【披露宴 一年後】(2)

【披露宴 一年後】(2)

「お帰り」
「た、だいま……り……ました……旦那、さま……」
 迎え入れる来生の腕を見た途端、全身の力が抜けた。
 五階までの階段の間、何度休んだかもう覚えていない。視界が濁っているのは気のせいでは無くて、夫の姿もどこぼやけてはっきり見えなかった。
 乳房を模したシリコーンの塊は支えるブラジャーがないせいで、全てが乳首にかかり、ずっと引き延ばされた痛みが襲っていた。
 袋がつけられたペニスの根元は、いくらペニスだけを持っても負担が減るまでもなく、紐が食い込んで鬱血していることもあってとても痛む。それなのに、ずっと握って支えてきたペニスは、痛みすら快感の記憶を呼び起こされるせいで完全に勃起して、先端から溢れるほどの粘液を噴き出していた。そのせいで、いくら握っても手の中でペニスが動き、まるで扱いているような快感にも襲われていた。
 そんな安堵と苦痛と快楽のごちゃまぜになった身体が、促されるままにリビングへと連れて行かれる。
「座って」
「あっくぅ」
 身体を押され、柔らかなソファに座らせた途端、濡れた手からペニスがずり落ちて。
 食い込む袋の痛みに、肘掛けに縋り付いて呻いた。
「一体どうしたんだ、この格好は?」
 顎を取られ、顔を覗き込まれながら尋ねてられた。眉間にしわが寄ったその表情は、彼が怒り始めている証拠。
 それも当然だとは判るけど。いつものブラウスにスカート姿で出かけた妻が、全裸で帰ってきたのだから。
 何も問われないとは思わなかった。ごまかせるとも思わっていなかった。
「帰ってきている時に、外で高島様の奥さまにお会いして」
 包み隠さず伝えなければ後でとても叱られる。
 夫は、嘘をつくことをとても嫌うから。
「私が赤くなったの原因を見たいとおっしゃって」
「ほお……何故赤くなった?」
 問われて、口ごもるけれど、結局口を開いた。開くしか無かった。
「私がイヤらしい想像をしてしまって……」
「想像?」
「は、い……」
 問われるがままに、脳裏が想像したことを思い出す。
 途端に込み上げてきた、抗いきれない恐怖と、凄まじい快感。
 ぶるぶると震えだした身体は冷めて、色を失う。けれど芯からじわじわと沸き起こる疼きは、あり得ないと思っても、確かに存在していて、否定できないものだった。
 あれは、本当に恐怖と恥辱と絶望に彩られた時間で、今でも会うことのある夫の友の視線をたくさん浴びながらの行為を思い出す度に、来生へ反抗心は瞬く間に消えていく。
 どうしても割り切れなくて何度か反抗してしまうと行われるのは、あの披露宴を撮ったビデオの、お客様やご友人を誘っての上映会だったのだ。
 上映会の間中、映像の中のいくつかと同じ事をさせられて、自ら躾を望むほどに痛みと快感で狂わせられて。
 思い出させられた。
 夫へ従っていれば、自分が楽なのだと。気持ちよくて、何も考えなくても良いのだと。
 ただ、従うだけ。
 施される躾けも、それを夫が望むのならば受け容れて当然なのだ、と。
 あの日、私の身体と心は狂ってしまったことは判っているけれど。
 もう何も知らなかった頃には戻れない。
「どんな想像をしたんだ?」
「はい……私は……。明るい陽の下で、披露宴の時に旦那様に愛されたことを思い出してしまいました」
 夫から注がれる愛が、異常な物で。
 あれからずっとさせられる女装も、それが似合うような立ち居振る舞いをすることと、女に見えるように身体の手入れをさせられることも、全てがおかしいことだとは自覚していても。
 玩具で身体を苛まれながら下着すら着けることを禁じられて外に行くことは、すでに日常で。
 客と友の言葉にすら逆らう事を許されないように躾けられたことも、変だと理解していても逆らえない。
「それを高島の奥さまに説明いたしましたところ、この格好で……階段で帰るように言われました」
 夫だけで無く、他の人にも言いようにされるけれど、夫がそれを望むのなら、仕方が無いことなのだ。
 たとえ、それで夫が怒ったとしても、それが理不尽だと判っていても、考えることは止めた。
「こんなにも時間がかかってしまい、申し訳ありません」
 夫が怒るのであれば、それは全て私が悪いこと。
 それでようやく納得したのか、ふむ、と頷いた夫は、何を思ったのか面白げにペニスを指先で弾いた。
「うっ、くうっ」
 腫れたペニスは疼痛を与え、未だ括られたままのペニスを突き出して身悶える。
 ぽろりと流れた涙を舌先で舐め取られ、身近に迫った夫に視線を向けて、強く外して欲しい、と、目で訴えた、けれど。
「ずいぶんと食い込んで……、とりあえずビールは取ろうか」
 ハサミで切り取られたのは、紐の部分だけ。固く縛られたペニスはそのままで、食い込んだままだ。
「きつすぎてハサミが入らない。このままで良いだろう」
 笑いながら、けれど、その目が笑っていないことに気付いてしまう。
「だ、んな……さま……」
「可愛い姿を見せつけるのは構わないけどなあ、でも、俺がいないときは駄目だって言ったよな」
 偽乳房を取り除く手は乱暴で、激しい疼痛に身悶える身体を押さえつけられる。
「こんなにも濡らして。達ったのか?」
「い、いいえ、それは絶対に、うっ、な、い……」
 勝手に達けば、どんなに怒られることか。
 勝手な排泄——それは、射精から排尿、排便に至るまで、禁止されている。
 夫が留守の時は、必ず事前にメールをして、許可のメールか、それから60分経っても返事が無い時は、許される。けれど、禁止されたときは、我慢するしか無いのだ。
 この部屋のトイレもバスルームも寝室も。
 私が妻となって一緒に暮らすようになったときに、死角などどこにもないようにカメラが取り付けられて、その映像は夫の携帯やパソコンで常時視ることができるようになっていた。
 だから、私が嘘をつけば、すぐに判るのだ。
 もし勝手にすれば、叱られる。嘘をつけば同様に。
 二度としないと心から謝罪して、繰り返さぬと誓うまで、身体に躾けられて。
「まあ、ここまで食い込んでいれば……できないだろうね」
「……う、ああぁ」
 腫れ上がった皮膚を撫でられる。
 その敏感な場所を触れられると、堪らない快感が押し寄せて、体内奥深くから迫り上がる熱が止まらない。
 すっかりとくつろいでいたのだろう、夫の肌から漂うソープの匂いを嗅ぎ取って、ぞくりと肌が粟立った。
「今日は時間がある。まずは、お仕置きからだね」
 ひき起こされる身体は、すでに力が入らない。
 ゆらゆらと揺れる勃起したペニスの先から、じわりと溢れるカウパーにすら、感じてしまう。
「だ、んな……様」
 背の高い彼を見上げれば、冷たい眼差しに心が震えた。
 怒りを孕んだそれに、これから与えられる恐怖と快楽の行為を想像してしまったから。
「まずはマンコが銜え込んでいる玩具を取りなさい」
「……はい」
 それ以上何も言われなかったけれど、そのまま尻を夫に向けた。
 腰に回した鎖を外す気配は無く、仕方なく私は鎖が付いたまま玩具を引き出した。
 出かける前からずっと挿れていたそれは、乾いた肉壁が貼り付いたようになっていたが、それも数度の抜き差しですぐに剥がれて。けれど、それ以上にキツイのは、余裕の無い鎖だ。
「う、くうっ」
 座る許可は出でいないから、立ったまま。
 後ろ手に玩具の出っ張りに指を引っかけ取り出そうとするけれど。
 出てくれば出てくるほど、勃起したペニスが下方に引っ張られて痛んだ。
「あ、っ……うう、だ、んな……さまぁ、抜けない……」
 5cmも引きずり出せば、鎖が突っ張って。
 それほど長くないからあと少しで抜けそうなのに、抜けなくて。
 助けを請うように夫を窺う。
 夫の持つ鍵を使って貰えたら、こんな玩具はすぐに外すことができるのだ。
 けれど。
「抜きたくないんだ。じゃあ、今日はそれを挿れたままだね」
「……え……」
 訴えに即座に返された言葉の意味が理解できなくて。
 呆然と見返した先で夫の手が伸びた。
「今日はたっぷり可愛がってあげるよ、可愛いヨウ」
 言葉は優しくて、ソファに押し倒す動きも優しいのに。
 戸惑う私の視線の先で、夫は笑う。
「最近のヨウは私のサイズも物足りないらしいからね。だから、外にまで出て男でも女でも誘惑しているんだろう?」
「え……、ちが……え?」
 伸びた手が、私のアナルに触れてくる。抜けかけた張り型がずるすると入っていく感触に、ゾクゾクと身震いする。だが、その優しい動きにある違和感が——堪らなく怖い。
「聞いているよ、高島様からも、それからセキにも」
 何のことだと思うのと同時に、特に夫と親しい友人の名に目を瞠った。
 セキ様は、つい先日この部屋に尋ねてきて、暇だろうと私を映画に連れ出した。
 イヤだったけれど、夫の大切な友人の言葉を無下にはできなくて。けれど、あの時ちゃんと連絡を取って、電話だったけれど許可を貰って出かけて。
 そして、あの時……。
「映画が気に入らなくて、途中からずっと映画館のトイレに篭もっていたんだって?」
「そ、れは……」
 ガチガチと震えた歯が鳴る。
『誰にも言うな、俺も言わないでおいてやる。特に来生にはな』
 セキ様に言われた言葉を信じたわけでは無い。けれど、一週間の出張に出かけたばかりだから、帰ってくるまでには痕跡も消えるからと言われて。
『もし喋れば上映会の何倍も酷い躾を喰らうぜ』
 そんな事を言われて、駄目なのにと思っても、黙っていた。
「ご、ごめな……さい……ごめ……い」
「誤るって事は、事実だったんだね」
 指が触れる。
 耳朶に、乳首に、ヘソに。
 その仕草に、本当に全てがばれているのだと、恐怖に震えた。
「ピアスに鈴を付けて、腰振りダンスでトイレを訪れる人たちのチンポを強請ったって」
 スカートは早々に剥がされた。あの時着ていたブラウスは後ろ手に縛られる紐となり、ブラジャーと偽乳房はトイレの中に投げ捨てられた。
 そうして。
「くださいと強請って、口先だけでペニスを取り出して、たいそう美味そうにしゃぶっていたそうだね」
 嘘はついてはいけないと、何度言われたことだろう。
「ごね、んな……さい」
 悲しくて、辛くて、ぼろぼろと涙を流して謝るけれど、来生の視線は冷たいまま。
 あの日、セキ様と行ったのはポルノを上映する場末の薄汚い映画館で、本当は入るのもイヤだった。
 けれど、強引に連れ込まれた先で、セキ様の知り合いに会ってしまって。
 セキ様は彼らに弱いのか、何かの謝罪の代わりにと差し出したのが私だったのだ。
 私が、夫の言いつけでセキ様の言葉に逆らえないと知っていて。
『旦那様がいるんだって? なら、大切なマンコを守りたいよなあ。だったら、口で達かせてくれよ』
 連れ込まれたトイレの床でうずくまる私に、嘲笑を浮かべて命令する男の傍らで、セキ様がへつらった笑みを見せながら、言った言葉が決定的だった。
『そいつはいろいろとやばいんだよ。しかも、来生の商売にも口が出せるんだ。なあ、あんたがちゃんと相手してやったら、きっと来生が助かるから、なあ。だから、そいつの言う通りにしろよ』
 来生のため。
 そして、セキ様の命令は来生の言葉でもあって。
「この口で、汚らしい蒸れた男共のチンポを舐めて恥垢まで味わって、腹一杯にザーメンを貰っていたそうじゃ無いか」
 五人もいた男達は、尽きること無く奉仕を求めた。
 一回では終わらなかった。
 そのうち、映画館の他のトイレの利用者もやってきて、同様に奉仕させられた。
 あの日一体どのくらいザーメンを喰らったのか、覚えていない。
「しかも、舐めながら射精したと。触られもしないのに、チンポを口に銜えただけで」
「そ、れはっ!」
「おや、否定するかい?」
 問われて、口ごもる。
 確かに射精してしまった。許可がないどころか、男のザーメンを飲みながら、尻を振りたくって達った。
 それらは全て真実で。
「それは……セキ様が?」
「そうだよ、そして、お前が味わった男達の口からも直接聞いたな。二度と手出ししないと約束させたが、それ以上に腹が立ったよ。あんな男のチンケなチンポに達ったってことにね」
 ああ、夫が笑みすら浮かべていない。
「淫乱なお前は可愛いが、淫乱すぎるのもどうかと思うよ」
 怒っている。
 無茶苦茶怒っている。
「しかも、私に黙っていたね。全てを報告するように言っていたのに」
 室内の温度まで寒気がするほどに下がっていた。
 総毛だった肌が色を失っている。唇が震えて、何かを言いたいのに、何も口にできない。
 私はセキ様の言葉に従っただけ。
 そのセキ様の言葉が、夫の言葉であると言い切ったのは、夫自身。
 夫以外のチンポを銜えて達ったのは、私が淫乱だからだけど、こんな身体にしたのは、夫の技によるもので。
 けれど。 
「この三連休はお前を躾け直すために取ったよ。いや、今最終調整をさせているが、それができれば三日は伸ばせるかもしれないから、六日間はお前を躾ける時間が取れそうだ」
 夫に逆らうことのできない私は、ただ震える声で答えるだけ。
「もうし、わけ、ありません……どうか、嘘つきで淫乱で男とみたら興奮する私に、思うさまにお仕置きをしてください」
 私は夫の望む理想の妻にならなければならないのだから。

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