【鬼窟(きくつ)】

【鬼窟(きくつ)】

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 貴樹はマジメだ。
 大学時代の彼を知る者は皆そう言うだろう。
 講義の時間が遅くても朝きちんと起きて大学に行く。空いている時間は、研究室にこもってひたすら論文を読んでいるか、図書館で調べているか。
 率先して何かをこなしたり積極的に発言するということはないし、人付き合いも悪い。時々ふらりと姿を消して連絡が取れなくなるのも問題だった。
 だが、悪いのはその程度だ。
 講義中の態度も良く、論文のできも良いから、教授の覚えもめでたい方だった。
 大学が終わると、貴樹はアルバイトに行く。
 毎日何かしらのバイトをしていて、生活費はすべてそれでまかなえるほどだ。遊びに行くこともないので余裕があるほどなのに、貴樹は減らすことなどしなかった。
 そんな生活を二回生の終わりから修士課程を卒業するまで四年間、続けていた。
 そんなマジメな貴樹だから、誰もが良いところに就職できるだろうと思ったけれど、結局就職しないままに卒業していった。


 貴樹が三年の春に引っ越した先は、音大の生徒を当て込んで備えた防音施設が完璧だという他は、良いところなど何も無いところだった。
 人通りの少ない道の奥まった場所にあるうえに、近隣の大学からも遠いし周りの治安も悪いという最悪の立地条件。
 さらに、人気が無いからと家賃を下げて、入居条件を緩くしていった結果、住人達は何をしているか判らないようなものばかりだった。
 本当は、前の部屋でずっと暮らしていたかったのだ。
 何も知らなかった頃から生活していた場所で、ずっとずっと。
 就職だってしたかった。友人達が、四苦八苦して内定を貰うさまを見て、表面上は無関心を装っていたけれど、本当は羨ましくて仕方がなかった。
 皆と同じように、働きたかった。
 けれど、会社のようなストレス社会にいれば、貴樹の体は今よりもっと発情しやすくなってしまう。
 ここのところ、貴樹は前より増して発情しやすくなっていた。
 大学にいる頃は、月曜から金曜までは男達を受け入れなくても良かったけれど。月日が経つにつれて、一週間保たなくなっていた。
 理性だけではどうしようもなくなった時、昼日中であろうと貴樹は力の入らなくなった指先で携帯を操作し、男達を呼ぶ。
 そうするしか、熱を冷ます方法がないのだと、もう判っていた。
 貴樹の携帯に登録されているアドレスの一つは、メーリングリストのものだ。送れば、登録されているメールアドレスにいっせい送信される。
 その時、誰が応答するか判らないが、それでもかまわなかった。どんな目に遭おうとこの熱が治まるのであれば、それで良かった。
 集まるだけ集まった男達を、貴樹は淫らに誘う。
 大学のトイレで。
 バイト先の倉庫の裏で。
 拾われた車の中で、寂れた公園の奥で。
 一度男を受け入れ始めると、もう止まらない。
 明るい陽光の下であろうとなんだろうと、時間を忘れて、性欲のままに腰を振りたくり受け入れる。
 それは、動物と同じ──否、動物ならばそんな乱暴なセックスはしない。
 知能があるが故に手が付けられないほどに強欲な人々が、一つの体に群がり、己の性欲のみを満たそうとする。
 それでも、貴樹の体は悦んだ。
 心の奥底で理性は泣き喚きながらも、けれどその悲痛にすら欲情して、男達に犯される。
 乾いた絶頂を何度も繰り返したあげくの射精でしか満足できない体を冷ますために。
 『性欲の虜が吐き出す精液』をたくさん貰うために。
 ──何をしても良いから。
 ──腹の中にザーメンをください。たくさんください。
 懇願を繰り返し、男達に言いようにされるのを甘受してきた。
 それは今も続いている。
 それだけでなく、最初の頃より激しく、間隔も短くなっていた。


 ぐちゅぐちゅと、狭い室内に水音に荒い呼吸が響く。
 すすり泣きの中に、幾度も甲高い悲鳴が混じっていた。
 すえた臭いがする部屋は、暖房器具などついていないのに、人いきれと熱気で熱いくらいだ。
 狭い部屋にはベッドは置けなくて、いつも布団を敷きっぱなしだった。その上に仰向けにされた貴樹は、天井の角に取り付けられた杭に結びつけられた紐によって、足を限界まで割り広げられていた。
 紐は短く、足を下ろすことはできない。
 暴れるたびに紐で足首が擦れ、青黒い内出血の上に血まで滲んでいた。
 その股間に陣取っているのは体格の良い壮年の男だ。周りにも五人の男達がそれぞれにくつろいでいる。すでに何回も射精をした男達のペニスは、萎えてしまっていた。
 股間にいる男の手の太いバイブは、さっきから最大出力で振動している。
 しかもただ太いだけのバイブではない。
 中に入っている亀頭を型どったところは、大きくエラが張り出しており、ゴツゴツとした突起が無数にあった。それらが肉壁を絡ませながら回転し、前立腺を叩き続けるのだ。
 快感と同時に苦痛をも与えるための道具は、絶頂は迎えられるけれど満足などしない貴樹をいつまでも苦しめる。
「ひぃっ、ぁ゛ゃあ゛ぁぁっ」
「どうした、こんなのにもよがるのか」
「あっ、い、いたぁっ、ひぎゃぁっ」
 貴樹の股間では、暴れるたびにペニスが自らの腹を叩いている。
 先端から粘る淫液を吐き出し、血管を浮き立たせたそれは普通の男ならば限界だ。けれど、激しい射精衝動はあるのに、達けないのだ。
 貴樹が射精できないのは周知の事実で、それが判っていて、男達は徹底的に貴樹を苛む。
 一番感じる前立腺を叩きつけるほど激しく嬲り、摘まれるだけで全身が痺れる乳首をひねりつぶし、口や尿道を広げ切って粘液を擦りまくり、穴という穴を刺激し尽くす。
 その全てが射精衝動に結びつくと判っていて、なお。
 熱で浮かされきった頭で朦朧としてる貴樹を苛みながら、問いかける。
『どうして欲しい?』
『もっと、もっと欲しい』
 そう言うしかない貴樹をさらに犯すために。
 貴樹もそれを甘受する。
 精液を貰えるなら何でも良かった。
 そうやって精液をたくさん貰えれば、体の熱は冷めていくのだから。
 実際、昨夜からの淫行の間に注がれた精液のおかげで、一度は体の熱は下がったのだ。
 なのに。
 今回の男達は行為を止めなかった。
 明け方に、男達は汚濁まみれの貴樹を放置して去っていった後、しばらくして再び戻ってきたのだ。
 もう満足しているはずなのに、よほど暇なのか、貴樹を苛むための道具をたくさん携えて遊び尽くすことにしたらしい。
 極太バイブを乱暴に動かす男が、ひっひっ、とイヤらしく嗤う。
 苦痛と快感に身悶えながらも貴樹の両手は他の男達のペニスに伸びて扱いていた。後の二人は壁にもたれてビールを飲み干していた。
 昨夜から何回も射精している彼らのペニスは、柔らかい。少々の刺激では勃起すらしないそれを、貴樹はアナル以外の場所で満足させるまで射精させろと言われていた。
 そうやって出た精液は、貴樹の肌を淫らに彩り、残りはもう湿けてしまった敷布団に吸い込まれていた。
「あ、あっ、達って──っ、ひくっ」
 口で、手で、指で、舌で。
 動くところ全てを使って、彼らを何度も達かせたけれど、彼らはせせら笑ってまだだと次を促した。
 彼らがもう何度射精しているのか貴樹には判らない。
 生活している間にわだかまり続けた欲望は、昨夜の行為で一度は落ち着いていたのだ。けれど、度を超えた行為は再び貴樹の体の情欲を高め、脳を快感で麻痺させていく。
「達けねぇなあ、こんなんじゃあ」
「早く動かせ」
 決して怠けたい訳ではない。それよりも、もっと欲しい。たくさん、精液を注いで欲しい。
 だから、逆らうつもりなどないのだけど、疲れ切った指も腕もきちと動いてくれないのだ。
「あ、ああ……ひっ」
 焦れったいほどに動かない五指が悔しくて、涙を零した。
 唇を食いしばり、つたなく指を動かそうとする。
 ところが、懸命の努力はアナルからの刺激に、一気に吹き飛ばされた。
 前立腺のすぐ上を、ごりごりと異物が擦り上げている。
 変化させた小刻みな振動と回転が新たな刺激となって、快感が全身で嵐のように荒れ狂った。
「あ、あっ、はぁ──っ」
 背筋を反らせ、白目を剥く。
 舌を出し、激しく喘いで、吸えない酸素を追い求めた。
 ひくひくと震え続けるペニスには、くっきりと血管が浮かび上がっていて、鈴口からは白濁混じりの粘液が四方八方に飛び散っていた。
 紐が軋むたびに、足首に新たな血が滲んだ。
 何度か下ろされた足は、またさっきひねり上げられた。
 急激な血流の回復に激しい痺れが起きている状態で動かされ、身もだえする様をさんざん嗤われながら、再び吊されたのだ。
「あぁぁ──っ、がっ! ひゃぁぁぁ」
 バイブから来る刺激を少しでも和らげようと、腰がぐいぐいと激しく踊る。
「ここも寂しそうだな」
 転がっていたパールローターが乳首に押しつけられた。
「ひゃあっあぁ」
 敏感な乳首には強すぎる振動が、意識を弾けさせる。
「あ、あぁぁっ、あぁぁぁぁぁっ」
 嬌声が止まらない。
 貴樹の体がびくびくと痙攣し、体力の限界を知らせている。射精できないと言っても、絶頂はもう何回も迎えているからだ。
「い、やあ……、もう、もうっ、達くぅっ」
 びくっびくっと大きく痙攣した。
 際限のない絶頂に、貴樹がだらりと口から舌をはみ出させた。虚ろに瞬いた瞳がすうっと焦点を無くす。
 バイブがずるりと抜け出た穴が、真っ赤に充血した肉をはみ出させていた。
 ボタボタと流れ落ちる貴樹自身の粘液は、ピンクに染まっていた。
「はは、さすがにぶっ倒れたか」
 気を失ってもまだ痙攣している貴樹に、男はさすがに肩を竦めた。
「達きまくって一昼夜だ。よく保つぜ」
 ごとっと重い音を立てるバイブの瘤は、小指の先より太い。ぬめる表面もまたピンクに染まっていた。
「でもよ、こうでもしねぇとこっちの身がもたねぇんだよな。ほら、お約束のザーメンだ。飲みな」
 苦笑を浮かべた男が、まだかろうじて勃起しているペニスを自分の手で擦りたてて、貴樹のアナルに突っ込んだ。
 微かに唸る貴樹をただの玩具か何かのように扱い、仕方なさそうに約束の精液を注いでいるのだ。
「へぇ、こんなぶっといの突っ込んでたっていうのに、まだ締め付けてくるぜ。気ぃ失っているのによ」
「ったく、ド淫乱ってのは恐ろしいねえ。こいつと契約していた何人かは、精も根も使い果たして、廃人になっているって噂だぜ……っん、と」
 ごつごつと乱暴に突き上げて、小さく唸るった男が、ずるりとペニスを引きずり出した。
 その拍子に、気を失ったままの貴樹の喉から、感極まった嘆息が漏れる。
「マジ好きもんだな。気ぃ失っても、感じてやがる……。で、その廃人って話は本当か?」
 次の男も義務的に突っ込み、前後運動を始めた。
「ん?、噂だけどよ。でも、最近姿を見せねぇやつらがいるだろ。それって廃人とまでいかないまでも、リタイヤした奴らが多いって話。それに、こいつ抱くと普通のヤツが抱けないって話もあるし」
 その言葉に、確かにと頷く。
 さっきまで熱気でいっぱいだった部屋に、どこか寒々しい空気が流れ始めていた。
「怖いねぇ、男の精を吸い尽くす化け物かよ、こいつは」
 一人が呟き、場の空気がさらに冷たくなった。
 しらけた空気の中、男達がおざなりに射精し、身支度を調える。
 全身を精液だらけにした貴樹のペニスは、未だに勃起したまま震えている。アナルがひくひくと物足りなさそうにひくついている。
 まだ足りねぇのか、と嘲笑いながら、男達は三々五々ドアから出て行った。
 実際足りていないのだとは露とも思っていなかったけれど。
 最後になった男が、小さな呟きを聞き取って、ぎくりと足を止めた。
 驚いて振り返った先で、貴樹がうわごとのように呟いている。
 その淫らに濡れた視線が、男を捉えていた。
「もっと……こんなんじゃ、足りない……、もっと……」
 実際、男達の枯れきった末のおざなりに注がれた精液では、貴樹の熱を冷ますことなどできないのだから。
 全身に散らばる乾いた精液では、もう、貴樹の熱を冷ますことはでききないのだから。
「ざ……めん……いれ、て……」
 男の目に、貴樹の瞳が赤く光ったように見えた。
 魅入られる。
 虜になる。
 ぞくりと背筋が震え、足ががくがくと震える。
「あ、あぁ……」
 艶やかな吐息が男を誘う。
 もう枯れ果てたと思っていたのに、股間がずくんと反応しかけた。
「ひ、ひぇ」
 やばい、と警告を発する心の声に体が従っていた。
 視線を剥ぎ取るようにきびすを返して、けつまずきながら、部屋から駆け出す。
 恐怖が、男を包んでいた。
 もう二度と相手にしない──そう思わせるほどの、恐怖だった。