PDFファイル:SF-Kogane-Bill04 

信じられないとばかりに見開いた瞳に映るのは、灯りの加減で緋色に見える髪を持つ男だった。
 茫然自失と言った、およそビルには似つかわしくない言葉。なのに、今の彼はまさにその状態で、同じ室内にいた仲間達が何事かと二人を見比べて息を飲んでいた。


「失礼だね。まるで化け物でも見たような表情というのは」
 言葉だけで心外だと伝える男が、その口元にシニカルな笑みを浮かべて、ゆっくりとビルに近づいてきた。
 途端にビルの背筋にぞくりと走ったのは紛れもなく悪寒だ。
 操られるように硬直していた四肢をぎくしゃくと動して、紛れもなく上位の相手に対し、略式の礼を返した。もっとも、この男が望んでいるのがそんなことではないことは理解している。
 だが、それは今はできない。
「いつ、ここへ……」
 喘ぐように言葉を紡ぐ。
 ここは、ビルが働く工作艦カベイロスで、しかも上官であるリオの執務室だ。そこで、中心メンバーが集まって訓練計画の確認をしていたところだった。
 チームリーダーのリオと副官でベルとダテ、ビル自身とボブ、そして警備代表のキイチ。
 他艦隊所属のキャルス・ゼルメス准将がその中に入る必要など無いはず。
 というより、何故彼がここにいるのかが、ビルは未だ理解できていなかった。
 第二艦隊の中でも非常に忙しい身の上の人だ。ビルからパラス・アテナに向かった時に出会って以来、一度として彼がそこから出てきたとは聞いていない。
 毎夜のように彼から送られてくるメールにも、今日来るなどと何も書かれていなかったはず。と重箱の隅をつつくように記憶を確かめる。
 そんなビルを、リオが面白そうに見やってから、ちらりと視線をキャルスに送った。
 何故か皆一様にぶるりと全身を震わせた。
 そうせさずにはいられなかった。
「ゼルメス准将。こちらにおいでとは連絡を受けてはおりませんが?」
 明らかに揶揄の籠もる質問に、リオの傍らにいたダテがその腕を押さえる。
 上官を上官とも思わない態度を取るのが通例のリオが、こんなふうに敬語を使うのは何かを企んでいる証拠。
 その瞬間確かに数度下がった室温に、皆一様に寒気の原因を悟った。
 この二人は同類だ。
 絶対に顔をつきあわせてはならない二人だ、と。
「たまたま、だよ。たまたま、私の乗っていた連絡艇が不調になってね。急遽、一番近い艦のここに着船したのだよ」
「へえ……たまたま、ね」
「ところがあいにくとすぐ直るような故障ではなくてね。それに、なんだかんだ手間取ってるうちに、今日の予定はキャンセルと言うことで暇になってしまったので……」
「……体が空く暇がないほどにいろいろと忙しいと噂されている准将の体が空くなどとは、滅多にないことではありませんか?」
 にこりと微笑んだリオは、黙っていればその笑みだけで女性全てを魅了すると噂されているほど。
 だが、リオが素直に他人を褒めることは、その性格上あり得ない。当然揶揄が込められたその言葉に、しかし、キャルスは平然と頷いた。
「確かにパラス・アテナにいると、ほんの少しの空いた時間を奪い合う輩は大勢いるけれどね」
 シニカルな笑みがわざわざビルに向けられる。
 その視線に、ビルの唇がひくりと震えた。
 胸の奥に込み上げる苦い感情が、喉の奥をせり上がってくる。
 その言葉に気が付かないほど初でないし、ビル自身あれからキャルスの噂はいろいろと聞いていた。
 キャルス自身否定しないそれは、かなり真実に近い、らしい。
 第一、ビルと出会う前にもずいぶんと遊んでいたことは、その口から直接聞いている。
 それでも、今は自分だけだと、思いたい。
 なのに、キャルスはおもしろがるように肯定の言葉を続けた。
「昨夜もすてきな女性と遊んだものでね……少し寝不足かな」
 はあっとわざとらしいあくびを零し、苦笑を浮かべさえして。
「なかなか離してくれないのだよ」
 ずきりと胸の奥が大きく軋んだ。
 体の脇に所在なげに降ろした両手が固い拳を作る。関節が白くなり拳全体が小刻みに震えた。
 知らず眉間にシワが寄り、それをボブが訝しげに見つめているのにも気が付かない。
「それはそれは……。愉しかったでしょう?」
 くすくすと笑うリオが、ちらちらとビルを窺っている。
 その傍らで、状況を理解しているベルとダテだけが、大きなため息を零していた。もっとも、ビルはそんなことにも気付かずに、頭の中で何度でもキャルスの言葉を反芻するだけだ。
 彼の放つ一言一句に捕らわれて、抜け出せない。
「ああ、愉しかったね。ずいぶんと技を繰り出してくるので、私も返すのが大変だった」
 本当に愉しかったのだろう。
 弾んだ声音が耳に入るたびに、胸の軋む音が大きくなり痛みが増してくる。
 判っているはずなのに。
 離れていることが幸いだと思うほどに、キャルスの精力は絶大だった。だが、そんな彼がいつ会えるとも判らない相手のために常に一人でいることは、きっと我慢できないのかもしれない。
 だったら、離れている事を望んだ己が悪くて。
「彼女とはいつでもやりたいと思っているんだよ」
 聞きたくもない言葉ほどはっきりと理解できるものだ。
 彼が本気だと、ビルには判ってしまった。
 だからただ俯いて。
 自分が悪いと思っているから、キャルスを責めることなどできるはずもなくて。
 今はこの嵐が一刻も早く去って欲しいと願う。
 胸の奥の痛みを奥歯を噛みしめながら堪えて、ビルはただ願うことしかできなかった。



「ふざけんなっ!!」
 怒声が響いた。
「ボブ?」
 視界を遮るようにボブが飛び出してきた。
 その腕がキャルスに掴みかかりひねりを銜えて体を組み伏せる。
 すぐに振り上げられた拳の狙う先は、組み伏せられたキャルスの顔面。
 なんでこんなことになっているのか。
 理解できない情景に、ビルの体は動かない。
「君がボブか……。似ていないな」
 せっぱ詰まった状態なのに、キャルスの言動は平然としていて、返す言葉には揶揄すら混じっている。口元に浮かんだ嘲笑に、ボブが気が付いてさらに顔を紅潮させた。
 だが、その拳はいくら力を入れても振り下ろされなかった。
「ダメですっ」
 間一髪で捕らえた腕を、キイチが必死になって抱え込んでいる。
「離せっ、こいつのせいだっ」
 何が? 
 と思う間もなく、ボブがきつい視線をビルに向け、すぐにキャルスへと戻した。
「こいつが何か言うたびに、ビルが苦しんでんだよっ! てめえっ、何をやらかしたっ!!」
「え……あっ……」
 ボブの言葉に、ビルは思わず胸を押さえた。
 胸の奥深いところの痛み。ズキズキと張り裂けそうな痛みがずっと続いていた。
 痛みは、感応力を持つ二人にとって特に伝わりやすい。
 たいていの場合に同時に発生する緊張と混乱が、無意識の制御を狂わせてしまうからだ。
「辛いんだよっ、めちゃくちゃ、辛いんだよっ、ビルはっ!! こんなん初めてだっ、ビルがこんなになるのって初めてなんだよっ!!」
 悲痛な叫びに、皆が息を飲む。
 一斉にビルに視線が集まり、堪えられないビルは自らの視線を足下に落とした。
 それが、よけいにボブの言葉に真実みをもたせた。
「離せっ、キイっ」
「ダメですっ。どんなに腹が立っても、曲がりなりにも准将なんですよっ!!」
 キイチが本気になれば、ボブとて敵わない。体格も体技も何もかもキイチの方が上なのだ。
 結局、絡め取られ、キャルスの上から退けられて、キイチの腕の中で悔しそうに歯噛みする。
「やれやれ。上官と同じく喧嘩早いことだ」
 呆れたように苦笑して、キャルスが立ち上がる。ボブの攻撃など何一つ堪えていない様子が、さらにボブを煽った。
 だが、羽交い締めにされている現状では、きつく歯噛みするしかない。
「もともとはあんたが振った喧嘩だろうが」
 さすがにリオの表情から笑みが消えていた。
「ったく、業腹だな……。俺たちを怒らせるためにやってきたのか?」
「なんだ、やはり気が付いていたか。さすが、我が敬愛すべき副司令官殿の兄だけのことはあるな」
 途端に、リオの眉がきりりと上がった。
 一方的犬猿の仲である弟の事は、ここではタブーだ。それは二人を知っている人間には周知の事実で、キャルスが知らない訳は無い。
 一体キャルスが何をしたいのか。
 知の艦隊である第二艦隊において、さらに中枢とも言える統合作戦本部に籍を置く人間の思考回路など、他の人間には理解不能だ。
 早々に考えることを放棄したいと願うが、かと言ってこの場から離れることもままならない。
 結局、動向をじっと忍耐強く窺うしかないのだが。
「あんたは……」
「出て行けっ!!」
 リオが何か言いかけるより先に、ボブが叫んだ。
 ビルよりも行動的なボブは、さっさと考えることなど放棄していた。もとより、何も考えていないに違いない。
 双子といっても性格が真反対の二人だ。ボブの行動はこれまた誰もが想像できたとおりではあったが、ついその口を塞ぐのを忘れていた。
「さっさとこっから出ていけっ。あんたは部外者だろうがっ。俺たちはこっからミーティングなんだよっ!!」
 ボブとしては珍しい正論に、それでも皆が縋るように頷く。
 これ以上キャルスが何かを言ったら、血を見ることは避けられない。
 ボブをキイチが、リオをダテが抑えておくにしても、彼らの奥の手は幾らでもあるのだ。誰よりも相手の事を知っている二人がこんな時に彼らの弱点を付かないはずはなく、二人の瞳がきらりと光るのに気付いて、ビルの背筋に嫌な汗が流れた。
 と、重苦しいため息が落ちて、数少ない常識人であるベルが諦めたように口を開いた。
「とにかく、准将を外にご案内して」
 その視線が、縋るようにビルへと向けられる。
「よろしくな」
「え……私……?」
 指名され、途端に狼狽えるビルに、ベルが頷いた。
 幾ら会いたいと願うほどの相手では会っても、今の状況のキャルスを任せられても困る。
 戸惑いも露わに首を横に振ろうとしたビルより早く、キャルスがにやりと口の端をあげた。
「それは有り難い。ついでにしばらく借り受けたいね。私はこの艦は不案内なので彼なら適任だ」
 その得意げな様相に、室内に何とも言えない沈黙が漂った。
 まるで、仕掛けた悪戯が成功した子供のような笑みだと、誰もが気付いて。
 まさか——とビルが浮かんだ考えを振り払うように頭を左右に振った。けれど、キャルスと視線が合った途端にニヤリと笑われて、それが真実なのだと気が付いてしまう。
「……それがこんな手の込んだ事を仕掛けた原因か……」
 呆れたようにリオが体の力を抜いた。
 任務中のビルを引っ張り出すにはそれ相応の理由をつけなければならなくて。
 素直に准将権限を振りかざせば良いものを、チームメンバーから任務からの解放を命令させて。
 その結果、キャルスはビルの時間を難なく手に入れる。
「何で、ビルが行かなきゃならねえんだっ! こんなに苦しめたくせにっ!!」
「私の時間を欲しがる相手は幾らでもいるが、私の時間を分け与えようと思う相手は一人しかない」
 くすくすと揶揄の含んだ声音ではあったけれど、言葉に含まれる重みに気が付かないほど皆鈍感ではなかった。
 面と向かって言われてビルなど、完全に硬直して身動ぎすらできない。
「さあ、行こうか」
 キャルスが硬直しているビルの腕を取る。そのビルは、耳の後ろまで真っ赤に染まっていた。
 腕に食い込む指が、微妙なリズムを奏でる。
 ひくりと喉が上下に動いた。全身が総毛立つ感触を与えるそれは、ビルにとっては愛撫でしかなくて、ますます肌を上気させる。
 それは、他のメンバーにも互いの関係は一目瞭然で。
 しかもベルがさりげなく、ネタ晴らしをしてくれた。
「先ほどの彼女というのは、パラス・アテナの”テミス”ですね。」
「何だ、判ったのか?」
「アテナの方々は、テミスの事をよく彼女と呼びますからね。それでシミュレーションの結果はいかがでした?」
「負けた」
 それはさすがに悔しそうに呟く。
 そういえば、テミスは女性名で、アテナのメンバーはシミュレーションをして愉しむと聞いていた。前回のメンテも、テミスと司令官が対戦するために、日程がずれた筈ではないか。
 気が付いた途端、全ての痛みが呆気なく消え去った。
 だいたいこの男の性格の悪さは周知の事実だったというのに。
 忘れていた自分が情けなくて、しかも簡単に疑った事への後悔が沸いてくる。
 途端に、甘い雰囲気に変わった二人に、最初の音を上げたのはボブだった。
「ばからし……」
 力が抜けたのを確認して、キイチがほっとしたように腕を放す。
 そのキイチの体にもたれるようにしてボブがキャルスとビルを見つめて、ため息を零した。
「性格わりぃ……けど、それが良いんだろ。まあ、俺も人のこと言えんし……」
「ああもう、さっさと行け。言っておくが二度と俺たちを巻き込むな」
 リオも呆れたように手を振って追い払う。
「……判って乗ってたくせに……」
「君達も大変だね。彼や彼女がいろいろと画策しているようだしね」
 ぼそりと呟いたダテの言葉は綺麗に無視されて、たたみかけられたキャルスの言葉に二人揃って沈黙した。
 心当たりは嫌と言うほどあって、考えたくもないことだ。
「まあ、今回の詫びに、こちらも協力してあげても構わないが」
 珍しく反応しないリオの頭は、それでもキャルスを引き込むメリットが渦巻いているだろう。
 長年のつきあいでそれが判ってしまうビルは、ため息を零して引っ張られるように部屋を出て行った。



 艦内の事は不案内だから、と言った言葉は、きっと建前だろうとは思ったけれど。
 執務室から出た二人が向かった場所は、やはりビルの居室だった。
 暗い部屋の灯りをつける暇もなく、投げ出されるようにベッドへと押し倒された。
 ここに来るまでの間、キャルスが不機嫌になっているのには気が付いたが、その原因が判らない。
 衝撃を逃して、肘で上半身を支えたビルが、キャルスを見上げれば、どう猛な炎がその瞳に宿っていた。
 途端に、ぞくりと肌が総毛立つ。
「あ……」
「ったく、久しぶりにあったのだから優しくしてやりたいが……どうもそうは言っていられない気分だな」
 手早く上着を脱ぎ去ったキャルスが、動けないビルに覆い被さってくる。
 その動きは確かに性急で、怒りすら孕んでいるように乱暴だ。次々と衣服を剥ぎ、噛みつくようなキスを落としてきた。
「ん……」
 触れた途端に、薄く開いた唇の間にねじり込むように舌が押し入ってきた。すぐに口内奥深くまで肉厚の舌が侵入し、敏感な内壁をまさぐり、蹂躙する。
 こんなにもキスが官能を呼び覚ますとは、キャルスに施されるまで知らなかった。
 夢を介して伝わるボブの行為はどちらかと言うと攻めだから、受ける事はあまり経験無かったのだ。舌先で口内を余すことなく愛撫され、すぐに甘美な疼きが全身を駆けめぐり始めた。交わった唾液が、顎を伝い流れ落ちる。息をする余裕すら与えられず、酸欠で意識が朦朧としてやっと解放される始末だった。
 しかも喘ぐ呼吸が整う間もなく、再び塞がれて。
 朦朧とした意識の中、ただ感覚だけが鋭くなっていく。
「はぁ……あぁ……」
 キャルスの指がビルの汗ばんだ体に爪を立て、傷つける。白い肌に赤く筋が残るほどの痕も、糸で拘束されているかのようにたくさんつけられた。びりりとした軽い痛みも、施される場所によっては甘い疼きにしかならない。
 奥深くに埋もれた快楽という名の泉が、刺激を一つ受けるたびに波を荒立たせ、大きく広がっていった。
 しかも、体はずっと飢えていた。
 別れの時にキャルスに渡されたバイブで時々慰めてはいたけれど、解放の愉悦しかもたらしてくれない。我に返れば、道具に狂ってしまった羞恥と後悔といったむなしさばかりに襲われた。
 それに、自慰ではビルの全てを包み込む温もりが無い。
 本当は……会いに行きたかった。
 抱いて、欲しかった。
 探り当てられ、教え込まれた性感帯は、ビルの手だけではどうしようもない場所があって。
 バイブだけではできない場所はいつも放置されていた。
 そんな場所があることがいつも物足りなさすら助長させた。
 けれどキャルスなら、そんな事は無い。
 全てを解放し、狂わせて、後悔すらさせない。そんな暇を与えてくれないのだ。
 キャルスが、今ここにいる。
 欲しかった場所に舌を這わせ、明らかな所有印を残していってくれる男。
「あ、ああっ、きっ……きつっ、そこっ!」
 喉から迸る嬌声が、室内にこだまする。
 始まってまだ間がないのに、その声は掠れ始めていた。
「あっ、はあっ……んぐぅ……っ」
 胸の尖りを強く噛まれ、痛みに半ば閉じていた目を見開く。まなじりから流れる滴が、こめかみを濡らしてシーツまで垂れた。
「キャ…ル……」
 訴える言葉が、言葉にならない。
 ただ視線で訴えて。
「ああ、……泣く姿もずっと見たかった。もっと見せておくれ」
 けれど、さらにきつく噛みつかれる。
「あっ、ああっ……」
「ビル……もっとだ」
 与えられるのは痛みだけではない。体内奥深く入り込んだ指が、隠されたもっとも大きな快楽の泉に辿り着く。途端に跳ね上がった体を押さえつけられて、指を増やされた。
「ひ、あやぁっ」
「ずいぶんと柔らかい」
 くすくすと吐息が肌をくすぐる。その揶揄の意味に朦朧とした頭でも気が付いて、ビルは羞恥に全身を戦慄かせた。
 けれどキャルスの言葉は確かに事実だ。
 毎夜のようについその場所に触れてしまっていた。
 それほどまでに飢えが激しくて、我慢ができなくて、最後には封印しようとしたはずのキャルスのバイブを取り出してしまう。昨夜も結局我慢しきれなくて、深く埋めてあさましく腰を振って快楽を貪りまくった。
 その名残は、確実に残っているだろう。
 けれど口にすることはできるはずもなく、黙りこくって目を伏せるビルに、キャルスが笑みを落とす。
「ずいぶんと遊んでいるみたいだな。そんなに私が欲しかったのか?」
 何もかも見透かしているキャルスの言葉に、ビルはそれでも逆らうように首を横に振って否定した。
 だが、いきなり前立腺を指で突き上げられた。
「ひぃっ……」
「嘘はダメだよ。だったら、ここの柔らかさは何? ほらこんなにも簡単に私の指を飲み込んで、まだ欲しいとばかりにひくついているよ」
「あ、あぁっ」
「ほら、正直に言わない子は、もう止めてしまおうか?」
 いきなり入り口付近まで指を抜かれた。そのまま出て行こうとする指に、慌てて捕らえようと後孔に力を込めた。
「おやおやずいぶんと締め付けてきて」
 くつくつと嘲笑されたが、赤くなった顔を隠しても締め付ける力を緩めることができなかった。
「そんなにも欲しいか?」
 不意に、尻の肉に熱い塊が触れた。
 途端に全身が期待に戦慄く。
 生身の温もりのあるそれが欲しくて欲しくて堪らなかったのだ。いくらバイブが完全にそれを模しているとしても、やはり違う。
 答えを乞われて、ビルはこくこく頷いた。
 目の縁まで羞恥に赤く染め、口を開く。
「ほ……しい……」
「これがか?」
「ん……欲しい……」
「なら、言いなさい、はっきりと」
 揶揄を含んだ声音に怒りにも似た感情が湧き起こる——けれど。
「……挿れて、ください……。奥まで、いっぱいに……」
 期待が口を動かす。夢にまで見たキャルスのそれに、突かれたい。
 ビルを動かすのは、ただそれだけ。
「なら、約束だ」
 先端の丸みが中に入ってくる。それだけで止まってしまったそれを受け入れようと腰が動く。
 なのに、キャルスが動かない。
「ビル?」
「や、約束って……」
「簡単なことだよ」
 どこかぼやけた視界いっぱいにキャルスの笑みが広がった。
 その視界に出されたケースに入っていたものを見るように言われて、目を凝らす。
「ドラゴン……?」
 かろうじて見て取れたのは、ペンダントのドラゴンと良く似た形状。長い方でも5mmほどしかない大きさのそれは、一目見ただけでは何か判らない。
 そのドラゴンが二つ。
「ピアスだ」
「あ……」
 言われて気付いた。
「今のを外して、これにしなさい。今日は無理だが、明日にでもできるだけ早く。それが約束だ。簡単なことだろう?」
「それは……」
 即答できなくてビルは口籠もった。
 一見装飾品のピアスは、オリンポスでは重要な意味を持っている。それに組み込まれた回路が、認識票であり、鍵であり、そしていざというときの記憶の制御すら行うものなのだ。今あるものと付け替えるのには、それ相応の手続きが必要なはずで、ビルの一存ではできない。
「ああ、大丈夫だ」
 そんなビルの躊躇いに気が付いたのか、キャルスが一枚のシートを目の前に差し出してきた。
「申請書もサインも済んでいる。これでOKだ」
 なんて用意周到な……と呆れたのも束の間。
「あ、ああっ」
 ピアスで気が削がれて、油断したところを一気に突き上げられた。
 無理な挿入による痛みと異物が入ってくる違和感と、奥深くを抉られる快感と。
 入り交じる感覚が、一気にビルの理性を突き崩す。
 ビルにとってキャルス自身が媚薬そのものなのだ。全てを狂わせて虜にした張本人がそうなのだから、もう末期症状だ。
「これをつければ、名実共に君は私のものだ」
「あ?…ひっ……っく」
「君の痛みを感じたあの男が、私にはずいぶんと疎ましいよ。同じ遺伝子、感応力。さすがに君からそれを取り払うわけにはいかないが……。だから、私の印を君にたくさん付けて上げよう。今日はこれだけだが、次はまた違うものを……。そうだな……。違うピアスをここに……」
 固く立ち上がった胸の尖りを弄られて、脊髄を駆け上がる甘酸っぱい疼きに息を飲む。
 突き上げられ、全身を愛撫され、キャルスの言葉は耳から入るだけ。
 理解する間もなく一部は消えて、一部は無意識化に記憶されて。
「鎖もいいな……。アンクレットにつけて。ああ、なんて飾りがいがある体だ。こんなに敏感な体なら、どんなものも君を高めて美しくしてくれるだろう」
「ひっ……ああっ、嫌だ、そこは。もっと、もっと、強く」
 微妙に位置をずらされた突き上げに、自ら腰を動かして修正する。
「ああ、良い子だ。言ったよね、私が大好きなのは淫乱な子。私の虜になる子。私のあんな言葉に一喜一憂する君が良い。信じ切れていないのも良いね。盲目的よりは振り回されてくれる方が私にはよほど良い。君が感じた胸の痛みも私のせいだと考えると私をこんなにも高めてくれる」
「あ、はあっ」
 言葉と共に、一回りも大きくなったような気がした。
 バイブはきちんと模したものだと思ったけれど、やはり違う。
 熱も大きさも、そして力強さも、全てが違う。
 生身のキャルスを味わって、喘ぎながらビルはその方に幾筋も喜びの涙を流した。
「キャルス……キャルスっ」
 嬌声と共に吐き出した白濁した精が、ビルの肌を汚す。
 ひくつく内壁に味わう力強いキャルスが、さらに激しく抽挿され、最奥を穿つ。
 終わらない。
 たった一度の解放では体は満足せず、そしてキャルスがそんな事で終わらせてくれるはずもなく。
「ひぃっ、いいっ、んあっ——」
「まだだ、まだ……君の中を、私のもので一杯にするまで今日は止めないよ」
「あ、ああんっ——う、キャルスっ——」
「ふふふ、いっそのこと明日もここにいようかな……。何、簡単なことだし……」
 何か名案が思いついたかのようにキャルスが抽挿を繰り返しながら、にやりと笑った。
 ひたすら前立腺を押し上げられているビルには、それに気付く余裕もない。我慢すらさせてくれなくて、ただ快楽の渦の中で翻弄される。
 何度目か判らない吐精で全身を汚しながら、ビルは朦朧とした意識でキャルスの背にしがみついて。
 それがさらにキャルスを煽るとも知らずに、新たな快楽地獄の中に堕とされていった。  



【了】