【成果報告書 黄金花】前編

【成果報告書 黄金花】前編

 世界五大大国の一つリソール王国は、大国ながらその国土の1/4が太古からの密林と湿原、さらに北部には険しい山岳部と、活用できる土地としては中堅国程しかない。だが、それらの土地には他国にない特異な動植物の生息地があり、その生物資産が国の経済を潤していることもまた事実であった。
 また、それらを使用した医薬学の研究も盛んで、リソール国の平均寿命は他国より10歳近く長く、また義務教育や病院、福祉設備は国民であれば総じて無料なのだ。
 そんな誰もが羨む国ではあるが、残念ながら全てが善人というわけでなく、当然ながら犯罪者も存在していて。
 彼らを収監する刑務所も存在した。
 その中で、立入禁止区域である湿原の奥深くにある刑務所があった。
 ある特定の犯罪者や容疑者を収監する刑務所で、ここにはリソール国民だけでなく、有料で他国の犯罪者を受け入れていることでも有名だ。なにしろ車と名のつく物の走行が無理な区域の先100キロ以上奥にあるのだ。まして人の背より高い草むらが多く視界が悪いうえに、毒蛇、毒花粉を持つ花、肉食魚がいて、専用のレンジャーですら、一人で一昼夜過ごせるのは一流だけだった。
 そんな危険地帯の中で難攻不落と評される刑務所が収監するのは、政治犯、思想犯、再犯の恐れの高い凶悪犯罪者など、国として決して逃してはならぬ者達だ。
 その手の犯罪者用にと他国は金を払ってでも依頼し、犯罪者当人には忌み嫌われる刑務所だったが、犯罪には無縁の一般人にとって実は、刑務所の名よりもそれに付属施設として隣接している研究施設の方が有名だった。その名をジュリオル医薬毒生物研究所と言い、不感症や勃起不全の改善薬を開発したところで、最近では破損した場所を補うための再生細胞を促進する薬を開発したと、全世界でニュースにもなっていた。

 

 十メートル四方の部屋の壁一面を全面分厚いガラス窓にした観察室の中に被検体を拘束してからそろそろ一時間。
 手元のタブレットにタッチペンでその様子を記録していく。
「い、いああっ! く、来るなぁあああ!」
 張りのある若々しい肢体を仰け反らせて叫んでいるのは、検体No.S-080。
 ホウレイ皇国人の21歳、男。身長178センチメートル、体重は……。
 体重が平均より軽いが、筋肉質で健康状態は良好。すでに二回の実験を行っているが、特に問題は発生していない、と。
 研究員は、実験計画書の内容を確認しつつ、リアルタイムデータを表示させて、その生理状態を確認した。
 ガラスの向こうの声は直接聞こえている訳ではなく、スピーカーから流れている。
 悲鳴を聞き続けるのは、研究員にとっても精神的負担になるので、こうやって直接観察しに来たときだけ、音量を調節して聞いているのだ。
「へえ……」
 研究員にとって、この被検体を見るのは初めてだった。
 先日まで違う被検体の実験に参加していたのだが、そちらが終わったので、こちらの応援をすることになったのだ。
 そのため、被検体のデータや過去二日のレポートをじっくりと確認する。
 気品を感じる横顔は、テレビアイドルにでもなれそうだな、と、5歳歳下の妹がハマっていた顔を思い出す。研究員にとっては訳の判らない歌は、確かオリコン一位だったか。
 まあ、これがそいつのはずはなく、元より原産国が違っていた。
 ホウレイ皇国は先だって貴族の失脚があったとニュースになっていたな、と、世間に疎いと自覚している己の記憶を引っ張り出す。
「あれって、去年だったかな?」
 結局思い出したのはそれだけで、関係ないことだと記憶を探るのを諦めた。
「家を復権しようと伯爵家の娘を拐かし、脅迫しようとした……ねぇ……。そうは見えないけど」
 ちらりと被検体に目をやれば、端正な顔立ちの中に、どこかひ弱な気配が窺えた。
 貴族のお坊ちゃんらしき甘さを感じるそれに、資料をよくよくみれば三男坊と書いてある。そこから、蝶よ花よと甘えて育たれた役立たず、と結論づける。
 あんなものにヒイヒイ怯える弱さを晒す輩に、伯爵の娘を誘拐・脅迫しようなど……あまりにも考えらなかったけれど。
 続けて計画書に記載された情報を見て、「ああ、そうなんだ」としたり顔で頷いた。
 それを見ただけで、あれがきっと何も知らされずにいきなりここに連れてこられたのは容易に想像できた。
 まあ、犯罪者として刑務所に送られてきた以上、この研究施設にその身体を提供するのは当たり前のことで。
「ひっ! や、やだ、く、来るなあぁっ!」
 突然響いたスピーカーから流れた拒絶の悲鳴に、ふっとガラスの向こうを見やる。
 S-080が、自分に迫り来る物体に目を剥いて全身を強張らせていた。
 どう見ても目を逸らしたさそうなのに、けれど、絶対に目が離せないとばかりに、瞬きすらしていない。
 もう二日も実験を受けているから、どんなに叫んでも止まらないことなど知っているだろうに。
 あまりに愚かな行為だと肩を竦めて。
「まあ、役立たずでも有効利用できるそーだから別にどうでもいっか」
 恐怖に震えるそれを見つめる。
 被検体はこの部屋に連れてこられると同時に、全身をXの字に伸ばすほどに四肢を拘束して、部屋の右側よりに四隅に繋がれていた。肘から指先まで、膝から足先までを包むのは、五石木(ごこくぼく)と呼ばれる木で、四隅に伸びるのは無限蔦と呼ばれる蔓性の植物だ。
 五石木はその枝の先端が空洞になっている木で、自在に変形するほどに柔らかい。そして、その枝の空洞に小動物や昆虫などが入ってくると、一気に収縮させて捕らえ、絞め殺したその全身から体液を啜るという、食肉木なのだ。ちなみに、枝から切り落としても一年近くは生きている。
 それを締め付けすぎない程度に改良したのがこの拘束具で、拘束したい部分に嵌めると、内面に刺激を受けて一気に収縮・固定してくれるのだ。しかも、体液代わりの薬液に漬けるまで外れないし、切り裂こうなどと激しい衝撃を与えればさらに締め付け、中のものをすり潰してしまうというもので、この研究所内では変な金属製の枷よりも安全で、非常に取り扱いが簡単と拘束時に重宝されていた。
 また、無限蔓は通常は種で保管し、栄養剤を与えればすぐに伸びる。伸びる長さは栄養剤の量で調節できるし、絡まったこれは、金属製の斧で切ることも難しいほど固く、どう猛な肉食熊ですら千切ることはできない。
 この二種類の拘束具は、この実験が始まった初日に取り付けられ、実験が終わる一ヶ月後まで外すことは無い。何しろ、被検体は自分で手足を使う必要など全く無いからだ。
 運ばれて部屋に繋ぐときは、蔓をフックに軽く巻き付けるだけで勝手に無限蔓の方が巻き付いてくれる。
 そうやって拘束されて全身を伸ばしたS-080の精神状態は、モニターによると恐怖一色だ。
 ガクガクと小刻みに痙攣する身体の中心で、萎えたペニスがぶらぶらと揺れているのが滑稽なほど。
 研究員が思わずくすりと吐息を零したちょうどその時。
「あ、ひぃっ! やあ、ム、ムリィ!」
 それまでも恐怖に怯えていたS-080の悲鳴が、絶叫になり、拒絶の声と嗚咽が入り混じった。
 S-080が穴を開くほど見つめていたそれが、研究員達が「生殖蔓」と名付けた蔓を、被検体の股間にツプッと突き刺して、ドク、ブルッと脈動し始めたのだ。
「……一時間ちょうどか。やはり、この距離で認識して成長させるにはそのくらいか。あの培養液でも前と変わらないな」
 それは、まだ名がなかったため、便宜上、黄金花と呼ばれていた。
 蔓性の植物とも見えるが、何本も生えた蔓は自在に動き回り、獲物を捕らえるまで蔓を成長させることができた。また雌雄が別であり、今部屋にいるのは雌であると確認されている。
 培養液に漬けたときは、部屋の床1/3程度の範囲しか無かった黄金花が、獲物である被検体を認識して、成長し、辿り着くまで一時間。
「やっぱり、動かないものと動くモノは認識できているようだなあ」
 別の被検体で実験したときと今回を比較して、揃ったデータからそう結論づける。
 この黄金花は、獲物を見つけるとまず捕捉蔓で獲物を捕らえ、それから生殖蔓を伸ばして体内に種を植えるのだけど。
 今回は、捕捉蔓はまだようやく足にまで辿り着いたばかりだ。それより先に、生殖蔓がS-080のアナルから体内へと潜り込んでしまっていた。
 これは、獲物が動かないと一番に認識できているからだという結論に、研究員も同意して、そのコメントを残す。
 この黄金花は、最低限のエネルギーで獲物を捕らえる術を知っているのだ。
 そのあたりは、動物と言っても良いだろう。まず動くという点からして、動物ではあるのだけど。
「うんん、と」
 ふと思い立って、スピーカーの音量を上げてみる。
 ブチュッ、グチュッ!
 途端に、響き渡る卑猥な音に、思わず音量を下げて。
 苦笑を浮かべながら、ちょうど良い音に調節して、観察を続けた。
「あひっ、いぃ、ぎっぃぃ」 
 生殖蔓が、獲物のさらに奥に入ろうと自らを揺すり、抽挿を繰り返していた。その度に、S-080の身体は跳ね、喉から音が漏れている。
「……えっと、現在生殖蔓は、括約筋部で……35ミリかあ。まだ太くなりそうだなあ」
 センサーで計測した数値を記入する。
 昨日のデータを見ると、最大値が35ミリだから、昨日よりは成長しているということで。
「今日の培養液、少しは効果があったかなあ」
 手ずから調節した液の配合を確認し、ほっと安堵する。
 やっぱり、比較データ用とはいえ、まったく効かないよりは効いてくれた方が嬉しい。特に、前と違うデータがとれれば、また違う知見も得られるのだから。
「それにしても、この検体、柔軟性が高いのかなあ? 初日の時には、突っ込まれただけで、気絶していたのに」
 ぼそっと呟きながら見ているのは、初日と今との比較データ。
 さすがに、初めて受けれた異物に、被検体の身体は痛みを訴えて、すぐに気絶したとある。
 もっとも、気絶してしまっては貴重なデータがとれないから、遠隔操作でアナルに再生効果のある傷薬をつけ、麻酔薬で痛みを散らして続けた結果、それ以降気絶することはなく、12時間後の終了時にはアナルだけで絶頂をするようになったらしい。
 続いた二日目は、と研究員がレポートを確認して。
「バカやってる」
 くすくすと苦笑に喉を鳴らしてタブレットのその文章を指先で軽く弾いた。
 昨日の観察をした研究員は、この研究所きっての悪戯好きで、昨日の実験開始直後からS-080のペニスの先に振動虫(改良型)と呼ばれる芋虫を取り付け、陰嚢の根元に貫通型五石木を取り付けたとあったのだ。
 餌にありつけると全身を振動させてそれを啜る芋虫なのだが、その振動を長く保つことに成功した親指ほどの虫だ。それを取り付けられたS-080は、レポートによると、アナルからと芋虫からの刺激により、五石木の締め付けにより射精し辛いままに連続絶頂で潮吹き状態に陥り、最終的には振動虫(改良型)が振動を止めて落ちても、アナルの刺激だけでひたすら間欠泉のごとく潮を噴き上げていたとある。
「可哀想に、まだ二日でずいぶんと淫乱にされたもんだ」
 言葉とは裏腹に、嗤う研究員の声音に同情の色はまったくなくて。
「まあ被検体は淫乱な方が精神が壊れにくいし。それと、餌代わりの栄養剤の効きも良いようだし……筋肉は落ちるだろうけど、この様子だとわりあい楽に実験は進みそうだな」
 餌と呼ぶのはこの研究所の実験体用特級品で、定期的に被検体の腕から点滴として注入されている。効果の高いものほど価格も高いが、下手に餌を調合して口から食べさせることを考えれば、手間も費用もかからない。まして、実験している間は食べさせる暇などないのだ。
 それにこの栄養剤であれば、どんなに激しい実験を繰り返しても、次の日には朝勃ちするほどに元気になるのだから。
 実際、三日目の今日だって、S-080は元気なモノだった。

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