薬、衆目、見せ物
イヤだっ、助けて。誰か助けて。
闇の中、僅かな灯りに吸い寄せられた蝶のように、罠に落ちて逃げ場を封じられた哀れな贄が最期の悲鳴を上げていた。
イヤだ、やだ……来るな、助けて……。
藻掻けば藻掻くほどに食い込む紐はもう身じろぎすら苦痛なほどに食い込んでいて、かろうじて動く瞳に映るのは、決して後戻りできないことが判ってしまう禍々しいモノ。
蒼白になるほど恐怖に血の気が失せ、けれど、衝動的に喚き散らそうとする言葉は噛ませられたボール状のもののせいで意味あるものにならなかった。
硬質なそれに噛み締めているはずなのにガチガチと音が鳴るほど震えている。幾筋も涙が流れ、涎や鼻水が溢れて顔を汚していた。
迫り来る恐怖の源は半透明のプラスチックのシリンジで先端に鋭い針がついていた。それを掴む指が僅かに力を入れたのか、先端に丸い滴ができあがり、ポトリと落ちた先は今宵の贄となったレイジの腹だ。
びくりと大げさなほどに全身を震わせて、一瞬溜まったそれがするりと腰へと流れ落ちた。
その様子を、恐怖に染まった瞳が追う。
その滴の正体を、今目の前にいる男から聞いているからこその恐怖。
こんな目に遭うなどと、数刻前に男の誘いにほいほいと乗ってしまった自分をいくら罵倒しても後の祭りだ。
こちらの言い値よりも高い金を提示したことに疑問を持つべきだった。
いくら相手が好みだったとしても、高級そうなスーツに優しい物腰であったとしても、巧みな話術になんかにごまかされてはならなかったのだ。
連れてこられた一室で、愉しい情事は最初だけだった。
男は非常に上手く、レイジの快感を呆気なく引き出し、溺れさせた。さらに、男は執拗で、絶倫で。
達きすぎて辛さが出てきて、止めて欲しいと、もう無理と懇願し始めてから、男の狂気のような責めが始まったのだ。
嬌声が力無い悲鳴に、懇願が声無き嘆願に。
まだ若い張りのある肌は、疲労の色が濃い。情事の痕跡は、腹だけでなく全身いたるところに散っている。そんなイヤらしく淫らに汚れた身体に走る真紅の紐が、もう自ら動く気力のない身体を開くように腕に、足に走っていて。
膝を曲げたまま太股とすねに幾重にも巻かれた紐のせいで、今は恐怖に縮こまった陰茎も、犯され続けてぷくりと腫れ上がったアナルも、何もかもが晒されていた。
男はもう無理と逃れようとするレイジを押さえつけ、拘束し、精力剤だと無理矢理ドリンクを飲まして、男の思うが様に犯し続けた。
イヤだと喚けば、うるさいと頬に食い込むほどにきつくギャグボールを嵌められて、勝手に達くから辛いのだといきり立つペニスに拘束リングを取り付けられて犯された。
そして。
息も絶え絶えになり、力無く投げ出された四肢を邪魔だと縛り開かせたのはつい先ほど。
「もう無理なようだから……そろそろ、このお薬をあげましょう」
にこりと、ずいぶんと愉しそうに嗤いながら男が取り出したシリンジにアンプルから薬液が吸い取られていった。
ことさらに見せつけられながら、男は言葉を紡ぐ。
「この薬はね、一度使うだけで極上の快楽が味わえますよ。さっきまで私が差し上げた快楽なんか目では無いほど」
その言葉に隠された意味を気づけないほどに馬鹿では無い。
そんな薬がまともなモノであるはずが無くて、硬直したレイジにさらなる言葉が追いたてる。
「一度その快楽を味わったら、男無しではいられなくなると聞いています。もう何度でも何度でも、たくさん欲しがってしまうくらいに気持ちよいらしくて」
とんでもない、と、動けないまでも逃げようとする身体の上を、惑うようにシリンジが動く。
「またこのお薬が欲しくなるそうですよ、ええ、何度でも」
つまりは、それは……。
ひいひいと必死になって逃げようと藻掻く身体の上をシリンジが彷徨い移動する。惑う先でぽたりぽたりと滴を落とし、括り付けられたレイジの恐怖をことさらに煽っていた。
乳首に、へそに、口もとに、ペニスに。
鋭い針は、時折肌をひっかくように走り、腫れ上がったアナルの隙間に入り込み。
ひいい——と喉の奥から悲鳴を上げるレイジは蒼白になりながら泣き喚いていた。そのたびに、固定されたベッドがぎしぎしと音を立てるけれど、丈夫なそれはレイジをしっかりと固定していて。
「さて……そろそろ……」
泣き濡れた瞳を大きく見開くレイジには、最初から逃れる術などどこにもなかった。
誰でも知っている有名なホテルの一室でジュエリー新作発表会が開かれていた。設営されたいくつものディスプレイに、シャンデリアの灯りを反射して目映いほどの煌めきでもって人々を誘うデザインジュエリーが飾られていた。
クオリティの高さを誇るその透明度もカットの妙も美しき色も、そして洗練されたデザインすべてが訪れた者達の心を惹きつける。
さらに、三名いるブラックスーツに身を包んだ青年モデル達も、客の大半を占める女性達の目を惹いていた。
スーツ姿ではあるが、ネクタイはせずに襟元を拡げている。そこから覗くネックレスにチョーカーも含めて、彼らは皆、嫌味にならない程度に会場にあるジュエリーを身につけていた。
特に商品の説明をする訳では無いが、会場の中を歩き、請われるがままに身につけているそれらを客に見せ、欲しがるそれと同じ種類がある場所に案内する。
その3人の中にレイジもいた。
彼もまた、促されるがままにその身を飾るジュエリーを見せ、そつの無い振る舞いで客をあしらう。
かがんだせいで近くになった女性にニコリとほほえみかけると、女性の視線が明らかに泳ぎ、頬を赤く染めて恥じらっている。
それもそのはず、レイジ含めてここにいる三人はそれぞれに雰囲気が違うとは言え、皆が皆女性の目を惹きつけて止まぬ相貌と洗練された所作を持っているのだ。
今回のジュエリーのすべてをデザインしたカンザキ・リュウジが、彼ら三人を探し出してそれらを仕込んだ結果だと、訪れた客達は知っている。
カンザキが作り上げたジュエリーをその身につけ、より良く見せるために。
男物でも女物でも、彼らにかかればどちらでも同じ。
ディスプレイされて実際に売られるジュエリーと同じデザインではあるけれど、彼らに合わせたサイズで作られたそれらは、非常に良く似合っていて。
まるで誘蛾灯に引き寄せられる蝶のごとく、女性達が近寄っていく。
その後ろには、諦めたような苦笑を浮かべているか、苦渋に顔をしかめた男性陣が続く。
それでも、そんな男性達も彼らに近づくと同時に引き寄せられたかのようにぼおっと彼らを見つめるのだ。
決して派手さはないというのに、控えめな笑みに引き寄せられる。
人いきれのせいなのか、それともずっと立って動いていせいなのか、少し気怠げに息を吐く様に魅入られる。
襟元が開いたシャツから見える喉元に、溜まらずごくりと息を飲んでしまって思わず辺りを見渡す者も、汗ばんだ肌に触ってみたいような気にさせられて、思わず泳ぐ指を強く握りしめた人もいた。
視線が交わり、その濡れたように煌めく瞳が、身につけたジュエリーより綺麗だと思ってしまい、頬を染めた者もいる。
だから、そのうち男達も仕方が無いと諦める。女性達が引き寄せられるのも無理は無い、と。
それに、彼らと出会うのは今のこのときだけ。ほんの少しの交わりは、ただの思い出にしかなりやしないのだ。
嫉妬するよりも、女性達に貢ぐ方がいまは大切なのだから。
「そのピアス、素敵ですわね。もっと良く見せてくださらない?」
「は、い。どうぞ……」
少し長めの髪をかき上げて耳たぶにつけたピアスを見せて、同じデザインがあるところに案内する。
「ねぇ、あなた、これ良いわね」
「ああ、似合うよ……」
決して安くない金額のそれの購入の意思を固めた彼らを接客係にお願いし、次に呼び寄せられた場所に行って。
腕に輝く幾重も重なるチェーンを掲げて見せれば。
「きれい……ねぇ、お母様、私これが欲しいわ」
「そうね、お父様にお願いしてみましょうか」
今回のカンザキ・リュウジの新作発表会も大盛況のうちに終わるだろう。
訪れた客もプレスも、誰もがそう思うほどの賑わいだった。
カンザキ・リュウジの新作発表会が、実は場所を変えて夜間にも開かれることを知っている人間は少ない。
上得意だけに配布される招待状と徹底的なセキュリティの元に開催されるそれは、昼間のホテルの賑わいとは別の熱気にまみれている。
「おお、これは素晴らしい、触ってみても?」
カンザキの視線が羞恥に顔を赤らめたレイジをちらりと見やり、にこりと微笑んだ。
「もちろんですよ。みなさまどうぞご自由に。それはただのマネキンですから、ご自由に御触れになってください」
その言葉に、伸ばされた手が白い肌のマネキンと称されたレイジのいたるところにつけられた飾りに触れる。
「ひっ、んっ、ああぁっ」
漆黒のビロードの台座の上で、敏感な肌に走った刺激に身体がくねり跳ねる。けれど、チョーカーにアンクレットやプレスレットと台座に繋がる鎖が短く、それ以上は動けない。
カンザキの作ったジュエリー以外身につけていない身体は上気し、しっとりと汗ばんで辺りに淫らな色を振りまいている。
「このピアスはエメラルドかね?」
「は、はぃぃ、あん、やぁ」
伸びたのは、昼とは違い平たい胸の小さな乳首を貫くピアスへだ。
レイジの身体は、ほんの少しの刺激でも堪らなく感じるほどに開発されていた。客の戯れな指使いにも、あっけなく翻弄されて、たまらない疼きに意識が弾ける。
「こちらも抜いてみたいが?」
「ど、どうぞ……あ、あぁぁぁっ!」
強請られるままに尻を突き出し、狭間に埋もれるそれを抜かれる刺激に堪えた。
同じような悲鳴が他二カ所からも響き、狭い会場の熱気がさらに上がる。
まだ始まったばかりの夜は長い。
けれど、マネキン人形としての仕事を任せられたからには、最後までお客にカンザキの作品を見せ続けなくてはならないのだ。それを途中で放棄などしたら……。
「ほお、ずいぶんとゴツゴツとした……とても大きいねぇ」
アナルを飾っていた太い張り型は、刺激に勃起しきったレイジのモノよりさらに大きい。
「こっちに入っているのは?」
「ひっぃぁぁ」
ペニスから抜かれる金の棒は、様々な模様が刻まれていた。それをぐじゅぐしゅと何度も抜き差しされて尿道まで性器とされた身体は喉を晒して激しく喘ぐ。
それらはすべて昼の発表会前からずっと取り付けられていたモノばかり。
夜の発表会用にお色直しはしたけれど、綺麗にされて再び取り付けられ、その際にたっぷりと刺激を与えられているから、もうこの身体は限界で。
「あ、んんんっ、んくぅ」
触られるだけで軽く達ってしまう。
漆黒の生地にポタポタと白い染みがいくつも広がっていた。だが、この宴がこの程度で終わる訳が無い。
「これを着けてみせろよ」
最初から着けられたもの以外にも新作のアクセサリーはたくさんあって、次々と付け替えられる。
乱暴な手つきでピアスを引き抜かれ、痛みに涙する間も無く、新しい飾りが乳首を揺らす。
「この貞操帯って拘束リングでお漏らしを禁止できるのね。デザインが素敵な上に、それにお尻の玩具付きなのね、面白いわ」
どこかのマダムが愉しそうにレイジのペニスを貞操帯の板ごと腰に押しつけて、指先で弾く。
「ひっ、あんっ、んくっ、んっ……」
「振動が伝わりやすくなっていますから、貞操帯の上からでもローターを押しつければ全体に響きます。奴隷のお仕置きにもお使いいただけますよ」
男の説明に周りが沸く。
「どうぞ、着けてみてください」
レイジはマネキンだから、逃げられない。
伸びた手がペニスを拘束し、貞操帯の板を強く当てられ、アナルには太い張り型が入っていく。
陰部を覆う板が腰から伸びた鎖で止められてしまえば、僅かな余裕すら無いそれに。
「ひぎぃぃぃ——っ!」
上からローターが当てられて、最初からマックスで動かさたそれに、全身が激しく跳ねる。アナルもペニスも会陰も嬲られる刺激に、絶叫が零れる。敏感な身体に響く刺激は脳髄まであっけなく届き、理性を蕩けさせ、狂ったように泣き喚いた。射精できない苦しみばかりが先に募り、けれど、乾いた絶頂に意識が引きずり回される。
ああ、駄目だ。
だらしなく開いた口角からだらだらと涎を垂らしながらも、かろうじて縋り付いた一筋の理性で唇を噛みしめさせて意識を持たせ、仕事の放棄だけはしないようにと必死で堪える。
視界が揺らぎ、カンザキが客に導かれて離れる気配が判った。けれど、離れたからと言って、何も変わらない。
たくさんの客が、レイジに群がっている限り。
「おや、かわいい」
頬をべとりとしめった熱が触れていき、零したすべてが舐め取られて。
「かわいいアナルがひくひくと物欲しげに震えているねぇ。今度はこちらを試してみよう」
「あんっ、ひっ、んっ」
強請ることもできない相手に嬲られながら、堪えきれない衝動に尻をふりたくり、せめて少しは冷ましたいと荒い吐息を吐き出して。
がくりと崩れて額を付いて、指先が掴んだ薄汚れたビロードに、零しそうな悲鳴を吸い込ませていく。
ああ……身体が……意識が……。
貞操帯に飽きた客が外すついでにずぽりと引き抜いた後に、指輪をつけた太い指が入っていく。前立腺に擦りつけられる指輪は、決して傷つけるような角はないけれど。浅い場所をごりごりと固いそれで擦られて、嬌声が止まらない。
狂うほどの快感が繰り返され、掠れた声しか出なくなったら、今度はペニスにらせんが刻まれた棒が入っていって。
「やあぁぁ、そこぉぉぉっ、あひぃぃ、うぎぃぃぃ」
髪を振り乱し、与えられる快楽に獣のように吠え唸る。
カンザキが発表した新作はまだまだあって、それらすべてが試されるのはまだまだ先だ。
けれど、そんなことを考える力すら、もうレイジには残っていない。
さらに、二週間に一度の薬が、そろそろ切れかけていることにも気がついてなくて。
「あひぃぃ——、あぁっ、尻がぁぁ……挿れてぇぇ、もっとおぉぉ」
ガクガクと腰を前後し、淫らに強請り始めたのはそれからすぐだ。
「だったら自分で抜き差ししてごらん」
客が巨大な張り型を支えたところに、己から尻を突き出して自ら飲み込んで行ったのはもう無意識だ。
「あひぃぃ、いぃぃ、あぁぁっ」
淫らに無様に快楽を貪る。
あの日、カンザキに薬を使われてからこの身体は、薬が切れ出すと目の前の男達のペニスすべてを欲しがって、何度犯されても飽きることなく欲し続けるという禁断症状が出るようになっていた。
そのせいで、レイジも、そして残り二人も、決してカンザキから逃げられない。
こんな屈辱的な仕事でも、カンザキに命令されたら最後までやり遂げて、媚びてでも薬を貰うようにしなくてはならなかった。
前に一度、まだ慣れない頃に会場で失禁、失神をして、カンザキをたいそう怒らせたときには、禁断症状が出てから二週間ずっと、浮浪者の群れに放り込まれたことがあった。汚い臭い男どもの陰茎を言われるがままに舌で舐め、土下座をして欲しがって、犬のように這いながら飼われた日々。
この薬の恐ろしいところは、そんな状態でも記憶が残っていることだった。
もう一人など自ら強請って複数の犬に犯され続け、その記憶が残っているのはもちろん、映像でも残されて上得意客達の笑い物にされていた。
それは人としての尊厳をねこそぎ奪われるような強烈なものばかりで。
だから、堪える。だから、カンザキには決して逆らわない。
足を拡げて男を誘えと言われたら、いくらでも誘う。
尻を振り、ペニスを銜えろと言われたら、何本でも銜える。
カンザキのために、カンザキの命令のままに。
せめて、人として生きたいから。
僅かな灯りに吸い寄せられてしまった夜の蝶達は、今はもうそこに巣くった蜘蛛に絡め取られて骨の髄までしゃぶり尽くされるしか無かったのだった。
【了】