【階段の先】-18.2

【階段の先】-18.2

18-2.Masaki

 あの冬吾さんの躾の後、俺は二週間経ってようやく龍二さまの罰を受けることになった。
 骨折まではいっていなくても、かなりの炎症があったらしく、治るのに少し時間がかかったのだ。
 ベッドの上で安静にしていた日々、そんな自由の利かぬ俺の世話をしてくれたのは龍二さまだ。なぜかあの日、名を呼ぶことを許していただいて、それからずっと俺は龍二さまと呼んでいる。
 ただずっとご主人さまと呼んでいたせいか、間違って呼んでしまうことがあって、そのたびに不機嫌そうに睨む龍二さまに詫びていた始末なんだけど。
「龍二さま、俺は冬吾さんの鞭で勝手に射精してしまいました。どうか、こんな淫乱ではしたない奴隷に罰を与えてください」
 楽しげに鞭を手のひらに打ち付けている龍二さまに尻を向けて四つん這いになる。困ったことに、それだけで俺の身体は勝手に勃起していて、あろうことかさっきから甘い疼きがひっきりなしに身体を襲っている。
 この二週間で、このような痛みを伴う罰は受けていない。
 せいぜいが手や口で奉仕するぐらいで、アナルすら使ってもらっていないのだ。射精は禁止されていないけれど、もう俺の身体はアナルにモノを突っ込まれていないと射精しない。これは、自慰をしてみろと命令されてペニスをさんざん弄くっても射精できなかったころから発覚した。
 そのうちに、龍二さまがいる時だけしか射精できないようになれ、と言われているけれど、実のところ龍二さまのことを考えるだけで勃起する身体が、言うことを聞くとは思えない。
 実際、今日は罰を受けられると昨日聞いてからは、朝から勃起している始末だった。
 それでも、龍二さまがここに来られるまではなんとか落ち着かせていたのだけど。
 でも、その姿を見たとたん、俺のペニスは浅ましくも勃起して、今では自慰でもしているかのようにダラダラに零していた。
 そんな俺を見て、龍二さまが口角を上げて嗤ってた。
 その姿は、逞しい筋肉を見せびらかすかのように、覆う面積の少ないぴっちりとしたレザーの衣装だ。
 ベスト上の上着は下の盛り上がる胸板を誇張しているし、パンツは股間の膨らみまでリアルに伝わるほどで、筋肉が動く様までよく映す。
「ああ、おまえは駄作と揶揄されるような愚かな奴隷だが、その殊勝な心構えは気に入ってるからな。たっぷりと味わうがいいぜ」
 その言葉に、俺は尻をさらに高く掲げた。
 この二週間でかなり色は戻っているが、それでもまだ打たれた痕は残っている。
「お、ねがい……します……、冬吾さんの痕を……、龍二さまの鞭で、消して、くださいませ……、俺の、厭らしい尻に残る、淫乱の証を……消して、ください」
 あの時、浅ましくも達ってしまった痕を、消して欲しい、龍二さまの手で。
 もう二度と、龍二さま以外の手で達かないように、きつく激しく。
「あ、あぁ、お願いします……俺に、罰を……、俺を、龍二さまの奴隷として……罰を……」
 あの時、与えられなかった罰は、俺を不安に陥れていた。
 このまま捨てられるんじゃないか、飽きられたんじゃないか。
 だから、罰を与えて欲しかった。こんな淫乱な身体でも、龍二さまに悦んで楽しんでもらえるなら、少しでも一緒にいられるなら。
 ビュンビュンと鞭を振り回す音が、不意に止んだ。
「バカか、おまえは」
 その途切れた合間に響いた小さな声音。
 それは、いつものような不遜な龍二さまの声より少し弱くて、うまく聞き取れなくて、「え?」と問い返したけれど、続く言葉はなく。
 ヒュンッと強い風切り音がしたその瞬間。
「びゃあっ──っ!!」
 尻に、背中に、熱い痛みが走り抜ける。それが、立て続けだ。
「あ、ぁ、龍二さまの……、あひぃぃっ、ぎぃっ──っ、り、龍二さまぁぁ、ああ、ありがとうござ、あひぃぃっ──っ、あっだめ、だめぇぇ、達くうぅ、やぁ、ぎゃんっ──!!」
 雨あられのように、休む間もなく鞭が襲ってくる。
 一撃一撃はそれほどでもなくても、何度も何度も打たれると、その痛みは蓄積され、腫れた神経はより多くの刺激を脳髄に知らせてくる。
「あ、ぎぃぃ、ゐっ、ひっ、ぃぃ──」
 逃れるつもりなどなくても、高く掲げていた尻は落ち、床に蹲った。そのせいで剥き出しになった無防備な尻や背中に無数の鞭が落ちてくる。
 背後で響く荒い吐息は龍二さまのもので、息つく暇もないほどの攻撃に、俺もヒイヒイ喚くばかりだ。なのに、俺の腹の下で、浅ましい勃起はさっきから何度も何度も射精を繰り返し、許されていない精液を撒き散らしていた。
 ああ、なんで、なんで、こんな……。
 奴隷として龍二さまの言葉一つ守れないこの身体に、涙がボロボロと流れ落ちる。
 身体に走る痛みより何より、それが堪らなく辛かった。
 なんでこんなことで射精してしまうのか、罰を受けているのに悦ぶ淫らな身体に、悲鳴とともに泣き喚く。
「やだぁ、ひぎぃ、ごめんなっ、いっ、びっ、あゐ、俺……達って、やあ、塞いでぇ……こんなぁっ、ぎゃんっ」
 弾ける音に、ピシャリと射精が床を打つ。
 少しずつ薄く、少なくなるその液だまりに転がる身体が汚れていく。
「止まんなっ、ひぎぃっ、ひいいっ」
 止めたくて、陰茎の根元を両手で固く締め付ける。
 丸まって横倒しになった拍子に、鞭を振るう龍二さまの表情が眼に入った。涙に濡れて歪む視界の中で、龍二さまは、確かに嗤っていた。
 嗤って、俺を見下ろして。
「可愛いなあ、可愛すぎて、もっと打っていたい、良いだろ?」
 そんな言葉に、俺は驚愕に目を見開いたけれど。
「……俺は、龍二さま、のものです。龍二さまのお好きなように……使ってください」
 少なくともこんな淫乱な俺でも楽しんでくれているのだと、俺は堪らないうれしさに微笑みながら、尻を向けたのだった。



18-3. Others(おまけ)

「どうしても駄目だと?」
「ああ、こういうのはこれっきりだ」
 某AV配信会社に、俳優斡旋事務所の兼任社長と看板俳優、そして彼らの友人である調教師が一つテーブルを囲んで話し合っていた。
 その部屋に壁際には、プロジェクターがあって、今壁一面の大きさで録画された映像の上映中だ。
 それは固定点で取られたカメラで撮ったもので、そこでは一人の青年が天井から吊され、全身を傷だらけにされながら鞭で打たれていた。
 その青年の横で鞭を打っている男の横顔が映り込み、それがここにいる一人、楽しそうに話を聞いている調教師だと知れた。
「あれをこれ以上他人に任せるつもりはない。あいつの相手をするのは俺以外はあり得ない」
「しかし、あれには金がかかってるぞ、良いのかよ」
 看板俳優が頑固なことも、怒らせると不利益になることも知っている社長としては、あまり強くは言うつもりはないようだが、それでも金のなる木を見捨てるには惜しいのだろう。
 首を傾げながら、二人を交互に見比べる。
「冬吾さんも、結構この子に金かけちゃってるだろう? 良いのかい?」
「こいつがこう言い出したら聞かないしな。まあ、俺としてはそのぐらいの金でこいつの弱みが握れてんだから、良いけど。それにまあ、こいつが相手をする分には良いんだろう? だったら、そういうネタでシナリオ作って儲けたら」
「ああ、俺が相手をする分にはどんなシナリオでもいいさ。まあ、手で触って、フェラさせるぐらいなら、他の男にやらせても良いけど。後で罰を与えればいいだけだし。ただしケツに突っ込むのだけは許さねえ」
「調教は駄目かなあ、あの子、サドを煽る顔をするから、そういう方が良いんだが」
「鞭は俺がする、それ以外は……まあ、少しはいいか……」
 首を傾げる様子から、全てを駄目というつもりはないらしいと、社長は大きく頷いて。
「まあ、鞭は龍二がやるほうがうまいしな。あー、だったら次は、この映像を使って騙されて飽きっぽい主人に売られていった先で瀕死になるまで調教を受けたセイキが、SM専門の闇市に売られていろんな客を取るシーンにしようかな。もちろん、突っ込むのはなしだけど、それらしく見せるってのは……。その手のシーンは顔と身体を隠して龍二がしてくれてもいいし」
「……ああ、ただし、射精はさせるなよ。あれはもう、俺以外で射精させる気はないからな」
「了解、だったら、達きたくて堪らなくなって、それでも達けないってシーンでも入れようか。そうすると売れるか……売れたら、これ一回であれの借金は消えるかも、だけど、それは内緒にしといてくれるかい?」
 厭らしく金の算段をする社長に、二人は黙って頷いた。
「それにしても、あの子があんなに化けるなんてねえ、さすが敏腕調教師のお二人さんだ。高い買い物かと最初は思ったけど、例のは結構売れてね。こんなにあっという間に元が取れるとは思わなかったよ」
「そういう質だったんだよ。駄目なものは、何をしても駄目だからね」
「あれは俺が好きだからな、そこも良かったんだよ。でないとあそこまで懐かない」
 どこかうれしそうに笑う龍二に、冬吾は肩を竦めた。
「まあ、あれもこんなやつに惚れられたのが運のつきって思わないでもないけど、どっちもどっちだよなあ、あーあ、俺もそろそろ帰って、あれと遊ぼうかな」
 その言葉に、画面いっぱいの映像がプチッと切れる。
「じゃ、正樹が元気になったら撮影するから、連れてきておくれ。あの部屋でもよいけど」
「今度は倶楽部の一室でもいいんじゃないか、いろんな道具を揃える手間が省けるよ」
「借り賃高いんだよなあ……」
「だったら、今度うちの奴隷に痴漢とか輪姦プレイさせたいから、そのセッティングしてくれるなら、俺が借りてやるさ。倶楽部を借りるのは簡単だし」
「それなら、確かに俺の得意分野だな。で、バス、電車、どっちが良い?」
「あー、バスかな。ミステリーツアーっぽく観光バスで、行き先不明、到着時間も不明。そういうシナリオで、何かいい案、考えてくれると助かる」
「OK、ついでに撮影させてくれるかい?」
「あれは顔出し不可だ」
「えー、もったいないなあ……まあうまく顔は隠すようにして……良いけど」
 そんな二人に、龍二が深いため息を吐いた。
「可哀想だな、おまえの奴隷は」
「おまえが言うな、どうせ撮影済んだら難癖付けて、たっぷりと躾け直すつもり満々なんだろうが」
「当然だろうが、俺以外に触れたんだからな。冬吾みたいに、不特定多数に犯させる気なんかねえよ」
「他人に犯されて、泣き喚いていやがる姿が一番可愛いんだ。あの能面面を変えるために、そうしてやってんだよ」
 そのうちに、どっちの奴隷が良い、あそこが良い、あれが良いと二人して言い合いだして、そんな二人に社長は呆れて呟く。
「どっちもどっちだ」
 そんな小さな呟きは誰にも聞かれず消えていった。

【了】