蟻地獄の甘い餌9

蟻地獄の甘い餌9

【四】
 
「んで、本部は何て言ってきたんだ?」
 捕虜が調教中、もとい拷問……ではなく、取調中に死んだ騒動の後、全てが片付いて報告し終えたのが、あれから一週間後。それから一週間経ってようやく本部から何かの書類が届いたとかで、その子細を確認したゴルドンが、さっきからしかめっ面をして崩さない。
 それでなくても強面にそんな表情をしたら、ある意味凶悪犯罪者なみの破壊力で、もう執務室の中では誰もが戦々恐々で、一言も発しない。
 俺の傍らでも、慣れぬことに硬直した身体が小さく震えている。
「おい、いい加減に教えろ」
 促せば、ようようの体でため息を吐いたゴルドンが、じろりと俺を睨んできた。
 何か怒らせたか、と、振り返ってみてみるが、少なくとも今日のところはまだ何もしていないはずだが。
「結論から言えば、今回の作戦は成功だ」
 その一言に、ニカッと満面の笑みが浮かびかけるけれど、それにしてはゴルドンが浮かない表情が気にかかり、続くはずの言葉を待てば。
「だが、バレた」
 その言葉が頭を理解するのに、数秒かかった。
 いや、理解はしているのだが、なぜ成功したのにバレたのか? いや、バレたのに成功したのか?
「……どういうことだ?」
「どうもこうもない、バレたけど成功した、それだけだ」
 両手を上げて降参の仕草をしたその手から、背後にはらりと書類が落ちていく。
「……なぜ?」
「要は、本部が容認してくれたということだ。また情報が欲しくなったら判らないが、今のところはあの手土産が気に入ったということだろう」
「……あー、まあ、そういうことか」
 手土産とは、リアンから引っ張り出した情報と、それに上乗せしてこっちが独自に調べた情報だ。捕虜の早々の死に関しては不徳のいたすところってわけで、ちょっと割増しといたのだ。後はいつもの通りの取調風景映像をちょっと手直ししたものだ。これは、捕虜死亡の状況の証拠映像でもあった。
「ちなみに、あれが届いた日、会議室にいた全員しばらく出てこなかったとか、八十超えたご老体がその夜奮戦してあやうく心停止しかけたとか、あれからずっと仮眠室や使われていないはずの会議室から妖しい声が漏れ聞こえるとか、いろいろな噂は聞いているがな。まあ今回の処置は、その夜奮い立ってまんねり気味だった相方をたいそう喜ばせた某最高司令官どのの采配というのが有力な説だとでも言っておこう。さらに、また新しい映像ができたら、よろしく、という内々のコメントが付いていたからな」
「……そっちか」
 情報よりもそっちかよ?
 あれ、最後にはリアンが死ぬんだけどな。
 死亡診断書に、死体の写真、ついでにDNA鑑定ができるように骨髄のついた骨の一片まで送ってやったのに。
「なんでバレた? やっぱAEDの時のショック時の動きがいまいちだった?」
 あれは俯せにしたときに密かに床と同色のエアマットを敷いていて、うまく跳ねさせたと思ったんだがな。ついでに、映像加工も施したはずなんだが。
「いや、ひとえに大根役者の演技のせいだ」
「嘘」
「いや、マジで」
 じとっと眇めた横目で睨まれ、口ごもる。いや、俺としては迫真の演技だったはずなんだけど。
「てめぇが手心を加えてんのが丸判りだったらしいぞ。だいたい、骨が一本しか折れてねえとか、縫わなきゃならん傷がねえとか、あらぬ方向に向いた関節がねえとか……ついでに、歯の一本も抜いてねえとか……それから、あの、バージル・グランの拷問にしちゃあ、”愛”が溢れてるとかなんとか……」
「いや、そんなつもりは……」
「つまり、あのバージル・グランにしては、手緩すぎる、という結論に至ったっていうだけであって、映像の加工も故意に組んだプロセスも何もバレちゃいねえよ。ただ、てめぇの愛にとち狂った大根役者っぷりが大いに原因だったてことは間違いない。だいたい、名前呼ばれて陶然とするわ、初セックスに浸って時間を忘れるわ、嫉妬に狂って暴走するわ、挙げ句の果てに自爆はするわって……映像加工も限界があるわっ!!」
 何もかも、すっかりバレてる恥ずかしい数々に、俺は引きつった笑みを返すことしかできない。
「いや、もう良いです、はい」
「まあ、だから……司令官も奮発させられたんだろうがな」
「司令官ってあれ、この前着任したばっかのどっかのエリートの若い奴だろ。つうか、あれで……?」
「まあ、フォール イン ラブな二人だから、仕方ありませんねって答えといたわ」
「……おい」
 憮然と返してしまったが、実のところそうだったのだ。
 まあ、そうではないかとうすうす感じてはいたのだが、知らぬ間に臨死体験もどきをさせた後、怪我の治療をして二日後に目覚めたリアンに、ゴルドンが懇切丁寧にした説明になんとか納得してくれた後に、そのことが判ったわけで。
 その後は、最初はぎこちなく警戒心もバリバリだったが、俺がいろいろと”優しく”世話をし続けたら、最近ではかなり態度が軟化していて、というより、かなり気を許してくれている。というか、俺でないとダメなところまできているのだ。
 実際昨日なんか、お休みのキスをしてたりもして。
 なんて自慢したいが、結構恥ずかしがりなので、今は自嘲している。
「おかげで初デートを思い出したとかなんとか」
「あれで? 何で……っておい、リアン」 
 さすがに何でか判らんと、言いかけた言葉は、さっきからずりっ、ずりっと傾いていた隣の身体が限界までいっているのに気が付いたせいで立ち消えて、代わりにその身体を立て直すのに手を伸ばした。
「おい」
「……恥ずかし……です」
 俯き、両手で顔を覆ったリアンが車いすの上で呆然と呟いた。
「やです、もう……」
 うわっ、なんか可愛いかも。腰にぶっとい槍が突き刺さったようなそんな衝撃のままに、耳まで真っ赤になったリアンを抱き寄せて、その場に押し倒して……。
「いい加減にしねぇか」
 頭上に落ちてきた強烈なげんこつに、その場に撃沈する。
「う、う……」
「ったく油断も隙もねえ、盛るんならこの話が終わってからにしろ」
 はああと深く重いため息がかけられて、ゴロゴロとリアンの車いすが遠のいていった。
「うう……」
 相も変わらずの馬鹿力で半ば脳しんとうでも起こしかけたようになって、追いかけたくても動けない。
 リアンは今、骨折治療にかこつけて証拠用の骨片を取り除いた代わりに埋め込んだ人工骨が馴染むまでと、不便な車いす生活だ。もっとも、普段の生活はこの俺が手取り足取り世話しているから、不便なことなんか一つも無いはずだが。
「でだな、そっちは別に良いんだが……」
 良いんかいっ、と突っ込みそうになったが、これ以上ゴルドンを怒らせると碌でもないことが待っていると判っているから、黙って聞く。
「お許しをいただいた書類とほぼ同時に、モリエール家次期当主殿から、秘かに連絡が入っている」
「はあ?」
 思わず視線をリアンに走らせれば、俯いていた顔を上げて呆然とゴルドンを見つめていた。
「もしリアン・モリエールが生きているならば、こちらの要求通りの金額を払うから、返して欲しいとよ」
 俺を見つめていた視線が、ちらりとリアンに向けられる。俺もつられるように、そちらを見れば、みるみるうちにリアンの顔から血の気が失せていった。
「確か、次期当主、リアンの兄は特異な性的嗜好をお持ちらしいな」
 続くゴルドンの言葉は胸くそ悪くなるようなものだった。
「彼の性的対象は男女どちらでも良いが、特に20代の青年が好み。そんなお気に入りの容姿をした青年を見つたら甘言巧みに誘って秘かに別荘に連れて行き、いざ己の絶対支配圏に入ったら、奴隷のごとく扱って陵辱の限りを尽くしているというのは裏の情報通から得た情報だが。しかも、その囲われた青年の姿を見たものはその後は誰もいないとか……」
 その内容に、リアンの口が音も無く、どうして、と言葉を吐き出した。
「ん、まあ、蛇の道は蛇っていうか、探ってみたらウチの映像が流れる先でもあったんでね、その辺の伝手を辿れば、だいたい判るんだよ、そういう性的嗜好の連中ってのは……っていうか」
 リアンの表情を読んだらしいゴルドンが、いぶかしげに続けた。
「あんた、知ってたのか? 兄貴のしていること」
 疑ってはいても、詳しくは知らない、と言っていたはずだが。
「っていうか、もしかしてあんたがあの基地に行ったのは張本人は兄貴のほうか、親父でなくて?」
 ゴルドンの指摘に、一瞬硬直したリアンは、結局こくりと頷いた。
「言われたのは父からです。でもたぶんその背後には兄がいてもおかしくないんです。……ウチは父も恐ろしいですけど、兄はもっと。それに兄が何か良くないことをしているのは……何となく。実は母方の少し離れた親戚で俺と同い年の子がいて、俺と仲良かったんですけど、ある日突然失踪して」
 躊躇いつつ口にした言葉に、さすがの俺も嫌な予感に顔を顰めた。
「それと共通の友人がいて、最後に会ったときに、久しぶりに兄と会うと言っていたって……。それで兄に確認したら、知らないって言ってたんですけど、何か嫌な予感がして。こっそり隠れて兄がよく使っているっていう別荘にこっそり行ってみたんです。そしたら……」
「なんだ、そいつが犯られてたか?」
「いえ、そこまでは……。ただ、その……あの、部屋……みたいな感じで、もっといろんな道具がいっぱいの部屋があって」
「あの部屋って」
 視線が思わず取調室に向かえば、こくりと頷き返された。
「もう、あれ見たら、なんかもものすごく怖くなって……それっきり、ですけど、ずっと頭の中にこびり付いてて、できるだけ兄から離れているようにしたんです。でも、ものすごく気になってて、仕事中もそんなことばかり考えてたら、大きな失敗をしてしまって……」
「で、軍部へ?」
「はい、もうモリエール家の実権は兄に移ってるようなものですから……。父も厳しくて、怖い存在でしたが、兄は、父よりよほど恐ろしい存在で……。歴史で恐怖政治って習いますよね、あんな感じなんです。従わないものは、みんな、闇に落とされるみたいな感じがあって、次の兄ももう言いなりです。だから……最初は父からだったから、兄から逃してくれるために言い出したのかと思ったんです、軍部に行けって言われたとき……」
 訥々と説明してくるリアンの表情はひどく暗い。
「でも兄が、”パーティーで見初められたぞ、めでたいことだ”って。”総司令官のお気に入りになれば、もっと商売がうまくいくようになる。バカなおまえもモリエール家のためになれて良かっただろう”って言って。”見初められた”って……、変な言葉ですよね。バーティーも、確かに変なパーティーだったんです。若い人はあまりいなくて、年取った人たちばかりで、兄についてくるように言われてみんなに挨拶していたら、ものすごくジロジロと見られて。その後に、父から軍部に行くように言われたんだって気付いたから、だからすごく嫌な予感はしてて、いやだったけど……」
 正気に戻ったリアンがここに残ると決心したのは、「ここに残れば安全で、みんながおまえを必ず守る」と言われたからだと後で聞いた。
 そのことを思い出しつつ、拷問中にあれだけリアンが父親を恐れたのは、そこには絶対的権力者たる兄がいたからだったのだ。父も兄もいるモリエール家、それこそがリアンが逃げたかった場所であって、だからこそ、差し伸べた手に縋り付いた。
 敵国であり、軍事拠点であるここならば、モリエール家の手は届きにくい。
 だが、実際手を伸ばしてきているのも確かで。
 項垂れるリアンから視線を外し、ゴルゴンを伺えば、反対に「どうする?」と返される。
「金でも情報でも武器でも何でも良いらしいぜ。敵国相手だっていうのに道理もへったくれもねえぜ」
 その言葉に、俺は嘲笑う。
 一度決めたことを、今更覆す気など毛頭なく、何より、手放す気などまったくないのだから。
「リアン・モリエールは死んだ。ここにいるリアンは別人であり、きちんとこっちの国籍もある。リアン・モリエールはあの映像通り、男に犯され絶頂の果てに心臓麻痺を起こして死んだ、それは変わりない」
 同じ年頃の、死んだ身寄りのない兵士の戸籍を抹消される前に手に入れたのはゴルドンだ。どちらにせよ、暗部という仕事柄そういう細工はよくあることで、任務のために必要だといえば、優先的に回してもらえるのだ。
「ん、りょーかい。ついでに本部とか他のルートから手を回すかもしれねえから、どうにか……。ふむ、ちょっくらさっきのその親戚のを詳しく聞かせてくれ。たぶん、俺たちが得ている性奴隷斡旋と結びつきそうだ。その辺りを突いて、広範囲に情報を公開すれば、あれだけの大企業だ、すぐに炎上する。そうなったら火消しに時間がかかって、すぐにはこっちに手が出せないだろう?」
「ああ、なるほど。だが、うまく行くか?」
「手の回し方は千差万別、うまくいくようにやるのさ」
 ゴルドンがきっぱりと言い切るその様子では、すでに算段がついているのだろう。
 そうなれば、俺がすべきことは。
「ああ、なら、やってくれ」
 GOサインを出すだけだった。
 
 
 
 その後もひとしきりゴルドンとやりとりして、なんとか解放された後、車いすを押してこれの部屋に戻った。
 リハビリで普段は歩行器を使って歩くこともしているが、今回の場合は時間がかかると想定できたので、動きやすいし休める車いすで行ったのだが、正解だった。それでも部屋に戻るなり、リアンが休みたいと呟く程度には、心身共に緊張を強いられたのだろう。
 怠そうに背もたれに身体を預けるのを覗き込み。
「疲れたか?」
「少し」
 ため息を零す身体を抱き上げて、ベッドへと移す。
 一時期体重を落とした身体は、二週間の間に少し戻して最初ぐらいにはなったようだ。
 聞くところによると、それ以前から体重は減り始めていたとのことだから、ここの暮らしが良いということになるんじゃないかとは思うけど。
 体力をつけないと、最初の頃気に入りそうなものを与えていたら、マーマニーに「餌付けしてるんじゃない」と怒られてしまった。いや、そんなつもりは無かったんだが、痩せてきてたから気になっただけで。
 だからと言って菓子の山はないだろうと言われて、そういや、クッキーやらチョコやら、ばっかりだったような。
 なんてことがあって栄養バランスの取れた食事を設定されて、せっせせっせと運んだら、いや効果が出て良かったなあ、と感慨深く思いつつ離れようとしたら。
「ん?」
 袖が引っ張られて、引き留められたのだと気が付いて、その顔を覗き込んでみれば、おずおずと上がったその瞳がうっすらと赤い。
「どうした?」
 濡れた唇が戦慄くさまに、言いたいことは判ってはいたが、首を傾げて問いかける。
 そのままじっと待つこと一分ばかり、真っ赤に染まったリアンがようようの体で口を開いた。
「お、犯して、欲しい……」
 それだけ言って俯いて、耳朶まで染めた肩が羞恥に震えていた。
「へ、え。もう、か?」
 可愛いお強請りに、内心ほくそ笑みながらベッドの端に腰掛けた。ぎしりと揺れたベッドに、その肩がびくりと震える。
「昨夜、さんざん可愛がってやったのに、もう我慢できないって?」
 指で頬に触れ、親指で僅かに開いた唇をなぞる。
 優しくお休みのキスをデコにしてやったら、それだけで欲情して欲しがったのはこいつで。しょうがないから、風呂場で尻の中を洗って一発、フェラチオで一発、ベッドの上で後背位一発に対面座位で一発もしてやったっていうのに、それから睡眠時間を含めてもまだ十時間も経っていない真っ昼間だ。
 疲れているのだって、短い睡眠時間でゴルドンに呼び出されたからだろうに。
「が、まん……できない……です」
 俺が何も言わずに待っていたら、リアンが自らシャツを脱ぎ始めた。
 震える指が拙い仕草でボタンを外し、肩から落とせば下着をつけていない上半身は全てが露わになった。
「まだ、こんなに痕が残っているっていうのに」
 指で乳首の周りの歯形に触れれば、ごくりと喉が鳴っていて、明らかに期待に震えている。
 昨夜、吸い付きながら歯を立てて、ガンガンについてやったのがことのほか良かったらしく、ぷくりと膨れた乳首を指先で潰すように摘まんでやれば、ビクビクッとそれだけで軽く達ってしまったようだ。
「あ、はぁ──」
 刹那の満足に歓喜の声を上げるリアンに、優しくしたいという理性が薄れていく。
 まとわりつく淫靡な空気が檻の中の飢えた狼を引きずり出し、牙を剥き、目の前の獲物を貪り食え、と、唸り出す。
 そんな衝動を、俺は逆らわない。
 そして、リアンもまた、それを求めている。
 俺の表情の中に、望むものを見つけたのだろう、手を伸ばし、うっとりと俺に縋り付く。目を閉じて、絶頂の余韻に浸りながらすりすりと腕に頬をすり寄せて、「もっと」と小さく囁きかけてくる。
 そんな仕草をされて、何を遠慮することがあるだろうか。
 幸いにして、俺もこの後は休みだったりするわけで。
「しゃあねえなぁ、淫乱。欲しいんなら、足を開け」
 肩を押してベッドに押しつけて、上から覗き込みながら口角を上げてリアンに命令を下す。
 これは俺のモノ、全てを俺が支配し、隷属するしかないモノ。
 愛おしいと思う心もあるけれど、いざことが始まるとこんなふうに考えてしまうのは、もうどうしようもない俺の性で。
「今日は俺が良いっていうまで、射精は禁止だ。昨日はシーツがてめぇが際限なく吹き出しまくったザーメンと潮吹きでぐしょ濡れになるぐらい漏らしていたからな、まだ空に近いから簡単だろう?」
 と言いつければ、こくりと可愛く頷き返されて、俺もニヤリと嗤い返す。
「俺も、一日に二度も汚れたシーツのクリーニングをお願いするのは気が引けるからなあ。今度汚したら、てめぇが洗濯場まで持っていって、自分で洗え」
 洗うと言っても共同洗濯場に並ぶ全自動洗濯機に突っ込むだけだが、使用中は名前を表示するその洗濯機で、普通は定期的にクリーニングに回収されるシーツを洗う奴は、やってましたって宣伝するようなものなのだが、それをまだこいつは知らない。
「わ、かった」
 簡単に頷いて返すリアンは、こうなってしまうと俺が何を言っても柔順に従う。
 最初のうちは使った薬の副作用かと疑ってマニーニーにしっかりと検査させたが、そこは異常なし。
 精神分析の結果、過度のストレスと自身の性的嗜好への衝撃が、今までの価値観とかを吹き飛ばし、道徳教育により封じ込められていた淫乱の質が開花してしまったのと、実家に対する恐怖から逃げたいという願望も相まって、ある意味セックス依存に陥っているのでは、ということらしい。
 まあ、なんと言うか、俺にとっては願ったりというか、うれしい誤算というか。
 眼下で、切なげにまつげを震わせ、早くしてくれと股間を硬くした腰を押しつけてくるリアンは、下腹が沸騰すると思うほどの妖艶さだ。
「明け方きれいに洗ったから、まだここは大丈夫だな」
 包帯で固定された足のために、緩いゴムの七分丈のズボンしかはいていないから、少し腰を上げさせれば難なく下着ごと下ろしてしまえる。その尻の狭間に指を差し仕入れれば、まだ熱のこもるそこはすんなりと俺の指を銜えた。
「ひ、んっ」
 もうそれだけで、うっとりと顔を仰け反らせ、甘く鳴いて腰を揺らめかせた。
 さすがに潤滑剤は必要だったが、解す必要などないほどそこは緩んでおり、俺の太い指二本をあっけなく根元まで飲み込んだ。
 そのさなかにも、リオンが自身のペニスを俺の腹に押しつけて、間接的な自慰を始めている。
 お陰で俺のペニスも刺激されて、準備など簡単にできあがった。
 そうなれば、昨夜の続きだとばかりに前戯もそこそこに己のペニスを取り出して、とろりとした潤滑剤を適当にまぶせば準備完了。
「は、やくぅ……」
 甘く囁き、尻を上げて自ら押しつけくる動きに合わせるだけで、先端がぷつりと少しだけ狭い入り口を通過して、ずるっと一気に奥まで入り込む。
「あ、あ、イっ、イぃ……」
 リアンが感極まったように吐息を漏らし、踊るように腰を揺らめかせ、腕に力を入れて俺の身体を引き寄せた。その表情は淫蕩に蕩けきっていて、端から見れば色狂いの娼婦そのものだ。
 だが、それが善い。
 正気な時は結構恥ずかしがり屋のくせに、欲情すればひどく積極的に男を誘い、銜え込んで喜ぶなど、これはもう虐めがいがあるというか何というか。
「いいか、射精は禁止だぞ」
 再度の指示に、コクコクと頷くリアンに、俺は口角を上げて口付ける。開いた歯の間から舌を滑り込ませ、縮こまっていた舌を引きずり出して前歯で噛んで捕らえる。密着した肌を擦り合わせるように動かせば、口腔内で甘い声が響いて、甘ったるい疼きが広がった。
 そのまま舌を強く噛んでやれば、喉の奥から熱い吐息が溢れ出す。
「い、ああ、イイっ、あっ」
 閉じたまなじりに涙を浮かべ、感極まったように「イイ、イイ」と繰り返し、なお貪欲に快感を求めてくる。
 そのまま腰を激しく動かし、何度も何度も抽挿すれば、綻んだ肉の穴は熱く絡みつき、適度な締め付けで引き留めようと蠢いた。
「淫乱」
 唇を耳朶まで滑らせ囁けば、余計その締め付けが強くなる。
 言葉で責めても感じるから、何度でも繰り返す。
「親父もだが、てめぇの実の兄貴も、このド淫乱ぷりに気付いてたんだろうなあ、こんな真性マゾの質を。だから、ジジイどもに売ろうとしたんだ、てめぇがあんまり淫乱だから、それしかできねぇって、なあ?」
「やあっ、あっ、そ、んなことぉ、な、いっ、ああんっ、いやあ、言わないでぇ」
 理性あるときは恐怖に震えるくせに、こんな時であればこれもまた性欲を煽るスパイスでしかないらしく、親兄弟を出せばヒックヒックと泣きながら、それでもより深く欲しがって、ペニスからダラダラと先走りを漏らして濡らすのだ。
「嘘吐け、もう尻穴、グチャグチャじゃねえか、おい、ここをどうして欲しいって?」
「あ、あぁ、お、願っ、いぃ、バージル、さまのチンポ、挿れてえっ、お、俺のケツマンコぉ、もっとぐちゃぐちゃにしてぇ」
 そこには、さっきいた執務室での羞恥に縮こまっていた青年はいない。
 大胆に身体を開き、惜しみなく隠語を叫び、ペニスを求めて淫欲に狂いまくる獣がいるだけだ。
 それは同一人物とは思えないほどだけど、ずっと世話をしてきた俺にしてみれば、どちらかもリアンなのだと理解していた。
 医学的見地のいろいろな説明はともかく、結局のところ、あの拷問はこれの身体をすっかり淫乱に目覚めさせ、男の臭いを嗅ぐとすぐに発情する身体を作り上げたのだ。
 あの時のように痛みにも快感を覚えるから、この二週間の間も、傷が痛めば身体が熱くなり、リハビリでの苦痛でも欲情する。しかも、発情してしまうと人の視線にすら昂ぶってしまうという、とにかく何をしていても発情するという状態で、しかも欲情したリアンの妖艶さときたら、若いモノにはたいそう目の毒で。
 だから、結局俺以外誰もリアンの下の世話抜きの世話などできないかった。というより、俺がさせなかったのだ。
 お陰で、それを解消してやれる俺に対するリアンの評価は非常に高い。
 もともと互いに一目惚れだったという話だから、今のこの状態も当然の帰結だったのだが。
 互いの性癖がここまで一致してしまえば、無味乾燥とした辺境の拠点での生活も日々楽しくてしようがない。
「外見てみろよ、まだこんなに陽が高いっていうのさ。ああ、暑いな、窓を開けてやろうか? 今外の訓練場で、若い連中が体術訓練の真っ最中だったっけ。おまえも見るか?」
 窓越しに微かに聞こえるかけ声を意識させ、頭側の窓へと手を伸ばせば、「いや……」と小さな声で静止してきたけれど、言葉だけで身体は動いていないし、何より、その瞳がひどく期待に満ちている。
 だから止めることなくがらりと窓を開けて。
「ああ、涼しいな。これで思いっきり動ける」
 なんて嘯いて、腰を抱えてさらに激しく腰を回し、前立腺を抉る。
「ひっ、あっんっ、あっ、あっ」
 甲高く響く声は、天気の良い外まで響いているだろう。
 さっきまで勢いよかったかけ声が一気に消えて、外から響いていた音の代わりに、ベッドの軋む音と肉の穴と棒がこすれる音、泡立つ液の音に、何よりも大きなリアンの喘ぎ声が響き渡る。
「おいおい、聞こえてるぜ」
「ん、んっ、あっ、だめぇ、と、止まらっ、いっっ」
 外からはベッドの上までは見えないとでも考えたのか、ことさらに声を張り上げ、己の情事を知らしめる。理性が戻れば自己嫌悪に陥るくせに、こうなってしまったらもう止まらないのだ。
「しゃあねえなぁ、だったら気が狂うほどによがらせてやるよ」
 太股を抱え上げ、引きずり寄せて深く激しく貫いて。
 まだ薄く残る鞭の痕を眺めながら、囁いた。
「足が治ったら、また俺の鞭をくれてやるぞ。尻にぶっといバイブを突っ込んで、MAXで動かしながらだ。今度はチンポも叩いてやろう。マゾなおまえなら、サイコーに感じるだろうよ」
 とたんに、リアンが声もなく叫んだ。
 大きく開いた口から舌がちろちろと覗く。熱い吐息が吹きだし彼の肩口を刺激し、狭い穴がググッと引き絞られて。
 トプリトプリと薄く少ない精液を吹き出し、それが互いの腹の間で糸を引き、垂れ落ちる。
「おいおい、射精禁止って言っておいたけどな」
 お仕置き確定っと小さく呟いて、ついでに外にベッドマットも干してやろうか、なんてリアンが嫌がりそうなことを考える。
 多量の精液がパッドを越えてベッドマットまで汚してしまうせいで、使い始めて二週間経っただけのこのベッドマットは、実に多彩な染みができているのだ。
 そんなベッドマットにリアンの名前を入れておいて、目立つところに放置してやったら。
 それを見た連中が、どんな目でこいつを見るか。
 そしてそれに気が付いたリアンはまたあらぬことを想像して、俺を求めるのだ。
「愛してるよ」
 射精の衝動に身を委ねながら、優しく囁く。
「おまえは一生俺のモノだから」
 それに対するリアンの返事はまだもらっていない。だが、見上げる欲情に潤んだこれの瞳は、言葉よりも雄弁に告白してくれていた。
「ああ、まだ欲しいんだろ。だったら、自分でも腰をふりたくれよ」
 そんな命令など出さなくても、力の入った尻タブがアナルを締め付け、グリグリと腰を踊らせる。
 そんなリアンの身体には、前にはそれほどなかった場所の筋肉が見事に張り始めていた。
 そうやってこれはどんどんと、セックスのための身体になっていく。
 その腰を引き寄せて、深く口付けながら、またすぐに復活した己のもので、何度も何度もヨイところばかりを抉ってやった。
「や、あぁっ、まだ、ぁ、達ってるのにぃ、ああ、イイ、すごっ、ひぃあんっ」
「いくらでも達け。狂え」
「い、イィッ!!、あ、ぁっ、ソコォ、モットぉっ」
 前立腺の場所と最奥と、感じるところを突き上げながら、耳朶に犬歯を食い込ませ、食みながら両手で尻タブを割り開き、グリグリと揉みし抱く。
「もっと欲しいなら、誓え」
 あの時、あの酒場で。
 始めて出会ったあの場所で感じたのは、確かな直感だったのだと今なら思う。
「てめぇの一生を俺に捧げろ。俺のためだけに生きて、俺の全てに従え。あんな家に従うつもりだったてめえの人生なんか捨てちまえ、代わりに俺がてめぇの人生を作ってやる」
 ずらした舌で首筋を舐め、血管の浮かぶそこに歯を立てる。ぎりっと薄い皮を食い破れば、身体の下で、しなやかな身体が跳ね回った。
「誓うなら、正式に俺つきの事務官にして、婚姻の届けだって出してやる。そうしたら、四六時中一緒だ。執務室でも、ここでも。いつでもどこでも一緒だから、いっつも穴に突っ込んでやれるし、休憩時にはおやつに精液やれるし。ああもう服なんか着ずに、四つん這いで連れ回される生活ってのも、すげえと思わねえか? いつでもチンポがもらえるなんて、てめぇみてぇな淫乱なら最高だろうが」
「あ、やっ、ああっ、ひぃ、いぃぃんっ、い、やっ、こわ、れっ、ああっ」
 あちこち襲う快感に頭が沸騰しているリアンが聞いちゃいないのとは判っているが、答えを待つのに、そのペニスの根元をきつく締め付けて。
「どうする?」
と、問いかける。
 と言っても、リアンも何が何だか判らないのだろう、射精の寸前で堰き止められた衝撃に、涙を浮かべながら、かろうじて意味ある言葉を紡いだ。
「な、何、を?」
「俺のモノになるか、って話だ」
「バー、ジル、さまのモノ?」
「ああ、なるか? 一生、俺のものになるか?」
 教えてやりながら、ガンガンに付きまくってやれば、ひいぃぃっ甲高い悲鳴で鳴いて、激しく痙攣した身体を押さえつけて、なお奥を貪り尽くせば、感極まったようにリアンが泣き始めた。
「いや、おねがっ、なる、から、バージルさまのモノになるからあっ」
 それではまだ足りないと、乳首に移動した口で噛み痕もいくつも残しながら、言葉を追加させる。
「誰が何を?」
「ひんっ、痛ぁ、ああ、イイ、もっと噛んでぇっ、あん、あっ」
「して欲しいんだ?」
「ひあっ、そこ、やんっ、響くぅっ、あっ、あっ!」
「言え、そしたら射精させてやる」
「あ、……射精っ、ああっ!! り、リアンは、バージルさまの、モノになるからっ、一生なるからぁぁっ、いっぱいっ、犯してっ、射精させてぇぇっ!!」
 一際高く、青い透き通った空に届くように、それはとても良く響いていて。
「いい子だ」
 ペニスを握った指を離して、腰を掴み、思いっきり激しく穿ってやれば、その身体が大きくしなってる。
「ひぃぃぃっっ、イク、イク、イクぅぅっ!!」
 歓喜の嬌声が、基地内の至るところに響いた言葉の後に続いて響き渡っていた。
 
 
 
 もちろん、リアンたっての約束を俺が叶えないはずはなく、今では日がな一日一緒に過ごしている。
 今日も執務室で失敗した部下としてのリアンに罰を与えているところだ。
「我慢できるか?」
 床の上で全裸で四つん這いになっているリアンの尻のディルドをこつこつと蹴飛ばしてやれば、涙と涎まみれの顔がコクコクと頷いた。
 昨夜勝手に射精した罰として、尻にディルドを嵌めて射精禁止を厳命し出勤させたのは夫となった俺の役目だが、仕事中に射精するものだから、上司として濡らした衣服を剥ぎ取ってそのままにさせていたら、すぐに二度目の失敗をして。
 しようがないので四つん這いで舐めさせてきれいにさせた後、今は別の罰を与えるところだった。
「意地悪だねえ、リアンの旦那様は」
 呆れた風情のゴルドンがそう言いつつも楽しそうに眺めている。
「今は上司としての部下を躾けているところだ。仕事以前の粗相を罰するとなると夫の役目だが、執務中のミスは上司が罰を与えねばなるまい?」
 隊長と専属事務官という立場である俺たちは、なぜか部下達にはご主人様と奴隷の関係だと認識されてしまっているが、それ以前に甘い恋人同士でもあって、それが先日、名実共に婚姻の儀を交わしたため、夫婦と呼ばれる関係にもなっている。
 と言っても、今は確かに執務中だから、俺の言葉は正しい。
「はは、確かに。リアンの教育はてめぇに一任されているしな」
 からかう悪友の言葉に笑って返し、俺は愛用の鞭を手に取った。
 すっかり手に馴染んでいるこの鞭も、最近煩雑に使うものだから、かなり痛んでしまっているが。
「さあて、リアン、我慢しろよ」
「は、はい……」
 床に付いた握った手が小刻みに震えていた。それでも指示された通り、尻を上げてじっと待つ姿勢を取ってるのは、褒めてやってもいいのだが。
 足の間でぶらぶらと揺れている勃起チンポは相変わらず締まりがなく、粘液が糸を引いて落ちている。
 まあ、大好きなディルドの具合が善すぎるのは原因だろうが、それにしても少しお漏らしが多すぎると、俺は大きく手を振り上げて。
 新旧さまざまな線が残る尻タブに、一気に振り落とす。
 パァーン、と、最近ここでは良く聞かれる鞭音とともに。
「んあぁぁ──っ!!」
 甘く濡れた嬌声もまた、いつものことで。
「……また達ってるぜ」
 ゴルドンの指摘に、俺はため息を吐きながら、再度鞭を振り上げた。
 
 
【完】