戦神の継承 前編

戦神の継承 前編

戦神の継承  2001-11-13

ジュネスが初めての惑星外旅行に出かけた船が海賊に襲われて、捕らえられてしまう。
始祖

 忘れられた星。
 あまりに遠い場所に在った故に。あまりに極悪な環境故に。
 忘れられた人々。
 彼らはその星を愛していたが故に。戻ることなど考えもしなかった故に。
 だから彼らは残ったのだ。
 例え極悪な地であろうと、彼らはそこで暮らし育ったのだから。

 そして、そんな彼らを見捨てることが出来なかったから。
 戻らない彼らを、故に、組織は異端児として組織から切り捨てた。
 処罰を与えるよりも島流しのように、彼らは放って置かれた。
 極悪な地。
 補給を絶たれれば、生きていくということすら難しいその地であるから。
 だが彼らは、決してそれが苦痛だとは思わなかった。彼らには知識があった。技術があった。熱意……そして、団結力があった。
 もともとが組織であった。
 だから、彼らをまとめる者に統率力があった。従う者達も忠誠心があった。
 力と希望があった。
 だから、彼らは生き延びた。
 そして、星を暮らしやすく変えていった。
 最初は、1万人程しかいなかった。
 だが、今は2億人が生活している。
 近親婚の弊害はDNA操作で解消されていたから親・兄弟以外であれば結婚は自由であった。子供の出生率も生育率も十分であった。
 それに蓄えられていた多くのDNAからも、生まれている子供達。
 男女比率も安定し、平均寿命は140歳。人口は安定している。
 生産能力も高く、教育水準も高い。
 星は、生まれ変わっていった。
 熱い砂漠と冷たい氷の世界しかなかったところが、今はほとんど緑に覆われている。自然を大事にしているが故に、DNAから再生された動物達が元気に暮らしている。
 牧場では牛や羊が、農場では米や麦、野菜に果物、海には豊かな魚介類、そして山や大地にはこの星自らが持っていた豊かな鉱物資源。
 ここまで来るのに500年以上が費やされていた。
 それが長いのか、短いのか……。
 最初の人々は未来を子孫に託し、土にと帰った。
 そして着実に自分たちの力を蓄えた彼らは、彼らの言葉で「5世代目」にして自分たちを忘れてしまっていた人々に自らの存在を明らかにした。
 混乱。
 争乱。 
 だが、それは長くは続かなかった。
 彼らは血を流す事を良しとはしなかった。
 粘り強い交渉は目を見張るモノがあり、彼らは忘れていた人々に受け入れられた。
 彼らは決して昔を忘れていなかった。
 自分達のルーツが何であったのかを。
 彼らは言う。
「我らは守るためにここにある。守るために存在する」
 何を?
 などとは愚問であろう。
 
 宇宙軍辺境域独立監視軍オリンポス。
 辺境に暮らす貧しい人々を守るために派遣されていた軍隊とその家族、そして彼らに共感した辺境に暮らしていた人々。
 それらの人たちが彼らの始祖。

 銀河歴5668年
 こうして、国民の全てが軍人である軍事国家オリンポスは、銀河連邦の一員となった。

 そして今、「5世代目」から「6世代目」の交替が緩やかに行われている。
プロローグ

 オレは何をしているだろう。
 こんな所でこんなことをしていていいのだろうか?
 失いつつある理性の片隅で、そんな事を考えている自分に気が付いている。
「んふぅ……」
 躰の上で蠢く手が快楽を与えてくる。
 その度に反応する躰。
 漏れる声が止められなくて……震える両手が掴む物を探し、上に乗っている男の背にしがみつく。
「んあぁ」
 甘い声が自分のモノとは信じられないと思いつつも、今以上の快感を求めて腰を相手にすりつける。
 だが。
 ふと我に帰る。
 オレは何をしているのだろう……。
 こんな事をしている場合では無いはずだ……。
 そんな思いが沸き起こる。
「またか。お前はいつもそうやって遠くを見ている」
 上に乗っている男が下に組み伏せている男の目を見て言う。
「遠く?」
 喘ぎ続けて掠れた声が不思議そうに問い返す。
 気付いていないのか……。
 上の男が目を閉じ、そして再度開けてからじっと見つめる。
「セイキ。お前は進んで抱かれる癖に、最中でも心ここにあらずだ。いつもそうやって遠くを見る」
 不機嫌そうな口調に、セイキと呼びかけられた男の方がびくりと震えた。
「そんなこと……」
 眉をしかめ否定するセイキをじっと見つめ、銀灰色の髪の男はため息をついた。
「最近だんだんひどくなる。オレに抱かれるのがそんなに嫌か?」
 嫌……だ。
 進んでなんてそんなつもりはなかった。
 しょうがなかったから。
 この男しか拠り所がなかったから。
 だから本当は嫌だったけど……言われるままに躰をゆだねただけ。
 だが、その言葉をセイキは飲みこんだ。
 男はセイキの様子をじっと窺っていたが、ふっと口の端を上げた。
「ふん、まあいい」
 男は止めていた動きを再会した。
「んふぁっ」
 突き上げられ、セイキの喉から声が漏れる。
「精神は無理でも……躰だけでもいい……」
 そんな声が微かに聞こえて、セイキは目を見開いた。視線の先に銀灰色の髪が揺らぐ。
「レスタナ……」
 呼びかけに返事はなかった。その代わりのように、レスタナと呼ばれた男の動きが激しくなった。
「はあ、はあ、ああっ」
 突き上げられ、背筋を走って脳天まで痺れる。
「ああ、もう、あああっ!」
 セイキは意識を弾けさせた。
 その一瞬、茜色の何かが見えたような気がして……しかし、意識はそれを捕らえることができなかった。
旅立

 始めての惑星外旅行だった。
 オリンポス 第4艦隊<アレース・エニューアリオス(好戦的な戦神)>所属 戦闘第15チームの副官 ジュネス・コントラード大尉は、客船グランフィードのコンパートメントでゆったりとくつろいでいた。
 いつも着慣れていた軍服は旅立つ前に置いてきた。
 長期の休暇だから、そんな無粋なモノなど持っていくつもりは毛頭なかった。だが、彼の右耳にはめられている鮮紅色のピアスと手首にはめられた時計に似たセンシング・ウォッチだけは外せない。それは、いついかなる時でも身につける物として指定されている内の二つだったからだ。
 ジュネスは23歳。
 まだ若いが、力と知識をバランス良く兼ね備えた将来有望株と囁かれている。
 小柄だが、鍛え上げられた筋肉が服から覗く腕にあった。
 いつも低い年齢に見られてしまう大きな焦げ茶の瞳が愛くるしく、そしてアレースの象徴色と同じ色の茜色の髪が人にインパクトのある印象を与える。
 良きに付け悪しきに付け、目立つ存在だった。
 先ほどの中継点で乗り継ぎを行ったので後はこのまま目的地である観光惑星セントラーデまでは一直線だった。
 宇宙に出るのは始めてでない。
 オリンポスの子供達は、幼い頃から躰を宇宙に馴染ませるために、問題にならない程度で宇宙に出さされる。
 5年前にアレースに配属されてからは、一年の内半年は宇宙に出ていた。
 だが、こうやって何もすることもなく運ばれるという経験はしたことがない。宇宙に出るときはいつだって何か仕事があった。
 だからこうやってのんびりしていても、何かをしなければいけない……という思いに捕らわれてしまう自分に、さっきから苦笑が禁じ得なかった。
 何考えてんだろ、オレって……。
 ずっと一人って憧れていたのになあ。
 改めて長い間一人でいるということにもあまり慣れていない自分に気付く。
 子供の頃から集団で生活するのに慣れていたので、いざ一人になると今度はその静けさが異様に感じられる。
 訓練で単独行動する時はすべきことがたくさんあって何も感じなかったが、何もすることのない今は、孤独というのがこれほどの物とは、と思えるほど身の置き所がない。
「やっぱり、ゆっくりとオリンポスに居ればよかったかなあ……」
 数度目かのため息が漏れる。
 しかし、それも許されない。
 この長期休暇は外に出ることを前提として許可される物だからだ。
 オリンポスで行われることは全てに理由があり、それに反することはそれ相応の理由が無い限り、許されなかった。
 成人したオリンポスの民は一度は必ず外に出てこなければならない。
 それは観光旅行でいいのだが、何故か必ずいってこなければならなかった。
 外部と交流が始まってから連綿と続く決まりの一つであった。
 理由は知らない。
 だが、意味が在るのだと言われるとそれに逆らうわけには行かなかった。
 所在なげに視線を送る先のスクリーンには先ほどからちっとも変わらない外の様子が映し出されていた。
「せめて誰かと一緒なら良かったんだけど……」
 脳裏に親しい友人達の顔が浮かぶ。
 ほんの少ししか離れていないのに、なんだか懐かしくなってきた。
「あーあ、ホールにでも入ってこよっと……」
 思いを振り切るようにジュネスは立ち上がった。

 

 ジュネスがホールに出ると、すぐさま親しくなった他の旅人達が寄ってきた。
「こんにちは、ジュネス」
「こんにちは」
 にこやかに笑みを返す。
 ジュネスの周りにはいつも人が集まってきた。
 特に話好きなわけではない。だが、何故か人が集まる。
 一度ジュネスと会話すると楽しくなると言って、次からは必ず声をかけられるようになっていた。
 だから、ジュネスも暇さえ有ればホールに入った。
 ここにいれば孤独を感じることはなかった。
 それに乗員達とも親しくなって、気軽に声をかけてくれる。
 だが、ジュネスは自分の身分を明らかにはしていない。
 身分証明書は大学生となっている。だから「大学最後の旅行をしている」と思わせていた。
 オリンポスは特異な存在であるので、一般客に知られることは避けるよう命じられていたからだ。
 23という年のせいとそれより若く見られる風貌からそれを疑う物はいない。
 それでもジュネスは自分のオリンポスの軍人としての知識を話しそうになって、慌てて口を閉じることがあった。
 まずいなあ。
 内心冷や汗を掻きつつも、どうにか騙すことに慣れてきた時だった。
「コントラード様」
 ホールでジュース片手に談笑の輪に入っていると、アテンダントがやってきて、ジュネスを呼んだ。
「はい?」
 顔見知りのアテンダントに振り返ると彼が小声で用件を伝える。
「電話が入っておりますので、あちらの電話をお取り下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
 礼を言い、指さされたテレフォンルームへと向かう。
 ??何だろう?
 家族との連絡はこまめに取っている。
 昨日の電話では問題はなかったようだ。
 としたら、どこから……。
 嫌な予感がした。
 テレフォンルームに入ると、一切の雑音が消えた。目に見えない遮音シールドが張り巡らされているからだ。
 ジュネスは電話のスイッチを押した。
 だが、出てくるべき画像が出てこない。
 ??繋がっているはずなのに?
「ジュネス・コントラードですが?」
 首を傾げながら呼びかけるとようやく反応した。
 画像に焦げ茶の髪と瞳を持つ見慣れた人物が映し出される。
「ジュネス。オレだ、ライシオスだ」
 懐かしい声にジュネスの顔が綻ぶ。
 ライシオス・リストース中尉は直属の部下だった。
 年は彼の方が上だったが、成績の良いジュネスがとんとん拍子に出世したため、彼の配下に配属されていた。しかし、部下とはいえ何でも気軽に言い合える友人に近い物があった。彼なら、後方を任せても安心できるといつも思っている。
「どうしたんだ。君がTELしてくるなんて。……何かあったのか?」
 聞かれている心配はないのだが、つい小声になる。
「別に、友人にTELするのに理由なんかいるか?」
 笑みが浮かぶその表情を信用して良い物か、躊躇われた。
 それは、彼の焦げ茶の瞳の真剣さが伝わってきたから。
 だから、にこりと笑って先を促す。
「うれしいな。結構ここって退屈でさ、他のお客さんて結構年上が多くて」
「そりゃあそうだろうな。でもお前だったら、あっという間になじんでんじゃないのか」
「あ、判るか」
「判るよ。お前、なんでかすぐ人に可愛がられるよな。懐かれるって言うか」
「懐かれるって……なんだよ、それ」
 その言葉がペットか何かを指しているような気がしてむっとする。
「その顔も結構可愛いぜ」
 言われて真っ赤になる。
 画面の向こうで声を上げて笑うライシオスを睨むが効果はなさそうな様子にはあっと息を吐いた。
 ライシオスはすぐそうやって人をからかう。
 それがなければ良い奴なんだけど……。
 相変わらず笑っているライシオスを睨みながら、ジュネスは話を変えようとした。
「それで、ほんとにそんな話をしたくて電話したのか?高いTEL代払って……」
 その言葉に、ライシオスは慌てて息を整えた。
 飛んでいる船に対してのTEL代は秒刻みで増加していく。それを思い出したのだろう。
「ああ、用件が一件あったんだ。実はその船に乗っている人の中に、オレの知り合いがいてね……」
 知り合い?
 変だな。
 唐突に嫌な予感がした。
 背筋がぞくりとする。
 まるで戦場のど真ん中に身を置いているような気がした。
 ライシオスの知り合いが乗っているというのなら、乗り込む前に話があっても良さそうな気がした。しかも、ライシオスとはアレースに所属してからのつきあいとはいえ、どんな知り合いがいてといった話を結構聞いている。それにライシオスにオリンポスの人間以外の知り合いがいるとも思えない。
 ここにはオリンポスの人間は自分以外他にはいない。少なくとも見知った顔はいなかった。
「でね、その人と連絡取りたいんだけど、なかなか取れなくってさ……ジュネスに頼めば連絡取れるかなって」
 ライシオスの口調が楽しそうで、余計にジュネスの不安を煽った。
 だから、ジュネスはぴんときた。
 ??何かを伝えようとしている。
「分かったよ、連絡してやるからさ、何を言えばいい?」
 ??何が起きたんだ?
 そのニュアンスを込めて言葉を選ぶ。
「ああ、よかった。たぶん彼らの部屋は2035位の数字だったと思うんだ。はっきり思い出せないけど。それで、えーと、グレリオって名前なんだ。明日夜くらいまでに連絡してくれって言ってくれないか。こっちの夜時間にね。それでオレも休暇を取ったら遊びに行くよってことも……」
「OK、わかったよ」
「すまないな、面倒なことになっちまって……」
「いいさ、それに久しぶりにお前の声聞けてよかったよ。サンキュ」
 しばらく世間話をして、ジュネスは電話を切った。
 ふと額を手で拭って、自分がひどく汗を掻いているのに気付いた。
 ハンカチで拭い、軽く頭を振る。
「しっかりしないと……」
 言葉が口から漏れた。
「ジュネス、どうしたの?」
 顔色の悪いジュネスを目敏く見つけた一人が声をかけてきた。
「何でもないです。ちょっと部屋に戻りますので」
 にっこりと笑うと、ジュネスは部屋へと戻った。

 自室に戻ったジュネスは、ベッドに倒れ込むとぼおっと天井を眺めた。
 ライシオスは何でもないような話にいろいろな情報を組み込ませてジュネスに伝えた。
 全てが分かったわけではない。
 言葉遊びと呼ばれる単純な情報伝達の遊びは子供の頃からやっていた。さっきの電話の内容はまさにそれだった。
 ライシオスの言葉はから解釈される言葉はこうなる。
『何者かが2035室がある方向からやってくる。それは不確定情報だが、「グレリオ」という言葉が関わる何かだ。遅くても明日の夜。オリンポス時間の夜。とすると後12時間後までに……。今、オリンポスからライシオス達の艦隊??すなわちアレースがこちらに向かっている……』
 グレリオ……。
 聞いた覚えがある。
 これも隠語だ。
 ジュネスは少ない情報から少しでも有益な情報を引っ張り出そうと頭をフル回転させていた。
 23歳で大尉は、比較的早いほうである。
 実力がないと上に上がれないオリンポスでは、十分な素質があることを示している。
 だが、情報が少なすぎた。
 ジュネスはどちらかというと格闘向きで、とっさの判断力の方が優れている。言葉遊びもあまり得意ではなかった。
「もうちょい、勉強しとけばよかった」
 ひとりごちる。
 ジュネスは自分がもう少し上手に対応出来れば、もっと情報が引き出せたと思っていた。
 苦手だからって逃げていちゃ駄目だよなあ。
 本気で、勉強し直すことを考えていた。
「と……それどころじゃなかった」
 苦笑いを浮かべ、思考を切り替える。
「こんな不確定情報、船長に言ったって取り上げて貰えそうに無いなあ。オレって今は、しがない大学生だし……」
 身分証明書だって大学生の物だ。
 別にオリンポスの身分証明書を持って歩いても良いのだが、何故かうさんくさそうな目で見られるらしい。
 だったらと、研修局も偽りとは言え正式な身分証明書を発行してくれるのだ。もちろん有効期間は旅行の間だけという物だったが。
「ああ、また頭が変な方向に……」
 ため息が漏れる。
 基本的に沈思黙考タイプではない自分がこういう時は情けなくなる。
 アテナ辺りの人間なら、幾らでもいいヒントを出してくれるのだろうけどさ……。
 今ここにいない、第二艦隊<プロノイア・アテナ(先見の女神)>の友人を頼りにしているようだからどうしようもないんだよなあ……。
 と、完全にいじけモードに入ってしまう。
「あ……」
 思い出した。
 ジュネスはばっとベッドの上に起きあがる。
「グレリオ……確か、海賊の隠語だ……」
 アテナの誰かが使っていた。あの時ライシオスも一緒に居た。
「海賊!」
 一呼吸おいて、その意味を完全に理解した。
 この船に海賊がやってくる!
 だが。
「騒ぐのはまずい。不確定情報だ。だが、オリンポスの情報はまずこの宙域に航行中の全ての船には伝えられるはず。だったら、今オレがばたばたする必要はない……」
 だが、何故隠語だ?
 盗聴の危険性か……それはどうしようもなく可能性が高い。
 そして……もしかするとこれは決定的なのかも知れない。そしてアレスが間に合わない可能性も高い。
 ではどうする?
 オレ一人では船は守りきれない。
 自分を守るか、全てを守るか……全ては無理だ。
 卑怯者であってもオレは『生きなければならない』
 だが、何の力も持たない者達を守ることは、オレ達は骨の髄までたたき込まれている。
 しかし……。
 頭の中を考えがまとまることもなく走り回る。
 渦の中心はどこにあるのかと言うくらい、深いところに巣くっている。
 これを見つけることは至難の業。
 だから……。
 ジュネスは割り切る。
「なるようになるさ」
 その割り切りの良さこそ、彼が優秀なアレースの一員であると言われる所以の一つであった。
探索

 ジュネスはベッドで熟睡していた。
 夢すら見ない。
 短期熟睡法と呼ばれるオリンポスの精神科医が昔開発した方法で、深い睡眠を取って躰と精神を一気に休眠させる。その結果短い時間で、疲労を回復させることができる。
 はるか昔のヨガや気の流れといった非科学的な世界が、今では科学的に証明されて活用されている。特にオリンポスではそれが顕著であった。
 もともと何もない世界だったから、自らの身体と知識しかなかったから。それらを極限まで鍛える過程で生まれた技術は多かった。そして、技術を発展させる事に努力を惜しまなかった。
 その結果、オリンポスは独自の発展を遂げ、そして、他にはない技術を数多く持っていた。
 その技術に飢えたように群がる雑多な攻撃にオリンポスの人間は身を守るための技術をさらに開発した。
 戦うために最適な技術は切磋琢磨され、彼らは幼い頃からずっとそれを修得してきた。
 短気熟睡法もその一つで、3時間も寝られれば、十分な活力を得ることができる。
 ジリリリリリリ
 枕元の目覚ましが鳴ると、ジュネスはぱっと目を覚ました。
 半身を起こし二三度頭を振ると伸びをした。
 それは一見いつもの朝のようで。
 しかし、ジュネスは険しい顔を崩すことなく起きあがると船内見取り図をディスプレイに映し出した。
 それを見ながら、食事を取る。
 船内の配置を全て頭にたたき込むのと食事が済むのが同時だった。
 荷物から一番動きやすく、耐久性のある服を引っ張り出す。
 上下に分かれた服だ。生地はオリンポス特産の耐熱・耐衝撃に優れたもので、掠ったくらいの光線系の攻撃なら中身は傷つかない。といっても直撃や何度も同じ場所に受けると駄目になるし、銃弾系の攻撃には効力がない。
 それでもないよりマシだった。
 身支度を整え、武器になりそうな物を探す。
 もっともハイジャック防止のために、武器の類は一切なかった。
 あるものと言えば、この部屋の日用雑貨と軽量金属で出来たハンガー位。
「ま、ないよりマシだよな」
 ほおっとため息をつくと、ジュネスはハンガーを一つ取ると、力を入れて両側へ引っ張った。
 ミシミシと音を立てて、多少の力で位ではびくともしないはずのハンガーが形を変えていく。
 誰にも負けないと自負できるこの力は、生来のモノを訓練で極限まで上げたモノだ。
 1m位の棒に近い形状に伸ばすと、二三度それを振り回してみた。
「ま、いいか」
 けろりとした表情でそれをベッドに立てかける。
 他に武器になりそうな物は無かったので、諦めた。
 ディスプレイの画像を船外にし、知らされた方向を映すようにするとそこで固定した。
 時間は着々と過ぎていく。
 だが、ジュネスは気負うことなく、その時間をじっと待った。
 睨むようにディスプレイを時折見つめる。
 それは獲物のを狙う猟犬のように鋭かった。

 海賊の襲撃は唐突にしかし静かに始まっていた。
 グリーンフィールドの乗員は、警戒していたにもかかわらず回避不能な位置に接近されるまで気づかなかった。
 気付いたときには、侵入用のチューブが側面に打ち込まれていた。
 その振動で始めて気づいた警備員達が走り回る。
 警告音と船内放送が鳴り響き、一気に緊迫感が高まっていく。
 内部にいたいつもより多い数の警備員達は最初の衝撃から立ち直ると武器を持って、走っていった。
 海賊は何を狙っているんだろう。
 ジュネスは、侵入時の振動を感じながら考えを巡らした。
 先ほどの通路を走っていく警備員の数の多さと武器の重々しさ。
 どうやら大層な荷物を積んでいるとジュネスは踏んでいた。
 それは物か者か?
 たいていの場合それは物だ。
 しかも貴金属類。
 グリーンフィードは基本的に定期船だから、その貨物室には定期便として貨物が載せられる。その中にある何かを海賊は欲しがった。
 だとすれば、奴らは貨物室に集中するだろう。
 下手に騒がず大人しくしていれば、問題はない……というわけにもいかない。
 ジュネスはため息をついた。
 奴らがそれで大人しく帰れば良い。
 だが、行きがけの駄賃とばかりに爆薬でも仕掛けられた日には目にも当てられない状態になる。
 こんな所で死ぬのは嫌だな。
 ??死んではいけない
 その思いが頭の中を支配する。 
 ジュネスは、とりあえず作った棒を持って部屋の外に出た。
 貨物室に向かう道筋は頭に叩き込んでいた。
 戦う必要はない。
 だが、相手の確認と目的、何を企んでいるか位は知っておかないと、おちおち隠れてもいられなかった。
 もともと前線で躯を動かす方が好きなのだ。
 無造作ともみれる足取りで、貨物室に近づく。
 何とも言えない臭いが辺り充満している。肉の焦げた臭いだ。
 だが、ジュネスはわずかに顔をしかめたたけで、足を止めることはしなかった。
 慣れていた。
 光線タイプの銃で撃たれた躰は即座に炭化する。
 激しい痛みと治りにくさが特徴だ。ただ、出血は少ない。だが、銃弾タイプの銃が無くなることはなかった。
 今回の敵は光線タイプを多用している。
 最初の死体を見つけて、それを確認した。
 幸いにも警備員らしいその死体が持っていた銃はまだ使えた。
 だが、その顔を見たときジュネスは僅かに顔をしかめた。
 このおっさん……警備主任とか言ってた……。
 知り合いが死んでいるのを見るのは……やっぱ嫌だな。
 はあ
 ため息をつくと首を振った。
「じゃあな、おっさん」
 その手から銃を抜き取ると、ジュネスはもう振り返らなかった。
 立ち上がり、ゆっくりと貨物室へと近づいていった。
 背筋にざわざわとした嫌な感じがする。
 戦場独特の殺気の束があちらこちらから伝わってきて、ジュネスの神経を逆撫でしていく。
 ふとジュネスは苛ついている自分に気が付いた。
 たった一人の戦いというのは、初めてだった。
 訓練では行ったことがある。しかし、こんな実戦の場で、しかも装備は全くない。
 装備があれば簡単に手に入るであろう情報が、極端に足りない事への苛つき。
 ジュネスは立ち止まり、大きく深呼吸をした。すでに麻痺した鼻では、肉の焦げる臭いはしない。
「よし」
 小声で気合いを入れると、ジュネスは再び前進を始めた。
 次々に増える死体の間に警備員の物でない服の物が混じりだした。
 ジュネスはその傍らに跪くと、右手で銃を構えたまま、左手でその男を探る。
「ちっ」
 大した物を持っていないのが判ってジュネスは舌打ちをすると、立ち上がった。
 と、微かに人の話し声のようなものが聞こえ、動きを止めた。
 今の場所から見取り図を脳裏に思い描く。
 もう少し行くとホールのような広いフロアがあった。
 その声はその辺りからだと踏んで、ジュネスは全神経を周囲に張り巡らし前進する。
 近づくにつれ声ははっきりと聞こえてきた。
 傍らの小部屋から別ルートを使い、そのホールへと向かうことにした。そのルートを辿れば、海賊達の目的地とそのフロアの中間点あたりに出られる。
 様子を窺うには絶好のポイントがあった。
 それに様子を窺うにつれ、警備員が全滅しているらしいことに気付いてしまう。
 困っていても助けてくれる人はいないって言うことだな。
 自嘲めいた笑みを口元に浮かべるジュネスの視線は、その先にあるであろうホールを見据えていた。
 騒がしい声と音。
 残り壁一枚まで近づいて柱の影に身を寄せた。
 すうっとホールの方を窺う。
 銀色の髪……まず最初に飛び込んだのはその男だった。
 服は他の奴らと変わらない。モスグリーンに近い戦闘服。
 しかし、その髪は銀灰色。やや長めの髪が動くたびに波のように光が反射する。
「早く運べっ!」
 周りの人間をまとめ指揮している。
 その男が何か言葉を発する度に忠実に他の人間が動くところを見ると、その男が指揮者なんだろう。
 ジュネスはそう判断した。
 周りの海賊達はやはり積み荷を狙ってきたのか、次々と倉庫から物を運び出している。
 その積み荷のマークを見て、ジュネスは舌打ちをしかけて慌てて止めた。
 辺境の地オリンポスにも支店を構える大手銀行のマークだ。
 となると中身は有価証券あるいは貴金属。
 そういう物は特別の専用船で目一杯の警護艦隊を携えて運ぶ物だろうが。
 怒りがふつふつとわき起こる。
 戦略上の判断か、経費削減か何か知らないが一般船にこっそり混ぜて運ぼうとしたが海賊にばれての今回の襲撃となった事は想像に難くない。
 ジュネスの怒りはその銀行の警備責任者に向けられていた。
 ばっかやろー。
 オレの休暇を返せ!
遭遇

 しばらく様子を窺っていると海賊達が引き上げ準備に入っているのが見て取れた。
 このまま何もせずに帰ってくれればいのに……。
 そう思っていたが、ふと上げた目線の先??ホールの反対側の通路からやや小太りのスーツ姿の男がよろよろと出てきた。
 ジュネスはぎくりとその身を強ばらせた。
 何であんな所に……。
 身を隠していたその柱の影は敵からは完全に死角だった。
 しかし、その転がるように出てきた男からは完全に視野の範囲内で……。
「あ、あんた……助けてくれっ!」
 手に持っていた銃に気づいた男は叫びながらこちらに来る。
 げっ、あのおっさん。
「ちっ」
 ジュネスは頭の中でそいつをののしると、右手で銃を握り直した。
 ??死んではならない。
 だから?
「そこっ!」
 海賊達の叫び声に身を柱の影からさらに奥に寄せる。男を助けるつもりはなかった。
「たっ助けて?」
 情けない声と微かな発射音が立て続けに鳴るのとは同時だった。
 躰のあちらこちらを炭化させてジュネスの足下に男が転がり、崩れ落ちる。絶命しているのは簡単に見て取れた。
「死ぬなら来るな」
 口汚くののしるが、数分先には自分の身もこうなるんだろうな、と、どこか冷静に見ている自分に気づき苦笑する。
 だが、簡単に死ぬつもりはなかった。
 自分は死んではならないのだから……。
「出てきな」
 いきなり呼びかけられた。
 さっきまで海賊達を指揮していた男の声だ。
 銀灰色の髪の男。
「警備員か、それとも勇気あるお客さんかな」
 どこかのんびりした、しかし凄みのある声がはっきりとジュネスに向けられていた。
 ジュネスは柱から姿を出すわけにも行かず、じっと様子を窺っていた。
「君は頭が良さそうだ。さっきの男を助けなかったからね。助けようとしていたら今頃蜂の巣だったろうに」
 笑いを含んだ嫌みのある声が投げかけられる。
 見透かされていたことに顔が歪む。
 確かに先ほど発射された光線の軌跡は、助けようとしていたら必ずジュネスを打ち抜いていただろう。着弾痕を見つめ、舌打ちをする。
 あの男は助けようがなかったのだ。
 その判断に間違いはない。
 だが、助けを求める男を見殺しにした、その悔いは消えるモノではない。
 だが、それを敵に指摘されるのは腹が立つ。自分の判断が揶揄されているようだった。
「出てこないのかね。では、この手榴弾でも投げようか。その程度の柱など吹き飛ぶよ」
 冗談めかしてはいるが声が本気なのはありありと判る。
 ジュネスはため息をついて、身を起こした。
 このまま隠れ通せるものではなかった。きっと今頃は背後の通路も塞がれているだろう。後ろから聞こえる微かな音が迫ってきているのを感じていた。
 しょーがないな。
 ふらりと柱の影から出ていった。右手には銃を握ったままだ。
「おや、結構若いね」
 にやりと笑われ、むっとする。
 絶対年相応に見られていないというのが判ってしまう。
「で、君は何者かね」
 丁寧な言葉であるがそれと同時に伝わる殺気が強い。背筋がぞくりとした。
 だが、言うわけにはいかない。まだ死にたくないなと思いながら、しかしこの状況でしゃべっても結局は命取りになる。
「大学生……」
「ふーん」
 にやりと笑ったように見えた。
 途端発射音とともに足下に着弾痕が残った。
 黒く残った小さなその痕を見つめ、ジュネスは視線を戻した。
 信じていないだろーなー。
 ため息がでた。
 しかも銃弾タイプかい。
 銃弾タイプの攻撃には、今来ている服の防御力は何の意味もなさない。
「どこかの軍の大学なら判るけどね、それにしては落ち着いているね。撃たれて微動だにしないなんて、どう見ても実戦経験があるとしか思えないよ。それかそれ相応の訓練を受けているか」
「怖くて足がすくんでいるんです」
 仏頂面で返事をするが、相手はその言葉を信じてはいない。
 ごまかせない自分の性格に腹を立てながらも、相手の言い様にむかむかしている自分も認識している。
 徐々に間合いを詰められる。
 近寄られるのは本能的に嫌だった。後ろに下がりたかったが、いい加減壁に近い。あまりに壁に近づくと動きの自由度が下がる。
 結局、相手が3m程手前で立ち止まった。
 右手にぶら下げている銃しか武器は持っていないようだ。
 だが、その後ろに控えているざっと10人ばかりは銃を構えジュネスを狙っている。
「とりあえず、その手に持っている物をこちらに貰おうか」
 言われて手元に視線を送る。
 さっきまでは命綱だった。今は命取りになる。
 だけど、ただ死ぬのも嫌だな。
 再び漏れるため息を止めることなく……。嫌がらせのように後ろに投げた。
 ぴくんとその男の眉が動いた。
 途端に光線タイプとは違う甲高い発射音と硝煙の臭い……そして。
「くっ」
 思わず跪く。
 押さえた指の間から血が滴り落ちた。
 至近距離から発射されたその弾は、狙いを外すことなくジュネスの右腕をえぐっていた。
 激痛が右腕を麻痺させる。
「面白い子だが、逆らうとは馬鹿だね」
 怒気の含んだ声が頭の上から降ってきた。
 冷や汗の流れる顔を上へ向ける。 
「名前は?」
「ジュネス・コントラード……」
「所属は?」
「……」
 黙っていると、足が来た。
「がっ!」
 ガードしていたにも関わらず激しい衝撃に吹き飛ばされる。転がった躰が勢いよく壁に背中をぶつけ止まった。
「うううっ」
 胃がせり上がるような感触に襲われ、内容物をぶちまけた。
 激しい痛みとひどい嘔吐感に躰が丸くなる。
「所属は?」
 足音に気づき閉じていた目を開けると、目前に足があった。
 ぎりっと歯を食いしばる。
 途端に胸元を捕まれ、引き上げられた。腹の痛みが格段にひどくなる。
「所属、言えないのかね」
「だ、大学生っ!」
 言った途端に、床に顔から叩き付けられた。
 脳震盪で頭の中がぐあんぐあんと音を立てて揺れている。
「ううっ」
 ぬるりとした感触に手を当てると鼻血が流れていた。
「大学生のわけないだろう。君の肝の据わり方は今時の大学生のレベルを遙かに越えているよ。実戦タイプの、軍人、だな」
 その男は後ろに控えていた男達に手を上げた。
「持ち物を調べろ」
 3人の男がジュネスを引き上げ、体中をまさぐる。
 上着を脱がされ、ズボンすら脱がされた。
 露わにされた筋肉が男の関心を引く。
「よく鍛えられている体だな。やはり」
「身分証明書です」
 差し出されたカードを受け取り、それを眺める。
「ふーん、金持ち息子達が通う大学の4回生かい。とてもそうとは見えないなあ」
 じろりと下着姿のジュネスを嘗めるように見回す。
 と。
「それは?」
 ジュネスの左手首の物を指さす。
「時計のようですが」
 男はジュネスの左腕を捻り上げ、それを目の前に持ってきた。
「見たことあるな……同じか」
「く……」
 ジュネスは痛みに顔をしかめながら、男を睨み付ける。
「こいつを連れて帰れ。調べたいことがある」
 そう言って、その男はジュネスの左手首からセンシング・ウォッチを取り外した。抗おうにも痛めつけられた躰に力が入らない。
「やはり同じ物だな」
 そういうと、自らのポケットにそれをねじり込んだ。
 じろりとジュネスを見、そして彼の躰を床面に叩き付けた。
「ぐっ」
 受け身もとれずに背中をしたたかに強打した。
 思考が麻痺してきていた。
 限界……か。
 薄れる意識の中、ジュネスはかろうじて手を耳元に伸ばした。
 指に触れたピアスの留め具を無理矢理外すと一気に引き抜く。
 痛みが走った筈なのに、他の痛みに紛れて感じなかった。
 ジュネスは手の中にあるそれを二つに折り曲げた。鮮紅色の小さな石が見る間に暗赤色に変化する。それを見たジュネスは満足げに微笑み、そして意識を手放した。
 手からこぼれるピアス。
 それは傍らの銃の下に転がっていく。
 退却の準備に掛かっていた海賊達はそれに誰も気づかなかった。
悲痛

 オリンポスの艦隊が現場に到着したときには、海賊は影も形もなかった。
 積まれていた荷物は全て運び出され、乗員や乗客の死体が累々と転がっている。
 わずかな生き残りを集め、後処理に追われるメンバーの中に、警備を兼ねて着任していた戦闘第15チームがいた。
 副官不在の代理を努めるライシオス・リストース中尉は、メンバーを居住区に散らせ副官の存在を探し求めていた。
 集められた生き残りの中にはいない。
 いれば、真っ先にライシオス達の元に出てくる筈の人間が、未だに出てこない。
 言いようのない不安に陥る自分を叱咤激励しながら、船内をくまなく探していった。
 無茶をするタイプではない。
 体術・技術・知力、どれをとっても迂闊にやられるたまではない。
 しかし。
 焦りが募る。
 ライシオスにとってジュネスは上官であるとともに可愛い弟のような存在だった。
 いつだって守っていたかったのに、こんな離れているときに限って……。
 唇を噛み締める。
 いつだって、側にいて守っていてやる。
 そう思っていたのに……。
 担当の場所で転がっている死体を淡々とチェックし、乗客名簿と照らし合わせるといった作業を行っていたライシオスは、炭化したその死体の横に転がっていた銃を何気なく拾い上げた。もちろん危険が無いことはチェック済みだ。
 警備員用の軽量な銃はこの転がっている男にふさわしくないような気がした。
 するとその下に転がっているモノが目に入り……。
「ジュネスッ!」
 絞り出すような悲鳴が口から漏れた。
 それはいつも見慣れていたデザインのピアス……いつもジュネスの耳元を飾っていたピアスだった。
 ライシオスの耳にもピアスがある。士官クラス以上の者は必ずつけるようになるピアスだが、それは一人一人色もデザインも違っていた。
 ライシオスも士官故に、耳元に翡翠色のピアスがついている。
 そして、ピアスの意味も知っている。だからこそ、ピアスが耳から外れているという、それが指す意味に愕然とする。
「連れ去られた……のか」
 死体はまだない。脱出した様子もない。生存者の中にも……。
 ピアスを外す異常事態とは……。
 握り締められた手がぶるぶると震える。
 ピアスの正式な呼び名は『メモリーガード』
 緊急事態において取り外すことにより、重要とあらかじめ決められていた記憶を一時的に消去する装置。記憶の復活には、同等のピアスを再度取り付ける必要がある。ピアスはその人の脳内パルスに整合性をとっており、他人のピアスでは記憶の復活はできない。だから、そのピアスがここにあるということは、どこかで生きていたとしても記憶の復活はあり得ない。
 ジュネスの記憶はどこまでが失われているのか……。それは、本人か、上の者、あるいはその設定をした医務局の人間しか判らない。
 それがランクAなのかBなのか……。
 完全抹消のZなのか……。
「リストース中尉っ!何か?」
 傍らのメンバーが駆け寄ってきた。ただならぬ様子に息を呑む。
「コントラード大尉のピアスを発見した。もう一度船内をチェックしろ。痕跡を探し出せ」
「は、はいっ!」
 言葉がわずかに狼狽えていた。が、さっと敬礼すると彼は伝令のために去っていく。
「敵の手に落ちたか……」
 背後から声をかけられ、びくりと反応した。とっさに振り返る。
「隊長……」
 戦闘第15チームの隊長 ケイゴ・コーヤマ大佐はその髭に覆われた顔を苦しげにゆがめていた。その手に握られた上下一式の服にライシオスは目を見張る。
 血と吐瀉物にまみれたそれは、見たことがあるものだった。
「それはジュネスの……」
 コーヤマ大佐は首を縦に振って肯定した。
 ぐらりと躰が揺れ、思わず壁に手をつく。
「間に合わなかった」
 ライシオスはその言葉に違和感を感じた。
「何か?」
 問うライシオスにコーヤマ大佐は首を振った。
「あいつが敵の手に落ちるかどうかは5分5分だった。間に合えば連れ帰れたし、間に合わなければ死んでいたかも知れないがな。だが、あいつは連れ去られた。まるで、既に敷かれたレールをオレ達は走っているとしか思えないくらいだろ」
 言っている意味が理解できなかった。
 敷かれたレール……?
 まさか全てが計画の内?
 でも、どうしてジュネスが……。
 いつの間にこんなことに……。
「ライシオス……これは計画されていたことだよ……」
 どこか遠くで聞こえるその言葉は、ライシオスを呆然と聞いていた。
 ジュネス……。
尋問

 記憶があやふやだった。
 自分が何者かは知っている。
 だが、どこから来たのだ?いや星の名前は知っている。住んでいた住所も言える。何をしていたかも言える。
 なのに、根底を追求されると判らなくなる。
 観光であの船に乗っていた。
 銃の使い方も戦い方も何もかも知っている。
 だけど。
 星の詳しい地図。
 自分がいたところの地図。
 出入りしていた建物の配置。
 自分が乗艦していたはずの艦の名前……上官の名前……。
 そういったこと、すべてが思い出せない。
 どうしてそうなったのか……。
 それを知っているはずなのに、思い出せない。
 オレはジュネス・コントラード 階級は大尉。
 アレース・エニューアリオスの一人。
 本当に……?

 もう何度目か分からない。繰り返される質問が再びなされる。
「お前は何者だ?」
「どこから来た?」
「どこへ行く?」
「何をしている?」
 それに答える。
「私はジュネス・コントラード大尉。オリンポスの所属。今は休暇中……」
 そこまでは簡単に答えられた。
「では、オリンポスの艦隊の数は。お前の所属は。統合本部はどこに?」
「知らない……」
 自白剤を使用されてもそれ以上の答えは出ない。
 話さなければならない。
 強迫観念が頭の中を駆けめぐり、襲う。
 だが、話そうにも記憶がない。
 3度目の自白剤……これ以上打たれれば死ぬ。
 そういう知識はあるのに、記憶がない。
 駄目だ。
 オレはこんな所で死んではいけない。
 その思いだけがかろうじて意識を保たせる。
「も……や、だ……」
 喘ぐ言葉の放つ口元に涎が伝う。
 がくがくと震える体が止められない。
 理性などとっくになかった。
 ただ、死にたくないという思いと言われることに答えなければという思いだけが募る。
 目から流れる涙が、留まることなく流れ続ける。
「どうします?本当に記憶がないようです……」
「またか……」
 どこかで聞いた声がする。
「これ以上自白剤を打っても知らないものは答えられないでしょう。致死量を超えてしまいますが……」
「記憶が戻ることはあるのか?」
「記憶を消している手段が解ればあるいは……体内には何もありませんし、薬の影響もないようです」
「手段か……」
 苦々しげな口調。
 この声、聞いたことある……最近だ……誰?。
「オリンポスは独自の発展を遂げた過程で、我々とは違う高度な技術力を保有したと言われています、その中の一つではないかと……」
「この時計のような物。今回は壊れていない。すぐに解析させろ」
「はっ」
「お前……」
 髪を掴まれ、ぐいと引き上げられた。
 ぼやけた視線の先に銀灰色の髪が広がる。
 あの男だ……。
 やっと声の持ち主を思いだした。
 客船を襲った海賊達のリーダーだった男。
「しばらくオレが預かるからな」
 とてつもない不安だけが心を占めていた。
拷問

 ふらつく躰を抱えられるように部屋に連れてこられた。
 ジュネスをベッドに放りだした男達は、彼の手足首にリング上の物を取り付ける。
 それに訝しげな視線を送っていると、銀灰色の髪の男が言った。
「ゲージリングだよ」
「ゲージ……」
 朦朧とした意識の中で、それが何なのかを知っている自分がいた。
「逃げようとしないことだ」
 くくくと喉の奥で笑う銀灰色の髪の男だけを残して、他は全て出ていく。
「お、ま、えは……」
 ジュネスは口を動かすのも億劫な位気怠げな躰が鬱陶しくて、顔を歪める。
「オレはレスタナ・カイラードだ」
 そう言うと、レスタナはその手でジュネスの首元に触れた。その刺激に躰がびくんと跳ね上がる。
「あっ」
 その刺激に驚き思わずジュネスの口から漏れた声に、レスタナは声を上げて嗤った。
「感じたか?この自白剤は一定量を超えると神経を過敏にするんだ。痛みも快楽も、何もかもな」
 言いながら、ジュネスの右腕の傷口を少し強く押さえた。
「あぁぁぁぁぁっ!」
 目を見開き、叫び声を上げるジュネスを楽しげにレスタナは見つめていた。
 朦朧としていた意識が痛みではっきりと覚醒する。
「痛いだろう。この状態で拷問をかけたらどうなると思う?」
 僅かな刺激であれほどの痛みを与えるとしたら、拷問という名の暴力では一体どうなるのか、ジュネスは身震いをした。怯えたことを悟られたくなくて、目を固く瞑る。
 拷問の訓練は受けている。
 しかし、薬のせいか恐怖が思っている以上に襲ってくる。
「怖いか?だが、拷問はしない。しても意味がないからな。記憶が無い者を責め立ててもどうしようもないだろ」
 その言葉にほっとする。
 だが。
「拷問はしないが、遊ぶのは楽しそうだな」
 遊ぶ……?
 訝しげにレスタナに視線を送る。
「1時間はまだ薬の影響がある。その間に痛い目を見たくなかったらオレの言うことを聞くんだ」
 レスタナの手が傷口に添えられた。
 ぴくりと躰が反応する。
「言うこと?」
「そうだ。言うことを聞けばできるだけ痛みは与えない、が、もし逆らえば……」
 添えられた手に力が僅かに入る。
「ぐっ!」
 それだけで全身に痛みが走った。
「どうする?」
 楽しげなレスタナの言葉に従うのは屈辱だった。
 だが、この痛みに絶え間なく曝されてしまうとなると、そうも言っていられない。
「わかった……」
 その言葉にレスタナは楽しそうに笑みを浮かべた。
「では、オレのモノ、舐めて貰おうか」
「え?」
 何を言ったのか理解できなかった。
 ジュネスは呆然とレスタナを見上げる。
「判らないか?オレのモノを銜えてイカせろって言っているんだ」
「なっ!」
 あまりのことにジュネスは傷口を押さえられていることも忘れて身を起こそうとし、さらなる痛みに突っ伏した。
「うわぁぁぁ?」
 レスタナは突っ伏しているジュネスの髪を掴んで顔を上げさせた。痛みで涙目になっている目を覗き込む。
「その痛み、もっとひどくしてやってもいいんだぞ」
 それは悪魔の笑みに見えた。
 多少の痛みは訓練を受けて耐える自信はあった。が、それ以上の痛みが際限なく与えられて精神を維持できる自信はなかった。
 オレはこんな所で死んではいけない。
 その思いがプライドをねじり伏せる。
「判った……」
 喘ぐように吐き出した言葉にレスタナは満足げに頷くと、ジュネスの半身を起こさせた。
「お前が出して銜えるんだ」
 追い打ちをかけられ、眉間にしわを寄せるジュネスを楽しげに見ながら、ジュネスの目前に椅子を持ってきてそこに座った。
「やれよ」
 促す。
 ジュネスは怠い躰をむち打つように奮い立たせると、ベッドから降りてレスタナの足の間に踞った。のろのろと手を出し、レスタナのズボンから彼のモノを取り出す。
 だが、そのモノを前にして躊躇していると、レスタナの非情な声が降ってきた。
「早くしろ。時間がかかるようだったら、どこかに傷でもつくってみるか」
 どう聞いても本気としか思えない言葉に、ジュネスは仕方なくレスタナのモノを口に含んだ。
 じんわりと口に広がる男の臭いにえづきそうになる。
「ほらさっさと舌を動かすんだ。お前も男ならどこが気持ちいいか判るだろうが。歯を立てるなよ」
 その言葉にそろりと舌を動かした。
「ほら、手も使いな」
 仕方なく手を添え、揉みしだくように動かす。
 こんな所で男のモノを銜えさせられている。
 その行為により傷ついたプライドがジュネスの頬に涙を流させた。
 だが、それすらもレスタナを喜ばせる。
「悔しいか。なら、オレを早くイカせるんだな。そうすれば、解放してやる」
 その言葉に、ジュネスは激しく舌を動かし始めた。
 言われるまでもなくこんなことは早く終わらせたかった。
 レスタナの口から、喘ぎ声が漏れ、その手がジュネスの髪をまさぐる。一方の手がジュネスの頬から首筋をなぞった。
「んんっ」
 レスタナが触れた部位から痺れが背筋を走った。
 耐えきれず漏れた呻きに、レスタナはさらに手を動かす。躰を屈め、首筋から胸元に手を侵入させる。
 敏感になっていた皮膚が必要以上にその行為に反応した。
「ほらほら口がお留守になっているよ。そんなに気持ちいいのか」
 揶揄する言葉に、慌ててジュネスは舌を動かした。
 だが、まさぐられる手が胸の突起に触れた途端、ジュネスは思わず仰け反った。その拍子に口からレスタナのモノが外れる。それははち切れんばかりに大きくなっていた。
「誰が離して良いといった?」
 レスタナはジュネスの胸を指でつまんだ。
「うわっ!」
 痛みと快感が入り交じったものがジュネスを襲った。
 ぐりぐりと刺激を与える指に翻弄される。
「ううっ……くうっ!」
「早く銜えろ」
 非情なまでのレスタナの言葉に、ジュネスは必死でレスタナのモノを銜えなおした。
 その間も胸の突起への責めは留まらない。
 気が付けば痛みは消え、ただたまらない快感が躰を走り回っていた。
「はあ……あ……」
 喘ぎながら、それでもかろうじて舌を動かす。
 や……だ……たま、らな……い……。
「いいだろう。お前は胸が良いんだな」
 レスタナのまだまだ余裕がある言葉に、ジュネスは情けない思いで一杯になった。
 快楽に気をとられ、舌の動きが緩慢になる。
「しょうがねーな」
 レスタナは呟くとするりと胸から手を引き抜くと、両手でジュネスの頭を掴んだ。
「こうするんだよ」
 そう言うと、無理矢理ジュネスの頭を前後させる。
「ぐうっ」
 喉の奥を突かれ、吐き気を必死で押さえるジュネスを後目に、レスタナは自らの欲望を高めていく。
「はあ、はあ、はあ」
 レスタナの息が荒くなった。
「いくぞ!」
 その言葉とともに膨張したモノから喉になま暖かいモノが吐き出された。
 その生臭さに耐えきれなくて、ジュネスは吐き出しそうになったが、レスタナは彼の頭を押さえつけ、口から自らのモノを外そうとはしない。
「全部飲みこむんだ」
 その地獄のような言葉を絶望的な思いで聞いたジュネスは仕方なく嚥下する。
 なんとか飲み込めたと思った途端、口からずるりと引き出された。
 嘔吐感に襲われ踞っているジュネスをレスタナは軽々と抱え上げると、ベッドに転がした。
 ゲージリングを操作して、両手同士を拘束するように設定した。
 ゲージリングは決められた範囲から出ていこうとすると警報が鳴るだけでなく、それぞれを任意にひっつけあうことで四肢の拘束に使えるようになっていた。
 ひっつけて固定された手を頭の上に上げさせる。
「気持ちよかったよ。結構巧いな」
 その言葉に顔をしかめるジュネスを面白そうに見入りながら、レスタナはその躰の上に覆い被さった。
「な、何を!」
「ん?気持ちよくしてくれたからな、そのお礼をね」
 言いながらも服の舌から手を入れ先ほどまでいたぶっていた突起に再び触れてくる。
「んあっ!」
 既に充血しているそこは薬のせいだけではなく、僅かな刺激でも十分すぎるほどの快感をジュネスに与えた。
 レスタナは執拗にそこをいたぶった。
 指で挟み、押さえ、口に含み、嘗めあげ、噛む。
 その度に跳ね上がるジュネスの躰。
「あ、やぁ……やあっ!」
 絶え間ない刺激に開きっぱなしの口から唾液がとめどめもなく流れる。
 ひとしきりいたぶった後、レスタナは服の上からジュネスの股間を軽くもみしだいた。
「あああっ」
 一際高い嬌声がジュネスの口から漏れた。
 躰が大きく仰け反り、下肢がびくびくと震えている。
「なんだ、もうイッたのか?」
 馬鹿にしたような言葉はジュネスの耳には届いていなかった。完全に放心状態のジュネスをちらりと一瞥すると、レスタナは彼の服を慣れた手つきで全て脱がしていく。
 逆らう気力がなくなっていたジュネスはなされるがままだった。
 だが、レスタナの手が再度股間のモノを握ったとき、ジュネスはびくりと反応した。
 羞恥とプライドが心の中に甦る。
「止めろっ!」
 ゲージリングで固定された手を何とかしようともがくが、それは手首に擦り傷をつくっただけだった。
「無理だ。人の手ごときでどうにかなるものではない。逆らえば痛い目を見るだけだと言った筈だが」
 痛みは変わらず右腕から響いてくる。
 先ほどの激しい痛みを連想させるその痛みに、ジュネスは固く目を瞑った。
 その様子を嘲笑を浮かべながら見ていたレスタナは、ジュネスの上に覆い被さった。
 肌に触れる手もその重みもジュネスの不快感を膨張させる。
「やめ、ろ」
 だが、再び施される胸と自身のモノへの愛撫に、高ぶった躰が即座に反応する。
「うあ……はあ……は……」
 口から漏れる喘ぎを止める術すらなくて、ジュネスはあっという間に快楽の波に翻弄されていた。
 これは……
 薬のせいなんだ。
 躰と心のギャップを薬のせいと思いこむことで埋めようとする。
「感度がいいな。なかなか楽しめそうだよ」
 揶揄する言葉はジュネスのプライドを突き崩す。
「いや……うう……」
 好きなように弄ばれいるのが判っているのにどうしようもなくて、自分が情けなくて……ジュネスの目から涙がこぼれ落ちた。
「さてと、こちらの具合は?」
 ジュネスはレスタナの言葉にふっと目を開けた。
「ひっ!」
 途端に後の穴にひきつれた痛みを感じ、躰が仰け反った。
「きついな。処女か?」
 楽しげなレスタナの言葉は耳に入っていない。
 無理に広げられた痛みは薬のせいで倍増し、躰の中でうごめく指がとてつもない違和感と不快感を伝える。
「や、め、ひあっ!」
 制止しようとする言葉はさらなる痛みに発することができない。 
 さらに大きく広げられ、痛みが脳天まで響く。
 目は大きく見開かれ、涙がとめどめももなく流れ落ちる。
「痛いか?」
 笑いを堪えるような口調が耳に入るが、それ以上にジュネスは襲ってくる痛みに翻弄されていた。中で動くモノがさらにジュネスを混乱させる。
 いや……だ。
 自分がされている事が理解できない混乱。そして、痛みとどこかおかしな感覚に自分の躰が言うことをきかないことへの混乱。
「この程度でそれだけ痛がるようなら、オレのモノが入ったらどうなるんだろうな」
「?」
 その言葉をジュネスは一瞬遅れて理解した。
 逃れようと一際激しくもがくジュネスを難なくレスタナは押さえつける。
「言った筈だな。逆らえば痛い目に遭わせると……」
 その言葉にジュネスは途端に大人しくなった。
 恐怖が頭の中を支配していた。
 普通なら屈しない、感じたことのない恐怖が頭の中を占めている。
 こんな恐怖はおかしいと思う心が片隅にあった。だが、それすらもコントロールできない感情に押し込められる。
「やめて……」
 涙混じりに懇願するジュネスにレスタナは後ろに捻り込んだ指をぐりぐりと動かす。
「ひいっ」
 その度にジュネスの躰が跳ねるのを楽しげに見つめている。と。
「あああっ」
 ジュネスの悲鳴が嬌声にかわった。
 躰が仰け反り、開いた口から睡液が流れ落ちる。
 今まで痛みで萎えていたジュネスのモノがむくむくと起きあがった。
 レスタナの顔に楽しげな笑みが浮かぶ。
 先ほど反応があった場所を何度も指先で刺激をする。その度にジュネスの口から嬌声が漏れ、背筋は大きく仰け反った。
「あああっ……ああっ……ああああっ!」
 再び、吐き出された精がジュネスの腹に液溜まりを作る。
 レスタナはそれを手に取ると自分のモノに塗った。
 いまだ快感に震えるジュネスから指が引き出される。
「んん」
 それすらも今は快感として伝わり、躰がひくついていた。
 開かれた目は目尻が染まりひどく扇情的になっているのに本人は気づいてない。抜かれた指を追いかけるように腰が動いていた。
 腰が抱えられ、足が限界まで広げられて何かが敏感になったそこに触れたのを感じたジュネスはうつろな視線が探るように動かした。
 が。
「ひいっ!」
 引き裂かれるような痛みが脳天まで貫いた。
 限界まで見開かれた目は焦点が合っていない。
 ぎりぎりと音がしそうな響きとともにひどくなる痛みにジュネスは意識を手放しかけていた。が、それを許すレスタナではなかった。
 右に左に頬を叩かれ、その違う痛みで意識が覚醒する。
「あ……」
 再度開かれた目は虚ろで、溢れ出る涙は止まる気配がない。
「気を失ったら面白くないからな」
 言葉とともにぐいっと躰を押し込む。
「あああっ」
 叫びとともに激しく痙攣する躰。
 舌なめずりをしながらレスタナはその様子を眺めていた。
 鍛えられた体が極限まで反り返っている。 
「あぁぁぁぁぁ」
「お前、結構丈夫そうだな。痛みにも強い方だろ」
 痛みに叫び声をあげ続けているジュネスを見ながらレスタナは言った。
「だがこの薬、効くだろ。これを打って拷問するとな、どんな強者でも数十分で落ちる。なぜだか判るか?」
 何も聞こえていないであろうジュネスにあえて問いかける。
「気を失いにくくなるんだよ。どんなに痛くても、意識を手放しそうになっても、次の痛みで再び意識が覚醒するんだ。痛くても痛くても、次の痛みで覚醒するんだから、溜まったもんじゃないだろ。それでも痛みを与えていると大抵止めてくれと懇願し出す。もしくは気が狂う」
 くくと喉を鳴らす。
 その目に嗜虐の色が浮かんでいた。
「いいなお前、苛めたくなる。強い奴が壊れるのを見るのは好きだよ」
 そしてレスタナは嗤う。
「プライドを踏みにじるのもいかな。その気の強いプライド、壊れさせてやるよ、いつまで持つかな?」
 叫び続けるジュネスには何も聞こえていなかった。
蹂躙

 生きていることが嫌になる。
 一人になるとそんな思いに駆られるようになっていた。
 あれから1週間、毎日のようにレスタナは現れてジュネスを蹂躙した。
 嫌がるのを無理矢理犯して、そのまま放置して去っていく。
 今日は朝からやって来て催淫剤を塗ったバイブを押し込み、自分では抜けないようし、ゲージリングを後ろ手に固定した。そのままレスタナは去っていく。
 直腸から即座に吸収された催淫剤はジュネスの躰を一気に高ぶらせる。が、バイブは微弱な刺激しかもたらさず、ジュネスを翻弄させるだけだった。
「ああ……はあ、はあ……んんっ」
 イキたい……。
 その思いだけがジュネスを支配し、自身の腰をベッドに擦りつける。
 極限まで高められたその躰はその刺激だけでも簡単にイッてしまうが、すぐに次の刺激を躰が欲する。
 シーツも躰も自分の放出したものにまみれて見るも無惨になっているにも関わらず、ジュネスの欲情はとどまることがなかった。
「すごいな……」
 3時間。
 やっと様子を見に来たレスタナの声にジュネスはゆっくりと視線を向ける。
 乱れて汗で貼り付いた髪の間から覗く瞳は、欲情にまみれ、理性のかけらも伺えない。
「色っぽいよ。このまま押し倒したい位だ」
 舌なめずりするレスタナにジュネスはずりずりと寄っていく。
「お願い……欲しい……」
 足下に跪き、レスタナのモノをズボンの上から頬ずりするジュネスを蔑むようにレスタナは見つめていた。
「残念だが、オレにはまだ仕事がある。もうすぐ基地に着陸するんでな」
 そう言いながらもジュネスを俯せに押し倒した。
「これをやるから、もっと喘いでいな」
「んくっ」
 バイブの横からするりと座薬状の物を押し込んだ。
 バイブのロックを外し、前後に動かして先ほど入れた物を奥へと押し込む。動かすたびに濡れた音が響く。
「はあ……ああっ……もっとお……」
 嬌声が漏れ、次の瞬間びくんと大きく仰け反った。
 腹の下のモノがぶるぶると震え、白濁した液を吹き出す。
「あああっ」
 体中をびくびくと痙攣させているジュネスを面白そうに見つめるレスタナの前でジュネスが再び大きく体を震わせた。
「あ、あ!」
 イッたばかりのモノが立ち上がり、先から液を溢れさせる。
「や!から、だが!」
 治まりかけていた高ぶりが再び熱くたぎってきた。
「な!やぁ!」
 押さえようもない欲情にジュネスは欲望に満ちた視線をレスタナに送る。
「た、たすけ……て……」
「ふん。今いれた薬も結構きくだろう。まあ、しっかり楽しむんだな」
 レスタナは抜き取ったバイブをベッドの上に放り出すと、さっさとドアへと向かおうとした。
「い、やあああっ。お願い……待ってぇ……」
 ジュネスは必死でその足に縋ろうとする。だが、後で固定されている手で捕まえることができない。
「どうした。我慢できないのか?」
 言われてこくこくと頷くジュネスに、レスタナはにやりと嗤った。
「なら、しばらく待っていろ」
 そう言い残すと、さっさと出ていってしまった。
 残されたジュネスは、もうこの高ぶった性欲を満たすことだけしか頭に無かった。
 先ほどまであったバイブも抜かれ、後ろの穴が刺激をほしがってひくついているのが判る。
「ああん……ああ」
 結局自分のモノを床にこすりつけるしか手だてがなく、腰を降り続ける。
 しかし、いい加減イキまくっているためにもう欲しい射精感はなかなか得られなかった。
 うずく躰はそれでも快感をほしがって、気が狂いそうだった。
「お、おねが……誰か……」
「へえ。こりゃあ凄い」
 いきなりかけられた言葉にジュネスはそちらに顔を向けた。
「可愛いじゃねーか。ほんとにいいのかよ」
「レスタナ様が直々にいいって言ったんだから良いんだよ」
 明らかにレスタナの部下と思える男が2人立っていた。
「じゃ、まずオレからね」
 その内の一人がズボンをずらすとベッドの上に寝っ転がった。
「お前、欲しいんなら自分でこの上に来な」
 ジュネスの視線が仰向けの男の下半身に釘付けになった。
 欲しい……。
 その思いだけがジュネスを動かした。
 這うようにベッドに向かい、ずり上がる。
「足の方を向いて座るんだよ」
 言われるがままの姿勢を男の足下で取った。
 男が手で支えている既ににいきり立ったモノを後ろの穴に当てる。
 ぐいっと腰を落とした。
「ああああっ」
 すでに十分すぎるほど解されていたそこはなんなく男のモノを受け入れる。
 さらに欲しくて、自然に腰が動く。
「こりゃ、いい。それ、もっと動けよ」
 下の男の言葉にジュネスはさらに腰を激しく動かした。
「ああ……はあ……ああいいよお……もっとお……壊れるぅ」
「おいおい、完全に狂ってんじゃないのか」
「さあてね。それよりレスタナ様に頼まれたことさっさとやっとこうぜ」
 残りの男がジュネスに近づいた。
 下からの快楽に没頭しているジュネスはそれに気付かない。
「あ、ああああっ」
 何度目かの射精を味わい、がっくりと躰を倒したジュネスをその男は抱き起こした。繋がったままの男が後ろから両手で支える。
「レスタナ様からお前への贈り物だ」
 虚ろな視線で男達を見ていたジュネスは自分が何をされようとしているのか全く判らなかった。
 男の手が何かをジュネスの乳首に突き刺した。
「ひいいいっ!」
 充血して赤くなっていた場所への激しい痛みに全身が痙攣する。
「うわっ、こいつ締め付けてきやがる」
 下の男が顔をしかめた。腰を動かし、ジュネスを突き上げる。
「うう……ああ……」
 痛みに震えていた体が別の震えへと変わる、が。
「それ、もう一つだ」
「うああああああっ」
 もう片方からの刺激は、しかしジュネスはその瞬間再び放出し……意識を失った。
「こいつ、痛い目に遭っているのにイキやがった」
 嘲る声はもう聞こえていない。
 男達はジュネスの乳首に環状のピアスを取り付けた。
 そして気を失ったままのジュネスに自分の欲望を放つ。
 濡れた音を立てて男のモノが引き出された穴は閉じることなく白濁した液を吐き出した。
 そこにもう一人の男が自らの欲望を突き刺した。
「へへ、すんなり入りやがる」
 侮蔑の言葉を投げかけるとその尻を激しく打ち据えた。
「んんっ」
 痛みにジュネスの意識が微かに覚醒する。
「おい、もっと締めるんだよ」
 言われるがままにジュネスは尻に力を入れる。
「お、いいねえ」
「んんっ……ああっ……はあ、はあ」
 荒い息が男の動きに逢わせて漏れた。
「動けよ、もっと」
 胸から男が流れる血をざらりと舐め取る。
「うわぁぁ」
 閉じられることのない口から漏れる声は意味をなしていない。
 ただただ与えられる快感を絞り出していた。
 その目は何も見ていなかった。
 気を失えば叩き起こされ、もう何も出ないほどイカされた。
 腹の中に放出されたものは、出されることなく次々に蓄えられていく。
 二人が去れば次がきた。
 身動きがとれないジュネスに抗う術も意識もなかった。
記憶

「レスタナ、お前はあの男によく似てるねえ」
 あの人は、そう言ってオレの髪に触れる。
 それこそ愛おしそうに、そしてそういう時はあの人の目はオレを見ていない。
「母さん……」
 オレを見てよ。
 言いたくて、でも言葉を飲みこむ。
 そして笑う。
「そんなにオレ似てる?」
「ああ、この髪の色も、目もとてもよくねえ。本当に生き写しのようだよ」
 かちんと開かれたフォトグラフに映し出される男は、今のオレによく似ていた。
 でもね。
 母さんがオレを見て、その男の事を思い出すのがオレには辛い。
 今はもうどこかで宇宙の塵になっている筈のその男。
 オレは父親だとは思っていない。
 いつだって、オレの側にいたのは母さんと母さんを助けてくれるみんなだけだった。
 なのに、二人っきりになったとき、母さんはいつも懐かしそうにオレを見る。
 いつも強い、勝ち気な母さんがそんな時だけとても弱く見える。
 そんな母さんをオレは見たくない。
「でも、オレは母さんのその髪の色の方が好きだよ」
「この色がかい?」
 長く垂らした髪を、母さんはその手で掬い上げる。
 茜色というらしい。
 少しくすんだ赤色。暗赤色。
 薄闇の中で見ると静かにくすぶる火種のようで、すごく綺麗に思える。
「ああ、きれいだ」
 オレの言葉に母さんはいつもくすぐったそうに笑う。
 その母さんの表情が好きで、その時だけはうれしくて幸せな気分になれる。
 決して楽しいとは思わない海賊生活。
 子供の時から、子供らしい事とは無縁だった。
 遊び場所は、艦船の中。
 遊び相手は、海賊の仲間達。
 遊び道具は、いろんな武器。
 暴発させては母さんに怒られていたっけ。
 それでも、ここしかオレにはなかった。
 幼い頃から17の時まで、オレの安らげる場所はそこにしかなかった。
 そして、今、あそこ以上に安らげる場所は見つからなかった。 
 17の時に失った、あの日からもうずっと……。

 目の前で爆発する
 オレは、それを呆然と見つめていて、声も出なかった。
 あそこには……母さんがいた……。
 いきなり遭遇した宇宙軍の艦隊。
 たまたま別の船に移っていたオレは旗艦に帰ることも出来なくて、いらいらと戦況を窺っていた。
 そして……。
 運命の時。
 艦尾に母さんの髪の色と同じ色の剣が4本。
 その戦艦が躍り込んできたその瞬間、目の前で母さんが乗っていた旗艦は爆発した。
 目の前で……何もできなかった。
 茜色……。
 いつまでもその色が目に焼き付いていた。
 決して忘れられない色。
 母さんの色。
 そして母さんを殺した色。
 何よりも愛おしい思い出……。
 そして。
 何よりも憎い思い出。
 茜色。
 嫌な夢だ。
 きつく下唇を噛み締める。
 レスタナは落ちてきた前髪を掻き上げながら、ベッドの上に座り直した。
 もうあれから10年もたった。
 最近では思い出すこともなかった夢。
「あいつのせいか……」
 この前捕まえたあいつ。
 初めて見たとき、あの鮮やかとも言うべき茜色の髪に目を奪われた。
 オレが欲しくて堪らなかった色。
 そして、オレからもっとも大切な人を奪った色。
 何もかも心の奥底に埋めていたモノがあいつのせいで甦ってきた。
 あいつを見ていると苦しめて殺したくなる。
 だけど殺せない。
 記憶を取り戻させてから……それからなら……。
 だが。
 あいつはきつい目でオレを見る。
 捕虜のくせに。
 中途半端な記憶しかない癖に。
 決して負けを認めない。
 そんな強い意志を感じる瞳。
「似てる……」
 漏らした言葉に、レスタナは狼狽える。
 そんな筈はない。
 あいつが母さんに似ているなんて。
 似ているのはあの髪の色だけだ。
 それにあいつは、あの髪の色は、憎むべき相手を彷彿させる。
 茜色の剣。
 それからまもなくその正体を知った。
 オリンポスのアレース艦隊。
 茜色の4本の剣を象徴とする艦隊……。
 それがあいつの所属艦隊とは滑稽なほどの天の采配だ。
 記憶……。
 記憶さえ取り戻せば、あいつをどうしてやろう。
 くくと喉をならす。

 だが、レスタナの表情は浮かない。
 口元は笑っているのに、その目は冷めている。
 茜色。
 もっとも憎くて、だが、もっとも愛おしい色。 
混沌

 気が付いたら、全裸のまま見たことのない部屋に寝かされていた。
 怠い躰を起こし部屋を見回す。
 作りは船の中のものとよく似ているが、窓に似たスクリーンがあるのが特徴だった。
 ここは……ステーション?
 それは、宇宙ステーションの居住区に使われるユニットに似ていた。
 ここがステーションだとして、いつの間に下ろされたのか。
 ジュネスは眠る前の事を思い出そうとした。
 だが、霞がかかったようになってはっきりと思い出せない。
 レスタナがやって来て、薬とバイブをつっこまれたことは覚えている。
 直ぐさま襲ってきた激しい疼き。
 悶え狂った自分。
 思い出して激しい自己嫌悪に陥る。
 オレは何をやった?
 レスタナが再びやってきたことはわずかに覚えていた。彼にすり寄ったことも。
 だが、その後の事は完全に記憶にない。
 ふと、ずきずきと疼く胸に視線を向けて絶句する。
 そこには金色のリング状のピアスが付いていた。
 つけたばかりのために血がにじんでいる。
「こ、れは!」
 やっと喘ぐように出た声は掠れてしまっていた。
 いつの間につけられたのか?
 よく見ると躰は全身が精液にまみれ、悲惨な状態だった。
「くっ」
 唇を強く噛み締める。
 オレは一体何をしているんだ?
 ついた手がシーツをきつく掴む。
 その拳が白くなり、ふるふると震えていた。
 と、躰の中から流れ落ちる感触にぶるっと躰が震えた。
 その感触に激しい嘔吐感がわき起こる。
「い、やだ……」
 悔しい、情けない……死にたい……。
 このまま、こんな思いをするくらいなら……。
 嗚咽を漏らすジュネスに突然脳裏に言葉が浮かんだ。
 ??死んではならない。
 どうして!
 混乱する。
 死んではいけないと自分が言っている。
 こんなに情けなくて生きているのが嫌なのに……。
 こんな屈辱。
 いいように扱われて、オレはもう死にたいのに……。
 だけど心の中に浮かぶ言葉は、そんなジュネスを嘲笑うようにジュネスを拘束する。
 こんなところで死んではならない。
 ……。
 判らない。
 オレはこんな所で何をしている。
 オレは何をすれば良いんだ。
 オレは死にたいのに死んではいけない……。
 二つの心がせめぎ合い、ジュネスの精神を不安定にしていく。
 オレは……死にたくても死ねない存在なのか?
 オレは何だ?
 オレは誰なんだ?
 ふっと浮かんできた問いにどこかまだ冷静な自身の心が答える。
 オレはジュネス・コントラード大尉。
 大尉?
 それは何だ?
 それは階級。アレースの階級。
 アレース?
 アレース・エニューアリオス。
 オレは<好戦的な戦神>達の一人。
 どんな時でも実行者となるもの。
 ジュネスの表情が落ち着いてきた。
「オレはジュネス・コントラード大尉。アレース・エニューアリオスの一人」
 呟くそれは呪文のようにジュネスの心に染みこんでいく。
「オレはアレース・エニューアリオス……好戦的な戦神の、一人……」
 目に光が宿る。
 そこにいるのはジュネス・コントラード大尉。
 死んではならない存在。
 言葉が力を持ち、ジュネス自身に暗示をかける。
 自分が何者であるかがキーワード。不安定な精神を安定させるための。
 冴えてきた精神がジュネスに警告を与えていた。
 落ち着け。
 敵の手に乗るな。
 と。
 ジュネスはのろのろと立ち上がった。
 汚れた躰を綺麗にしたかった。
 躰だけでも、綺麗にしてきちんとしたい。そう思った。
 これがステーションのユニットルームと同じ構造なら、どこに何があるかは見当が付く。
 喉が痛くて躰が異常にだるさを訴えていたが、そんなことは無視して動いた。
 この位大丈夫!
 自らに暗示をかける。
 最初に目に付いたドアを開けるとやはりそこはバスルームだった。
 中に入り、シャワーを全開にする。
 頭からシャワーを浴びると、まだどことなくぼんやりしていた頭がすっきりとしてくる。
 胸からずぎずきと痛みが沸いてくるが耐えられないものではなかった。
 ジュネスはそこに目をやり顔をしかめた。
 外してやろうか……。
 ふとそう思ったが、口の端をあげて笑みを浮かべるとその考えを消し去った。
 今外しても結局再び付けられるだろう。
 下手に逆らう必要は、まだない。
 この程度ならまだ……。
 オレはアレースの戦士なのだから。
 その思いだけが今のジュネスの拠り所だった。
 シャワーから出て躰を拭いているとドアの開く音がした。
 ジュネスはひょいとバスルームから顔を覗かせる。
と、見たくもない奴がそこにいた。
「何だ元気そうだな」
 にやにやと嗤うレスタナから視線を逸らす。
 無視して躰にバスタオルを巻き付けながら部屋へ出ていくと、レスタナがジュネスの背中から躰を抱き締めた。
「離せよ」
 むっとして言い放つジュネスにやや驚いたような表情を浮かべる。
「これはまた……昨日泣いてすがってきた奴とは別人のようだな」
「離せ!」
 聞きたくもないことを言われ、怒りでレスタナの手を振り払う。
「ふん、昨日は6人の男をくわえ込んだにしては元気で感心する」
 揶揄するレスタナにジュネスは何も言わず鼻先で嗤って返した。
 その反応にさすがにレスタナは眉をしかめたが、ジュネスから手を離した。いつの間にかソファに置いてあった服を取り上げ、ジュネスに投げつける。
「着ろ」
 命令されむっとしながらも服についてはありがたかったので黙って受け取る。
 一応下着もあり、ほっとする。
「お前の事だから、服なんてくれないかと思った」
 本気でそう思っていた。
「部屋に閉じこめていてもいいがな、それだけでは面白くないからな」
 それが何を意味するのか判らなくて、ジュネスは服を着ながらレスタナを見つめる。
「ここはオレが管理している区画だ。その範囲から一歩でもでるとゲージリングが働く。逃げようとは思わないことだな」
「ここはどこなんだよ?」
 答えてくれるとは思わなかったが、一応聞いてみる。
 だから、返事が即答されたときには驚いた。
「海賊グライコスの本陣。宇宙ステーション キング・グライコスだ」
 にやりと嗤うレスタナの言葉に、ジュネスは蒼白になった。
 グライコス……頭にその情報がフラッシュバックする。
 今一番宇宙で幅を利かせている海賊一味。
 どこにあるか判らなくて、銀河連邦軍も警察も必死で探し求めているその本拠地。
 オレってば、そんなとこにいる?
「ど、どうして……」
 思わず口について出た呟きをレスタナは聞き逃さなかった。
「何が?」
「そ、んな所……何でオレを連れてきたんだよ」
 オレはオリンポスの軍人で、グライコスの天敵で……その場で殺されても仕方がない……。
 ぞくりと背筋に寒気が走った。
「オリンポスの人間だからだ」
 その言葉に何の感情もこもっていなかった。
 その視線がジュネスを身震いさせた。
「我らの天敵。少しでも情報が欲しい。なんとしてもお前の記憶を取り戻し、情報を引き出す」
 記憶……。
 オレだって取り戻したい記憶。
 だけど、それをここで取り戻すことは「死」を意味する。
「半年かかっても取り戻せない記憶もあったが、お前の記憶の方がまだ程度が良い。なんとかなるかも知れない」
「半年?」
 どういう意味だ。
 不審気なジュネスをレスタナは手招きをした。
「付いてこい」
 言われて、逆らう理由もなかった。
 部屋を出ていく。
 通路の両側にドアが一定の間隔を開けて並んでいた。ステーションの居住区によく見られる景色だ。
 船の居住区に比べるとそこかしこに余裕がある作りになっている。
「ここだ。さっきの部屋がお前の部屋になる。そして、ここが」
 そう言いながらドアを開ける。
「入れ」
 レスタナは後ろを振り返りジュネスに首をしゃくって促す。
 ジュネスは半端好奇心でその中に入った。構造は先ほどの部屋と大差ない。
「誰?」
 誰何する声にジュネスははっと躰を強ばらせた。
 人がいるとは思わなかった。生活感の無い部屋。それ以上に人の気配など感じなかった。
 声のする方に視線を向けると、同じようにこちらに視線を向けた男が立っていた。
 背は一回り向こうの方が高い。
 整った顔立ちで肩まで届きそうな黒い髪が無造作に後で束ねられていた。骨太でがっしりした体格をしておりまだ若い。
 だが、どことなく力のない焦げ茶の瞳のせいか妙に弱々しい雰囲気を見せていた。
 思わず背後のレスタナを見やる。
「セイキだ。お前と同じ拾いものだよ」
 からかうような口調に嫌悪を覚えながらも、その言葉に首を傾げる。
「拾いもの?」
「詳しいことはそいつから聞け。この中の事も聞いておけ。セイキの方が先輩になるからな」
 くくと喉を鳴らして、それだけ言い放つとレスタナは出ていった。
 呆然とその姿を眺め、そしてセイキという男に視線を向ける。
 だが、躰の怠さが思考能力を奪う。
 ふらふらとジュネスは歩くと部屋の片隅にあるソファに座り込んだ。そこからだと、セイキが真正面に見えた。
 セイキはレスタナが去ったドアを見ていた。
 どこか寂しげなその表情がなんなくその男に似合わない。
 しばらくそんな様子を見ていると、ふとセイキがジュネスに視線を移した。
 真正面から見据えられたその表情に先ほどまでの寂しげな様子はない。表情を窺えないその顔と態度、そして先ほどの気配を感じさせない様子を考えるに、彼が自分と同類のような気がした。
 それは戦場に身を置いた者同士が感じる臭い。
「誰だ?」
 セイキが再度問う。
「オレはジュネス・コントラード。オリンポスの人間だ」
 彼に自分の身分を隠すのもおかしな気がした。だから正直に答える。
「客船に乗っていてあいつに捕まえられた」
 その言葉にセイキの顔に驚きの表情が浮かんだ。
「捕虜、か?」
「オレには記憶が欠如している。オリンポスに関わる事についての。レスタナはその記憶が欲しいからオレを生かしている」
 生かしている……が、本当にどういうつもりなんだろうか……。
 レスタナの行為はジュネスを追い込む。
 耐えようもない行為に精神がずたずたになりそうだ。
 オレがアレースの一員でなかったら……もしそのことすら忘れていたら、今頃自分で命を絶っていたかも知れない。少なくともさっき目覚めたときは、そうしたい思いで一杯だった。
「あんたはどうしてこんな所にいるんだ」
 セイキは、どさりとベッドに腰を下ろした。
「オレは貨物船の乗組員だったらしい。事故でアステロイドに激突していた所をレスタナに拾われた」
「事故?」
 ジュネスが首を傾げる。
「オレの記憶はここからだ。気が付いたときにはここのベッドに寝かされていた」
 セイキは部屋のベッドを指さした。
「それ以前の記憶はない。何も判らない、何も覚えていなかった」
 苦笑を浮かべるセイキ。
「でも名前は?」
「不時着した船の中にはデータが残っていなかった。激突のショックでコントロールルームなんかは完全に破壊されていた。オレは、貨物室にいて助かったらしい。オレの身元を証明するのは、オレの身分証明書しかなかったらしい」
 セイキはぼろぼろになった身分証明書をポケットから取り出した。
 危険物を運ぶ運搬会社のパイロットという証明書だ。
「海賊が人助けとは珍しいな」
「ここに近い場所だったせいと、それに貨物船が普通と違っていたみたいだから興味を持ったみたいだ。それにオレを見つけたのがレスタナだったせいかな。レスタナはあまり不要な人殺しはしない主義だから」
 あいつがそんなタマか?
「最初の内は、どこかのスパイではないかと拷問も受けたよ。だけど本当に記憶が無いのが分かって、それ以上のことはなかったけど、このままこの区画に拘束されたままだ」
 ふっと言葉を切ったセイキを訝しげにジュネスは見つめた。
「ずっと?何もしていないのか?」
「レスタナは、ここの幹部の一人で結構意見が通るらしくて、オレの事もあいつが捕まえたんだからって、あいつのモノになることには誰も反対しなかったらしい」
「あいつのモノって?」
 嫌な予感がした。
「オレの記憶が無いことに気付いたレスタナは、オレを見て言ったんだ。お前が気に入ったと」
 ふっとジュネスは自分が抱かれているシーンを思い出し顔をしかめた。
 オレの時と同じく、それは決して合意ではなかったであろう行為。
 俯いた目線が床を這う。
 あんのホモ野郎がっ!
 ジュネスは毒づいた。
「それからずっとだ。働く必要はない。ここにいれば衣食住の心配はない。だけど、自由もない」
 そう言って服の袖を捲り上げる。そこにある物を見て、ジュネスは目を見開いた。
「ゲージリング……」
「足にも付いている」
 息を飲んだ。
 あきらかにジュネスと同じ物。
 この区画から一定以上出ていくと、仕組まれている警報機が鳴り響き、ゲージリング同士が引き寄せられる……4つ付いているということは手足が拘束される。
「結局、あいつはオレを殺さなかっただけ。オレはあいつのおもちゃと一緒なんだ」
 ぎりりと歯を食いしばるセイキを見つめるジュネス。
 半年間……ずっとここにいたんだ。
 何も分からない不安定な記憶とともに、あんな奴の慰み者で……。
 どう見たって普通ならそんな事を甘んじて受け入れるようなタイプではない。
 あいつは気の強い奴を屈服させるのが好きだから……あの時……オレを屈服させようとしたあいつの目。
 ジュネスは下唇を噛み締めた。
「あんたは、大丈夫か?」
「え?」
「レスタナは強い奴を苛むのが好きだから……」
「!」
 船の中での一週間。
 あの行為を思い出して、顔が歪む。
 嫌だ。
「あんの、変態野郎!」
 気の毒そうなセイキの視線が耐えられない。
「何で逃げないんだよっ!」
 理不尽な怒りがセイキに向けられる。
「逃げれないよ。このゲージリングがあるから……」
 諦めきった様子のセイキが理解できない。
 どうして!
「逃げようと思ったことはある。だけど……逃げればもっとひどい目に遭わされる」
 ひどい目って、何だ?
「ずいぶんと物騒な話になっているじゃないか」
 いきなり背後から声が沸いてきた。
 慌てて振り返ると去ったはずのレスタナがいた。手に持っているトレイを傍らのテーブルに置く。
「何が!」
「ここから逃げられると思っているのか?」
 嘲笑が浮かぶレスタナを憎々しげに睨む。
「逃げてやる」
「無理だね」
 一蹴されて、だが、その程度で落ち込むオレではない。
「絶対に逃げる!」
「そいつも最初はそう言ったな。なあ、セイキ」
 いきなり矛先を向けられたセイキは、唇を噛み締め俯いた。
「だが、1ヶ月も持たなかったな。その内、そいつの方からオレを求めてきたんじゃなかったか。今は、オレ無しじゃあ夜が過ごせないんだよなあ」
 つかつかとセイキの傍らに近寄り、その顔を上げさせた。
 顔を近づけその唇を貪る。
 セイキは目を閉じ、なすがままにされていた。
「うるさいっ!オレは負けない!」
 握りしめた拳が震える。
「お前こそ、うるさいな。そこで黙っていろ」
 レスタナはポケットから取り出した物を操作した。
 セイキの顔色が変わるに気づくのと、ジュネスの両手足がお互いに引き寄せられ固定されたのとが同時だった。その拍子に床に無様に倒れ伏す。
「ってえ……」
 傷ついている右腕を打ち付け、涙が出るほどの痛みに襲われた。
「そうそう、そこで転がっていろ」
 レスタナは嘲笑を浮かべると、再度セイキに口付けた
 そのままベッドに押し倒す。
「んん」
 セイキの喉から甘い声が漏れ、あっという間に全裸になった二人が目前で絡み合う。
 ジュネスは目を固く瞑りその光景から意識を外そうとした。が、塞ぐことができない耳から、二人の声と音が入ってくる。
「ああ……もっとお……」
「久しぶりだったからな、そんなに欲しいのか」
 揶揄するレスタナの言葉に甘く反応するセイキの声。
 ジュネスに対するより優しい感じがするレスタナの責めがセイキを瞬く間に翻弄しているのが判る。
「んあぁぁ……」
 セイキの喘ぎ声にまるで自分が犯されているような感じがした。視界を閉じていると余計にそれが増す。ジュネスはそっと目を開けた。
「!」
 上げた視線がセイキの視線と絡んだ。
 欲情し潤んだ視線に絡め取られ、同時に聞こえる声がジュネスの下半身を刺激した。
 慌てて目を逸らす。
「……やああ……もっと、ほしいぃ……」
 あからさまな言葉がジュネスを刺激していた。
 まるで自分がセイキを犯しているような気分になり、ジュネスはきつく唇を噛み締める。
 船の中で施された行為が、ジュネスの躰を開発し敏感になっていることにジュネスは気が付いていなかった。
 だから、他人の行為にここまで感じてしまう自分が理解できなくて、混乱する。
 それでも躰はセイキの声だけで高ぶり、疼きを訴えた。
「ああああぁぁ」
 一際大きな嬌声が耳をつき、セイキがイッた事が判る。
 その声すら、ジュネスを刺激した。
 服の下で大きくなったジュネスのモノが何とかして欲しいと訴えている。
 荒くなる呼吸をなんとか押さえ込む。
「セイキ、ジュネスがお前の声で興奮している。この口でイカしてやりなさい」
 初めて聞くレスタナの甘い声とその内容に驚いて目を見開くと、ベッドからセイキがこちらに降りてくるところだった。
「や、だ!来るな」
 身を捩って転がり、セイキから離れようとする。
 だが、さっさと降りてきていたレスタナにその躰が上向きに押さえ付けられた。
「離せっ!」
 叫ぶジュネス。
 だが、セイキは躊躇いもなくジュネスの下半身を露わにすると既に猛っていたモノを口に含んだ。
「セイキのフェラは巧いぞ」
 レスタナの言葉が心に突き刺さる。
「うう」
 歯を食い縛り、もたらされる快感から意識を逸らそうとする。が、セイキのフェラは確かに巧みであっという間にジュネスを翻弄し始める。
 セイキのそれは、今まで経験した誰よりも巧みで優しかった。
 あっという間に最高点まで高められたジュネスのモノは呆気なく陥落した。
「くうっ」
 悔しくて涙が流れるジュネスの躰から離れたセイキにレスタナは口づけをする。
「まだするか?」
 レスタナの言葉にセイキが頷くのをジュネスは呆然と見つめていた。

続く