2月13日の夜、ある決意のもとにフレッグが自宅に帰ると、そこには明日帰ってくるはずのカースがいた。さて、フレッグは何をしたかったのでしょうか?
作りたいもの
「嘘だろ……」
その日、一抱えもある荷物を胸に抱えて帰ってきたフレッグ・クストーは、リビングでふんぞり返っているカルシェイス・シェルマンを目にした途端、呆然と呟いた。
「何だ、その顔は。せっかく愛おしい恋人が無事帰ってきてやったというのに、抱きついてキスくらいしてくれたって罰はあたんねーと思うぞ」
ニヤリとイヤらしく笑うカースが近づいていくる。
その状況を頭が理解した途端、フレッグは落としかけた荷物を抱え直すと、後ろ足で逃げ出した。
「お、おいっ」
「ちょっと待ってろっ!!」
バタンと背で開けたドアの向こうはダイニングキッチンで、そこの一番奥の冷蔵庫に持って帰ってきた物を押し込める。
「おーい、どうした?」
「煩いっ、入ってくんなっ!」
それでも冷蔵庫に全てを押し込めバタンと扉を閉めたのと、キッチンのドアが開いたのが同時。
「てめえは、人の言うことを聞かねー奴だな……」
フレッグは冷蔵庫を背後に隠すようにして、無断侵入者であるカースと対峙した。
「何だよ、せっかく予定より一日早く帰れたって言うのに、そのすげない態度は」
「だからだ。明日はてめーが帰ってくるか今日はゆっくり寝ておこうと思ったんだ。少しは人の迷惑も考えろ」
フンと鼻を鳴らして睨み付けると、やれやれとカースが肩を竦めてため息を吐いた。
「相変わらず、可愛くない奴だな」
その暴言も、数ヶ月前に会った時と変わりない。
「いいから、出ろっ! てめーが入ると、いつの間にか中身がなくなるんだっ! 今日は店の預かり物が入ってんだから、開けんじゃねーぞ──ったく」
最後はボヤキになって、狭いキッチンからカースを追い出そうと彼の肩を押す。
「店の、ねえ……」
くすりと口の端を挙げてイヤらしく笑うカースが何か勘づいているとはフレッグも判っていたが、ここまで来てポロを出すつもりはなかった。
「いいから、出ろっ!」
渾身の力を込めてキッチンから追い出す。
「で、食事は? 俺はしてきたからな」
ついでにこのドアに鍵なりトラップなり仕掛けたいとフレッグは思ったが、残念ながら今すぐにはどうしようもない。
「してきたさ。その位は心得ている」
得意満面にいうけれど。
当然のことだと毒づきたくなるのを堪えて、代わりに「そうか」と安堵の吐息を漏らした。
いつもは、メシメシと欠食児童のように騒ぎ立てるのだから。
今日は2月13日で、一流パン屋のマスター兼職人であるフレッグは、一日チョコに関わるあらゆる製品を作り続けた。
去年、部下がデザインしたクロワッサンにチョコレートをかけて各種トッピングした限定のセットは
あっという間に売り切れるほどの人気商品となって、今年も多数の注文を受けた。
そのせいで、もう身も心もくたくたになっていたのだけど。
──明日って言っていたのに……。変更になるんなら、連絡の一つも入れろって言うんだっ!
怒りは、それでも、と早めに帰ってきた理由がこなせなくなったせい。
「で、今回はいつまでだって?」
憤りを隠して、問いかける。
恋人を名乗るこの男は、輸送艦隊を率いて宇宙を飛び回るのが仕事だ。
休みも一日しかないかと思えば一ヶ月近く地上にいることもある。
ついでに言えば、一年近く帰ってこないこともザラだ。
「あー今回は当分、地上勤務。しばらくは、近場への輸送が主なんだ。だから、ちょくちょく帰れるし」
「そう、なのか?」
意外な返事に、フレッグはキッチンを出てくる時に握ってきたワインを開ける手を止めた。
マジマジと視線を送れば、「そうだ」とニヤリと返された。
「珍しいな……。そんなこと……」
カースの隊がそんな近場の勤務に就くことなど酷く稀で、フレッグは信じられないとカースの返事を聞いても思う。
だが。
「久方ぶりの大規模メンテが入ってんだよ。だもんで当分動けるのは半個艦隊くらいなんだ。まあ、最近は海賊も大人しいし、今の内にってのがあってな。何でも、基幹制御システムのプログラムの書き換えやら何やら……老朽化している所をこの際、何とかするらしい……」
「はあ……そういやあ、てめえの艦隊は最近ろくに休んでいなかったからな」
「南方の方であった海賊退治が終わったらしくてな、ちょうど手が空いたってのもあるんだが」
「そうか、よかったな」
カースが休みが多いと言うことは、それだけ出払っている艦隊が少ないと言うことだ。
つまり、とりもなおさず、宇宙が多少は平穏だということで。
それは喜ばしいことだと思う。
それに危険な宙域に向かわなくて良いと言うことは、カースの身の危険も少ないと言うことで、フレッグは自分でも気付かないうちにホッとしていた。
「じゃあ、飲めよ」
勢いよくコルク栓を開けて、グラスに深い赤色のワインを注ぐ。
透明に近いのに、見ていると深みを増していく赤。
「宇宙じゃ飲めないワインだぞ」
「ありがてえな、俺、これ好きだ」
満足そうに口をつけるカースの姿を、対面に座ったフレッグは頬杖をついて眺めた。
「何だ、お前は飲まないのか?」
「え、ああ、飲む」
促されるままに口をつける。
だが。
視線がちらりとキッチンへと向かった。
冷蔵庫の中身が気になるのだ。
どうしようか……。
本当は、今夜の内に仕込むつもりだった料理の材料だったのだが。
「どうした? せっかく俺が帰ってきたってのに、上の空かよ」
話しかけられて、慌てて口許に笑みを張り付かせる。
「ばーか、てめえが帰ってきて、俺が嬉しくしたことなんてあるか?」
「イヤだイヤだも好きなうちっていうけどな、そのいつもの奴とは違うような気がするが?」
口調は揶揄するようにふざけたものだとけど、目は笑っていない。
グラスに口を付けながら、カースがちらちらとフレッグを窺っていた。
「気のせいだ。俺はいつもの俺だ」
フレッグもグラスに口を付けて、ワインに視線を落とした。
酔いそうだ……。
強い芳香に、疲れた体が呆気なく降参しそうな気配がした。
だが、カースより先にダウンする訳にはいかない。
「で……、さっきちょくちょく帰れるって言っていたが、当然部屋を借りるんだろうな?」
何となく、そんな事はしないだろうとは思った。けれど、それでも問うてみる。
そして、答えはやはりフレッグの想像通りで。
「そんなもったいないことできるか。俺が帰るのはここだけだ」
「ここは俺の家なんだよ、てめーの家じゃねえ」
「嬉しいくせに、誤魔化すんじゃねーよ」
「誰がっ!!」
どんと勢いよく置いたグラスの中で、僅かに残っていた赤い液体が跳ねる。
テーブルに散らばった薄赤い液体が灯りの下で、二人を映す。
「イヤか?」
怒りも露わに体を震わせるフレッグを見つめて、カースが小さく笑う。
イヤかと言われて、イヤだとフレッグは返そうとした。
だが。
「……毎日は、イヤだ」
言いたかった言葉の前に余計な単語がひっついてしまった。
しかも、言う寸前から視線が合わせられなくて、俯く。しかも口調までが弱々しく、こんなことではこのカースには効果がないと判っていても、声が強くならない。
言い終えて、フレッグは俯いたまま顔を熱くした。
これではカースを助長させてしまう──と。
「まあ、加減はしてやるよ。それと……今日は疲れてんだろ? 一人で寝ればいい。せめて添い寝はしたいところだが、そうなるとこっちの我慢が効かなくなるしなあ」
「え?」
笑われると思っていた。
なのに返された声音は、ひどく優しい。
驚いて見上げた先で、カースはすくっと立ちあがった。
「シャワー浴びたら、俺も寝るわ。昨夜は徹夜だったんだよ」
「あ、ああ……」
いつもなら、顔中余すところなくキスされる。
抱きしめられて、骨がきしみそうになる。
そのまま、有無を言わせずにベッドに連れ込まれて、こちらの都合など気にせずに抱かれ続ける。
と──それがいつものカースだったのに。
「カース?」
「おやすみ」
つい声をかけたけれど、返ってきたのはそれだけだった。
一人残されたリビングで、フレッグはしばし呆然としていた。
先のカースは明らかにいつものカースと違う。
だが、こんなカースをいつも望んでいたのも事実で、特に今日という日は放っておかれてそっとしてくれるのは喜ばしい限りなのだ。
なのに。
「何で?」
体が動かない。
明日も朝が早い。
14日当日は、予約に加えて当日販売分も仕込まなければならない。
明日という日はフレッグの店は戦場になるのだ。
なのに。
カースの言葉は嬉しいはずなのに、今のフレッグの心に安らかさはない。
どうして、何で、と、そんな疑問詞ばかりが浮かんできて、こんな願ってもない事を受け入れられない。
それでも。
「はああっ」
澱んだ胸の奥のわだかまりをすべて吐き出すように大きく息を吐いて、フレッグは立ちあがった。
カースはあのまま自分でシャワー浴びて、寝室なりどこででも勝手に寝るだろう。
もともと今日という日にカースは訪れてくる予定ではなかったから、そのつもりでこちらも振る舞えばいいのだ。
だいたい放っといてなんとかなるタマではない。
それに。
キッチンのドアを開けながら、冷蔵庫へと視線を移す。
今日は、しなければならない事があるのだ。
本来、明日帰ってくるとカースが言っていたから、わざわざ店の材料を拝借して持って帰ってきたのだ。
だから、予定通りそれをすればいいのだから。
ちらりと時計を見ると、カースとの会話はそれでも結構時間を食っていた。
明日はいつもより早く出掛けるから、フルタイム働くためにの睡眠時間を考慮しても余裕は三時間弱。
「さてって、ちゃっちゃっとやるかっ」
そんなふうに威勢良く言っていても、どこか気が削がれそうになるのは否めない。
それでもフレッグは腕をまくって、無理にやる気を出した。
冷蔵庫の扉を開けて、しまい込んだ材料を取り出す。
「……なんとかなるか」
もう店では何回も作っているから、手順なんて体が覚えている。
本来ケーキは本職ではないのだが、もとは小さな店だったせいで何でもやってきた。いまでもおおっぴらにはしていないが、昔馴染みのお得意さんのために一日に一品は手ずから作り上げている。その予約はかなり先まで一杯だった。
そんなフレッグが今日作ろうと思ったのは、オーソドックスにチョコレートケーキ。
ただし、スポンジまでもがチョコ味のザッハトルテ。
取り出した袋から、さらに取り出した材料は厳選した物ばかり。
一番大きな塊は茶褐色のチョコレート。
新鮮な卵、同じく新鮮なバター、そして小麦粉。
全てが手に入る限り最高級の品で。
「ここまで凝ることなかったかな……」
どうせ味なんてわかっちゃいない奴だから。
それでも選んで持って帰ってきてしまった。
店で合間に仕込んでも良かったのだが、なんとなく気が引けたのは、店で焼いたものだと仕事で焼いた物のような気がしたから。
これだけは、どうしても仕事抜きで自分で作りたかったのだ。
まさか自分がそんなこだわりを持つとは夢にも思わなかったけれど、頭にこびりついた考えは容易には消えなかった。
「ま、しょーがねーか」
何度目かのため息とは裏腹に、フレッグの体は疲れているとは思えないほどに軽やかに動き始めた。
「いい匂いだな」
突然背後から声をかけられて、あんずジャムを塗りおえてほっと一息吐いた体が硬直した。
振り向けないままに、背に近寄る人の気配を感じる。
「お前、疲れているんだろう? 今から寝て、大丈夫なのか?」
「……このくらい……平気だ……」
ようようにして出したフレッグの声は掠れていた。
「まあ、あのシュリって坊やもいるしな。前ほど、根を詰めなくてもいいんだろう?」
後ろから手が伸びてきて、ボウルに残っていたチョコレートを撫でとる。
「甘いな……」
「チョコレートだからな」
どうして、という思いは、まあ匂うわな、と諦める。
ただ、こんな夜更けに一人で作っていた物がザッハトルテ、チョコレートのケーキだと言うことが堪らなく恥ずかしかった。熱くなった頬も、じっと見られているようで羞恥を助長する。
「もう寝るから、カースも寝ろ」
洗浄機に使い終わった器具を放り込んで、セットする。
できあがったケーキはケースに入れて、冷蔵庫に仕舞った。
「何だ、食べないのか?」
相変わらずフレッグの背後にひっついているカースが、物欲しそうに言ってくるのを無視して、フレッグはキッチンの電気を消した。
「勝手に食べるなよ。じゃあ、おやすみ」
廊下で手を振って別れる。
が。
「待てよ」
離れる寸前、背後から抱きしめられて、くんっと鼻筋を首に押しつけられた。
「カ、カースっ」
「甘いな。チョコレートの香りで染まっている」
「そりゃ、今までっ──」
「で、こんな夜中にお前が一生懸命チョコレートのケーキを焼くなんて、その理由は一個しか俺は思い当たらない訳なんだが?」
「煩いっ」
フレッグの抗議の声を遮るようにカースが言葉を継ぐ。
少し笑みを含んだ声がからかっているようで、フレッグは声を荒げた。
だが、内心は羞恥で一杯で、ただこの場を誤魔化すことばかりを考えている。
もうバレているとは、判っているのだ。
だが。
「何の関係もないっ」
「何と?」
咄嗟に叫んだ言葉を問い返され、うっと言葉に詰まる。
考えすぎて、選択を間違えたのだと気付いて、さらに頭が混乱する。
知られたくなかった。
カースに手作りのケーキを食べさせたいと思ってしまった自分の心など。
しかもそれを楽しく実践してしまった自分の態度を。
当日は、余ったものだからとか理由をつけて出す予定だったケーキ。
だが、作っている所を見られたのだから、それはもう言い訳にもならない。
「こんな美味しそうなお前を見せられては、俺も我慢の限界だぞ。せっかく大人しくしとこうと思ったのに」
「だ、誰が美味しそうだっ、俺は疲れてんだっ」
振り解こうとしても、カースの力は強い。
もともとフレッグが敵うはずもない強さを持つカースだ。彼が本気になったら逃げられる物ではない。
それでも、フレッグの体は拒絶しようとしていた。
それはもう条件反射のようだと、フレッグ自身判っている。けれど、素直になれないのもフレッグ自身で、生まれた時からの性格はそう簡単に変わるものではない。
「は、離せっ」
抗っているはずなのに、気が付けば寝室で、ベッドに簡単に押し倒される。
薄暗い部屋で、ベッドヘッドの灯りしか漏れていない。
下から照らされたカースの顔は一方向からの灯りのせいで影が濃く出て、別人のようだった。いや、男らしく精悍な顔つきは紛れもなくカースだ。
途端に、跳ね上がる鼓動の強さに、呼吸が乱れる。
それでも。
「や、めろっ、明日も仕事なんだっ」
首筋を美味しそうに噛み付かれて、鋭い痛みの筈なのに体が快感を覚えて震えた。
制止する声も、あっという間にカースに飲み込まれる。
「一回だけな……酷くはしない」
優しい声音が耳朶を直接くすぐって、それだけで心とは裏腹に体が歓喜に充ち満ちる。
そうなると、フレッグの心は体に引きずられるように敢えなく陥落した。だいたい、最初に肩すかしを食らった気分はフレッグ自身が認めたくないと思っていてもシコリとなって残っていた。それが解消されるのだ。
「うっ……あぁっ……」
的確な愛撫にあえかな声が出る。
その声がフレッグ自身の耳に入ると、体の熱が一気に上がった。しかも、煽られたようにカースの動きも激しくなる。
じわじわとした疼きが、時折激しく体を貫いて、そのたびにフレッグの体はびくびくと跳ねた。
大きな手が、胸骨に添って探るように動き、突起を爪弾く。
「ひあっ……」
途端に大きく仰け反った体は難なく抱きすくめられて、フレッグは大きく息を吐いた。
喉が焼けるように熱い。
「カース……」
「一応、我慢するはずだったんだ」
少し拗ねたような声音に虚ろな視線を動かせば、苦笑を浮かべたカースが見下ろしていた。
手に入れた物に対する嬉しさを隠そうともしないカースの、だがその無邪気なようでいて瞳の奥にある強烈な熱を感じると、フレッグの体もさらに熱を持つ。
「だけど……あんな可愛らしいことやってるお前を見たら、そんな気分なんか吹っ飛んじまった……」
幾つもの朱色の痕が肌に刻まれる。
前につけられたのはいつだったろう、とフレッグは霞む意識で考えようとした。
けれど。
「んっあっ」
胸を探っていたはずの大きな手が性急に掴まえたのは、下肢の付け根にあるフレッグ自身。
ぎゅっと掴まれて、それがしっかりと形を成していることに気付く。
握られて、上下に扱かれて、その少しきつい感触に、肌が総毛立つ。
理性が呆気なく快感に降参して、フレッグは無意識のうちに下肢をすり寄せるようにカースに抱きついていた。
「んっく、カース、もっと……」
甘い吐息に、言葉が勝手に乗る。
一度素直になってしまえば、後は枷が外れて留まることを知らない。
「甘い匂い……欲しい……欲しくてたまらん……」
ぺろっと首筋を舐められて、「ああっ」と吐いた息が吸い取られる。
言葉を塞がれて、フレッグはただ態度で誘うしかできなかった。
言葉では我慢できないように言っていて、だが、優しくしようとしているのか、フレッグの手は酷く焦れったい。それがもどかしい。
「んっ……ううっ……」
揺れる腰に、包まれた手の中で卑猥な音がする。
骨太で節くれ立った指が絡んで、それは自分でするよりはるかにフレッグを翻弄した。
「んあっ!」
我慢できないことが恥ずかしいと思っていたのはいつまでだったろうか?
解放の快感に身を委ね、熱いほどの温もりに包まれてフレッグは、はあっと息を吐いた。
甘く熱い吐息にカースが身を震わせる。
「たまんねー奴だな、ったく」
苦笑いするカースが濡れた手を這わせていく。
それを自ら受け入れる。
「うるせ、てめーのイヤらしい動きに、我慢なんかできるか」
悪態をつくフレッグは、手の動きを助けるように足を自ら開いていた。
それはさすがに羞恥を込み上げさせる。
けれど、早く終わらせるためと、その羞恥をねじ伏せた。
「てめえのそれが一発でっ、……終わるとは、思えねーけど……」
広げられる圧迫感に肌が総毛立ち、言葉が途切れがちになる。それでも、フレッグは意固地にその顔に微笑みを浮かべながら、言い放った。
「久しぶりだから……出血大サービスだ」
「そりゃ、ラッキーだ」
感極まったような口調で耳元で囁かれた途端。
「うっああっ!」
熱く潤んだ体が激しく突き上げられた。
痙攣するように震える体をカースが抱きしめる。
だけど、そんな優しさは一瞬のことで、カースの歯止めは呆気なく崩壊した。
「うっ、ああっ、かあすっ……ううっ」
幾度も突き上げられてフレッグの半身は上下に揺すられ続けた。
安定しない体勢に、必死になって腕に縋り付く。
けれど揺すられるのは止まらない。
「か、かあすぅっ」
名を呼んで、だがフレッグ自身何と続けたいのか判っていない。
体の内側で暴れまくる嵐に、フレッグは早々に降参した。
そうしてしまえば、快楽はいとも簡単にフレッグを支配して、考える力すら奪う。
「うっ……カース……そこっ」
ずくんと衝撃すらある快感に目の前が何度も白く弾け、意識から薄れさせる。けれど、次の衝撃がそれをさせない。
ずっと震える体は自分のモノでないように心許なくて、フレッグは必死になって指先に触れた熱い肉にしがみついていた。
「か、かあすぅっ!」
自分がどんなに甘い声を上げても判らない。
ただ、与えられる快感をもっとと願う。
「フレッグ、相変わらず……」
苦笑を含んだ声音が途切れがちに響いた。
うっすらと涙に濡れた目を開ければ、眦に口付けられる。
カースの手の中でフレッグは、なされるがままだった。
結合部から漏れる濡れた音が、最初の頃よりはるかにスムーズになって、僅かでもあった痛みももうない。
二人の間で揺れるフレッグの雄は、限界まで張りつめていてて、だらりと先走りの液が腹に垂れる。それが抽挿に伴って、広く塗り広げられていた。その滑りが互いの腹に挟まれた雄を刺激する。
それは、妙なる快感をもたらして、全身がオコリのように震えた。
もう固く閉じた目の奥で、幾つもの光が瞬いてる。
じくじくと疼くような快感が、最後の解放を求めていた。
その解放を無意識のうちに堪えようとしたフレッグだったが、それでも限界はやってくる。
「うっ……やあっ、もっイかせてっ!」
咄嗟に口走ったのは懇願だ。
「我慢なんかすんなって言ってるだろ?」
自ら我慢を強いていることを忘れているフレッグにカースが笑う。
それすらも気付かないフレッグは解放のために快感を集めるのに必死だ。
「やあっ、もっとっ!」
「ったく、確かに出血大サービスだな……っ」
普段は絶対に聞けない甘いおねだり。
そんな可愛い声にカースもさっきから煽られっぱなしだ。
「ほら、イケっ!」
ぐんと力強く、たが的確にカースはフレッグのいい所を突き上げた。
「あ、ああぁっ!」
部屋に響くほどの嬌声がフレッグの喉を震わせた。
同時に、カースも喉の奥を鋭く鳴らす。
互の体が小刻みに震えて、たらりと白い液が二人の腹を汚した。
「あっ……かあす……」
息を荒げたままのフレッグが小さくカースを呼んだ。
「フレッグ……最高……」
カースの手がフレッグの背に回され、ぎゅっと汗ばんだ体で握りしめられた。途端に湧き起こるのは、カースの汗の匂いが混じった体臭だ。
懐かしい。
ぼんやりとした意識が戻ってきて、フレッグはカースの匂いを堪能するように鼻を鳴らした。
「何だ、匂うか? ……まあ、汗まみれだし」
くんとカースが自分の二の腕の匂いを嗅いだ。
それにフレッグは首を振って、鼻先をその腕に押しつけた。
「イヤじゃない……」
「そうか? お前の方がよっぽどいい匂いだ。幾らでも食べたくなるような……甘い匂いだな」
「……そりゃ、仕事場がそんな匂いで充満してるし」
「違うよ、お前の匂いだ、甘くて……」
かぷっと噛み付かれて、なのにくすぐったさだけがフレッグを襲う。
「おい……」
「腹減ったな……」
柔らかく噛んだまま、舌先で肌を舐められて、フレッグの肌が粟立った。
「おいっ!」
「判ってる……お前の匂いだけで我慢するとするか……」
自嘲が露わな声音に胡乱な視線を向けたけれど、カースはぎゅっと抱きしめ、肩口に顔を埋めただけでそれ以上は何もしてこなかった。
「……カース……」
だけど、居心地が悪い。
カースがあの程度で満足しないことは長い付き合いでよく知っているのだ。
だが、身動ぐフレッグにカースが優しく囁く。
「ほら、もう寝ろ。明日は早いんだろ?」
「ああ」
カースの手がやんわりと刺激しないようにフレッグの髪を梳く。
その優しさに戸惑いながらも、それでも込み上げる嬉しさに目を閉じる。
カースが優しい。
こんな事が単純に嬉しい。
だからだろうか?
絶対に自分からは言わないでおこうとした言葉が、我慢できなくて。
「明日はさっさと帰ってこいよ、どうせ、本部への報告がまだなんだろう?」
それが済んだら……。
と、もごもごと口の中で呟く。
「……何、明日は帰還パーティでもしてくれるのか?」
ほんの少し間。
だがすぐに続いた揶揄を含んだ声音。しかし、体を起こしたカースが意味ありげな視線をキッチンに送ったのに気が付いて、フレッグは慌てて目を伏せた。
「そうだな……ケーキも、あるし、ぱあっとしてみるか……」
カースは誤魔化そうとしてくれている。けれどフレッグ自身は誤魔化そうとしても、そんな拙い言葉しか出てこない。しかもその拙さが身に染みて判っているから、余計に視線が合わせられない。
耳まで真っ赤になったフレッグの額に、カースがそっと口付けてきた。
つい視線をあげて伺ってしまった目が酷く優しげで、込み上げる羞恥は最大級だ。自身が制御できない。
ドキドキと高鳴り続ける鼓動は、密着した肌からカースにも伝わっている筈だから、落ち着けと焦りばかりが生まれてくる。
そんな右往左往している自身が変だと、そんなことまで考えて。
気が付けば、自分が何を話そうとしているのか、フレッグの頭の中は真っ白だった。
落ち着けっと、何度も自分を叱咤する。
「そりゃ、速攻で帰って来るさ。ついでにお前もあさっては休みを取りな?」
それは無理だ、と、反射的に言いかけて、フレッグは寸前で留まった。
イヤだというのは容易い。
けれど。
そっと見上げる先で、ふざけた様子が嘘のように懇願を露わにしているカースがいる。
普段はメチャクチャ強引な男が、フレッグの言葉を子供のように不安に満ちた表情で待っている。
それに気付いて、混乱した頭も少しだけ落ち着いた。
はあっと大きく息をして、緊張した体に新鮮な酸素を送り込む。
そして。
「どうせ動けなくなるんだから……それもいいかもな」
半ば諦めたようなふりをすることを忘れずに、どうでもいいことだと返した。
その態度に、少なくとも声だけは平静を保てたと思ったフレッグは、ようやく一息ついたのだけど。
「何年かぶりかの──最高のバレンタインデーだな」
似合わないほどの甘く情欲に満ちた声。
途端に背筋を這い上がったか快感に、フレッグは漏れそうになった声を必死で飲み込む。
何で? とガキのように欲情してしまった自分が信じられなくて、呆然としているフレッグから、甘く切ないため息が離れていく。
疲れて心地よい解放感に眠気すら催していたはずなのに。
一度達けば十分だと思っていたのに。
カースの何気ない一言に煽られて火の点いた体は、眠気などどこにいったのかというほどに元気になっていて。
「おやすみ」
珍しい程優しい声音で大人しく眠りにつこうとするカースが、とにかく苛立たしい。
けれど、だからと言って自分から誘うわけにもいかないから。
「ああ」
と、何とか言葉を返した。
しかも、疲れているというカースの言葉は嘘ではなかったらしく、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
だがフレッグの方は暖かい温もりがすぐ傍にあるせいで、疼いている体が簡単に収まらない。
何度も押し殺したため息を吐いたフレッグが眠れたのは、予定より1時間以上も遅くのことだった。
【了】