目覚めた敬一を待っていたのは、乾ききった体液で汚れた自分の体と床だった。
特に尻の下には、大きな痕が残っている。
それが、体内から取り出されたたくさんの精液の痕だとは、もうその頃には意識が飛びかけていた敬一には判らない。
そんな敬一に加藤がタオルを一枚差し出した。
「床の汚れをキレイにしたら、風呂に入っていいぞ。服はその後に出してやる」
全裸の体を先になんとかしたかったけれど、加藤の言葉を拒絶できないのだと言うことも判っていた。
昨夜から朝までさんざん弄ばれている間に、何度も教え込まれた。
仕方なく上体を起こして、這って汚れた床まで向かう。
腰が立たなかった。歩くことなど不可能で、トイレにすら這いずっていって、便器に縋り付くように座ってようやく排泄できたほど。
腕もひどく重く力が入らなかったが、それでも懸命にタオルで擦った。
フローリングの床だから擦れば取れる。けれど、液溜まりの外周が意外にこびり付いていて、爪先で擦るようにしないとなかなか取れなかった。
それが、今の敬一には難しい。
怠い腕からすぐに力が抜けて、動かなくなる。
はあはあと荒い息を吐き、休憩しては次の汚れに取りかったが、元気な時なら数十分で終わる作業が、一時間経っても終わっていなかった。
「何だぁ、まだ汚いままかよ。さっさとしな」
仕事に行くのだと三枝が出てきて、敬一の剥き出しの尻を踏みつけてきた。
「痛──、うっ」
さんざん使われたアナルはまだ腫れている。そこを足先でぐりぐりと刺激され、痛みに涙が浮かんだ。
「おいおい、あんまり苛めんな」
「はいはい」
食事の用意をしていた加藤が苦笑しながらたしなめてくれる。
その言葉に三枝は足は離したけれど、今度はその場に跪いて辛そうに顔を歪めた敬一の顔を覗き込んだ。
その顔がイヤらしく嗤う。
「舌で舐めろよ」
「え?」
言われた言葉が理解できなかった。
ぽかんと上げた顔の目の前に、三枝の美貌が冷たい笑みを見せていた。
「し、た……?」
「そう、舌」
三枝が舌を出して、指さす。続いて、今度は床の汚れを。
「舌で舐めてキレイにしろってこと」
「え……そんな……」
汚れは、大半が精液なのだ。それを舐めろ……と。
「何今更言ってんだよ。さんざん生で飲んだくせに」
揶揄されて、かあっと頬が熱くなった。
確かに飲んだ記憶はある。けれど、無理矢理でなければあんなモノを自分で飲もうとは思わなかったはずだ。
「だ、だって……」
乾ききった精液を自分で舐めろ、と言われて受け入れられるものではない。
だが、三枝の口元が不機嫌そうに歪められて。
「俺の言うこと、聞けない訳?」
細められた瞳に浮かぶ怒りに、ぞくりと震える。
三枝はサドだ、と誰が言った言葉か。
「あ、あ、でも……」
「するか、しないのか」
二者択一のそれのどちらを選びたいかは決まっている。
だが。
「……あ……」
三枝に睨まれて、慌てて助けを求めて視線を向けた加藤にも無視された。
敬一は泣きたくなるのを必死で堪えて、床に顔を伏せた。
震える舌先が、何度も口の中に戻り、それでもやらないとダメだからとまた出てくるのを繰り返す。
「ほら、早くしな」
面倒くさそうな声音と、頭を押さえられてより近くなった汚れに、ぎゅっと目を瞑った。
どうせ逃れられやしないのだ。
意識を強引に諦めに持っていって、それでもおずおずと舌先を伸ばした。
ざらついた感触に吐き気がする。
唾液を溜めて、舌先から垂らして、味を感じないようにと舌先で擦って汚れを浮かす。
もう舌を口の中に戻せなかった。
ただ、懸命に汚れを溶かすことだけを考えて動く。
さすがに、それを舐め取れとまでは言われていないから、浮いた汚れをタオルで擦り取った。
閉じられない口の端から、溢れた唾液がボタボタと床に落ちた。それも使う。
「ふふ、取れた取れた、ごくろうさん。じゃ、ご褒美だ」
その言葉にほっと安堵して、疲労を蓄積させた体がぐたりと床に崩れた。その瞬間。
「あ、ああぁっ」
引き連れた痛みがアナルに走った。
昨夜さんざん突っ込まれたアナルは、さっき排泄に行った時にも痛くて堪らなくて、苦しんだ場所なのだ。そこに情け容赦なく、細く滑ったモノが潜り込んだ。
それが指だとすぐに判ったのは、さんざん味わったせいだ。
「薬だよ。暴れんな」
苦笑しながら言われても、その細さでも、痛いものは痛い。
「ま、確かに腫れ上がっているもんな」
熱を帯びたアナルは擦るだけでひくつき、それがまた痛みを助長する。
「ぬ、抜いて……抜いて……」
「どうして?」
「だ、たっ──ひ、くっ」
痛いから、と続けようとして、けれど、いきなり背筋を強烈な快感が走った。
「あ、ふあぁっ」
入り込んだ指が奥にある痼を揺さぶって、そこから濁流のような快感が神経を走り抜ける。
そこも腫れているのか、撫で上げるような動きでも、痛いほどの刺激を感じた。
肌が一気に総毛立ち、萎えていたはずのペニスがびくびくといきり立って、瞬く間に涎のように先走りを溢れさす。
「はぁ──あっ──、あ──っ」
押されるたびに長い嬌声を繰り返す。
押し寄せてきた射精衝動に、無意識のうちに腰がカクカクと動いた。
空のはずの陰嚢がきゅうと上がり、鈴口が今にも吐き出そうとパクパクと喘ぐ。
「あ、あっ」
「腰が踊ってる」
這い蹲り床に縋って、指一本に翻弄される。
「やぁ、だ──あぁぁ──」
我慢などできなかった。
ただ快楽に身を委ね、一気に解放へと駆け上がる。
その衝撃に、体が跳ねた。
目の前が白く弾け、全身がびくびくと痙攣する。
「あ、あっ、あっ」
疲れ切った体へのきついほどの快感は、自身の動きすら制御できないほどの衝撃だった。
何度も細かな痙攣を繰り返し、とぷりとぷりと押さえられる間ずっと精液が溢れ出す。
ようやく掃除した床に、やけに薄い色の精液が新たな液溜まりを作り上げていた。
「淫乱」
言葉と嘲笑が降り注ぐ。
「指を突っ込んだ途端に達ってやがる」
違う、と口にしたかったけれど、敬一の口から出たのは、はあはあと喘ぐ音だけだ。
「さっさと掃除しろ」
「三枝、食事できたぞ。敬一、さっさと掃除しないと次が出てくるぜ」
三枝の言葉には、もう動けないと首を振りかけたが、続いた加藤の言葉に、伏していた頭が跳ね起きた。
「そろそろ丹波が起きてくる。今日は夜間工事だと言っていたからな」
丹波という単語がもたらすのは、激しい恐怖だ。
「舌で舐め取りゃすぐだろ」
言われるがままに、新たにできた床の液溜まりへと舌を這わせる。
苦くてマズイ。
けれど、躊躇う余裕などなかった。
丹波の力は強く、敬一の体を軽々と動かす。さらに彼のペニスは太くて、アナルにひどく負担をかける代物なのだ。
今、こんなにも痛いアナルに、彼のペニスが突き刺さる──そう考えただけで、体が動く。
一刻も早く、今の状態からは逃れたかった。
「へえ、飲み込んでるね」
「美味そうだな」
決してそんなことはないと判ってるだろうに。
「そういや、今日は誰?」
「その辺りは鈴木君が決めていると思うけど……たぶん、鈴木からかな」
「えー、職権乱用」
「どうせ、今日明日は突っ込めないぞ。少し休ませないと締まりが悪くなるからな」
「あ、そっか。ならいいや」
一体何の話をしているのか、その時には判らなかったかった。
「今日は俺んとこです、明日は加藤さん、それから三枝さんの次の日は自室、その次の日は丹波君ですね」
ようやく風呂に入って衣服を貰えた敬一に、部屋から出てきた鈴木がスケジュール表を手渡した。
これからこのスケジュールに沿って、部屋を渡り歩くのだという。
時折自室の日があって、その日は自室に帰ることができるけれど、だからと言って鍵をかけて閉じこもることは許されない。
「部屋の中では、その部屋の持ち主の言うことを良く聞いてください」
震える手に無理矢理掴まされた用紙が、手の中でくしゃりと音をたてた。
それぞれの部屋で一体何をされるのか。
考えたくもないことなのに、頭の中で次々と浮かぶのは、まだ記憶に新しい自分の身に起きた現実だ。
あれが繰り返される。
どんどん汚されて、壊されていく。
敬一は、彼らの欲望を解消する道具として、この家に招き入れられた。
安い家賃と食費を餌にまんまと捕まった敬一は、もう逃れる術はない。
写真とビデオ、電話とメールとインターネット。
一度罠にかかってしまえば、そんな代物が敬一の自由を奪う。
「敬一君、大学が忙しい時とか、研究で帰られない時はちゃんと連絡してください。スケジュール変更するからね」
優しい言葉で、労るように言われる言葉が信用できないことはもう学んだ。
「疲れている時だと、君も保たないから愉しくないですし。みんなで遊ぶ時は、休みの時にしないと堪能できないし……」
基本は、陵辱前提なのだから。
「それじゃ、これでしばらくやって見ましょうね」
ここに来た時は、この人が一番優しいのだと思っていたが、今は違う。
三枝の行為はきつく、丹波の力は怖い。加藤はこの家でこんな事を許している張本人。
そして鈴木は、ある意味、ここでの支配者なのだ。
鈴木の言葉に皆が従っている。家主の加藤とて面倒な部分は鈴木に任せているようだった。
「さて、今日はお休みしてて良いですよ。三枝さんの薬は良く効きますからね。次の薬はまた渡しますけど、時間が来たら自分でしっかり奥まで挿入してください。できないなら、俺がしますからね。早く治さないと辛いのは敬一君ですからね」
にこりと微笑みながら、その瞳が笑っていない。
今まで、どうして気づかなかったのか。
彼の笑みは、最初から表面上だけのものだったのだ。
「これから愉しく暮らしましょうね。ずっとね」
もう逃れられないのだと、念押すような言葉に、敬一は何も言えずに俯いた。
罠にかかって逃れられない獲物となった自分が愚かなのだ。
もう、そう思うしかなかったけれど。
溢れ出る涙を止めることはできなかった。
【了】