【檻の家 -奴隷宣言】(4)

【檻の家 -奴隷宣言】(4)

「メス豚よりも人として扱われたいのですか?」
 時間にしては1分にも満たないはずだった。
 けれど、敬一が言葉を発してからそれだけの間黙っていた鈴木が発したのは、とても冷ややかな声音で。
「あ……」
 何を言われたのは、理解したのはそれからさらに数秒を要した。
 その間に、畳みかけられた言葉に、全身から血の気が失せる。
「見られたくないって、メス豚でいれば何を見られようと問題ないはずですしね。実際、あの人影も、もう行ってしまったし」
 うながされた視線の先には、確かにいなくて。
 けれど、指が白くなるほどに縋り付いたシャツから手が離せない。否──恐怖に身体そのものが動かない。
「メス豚は外に連れ出す訳にはいかないから、ここで可愛がってあげようと思ったんですけどね」
 静かな声音は、けれど怒りに満ちたそれだと、敬一はもう知っている。
 メス豚は人の言葉を喋らない。
 恥ずかしがらない。
 二本足で立たない。指を使わない。
「メス豚で無いならば、別に中庭で飼う必要もないですね。まして、言うことを聞かないのであれば奴隷でもない」
「い、痛っ!!」
 掴まれていた髪をぐいぐいと引っ張られて、部屋へと連れ込まれて。
 引きずられるようにしてそのまま反対側の縁を兼ねる窓から外へと連れ出された。
「ご、ごめんなさっ……ごめんなさいっ」
 奴隷としての役目すら全うできないと怒る鈴木に連れ出されて、全裸のままに地面を引きずられる。
 広い庭は塀で囲まれている。けれど、中庭よりはるかに声は外に響く。
 響かないように抑えた声音で恐怖に震える謝罪を繰り返して。必死になって鈴木を止めようとするけれど、鈴木はそのまま敬一を塀に近い背の高い植木の側へと連れて行った。
「今日はここで可愛がってあげましょう。新月で灯りがないですけど、外の街灯のおかげで真っ暗でもないですし、ちょうど良いですね」
「そ、そんな……」
 ガシャリと金属質の音がして、右の手首に重みがかかる。すぐに左の足首からも音がして、冷たい硬質な重みが加わった。見れば丈夫な手錠と鎖で、それぞれの先は地面と枝へと伸びていた。
 あらかじめそこに設置されていたようで、丈夫な固定具で外れないようになっている。短いそれに引っ張られて、右手は肩の高さの木の枝に、左足は隣の木の根元からたいして動かせない。ずっとここにあったせいか、ひどく冷たい。冷たくて、敬一の身体の熱を奪っていく。
「躾のなっていない恋人に罰を与えるには最適な場所でしょう」
「い、いや、ゆ、許して、くださっ……」
 怖かった。
 鈴木が敬一のことを「恋人」と呼ぶことはない。敬一は「恋人」ではないから、呼ぶはずもない。
 一度だけ「恋人」になりたいか、と言われた時、敬一は必死になって首を振って拒絶した。それ以来、言われたことなど無い。
「怖いですか? でも、奴隷でもあることも嫌なんでしょう? だったら、恋人という事になりますけど、恋人は躾ける必要があります。下らぬ愛情をもたらす恋人という存在は、私が好むモノでなければ務まりませんから。私にふさわしく、私が認めるものでなければね。ねぇ、敬一くん」
 敬一の舌が首筋を這う。
 それがひどく冷たくて、全身が小刻みに震えた。
 鈴木から奴隷の敬一に伝わるのは独占欲と支配欲だ。──だが、恋人と口にするときのそれはそんな生やさしいものではないことは、折に触れ伝えられていた。
 敬一には理解できないけれど、鈴木にとって『奴隷』よりも『恋人』の方が格下だった。
 奴隷は玩具。可愛がって好きに扱うけれど、玩具が逆らってもそれは鈴木の自尊心を傷つけるモノでもない。しょせん奴隷は玩具だからだ。
 鈴木は、他人から与えられる愛情というものを疎ましく感じる。だから、そのようなものを与える恋人というモノは作らない。それでも恋人になりたいのであれば、鈴木が好むモノにならなければならない。
 そこにあるのは、完全な支配と服従のみだ。欲というよりは、そうでなければならない、という絶対的なルール。
 それが、鈴木が恋人に課すルールであって、それは、敬一に課せられている様々なルールの比ではないほどに厳しい。実際、どのようなことを強いるつもりなのか、事細かに聞いている敬一は、決して恋人を選択するつもりはなかった。
 もし『恋人』になってしまったら、敬一の身体は今以上にその髪の毛一本に至るまで鈴木の支配下に置かれ、一秒たりとも自分の時間は無くなってしまう。恋人を快楽漬けにすることも愛情だと言い張る彼の手にかかれば、今以上の快楽地獄の中で、もう抜け出すことなどできなくなる。
 そんな事を言われて、そして問いかけられて。
『恋人になりますか? 恋人になったら今の仕事は止めて、そう私の秘書をして頂ければ良いんですよ』
 鈴木の愛情は変だ。
 そんな鈴木が今よりもっと厳しく、激しくなると言われて、どうして『恋人』が選べるだろうか。
 まして唯一の逃げ場である会社すら奪われてしまうと言うのに。
「ちが……、恋人、なんかじゃ、無い……」
 涙が溢れ、流れ落ちる。
 否定も拒絶もしてはならない時間帯だと、冷めた頭が教えてくれるけれど、口が勝手に否定の言葉を紡ぎ出す。
「おや? そうでないと?」
「俺は……奴隷、です。鈴木さんの、奴隷だから……」
「そう? でもメス豚ごっこができない奴隷ですか? 恋人なら豚になんかさせませんけど」
 もう何を言われても良かった。ただ。
「恋人じゃないです。豚、今度はきちんとなります、だから……だから、奴隷でいさせてください」
 切ない響きを持つ懇願を繰り返す。それはうわべだけでなく本当に切実なる願いで、真摯なものだった。
「ずっと奴隷に……いさせて、ください」
 鈴木の恋人になるくらいなら。
 


「ぶひっ、ぶひっ」
「ふふ、可愛い子豚が産まれましたよ」
 中庭に戻されて、ブヒブヒ鳴きながら息んで、入れられていた玉を産み落とす。
 手元に転がった玉を見やれば、それはピンクの丸い漫画調の子豚の絵が描かれていて、それがころりと転がってにやけた笑みを見せていた。
「んぅっ!」
 四つん這いで腰を上げて思いっきり息めば、白い精液にまみれたそれがアナルを広げ、ぽとりと落ちて転がっていく。
 何度も懇願して許して貰って、中庭に連れ込まれて犯されて。
 たっぷりと中だしされた後の排泄に、息も絶え絶えになりながら唸っていた。
「もう一匹いますね、中に」
 言われて、疲労に震える四肢に力を込めて、また息む。
「全部産まれたら、身体を綺麗にして、今度は空っぽになったお腹にお気に入りのバイブを入れてあげますからね。涼しくなってきましたけど、作務衣でも大丈夫でしょうから散歩しましょう」
 もちろんそれが外だと言うことは判っていたけれど。
 さすがに裸ではないのを知っているから、まだマシだ。
「ぶひ」
 喜んでいるのだと判るように、鈴木のズボンに頬を寄せる。下半身でいきり立つ自身のペニスが、擦れて震える。全身が総毛立つような快感に、熱い吐息を零し、がくがくと腰が勝手に揺れた。
 そのたびに、股間でペニスが震えて、また触れて。
 熱くて、苦しくて、涙がポロポロと落ちて、太股を汚す粘液と入り混じった。
「恋人になってくれなくて残念ですが、奴隷でも敬一くんは可愛いから我慢しましょうか」
 ──恋人だったら、今すぐにでも友人達を招待して、お披露目をするのに。
 ぼそりと呟いた時の瞳が、ひどく真剣なのが怖かった。
 ──みんなに私の恋人のアナルがどんなに素晴らしいか自慢したかったですねえ。そうしたら悦んであなたの接待を受けたいというでしょうね。
 鈴木の奴隷と恋人の境目の、なんと曖昧なことか。いや、ある意味逆転しているけれど、それを矯正することなどできない。しない方が良い。
「ぶひ、ぶぶっ、ぶひっ」
 自分は奴隷でよいから。
 見上げる先で鈴木の顔は逆光になっていてよく見えなかった。
「敬一くんは可愛いですねえ」
 その言葉に滲む喜色を感じ、怒りを感じられないことに安堵して。
 だから見えていなかった。



「敬一くんは可愛いですねぇ、敬一くんほど良い奴隷はいないでしょう」
 太いバイブに嬲られながらガクガクと腰を揺らして歩く敬一の背後で、鈴木は静かに口角を上げて嗤っていた。
 丹波に犯され続けた敬一は細いバイブでは物足りないので、あれは細めの手首くらいある。それでもああやって上手に銜えて悦んでいるほどの淫乱だ。それに締め付けも良いから、あの歪な形状もしっかり味わっているだろう。
 その敬一が何度も自ら奴隷宣言をした時からずっと、鈴木の口元から笑みが消えなかった。
 その口が、音にならない言葉を紡ぐ。
「可愛くて……恋人にはもったいない。ええ、もったいなさ過ぎますね」
 歪んだ愛情の果てに、鈴木の中では互いに愛情が必要な恋人という存在は、忌むべきモノに近い。赤の他人から愛情が向けられたいなど、考えたくもなかった。
 そんな恋人を持つより、服従でしかない、懐きもしない可愛い奴隷こそが鈴木の心を楽しませ、宥め、喜ばせる。
「本当に、可愛いくて、虐めがいがありますねぇ……」
 手の中で、かちりとダイヤルが切り替わった途端に、敬一が「ひいいぃ」と喘いで崩れ落ちた。
「おやおや、まだ半分ですよ。帰りますか?」
 途中で散歩を止めるなら、全裸にしますよ。
 と言っておいたから、敬一が慌てたようにふらふらと立ちあがった。どこか虚ろな瞳は、鈴木を捉えているのかも疑わしい。それでも中空を見ながら、呆けたように呟いた。
「まだ歩き、ます……から」
 そういう敬一の作務衣はおびただしい汗でしっとりと湿っている。股間はもう完全に濡れてしまっていて、涎も胸を塗らしているだろう。
「じゃあ、行きましょう。早くしないと夜明けになりますよ。帰らないといつまで経ってもそのペニスバンド外してあげられませんしね」
 敏感なアナルを埋め尽くすバイブに空達きを繰り返している敬一はびくりと震え、足を早めた。それでもかなりスローペースだ。この公園の一周が終わるのは、まだまだ先だろう。
 それでもまだ三日ある。
 たっぷりと遊ぶ時間はあって、そしてこの奴隷は素晴らしい。
 がくがくと震える足で敬一が歩いている。バイブが少しでかけているのか、尻のあたりが膨らんでいるのも気が付いてないだろう。
「ほんとうに楽しくて、実家でのストレスも吹っ飛びますね」
 不愉快な付き合いに苛立っていたが、敬一を使うとすぐに解消できる。苛立てば苛立つほど、楽しい遊びを思いついてしまうから、最近では望んで実家に手伝いに行くほどだった。
 そんな鈴木の口元の笑みは、ほんとうに楽しげで、一向に消える気配がなかった。

【了】

 おまけ