【DO-JYO-JI】(2) 遊技の章

【DO-JYO-JI】(2) 遊技の章

dojyoji2


【DO-JYO-JI】 遊技の章

 闇の世界の城、とは思えないほどにしょうしゃな五階建てのビルの中には複数の幹部のための部屋があった。
 その一つの主は今出かけていて、その留守を彼に仕える幹部達が守っていた。
 だが彼らにも逆らえないものというモノは往々にして存在する。

「おはよう?」 
 脳天気に間延びした声と共に、一人の男がにこやかな笑みを浮かべて入ってきた。
 この部屋にノックもせずに入ることを許される者の数は少ない。その中の一人である彼の姿に、中にいた全員がびくりと硬直する。
 だが。
 ぴんと張りつめた緊張感の中、どこかうんざりとした雰囲気もまた、隠しきれないほどに漂っていた。それなのに、入ってきた男は気付いているのだと判る笑顔を顔に貼り付けて、この部屋の主の椅子に鷹揚に腰を下ろした。
 その堂の入った姿に、中井もまたどんよりと曇った表情を露わにした。
 ——またかよ……。
 いい加減にしろ——と誰もが言いたいのだが、それで彼の機嫌を損ねることなどしたくない。
「中井?、遊ぼうぜ」
 やはり——、と誰もが思った反応に、視線が中井に集中する。
「はあ?……」
 ため息も入り混じった答えに含まれる中井の心境など、皆も判っているはずなのに。
 だが、ここにいる誰もが助けてくれないこともまた、判りきっていた。
 なぜなら、この男がこんなふうに妙な明るさをさらけ出す時には、機嫌が悪い時なのだ。
 けれど、その悪くなった元を解消することは誰にもできない。そのはけ口を他の輩に向けることも許されない。
 その分別を持っている男は、だから胸の内に過大なストレスを抱えるのだ。
 だから、手っ取り早くストレス解消のはけ口だとばかりに中井の所にやってくる。
 ほっんと——猫被り野郎……。
 重たいネコが、そのストレスの原因の一つだろうに。
 喉の奥まで出かかった言葉は、つい言ってしまったせいで、手痛い目にあったことがあるから、決して口には出せない。
「おい、早くしろ」
「はいはい」
 しようがなく頷いて、彼に近づく。
 常であれば、そんな不遜な態度など向けられる相手ではないけれど。
 この部屋に入る時や二人だけの時は、中井がかしこまることを怒るから、結局友達感覚に接してしまっていた。
「今日こそ勝って下さいよ?」
「もちろん」
 中井の言葉に、彼——弥栄卓真は、子供のように笑って返してきた。
 弥栄組で若頭補佐を務める元草間組組長 園田の部屋は、弥栄ビルの三階にあった。
 他の幹部と違い独自の組をもたない園田の直属の部下は30人足らず。
 だが、能力は一人で他の組の組員数人分はある強者揃いばかりだ。
 組織を動かすマネジメント能力に長けている者も入れば、常勝トレーダーとして為替や株の世界では密かに名が通っている者もいる。かといえば、一人で数十人の相手を半殺しにしたという強者もいて、人材には事欠かない。人数だけなら弱小である園田の力が組で最強なのは、そんな彼らを巧く使っているからだ。
 だいたい、このご時世、数でものを言わせる時代ではない。
 そんな園田が黙して従うのが、弥栄組一の実力者にして次期組長の誉れ高き、卓真だった。
 まだ31だが、その実力は今の会長と比較しても劣るところなど無い。
 外見が優男風だから周りからすれば御しやすいと思うのか、金と権力に目を眩まされた者達がこぞって卓真に群がったが、そんな連中はいとも簡単に看破されて切り捨てられた。
 卓真の力は、その外見からは計り知れない。
 それを知るものは盲目的に卓真に従うし、それに気づけない者は二度と日の目を見ることはできなかった。
 外見にだまされると痛い目に遭うとは良く言ったもので、まさに卓真を舐めて潰された組や会社は幾らでもあるのだ。
 中井も初めて卓真を見た時、軽そうな奴、と思ったくらいだったし、あながちそれも嘘ではない。
 卓真は手っ取り早く性欲解消が出来るのであれば男も女も関係なかった。しかもその行為が好きときている。
 中井も初めて会った時に、開口一番「やらねぇか?」と言われた口だ。
 さすがにそれは、園田と卓真のお目付役である新居浜のお陰で事なきを得た。
 何しろ、あまりに遊びすぎたせいで新居浜が四六時中付き従う事になったのは、弥栄組では有名な事だ。
 そんな卓真と、有言実行で容赦の無い卓真。
 どっちの姿も知る中井にとって、卓真は本来ならこちらから近づくはずもない相手だったはずなのだ。
 なのに。
 
 卓真の手が中井の腕に延びる。
「いっつ」
 悲鳴を上げそうなほど食い込む指の力と近づく笑みに、背筋にひやりと冷たいモノが流れた。
 めっちゃ機嫌がわりぃ?。
 ひきつった中井の及び腰の姿に、決して鈍くない周りの連中の顔も強ばっていた。
 遊ぶと言った手前、逃げることなど許されないが、逃げたくて堪らない。
 一体何をして叱られたのか?
 それともしようとしたことがバレて叱られたのか?
 最近の機嫌が悪い時の理由の大半が新居浜に叱られたことが多いから、どうしてもその絡みが頭の中に過ぎる。
 けれど、それならばよけいに口に出すことは許されない。 
 そんな葛藤をしている間にも、卓真は中井を応接用のソファに投げ出すよう座らせて、自身もその隣に腰を落とした。
 軽くバウンドする体を押さえつけるように中井の肩に卓真の腕が回される。
「何? 逃げてぇのか、腰が引けてるぞ?」
 近づく笑みが怖い。
「い、いえ、別に。あの、先にお茶でも?と……」
 慌てて言い繕い、室内にいた園田配下の幹部連中に視線で助けを請うが、皆微妙に目を逸らしていた。
 直属の組員ではない中井だが、皆にけっこう可愛がられていてたいていのトラブルなら助けてくれる、だが、卓真相手ではどうしようもないとばかりに、今は近づいても来ない。
「茶なら、桂さんの方が美味い」」
 あろうことか園田の側近の中の長老、桂(かつら)が茶を入れるハメになっても、誰も文句は言えない状態なのだ。
 それより何より、『早く何とかしろっ』と、皆の視線が中井に訴えてくる。
「あの、卓真さん……今日は何をして……?」
 父親と区別するために名を呼ばせる卓真に、上目遣いに窺う。
「あ、ああ。暇だから、この前のリベンジをしようと」
 軽く言い放った言葉に、重い空気が床を這う。
 暇だ、と言うが、本当に暇かどうかは非常に怪しい。
 消えた卓真に彼の側近が渋顔をしているのが目に見えるようだ。
 それを思うと、さっさと居場所を教えた方が良いのだが、そんなことをすれば卓真の機嫌を損ねる。だが、教えないと側近達に怒られるのはこっちなのだ。
 園田の側近達を襲った激しいジレンマは、けれど諦めの境地を達した順番に収束を迎えていった。
「申し訳ありませんが卓真さん。我々はこれからちょっと出かける必要がありまして」
「あ、そうです。郡町に建てるビルの件で、ごねている奴らがいるとか……」
「どうも隣町に手を出してきたよそ者がいるようで……」
 口々に言い募るそれをうるさそうに卓真は手を振った。
「ああ、いいぜ。行ってこい。俺はこいつと遊んでるから」
「ありがとうございますっ、それでは失礼致します」
「えっ……」
 中井が抗議の声を上げる間もなかった。
 さっきまでむくつけき男でいっぱいだった部屋が、あっという間に中井と卓真だけになってしまう。
「そ、そんな……」
 忙しいはずはない。
 さっきまで、今日は何をしようかと、どこかのんびりとした会話が流れていたのだ。
 それなのに。
「いやあ、部屋がすっきりしたな。どうもあいつらがいると、鬱陶しくて叶わん」
 たとえ鬱陶しくてもいて欲しかった——と願うのは中井一人だけ。
 卓真は嫌いではない。
 時々、とても助かることをしてくれるから好きな方だ。
 だが……卓真には一つとても厄介な一面があって。
「さて、中井。遊ぼうぜ」
 ニヤリと嗤う卓真が差し出すそれを、顔を引きつらせながら受け取る。
「今日こそは、お前に勝ってやる」
 ぴしっと指を突きつけて、さっさと手元のそれに電源を入れる。
 中井も仕方なく取り出した大人気の携帯ゲーム機を手にした。
 それにここのところ入りっぱなしのゲームソフトは、アクションカーレースだ。といっても、滑稽なキャラがゴーカートを乗り回して、アイテム等を拾って使って一位を競うという子供向けゲームなのだ。
 中井はこういうカーレース系は強くて、卓真はいつもそれに敵わない。というより弱い。喧嘩の時に見せる反射神経はどこに行ったのかという程に弱い。
 ちまちました所を駆けめぐるというのがまず苦手なようなのだが、それなのに、卓真はこれに嵌っている。
 さらに、迷惑きわまりないことに、中井に勝つことを目指して頑張っている。
 こうして暇さえあれば対戦しにくる卓真に、最初の頃は中井も楽しんでいたのだが、最近はいい加減食傷気味だ。何しろいくら手を抜いても、卓真は勝てない。その上、下手な手の抜き方をすると怒る。
 負け続けても怒る。
 ひどくなると、キレる。
 部屋があっという間に崩壊したこともある。物相手だからならまだマシだと言われたが、鬼と化した卓真の姿を見た後に現れた園田が天使にすら見えた。
 一二度その場面を見た中井が今ここで無事なのは、ひとえにそれを察した新居浜か園田が助けてくれたからだった。

 

「だあっ、また負けたっ!!」
 対戦を始めて10戦目。
 惜しいところで、操作していたキャラがゴール寸前で転けて——中井に言わせれば何故そこで転けるのかが判らないのだが——卓真はゲーム機をソファの上に放り投げた。
 その体から陰鬱な空気を纏ったオーラがふつふつと広がっていると思うのは、気のせいではない。
「い、いや、その卓真さん、ずいぶんと上達しているから……その、俺、危なかったですし」
「はあ? どうせ手を抜いていたんだろうがっ」
 一オクターブは下がった声音と据わった目。
 優男然とした姿の卓真であったが闇のオーラを漂わせれば、慣れた中井の全身が総毛立つほどに震える。
「ぜっ、ぜったいに手は抜いていませんっ。ほんとですっ」
 本当を言うと、ほんのすこしだけ手を抜いたのだ。
 カーブでちょっとだけラインを外した。けれど、それに気付くほど卓真に余裕が有るわけがない。
 卓真の言葉は、ただの当てずっぽうでしかない。と判っていても。
 必死になればなるほど、卓真の眉間のしわは深くなる。
 卓真は不思議なほどに中井の本音を見抜くのだ。
 それが判っててなお、中井は手を抜いてしまった。そうしてしまうほどに、いい加減飽きてきていたのだこのゲームに。
 だが。
 まさかあんなところで転けてくれるとは……。
「うるせえよっ。ほらっ、こっちこいっ」
 引っ張られ、その足の上に転がる中井を卓真が見下ろして口角を上げた。
 卓真は怒っている。
 けれど。
「え、あ……」
「ほぉら、お仕置きの時間だ」
 ニヤリと口角を上げて嗤う卓真に、中井の背筋にぞくりと震える。それはさっきまでの悪寒とは違い、体の最奥を熱く滾らせた。
 卓真の怒りは軽い。
 そんな時、卓真は中井を使う。
 それは決して厭ではない。だから、中井は卓真と遊ぶのだ。
「今日は、俺のをしゃぶって貰おうか」
「い、あっ……ん……」
 頭髪を掴まれ、引き寄せられるその痛みにも関わらず中井の言葉に滲んだ色に、卓真は愉しそうに笑みを浮かべた。
「しゃぶれ、ほら」
 咽喉にまでずるりと入り込む熱塊に、中井はその頬に涙を滴らせた。
 喉の最奥を抉られる度に、吐き気を感じる。
「ひっ、うぐっ」
 苦しくて、また涙が溢れ出した。
 けれど、体が熱い。
 むっとする男の匂いが咽喉から鼻へと伝わる。その匂いを嗅ぐ度に、酔ったようにぼおっとなる。さっきから鼓動も少しずつだが早くなっていた。
「なあ、美味いだろ?」
 揶揄混じりの言葉に、堪らずにこくこくと頷いた。
 卓真の軽い怒りは「お仕置き」となる。
 多分に性的な意味合いを持つそれは、卓真にとって、そして中井にとっても、欲求不満を解消する手だてなのだ。
 頭髪を掴んで痛みに顔を顰める中井の口を犯すように使う。
 そんな使われ方をするのに、中井の体は熱くなって我慢などできなくなる。
 まるで大好きなお菓子を与えられた犬のように舐めて齧り付きたくて堪らないのだ。
 舌を使い、溢れる先走りの液をじっくりと味わうと、それがまるで媚薬のような効果をもたらして、中井の股間はあっという間に張りつめた。
 ちゅぱちゅぱと音を立てて舐め、吸い、扱く。
 卓真のそれは大きい。
 中井の口でも全てを銜えるのは難しい。それでも苦しさを凌駕する快楽を追って、卓真のそれを喉の奥へと導いた。
 流れる涙は、随喜のそれだ。
 荒い息はすでに熱く、鼻で吐き出すのも苦しい。
 卓真は最初から中井の性質に気が付いていた。
 鋭い言葉、揶揄、体を傷つけない程度の痛み、拘束。そんなものに欲情するようになったきっかけは中井にも判らない。
 特に園田にてきめんに反応するから、山での出会いのあの出来事のせいなのかも知れない。
 たとえば同じ揶揄の言葉を貰っても、園田と卓真では感じ方が違う。園田のそれの方がより中井を高めて興奮させる。
 だが、園田はなかなか中井を相手にしてくれなかった。忙しい身の上だと言うこともあるが、園田にはどうやら好きな相手がいるようなのだ。それが誰かは誰も知らないが、中井はその見知らぬ相手を思うたびに、あの山の公園での園田の様子を思い出す。
 きっと関係があるのだ。
 あんなふうな瞳を浮かべた園田は、あの場所でしか見られなかったから。
 そんな園田が中井を相手にする時は、よっぽど体が昂ぶった時だけ。
 仕事上発生する命の危険すらあるやりとりに、雄の本能のせいか昂ぶってしまうそれをてっとりばやく、鎮めるために中井を使う。
 その程度だ。
 だが、それでは若い中井には物足りなくてしようがない。
 そんな中井に卓真が気が付いた。
 若気の至りでやりすぎて、お目付役無しでは外に出られない卓真にとって、本部内で手に入る格好の玩具が中井だった。
 もし園田が手放したら絶対に貰う、とすら言われたほどだ。
 そんなことは有って欲しくはない。
 中井にとって園田は絶対だ。
 苦しくて堪らなくて、自暴自棄になりかけていた自分に生きる糧を与えてくれた園田は、中井にとって神にも等しい存在なのだ。
 園田に命令されれば、園田のためだから、と卓真の所に行くかも知れないが、そうでなかったら絶対に離れるつもりはなかった。
 けれど。
「っ——。ふぅ……ずいぶんと巧くなったな」
 びくびくと震える先から迸る液をごくりと飲み込む中井の頬を、卓真の手が撫で上げる。
 フェラの仕方も準備の方法も、実は中井は卓真から教わった。言葉少ない園田とその点は卓真は違った。
 どうすれば互いに気持ちよいか、楽しめるか。
 声の上げ方から、愛撫の方法まで。
 性欲旺盛な卓真のそれを達かせることなどひどく容易くなっている。そんな中井が流した涙の痕を何度もなぞるその手の動きは優しい。
 ぼんやりとしていると、その形の良い唇が動いた。
 熱に浮かされ、ぺたりと床に座り込んだまま卓真を見上げる中井にかける言葉はいつも同じモノだ。
「園田はくれるか?」
 何を? とは問わなくても判っていた。
 曖昧な笑みを浮かべた中井に、卓真はすぐに悟ってぽんぽんと中井の頭を宥めるように叩いた。
 服を整えソファに座り、中井を抱き寄せる。
「やってやるよ」
 言葉共に手が伸びてくるのを、中井は止めることなどしなかった。
 

 卓真もきっと叶わぬ恋をしているのかも知れない。
 中井にお仕置きだとやらせながら、卓真は必ず中井のそれも達かせる。
 欲しいモノを与えられないから、代わりのモノで我慢しているのだと、時々浮かべる焦点の合わない瞳が物語っていた。
 しょせん互いに代理品なのだ。
 だからと言って、ここまで昂ぶった体を放置されるよりはして貰いたい。
「出せよ」
 言われるままに、中井はジーンズの下で張りつめていたそれを取り出した。
 喉の奥深くまで銜えられて、熱い濡れた内壁にぎゅっと陰茎を絞り上げられれて……。
「あ、あっ……」
 時折歯を立てられて鋭い痛みが走るのに、それが堪らなく気持ちよくて中井は淫らに腰を振り声を上げた。
 卓真は巧い。
 そして、うっとりと貪るように中井を喰らう。
 けれど、その瞳はいつも中井の向こうを見ていた。
 じっと中空を見据える彼の瞳に何が映っているのか、中井には判らない。
 それが中井でも、そして園田でないことだけは判るのだけど。
 男にも女にも不自由しない男が飢えるほどに欲する相手は一体誰なのか?
 過ぎる疑問は、けれど絶え間ない快楽の渦に紛れて消えていく。
「あ、ああっ……卓真、さっ……もう……」
 そのせっぱ詰まった声に、卓真が鼻で嗤う。
 達けよとばかりにぐっと狭まった唇に扱かれて、きゅうと吸い付かれて。
 精はあっという間に迸った。
「あ、んっ」
 知らず甘い吐息が漏れて、全身がびくびくと震える。
 快感にうっとりと酔いながら、それでもをこれが園田さんだったら……。
 じっとりと舐め上げられて、びくびくと震える体から卓真が離れた。だがそれも一瞬で、卓真は中井の体を抱き締めてきた。
 中井を包み込む卓真の体はその外見からは窺えないほどにたくましい。
 なのに、時々ものすごくこの人が弱く感じる。
「てめぇ、溜めすぎだ。喉にひっかかる」
 顔のすぐ横で軽い咳と共に悪態を吐かれ、中井は、だってと口を尖らせた。
「園田さん、なかなかしてくれねぇんですよ。あんまここにいないから、誰かを怒鳴ることもしねぇし。なんつうか、ズリネタが無くて……」
「ったく、てめぇのズリネタは理解不能だ」
「そうすっかねえ……」
 二人で喉の奥で嗤い、どちらともなくため息を吐く。
「今ちょっと野暮用頼んでるからな」
「野暮用?」
「ん?、俺専用の弁護士が欲しくってな。園田に交渉させてんだよ」
「弁護士……あ、ああそうですね」
 仕事の上で必要なのだろう。
 訴訟や手続き、法的な事務処理は難しくて中井にはよく判らないが、それがとても大変なことくらいは判る。
 顧問弁護士という存在は、組長に一人付いているのを知っていたが、卓真は「専用」のと言った。
「それって、すっげえ人なんですか」
 卓真が園田に交渉させるくらいだから、きっと凄い人なのだろう。
 問いの形を取った確認に、卓真は笑った。
「すっげえさ」
 中井の口調を真似てくすりと笑う。
「だから、必ず欲しい。俺が何もかも手に入れるために必要な存在だ」
「へえ……」
 卓真にそこまで言わせるほどの人ならば、きっと本当に凄いのだろう。
「だが、なかなかうんと言わないから、園田も困っているようだ」
 それは……。
 ぼんやりとしていた頭に、園田の困っている様子が浮かんでくる。
 実際には、そんな姿は見たこともないのにそれはやけに鮮明だった。
「俺……手伝いたいなあ、園田さんを」
 簡単な事務仕事か、運転手か、雑用か。そんなことしかできない中井は自分が歯がゆかった。
 だから、園田をもっと手伝いたい。
 認めて貰えれば、もっと可愛がって貰えるかも知れないし、園田の傍にいれば、もっとあの声を聞かせて貰えるだろう。
「その弁護士って、どんな人なんですか?」
 思い詰めた表情の中井の言葉に、卓真は面白そうに口角を上げて。
「園田には内緒だからな」
 そう言いながらも、欲しい弁護士の素性を教えてくれる。
 すごく優秀で切れる男で、また必要と思われるととことん食いついて離れない。その辺りから、毒蛇ともマムシともうたわれているとのことだ。
 そんな人がそうそう専属になってくれるとは思えなかったけれど、卓真はどこか勝算があるような表情を見せている。
 羨ましい……。
 そんなふうに乞われる相手が。
 卓真にも園田にも熱望される見知らぬ相手に、胸が焦がれるほどの嫉妬が湧いた。

【遊技の章 了】