われるから、余計に顔が熱くなるのを止められなかった。
「うるせっ!」
 慌てて、家城から離れる。
 火照った躰がうずうずと物足りなさを訴える。ぺたりと床に座り込んだ啓輔は、ううっと唸りながら家城を見据えた。
「まあ、かなり噂になってしまったようですので、どうにかしないといけないとは思っていましたし」
「じゃ、何で!」
「それは、たまには困らせるのもいいかな、と。最近、我が儘ですからね」
「誰が?」
「あなたが」
 ぴしりと言われて絶句する。
 眉間の皺も深く家城を見つめていた啓輔だったが、何とか言葉を発した。
「俺のどこが、我が儘だって?」
「私を困らせて楽しんでいますよね。わざと名前で呼んでません?言いにくそうなのに」
「それは……」
 だって、おもしれーもん……。
「それと、さっきの話の続きですが、私は明日から滝本さんとでも休憩に行きますからね」
「え!」
 あの滝本さんと?
 啓輔の脳裏に家城が滝本に見せた笑顔が浮かんでくる。
 何か、やだ。
「他にはいないのかよ」
 ムッとして口を尖らしていた。
「一番仲がいいんですよ。後は竹井君ですかね」
 竹井さんって、家城さんが好きだった相手……じゃねーか。
「それは嫌だ!」
 今は俺が好きなんだって知っているけど、やっぱりそれは嫌だ。
 嫌悪の表情丸出しで頭を振る。
「では私一人で休憩しろって言うのですか?」
「うっ……」
 確かに、家城はそれほどつきあいが広くない。
 だからこそ、足繁くコンピュータールームに通う家城が噂になっていたのだが。
「だって、そいつら……」
 言いかけて口ごもる。
「何です?」
 俯いた啓輔の顔に家城の手がかかって、上向かせた。
 ソファの上から躰をかがめて、啓輔の顔を覗き込む。
 かああっと火照った顔を背けたい。
「言いたいことがあったら、言わないと判りませんよ」
 気づいてるくせにっ!
 じろりと睨んだ先の家城は楽しそうだ。
「さあ、言ってみてくださいな」
 言わないと許してくれそうにない。
 今ここで逃げることも出来るが、それをすると不機嫌な家城の嫌みの応酬を受けることになる。
 啓輔は諦めたようにため息を漏らした。
「あんたが滝本さんや竹井さんと休憩するのは嫌だ」
「なぜです?」
「……楽しそうだから……」
「それってどういう意味なんでしょうね?」
「もういいじゃんかっ!」
 ぎろっと睨み付けるが、視線の先の家城は全く動じない。
 ますます近づいた顔。しっかりと掴まれた顔を啓輔は避けることもできなかった。
「言ってください。私は聞きたいですね」
 ふと気づくと揶揄する声音は消えていた。
 酷く真剣な眼差しが啓輔を縛る。
「あ、あの……純哉?」
 いつもなら照れているはずのその顔に変化がない。
 啓輔はごくりと息を飲んだ。
「啓輔……」
 至近距離で囁かれる家城の声は、啓輔の性感をもろに刺激する。
 思わず固く目を閉じた啓輔の頬に触れる家城の吐息。
「言ってください」
 その声に誘われるように啓輔は、その言葉を漏らした。
「妬けるんだよ!なんか、あいつらと一緒にいるあんたを見るのが嫌なんだよ!だから一緒にいてほしくなんかねーんだ……」
 ようやく言ったその言葉への褒美のように、唇を柔らかく塞がれた。

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