戦神の継承 後編

戦神の継承 後編

空白

 レスタナがセイキに接する態度がジュネスのそれとは違うのがこの三週間ではっきりとわかってきた。何も判らないセイキにとって、レスタナこそが拠り所なのか、驚くほどレスタナの言うことには素直に従う。
 その従順な性格の故だろうか、レスタナはセイキを無理矢理抱くことはしなかった。まるで恋人どおしのように戯れる。
 それがはっきりと判るのが、レスタナとセイキのキスだった。
 二人はよくキスをしていた。
 レスタナは決してジュネスとはキスをしない。
 ジュネスにはそんなセイキの態度が歯がゆくてしようがなかった。
 彼は決してあんな男に従うような人間ではないような気がした。
 何の根拠も有るわけではない。

 だが、最初にも感じたセイキと自分が同類の人間??戦場を糧にしている独特の感覚がジュネスには感じられて仕方がなかった。
 それほどまでにセイキは気配を無意識の内に隠すし、何かが近づいているときの反応は素早かった。それはずっと訓練を受けて実戦を経験したことのあるジュネスをも凌駕していた。
 それなのに……。
 セイキはレスタナの言葉に従う。
 レスタナが命令すれば、ジュネスを強姦することすら厭わない。
 例えその後、ひどい自己嫌悪に陥り落ち込んでしまおうとも。
 ジュネスはセイキに痛め目を合わせられても、レスタナのように憎んだり出来なかった。その弱い瞳を見ていると気の毒にさえ思う。
 それはあまりにも彼から受ける感覚とかけ離れている瞳の力だったから。
 それにセイキは行為の後必ず放置されるジュネスに優しかった。
 謝りながら、ジュネスの後処理をする。シャワーで躰を綺麗にし、受けた傷の手当てもする。
 そんなセイキの態度から、決して好きでレスタナに従っている訳ではないと感じるのに……それでも決してレスタナに逆らわない。
 最初は、初めのうちに手荒い事をされたのだと思っていた。
 逃げだすと酷い事を受けると本人も言っていた。
 確かにそうなのだろう。しかし、あそこまで反抗しなくなるというのがどうしても信じられなかった。
 そして今日も、レスタナはセイキとともにやってきた。
 セイキはレスタナに言われるままにジュネスを押さえつけた。その力は、幾ら弱っているとはいえ、力に自信があるジュネスでさえどうしても外せないほど強い物だった。
 身動きがとれないジュネスにレスタナがヘッドセットを取り付ける。
 それは目と耳を完全に覆い映像を流す物だった。
 ビデオや映画などをそれを付けて聞くことによって、まるでその場にいるかのような臨場感溢れる体験をすることができる。
 しかし、今回ジュネスが見せられた映像は映画などではなかった。
 それは船での最後の日。
 催淫剤で狂わされたジュネスを監視カメラで取っていた映像しかも音声付き。
 ベッドや床に腰を押しつけて狂っている様。
 レスタナに欲情する様。
 そして次々現れる男達に腰を振ってよがってる姿。
 それをヘッドセットを使って強制的にジュネスに見聞きさせながら犯した。
 目前で男達が自分を犯す。それに腰を振って答える自分。
 それに合わせるかのようにレスタナが貫き、セイキが自らのモノを銜える。
 耳と目から強制的に流れ込まされた映像は、今まさにその状態に陥っているかのような錯覚を与え、ジュネスの精神をずたずたに引き裂くだけの力を持っていた。
「いやあ……あああ……」
 こぼれ落ちる涙をセイキが舐め取る。
 セイキはずっとジュネスの躰をその舌で愛撫し続けていた。
 四つん這いにされたジュネスを背後からレスタナが貫く。
 痛めつけられた心には理性はとうの昔にない。
「ああ……いいよお……んあ……」
 セイキからの刺激とレスタナの突き上げにジュネスはただ嬌声を上げるだけだった。
 

 レスタナが去った後、ジュネスはセイキに助け起こされシャワーを浴びた。
「死にたい……」
 ぽつりと漏らされた言葉にセイキの動きが止まる。
 三週間の間、なんとか耐えていたジュネスが、さすがに今日の責めで崩壊しかけていた。
 セイキは知らなかったが、ジュネスは今日の映像の行為を映された時に一度死にたくなっていたのだ。だが、それは自分がアレースの一員であること、この程度で根を上げてはなるものか、という思いで何とか正気を取り戻した。
 少なくともその時点では自分の心を取り戻した、筈だった。
 しかし、今日の責めはその苦悩を再燃させた。
 自分が狂っている姿が脳裏に焼き付いている。
「……もう嫌だ……」
 ぐったりとセイキの躰にもたれかかるジュネスをセイキはそっと抱きしめた。
「あんたはこんな事で負ける奴じゃないだろう」
 耳元で囁かれるその言葉にジュネスは虚ろな視線を向ける。
 セイキはそれ以上何も言わずにジュネスの躰を洗い終えると、バスローブを着せベッドへと運んだ。
 優しくベッドに降ろされる。
「ジュネス、今日はもうゆっくり休むんだ。何もかも忘れることは出来ないかもしれないが、それでも精神を落ち着かせること位はできる」
 子供に言い聞かせるように、ゆっくりで静かな言葉にジュネスは思わずその手を伸ばした。
 触れた服を掴む。
「セイキは、死にたいとは思わなかったのか?」
 ここまで激しい行為はなかったのかも知れない。それでも、レスタナの行為は激しかった筈で……。
「……」
 セイキは躊躇いを含んだ視線をジュネスに向けていたが、ふっとそれを外した。
「死にたい……と思っても……いつも、こんな所で死んではならないんだっていう思いが沸き起こる。何も記憶がないのに、その思いだけは強くいつも表に出てきて……それにレスタナに逆らう気が起きないから、なすがままにされていたら、最近は割と優しかったし……」
 死んではならない。
 何故だろう。
 その言葉がジュネスの心の中を再び占めていく。
「死んではならない……」
 前の時もそうだった。
 死にたいと思うと死んではならないという思いが沸き起こる。
 だからね死ねなかった。
 だから……生きるために精神を取り戻した。
 戦う心を。
 だが、従う心を選んだのがセイキ。
 なぜだかそう思った。
 そう思った途端、ジュネスはセイキのシャツを掴んだ手を引っ張った。
 それは強い力ではなかったけど、セイキはそれに引っ張られるように上半身をジュネスに委ねた。
 セイキの唇がジュネスの唇に重なる。
 どうしてそんな事をしようとおもったのか判らない。
 だけど、自然に躰は動いていた。
 死んではならない、なら、生きるための糧が欲しかった。
 セイキの口内を貪り食うように舌を動かし、絡める。それに応えるように動くセイキの喉から微かな喘ぎが漏れた。
 その声が疲れた精神を和ませる。
 うっとりと酔いしれるような感覚に身を委ね、ジュネスはすうっと意識を手放した。

 動いていた舌がゆっくりと静止し、規則正しい呼吸音が耳に届いた頃、セイキはそっと躰を起こした。
 ベッドの横に跪いたまま、その手でジュネスの前髪を掻き上げる。
 一ヶ月放置されていた髪は、目を覆うまでに伸びていた。
「ごめん……」
 呟く言葉は掠れていて、辛そうな表情が浮かんでいた。
 ジュネスを傷つける行為はしたくなかった。
 だが、レスタナには逆らえない。
 なぜだか判らない。
 彼に抱かれるのは嫌だった。決して自ら欲しいとは思わなかった。なのに、レスタナに求められると逆らえない自分がいた。
 何日も逢えないと、来てくれるのを焦がれている自分に気付き、自己嫌悪に陥る。抱いて欲しいわけではない。
 ただ寂しいと心が訴える。
 そしてそれはまた、セイキの心をさいなむ。
 レスタナは敵だ。
 オレはレスタナのおもちゃに過ぎない。
 そう訴える心があった。
 なのに……。
「セイキ……」
 ジュネスの口から漏れた言葉にセイキは息を飲んだ。だが、起きている気配はなさそうだった。
「ジュネス……」
 初めて逢った時から、自分と同じ物を感じていた。
 彼は自分と同じだ。
 そう思った。
 根拠はない。
 ただ、そう思った。
 彼の茜色の髪が何かを連想させる。そのやや暗い赤色……茜色。それが何かを思い出したくて、いつも追っていた。
 それを思い出せば全てが思い出せそうで……。
 思い出せない事が苦しい。
 それが何かを。
 寝ているジュネスの茜色の髪を一房掌に載せる。
 この色……。
 どこかでこの色を見た。
 だけど、どこで……。


 一週間ほど出かけるからな。
 さんざんジュネスを翻弄させた後、レスタナは二人にそう告げた。
 ジュネスは行為の後の気怠い躰を起こした。
「海賊行為でもするのかよ」
 叫び続けて掠れた声。
 そのジュネスの躰に散らばる赤い痣は噛み傷すらあって、その痛々しさに、セイキは彼から目を背けた。
 だが、無頓着にジュネスはベッドに座り直す。せいぜい僅かに顔をしかめた位だ。
 先日「死にたい」と漏らした次の日から再びジュネスの態度は元に戻っていった。
 その回復の早さにレスタナが呆れたくらいだった。
 ジュネスの心の強さはどこから来るのだろうとセイキに漏らしたくらいだから。
 ジュネスにしてみれば、どうしたって生きていなければいけないのなら生きていけるその間、耐えていくしかないと割り切るしかないのだ。
 だからといってレスタナに屈するつもりはなく、結果、この態度になる。
「そうだ」
 短い返答にジュネスはじろりと睨む。
「オリンポスの艦隊に捕まれば良いんだ」
 ぽつりと漏らす言葉は剣呑で、怒りを含んでいる。
「オレが捕まったらお前達はどうなるだろうな」
 ジュネスの言葉尻を捕まえて、にやにやしながらレスタナは問い返した。
 どうなる?
 セイキの顔が強ばった。
 ジュネスも息を飲む。
「オレが捕まったら、お前らは他の幹部のモノだな。拷問されて、廃人になるか殺されるか……薬漬けにされて奴隷として売られるか……」
 残酷な言葉にジュネスが顔をしかめた。
「お前はなんでそうしない?」
「言ったろう、記憶が欲しい。記憶さえ手に入れば、そうしようとは思うがな」
 にやにやと笑いながら言うその言葉は本気とも冗談ともつかない。
 記憶が欲しいと言う割には、レスタナはそういう調査は未だに行っていなかった。
 ひたすらジュネスを陵辱するだけだった。
 その疑問をぶつけると、レスタナはこともなげに言う。
「調べている。お前が快楽に狂っている間中お前の脳波を感知させている。そのパターンを解析させているところだ」
「何で!」
「そういう時の心ってのは本音が覗くからな。脳波パターンも例外ではないらしい。感情的な部分を調査するって言うんで、お前をよがらしているんだが。オレは専門家ではないんでよく判らないが……」
「……調査目的だけではないんだろ。今までの行為は……」
 にやりと嗤うレスタナは答えない。
 ジュネスはため息をつくとふいっとそっぽを向いた。
 セイキはそんな二人を見ていて妙な違和感に捕らわれていた。
 ジュネスの茜色の髪が視野に大きく広がっていく。
 これは、一体……。
 今までもジュネスの髪に視線が捕らわれることはあった。
 しかし、今日はそれが酷い。
「さて、そろそろ行くか。おとなしくしているんだな。帰ったらたっぷり可愛がってやるから」
「帰ってくるな」
 その憎々しげな台詞をレスタナは鼻先で嗤って部屋を出ていった。

 ジュネスはレスタナが去っていったドアをひとしきり睨みつけた後、ふとセイキに視線を向けた。
 いつもならレスタナが去るとジュネスの世話を焼くセイキ。
 だが、今日は動こうとしない。
「セイキ……」
 その瞳が虚ろで、焦点が合っていないのを見て取ったジュネスは狼狽えた。
 こんなセイキを見たのは初めてだった。
 力のない瞳はいつものことだった。
 だが、こんな何も見ていない状態とは……。
「セイキっ!」
 強い口調で呼びかけて、ようやくセイキの焦点があった。
「どうしたんだ?」
「ああ、いや、何でもないんだ。ちょっと疲れた……」
「じゃあ、もう部屋に戻れよ。レスタナも行ってしまったし……」
 心配そうなジュネスをセイキはじっと見つめていた。
 あまりに真剣な瞳にジュネスはたじろぐ。
 これは、誰だ?
 今までのセイキではないように見えた。
 こいつは……誰だ?。
「おい」
「その色……ずっと思っていた。どこかで見た色……」
「髪の色か?」
 セイキの手がジュネスの髪に触れる。
「思い出しそうで思い出せない……。だけど……」
 真剣なセイキの表情にジュネスはされるがままになっていた。
「ジュネス」
「何?」
「お前の身近にその色があるか?」
 妙に力の入った言葉にジュネスは思わず応えた。
「オレの髪は、アレースの象徴色と同じなんだ。同じ茜色」
 ずっと言われてきた。
 ジュネス自身がアレースの象徴みたいだな、と。
 ずっと。
「アレース……茜色」
「セイキ?」
 眉をしかめて何か考え込んでいるセイキ。
「ジュネス……ジュネス……アレース……」
「どうしたんだよ、一体?」
 ジュネスの言葉は耳に入っていないようでずっと同じ言葉を繰り返す。
「セイキってば!」
 強く肩を揺すると、ようやくセイキは視線をジュネスに向けた。
「ジュネス……ごめん、オレどうかしてるな……シャワーを浴びるか?」
 我に返ったようなセイキの言葉がいきなり現実的になってジュネスは狼狽えた。
 一体何なんだ?
「なんか、セイキ疲れているみたいだから、オレ一人で入るよ」
「大丈夫だよ。もう、ね」
 その言葉が有無を言わせぬほど強くて、否とは言えなかった。
 ここにいるは誰だ?
 セイキはジュネスを両腕に抱えてバスルームへと入っていった。
 バスルームでシャワーを浴びながら、セイキはぽつりと言った。
「ここに盗聴器がないからな」
 言われて目を見張る。
「どうして?」
 今までそんなこと言ったことはなかった。部屋に盗聴器が仕掛けているであろ事は用意に憶測はついていたが……。
「思い出したんだ」
「?」
 言われた意味が分からない、と言ったふうにジュネスは首を傾げた。
「茜色はアレースの象徴色。ジュネス・コントラード大尉の茜色の髪は結構有名だったよ」
「あ……」
 言われた意味にやっと気付いた。
 セイキはにやりと嗤うと自分の左耳にはまっていたピアスを一つ外し、ジュネスの右耳に取り付けた。
 長い間何もつけずに放置されていたそこは穴がふさがりかけていた。だが、セイキは構わずそれを突き刺す。
「って!」
 ジュネスは微かに身を捩ったが、セイキは意に介さず留め具をはめた。
 とそれまで暗赤色だったピアスの色が鮮紅色に変化した。
「やっぱりあんたのだ。たぶんこれだなと思ったんだ。似合う」
 そういうセイキを見、そしてそっと右耳に手を当てる。
「これは……」
「ずっと誰かに渡さなければならない、そう思っていた。やっと思い出した。それはあんたの物だったんだ」
 つけた途端に、今までどこか鈍かった頭が急にさえ渡ったような気がした。
 自分が本当は何者か、これが何なのか、すべてが理解できる。
 そして、なぜ自分がここにいるのかも。
 自分がなすべき事が全て思い出された。
 これは仕組まれていたこと。
 一つ目の記憶消去は、旅行に出る前から施されていた。
 二つ目の記憶消去は、必然的に発生した。
 そして記憶復活のピアスはここにあった。
 すべての記憶が復活した。
 『メモリーガード』
 そのピアスの名前も。
「オレは、4つのピアスを持っていた。それはその中の一つだ」
 つまり4人のメモリを預かっていたということになる。今でもセイキの右耳には2つのピアス、左には1つのピアスが残っている。どれも微妙に色が違い、しかも暗い色をしていた。それは、すなわちそれが彼の持ち物でないことを表している。
 あらかじめ決められたストーリーがジュネスに脳裏に浮かんできた。
 すべてが仕組まれていたこと。
 ジュネスはその中の駒の一つ。
「あんたのは?」
「ない」
 だが、今までの彼とは表情が違っていた。
 目に光がある。
「オレは、深層催眠だったんだ。ピアスではなく、時が来たら復活するように……」
 時、人、場所……すべてが揃ったとき始めて復活できる。
 しかし、それには念密に練られた計画が必要なはずだ。
 すべての偶然すらをも計画の手の中に入れることが出来る存在……
「あいかわらずアテナは凄いな」
 第二艦隊 プロノイア・アテナ(先見の女神)を率いる総司令官は、オリンポス全ての参謀指令官でもあった。
 知恵の女神を冠する艦隊は、知略を尽くした戦いを得意とする。故に、そのメンバーは戦略・戦術に長けている者が多い。
 こういう計画を立てるときはたいていアテナの誰かが存在していた。
 ぽつりと漏らした言葉にセイキは頷いた。
「これはすべてが仕組まれていたこと。そしてオレ達はここから脱出しなければ死ぬしかない」
 セイキがジュネスの目を見つめた。
「もうすぐみんながやってくる。このままここにいては、砲撃の餌食になるだけだ。それにしなければならないことがある」
「わかっている。オレはそのためにここに来ているのだから」
 戸惑いはもうなかった。
 今やらなければならないことを最善を尽くして行え。
 骨の髄まで叩き込まれた教育結果が、ジュネスを奮い立たせる。
 何もしなければ死ぬ、そんな事はやりたくもなかった。
誤算

 この作戦は本来もっと前に終わっていなければならなかったものだった。
 かかって2ヶ月の予定だった。
「最初の問題は、セイキのセンシング・ウォッチが壊れたことか」
 唯一、最大の問題点とされていたただ一つの重要なキーファクターが、最初の段階で壊れた。
 二人が身につけているはずだったセンシング・ウォッチは、時計兼通信機兼発信器その他諸々の機能を併せ持つ、多機能ユニットだ。そして、取り上げられるのは目に見えていた。
 壊れなければよかったのだ。
 それがそこにあるだけで。
 そうすれば、セイキが生きていることもそのウォッチが有る場所も、オリンポスには特定できたのだから。
 軍事国家であるオリンポスは、そのための技術力が格段に進歩していた。ピアスのメモリーガードシステムも、センシング・ウオッチもその過程で開発された物に過ぎない。
 全てが勝つための技術だった。
 センシング・ウォッチはそう簡単に壊れる物ではなかったし、その構造が敵に解明される恐れも少なかった物なのだが。
 ところが、セイキが潜り込むために人為的に起こされた事故は予想以上の被害を及ぼし、セイキのセンシング・ウォッチは壊れてしまった。また、彼をサポートする筈だった乗員はその事故で死んでしまった。
 そして、複数用意されていた筈のセンシング・ウォッチの代替品は見つけられることなく宇宙船とともに爆発した。
 二重三重に用意されていた仕掛けがあっさりと崩れていった。
 これが第一の問題点。
「そして、オレは完全にレスタナの支配下に置かれた」
 それが第二の問題点。
 彼の生死が全く確認できなかった。
 その状態で第二の実行者を送り込むことは、危険であった。
 なぜなら今度の実行者は、軍人である事を隠せないことが判っていたから。
 軍人であるジュネスを無事海賊の基地に潜り込ませる事は、前の潜行者と共通点がある事が必要だった。
 それがセンシング・ウォッチ。
 オリンポスの名とその装備品。
 それと同じ物を持っている前の潜行者との結びつき。
 それを疑えば海賊はジュネスを基地に連れて行くであろう。
 大雑把に言えば、そういう計画だった。
 だが、実際は微細に至るまで決められたことがあった。
 それを覚えるのに睡眠学習までして3日かかったのだ。
 ジュネスは、ため息をついた。
 そして、その計画はレスタナの性癖以外は見事なまでに的中していた。
 性格は把握していた。しかし、性癖までは……。
 その結果、完全にセイキの気配が海賊基地の場所から消えた。
 そのまま半年が過ぎた。
 その間にオリンポスは、情報網をフルに使ってセイキの存在を探した。
 生きていれば良いのだ。
 海賊の誰に捕まっているかでも良いのだ。
 その情報をつかむまで半年かかった。
 最高幹部の一人 レスタナの元にいるのがセイキだと判った。
 そのために幾人の海賊達を捕らえ尋問しただろう。
 半年……長い間待った。
「そしてオレが作戦を開始した」
 グリーンフィードが定期的に銀行の貴金属を運んでいるのは情報として入っていた。レスタナが動きそうな気配をひたすら探り、あいつが出張ってくるのを待てばよい。
 そのタイミングでジュネスの作戦に関する記憶が消され、旅行に出かける。
 グリーンフィードに乗り込んでいた一般の乗客は少ない。
 ほとんどが警備員だった。
 それでも少なくない被害は、目を瞑られる。
 遺族達は、一般の定期船に海賊に狙われそうな物を積んでいた定期航路の会社と銀行を責めるだろう。
 間に合わなかったオリンポスや他の警備隊を責めるだろう。
 それでも実行されなければならなかった作戦。
 生きたままジュネスが海賊基地に連れて行かれるために、深層意識の中に刷り込まれた作戦通りに、ジュネスは敵の前に姿を現した。あの男の行動は予定外だったが、作戦に予定外は付き物だ。
 もし失敗したとしても、次の実行者が作戦を遂行するだけのこと。
 あの船には後3人が乗り込んでいたはず。
 ジュネスが失敗していたら??死んでいたら、彼らの誰かが作成を引き継いでいただろう。
 だが結果として、こうしてセイキと逢えた。
 場所……海賊基地
 時 ……海賊基地に入ってから3週間後。これはオリンポスの艦隊の準備期間。
 場合……セイキとジュネスが出会うこと。
 この3つの要因が合致したとき、セイキの記憶が甦る。
 甦った記憶を持つセイキは、言う。
「まず、ゲージリングを外さないとな」
 にやりと嗤いその手首に視線を向ける。
「うっとおしくて仕方がない」
 そこには、先ほどまで海賊達に従順に従っていたセイキはいなかった。
 セイキ・ケイ・グリーンレイ
 オリンポスの戦闘規格において特Aランクを持つ男。
「そして、とっとと叩きつぶそう。こんな胸糞の悪いところ」
「そうだな。こんな馬鹿な作戦を立てた奴らのためにさっさと終わらそう」
 もとよりジュネスはこんな作戦は嫌いだった。
 誰かが犠牲になるのを前提にしているのだ。
 セイキを運んだパイロットは偶然だった。しかし、グリーンフィードの乗員達は……。
 だからこそジュネスは最初躊躇った。
 だが、引き受けた以上、実行しなければならない。
 それがもっとも被害を少なくする方法なのだから。
開始

 ジュネスはおもむろに自らの胸を飾っていたピアスに指をかけた。
「んっ」
 両側に軽く引っ張ると止めてあった金属の部品が弾け飛び、僅かな痛みとともにそれは外れた。
 もう片方も同じく外す。
「大丈夫か?」
「ああ、こんなモンいつまでもつけておく趣味はない」
 ジュネスは忌々しげにそれを見ると、床に放りだした。
「そろそろここを出て、作戦を開始しようかな」
 にっこりとセイキに話しかける。
「作戦は覚えてる?」
「もちろん。このために三日も睡眠学習かけて覚えたんだぞ」
「凄いな、オレは一週間かかった」
 セイキの感嘆の声に気分がいい。
 ついでに、もう少し尊敬して貰いたいから。
 お互い服を整えてから、セイキに呼びかける。
 戻った記憶ついでに思い出した力の使い方を見せてやる。
「ちょい、足出して」
 セイキが素直に出した足首のゲージリングに手をかける。
 呼吸を整え、神経を集中する。
「んっ!」
 力が込められ、僅かな筋肉の震えがジュネスの両腕を伝う。
 ぴきっ! 
 微かな音がして、力の均衡が唐突に破られた。
 その音ににやりと笑うとジュネスはもう一度力を込める。
 ばきっ!!
 大きな音を立てて、ゲージリングが引き裂かれた。
「へえぇ!」
 セイキが呆気に取られて壊れたゲージリングを見つめていた。
「次」
 次々とセイキの残りのゲージリングを取り外すと、今度は自分の足を外していく。
「すっげー馬鹿力」
 なんだが馬鹿にされたような気がしてむっとセイキを睨んでいると、セイキが苦笑した。
「気にするな。褒めたんだ」
 褒められているような気がしない。
 昔から小さい癖に握力だけはクラス1……学年1だったもんなあ。ついでに訓練で強化したし……。
 ああ、もう、そういうことはどうでもいいんだが、問題が……。
「オレ、自分の右手のがうまく外せない」
 利き腕の手首のゲージリングに指をかけ力を込めるが、両手を使う程には力が入らない。
「貸してみ」
 セイキも手伝って再度力を込めた。
「くうっ」
 ぴきっ!
 音がした。
「もう少し!」
 セイキが真っ赤になって力を込める。
 バキッ!!
 粉々になるまでこわされたゲージリングが床に落ちた。弾けるように壊れたせいで、ジュネスの手首に傷をつけた。
「いてぇ……」
「大丈夫か?」
 言われてセイキと傷口を見比べる。
 なんだかオレってセイキに心配ばっかりされているようだ。
「大丈夫だよ」
 と、言っている側から切り傷から血がにじんできた。
 それを見た途端、セイキが傷口に口づけた。ぺろりと舌で舐める。
 さっきまでの行為を思い出し、ぞくりと痺れが走る。
「ばっか、やめろよ……」
 抗う力が思ったように入らない。
「消毒」
 ぺろりと舐めてから顔を上げたセイキがにたりと嗤う。
「ばかっ」
 赤くなり睨み付けるジュネスの頭をセイキがぽんと叩く。
「躰は大丈夫か?」
「なめるな。体力回復の法くらい訓練している」
 精神的に一時的に体力をアップさせる方法だ。
 一時的なのが問題だが、なんとかなるだろう。
「じゃあ、行くぞ」
 その言葉にジュネスは黙って頷いた。

 ゲージリングが壊れた事は警備兵の知ることになった。
 もちろんそんなことは承知の上だ。
 だからこそ、服を整えてから破壊したのだから。
 セイキが無造作に扉の壁に背を預け、無造作に立つ。
 ジュネスが反対側に立つ。
 と、同時ぐらいにドアが開いて警備兵が飛び込んできた。
 5人。
 計画通り。ばかな奴ら。
 にやりと笑うのと、最後尾の男にジュネスの蹴りが入るのとが同時だった。
 腰が今ひとつ本調子で無いので威力がないが、急所に入れば問題ない。
 ジュネスが一人倒す間に、セイキが残り4人を倒した。
「凄い」
 無駄のないセイキの動きは、見ていて惚れ惚れするような見事さだった。
「ほらよ」
 警備兵が持っていた銃や無線機などをセイキが放って寄こすのを受け取る。
「サンキュ」
 受け取った物を装備する。一通り確認してみるが使い方が分からないものはない。
「んじゃ、行きますかあ」
 どこか間の抜けたジュネスの言葉にセイキは笑って返した。
「死ぬなよ」
「もちろん」

 ジュネスとセイキの役割は、一言で言えるほど簡単なものだった。
 動力炉の停止。
 だが簡単な物ほど難しいのは世の常で……。
 ただ、レスタナの捕虜が逃げた事は他の幹部には伝わっていない。
 追いかけてくるのはレスタナの子分達だけで、しかも表だっては動けないようだ。
 海賊というのはだいたいにおいてライバル意識が強い。
 だから捕虜に逃げられるなんて不祥事は他の奴らにはそんなことは露にも漏らす筈がない。
 計画にはそういう所もきちんと盛り込まれていた。
 そして、この手のステーションの動力炉というのはだいたいにおいて決まっていた。
 これが地上の基地ではないことが二人で攻略できるポイントになっていた。宇宙ステーションはいろいろな制約があるため構造上何かと似通っていることが多いのだ。経験があれば、何がどこに配置されているかが想像でもかなりの確率で当たる。
 そして、ジュネスはそういう勘がよかったし、この宇宙ステーションも一般のモノとそう変わるところがなかった。
 といっても……。
 何も知らない連中とは言え、屈強な警備員がうろうろとしている。
「どうする?」
 セイキが聞いてくる。
「うーん」
 さすがにこんな細かいところまでの指示は受けていない。
「停止ってさあ、やっぱりコントロールルームでOFFにしないといけないんだろ。壊しちゃいけないんだよな」
 物騒な事をさらりと言うセイキに苦笑を向ける。
 壊したら、オレら事吹っ飛んでしまう可能性が大だ。
「通常の手段だと手間取るから、緊急停止させて、それ以上動作しないようにコントロールルームをぶっ壊す」
「オレ、そういうの苦手。警備員引き受けるから、ジュネスやりなよ」
 かちゃりと銃を握り直すセイキは、外を鋭い視線で窺っている。
 ははは。
 乾いた笑いをセイキに向けて、仕方なく頷く。
 ここまでくる間に、セイキが結構乱雑な所が判ってしまった。
 悪く言えば、行き当たりばったり……。
「じゃ、頼むわ」
 せいきは手を振ると、ふらりと出ていった。
 止める暇もない。
 次の瞬間、怒声と発射音が通路に響く。
「ふー」
 軽く一息つくと、ちらりと通路に顔を出す。
 嗅ぎたくもない焼けた臭いが充満している。
 とりあえず転がっているのがセイキでないことを確認すると、ジュネスは走り出した。

 コントロールルームはすぐに判った。
 中にいるのは3人。
 落ち着きがないのは侵入者の存在を知っているからだろう。しかし……。
 素人か……。
 たぶん単なる技術者で戦闘員ではない。
「となるとさっさとしないと……」
 すぐさまここに警備員の増援があるだろう。それまでにここを破壊しなければならない。
 ジュネスはドアを開けるために……破壊した。
 中に入ると、びびった3人が固まっている。
 ジュネスは三人に銃の先を向けると、にっこりと笑みを浮かべた。
「動かないでくださいね」
 びくりと3人がすくみ上がる。
 小柄で童顔なジュネスは睨んでも威圧しようとしても効き目がないことを知っていた。
 だから笑う。
 銃を向けられ笑われると、たいていの人間がびびってしまうことを経験上知っていたから。
 ジュネスはさっさとコントロールに向かうと、次々にスイッチを切っていった。
 その動作にはよどみがない。
 覚えた甲斐があったというものだ。
 ほくそ笑む。
 催眠学習で覚えた中に動力炉の機能停止方法もほぼすべての種類の操作方法が記憶にあった。
「これで、最後」
 一際大きな、メインのブレーカーを落とす。
 それまで甲高くなっていた動力炉の音がすうっと消えていった。
 同時に照明が暗くなり、警報装置がなり始めた。
 動力不足で緊急用のライン以外が停止を始めたのだ。
 すぐに補助動力が動くが、メインほどの出力は無い筈だ。
「あんたら出て行かないと……ここ、破壊するから」
 ちらりと視線を向けると、3人は慌てて出ていった。
 さて、どうやって破壊しよう……。
 といってもそう方法がある訳でもない。
 とりあえず、メインコントロール付近のパネルを力任せに引っ張った。
 ゲージリングよりは簡単に外れたそのパネルを後ろに放り投げる。
 むき出しになった中の配線に向かって、銃を集中的に発射した。
 小さな爆発音が立て続けに起こる。
 空隙部にそって火が回っていくの確認すると、ジュネスは口の端を上げて笑みを浮かべると部屋を出ていった。
「で、セイキはどこかなあ……」
 辺りを見渡す。
 と、殺気を感じて、慌ててそこから離れるように走り出す。
 発射音がいくつも重なり、足下や壁面に着弾痕が残る。
 振り返って反撃する暇もなく、走り続ける。
 頭の中におおまかな見取り図を思い浮かべ逃げる道を探すが、これといった場所が思いつかなかった。
 と。
 どーん
 激しい振動が襲い、立っていられなくて転がった。
「ってえ」
 慌てて立ち上がるが、次々と襲う地響きに立っていられない。
 照明がふっと消えた。
「今の内……」
 暗闇の中、壁に手をついて進んでいく。
 それにしても今の地響きは……。
 攻撃が始まったのか……。
 ジュネスは前進しながら、外の様子に思いをはせた。
 メイン動力炉が停止したことにより、一時的なエネルギー不足。それによるステーションの保護シールドの出力低下。
 それを逃さず、外で待機している艦隊からの集中砲火。
 そのためだけに、セイキは半年も前からここに侵入した。
 ステーションの正確な位置を確認するためだけに。ところがそれが上手くいかなくて……ここまで手間取ったのは否めない。
 セイキだけでは緻密な作戦が出来ないから、二人目が送り込まれる。
 一か八かの賭みたいな作戦は、それでも微に入り細に入り立てられている。
 失敗してはならないから。
 ジュネスは手の先に扉があることを確認し、その中に入った。
 覚えている限りでは、ここは倉庫だったはず。
 暗闇に僅かに光る非常灯のおかげで、違いないことを確認する。
 ふうっ
 ため息が漏れ、壁に背をついたままずりずりと座り込んだ。
 体力が持たない……。
 情けなかったが1ヶ月の監禁生活は思った以上に体力を奪っていた。
 ましてつい数時間前まで責め苛まれていた躰は既に悲鳴を上げている。
 せめて短期熟睡法をやる余裕があれば良かったんだが、その時間もないままに実行に移ってしまった。
 後は、連絡をとって……。
 セイキならきっと上手くしてくれるかなあ……。
 こういう他力本願みたいなのは嫌いなのだが、なんにせよ疲れた躰が思考すら奪う。
「とにかく、敵さえこなきゃ……」
 呟く言葉と同時に照明がついた。
 サブ動力からの供給が照明に回されたのか……。
 外の戦況がどこまでいっているのか想像でしか出来ないが、時折伝わる振動と瞬く照明が海賊側にある程度のダメージを与えているのが判る。
「よっと」
 かけ声をかけて立ち上がろうとした瞬間、左腕に激痛が走った。
「がっ!」
 どんと背中を壁に打ち付け、再びずりずりとずり落ちる。
 吹き出した血が腕を伝い床に流れ落ちるのを呆然と眺め、そして視線を上に向けた。
再会

「やはりスパイか。よくもまあたぶらかしてくれたものよ」
 もっとも遭いたくない奴が目の前にいた。
 驚きとここまで近づかれているのに気付かなかった自分の迂闊さにショックを受ける。
 レスタナは動けずにいたジュネスに近づくと、撃ち抜いた左腕を捻り上げた。
「ぐあっ」
 激しい痛みが起こり、ジュネスは意識を手放し欠けた。
 そうはいかない、という強い思いがかろうじて現実に引き留める。
「何をしたんだお前は」
「あんたが、欲しがっていた、記憶が戻ったんでね。実行に、移しただけだよ」
 痛みで言葉がとぎれる。
 言っても逆効果だろうなあとは思っが、言わずにはいられなかった。
 こいつにだけは捕まりたくなかったのに……。
 唇を噛み締める。
 セイキさえ無事なら……オレがこいつを止めていればいい……。
「セイキはどうした?あいつも記憶が戻ったのか?」
 ふとレスタナの表情が揺らいだのに気が付いた。
 だが、それは一瞬だけだった。
「セイキ?知らないな。今頃部屋で、寝てんじゃないの」
「嘘だろう」
 にやりと嗤うレスタナの表情は初めて遭った時のと一緒で、嫌な予感がした。
 そしてジュネスの嫌な予感はえてしてよく当たる。
「確か、最初の時もこうやってお前を捕まえたな。それからどうしたっけ?」
 にたりと笑うレスタナの意図を察して、ジュネスは逃げようとした。が、
「!」
 痛んだ腕を軸に躰を床に叩きつけられる。
 肩から落ち、骨がひしゃげる音がした。朦朧とする意識が、死の危険を知らせる。
 逃げろ。
 意識はそう告げるのだが、躰は動こうとしない。
「オリンポスというものは随分とひどい計画をたてるものだな」
 レスタナの声が遠くで聞こえる。
 虚ろな瞳のジュネスの顎を掴んで上に向かせ、レスタナは視線を合わせた。
「一切の記憶を消して、海賊の中に放り込んで……下手なやつらに捕まったら今頃ずたぼろにされて奴隷としてこき使われていたかも知れないぞ。死んだ方がマシというような扱いで……」
「そしたら……たすけ……るよ」
「どうやって?お前みたいに第二第三の記憶喪失者を送り込んでか?何故記憶を消す?そんなに大事な記憶なら、こんなところに放り込まなきゃ良いだろうが」
「大事だよ……オリンポスが……オリンポスである、ために……守らないと……」
 何でこんな奴に素直に答えているんだろう。
 どこかで警戒している自分がいるのに、それでも止まらない。
「計画が……失敗するなんて……思わない……」
「たいした忠誠心だな。それであんな目にあって、いまだって死ぬ直前にまで追いつめられて」
 その言葉にジュネスはにやりと嗤った。
「違う……忠誠、なんて……そんなもの……」
「ふん。そういえば、どうして記憶が戻った?」
 レスタナのなめるような視線がピアスに止まった。
「そのピアス……確か、セイキがしていたな。だが、色が違う」
 手を伸ばしたレスタナから逃れるように顔を動かす。
「触る、な……」
 だが、その抵抗もむなしく耳を掴まれる。
「これか……。このピアスに意味があるのか。このピアス……こんな小さなモノが記憶の消去と復活を助けるというのか?」
 驚嘆の声を聞きながら、ジュネスは下唇を噛み締めた。
「では、このピアスを外せば、どうなる?」
「さあね」
 内心の動揺を隠して、言葉を放つ。
「そうか。では外してみようか?」
 そう言うと、レスタナはジュネスの耳朶に銃を突きつけた。
「耳ごと吹っ飛ばすとどうなるんだ」
 ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「また記憶を無くした状態で、薬漬けにして、性奴隷にするのも面白いかもな」
 お前の躰は男にいいらしいから……。
 揶揄する言葉に目を固く瞑る。
 セイキ……。
 今どこにいるか判らないセイキに助けを求めてしまう。
 だけど、あいつは来ない。
 自分でどうにかしないと……あいつは来れない。
 セイキ……。
「その手を離せ」
 ここにいる筈のない声に、ジュネスの目が大きく見開かれた。
 レスタナが立ち上がり、振り返る。
 銃の先はジュネスに向いたままだ。
 その先にセイキを認め、顔を歪める。
「ずいぶんと表情豊かになったものだ。記憶が戻ったと言うことか」
 言葉が吐き捨てられるように言い放たれた。
 セイキは怒りを込めた視線をレスタナに向けていた。
 握られた銃がレスタナに向けられている。
「そんなにこいつが大事か?大事な任務を放りだして助けに来るほど……」
 痛んだ方の腕を引っ張られ、息を呑む。
 急な動きに肩から全身へ激痛が走っていた。
 苦痛に歪んだジュネスの顔をセイキは辛そうに見つめた。
「セ、イキ……行ってよ。オレの事は放って……」
 口から漏れる切れ切れの声にセイキは頭を振った。
 何で……行ってよ、早く。
 建物の振動はどんどん激しくなっていた。
 時折灯りが瞬く。電気経路の寸断が激しくなっている証拠だ。
 ジュネスは歯を食いしばり、立ち上がるべく足に力を込めた。
「セイキ!行けよっ!……そのために……ここにいるんだろっ!」
 空いた手でセイキを指さす。
 これは命令。
 だから……。
「行けっ!」
「黙れっ!!」
 その言葉とともに、レスタナはジュネスの腕に持っていた銃を叩き付けた。
 鈍い音が響く。
「ぐっ!!」
 声にならない悲鳴がジュネスの口元から漏れるのと、セイキが動いたのが同時だった。
 崩れ落ちるジュネスに引っ張られて体勢が崩れていたレスタナの反応が一瞬遅れた。
 セイキの銃からほとばしった光がレスタナの心臓を打ち抜く。
「セ……イ……キ……」
 レスタナの口から漏れた言葉がセイキを硬直させた。
 仰向けに倒れたレスタナの目がセイキを縛る。
「レスタナ……」
「お前に……やられる……のも……いい、かな……」
「レスタナ」
 絞り出すようなセイキの声。
 その目から涙が流れるのをジュネスは呆然と見つめていた。
「け……こう……気に入っていた……お前……」
「……」
 セイキはレスタナに近づき、その傍らに跪いた。
「オレはお前が憎い」
 そういうセイキの言葉は掠れていて、苦悩の表情が浮かんでいた。
「オリン……ポスは、生まれた……ときから……軍人だ、そうだな……がっ」
 レスタナの口から血の固まりが吹き出した。
 それがセイキの膝を染める。だか、セイキは身じろぎ一つしなかった。
「お前は……軍人以外の……みち……をすすみたく……はなかった、か……」
 ぴくりとセイキの肩が震えた。
「……オレはオリンポスが好きだから、オリンポスに居たいから、それ以外の道なんて考えたことがなかった……」
 セイキの言葉はそのままジュネスにも当てはまる。
 絶対の忠誠なんかくそ食らえ。
 オレ達をオリンポスに縛っているのはそんな物じゃない。オレ達はオリンポスが好きだから、大好きなオリンポスが軍隊だから軍人でいるのだから。
「そう……か……うらや……ましい、な……」
 それがレスタナの最期の言葉だった。
 うらやましい……?
 何が?
 レスタナの言葉の呪縛から解き放たれたかのように、セイキが立ち上がった。
「レスタナは両親ともに海賊だったと言っていた。生まれたときから周りが海賊で、海賊になるしか他に道がなかったと……」
 セイキの悲壮な表情がジュネスの胸を打つ。
 ふと。 
 「憎い」と「嫌い」は同義語だろうか?
 そんな事を思い、慌てて頭から追い出す。
 それでもセイキの目から落ちる涙の意味を考えてしまう。
 が、微かな動きで再び襲ってきた痛みに呻き声が漏らしてしまった。
「ジュネス!」
 セイキが慌てて近寄ってくる。
「だ、だいじょーぶ……」
 しかし、骨の折れた痛みと全身の傷の痛みで体中が動くことを放棄している。
 ジュネスはかろうじて躰を動かし、セイキの腕の中に倒れ込んだ。
「ご、ごめん……オレって足手まとい、だから……セイキ、早く行って……」
 地響きが激しくなり、壁の接合部からぱらぱらと破片が落ちてきて来る。
「ばか言えっ!お前を置いていけるか」
 セイキはジュネスを抱き締めて呻くように言い放つ。
「だって……」
「ばかやろー。もうオレは誰とも離れたくないんだ……判ってくれ」
 力のないセイキの言葉に先ほどのセイキの心が判ってしまったようで、ジュネスは痛みのせいではない涙が溢れ出る。
 悔しい、憎い。
 セイキを最期まで苦しめていったあいつが……。
 だけど……。
 ごめん、せいき。君に行って貰わないと駄目なんだ。
 だから心を鬼にする。
「命令だよ……。行って……みんなを助けて、迎え入れて……そして何もかも終わったら迎えに来て……。セイキは実行者だよ。アレースの隊員。だから行くんだ。ここで作戦を放棄すればもっと被害が広がるんだ。こんなこと繰り返すことは出来ないから。……だからね、行って」
 それは決して力のこもった言葉ではなかったけれど、命令は命令であった。
 オリンポスの人間にとって絶対のモノ。
「ジュネス……」
 苦痛に満ちたセイキの表情が戸惑いを浮かべ、そして次の瞬間何かを振り切ったように表情を変えた。
 振り切らなければならない時。
 仮にもセイキは任務を帯びてここに来ている。
 そして、ジュネス命令は正論であった。
「判った。ここに居てくれ。ここは他の所よりはマシなようだから。だけど、必ず迎えに来る。だから……」
「ああ、待っている。だから必ず、な」
 皆までセイキに言わせなかった。
 ジュネスはかろうじてその顔に笑みを浮かべる。
「じゃあ行って来るよ」
 立ち上がりかけ、ふっと動きが止まった。
 ジュネスの訝しげな視線にセイキは微かに微笑むと、ジュネスの唇に軽く口付けた。
「必ず、生きていてくれ」
 まるで遊びに行くかのように手を振ってドアから出ていく。
 一瞬その顔に心配そうな表情が浮かんではいたが、それでも笑ってセイキは出ていった。
 そしてドアが閉まる。
 途端、ジュネスの気が緩み激しい痛みが躰をさいなんだ。
「セ、イキ……無事で……」
 その言葉を最後にジュネスは意識を手放した。
 崩れ落ちるジュネスの目尻から涙が流れ落ちた。
救援

 セイキが格納庫についた時には、もう既にアレースの特攻部隊が侵入した後だった。
「隊長!」
 その中の見知った顔に呼びかける。
「セイキか!」
 驚きと安堵が入り交じった顔がセイキに向かってくる。作戦に入る前に所属していた隊の隊長 ケイフォン大佐だった。
 ということは、ここにきているのは懐かしい特攻第8チーム。
「無事か!」
 口々に仲間達が駆け寄ってくる。
「オレは、大丈夫だから。でもジュネスが……動力炉近くで動けなくて」
 暗い表情のセイキを覗き込んだケイフォン大佐が何も言わせずに頷く。
「判った。ライザ、お前のチームで行って来い。セイキは後はもういい、ライザを案内しろ。思ったより反撃が少なかったから順調過ぎるほど上手くいっている」
「はいっ!」
 セイキの表情が一転して明るくなる。
「セイキ、案内してくれ」
「了解!」
 セイキが走っていく。
 その後をライザのチーム5人が付いていく。
 それを見送りながら、ケイフォン大佐は眉をしかめた。
「あれは、セイキなのか?」
 やせてはいた。
 だが、違和感はそれだけでない。
 戦闘中にあんな暗い顔をするあいつを見たことがない。
 あんな不安そうな……顔。
 あんな顔は志気に関わるから、本能的にセイキが加わるのは避けた。
「ジュネス・コントラードか……」
 何があった?
「隊長!第二ブロックの制覇が完了しました」
 その報告に我に返る。
 今はそれどころではない。
 ケイフォン大佐は、頭を目の前の指揮に集中した。
 後のことは後で考えればいい。
 ほどなくして、ライザのチームが帰ってきた。
 ライザが背負っているのがジュネスだと確認したケイフォン大佐は、彼を突入艇に乗せた。
「セイキ、お前も帰るか?」
 その言葉にセイキは躊躇したが、ジュネスの怪我のひどさを衛生兵に指摘され、一転して帰ることを希望した。
 そんなセイキに苦笑を浮かべながら、ケイフォン大佐は見送る。
 最初から先に帰らせるつもりだったがついからかってみた。
 戦闘は終了している。
 未だ抵抗を続ける敵を静めればいいだけだ。
 が、気になることもあった。
 後一人の幹部が捕まらないのだ。
 三人の幹部がここにいたはずだ。
 だが、二人は死亡が確認されている。
 残り一人はどこに……。
「掃討を徹底しろ。絶対に逃がすな」
 それとは別にもう一つの命令を出す。
 それはユーリー総司令からの絶対命令だった。
『あの二人のデータがどこにも残らないように徹底して調べろ。知っている人間は必ず捕らえろ』
 だから、なんとしても幹部は捕まえなくてはならなかった。
調査

「どうだ?彼らの様子は」
 深層睡眠装置で横たわっている二人を見ながら、アテナ総司令官ユーキ・スレイダーは傍らの同僚に尋ねた。
 アレース総司令官ウィリアム・ユーリーは自嘲めいた笑みを口元に浮かべる。
「かなりのショックが精神に刻まれている。だが1週間も休めば癒えるだろう。奴らもやってくれるよ。あんなプライドの踏みにじり方をしてくれるとは。セイキの方は思ったより深層まで傷が達している。半年は長すぎたかもしれないな……しばらくはトラウマが残るかも知れない」
 ため息が漏れる。
「こんなことになろうとは……処方した精神科の医局長も戸惑っていたよ。できるだけのフォローは行うと言っていたが」
「やはり記憶の抹消は行きすぎたか?」
「自白剤の耐性は千差万別だから、この場合は予防手段としては問題なかったと思っている」
 ユーリーははっきりと言い切った。「しかし、最初のトラブルは結構痛かったな。あれがなければもう少しスムーズに作戦は行えたはずで、ここまでのキズにもならなかったが」
「済まないな。作戦の立て方に漏れがあったのかもしれない」
 言いながらも反省の色が見られない同僚にユーリーは苦笑いを浮かべる。
「ま、アテナが万全を配して立てた作戦を失敗しかけたのはこっちのミスだからな、そちらを責めるつもりはない」
「そう言ってくれると助かるな」
 スレイダーも苦笑いを浮かべる。
 こんな所でお互いを責めても仕方がないのだ。
 判っていても一言言わないと気が済まない二人であった。
「記憶の消去は行わないのだな」
 ふとスレイダーが言う。
「せっかくの体験だ、消してしまっては何にもならない」
「まあ、そうだが……」
 スレイダーの痛ましげな視線が二人に向けられる。
「それに下手に消しても、今度はつじつまがあわなくなる。まあしばらくは大変だろうが、この二人の経験はうまく生かせばより強固な物になる。そして、こいつらは立ち直るさ。もともとそういう奴らを選んではいたのだから」
「アレースの次期は、確定ということか」
「ああ、次期とその副官はね、これで決定というところか……。ところでそっちはどうだ?アテナの次期もそろそろ確定していると聞いたが」
「ふふ。こちらの次期はもうずいぶん前から決まっているよ。シンクロ率90%の彼女しかいない」
「90……凄いな。確か、お前でも初期は80に達していなかった」
「後1年……そうすれば彼女の次期は完全に決定する」
「どんな教育をするつもりだ?」
 興味津々とユーリーが聞く。
「何も……」
「何も?しないのか?」
「その代わり優秀な副官はつける。それで充分だ。下手なことをしたらせっかくの彼女の持ち味が消えてしまうからな」
「ずいぶんと肩入れしているな」
「それだけの逸材だからだ」
 スレイダーは呟く。
「6世代目からの次期は初めてだな……これからがまた一段と楽しみだ……」
驚愕

 深層睡眠装置での一週間の治療の後、一般病棟の個室に移されてから、最初の見舞客はジュネスに驚愕の事実を述べた。
「どういうことですか?」
 ジュネスは呆然とその見舞客を見上げた。
 そして。
 目前に悠然と立っている金髪碧眼の壮齢の男こそがアレース総司令官ウィリアム・ユーリー。
 彼が部屋に入ってきたとき、ジュネスはベッドから転げ落ちそうになるほど驚いた。
 今まで、一度だけ対面したことがある。普通なら雲の上の人。
 その人が目前にいる。
 今までの経験で結構度胸がついていると思っていたが、そうはいかないんだなと心底思った。
 彼は簡単に見舞いと感謝の言葉を述べ、そして内示として中佐への昇進がある事を告げた。
 だが、言葉とは裏腹に妙に神妙な表情にジュネスは嫌な予感に捕らわれる。
 そして、それはまたしても外れることがなかった。
「セイキ・ケイ・グリーンレイ大尉は、精神に異常が発見されている」
 ユーリー司令はそう言うと、傍らの椅子に疲れ切った表情で腰をかけた。
「どういうことですか?」
 そんな事を言われても、ジュネスはにわかに信じがたかった。
 脱出の時のセイキの態度は彼がこの作戦に選ばれたであろう実力が存分に発揮され、全く問題がなかった。
 今はまだ別の病室にいて逢うことはできなかったが、看護婦の話では元気そうだという話だ。
 ユーリー司令の話は寝耳に水だった。
「彼の本来の性格はそれこそ、『勇猛果敢、猪突猛進なのに冷静沈着』で表すことができる。我が儘な所もあったが自分に忠実とも言えるし……」
 す、凄い言われ方……。
 だが、あの時の戦い方を見ているとそう言われるのも問題ないように思えてくる。
「確かに戦闘シーンだけを見ていると、それが確かに当てはまりましたが……何か問題があるのでしょうか?」
 ジュネスの言葉に歯切れの良かったユーリー司令が口ごもる。
 だが、意を決したように口を開いた。
「君たちがどんな経験をしたかは、深層睡眠中に調べさせて貰った。ずいぶんとひどい扱いを受けていたようだな」
 言われて、ジュネスはかっと体温が上がった。
 何を言われているのかが判ったからだ。
「あ、あの……つまりそれは……」
 真っ赤になって言い淀むジュネスに、ユーリー司令は無表情に頷いた。
「全てを調査させて貰った。君が誰にどんな行為を強要されたかも、セイキとどういうふうな行為に及ばされたかも……プライドを踏みにじられた君達が死にたがっていたことも」
 その一言一言が胸に突き刺さる。
 ジュネスは視線を上げていられなくて、ベッドのシーツを握りしめる手を見つめていた。
「君にとっては思い出したくないことだろう。だが、あえてその記憶は残させて貰った。全ては経験であり、どんな教育も経験に勝る物はない。今回の出来事は君にとってさらなる成長を与えるであろう」
 それは正論。
 判っている、そんなことは。
 何もかも承知の上で……何が起こるか判らないと判っていて、引き受けた。しかし……。
「しかし、君ですらかなりの衝撃的な事で精神にダメージを負っていたのは確認している。だが、君の場合は問題なく回復できている。だが、セイキは……」
「セイキは、ダメージが残っているんですか?」
「そうだ。彼はレベルXまで記憶を消去して送り込まれた。何も判らない。名前も判らない。死んではいけないという暗示とある程度の従順性を持つ性格を刷り込んでね。それが思った以上の効果を出してしまって……。彼は、半年間あそこにいた。君が1ヶ月間受けた行為を半年間受け続けた。君は名前を知っていた。自分の所属も知っていた。だから耐えられた。彼には何もなかった。彼の拠り所は、あの男だけだった。それが1つ目の問題」
 あの男って……。
「レスタナ……」
 ユーリー司令が頷くのをジュネスは呆然と見つめた。
「最もセイキが彼をことのほか嫌っていたのも事実だ。殺したかったのも事実。男としてのプライドは消そうとしても消せない物だしね。だけど刷り込まれた従順な性格は、嫌っているはずの彼を受け入れ、頼ってしまう。その葛藤。それが2つ目の問題」
 唐突にレスタナに抱かれていたセイキが脳裏に浮かぶ。
 自ら手を出し、キスを求めるセイキ何を度目にしたことか。
 彼に何も言わずに従うセイキにどんなに歯がゆい思いをしたかも。
「2つの問題というよりキズだね、それが消された記憶が復活した時に問題を引き起こした。それが精神の異常??いや、言い方が悪いな。性格の融合と言った方がいい」
「性格の融合?」
「そう、元々あった性格に従順な性格が消えずに融合したんだ」
「え、えー?」
 その言葉はジュネスに混乱を強いて……。
 勇猛果敢、猪突猛進なのに冷静沈着で、その実は従順……。
 どういうことだ。
「つまりな、彼は好意を持つ相手に対しては従順なんだが、敵に対しては勇猛果敢、猪突猛進なのに冷静沈着な戦士、ということになるかな」
 ユーリー司令も言っていてため息をついている。
「怖い……」
 思わずその状態を想像して口走ったジュネスに苦笑いを浮かべながら、ユーリー大佐は続ける。
「まだ深層睡眠の段階での調査だから確定ではない。だがオリンポスの精神コントロール技術は精神医療に大きな進展を遂げさせている。そう外れてはない。それで頼みがある」
「頼みって、私に何が?」
「セイキを見守っていて欲しい」
「私が!」
 オレが?
 あのセイキを?
 逆じゃないのか……。
「セイキは君の事を気に入っている。同じ体験を共有しているという以上にね。彼は優秀なアレースの隊員だ。こんなことで手放したくないほどね。だから君に彼を預ける。彼を助けてやってくれ」
 頭を下げるユーリー司令にジュネスは嫌とは言えなかった。
 だが。
 あのセイキを?
 オレが?
「オレが彼を助けなければどうなるんです?」
「そうだな」
 ユーリー指令は腕を組み、首を傾げた。
「彼は弱さを持つ事になる。弱さのない人間などいないが、彼の場合の弱さはアレースにとって致命的だ。彼にろくでもない上官がついたらどうなると思う。そんな上官を作ろうとは思わないが……だが、彼は従うよ。死ねと言われたら死ぬだろう」
「そんな」
「あながち外れないとは言えないよ。彼の意識を探るとね、そんな傾向がでていたから。彼はあの男に命令されて君をどうした?君を助けようと動かなかった彼は命令することで動いたろ。あの部分を調査するとね、あれは軍人としてではない、君だから動いたんだ。」
 指令がレスタナの事を言っていると判ってしまう。判るから反論できない。
 あの時、オレの命令に従うセイキは……レスタナの命令に従うセイキと同じだったから……。
「だから、君が彼の上官になるがいい。君なら彼には無理な命令しないだろうし、そういうことが判っているからどうとでもできるだろう。彼はそれ以外なら優秀な戦士だからね」
 言っていることは判るのだが、何か腑に落ちないことがある。
 何かまだ隠していることがあるんじゃないか、と思ったがジュネスはその思いを振り切った。
 セイキを助けることに依存はない。
 だけど。
 オレが……できるのか?

 一ヶ月の入院中、たくさんの見舞いがやって来た。
 第15戦闘チームの仲間達、友人、上官……。
 ライシオスなどは人目もはばからず抱き付いてきて、ジュネスを閉口させた。
「止めろよ、ライシオス!ライってば!」
 利かない左腕のせいで振り解くことができない。
「ほんとに無事で……」
 泣き崩れるライシオスを呆然と見つめる。
 あまりの事に、一緒にきていた部下達がこそこそと部屋を出ていった。
「ライ……」
「ジュネスが拉致されたのが作戦だったって後から聞いて……どうして言わなかった……」
「言える訳無いだろ」
 分かり切っていることを聞くライシオスが信じられない。
 いつも落ち着いてジュネスをフォローしてくれていたライシオスとは別人のようで、唖然としてしまう。
「どうしたんだよ」
「……悔しかったよ、お前の相棒に選ばれなかったこと。後から聞いて、すっごく悔しかった」
「それは……」
「あのセイキだったんだよな。もう一人の実行者……」
 暗い顔をしたライシオスに思わず見入る。
「知っているのか、セイキを?」
「知っている。オレ、同期生だよ、あいつと」
「へーそうだったんだ」
「あいつ、首席だよ」
 言われて納得する。
「でもああいう性格だから、もっぱら特攻専門だったんだ。だから、あいつがそういう作戦に選ばれたって聞いて、すっごい不安になった」
 ああいう性格って……あの大雑把なところか?
「でも凄かったよ。あっという間に敵やっつけるし、強かった」
「あいつが強いのは知っている」
 ライシオスはセイキのこと嫌っているんだろうか。
 その口調が刺々しくて、面食らってしまう。
「何でそんなに怒っているんだよ」
「別に、怒っていない……」
 んな事信じられないよ。
「そういう口調で怒っていないったって誰が信じるんだよ」
 そう言うとライシオスは黙り込んでしまった。
「なあ……」
 困ってしまったジュネスがライシオスの肩に手をかける。
 と、その手をぐいと引っ張られた。
 ジュネスの躰がすっぽりとライシオスの胸に納まってしまう。
「ちょっと何やってんだよ!」
「ジュネス、セイキの事、気に入っているんだろ」
 慌てていたジュネスの耳元でライシオスが囁いた。
「は?」
 呆気に取られて問い返すジュネスを無視し、ライシオスはきつくジュネスを抱きしめる。
「あいつにお前を取られたくない……お前が好きだ」
 その言葉が意味することに気付いて、かっと躰が熱くなった。
 まさか、知っている?
 そんな訳ない、と思いつつも、動揺する心は抑えきれない。
「ライ!何言っているんだ」
 右手だけで思いっきり突っ張る。
 するとライシオスは逆らうことなく躰を離した。
「大まかにだけど知ってるんだ、作戦中に遭ったこと、そして、お前があいつの事引き受けたの……」
 愕然とするジュネス。
 それでもかろうじて言葉を舌にのせる。
「……どうして知ってるんだ?」
 あれはユーリー総司令との二人だけの話。
 ライシオスが知っていていいものじゃない……。
「こんな病室で話をするって、聞かれたって仕方がないことだろう」
 揶揄する言葉に、さっと顔色が変わった。
「聞いていた?」
「あれだけの有名人が病室に一人で来て、お前の病室に入ったのを見かけたとき変だと思った。だから様子を窺っていた。気付かなかったろう、オレはそういうの得意だから」
 これだから、アレースの連中は油断がならない……。
 と、見当違いの事を考え、慌てて意識を戻す。
「だからって、どうしろって言うんだよ」
 ずっと兄のように、頼りがいのある先輩としてしか見ていなかった。
 好きと言われても……困る……。
 それに、大事な話を盗み聞いたライシオンにも腹が立つが、よっく考えればこんな所で無防備に話をしたあのくそ親父にも腹が立つ。
「あんのくそ親父」
 唸るジュネスに目を見開くライシオスは、一瞬後、吹き出した。
「やっぱ、いいなジュネスは。側にいると飽きない……」
 笑われて、気分のいい物ではない。
 ジュネスはむっとしてライシオスを睨んだ。
「オレ、ジュネスの事好きだからね。あんな奴に取られたくない。だけど、ジュネスはあいつのこと気に入ってるんだろ」
 好きなのか とは聞かないところがライシオスらしい。
「少なくとも放り出すことはできないな」
 だから、同じように答える。
 好きだなんて、まだ判らない。
 あれからまだ話もしていないのだから。
「じゃあ、オレはお前をおっかける。お前のこと一番知っているのはオレだからな。必ず、おまえの所に行って、セイキなんかからお前を取り戻してみせる。オレはずっとお前のサポートしたいんだ」
 きっぱりと言い切るライシオスの意図がはっきりと読めない。
 なんだか自分よりよっぽどよく状況を把握しているようなライシオスに、ジュネスは躊躇いながらも、それでも笑みを向けた。
「来れるモノなら来て見ろよ」
 それはそれで楽しいかもしれないな……。
再会

「ジュネス・コントラード大尉、この度の功績により貴官を中佐とする」
 ユーリ総司令により渡された辞令を、ジュネスは感慨深げに受け取った。
 別に階級に固執するわけではない。
 だが、やはりうれしいのも事実で。
 ここに誰もいなかったら小躍りしたい気分だった。
「セイキ・ケイ・グリーンレイ少佐、貴官を中佐とし、コントラード中佐の副官とする」
「?」
 その言葉に黙々と辞令を受け取るセイキを呆然とジュネスは見つめた。
 どうして?
 オレは2階級上がったのに、セイキは一つしか上がっていない……。
 セイキはジュネスにちらりと視線を送ってきた。僅かに首を振る。
 何も言うな……。
 その目がそう伝える。
 でも……。
「また、二人とも今後の乗艦は旗艦「フォボス」になるからな。間違えないように」
 にやりと笑うユーリ総司令の言葉は耳から耳へと抜けていった。
「何故コントラード中佐が怒っているんです?これは私のことですよ」
 無表情なセイキに、ジュネスは怒りの視線を向ける。
「気に入らない」
「しかし」
 しかしでもなんでも、気に入らないモノは気にいらない。
 気に入らないと言えば。
「どうして、そんな丁寧な言葉なんだ」
 きっと睨み付ける。
 こいつの他人行儀も気に入らない。
「それは、あなたが上官だからです」
「そんなものくそ食らえだ。今まで通りの方がいい」
「そういう訳にも……」
 セイキが歯を食いしばる音が聞こえた。
 何が、そういう訳にも、だ。
 今更なんだからな。
 オレはお前に何されたと思っているんだ。
 作戦中とはいえ、どれだけお前に攻め立てられたか。
 オレがどこを刺激されればどうなるか、オレよりよく知っているような奴に、そんなしゃちほこばられても嬉しくも何ともない。
 そこまで考えて顔が紅潮する。
 まずい。
 とにかく。
 ジュネスは心を落ち着かせるために一息ついた。
 こんな風にお前に話しかけられるくらいなら、階級なんか下げて貰った方がいい!
「判った。お前がそんなつもりなら、オレは何かど派手に失敗して、階級を下げる。同じ階級でそんなんだったら、下になればため口になるんだろ」
 本気だった。
「だ、駄目だ!そんな!」
 あまりのことにセイキの言葉が変わるのを聞いて、ジュネスはにっこり笑った。
「何だ、言えるじゃん。オレに対しては、それでいろ。アレースはそういう細かいところ気にするような隊じゃ無い筈だが」
「……」
 セイキは何かいいかけ、黙り込んでしまった。
 ずっとこうだ。
 ジュネスはため息をつく。
 結局、退院するまでセイキには逢えなかった。
 いや退院しても、逢うことはなく、今日アレース司令本部で久しぶりにあったセイキはひどく他人行儀だった。
 何を言っても、何かの拍子に黙り込んでしまう。
 戦っているときのセイキはこんな煮え切らない態度をとる奴には見えなかった。あそこにいた間でも……。
 一体どうしたって言うんだ。
 もしかしてこいつはオレの事気に入らないんだろうか?
 そうだよな。
 あんな目に遭っていたセイキを唯一まともに知っている人間。ま、それを言ったらお互い様なんだが。
 だけど、気に入られなければ……。
 そうなると、オレの配下にこいつを入れる訳にはいかなくなる。
 何もしらない奴にセイキを渡したくない。
 それはセイキの戦闘能力を左右するかも知れない……。
 眉をひそめる。
 とにかく、こいつが何を考えているのか聞き出さないと。
「セイキ。今日は祝いだ。お前の部屋に行く」
「え?」
 意気揚々としているジュネスの言葉にセイキは明らかに動揺している。
「お前さ、部屋どこ?退院してから行こうと思ってたんだけど、判らなかったんだ。なあ」
 先を歩いていたジュネスはふと振り返ってセイキが付いてきていないことに気付き慌てて後戻りをする。
「どうした?」
「いえ……」
 慌てて足を運ぶセイキを捕まえ、その顔をジュネスは覗き込んだ。
「嫌か?オレがお前の部屋に行くことが?」
「い、いいえ、そんなことは!」
 狼狽えるセイキに満足げな笑みを向ける。
「良かった」
 狼狽え赤くなっているセイキの背中をぐいと押す。
「早く行こう」
 そんな二人の様子をカメラで確認している男達がいた。
 ユーリーと白衣の男性。
「どうかな?」
 ユーリーが傍らの男に聞く。
「やはりグリーンレイ中佐は自分の性格に戸惑っているようですね。明らかに過去と違う反応をしてしまう自分に戸惑っています。それがコントラード中佐には特にはっきりと出るようです。今までの観察結果ではあまり出ていない反応が出ています」
 手元の携帯用スキャニングメーターを操作する。
 それはセイキの左手首にはめられているセンシング・ウォッチからのデータを着信し、データ処理し表示している。
 彼は、オリンポスの中央病院 精神科医局長シジフォスであった。
「どうかな。コントラード中佐はグリーンレイ中佐をコントロールできるか?」
「コントラード中佐の統率力、人を率いる力は特Aランクですね。彼は無意識でも人を統率するでしょう。それに、二人の共通の体験。グリーンレイ中佐のコントラード中佐に対する感情……。コントラード中佐がその感情を受け入れられるかで、結果は決まります」
「どうかな……」
「こればかりは……。でも、私の直感ですが、大丈夫なような気がしますよ」
 にっこりと笑うシジフォスにユーリーは苦笑を浮かべる。
「医者が勘などと言っていいのかね」
「私の勘はあたるんですよ」
 そう言って浮かべた笑みは人を和やかにさせる。
「きっと大丈夫ですよ」
「君がそう言うのならそうなんだろうな」
 ユーリーは古い友人の言葉を半分以上は信じながらも、それでも最後の部分で願う。
「頼むからな。ジュネス……」
決心

 セイキの部屋はジュネスとは二区画以上離れていた。
 今まで合わなかったのも頷ける。
 艦隊は同じでも乗船する艦船が違えば、そうそう逢うこともない。
 入れてもらったセイキの部屋は意外にも片づいていた。
 ここもあそこの時と同じように生活感がなかったらどうしようかと思ったが、さすがにそんなことはなかった。
 今はやりのアイドルのポスターなどがさりげなく貼ってあったりする。
「セイキの好みってこんな娘?」
 指さして聞くとセイキは首を振った。
「歌は好きなんだけど……貼る物もなかったから、まあいいかと思って……何にもないと殺風景だし」
「そっかあ……オレは結構この娘好きなんだけど……」
 だってセイキと同じ色の瞳をしている。なんとなく形も似ているし……。
 さすがにその台詞は飲みこんでしまう。
 セイキはそんなジュネスから視線を外すと、冷蔵庫からビールを取り出した。
「ビールしか無いけど」
「いいよ」
 振り返ってセイキに近づきビールを受け取る。
「数は?」
「この前買ったから6本入っている」
 冷蔵庫を覗きながら、セイキは答えた。
「まあ、明日からフォボスに乗り込まなきゃいけないし、その位がちょうどいいか」
 もうちょっと欲しかったかなあ。
 と内心は思うけど、ここでそんなこと言ったら、買いにいくとかいって逃げられそうな気がした。
「じゃあ、まあ乾杯」
「乾杯」
 床にクッションを敷いてそこに座り込む。
 男の一人暮らしにはソファなどと気の利いた物がなかったのだ。
「ところでさ、ほんとうに良かったのか。お前の方がよっぽど大変だったはずなのに、一階級しか上がらないなんて……」
「ジュネスが来なかったからあの作戦は失敗していた。オレの成果じゃないからね」
 淡々と言うセイキに何となく違和感を覚える。
 こいつはこんなふうに納得する奴なのか?
 ユーリー総司令は言っていたはずだ。
『勇猛果敢、猪突猛進なのに冷静沈着、そして自分に忠実』
 こんなふうに納得してしまう奴なのか?
「違うよな。それが理由じゃないだろ」
 だから、決めつける。
 すると明らかにセイキが動揺した。
「そんなことは」
「少なくとも、セイキはあの作戦が失敗だったとは思っていない筈だ。どうせ、何か取引があったんだろ。あのくそ親父と」
 言って嗤ってしまう。
 どうもあのユーリー総司令は喰わせ者だ。
 そんな気がしてならない。
 病院に見舞いに来たときもそうだ。
 何かを隠していた。そんな気がした。
「総司令に対してそんな事言っていたら、みんなから総スカン食らう」
 そう言いながらもセイキの顔は笑っている。
 『くそ親父』
 これはユーリー総司令の隠れたあだ名であることは、アレースでは周知の事実だったりした。
 だが表だっていうことはない。
 苦しい作戦の最中に親しみを込めてののしられる意外には。
「ここは二人だけだ。セイキがばらさなきゃわかりゃあしないよ」
 笑って返す。
 かなり雰囲気が和んでいるのが判って、ジュネスはほっとした。
「なあ、聞かせてくれよ、何を取り引きした?」
 そう言うと、さすがにセイキは口元を引き締めたが、それでも答えた。
「今は言えませんが、そうですね、一年後ぐらいには話ができると思います」
「なんだよ、それ」
 むっとしてセイキを睨む。
「それは言えないけど、オレが中佐で我慢したのは、ジュネスも中佐だって判っていたから」
「え?」
 まじまじとセイキを見つめる。
「オレが上だったら、ジュネスの副官にはなれないだろ。オレはどちらかというと人を指揮する立場にはなれないから。ジュネスは人を指揮する立場の人間になるって聞いたから。そうなると、ジュネスが下だとオレとジュネスが同じチームになることはない」
「セイキ……それって」
「オレ、ジュネスと一緒にいたかったから、だからユーリー総司令の言葉に従った」
 セイキの頬が少し赤いと思うのはアルコールのせいだけではないだろう。
「でもよく考えるとオレみたいなのが、付きまとうなんてジュネスには迷惑なんじゃないかって思って……」
「それで、オレとあんな他人行儀で、煮え切らない態度か?」
 ジュネスの言葉にセイキは視線を泳がした。
「オレ、ジュネスといたい。ずっと病室で一人でいる時、そう思っていた。何故なんだろう?オレは一人で行動するのが好きだったはずなのに。なのに、今は一人でいることが不安なんだ。一人で病室にいるととてつもなく不安で怖かった。今までそんなことなかった……」
 精神に異常……。
 融合した性格……。
 ユーリー総司令の言葉が浮かんでくる。
「それは、オレでいいのか?」
 ぽつりと零すジュネスにセイキは目を見張る。
「オレでいいのか。お前はオレといれば不安は解消されるのか」
 真剣に話しかける。
 オレでいいのか?
 本当にオレで。
「ジュネスなら……ジュネス、一緒にいてくれるのか?」
 不安げな視線をジュネスに向けるセイキ。
「お前が不安な間は必ず側にいる。オレでいいならオレはお前を離さない」
 にっこりと笑い、手を差し伸べる。
 その手をおずおずと握るセイキ。
「オレ、ジュネスとずっと一緒にいたい」
 これが
『勇猛果敢、猪突猛進なのに冷静沈着、そして自分に忠実』
 なセイキなのかな?
 と、不安が沸き起こるけど。
 それでも安心させるように微笑む。
 するとセイキが力強くジュネスを引っ張った。
 セイキの胸に抱きしめられる。
 真っ赤になったジュネスは、それでも抗うことなくその耳元に口を寄せた。そして囁く。
「オレも逢えなかった間セイキが忘れられなかった」
 その言葉にセイキの腕に力がこもった。
 セイキは今まで以上に優しくジュネスを抱いた。
 今度は命令された訳ではない。
 自分の意志でジュネスを抱けることが心底嬉しかった。
 セイキはもともとゲイではない。だけど、ジュネスを見ると抱きたいと思う。
 だから、見舞いにいくことも部屋に行くことも何もかもが躊躇われた。
 逢ったら抱きしめそうだった。
 夢にまで見て、そのジュネスの姿に欲情する。
 そんな自分が信じられなくて、逢えても他人行儀としてしか接することが出来なくて苦しかった。
 だから、ジュネスが「いい」と言ってくれたときは、嬉しかった。
「ジュネス……」
 耳元で囁くと、ジュネスの躰がぴくりと反応する。
 切なそうに喘ぐ声が愛おしい。
 無くした記憶に振り回されていた自分と違って、憎んでいるレスタナに従うことしかできなかった自分とは違って……自分の意志を貫き通そうとしたジュネス。
 茜色の髪が忘れられないほど印象的で……。
 気が付くとレスタナの下で喘がされているジュネスを見るのが辛かった。
 最初はレスタナを取られたから、と思った。あの時はほんとうにレスタナだけが自分の全てだった。
 だが、レスタナの命令でジュネスを抱いたとき、何とも言えない愛おしさを感じた。
 離したくない、そう思う自分に戸惑いを覚える。
 『死にたい』と漏らされた時、心底焦ったのだから。
 死なれたくない、と本当に思った。
 記憶が戻って脱出するとき、レスタナの腕の中の血だらけのジュネスを見たとき……セイキの胸は激しい痛みを覚えた。
 失いたくないと……だから躊躇わずにレスタナを撃った。
 撃ってから、後悔に苛まれたけど……今となってはしようがなかったんだって思える。
「んん……うあぁ……」
 腕の中で、もたらす愛撫に素直に反応するこの躰が愛おしくて、離したくない。
「ジュネス……ずっと守る。だから、オレをずっと支配してくれ……」
「ああっ」
 問いかけの返事とも愛撫への嬌声とも取れる声がジュネスの口から漏れる。
 それでも、きっとジュネスはセイキの希望を叶えてくれるだろう。
 だからこそユーリー総司令の言葉に従うのだから。
『ずっとジュネスを守ってくれ。彼はいずれオリンポスにとってアレースにとって無くてはならない存在になるのだから』
 オレは守って守って守り抜く。
 これからどんな事があっても、ジュネスを守り通すから。
「せ、せいき……欲しい……」
 潤んだ瞳に見つめられセイキは、猛りきっている自分のモノをゆっくりと挿入した。
 1ヶ月以上間を開けたそこは、少しきつかったが、それでもセイキのモノを受け入れる。
「んんっ……あん……」
 背中に回された手がセイキの背中に爪を立てた。
 痛みに顔をしかめながらも、その痛みすら愛おしいと思う自分にセイキは苦笑する。
「ジュネス」
 そっと口づけをすると、ジュネスの方から舌を入れてきた。
「んん……」
 深く貫いている自身が締め付けられ、とろけるように包み込まれている。その微かな震えがダイレクトに脳髄まで伝わり、声なきうめきが喉をならす。
 堪えられなくて腰を大きく動かした。
「んあ……はっ……はっ」
 ジュネスの背が仰け反り、セイキの動きにあわせて息が吐き出される。
 熱くて、柔らかくて、気持ちよすぎる。
 セイキのモノはあっという間に限界を迎えた。
 ジュネスのモノも先走りの液でしとどに濡れていた。
 セイキはジュネスのモノを掴むと一気に扱った。
「んっああっ……ひあっ……ひいぃ!」
 ジュネスが堪えきれなくてびくんと震えると先端からどくどくと液が溢れてきた。その振動が中まで伝わりセイキのモノを包み込む。
「んくうっ!」
 その刺激にセイキの意識が一気に弾けた。
 全身に伝わる甘い痺れに身を任せると、力無くジュネスの横に躰を横たえる。
 額に貼り付いた前髪をジュネスの手がそっと掻き上げた。
「セイキ……オレ……がんばるからな……」
 何の事か?なんて、セイキには言わなくても判っていた。
 だから言う。
「ありがとう……」
と。
エピローグ

「10隊は何やってんだ?」
 ジュネスは、ちらりと向けたスクリーンに映る戦況に舌打ちをする。
 別に戦況が悪いわけでない。
 どうもこの司令室というものは、居心地が悪い。前線にいる方がよっぽど性にあっていると思うのだが、ユーリー総司令の命令で艦隊を率いらされている以上、ここから離れるわけにはいかない。
「後、10秒」
 そのジュネスを宥めるかのように答えるのはセイキ。
 傍らに座り、キーを操作している。だがその動きが乱暴なのは気のせいではないだろう。
「遅いよ」
「そうだな。だが問題になる程ではない」
 返答するセイキをちらりと見ると、出たくてウズウズしているのが判る。
「セイキ、行ってくるか?」
 その悪魔の誘いに、セイキは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐさま顔を引き締めた。
「いかないよ。オレが行くと、後から必ずついてくるからな、お前は」
 読まれているセイキに舌打ちで返すと、ジュネスはため息を付きながらスクリーンを見上げた。
 偉くなるということは、こういう事なんだよなあ……。
 目の前で仲間や敵が散っていく。
 それを見ながら悲しいなどと思う間もなく次の指示をだす。
 コンピューターゲームみたいだ。
 前線にいる時には決して思わない事を考え、その考えを苦い思いで噛み殺す。
「10隊到着、作戦に移ります」
「OK。16隊を後方へ」
 別に指示する必要がないほどみんなきちんと動くのだが、確認のように命令を送る。
 セイキはその指示を確認し、他の艦隊との連携を取る。

 結局、1時間もたたない内に相手が全面降伏という形で終了した。
 もともと突発的な暴動である。
 指導者もろくにいない相手が本気のオリンポス相手に勝てるわけがないのだ。
 アレースの敵ではない。
 ほっとため息をつくと、ジュネスは立ち上がった。
 帰還命令はすでに出されている。
 こうなるととりあえずする事はなくなった。
「ご苦労様です」
 もう一人の副官フレイス少将が艦橋に戻ってきた。
 50代後半の本来艦隊を指揮する立場の人間だったが、ユーリー総司令の命令で今回副官の任に付いていた。まだ経験の少ないジュネスをフォローする立場にある。
 そして、セイキ達若い副官の教育係だ。
「ありがとうございます。フレイス少将もご苦労様でした」
 いつもしかめっ面のフレイス少将が内面もそうではないのは知っているのだが、それでも機嫌を損ねるのが嫌で丁寧に対応する。
「さすが、ユーリー総司令が太鼓判を押された事はありますね。他の物も感心していましたよ」
 まじめな顔で言われ、言葉につまってしまう。
 今回は特にイレギュラーな事はなかった。最初に決められた通りにやっただけだ。
 ジュネスは困ったようにセイキに視線を送ったが、セイキはあらぬ方を見ている。
 セイキは昔からフレイス少将とは相性が悪いらしい。
 ずるい!
 密かにセイキを睨み付ける。
「各隊からの報告が上がりましたらお呼びしますので、それまで休まれてはいかがですか?」
「そうですね。後のことはお任せしてよろしいでしょうか?」
 すると、フレイス少将がくすりと笑った。
 滅多に笑わない彼の笑顔にジュネスは面食らう。
「あの……」
「私はあなたの副官ですから、そう言うときは命令してくださればいいですよ」
 そう言われても……階級で言えば彼の方が上なのだ。
 眉をしかめるジュネス。
「当分その辺りは苦労するでしょうが、上に立つ以上、年上だろうが階級が上だろうが指示する必要がありますから、その点は気を付けられる方がいいですね。オリンポスでは階級は絶対ではないのですから。ただ、グリーンレイ大佐のようにいつだって命令すればいいとは限りませんけどね」
 ちらりとその視線がセイキに向けられる。
「はい」
 頷くしかなくて、それでも口の端が上がるのは止められない。
 名指しされたセイキは眉間にしわを寄せて、視線を向けようとしない。
 セイキは気が緩むと相手が誰であろうと命令口調で言葉を発してしまうのだ。
「まったくグリーンレイ大佐にはもう少し気をつけてくれないと……危うく、データがぶっ飛ぶ所でした。コンソールはもう少し丁寧に扱ってくださいね」
 50%以上の嫌みをブレンドされた言葉が背後からいきなり振ってきて、セイキの顔がさらに剣呑になる。
「そっちは終わった?」
 ジュネスが声をかけると、ライシオス・リストース大尉がにっこりと微笑んだ。
「はい。データの整理は私もやりますから、先に休んでいてください」
 結局、ライシオスはどういう手段を使ったかの知らないが、ジュネスの末席の副官としてここに乗り込んできていた。
 セイキにだけ向けられる冷たい視線。
 さすがのセイキも口先だけではライシオスに敵わない。
 フレイス少将に絞られ、ライシオスには嫌みの応酬を受ける。セイキのストレスは最悪状態に陥っているのが判るのだが、ジュネスにしてみれば庇うこともできず、苦笑いをするしかない。 
 疲れる奴ら。
 このままここにいても、3人の副官達の冷たい戦争に巻き込まれるのはまっぴらなのでそうそうに退散することにした。
「それでは先に休みます」
「あ……」
 セイキが何かを言おうとしたのに気付き、ふっと振り返る。だが。
「ああ、グリーンレイ大佐は艦隊の報告書をまとめる必要がありますので、しばらくここにいてください」
 フレイス少将の言葉にセイキが心底嫌そうな顔をした。
 きっとフレイス少将から副官の心得なるものをを聞かされるのを想像したのだろう。
 つくづくセイキは副官に向かない、とは思ったけど一緒にいたいと言ったのはセイキの方だ。
 視界の端に、にやにや笑っているライシオスの顔が見える。
 まっ、しょうがない。
「セイキ、がんばってな」
 片手をひらひらと振って部屋に出ていく。
 セイキの視線が痛かったけど……仕方がない。
 副官失格のレッテルだけは貼られないように、がんばってほしいよなあ。
 ジュネスは閉まった扉を見つめて、ほおとため息をついた。
 でもあいつ機嫌が悪いと、こっちの都合もお構いなしに乱暴に抱きにくるから困るんだけど……。
 元々の性格がほぼ復活しているセイキは、結構乱暴者で……手を焼くことがあって……。
 微かに染まった頬を慌てて隠すように歩くジュネスは、それでも緩む口元を止められなかった。
 海賊基地壊滅作戦から一年後。
 ジュネス・コントラードは、第四艦隊アレース・エニューアリオス(好戦的な戦神)の総司令官付き副官に抜擢され、少将に昇進した。
 また同時に、彼が次期総司令候補であることも発表された。
 若干24歳。
 第六世代初めての総司令候補であった。
 候補と言ってもオリンポスで発表されたということはまず次期は決定であった。
 彼は総司令候補としての訓練を続け、数年後には総司令に着任する事になる。
 また同じ日、セイキ・ケイ・グリーンレイは大佐に昇進し、ジュネス・コントラード少将の副官としての任を受けていた。それはつまり、次期総司令の第一副官の任につく、ということであった。
 総司令官としては経験不足で前線の方が好きで、しかも今ひとつ迫力に欠ける風貌のジュネスと、実戦タイプで副官には向かない質のセイキの試練は今始まったばかりであった。

【了】