【披露宴 一年後】(3)

【披露宴 一年後】(3)

「ぎゃあぁぁぁぁ————っ!!」
 張り裂けそうな痛みに、室内に響き渡る悲鳴が喉から迸った。
 すでに細身とは言え玩具の入っているマンコに、夫の人より大きなチンポが入ってきた、と理解できたけれど。
 背中を押さえつけられ、ソファにしがみつくしかできない私には、逃れる術は無い。
 いつだってきつい挿入に、最近では慣れてきたところだったのに。全身を硬直して、痛みと激しい圧迫感から逃れたいと現実を否定する思考が、遠のいていく。
 夫のそれをまざまざと感じる。
 同時に、固い玩具の形も感じる。
 ああ、なんてことだ。あんなところに、二本も頂いて。
 痛みは徐々に薄れ、けれど、圧迫感は消えない。けれど、このじわじわと奥深くから伝わる熱は何だろう。
「うるさい、お前が言っていい言葉は、『もっと躾けてください』か『旦那様、愛している』だけだと言ったろう」
 煩わしげな言葉に、慌てて言い直そうと口を開いたけれど。
 途端に、ぐぢゃぐちゃ、と奥深くを抉るように掻き回されて、出たのは喘ぎ声だけだ。
「はあっ、ああっ」
 二本同時という飛んでも無いことをされても、私の身体は、どこか快感に疼いていることに気付いて驚いた。しかも、一度自覚したら、快感が止まらない。
 裂けそうなくらいに押し広げられた肉壁は、前立腺までも激しく圧迫していて、そこから堪えきれない快感が溢れ出てきていた。
 きつさが和らいだのか、抽挿も本格的に始まって。
「あぁ、ああっ、だ、んな様ぁ、旦那様ぁっ」
 すぐに出てきたのは、悲鳴では無く、明らかな嬌声だ。
 きついのに、痛いのに。
 堪らなくイイ。
「言いなさい、愛していると」
「は、いぃぃ、旦那さまぁ、愛しています。愛して、ます——」
「私のチンポと玩具と同時に挿れられても?」
「は……いぃ、愛していますぅ、もっと、もっと躾けてくださいませ」
「他の男のより?」
「は、いぃぃ、私は、旦那様の、もの、だんな、さまが一番ですぅ」
 こんなにも気持ちよくさせてくれるのは夫だけ。
 尻が掲げられて、背後に夫がのしかかってくる。
「まずは……」
 言葉にちらりと背後を見やれば、夫の口元から真っ赤な舌が覗いて、ぺろりと唇を舐めていた。
「私が楽しもうか。躾はそれからだ」
「ひっ、あああぁぁ————っ」
 その言葉とともに、激しい抽挿が始まって。
 慣れた身体は快感を痛みの中でも拾うことを覚え、淫乱な身体は絶頂を求めて止まらない。
「やあ、達くぅ、達くぅぅぅっ、達かせてぇぇぇ」
「うるさい」
 縛られたペニスが痛む。慣れた身体はこんな乱暴な行為でも。否──乱暴だからこそ、堪らなく感じるのに、射精できないせいで、熱はどんどん堪る。
「言って良い言葉は二つだけだ、ああ、だが、お前は虐められるのが大好きなだから、虐めての言葉までは封じないよ。達きたいなら、『虐めて』と言いなさい」
 ああ、そうだ。
「ああ、もうしわけ……、いあっ、ああ、そこっ、そこは——達っ」
 深く激しく前立腺を揺すられ、擦り上げられて、堪えきれない嬌声に別の言葉が混じりそうになって。
 ああ、そうだ。私が言って良い言葉は二つだけ。
「どうか……そこ、虐めてぇ、もっとぉ」
 約束は守られなければならない。
 『達く』ではなくて、『虐めて』と。
「旦那様あ、愛してますから……、愛しているから、……ああっ、虐めてぇ」
 約束を守れば、夫は優しい。
 ……だから、『虐めて』は言わせてくれるように。
 涙に濡れた頬に触れる指が優しくなったように。
「くっ」
 ぴたりと尻タブに感じる夫の服の感触。
 じわりと広がる熱を体内奥深くに感じ、彼のザーメンを貰えたことに身体が歓喜する。
「ヨウ、お前を愛している。だから、私の躾は愛故なんだよ」
 耳元で囁かれる甘い言葉が、快感に麻痺した脳に染みこんでいく。
 低く静かな声音で、何度も繰り返される言葉を、私はいつも聞いている。
「愛している。お前が可愛いから躾けるんだ。この忘れっぽい身体が覚えてしまうまで、何度も何度も」
「はい、旦那様。どうか、いっぱい躾けてください」
 夫の少し悲しげな言葉を聞いて、堪らずに首を横に振った。
 夫は悪くない。そう思ったから。
「私が淫乱なのが悪いのです。こんな浅ましい身体で男を誘ってしまう私が……虐められるのが大好きな身体なんですから、躾けられて当然です。ああ、どうか、虐めるほど激しく躾けて」
 ああ、そうだ。
「だんなさま。……ヨウは、だんなさまをあいしています……から」
「そうだ、愛されている者が、そのものの躾を受けることは当然のこと。特にお前は浅ましく淫乱な身体を持っているからな。俺に躾けられないと、すぐに男のチンポを銜えに行ってしまう。だからしっかりと躾を受けなさい」
「はい、だんなさま」
 なんと幸せなのだろう。
 夫に躾けられることを享受してさえいれば、それはきっと何も間違いでは無いのだから。
「どうか、私を躾けてくださいませ」
 


 もう指一本とて動かない。
 全身が何かで濡れていて、冷たく感じる。
 霞がかかったような視界の中で動く肌色は、何だろう?
 窓の外で、闇の中に白い光りが混ざり始めている。
 今日はいつ?
 夫に躾けて貰っていたのは覚えている。
 先に夫の欲求不満の解消をしてもらって。それだけで、その日が終わったことは覚えているけれど。
 ゼリー飲料の食事が申し訳なく、何かを作ると言ったが、時間が惜しいと言われて却下されて。
 縛られた紐を外してそれから始まった玩具での躾は一体いつまで続いたのか? 何度も射精したペニスは鈍い痛みを持っている。
 それから、三角木馬に乗せられて、会陰の痛みと奥を抉る凶暴なバイブに泣き喚いたことも記憶に残っていて。
 それと、なんか……さっきまで夢を見ていたような。
「ん……」 
 唇に何かが触れて、甘い液体が押し込まれてくるのを、そのまま嚥下した。
「今度はこれだよ」
 見せられたのは、ベルト状の拘束衣とこの家で一番太いバイブ。
「大好きだから躾けにならないかもしれないけど」
「あ、ぁぁぁぁっ」
 痛い。
 麻痺したような痺れとともに襲う痛みは……鋭い。
「少し切れてるか。まあ、大丈夫だろう」
 ぐいぐいと奥深くに差し込まれ、その圧迫感に呻く。
「前より楽に入るようになったなあ。ガバガバになってんのか……まあ、私と玩具同時に銜えられるマンコだからなあ」
 身体に触れるベルトの感触が落ち着けば、ぐいっと身体をひき起こされた。
「今日はデートのつもりで、店を予約していたんだ。ヨウの大好きな……玩具がいっぱいある店で、店内で試しもできるんだ」
 ああ、優しい夫は、いつも私のことを気遣ってくれる。
 私の好きなものって、どんな店なんだろう……。
「遅れても大丈夫なところだから。寝ていなさい、連れて行ってあげよう。まあ、少々遅れても他の客が入っているだけで」
 バスタオルのようなものをかけられた感触に、ほっと息を吐く。
 そういえばずっと裸だったから、これではどこにも行けない。着替えなきゃ、と思うのに、うすぼんやりした頭の中よりもっと身体は動かない。
 抱え上げられ、歩く振動が伝わる。ドアが開く音、靴を履いているのか身体がかがんで。
 ひやりと風を感じ、視界にはいったのは明るい廊下の電灯。エレベーターの内装に、そして。
「あら、来生さま。お出かけですか?」
「こんにちは高島様、これから、……に行くんです」
 このマンションでは珍しい女性の声に、夫の声が答える。
「あら、これから。だったら、私も後から参りますわ。お試しされるんでしょう?」
「もちろん、それでしたら、高島様が来られるまでお待ちしておきましょう」
「まあ、楽しみ」
 ああ、なんて愉しそうなんだろう。私も起きて挨拶しなければ……。
「だ……んな、さま……」
 かろうじて絞り出した声に、高島の奥さまの声が重なった。
「あら、目が覚めたの?」
 覗き込まれて、至近距離に焦点が合わないけれど、確かに女性の顔。
「ずいぶんと可愛がって貰ったようね。可愛いオチンポも萎びちゃってるわよ」
 ペニスに人の手が触れて。
 どうしてだろう? と思う間も無く、身体ごと避けられる。
「駄目ですよ、触る前に私の許可を得てください」
「あらあら、ずいぶんと大切にされているのね」
「もちろんです。私の大切な妻ですから」
「まあ、当てられちゃいそうだわ。でも、ほんとに可愛がって貰っているのね。これだけザーメンを浴びようと思ったら、一体どのくらい遊んで貰わなければならないのかしら。並の男じゃできないわね」
「え……」
 至近距離故か、会話の内容がはっきりと頭に入ってきた。
 今、なんて。 
 それより。
「え……服……」
 場所は地下の駐車場なのに、ここは、外の人も訪れる来客用の駐車場もあって。
「服などいらないさ。これから躾が終わるまで服は必要ないからね」
 甘い言葉に耳朶に注がれた。
 ひやりと伝わる外気は肌を余すことなく擽っていて、かけられていたはずのタオルは、高島の奥さまの手の中で。
「あ、だって、これから……」
 出かける筈なのに。
 さすがに裸で出たことはない。出た先で裸になることはあっても、それでも室外では服を着ていたのに。
「お前は裸を晒すのが好きだから、裸でいられるところに出かけるのさ。そして、たっぷりとイヤらしい姿を見て貰いなさい」
 身体を揺すられて、その拍子にアナルの張り型が動いて隙間から注がれたザーメンの滴が流れ出したのを感じた。
 汚れた身体は、どこも綺麗になっていない。
「や、……そんな……」
「見られながら玩具を挿れらて、それではさすがに勃起できない、というのなら……そうしたら、許してあげようね。だってもうたっぷり満足した後だし。けど、それでも勃起して、男を誘うようなら、躾は終わらないからね」
 ああ、それは……。
 こんな外で裸でいるというだけで、何故か身体の奥がじくじくと痛んでいるのに。
「あ、私良いお薬を持っているの。強壮効果があるから、これを飲んで少し休めば、起きれるようにはなるんじゃないかしら。ヨウも寝っ転がっているだけじゃ、せっかくのお店も楽しめないもの」
「それは、ありがとうございます」
 寄せられたのは、小さな栄養飲料のボトルだ。
 ストローを差し込まれて口元に寄せられたけれど。
「いや……」
 それを飲んだら、終わりの無い躾が繰り返される。
 躾は受けなければならないと判ってはいても、身体も心も今は限界で、もっと休みたかった。
「ヨウ、飲みなさい」
 けれど、命令には逆らえない。
「はい」
 小さな瓶は、あっという間に空になった。



 車の後部差席に横たえられ、心地よい振動に疲れた身体はあっという間に睡魔に引き寄せられたようで。
 

 ひどく懐かしいと感じる両親の姿に、何故か涙が出た。
 優しい兄は結婚してから二人の子を持って、なんだか前より貫禄がでてきたようだ。
 幼い甥っ子に、おじちゃんと言われる度に、まだそんな年では無いと言い張って。
 お兄ちゃんと呼ばせて、悦に入っていた。
 久しぶりの里帰りは、とても懐かしてく、愉しくて。
 けれど、気が付けばもう帰らなくてはならない時間になっていた。
 なぜだろう?
 手を振る家族の姿が、堪らなく悲しくて。
 心の奥底がちりちりと痛む。
 また帰ってくるよ、と、笑いながら言っているのに、泣いているのだ自分は。
 どうして、こんなに悲しいのか。

 また会えるよね。
 不意にアップになった涙混じりに縋る甥っ子の姿に笑いかけて、返事をしようとして躊躇う。


 それより。
 ……これは、……誰だ?


 何故かどんよりとした、どこか歪んだ世界の中で、何かが思い出さなくてはならないことは判るのに。
 思い出そうとする度に、誰かが悲鳴を上げて邪魔をする。
 ああ、うるさい。
 ああん、ああっ、と、なんだか変な声を出して、とってもうるさくて、思い出そうとしても思い出せない。


 ああ、熱い。
 さっきまでなんだか愉しい夢を見ていたのに。
 その記憶は遠く掠れて、消えていく。



 俺は……どうして……。


 何で、こんなに悲しんでいる?



「あうっ、はあぁぁ————、虐めてぇ、虐めてぇ!!」
 気が付けば、身体の奥底の快楽の泉を掻き回されて、泣きじゃくっていた。
 射精したいから、射精の許可を求めて傍らの腕に縋っていて。躾けられた言葉を繰り返す。それは、『達く』と同義語の『虐めて』。
 ここはどこだ、と思う間も無く、回転する軸に肉壁を嬲られて、腰をカクカクと突き出して身悶えた。
「虐めて欲しいのなら、次はこれを試してみては? 最初はきついでしょうが、淫乱な身体はすぐに喜ぶようになると思いますよ」
 夫とは違う言葉に慌てて身を引くけれど、思うように動かない身体は、たいして離れもしない打ちに捕らえられる。
 『達く』の代わりの言葉だというのに、言葉通りにしか解釈しない相手では、どうしようもなくて。
「ひっ、いぃぃ——っ」
 ぶちゅぶちゅと粘液を掻き分けながら進む異物に、尿道がたいそう痛む。
 泣き喚くのに、誰も助けてくれない。
「だ、んな様ぁ、旦那様ぁっ、助けてぇ!!」
 夫も近くにいないのか、来てくれない。
「来生は急な仕事に行ってね。すぐに帰ってくるけれど、しばらくはヨウの好きなように遊んで良いと言われて。ヨウちゃんも頷いていたじゃないか」
 そんなこと言われても。
「おぼえて……無い」
「あれ……そうなの? でもコクコクと頷いていたよ。えぇと、勝手に射精しない、男を誘わない、勃起させないように頑張る……だったっけ? なんだかいろいろ約束していたよ。それとここのお試し料金はもう貰っているから。とりあえず、Cコースでたっぷり楽しみなさいって」
 言われて、さあっと青ざめた。
 覚えていないけれど、約束には心当たりがどこかあった。
 なんとかクリアになった頭で、周りを確認すれば、至る所にあるのは大人の玩具で。
「お試し……コース……って」
「どんなのが良いか、いろいろセットになったコース。初めての人はどんなのが良いか、判らないから。Cコースは、一番数が多い10セットでどっちかっていうと上級コースなんだけど、来生がこれで、っていうから、帰ってくるまで試してあげるよ。今はまだこの二番目だから」
 と言われて。
「ひ、あぁぁぇぅぅっ」
 ぶちゅ、ぐちゅっ……。
 淫らな水音がひっきりなしに響く度に、痛みと中を擦られる何とも言えぬ快感に、身体が跳ねた。
「ああ、勃起しちゃ駄目だよ」
「やあ、無理ぃ!」
「無理ったって、約束したんじゃないの?」
「あ、ううっ、くぅっ」
 約束は、守らなければならないけれど。
 


「ヨウ、可愛いヨウ。そんなに躾を受けたいならば、いくらでもしてあげよう」



 ヨウ……って誰?



「奥さま、今日もとても可愛いらしくて。どうか、今度私にも躾けさせてくださいね」



 奥さま……って誰?、




『ねえねえお兄ちゃん、今度はいつ帰ってくるの?』
 ……ごめん、もう無理。
 って、お兄ちゃんって誰、君は誰?



「ヨウ、愛しているよ」
「ハイ、ダンナサマ。ワタシモ、アイシテイマス」
「ヨウは私の何?」
「ワタシハ、ダンナサマノ ツマ デス」
「可愛いヨウ。今日は何をしたい?」
「ハイ、モット、イジメテ。タクサン、イジメテホシイ」




「社長、休暇はいかがでした?」
 結局六日間まるまる休んだ上司は、血色も良く、休暇を有意義に過ごせたのだろうと見て取れた。
 今もノートパソコンに向かって精力的に仕事をしている。
「ああ、楽しんだ。しばらく遊べなかったので、溜まっていたんだろうな。いやあ、休みは取らないと駄目だな」
 長い休暇が終わった来生のひどく満足げで上機嫌な様子に、無理をして仕事をやりくりした甲斐があったと、ほっとする。
「お休みの間は、奥さまもご一緒に?」
 愛妻家として伝わる来生が、妻を放っといて一人で遊ぶとは考えられないと思いつつ問いかければ。
「もちろん。四六時中一緒でね。少し疲れさせてしまったかもしれないが」
 ニヤリと口角を上げて、片目を瞑る仕草が何を意味するのか、なんとなく判って、ほんの少し想像してしまって赤くなる。
「そうですか。それは良かったですね」
 可愛らしい奥さんだと聞いたことはある。写真も見せて貰ったけど、確かに可愛かった。
「休みが終わって離ればなれになるのが寂しいってメソメソするから、美味しい紅茶とお菓子の贈り物をしてやったら喜んでてな。今日中に全部食べるって可愛いこと言っていたから、今頃それを食べて遊んでるだろうよ」
「なるほど」
 昔は男女を問わず遊び回って、それはそれでたいそう困っていたが、今の妻を貰ってからはぴたりと足は遠のき、今は妻一筋だ。
 この社長がそこまで気に入った人は一体どんな人なのだろう?
 ほんの少しの好奇心は、けれど、仕事の時間だと切り替える。
「可愛いんだよねぇ、ほんとに。ふふっ、紅茶は、ねえ……飲み過ぎないように言ってるのにねえ。お菓子もケーキと、それに美味しい冷菓があってね。身体が冷えてしまうから、あまり食べさせたくないんだけど……好きなんだよねぇ」
 妻を思い出しているのか惚けている上司を早く元に戻さないと、休みの間にたくさんの仕事が溜まっていて、頑張らないと今日中に帰れないかもしれない。
「それでは、社長、こちらから処理をお願いいたします」
 渡した書類をちらりと眺め。
「今日は書類整理に集中するか。ああ、それと、私用の携帯の調子が悪くて、今修理中なんだ。午後には使えるようになるだろうってことだが、もし問い合わせがはいったら、そう言っておいてくれ。急ぎの用事がはいったらよろしく」」
「はい、かしこまりました。よろしくお願いいたします」
 確かにメールの処理は、家でもして頂いたので、溜まっているのはこのような書類系。たまには、コンピューターを閉じて、集中して貰うのも良いかもしれないと、秘書は頷いた。
 携帯の件については確かに多少の問題はあるが……。
 仕事の付き合いは古くからあり、社長となった今でも、昔のように仕事の話を私用の電話にかけてこられる方もいるという。
 それでも、用事があれば会社にかけてくるだろう、と秘書は了承した。
 メールが、パソコンと携帯の両方で受け取れない結果、困る人間がいるなどと予想だにできない彼は、社長が上機嫌な真の理由を知る由も無く。
 今日も順調な仕事に、満足げに頷くだけだった。


【了】