[番外]はるうらら その後

[番外]はるうらら その後

はるうらら 番外


「ただいま帰りましたよ」
 薄暗い部屋に人の気配は無い。
 だが、いない訳でないと知っている千里は、書類をダイニングのテーブルに放り出すと、そのまま寝室へと足を進めた。


 あれから5時間近く。
 そろそろ電池も切れているだろうから、さぞかし退屈しているのではないだろうか?
 くすりとほほえみながらドアを開ければ、煌々と灯りの点いた部屋がまぶしく感じた。
 数度瞬きして、慣れたところでベッドを見やる。
「ただいま、中井くん。良い子にしてかい?」
 大きな声をかけると革のベルトに拘束されて肌色のダルマと化した中井がぴくりとうごめいた。
 その拍子に、てらてらと灯りを反射する液が、股間からたらりと流れ落ちる。
「返事はどうしたの?」
「うっ……ぐうっ……」
 中井が微かに呻いて返した。
 泣き濡れた瞳が、助けを請うように千里を見つめてくる。
 指を伸ばし、その瞳から流れた涙を拭い取った。
 大きく開かれた唇に触れ、中に固定された棒を指先で弾く。
「おいしい?」
 問えば、首が小さく横に動いた。
「そう? 君がいつも遊ぶ玩具なのにね。いやらしい味がいっぱいすると思ったけど。ああそうか、玩具はこちちの方が好みだったっけ?」
 身体を丸め、左右それぞれの手足を固定して股間を晒した中井。
 その股間の奥、尻の狭間に埋められた玩具をぐりぐりと動かす。
「ひっ、んあぁぁ」
 じゅぷじゅぷと音が鳴り響き、たらりとあふれた潤滑剤が太ももを流れ落ちた。
「縛り付けたのはお仕置きだけど、後は退屈しのぎに君の大好きなものばかり使ってあげたからね。愉しかっただろう?」
 口を犯す張り型も、後孔を深く抉るバイブも。
 痛くないように溢れるほどに使ってあげた媚薬効果のある潤滑剤も、可愛い乳首を振動させる飾りも。
 いつもよろこんでくれる代物ばかり。
 それに。
「楽しめただろう? 君の可愛い声は、携帯が切れるまでちゃんと聞いていたからね」
 枕元に置いてある携帯を取り上げ、電池が切れてしまっているのを確認してフラップを閉じた。
 仕事中もイヤホンで聴いていた心地よい音色に、ずいぶんと仕事がはかどったものだ。
 それに、中井の身体の真正面に設置したビデオカメラも、すで残量が終わっているようだった。
 きれいな画像を残したいから最高画質で取ったから、全てを撮れてはいないだろうけれど。
「後で編集して、みせてあげるよ」
 きっとたくさんの可愛い姿が撮れているだろう。
「あ、ああ……」
 艶やかな声音とともに、しかめられた瞳が惑うように揺れた。
 その動きがまるで誘っているようだ。
 いや、誘っているのだろう。この子は、人の温もりが大好きだから。
 こんな玩具などでは物足りないはずだから。
「そろそろ抜くよ。電池も切れたことだしね」
「あっ、あぃっ……んぁ」
 しっかりと固定したベルトを外し、陰茎を戒めていた枷へと手を伸ばした。
 だが触れるだけで感じるのか、腰が揺らめき外しにくい。
「何もしていないのに、そんなに暴れない」
 ぱちりと汗にまみれた太ももを叩いておとなしくさせ、枷を外したとたんに、たらたらと精液混じりの液を流堕ちた。
「いっぱい溜まっているようだね」
 重たい陰嚢を左手で弄びながら、手足を戒めていた枷も取り外した。
 ばたん──と重たい音を立てて、手足がベッドに落ちていく。
 しびれているのか、怠いのか、中井は解放されても身じろぎせず、千里を見つめていた。
 最後に、言葉を奪っていた口の張り型を取り外す。
 喉の奥深くまで入っていた張り型は、涎で濡れていて、抜かれるとつうっと糸を引いていた。
 その口もすぐには閉じない。
 はあはあと荒い呼吸を繰り返す。
「愉しかったろ? あっちもこっちも快感を味わえて」
 敏感な身体が慣れてしまわないように、ランダムに稼働するようにしていたから、ずっと愉しめただろう。
「ちが……」
 嬌声を上げ続けてすっかり掠れた声音で中井が何か言いかける。
「ん? 愉しくなかった?」
「ん……」
 こくこくと頷く中井の顔をのぞき込む。
 涙と鼻水とで汚れたぐちゃぐちゃの顔。
 その頬にそっと口づける。
「んくふ」
 鼻から零れた甘ったるい声音に、煽られるように唇に触れた。
「愉しくなかったのか……何でかな? 君の大好きなものばかりなのにね」
 唇であちらこちらに触れながら、手で肌をまさぐっていく。
「んっ、あっはぁっ……」
 時々爪で引っ掻いて、歯先を赤く腫れた乳首に当てる。
「ねぇ、何で?」
 中井は意地っ張りだから、本音を引き出すのは大変だ。
 それでも最近はだいぶ素直になった。
「だ、だって……こんなの……一人で……」
 つたないセリフは要領を得ない。
「よく判らないな。はっきりと文章にしてごらん」
 指で陰嚢ごと陰茎を弄び、中井の瞳を捉えて言い直させる。
 説得力のある言葉は、いつでも訓練する必要があった。
 いずれ弥栄コーポレーションの重役秘書になった時に恥ずかしく無いくらいには。
 お前の大好きな園田氏の右腕とし働けれるように躾けてあげよう。
 もっとも……。
 だからと言って手放す気もないけどね。
「自分の気持ちを簡潔に言うことは大切だよ。まず頭で整理してごらん。感情にばかり左右されていては、揚げ足をとられるだけだ」
 身悶えて外れそうになる視線を顎を掴んで元に戻させて、言葉を言わせる。
 真っ赤に染まった中井が、惑いながらも口を開いた。
「ひ、一人が……嫌だった……。気持ち、よかった……けど……一人だから……」
 ひくりと肩が揺れていた。
 嗚咽を漏らし始めた中井に、少しきつかったかな、とわずかに反省する。
 この子は、寂しがり屋だから。
「そのくらいは、お仕置きだよ。でも、ちゃんと聞いてあげていたよ、君の声」
「でも……」
「ようやく仕事も終わったから、今度は一緒に遊んであげられるよ」
 その言葉に、中井が目を細めた。その拍子に溜まっていた涙がぽろりと流れ落ちた。
「最近忙しくて、ごめんね。昨日だけじゃ足りなかったんだね」
「それは……違う……けど」
 ためらいがちな反論は、可愛いから許してあげよう。
 中井は、どんなに可愛がってあげても、それが途切れると駄目なのだ。
 まして今朝は慌ただしく出かけてしまって、半ば寝ている状態だったから、ろくに言葉も交わしていない。
 それがまずかったのだろう。
「もう少ししたら落ち着くから。そうしたら、毎日一緒に晩ご飯は食べられるようにしようね」
 その言葉に、嬉しそうに微笑んでくれる。
 けれど、解放された安堵感からか、理性が戻ってきたようだ。
 はっと我に帰ったように、羞恥に頬を染めながらそっぽを向く。
 まったく、なつかない仔猫のような子だ。
 だからこそ飽きないのだけど。
 この子の一挙手一投足はなぜこんなにも私を煽るのだろう。
 服を脱ぎながら、その張りのある肌を包み込むように抱きしめる。
「ん……あっ……やっ……」
 嫌がりながらもしがみつく天の邪鬼さもちょうど良い。
 けれど、一つだけちゃんと言い聞かせないと。
 千里は中井の顎を掴んで視線を合わさせ、含めるように言葉を紡いだ。
 空いた手で、全身を優しく撫で上げる。
「寂しいからって、鴻崎さんに手をだしていたら、そのうち本気で殺されるよ」
「あ……」
「園田氏は、鴻崎さんに甘いから……。必然的に罰は君に振ってくる」
「んあ……、あっ……」
「まあ、それも君には気持ち良いことなんだろうけどね」
 まだまだ言い聞かせたいことはたくさんあるけれど。
「ん?、あっ、奥が……」
 温もりと愛撫から来る快感に意識を飛ばして浅ましく強請ってこられては、千里自身、我慢しているのがバカらしくなる。
「しようがない子だ」
 くつくつと喉の奥で嗤って、すでに限界がきている己自身を、中井に挿入したのだった。
 
【了】