【クリスマス・プレゼント】

【クリスマス・プレゼント】

「ありがとう……それで、すまん!」
 滝本恵が取り出したプレゼントを受け取りながら、篠山義隆は申し訳なさそうに謝った。
 クリスマスイブ、三連休の最後の休み。
 二人で過ごそうと恵が義隆のマンションにやってきてすぐに、恵がプレゼントを渡したのだ。

「恵へのプレゼント、まだ買えていないんだ」
 受け取ったプレゼントを見つめていると、用意できなかった事への申し訳なさが大きくなっていく。
 やっぱり昨日買っとけばよかった……。
「プレゼント、いいよ。義隆と過ごせるだけでも楽しいから、さ。だけど、昨日買いに行くっていってなかったっけ?」
 にっこりと笑ってくれる恵を見るにつけ、もさらに申し訳なくなってしまう。
「一応、昨日、買いに行ったんだけど……」
 義隆は恵に昨日の出来事を話し始めた。


 恵にプレゼント買わないと……。
 義隆は、うろうろと地下街を歩き回っていた。
 ファッション系の有名店が軒を連ねるその地下街ではクリスマス商戦まっただ中で、鮮やかな赤や緑のデコレーションが至る所に飾られていた。
 通路の中央にはクリスマスツリーが飾られている。
 明日がクリスマスイブという日。
 三連休の中日の日曜日。
 人混みは最高潮。
 もともと人混みの苦手な義隆は、息が詰まりそうだった。1時間もしないうちに、体力の限界を感じてしまう。
「はあああ」
 恵の好み……。
 これが意外に判らない。
 もともとそういう事に無頓着だから、今まで恋人が何を欲しがっているのか気にかけていなかった。
 昨日、出勤じゃなかったら……。
 実は、昨日なら恵と共に買い物に出れたのだ。ところが義隆が出勤になってつぶれた。
 そして、その思い人は今日が出勤である。なんでも日曜日にどうしても納入しないといけない物品があるらしい。
「あーあ」
 明日がイブである以上、今日中に何かを買っておかないと間に合わなくなる。 明日は部屋でおとなしくデート。
 どうしてもその時までにプレゼントを用意しておく必要があった。
 地下街の中央にある広場の椅子に座り込み、周りを窺う。
 もともと女性向けの店が多いこの地下街には若い女性達がたむろしているのは当然なのだが、今日という日は若い男達が大きな紙袋を抱えて歩いている姿が見える。
「どうしよー」
 広場まで浸食しているクリスマスセールのワゴン。
 群がる人たち。
 いい加減息が詰まって苦しい。
 やっぱり高いけど……デジカメにしようかな。
 あれを欲しがっていたのは判っているし……。
 別に金に糸目をつけるつもりはなかった。
 だが、下手に高いものをプレゼントすると恵が嫌うのだ。貢がれているみたいだと言う。
 義隆にしてみれば欲しいと思う物をあげたい。だから、値段なんかは気にならなかった。もともと、人より高い給料に一人暮らしでマンション代位にしか使わない。金は余っている方だった。
「よっと」
 立ち上がる。
 デジカメとなると、この地下街から出なければならない。
 そう思い、歩き出そうとしたその視線の先に、知っている人物を見かけた。
「え?と、香登さん?」
 小さな男の子を連れた家族連れの楽しそうな輪の中に、同じ会社の別部署の人を見つけた。
 と、香登も義隆を見つけたらしい。
 こちらに向かって歩いてくる。
「こんにちは、お買い物ですか?」
 義隆の方から声をかけると、香登はにこっと笑って返した。
「君こそ、彼女にプレゼントでも買いに来たの?」
 彼女……、まあ普通はそう思うよなあ。
「まあ、そんなものです」
 適当に誤魔化す。会社の人間相手にカミングアウトする気はさらさらなかった「そうか、俺もね子供用のプレゼントをね。何が欲しいか判らなくてさ、サンタさんの代わりに買いに来たんだよって誤魔化している最中さ」
「そうですか」
 楽しそうに笑っている香登に、義隆も思わず笑みがこぼれる。
 きっといいお父さんなんだろうなあ。
 会社でも面倒見がいいと聞いている。うちの第一リーダーと交換して欲しい。
 そんな事を思っていると、可愛らしい女性が近づいてきた。香登によく似た子供を連れている。
「ああ、うちの奥さんと、子供。こちら、会社の人で篠山さん」
「初めまして」
 にこにこしながら挨拶をしてくるのに返す。
「あなた、私たちそこのおもちゃ屋に行っているから、ここで待っていてくれていいわよ。瞬ったら目移りしてなかなか決まりそうにないし……」
「そうか。判った、待っているよ」
 手を振っておもちゃ屋に走っていく男の子を奥さんが慌てて追っかけていった。
「瞬くん、ですか?」
「ああ、瞬一なんだ。4歳でね、結構手をやいているんだ。ちょっと座らせて貰うよ」
 そう言って義隆の横に座る。
 義隆も放っていく訳にも行かず、再びそこに座り込んだ。
「女の人って、たいがいああなのかねえ。買い物となるとひたすら歩き回るだろ。もう、足が棒になっていて、解放されて助かったよ」
 心底ほっとしているような香登に、義隆も思わず微笑んだ。
「そう言えば、篠山君の彼女はそういう所ないの?」
「え?」
 いきなり振られて狼狽えた。
 なんて答えるべきなんだ?
「……そんな事は、……まあ振り回すのは好きみたいです」
 女じゃないですけどねえ……。
「杉山君が言ってけど、篠山君って女の人にもてるんだろう。俺から見ても格好良いもんね」
「そんな……もてるなんてことないです……」
「しかも、仕事もできるし……あんまりうちの竹井君や安佐君を苛めないでくれよ」
 もう、この人はさっきから……。
 なかなか油断できない人だな、この人は。
 義隆が香登に返事をしようと口を開きかけた途端。
「やあ、香登さん、しかもこちらは篠山さん、奇遇ですねえ」
 その聞き覚えのある声に、即座に義隆の眉がひそめられた。
 だが、香登は義隆の様子には気付かなかった。その視線の先の人物を確認してうれしそうに立ち上がる。
「穂波さん、久しぶりです。元気でした?」
 がっしりと握手する二人を呆然と見つめる。
 この二人は知り合い?
「今日は篠山さんとご一緒?」
「ああ、偶然ここで出会ってね、休憩につき合っていて貰ったんだ。って、穂波さんは篠山君と知り合いなんだ」
「香登さんこそ……」
 呆然と問いかける義隆に香登は何でもないように言った。
「穂波さんは昔はうちの担当だったからね、取引していたときに意気投合して、プライベートでも逢っているんだ。うちの結婚式にも来て貰ったよ」
「はあ、そうですか。私は今の担当の滝本さんと一緒に逢ったことがあるので……」
「ああ、今の担当者は穂波さんの直伝で優秀なんだってねえ」
「ああ、あの子は優秀だよ、ほんと」
 本当に嬉しそうな香登と穂波の様子に、義隆はいらぬ勘ぐりをしてしまう。
 まさか、つき合っていたと言うことは……。
 ない、よなあ……。
 そんな義隆の視線に気が付いたのか、穂波がウインクして寄こした。
 もちろん香登には気付かせていない。
 この人は……。
 好みだと言われていたことを思い出した。ひくっと頬が引きつる。
「そういえば今日は、買い物?また、誰かを口説くのかい?」
 くすくすと楽しそうに言う香登に穂波は苦笑いを浮かべる。
「嫌だな、最近はそんなに節操無しじゃないからね。本命一筋だよ」
「へえ。やっとそんな相手が出来たんだ。良かったじゃないか。で、やっぱり男なんだ?」
 えっ!
 義隆は思わず香登を見つめた。
 その視線に気が付いた香登がしまったという風に口をつぐんだ。
「ああ、香登さん、気にしなくて良いよ、篠山さんは俺の好み知っているからね。口説いたこともあるんだが、今のところ振られてるんだ」
 とんでもない会話がされている……。
 それでなくても息苦しくなっていたところに、頭痛までしてきた。
「あ、そうなんだ、よかった。篠山さんは、そういうの理解あるんだ、ああ、良かった……」
 何なんだ?
 香登が妙に安心しきっているのが不思議だ。
「あ、じゃあ、もしかして今日の相手って篠山さんだった?俺、邪魔だったりする?」
「とんでもない!」
 思わず叫んでいた。
 大きすぎた声に衆目を浴びてしまい、赤面する。
「その……俺は、今日は別件ですって……」
「そうそう、篠山さんの恋人は今日は仕事中だからね、デートどころじゃはない筈だし」
「穂波さん!」
 思わずその腕を掴む。
 ぎりっと睨み付けても、全く動じようとしない。
「へえ、穂波さんは篠山さんの相手、知っているの?やっぱり可愛い娘(こ)なんだろうねえ」
 にこにこしている香登に悪意がないのは判る。たが、その話題から外れて欲しいです……。
「ああ、可愛い男(こ)だよねえ」
 にやりと笑う穂波に回し蹴りでも食らわせたい義隆だった。
「それより、穂波さんは何の用事なんです?」
 とにかく話題を逸らせたい。
「ああ、待ち合わせしているんだ、ここで」
 さらりと言ってのける穂波に、香登が笑いながら首を傾げた。
「もしかして本命の子かい?」
「そう、今日がさ2回目のデートなんだよねえ、これが。お互い忙しくってさあ。だから、今日こそはいい所までいきたくって」
 露骨な表現に、こっちの方が赤くなる。
「そ、そうか、がんばれよ……」
 香登もさすがに、赤面していた。
「ああ、ありがとう」
 この人は……よく、恵はこんな人の下でやっていけるな。
 もう今日は買い物する元気が出ない……どうしよう。
 ぐったりと脱力している義隆の耳に、穂波のうれしそうな声が届いた。
「来た来た」
 思わず顔を上げる。
「え?」
 ……。
 今日は一体どういう日なんだ……。
 義隆と視線を合わせた相手も固まっている。
 黒いハーフ丈のコートに身を包んだ人は、あまりにもよく知っている男で……。
「ま、さか……」
 香登も呆然とそちらを見つめ、そして義隆に視線を移した。
「彼は……」
 ああ、言いたいことは判る。
 だけど、お願いだから言わないで欲しいです。
 俺、今思考回路飛んでいますから……。
「ああ、ごめんね。偶然二人と会って話し込んでいた。じゃ、行こうか……」
 穂波が呆然と突っ立っているその男の腕を取ると、「じゃっ」と香登達に手を上げた。
「ああ、また……」
 香登がそれでも手を上げ、答える。
 義隆はそれすらもできずに、二人を見送った。
「篠山さん……知っていた?」
 それが何を指すかは明白なる事実。
「……いえ……」
 一体、いつ、何が、どうなって、どうなったんだ?
 穂波に腕を掴まれたまま時折背後に視線を向けるのは、篠山の部下、緑山敬吾だった。
「緑山君、いつ彼と知り合ったんだろうねえ」
「……そんな事知らないです……」
 きっかけが自分であるとは言えなかった。
「あなた、お待たせ」
「パパっ!」
 子供が香登の腕の中に飛び込んできた。
「ああ、じゃあ篠山さん……その、大変だろうけど、ああいうつき合いもあるから、ね。気を落とさないでね……」
 義隆が男とつき合っている事を知らない香登が、気にしないようにと言い含める。
「ええ、大丈夫ですから」
 それ以外何が言えよう。
 頭の中が真っ白だった。
「それじゃ」
 手を振る香登に、義隆は会釈して別れた。


「へーえ、あの緑山さんが穂波さんと……。一体いつそういう仲になったんだろう……」
 さすがに恵も呆気に取られていた。
「そうだろ。俺も全く知らなくて……穂波さんに連れられていく緑山もさ、なんだか赤くなっていて……決して嫌々じゃあ無かったみたいだから俺も引き留められなかった」
「まあ、穂波さんってあんなんだから、義隆もいい印象じゃないかも知れないけど……結構、部下には思いやりっていうのがあって、うちの会社では人気あるんだ。だから、大丈夫だよ」
 そう言われても、一抹の不安はある。
 というより、明日、どんな顔して緑山に逢えば良いんだろう。
「それで、プレゼントを買う元気も無くなったんだ」
「ああ。だからさ、会社が休みになったらさ、買いに行こうよ。一緒にいって、好きなモノプレゼントする。その方がいいや」
「そう、じゃあ、思いっきり楽しみにしてますよ」
 からかうように口の端ををあげて言う恵の口を義隆はふいっとキスで塞いだ。
「もう、キスしたら俺が言いなりになると思ってない?」
「そんなことないよ」
 実は思っていたりして……。
 昨日、実はあの後の二人がどこまで行ってしまうのかが気になって、プレゼントの事は頭から吹っ飛んでいたとは言えないから、誤魔化すしかない。
 勘の鋭い恵を誤魔化しきれるとは思っていなかったけど、それでもせっかくのクリスマス、楽しく過ごしたい。
 それは、恵だってそうだった。
 義隆にもたれたまま、義隆宛のプレゼントの箱を自ら開けた。
「それって……」
 義隆の顔が綻ぶ。
 それは、最新式のPDA(電子手帳)だった。
 ずっと欲しかった物。
 それに恵は自分の個人情報を打ち込んでいく。
 住所、電話番号、メールアドレス、趣味。
 そして、絶対に無くしたくない物モノ……。
「ほら、なくさないでよ」
 渡されたPDAの液晶をまじまじと見入った義隆は、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「恵、愛している」
 腕の中の恵にささやきかける。
 それにくすぐったそうに身じろぎする恵を抱きしめたくて、義隆は持っていたPDAを傍らに置いた。
 その画面に文字が表示されたまま。
 『絶対に無くしたくないモノ……義隆』
 と。

【了】