【裕太と智史の『思い出一夜』  】

【裕太と智史の『思い出一夜』 】

「寂しくないのか?」

 深山裕太は滝本智史と始めて話をした時の事はよく覚えている。
 高校一年生。
 入学してから2ヶ月ほど経とうとしていた。
 教室の窓際、中程の席で彼、滝本智史はいつも座って外を眺めていた。時折室内を見渡す以外、滅多に表情を向けることがない。

 だが、整った優しい顔立ちは可愛いと言っても差し支えないくらいだったし、いつも穏やかで人当たりの良い性格だった。
 だが、彼と親しくする者はいなかった。
 必要な事以外、話しかける人はいなかった。
 地元の高校でしかも人数の多い地区からの入学であるから最小学区の深山裕太に比べれば知り合いは多いはず。
 だが、その裕太よりはるかに話をする相手がいないようだった。
 その理由が彼の弟の生だと、誰に聞いたんだろう。
 高校の門の所で可愛い顔立ちなのに目つきの鋭い男の子がいつも立っていた。彼はいつもその子と連れだって帰っていた。
 その子に見せる優しい笑顔と教室内での彼の表情のギャップ。
 その子が彼の弟で、兄に近づく者には誰であろうと喧嘩腰でつっかかってくると聞いた。喧嘩慣れした彼の弟は、小学校の頃から例え相手の躰がどんなに大きくても怯むことはなかったし、実際強かった。
 高校の中にも彼の弟の仲間がいた。だから、彼には誰も近づかなくなった。
 可愛いボディガードに守られている彼はさながら孤高の王子様のように、いつも一人だった。
 そのころの裕太は両親の不仲の中で、ただその性格からかろうじて道を外れることを踏みとどまっているような危うい位置にいた。
 帰ると冷たい家。
 出されるだけの食事。息子に対しても会話がない家。
 学校だけが息抜きの場だった。
 そんな裕太だから、智史が気になった。彼にとって学校すら息抜きの場ではないような気がした。いつだって周りに気を遣って過ごしている。
 それが裕太にはありありと判った。
 だから。
「寂しくないのか?」
 驚いたように裕太を見上げる智史の顔はその辺の女の子達より可愛くて、ずきりとする鋭い痛みが胸を貫いた。
「寂しい?どうして?」
 不思議そうに首を傾げる智史。
「いつも一人だ」
 そう言うと、智史は何でもないように首を振った。
「いつだって一人だったから寂しいなんて思わない」
 ……。
 言葉がなかった。
 気付いていないのか、その言葉の意味に。
 裕太ですら判ったその意味に口走った本人が気づいていない。
 彼は弟達にすらその心を開いていないのだと言うことに。
 あのボディガードの弟に見せていたあの笑顔は、一体なんなのか?
 最初に感じた胸の痛みもあったけれど、その不安定な心が気になって、裕太は智史につきまとうようになった。
「僕の側にいると弟が君に乱暴するよ」
 その行為をやんわりと拒否されたこともある。
 だが、裕太は笑い飛ばした。
「どうして?僕は君に何もしていない。それに僕は喧嘩には強いんだよ」
「でも」
 それでも不安がっている智史のために誠二と直接対決すらした。
 校門の前ではっきりと言ってやる。
「僕は智史くんと友達でいたい。君に邪魔はさせない」
「友達?お前にその資格があるというのか」
 まだ中学生で年相応かそれ以下の相貌をしているというのに、迫力だけはあった。
「資格なんか……友達になるのに資格なんかいるのか?僕は智史くんと友達になりたいと思った。智史くんは、どう思う?」
 卑怯な手かも知れないと思った。
 だが、彼の判らずやの弟に判らせるのにはそれしかなかった。
 選択を智史に任せること。
 智史が言わないと彼の智史への監視は止まらない。
「兄さん……」
 誠二の強い視線が智史に向けられる。
 違うと言え。
 そう強要しているのが端からでも判った。
「智史くん……。僕は君と一緒にいたい。友達として共にいたい。君はどうなんだ?」
 賭。
 今から思えばそうだった。
 あれは賭だった。
 でも勝算はあった。
 そして、智史は……
 ……。
 それにしても、俺って尽くすタイプなんだよなあ。
 あれから10年以上は経ったのか?
 今こうして、彼と共にいるのが不思議だ。
 途中で憎みたいほど恨んだことだってあるというのに。
 それでも確かにあの時俺は、智史を救ったつもりになって実は智史に救われていた。
 その思いは今だって変わらない。
 俺は智史を救いたい、いつだって……それが俺を救ってくれる。

「何考えているんだ?」
 智史がちょっといじわるそうな笑みを浮かべて、裕太を睨んでいた。
「昔の事」
「昔?」
「智史さんと始めて逢った時のこと」
「……」
 それを言うと必ず智史は、黙り込んでしまう。
 照れているのだ。
 だけど、裕太は智史がずっと何かに気を取られているのにも気付いていた。
 それを誤魔化すために裕太に話しかけたことに。 
「ところで智史さん、また、何か企んでる?」
「深山は鋭いな」
「何年つき合っていると思うんです」
「だってさ」
 ぶつぶつ言う智史に裕太は苦笑を浮かべた。
 どうやら、先日弟の誠二と喧嘩した事を根に持って仕返しをしようと企んでいるらしい。
 困った人だ。
 こういう時の智史は子供のように無邪気だと思う。だからこそ、その手段がそういう智史を知っている人に対してのみ、手厳しいものになる。大人がすべき手加減がどこか遠くに飛んでいってしまう人なのだ。
 まあ、宥めた方がよさそうかな、誠二さんのためにも。
 あり頃の力関係が嘘のようだ。
 本性を取り戻した智史に敵う兄弟達ではなかったのだ。
 裕太はそっと智史の傍らに座った。
 今日は誰もいない……だから。
 智史の肩に手を回す。
 ぴくりと反応し、顔を上げる智史に裕太はそっと口付けた。 
 唇を離すと智史が目を細め裕太を睨む。
「ゆうた……」
「して欲しい?」
 判っていて裕太は智史に問いかける。
 智史が深山ではなく裕太と呼ぶときは、自分を求めていると判っている。
 だけど、問う。
 智史はむうと眉間にしわを寄せ、そっぽを向いた。
「今企んでいること……誠二さんへの仕返しを止めると約束できるなら、このまましてもいいけどね」
 その言葉に智史は一瞬躊躇うような表情を見せ……頬を染めながら頷いた。
「しないって約束する」
 裕太はふっと笑みを浮かべると、智史をそっと押し倒した。
 そっと口付けると智史はいつもくすぐったそうにする。
 それが気に入らなくてむすっとふててみせると、智史は困ったようにして裕太の表情を窺うのだ。
「して欲しいんでしょう?」
「……うん」
 怒られた子供が首を竦めて大人を窺うように、智史もよくそんな仕草をする。
 甘えていると判っているから、そんな智史が愛おしい。
 誰よりも素直な愛しい恋人。
 ……って言っても誰も信じないだろうな。
 内心の苦笑を押し隠す。
 智史は、自分に正直なのだ。
 だが、植え付けられた長男としての世間体がそれを覆い隠している。
 そして家族を持った今、そこに一家の主が加わり、父親を亡くしたことで滝本家の筆頭としての責任が被さった。
 滝本家の長男としての顔は、役場勤めの真面目な公務員で、家族思いで親戚を取り纏めている立派な人、というもの。
 しかし、実際の智史は、甘えん坊で悪戯好きで、そしてこんなにも自分にも素直なのだ。
 そのギャップに苦しむ智史を癒してやりたいと切に願う。
 智史がその首筋にキスすると、智史の手が裕太の背に回された。
 ぎゅっと力が入るその手すら愛おしい。
 裕太は次々と軽いキスをその躰に落としていった。キスマークをつけることは出来ない。お互い家族があるから。
 でもそんなものより、こうして触れるだけでもいい。
 躰の下で切なく喘ぐ智史を見ているだけで、心が熱く燃えたぎる。
「智史さん、ここ、好きでしょう?」
 そっと口付けた胸の突起。
 びくんと震える躰が、さっと朱に染まる。薄く細められた目が、裕太を見上げていた。
 震えるまつげの間から涙が溢れる。
 裕太が初めて智史を抱いたときも、智史は震える体でそうやって涙を漏らした。
 男に抱かれることが悲しいのかと問うと、首を振った。
 胸が一杯になって、勝手に涙が出る……。
 確かそう言ったと思う。
 あの頃の智史は、まとわりつかれる誠二にいい加減うんざりしていた。
 乱暴な誠二が周りにいるせいで、智史には親しい友人を作ることができなかったから、いつも一人だった。だからといって、その誠二を邪険にすることもできず、優しい物わかりのいい、弟見の良い兄として過ごしていた。
「んん……んああ……」
 裕太が与える僅かな刺激で智史の躰は確実に反応した。
 いつも驚くほど敏感なその躰。
 裕太は智史のモノをそっと銜えた。
 口をすぼめ、緩く扱く。
「んあああ……はあ……はあぁ……」
 上下するその動きに合わせて、智史の口から吐き出される息と共に喘ぎが漏れる。
 高校時代も今も、実際に抱き合った回数は、両の手で数えられる程度。
 それでも一回一回が大切な思い出。
 決して忘れられない。
 それほど、躰をあわせるとどこかしっくりと馴染み、そして心が和らぐ。
「ふあぁ……も、イク、から……」
 その言葉と共に智史の手が裕太の頭を押しのけるように力が入る。
 たが裕太はくすりと喉で笑うと、激しくそれを扱いた。
「う、あっ!……い、やっ……ああっ!」
 一瞬後、口中に放たれたモノを何の躊躇いもなく飲みこむ。
 ぺろっと舌先で先端に残った滴を舐め取ると、智史はびくびくと躰を震わせ、切なげな瞳で裕太を見つめた。
「……ゆ、ーた……」
 欲情に潤んだ瞳が裕太を捕らえて離さない。
「智史さん……」
 裕太の指が智史の躰の中に入り込んだ。
「……くっ」
 滅多に行わない行為だから、そこはきつく、いつだって智史に痛みを与える。
 だから十分解す必要があった。
 痛みに堪え、裕太の躰にしがみつく智史の首筋に宥めるようにキスを落とす。
「うっ、あぁ……」
 オイルを塗った指を少しずつ増やし、受け入れられるように馴染ませていく。
 びくんと時折大きく智史の躰が跳ねる。
「ふあっ……ああ……はあ……」
 智史の腕から力が抜け、その喉から喘ぐような息づかいしか出てこなくなってきた。
「智史さん……いいですか?」
 耳元で煽るように囁く。
 涙で潤んだ瞳で見つめられ、裕太の方も下半身のモノがずきずきと張り裂けそうになっていた。
 返事を待つ余裕がなかった。
 足をあげさせ、腰に枕を入れる。
 指を受け入れていたそこは赤く濡れそぼり、裕太を誘うようにひくついている。
 裕太はそこに自分のモノを当て……次の瞬間、ぐいっと貫いた。
「ひいっ!」
 智史の喉から、空気の抜けるような悲鳴が響く。
「ごめん、智史さん……ごめん……」
 涙が流れるその頬を舌で綺麗に舐め取る。
「はあ、はあ……だい、じょーぶ……」
 荒れた息を整えながら智史は、無理に微笑んで応えた。
「動いて、いい?」
 いつだって初めての時のように扱う必要があるこの人の躰。
 だけど、その快楽を知っている裕太にとって、その待ちは苦痛でしかなかった。
 ちょっとした油断が、智史に痛みを与える。
 だから……智史の息が整うのを見計らってから、問うた。
「いい、よ」
 微笑む智史に誘われるかのように、裕太は動いた。
 きつく締め付けられるその中は熱く、裕太のモノに絡みついてくる。
「ふあぁっ……はあ、はっ……はあ……」
 突く度に、智史の躰が跳ねる。
 そこには痛みよりも快感に身を委ねている智史がいた。
 その表情を確認して、やっと裕太も自分の理性から性欲を解放した。
「智史さんっ!」
 激しく突き上げ、抜き、そして突く。
「うっああっ!はあっ、ああ、ゆーたぁ!」
 見開かれた目から涙が溢れ、閉じられることのない口から唾液が流れ落ちる。
 半端立ち上がっていた智史のモノを手に掴み、自身の動きにあわせて、大きく扱いた。
「ひいっ……ああっ」
 智史の嬌声と結合部からの濡れた音が部屋内に響く。
「さ、とし、さん!もう!」
 耐えきれない声が裕太の口から漏れる。
 途端、裕太はその身体を大きく震わせた。
 びくびくと智史の体内で痙攣する。
「う、ううっ、あ、あああっ」
 続いて智史のモノも裕太の手の中に白濁した液をどくどくと吐き出した。
 裕太の躰がゆっくりと智史の上に倒れ伏す。
 その途端、ずるりと裕太のモノが抜け落ちた。
「うっ」
 智史が思わず裕太にしがみつく。
「はあ、はあ、智史、さん……」
 乱れた呼吸を整えながら、裕太は智史の耳元で囁く。
「智史さん、苦しくなったらいつでも俺の所に来てくださいね」
 その意味するところは智史だけが知っている。
 だから、智史は裕太にそういわれることが溜まらなく好きだった。
「ありがとう」
 にっこりと微笑む智史に裕太も微笑み返す。
 もしかするともう二度とこうやって行うことはないかも知れない。
 家族を裏切るつもりは二人ともなかった。
 だが、息を抜きたいことがある。甘えていたいときもある。
 それが今なのだ。
 だから今を精一杯愛したい。
 始めて話をしたあの日から、全てが大切な思い出の一つ。

【了】