『ビールが無いから買ってこい』
夫に言われて出てきたのは、まだ昼より早い時間。
彼はいつも昼過ぎから出勤して、夜中に帰ってくることが多いから、自然に妻を務める自分の一日もそれに倣って朝は遅く、寝るのも遅くなる。
いつもはこんな時間に外に出ることは滅多になく、煌びやかな初夏の陽光が眩しく感じて、右手のビールが入った袋を持ち直し、左手を目の前にかざした。
昨日——いや、もう今日になっていたけれど、帰ってきたときに久しぶりに三連休が取れたと無邪気に喜んでいた彼は、普段忙しすぎて相手にできないからとたっぷりと楽しむつもりらしい。
夜は疲れの溜まった身体を早々に休ませて、珍しく朝から起きた男のそれはすでに臨戦態勢だった。
それでも、シャワーを浴びる間にビールを買ってこい、と言われて、少し肩すかしを食らったようになったけれど。
日差しのせいだけでなく力の入らない身体を内心叱責して、中でわだかまる熱を放出するように肺の中全ての空気を絞り出すように息を吐く。
外に出るときの定番である、膝上のタイトなスカートに白のブラウス。
夫は私が崩したようなカジュアルな出で立ちで出かけることを好まない。必ずスカートが基本で、急遽フォーマルな場に出さされても、上着やアクセサリーで誤魔化すことができる程度の服装を好む。
言葉遣いもそうで、私が「私」というようになったのも、そのせいだ。
昔のように、俺、なんて言おう物なら徹底的に躾直されてしまうほどに。
夫はそういうことにはとても厳しくて、私は彼の妻としてふさわしくなるまで、いつでも躾けられてきた。それは今も同様で、彼と出会って一年経った今も至らないところばかりだと叱られることが多い。
もっとも、夜を彩る色を扱う店を多数経営する夫にしては、彼の好みはモノトーンで派手では無いから、それは良かったと思っている。しかも安物は無く、見る者が見れば金がかかっているものばかりだ。それは身に付けるアクセサリーにしても同様で、私達が着飾れば夜の闇にとても映えると言われている。
さらに、過去履いたことの無かった、かかとの高い靴にももう慣れた。
先の細いパンプスやミュールは苦手な私のために、夫が選んだのはラウンドトゥのレザーの靴。少しくしゃりとした足を締め付けないタイプで、甲高で足先が広幅の私には嬉しい選択だった。
もっとも、かかとがあると言っても、背の低い私はそれを履いても夫の背には届かない。
こんな私を伴って、彼の店を案内してくれたとき、私は恥ずかしくて俯いてばかりだった。
披露宴の時の痴態を知られているのも要因で。
「あ……」
忘れたいのに記憶から決して消え失せてくれないあの時のことは、今でも夫の友達にからかわれてしまう。
だからこそ、思い出したくないのに、それでも、ちらりと思い出しただけでも、じわりと股間に滲む汁を感じた。
こんな明るい陽光の下にいるのに、私の身体は想像だけで達けるほどに淫らで、イヤらしい。
ほおっと熱い吐息を吐いて、早くビールを持って帰ろうと足を速めようとしたとき。
「あら、こんにちはぁ、来生の奥さま」
聞き知った女性の声に、慌てて視線を移せば、そこにいるの同じマンションの知り合いだった。
会社事務所などあるにしても十三戸程度の贅を凝らしたそのマンションに住まえる人たちは、いずれも高給取りの夫を持っていて、自身もそれ相応の資産を持つ妻か家族ばかりだ。
綺麗な黒髪が自慢の彼女は、実家が日本有数の資産家で、夫も会社を経営してる高島の奥様。
一軒家よりマンションを好む彼女は、本宅よりもこちらのマンションで暮らすことが多いのだが、生活時間が合わないから、滅多に会うことはなかった。
けれど。
「お久しぶりです、高島さま」
意識して音階を上げる話し方も慣れてきた。
会釈をして、夫の得意先の奥様に礼を尽くす。それに、会社同士の付き合いだけでなく、彼女の夫も、そして彼女自身も、夫の店には大切なお客様なのだから。
「本当に。なかなか会えないので残念だったわ。……あら、お買い物でしたの?」
「はい、ちょっとビールを切らしてしまって」
せっかく冷えた物を買ったけれど、話し好きの彼女にかかれば最悪温くなってしまうかも。
どうやって話を切り上げようかと模索するけれど、主人の好きなビールのメーカーはどれこれなんだけど……と、他愛ない話は続く。
それに、早く帰りたい理由はもう一つあって。
「もう少ししたら夏でしょう? 夏はいつも少しばかり長いお休みを予定して……」
よぼと暇をしていたのか、彼女の話題は尽きない。最初は真摯に相づちを打っていたけれど、身体の中で生まつつあった熱は、じわりじわりと全身の細胞を冒して、脳を支配しようとしてくる。 じわりと汗が滲むのは、気温が上がり始めただけでない。
「それでね、主人ときたら……あら、どうかされました? 顔が赤いわ」
集中力が途切れて、視線を彷徨わせ俯いていたらいきなり間近で覗き込まれて、慌てて後ずさる。
あやうく彼女の肌に淫らな吐息を吹きそうになってしまったそれを、ぐっと飲み込んで。
「そんなに熱くないわよね」
不思議そうに辺りを見渡す様子に、引きつった苦笑を浮かべた。
「申し訳ありません……熱いわけではないのですが」
「あら、ならどうして?」
好奇心を隠しもしない彼女の視線が不躾に服の上から肌を伝う。
「詳しいことをお聞きしたいわね、とりあえずエントランスに入りましょう」
にこり、と、愉しげに微笑むルージュのはいた唇が、有無を言わせぬ口調で誘う。
彼女は大切なお客様。
来生の顧客リストでも、常に上位をキープするスーパーVIP。
決して粗相の無いように、最上級の対応をするように。
言われ続けた言葉は、この身体に染みついていると言っても過言では無いだろう。
マンションのエントランスと外界を遮る自動ドアは視線の高さが曇りガラスだ。
それからさらに認証キーを知らない人間は入ることのできない見通すことのかなわぬドアの内側に、ちょっとしたフロアがあって、マンションの住民の憩いの場にもなっていた。
そこに連れ込まれて、興味津々の彼女に、隠すこともできずに告白する。
・夫が取れた休みの間、たっぷりと可愛がられる予定のこと。
・すぐにでも始まるかと思ったけれど、買い物に行かされてしまったこと。
・その道中に、自分が想像してしまったこと。
など。
「なら、見せて」
美しく優雅な彼女の視線はきつく、絶対に逆ってはいけない言葉に、私など従うしか無いのだ。
「どうぞ、私の淫らな姿で良ければ、ご覧ください」
従わなくてはならない状態で、私の言葉は決して間違っては無い。けれど。
こんな事をしたら……。
胸の貝のボタンを外す指が震えて、なかなか外せない。
だって、こうやって、この先に進んでしまえば……。
赤の他人に、来生の許可の言葉無く肌を晒してしまえば……。
それが大切なお客様相手だとしても、来生は怒るだろう。
お客様の言葉に従った事は誉められるだろうけれど、そんな状態に持っていったことを叱られるのだ。
そのお仕置きを想像するだけで、身体が怯えるのに。
「あらまあ、ほんとうに……」
蔑みの音色を含んだ声音に、ぱさりと落ちたスカートとともに俯いた。
「旦那様の肉棒が欲しくて、こんなはしたない汁を垂れ流しているのね。しかも、こんな浅ましい格好で」
くつくつと嗤われ、外しかけていたブラジャーを乱暴に引っ張られた。
「い、痛っ」
走る痛みに、背筋をぞわりと走るのは快感だ。
外されたブラジャーの代わりに胸にだらりと垂れ下がる一組の肌色のお椀のような塊が平らな胸を叩く。細くて長い指先にそれを持ち上げられて、隠れた乳首をさらけ出されて。
「いつ見ても、男にしてはたいそう大きな乳首よね。しかも熟しすぎて色濃くなったサクランボウのようよ、毎日虐めて貰っているの?」
「いいえ……毎日では無く……。一日中です、奥さま。こうやって……いつも」
ブラウスの下はブラジャーのみで、いつも付けている。けれど平らな胸ではすぐに凹んでしまうそれの膨らみを自然な形に維持するために、綺麗な形を維持するシリコーンがカップの中に入っていた。さらにそれを固定するために、そのシリコーンに付けられた金具と乳首のピアスを噛み合わせて止めているのだ。重みもあるそれは歩くだけで少し揺れる。そのせいで、乳首はいつも刺激を受けている状態で。
恥ずかしいことに、こうやって外気に去れさられるだけで乳首からぞわぞわとした快感が全身へと広がって。
同じく外気に晒されたペニスの先端から、じわりと新しい粘液がにじみ出した。
そちらも下着など着けていない。
代わりに付けているのは尿道を通り、真下に貫くピアス。カリ高にエラを張るようにと、その根元も太い輪があって、さらに二つの陰嚢にも、小さなピアスが複数ついているのだ。
その尿道のピアスには腰の喜平チェーンのベルトから伸びた細い鎖が通っており、それが会陰を渡ってアナルへと続いていて。
「あら、こんな太い物を入れたままお買い物? なんてまあ」
呆れた口調でぺしぺしと尻を叩かれた。
とたんに込み上げる甘い疼きに、溢れる涎をごくりと飲み込む。
「はい奥さまぁ……お出かけの際には必ず何かを含むように言われております」
いつでもどこへでも。
たとえ近所への買い物であろうと付けるべきアイテムは決まっている。
『お前は淫乱だから、こうしておけば勝手によそ様のチンポを銜えに行くことはないだろう?』
お客様に無用な色目を使ったとお仕置きされている時に決まったことだ。
ピアスとペニスを通した鎖は腰のところで二つに分かれて腰に回った喜平チェーンのベルトに繋がれて、そこから前を回り、またピアスへと繋がっていた。短い鎖に余裕は無い。勃起してしまえば引っ張られて、ぐいぐいとアナルに食い込んでしまう。
実際、今も勃起してしまったペニスのせいで、会陰と狭間に鎖が食い込み、アナルのアイテムは穴に深く食い込んで、私を責め苛んでいる。
腰のベルトを外すには、夫の許可が必要だから、一度嵌めてしまえば、引き千切りでもしない限りアナルのアイテムは外すことはできないというのに。
「あ、やあ……」
くいくいとベルトを引っ張られて、甘い嬌声が漏れてしまった。
「イヤらしい事。そんなイヤらしい奥さまに、私が罰を与えて差し上げますわ」
「ひっ、それは……お許しを」
店で、夫でもあるマゾ奴隷を苛む女王様の顔になった彼女が、私のペニスの根元にピールが六本入った買い物袋を付けるのに、逆らえない。
持ち手に別の紐を取り付けて、それを棹に数周させ、さらに捻って縛り付けられた。
私は彼女の奴隷では無いけれど、彼女を怒らせば、夫が怒るから。
けれど……。
「くうっ、重っ……」
根元に食い込む紐は細く、ぎりぎりとペニスを締め付ける。
「その汚らしいチンポを持つのは許可します。しかし、袋を持っては駄目よ」
命令されて、慌ててペニスだけを持ってしまうのは、その命令し慣れた言葉の強さと視線の強さのせいだ。
夫とは違っても、彼女にも私は逆らえない。
それは立ち位置の違いのせいだ。
夫や彼女は絶対的な支配者で、私は……妻であるけれど、その前に奴隷なのだから。
『ゆる、してぇぇああぁぁぁ——っ、もう、無理ぃっ、でなっ、ひぃぃ、入らなぃっっ!!』
脳裏のさらに遙か奥、この身体に与えられた調教と教えの数々は、従順に従う今であっても忘れる物では無く、あの時、全ての反抗心を捨て去り、夫の指示する全てに盲目的に従うしか、私の身体を守ることはできないと気が付いてしまったのだから。
「かしこまりました、奥さま」
夫に平伏するように、彼女にも頭を下げて。
「ああ、そろそろ来生さんも待ちくたびれているでしょうね。この汚れた服は捨てて置いてあげるから、さっさと行きなさい」
「……はい」
指し示されたのはエレベーターでは無く階段で。
彼女の手によりゴミ箱に捨てられた服はそのままに、五階の自室まで、踊り場には窓もある階段を使うしか無かった。
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