何がどうして、どうなったのか?
笠木(かさき)は、頭に浮かんだ疑問を口にすることも、それ以上考えることもできなかった。
身体の中に深く入り込んだ熱塊が、体内の一点を擦り上げるたびに、視界が白く爆ぜる。
そのたびに、浮かんだ疑問も何もかも弾け飛んでしまう。
「あ、はぁぁ──っ、ああぁ、こんなぁ……あぁ」
もう何回射精したのか判らない。
数えろ──と、最初の射精で言われたけれど。
尻に突っ込まれて達った衝撃に茫然自失だったうえに、さらに激しく犯されて。身体が覚えてしまった快楽に、ただ流される。
割り開かれた時の痛みは激しかったのに、「チンポを銜えるための穴だ」とからかわれるほどに、柔軟に飲み込んだせいで、切れてもいない。
伸びきってしまえば痛みなどもうなくて、熱く猛った肉棒の形すら詳細に感じ、さらに熱を帯びて欲情する。
グチャグチャと濡れた音が、尻から起こる。
男が吐き出した精液だけでない音は、感じて濡れていると揶揄された。
違う、と首を振っても聞いてはくれず、激しく掻き回されたせいで、泡立ち大腿を伝って流れ落ちる。
「俺のザーメンがお前の肉に染みこんでいる音だ。うれしかろう」
嘲笑とともに落とされた揶揄に、涙が流れる。
考えたくもないのに脳裏に浮かぶのは、男の汚濁まみれの肉壁の様子だ。白い粘液がアメーバーのように身体をのばして、肉壁を覆い尽くして……。
「ひ、いやぁ──っ、イヤだ、もう、やめっ」
男に汚された身体をまじまじと感じて、悲鳴が上がる。
逃げようと腕を伸ばし指先で乱れたシーツを掴むけれど、男の力は強く、すぐに引き戻された。
「うぎぃっ、うくぅ」
足首を男の背後に向かって勢いよく引かれ、その分激しく腰を突き入れられる。
腸壁を押し上げる激痛に、汗とまじって涙が幾つも飛び散った。
「何がイヤだ。また噴き上げやがって」
愉しげに呟く声音が、遠く響く。
笠木の痛みなど頓着しない動きで激しく押し倒され、肉に爪が食い込んだ。鋭い犬歯が肩の肉に突き刺さる。
「あっ、ひぃっ」
鋭い痛みに上げた悲鳴は掠れていて、制止にもならない。それどころか、絶妙な力で前立腺を押し上げられて、痛みは一瞬にして激しい快感に変わった。
「あぁ、──んあぁ」
悲鳴が嬌声に変わる。
全身で身悶えて、知らず男のペニスをきつく締め付けていた。
「そんなに悦んでもらえると、もっと張り切りたくなるな」
背後から伸びた手に顎を掴まれて、上向かされた。嬌声を上げる顔など晒したくないのに、男は容赦なく泣き濡れた顔を覗き込み、舌をのばして舐め取っていく。
この男を、笠木は知らない。
まだ若い、精悍な顔立ちの筋肉質な男。背も、笠木よりは一回り大きそうだ。
けれど、それ以外の事は何も判らない。
笠木は今、一面識も無いはずの男に犯され続けていた。
会社の帰り、休み前だと行きつけのバーに寄り、ほろ酔い加減で帰り道を歩いていた笠木の前に、この男とその連れがいきなり立ちふさがった。
逃れる暇もなく、今は姿の見えないもう一人が車のドアを開け、この男に後部座席に押し込まれた。その時に、何かの薬を体内に注がれたのだ。
逃げようと、男の隙を探る間にその薬が効き始めて。
この場所に辿り着く頃には、衣服を剥ぎ取られた下半身はだらだらと涎のように先走りの液を垂らし、激しい射精衝動に必死になって耐えていたのだ。そのせいで、連れ込まれたこの家が一体どこなのかも判らない。
それからずっと、男に犯され続けていたのだ。
「も、もう……無理……や、やめ……」
保たない、身体が……。
はあはあと喘ぎ、整わない息の中でかろうじて言葉を紡ごうとする。だが、言葉にならない。
「べたべただな。イヤらしい」
男の精力は際限がないようで、僅かな休息はあっても、呼吸が整う間もないほどだ。
「んっ、んんっ」
濡れた指が涙とは違う液体を頬に擦り付てくる。
男としては嗅ぎ慣れた臭いに、思わず薄目を開けると、目の前に指がかざされた。
明るい部屋は蛍光灯が煌々と輝いていて何一つ隠さない。そのせいではっきりと見えたのは、男の指に絡む白い粘液だ。それが何かなど、判らないはずがない。
「初めて突っ込まれて、ザーメンだらだら流して」
何度も何度も、男は笠木を貶める。
「初めてで尻穴で達けるヤツはそういない。淫売という証拠だ」
実際は薬のせいの筈だ。
けれど、男は嗤って否定する。
「あれはただの潤滑剤だ」
「う、嘘だ。ちが……」
そんな筈はない。車の中での激しい衝動は、異常だった。なのに、笠木のささやかな抵抗など、意図も簡単に一蹴される。
「淫売だから、達きまくっているんだよ。そら、おまえのチンポから出たこれは何だ?」
「ひ、ひぐっ」
いきなり汚れた指を口の中に突き入れられ、生臭い臭いと味に吐き気が込み上げる。
すこしでも触れたくないと大きく口を開けてしまうと、今度は頬の内側に指が這う。
「や、ひゃあ」
だらだらと溢れ出した唾液に、白い液体が混じる。
「噛むなよ。噛んだらそれ以上の力で、この可愛い乳首を噛んでやろう」
「ひ、ひぃぃっ!」
もう一方の指が乳首を潰し、捻る。
半端でない痛みに、涙を流しながら悲鳴を上げた。
もとより味わいたくないばかりに噛むことなど考えもしなかったけれど、今度は噛まないために口を開け続ける。
指が歯茎を嬲り、舌を掴んで引き出す。
溢れて喉の奥に堪った唾液に、喉が勝手に動いた。
ごくりと音が鳴ったそれを、男は確かに聞き取ったようで、くつくつと身体を揺らしている。
「ははっ、自分のザーメン、うまかろう?」
問いかけに、答えられない。
舌先にも爪が食い込んで、悲鳴すら封じられて苦しむ。
男は、笠木が泣くとことの他愉しそうだ。
ぼたぼたと大粒の雨のようにシーツを濡らす涙を、愉しそうに見つめている。
「自分のザーメンの味はどうだ?」
「あぁ……」
ずるりと引きずり出された指と舌の間に、唾液の糸が伸びた。
言葉を待つように男の動きが止まって、がくりと崩れた顔を覗き込まれて。
「うまいだろう?」
ニヤリと嗤う顔が視界に端に入る。
「なあ、うまいだろう」
ぜえぜえと大きく息を吐きながら、答えられないでいると、いきなり激しい痛みが走った。
「んあぁっ」
乳首が千切れそうだった。痛みに全身が強張って、がくがくと痙攣する。
「聞こえないな、どうだって?」
「痛──っ、あ、あぁっ」
千切れる、乳首が、千切れる。
「うまいだろう?」
嗤いながら問いかけられて、笠木は反射的に頷いた。
「う、うまい……」
とたんにほんの少しだけ、痛みが緩む。
「何がうまい?」
続く問いかけに、答は一つしか無いのだと恐怖に彩られた本能が教えていた。
土曜日の記憶はなかった。
気がついた時には日曜だと言われて、足腰の立たないままに連れ出されて車に乗せられた。
車を運転しているのは、攫われた時に運転していた男と同じだった。
まだ若い。モデルでもしているのかと思うほどに整った顔立ちとスレンダーな立ち姿の男だったけれど、一言も口を利かない。
「ど、こ……へ……」
声が掠れて、言葉を紡ぐのも辛い。
後部座席で強く腰を抱き寄せられ、逃れる気力も体力もないままに、恐る恐る訪ねた。
けれど、男は口の端をあげて、笠木を見下ろす。
その視線に身を竦め俯いて逃れようとする。
だが、男の手が逃さないとばかりに笠木を抱きしめ、その手がするりとズボンの中に入ってきた。
「ひぃっ」
声にならない悲鳴が車内に響く。
陵辱に果てに腫れ上がったアナルが異物に痛みを覚える。腰を動かして逃れようとするけれど、力の入らない身体では叶わない。
何より。
「暴れるなら、ここで裸に剥いて犯してやろうか?」
耳朶に注ぎ込まれた笑みを含んだ声音が、逆らう気力を奪った。
スモークガラスとはいえ、午後の明るい日差しの外はそこそこの人通りがはっきりと見える。
少なくともフロント部は透明なのだから、信号待ちでもされた何もかも丸見えだろう。
疲れ切った頭でも、即座にそれくらいは想像できて。
「ひ、んくっ」
腫れて敏感な直腸の中で暴れる指から、じっと堪えるしかない。
「んあっ、や、やめっ──」
一本の時はまだ楽だったけれど、すぐに二本、三本と増えた。
苦しいより痛い。
痛いより──込み上げる快楽に全身が震える。
「覚えたか、ここがおまえの前立腺だ」
挟まれて、小刻みに揺さぶられて。
「ひあぁぁ──っ」
疲れ果てた身体に、無理矢理快楽を呼び起こされる。
一滴残らず出し切ったはずのペニスが充血し、ズボンをきつく押し上げた。
じっとりと滲む汁を感じながら、はあはあと喘ぐ。
外は見慣れた駅前の道だ。自分を知っているかも知れない人が路沿いに通るかも知れない場所。
そんなところで男に嬲られて、笠木は泣きながら喘ぎ声を押し殺す。
「オナる時はここを苛めろ。自分の指で、ひいひい喘ぎながら、尻をふりたくって奥まで指を突っ込んでな」
「ひぁぁぁ──っ」
上半身が男のヒザの上に崩れ落ちる。
痛いはずなのに。目の前が眩んで、嬌声が止まらない。
勃起しきったペニスが、射精欲に襲われてじんじんと痛む。
「あ、ああ──」
もう達きたい。枯れ果てるほどに達ったはずなのに、まだ足りないとばかりに餓えに襲われる。
腰が勝手に動き、男の指をさらに銜えようとにじり寄る。
けれど。
「今宵は帰してやる」
するりと抜けた指に、思わず顔を上げた目の前で、男が嗤っていた。
抜けた指が、またアナルに触れる。
車の走行音の中でぶちゅぶちゅと空気が漏れる音が響いた。その代わりのように体内に入る冷たい感触にぶるりと寒気が走る。
「あ、な、に?」
何かが注がれた。
それは判る。けれど、抜け落ちた指には、もう何も残っていない。
「お前に与える一つめの仕事だ」
訳の判らぬ言葉が男の口から出ると同時に、車が止まった。
動けぬ笠木を連れ出したのは、運転手を務めた男で。
「あ、俺の……」
見慣れたカギがその男の手にあった。誰よりも見慣れているはずのドアが、他人の手で呆気なく開けられる。
部屋の中が、妙に懐かしい。
けれど、力無く三和土に崩れ落ちたた笠木の後には、あの男達が立っているのだ。
「どうし……て、俺の……」
部屋を知られた恐怖。
怯える笠木を見下ろす男の笑みが、全身を凍り付かせる。
その横から、一抱えもある段ボール箱が部屋の中に運び込まれた。
「己の身体を犯せ、嬲り、悶え、苦しむほどに犯しつくせ、己の手で」
ただそれだけを言い捨てて、男達は玄関から出て行った。
中にいる笠木が触れもしないのに鍵が閉まり、慌てて立ち上がろうとした笠木だったけれど。
「う……」
どくんっ、と心臓が跳ねた。
男に弄られて、確かにそこは疼いてはいたけれど。
「あ、あぁっ、あっ」
呼吸するたびに、下腹部の奥深くから熱が迫り上がってくる。
ドクドクと熱い奔流がペニスに集まってきた。
「ひぃ、ぐぅ……うぅっ」
男が入れたのは、媚薬だったのだろう。
訳も判らぬままに衝動に突き動かされ、立ち上がろうと傍らの段ボール箱に手をかけて。
止められていなかったフタがずるりと中に入り込んだ拍子に、中身が視界に入る。
「い、あぁ──っ、あっ、こ、こんな……ああ、熱い、うぁ」
たくさんの性具だと見て取った時、一気に沸き起こった怒りは、すぐに潰えた。それよりも、身体の芯から湧き起こる衝動に、それに手が伸びる。
男が言った言葉が理解できた。
できた時には、もう理性は潰えていた。
それほどに激しい衝動を与える体内のものは、とんでもなく強い薬だったのだろう。
笠木は奥の部屋に戻る間もなく、自らの指でアナルを割り開き、腰を振りたくって快楽を貪り始めていた。
一時もじっとしていられず、服を着ていることもできなかった。
引き裂くように脱ぎ去った衣服の上に転がり、敏感な肌を擦りつける。布地に擦れる感触すら、妙なる快感がわき起こる。
ダメだ──となけなしの理性が時折目覚めるけれど、視界に入るさまざまな淫具を見た途端、激しい興奮に我を忘れる。
「ああ……」
黒塗りの固く太いペニス。
あの男のペニスよりもたくましく、固くて、歪な瘤をたくさんもったバイブ。
媚薬に溺れた身体が激しく欲情し、震える手が伸びることを止められない。
飢餓のさなかに出会ったごちそうのように、涎だらけの舌が伸ばしてバイブを味わって。
「んんっ、あふ……」
舌先に味わうその感触にすら快感が込み上げて、たらりと精液まじりの先走りを零す。
「あ、イイ……、もっと……おぉぉ──」
さらなる続く淫欲に、逆らう気は毛頭無くなっていた。
何度も何度もアナルをバイブで突き上げて、欲望の赴くままに快楽を貪り喘ぐ様は、自慰を覚えてしまった獣でしかなかった。
薬の効果が消え始めると理性も戻ってくる。
疲れ果てた身体を投げ出して、陥った状況に声もなく泣いているとあの若い男が再びやってきた。
「仕事をしなさい」
冷たく言い放ち、疲れ切って動けない笠木を容易くねじ伏せて、媚薬を注ぐ。
あっという間に熱を持った身体を押さえつけたまま、高カロリーの流動食を食べさせて、栄養剤を与え、アナルに太いバイブを差し込んで。
最大出力のそれに、恥も外聞もなく泣き叫ぶ。
一度始まった快楽の嵐は、もう自分の力では止められない。
ありったけの淫具で、自らの身体を嬲り、犯し尽くしても止まらないのだ。
「あなたの仕事です」
それが繰り返される。
会社に行くこともできずに、快楽に狂い続ける毎日。
尋常でない嬌声にうなり声、物音をいぶかしがれ、大家に退去勧告を宣告されたと言ってきたあの若い男の前でも腰を振る。
さらに、目の前に落とされたのは長期の無断欠勤による退職通知の書類だった。
なんで彼がそれを持ってくるのか、と浮かんだ疑問を問う間もなく、今度は笠木をこんな目に遭わせた男が目の前に現れたのだ。
実に一ヶ月ぷりの再会は、恐怖に彩られていた。
「うまく仕事をこなしているようだな。では、奴隷には奴隷らしい仕事を与えてやろう」
それでも、そんなの言葉に断固として逆った。
「お、俺は、奴隷なんかじゃないっ」
投げ出した足には、精液の痕がこびりついていた。乳首もペニスも、弄くりすぎて赤くなっている。
そんな淫らな姿ながら切り返した笠木に、威勢が良いと男が嗤う。
「逃げたいなら逃げるが良い。ただし、逃れきれずに捕まえられたなら、それ相応の罰を与えてやろう」
そのまま連れて行かれたホテルのような部屋で丸一昼夜犯されて。
ほうほうの体で着の身着のままで逃げ出した笠木は、わずか12時間後に連れ戻された。
後から考えれば、逃げられたもわざとだったのだろう。
待ちかまえていた男の手で、地下室に放り込まれ、全身を拘束されたままにあの強力な媚薬を全身に塗りたくられて。
泣き叫ぶほどに激しい快楽は、放出を許されないままに一晩中続いた。
朝になると、たくさんの淫具が付けられて、今度は際限なく射精させられる。
時には男がやってきて、気が向くままに犯していく。
眠りに落ちることすら許されず、気を失っても責め立てられて。疲れ果てた笠木が男に奴隷になることを誓ったのは、僅かに二日後のことだった。
身体が持ち上げられ、主人のペニスの上に下ろされる。
悲鳴を上げて嫌がりながら、けれど身体は凶器のようなペニスを奥深くまで銜え込んだ。
男は世界でも有数な財閥の血族であって、その権力は闇に関わる組織にまで及んでいた。何をしようと、何が起きようと、男の思うがままに処理される。そんな男の前で、笠木の抵抗など何の意味も持たない。
逃げようとすれば、死ぬかと思うほどのきつい仕置きがまっている。
背に色鮮やかに浮かぶ裸体の観音は、逃げようとしたと難癖をつけられた後に刻まれたものだ。
豊かな胸は掴まれてひしゃげ、裂けんほどに大腿を割り広げられて晒された陰部には歪で巨大な陰茎。
恍惚に面持ちで異形の鬼に犯されるその観音の顔は、笠木によく似ていた。
淫らな観音の姿は、肩から会陰部を通り大腿まで彫られており、もう二度と消すことなどできない。
実際、笠木は闇でしかないこの世界から逃げ出すことはできなかった。
それは、奴隷という身分のせいだけでなくて。
犯され、喘ぐ笠木の横を、若い男女が何人も売られていく。
人でない扱いを受ける彼らを客に引き渡す時、笠木の本名が全ての書類に刻まれる。
もうこの世界では有名な人身売買の胴元として。
「今度逃げようとしたら、あの十把一欠片の中に放り込んでやろう」
だが、笠木自身の扱いは、奴隷達と大差ない。
向けさせられた視線の先にいた最低ランクの性奴隷行きがどんな目に遭うか囁かれる。
目の前には、奴隷を受け取る客達。
主人のお気に入りの奴隷である笠木の姿は、いつも客達を愉しませる。
「あ、……こ、こちらっ──に、さ、サイ……をっ」
「おやおや、何を言っているのか判らないな」
揶揄する言葉が繰り返されて、客達はいっこうにサインをしてくれない。
客達にとっては、荷を積み込むまでの暇つぶしの余興でしかない行為は、けれど、笠木に課せられた大事な仕事だ。
きちんとできないと、後でどんな罰を受けさせられるか。
「あ、あぅ、お、おねが……す、サインっ、を」
書類に受け取りのサインを貰うだけの仕事。
売り主は笠木の名。主人の名はどこにも無くて、ただ歪な四角が重なった記号が、その印。
もしこのことが外の世界にばれたとしても、笠木の名しか出て行かないだろう。
たとえ笠木が捕まり訴えても、その名は徹底的に伏せられる。表に出るのはただ、笠木の名だけなのだ。
もっとも、名を記すのはカモフラージュでも何でもなくて、ただ笠木を苦しめるだけのもの。
自分を守るためとはいえ、人をモノ扱いすることに、笠木の心はいつも痛めつけられている。
それもまた、男を悦ばせるのだ。
「笠木さんこそ、しっかりサインなさらないとなあ」
震える手からペンが落ちる。
グチャグチャと激しく鳴る水音の中に、嘲笑が幾度も響いた。
主人がいればいたで犯されながら仕事をこなし、主人がいなければいないで、全裸でたくさんの淫具を取り付けられて仕事をこなさなければならない。
いつでもいかなる時でも、笠木の仕事着は全裸か淫具のみと定められていた。
「お前の仕事ぶりが良いせいか、客がひっきりなしだ」
ほくそ笑む主人の舌が、身悶える笠木の耳朶を舐め上げながら囁く。
「お前が欲しいという客もいる。どうだ、売られてみるか?」
言葉も通じぬ遠い外国の、二度と日の目を見ることも叶わぬ地下の地獄に。
売られた者達が人として生き延びることは稀だ。一月も保たずに狂い、ゴミのように捨てられるのだ。
そんな言葉に恐怖して、笠木は主人に泣きつき懇願する。
「お、お許し、を。何でもっ、しま……すから、どうか、ご主人さま……のもとに……」
「ならば、私を愉しませ続けることだな。私が与える仕事をきちんとこなさいな役立たずなど用がない」
しかも、快感に飲み込まれて狂った奴隷には用が無い、と言い捨てる主人に気に入られ続けるには、犯されながらも保たねばならぬ理性と仕事をこなす力が必要だ。
それを強要され続けることがどんなに辛いことか判っていても、笠木は主の言葉を了承するしかない。
「わた、しは──っ、ご主人さま、のものぉっ、──ぁぁっ、どうか、いつまでも、いつまでも……ひあああっ!!」
いきなり突き上げられ、激しい快感に視界が白く弾ける。
だが、主人が満足するまで、気を失うことは許されない。
客達が満足して引き取った後も、見送りが済めばまた犯される。
それが、笠木が行うべき仕事だった。
【了】