SSS:【檻の家 プレゼント (鈴木と敬一)】

SSS:【檻の家 プレゼント (鈴木と敬一)】

クリスマスにアップしようとして間に合わなかったSSSで、当日の話になります。
檻の家の鈴木と敬一で、お話からさらに数年後、精神的にも調教済みだった場合ですね。

短く、サクッと書き上げて掲載しようとしているのに、だんだん長くなっているような気がします。





 手渡された純白の、控えめなエンボス模様が入った包装紙に包まれたそれを受け取る手が震えてしまう。
「ありがと、ございます」
 礼を呟く声が小さいことよりも、手や声が震えていることの方が気になった。
 鈴木を不快にはさせたくないことばかりが先に立って、今の穏やかな雰囲気を信じて良いかが判らない。
 かと言って、顔色を窺うばかりでは嫌がられるのも判っていて。
 だけど、意識しないようにすることも難しい。
「敬一くんが喜んでくれると良いのですが」
 貰った敬一より嬉しそうだから、たいそう機嫌が良いのは確かだけど。
 荒ぶる時でさえ笑っていることもある鈴木を知っているから、気が抜けない。
 激しい逡巡に陥った思考に、身体まで半ば硬直して、受け取ったまま動けなくなった。
 そんな敬一に鈴木の手が伸びてきて両手に包まれたその箱からスルリとグリーンのリボンを抜き取った。
「さあ、開けて」
 促されれば、敬一の手は動いてしまう。
 従順に躾られた身体は、こんなにも支配されているのだけど、その方が楽なときもある。
 リビングのソファーに腰掛けた膝の上に、包装紙がぱらりと広がった。
 中の箱も白くて、上面の金の箔押しのロゴがよく目立つ。
 良く見知ったその名に止まりかけた手は、鈴木に導かれて、戸惑うことすら許されない。
 緊張に心臓が悲鳴をあげるほどの早打ちしている。
 喉がカラカラに渇いて、たまらずに唾液を飲み込もうとするけれど、うまくいかなかった。
 何が入っているか判らないのも確かだけど、それ以上に一ヶ月前の結果の結末の悪い方を予想してしまっているからだ。
 ──そろそろ、捨てられるかも。
 もう、何年一緒にいるだろう。
 ふと数えてしまった年月に、恐怖を覚えたその時から、敬一の心には常に不安が纏わりついていた。
 最初は早く飽きて欲しいと思っていたのに、今はそれが怖い。
 数日放置されただけで疼き、男のそれを欲しがるようなこんな身体で放り出されて、まともな生活などきるだろうか?
 日々の生活どころか仕事まで、鈴木の世話になっている状況で、放り出されてしまっては……。
 微かではあるけれど、確かな不安に苛まれていた一ヶ月ほど前のある日、敬一は鈴木に二つの書類を渡された。そして、どちらか良い方を選ぶように言われたのだ。
 二者択一はプレイの一環として良くあることで、鈴木の意図しない側を選んだときの行為は、たいそう酷いものになる。
 今回の書類は年末年始の休みの過ごし方で、難しい選択であったけれど、それでも本能のままに選んだのだけど。
 結果はクリスマス、今日この日の鈴木からのプレゼントで判るのだと言われていて。
 一ヶ月近く結果を引き延ばされていて、積もり積もった緊張は最高潮だ。
 この一ヶ月、鈴木の機嫌は悪くはなかったから、きっと問題ない方だったのだ、と思いたい。否、思うようにしてきたけれど。
 この箱を開けたら鈴木の態度がはっきりするのだろう、と思うせいか震えてしまう手が、白い艶やかな紙の丈夫な蓋を上へと抜き取って、中から現れたのはやはり白い──ベルベットが貼られた丸みを帯びた、リングケースだ。
「敬一くんにも似合うと思いますよ」
 すこしでも開けるのを遅らせたい敬一とは裏腹に、上機嫌の鈴木が先を急く。
 紙の箱から取り出して、側面の切り込みに指をかけて。
 パタッと開閉したその中で、明かりに照らされているそれに、敬一は数度瞬いて。
 一つ、二つ。
 二つあるのだと、何度も何度も確かめる。
「素敵でしょう?」
 無意識のうちに頷いていた。
 二つともに同じデザインで、しかも。
「さあ、指を」
 促す声を朧に聞きながら指を取られ、その一つが左の薬指にはめられていくのを視線で追う。
「ああ、似合う」
 プラチナの繊細な彫りがさりげなく施された幅が広めのそれは、一見すればマリッジリングにしか見えないし、僅かなサイズ違いのもう一つが誰のものかなんて、今更考えるまでもない。
「さあ、私にもはめてくださいね」
 差し出された指を見詰めて、嬉しそうな鈴木に視線を移して。
 堪らない気分のままに視線を落として、敬一は黙ってリングを取り上げた。
「あれで……良かったんだ?」
 二つのうちの一つ。
 ここまでくれば、さすがに敬一も間違えない。
「ええ、さすが敬一くんですね」
 間違えていたら、鈴木はここまで上機嫌にはならない。
 まして、こんなお揃いの指輪なんて選ばないだろう。
「おや……。泣いて……、ふふ、嬉しいですよ、そんなに喜んでくれて」
 知らず頬を流れる涙を指で掬われて、頬に触れた硬い感触に、ただぼんやりと現実なのだと自覚する。
 涙で歪む視界の中で、鈴木が嬉しそうに笑んでいて。
 ふわりと抱き込まれる暖かさに、敬一はようやく強ばっていた身体から力が抜けていくのを感じた。
 途端に、得も言われぬ安堵感にも包まれる。
 ああ、これで良かったのだと。
 鈴木からの謎かけはいつもたいそう難しい。
 間違ってしまった時でも、悲しいとか、悔しいとか、現実を嘆く感情なんてとうの昔に捨てたけれど、それでも鈴木の意に添わぬ事はしたくなかった。
「……間違って、なかった、んだ……?」
 胸の中で囁いたのは、自問自答に近かったけれど。
「ええ、もちろん。敬一くんならきっと選んでくれると思いましたよ」
 これは、あの選んだ書類の、鈴木の答え。
「これが欲しかったんでしょう? 最近、店でよく見ていましたものね」
 店のレジの近く、ガラスケースに収められた特別な指輪のセットに、最近とみに惹きつけられていた。
 特に、一対の指輪は縁を結ぶものと言われたときからずっと。
 そんな敬一に、鈴木は気づいていたのだろう。
「もしあなたがあの時もう一方を選んだなら、今頃あなたは海外のホテルで過ごしていたんですよね」
 違う方の書類は、リゾート地への旅行計画書だった。
「そのホテルなんですけど、敬一くんは知ってましたか?」
 クスクスと嗤う鈴木の視線が、見えない異国の地へと向けられて。
 敬一は、悪い予感に全身を硬直させた。
「断崖絶壁の孤島にある、ある嗜好を持つ者達だけが立ち入りを許される治外法権の場所なんです。敬一くんにはきっと……刺激が強すぎるでしょうねぇ」
「! 」
 その言葉で、鈴木の笑みで。
 決して行きたいなどと思ってはいけなかったのだと、気づいてしまう。
「私としても、そんな場所に敬一くんを行かせたくはなかったのですが、懇意にしている方からのお誘いで無碍にはできなかったのです。それで、敬一くんに選んでもらおうと。敬一くんが選ぶのならあの方のお楽しみのためにも諦めようと思ったのですが……」
 それは、一体何を諦めようとしていたのか。
 ガクガクと震える身体を、縋るように鈴木の身体に押し付ける。
「旅行を選ばれたら、まあ餞別にあなたの身をいろいろと飾り立ててあげて、恥ずかしくないデビューにしてあげるつもりで」
 その飾りが、それを選んだ場合の答えだったのだと苦笑とともに落とされる。
「でも、あなたは贅沢な旅行ではなくて、私とだけで過ごすことを選んでくれた」
 そんな敬一が選んだ書類は、休みの間の鈴木が施す調教計画書だったのだが、それをほとんど迷わず選んだために、鈴木はたいそうご満悦のようで。
「実は、敬一くんがこちらをを選んでくれるか賭だったんですよ。でも、安心しました」
 うっとりと、互いの指を絡め、指輪を擦り合わせる。
 鈴木と敬一の揃いの特別な指輪が。
「この指輪は、私の許可なく外すことを禁じます。これは、あなたが私のモノであることの証なのですから」
「は、い……」
 あのケースの中で、ポップカードに記されていた説明文が敬一の脳裏を過ぎっていく。
『リングは互いの縁を結ぶ証。主従の証として、奴隷宣誓の言葉を刻んだ指輪を作って、与えてみませんか』
 マスターリングとスレイブリングの対で成り立つその指輪に、敬一はたまらなく惹かれていた。
「鈴木さんの奴隷の証……」
 もうずっと、鈴木に支配され続けた敬一にとって、今はもうそれがすべてだ。
 けれど、互いを繋ぐのはすべてが口約束か、鈴木側から簡単に破棄できる契約だけだったのだ。
 いつからだろう、それが不安になったのは。
 不安だから、確かな証になる何かが欲しかった。
「証を物に縋るのは、私の言葉を信じていないということにもなりますが……、まあ良いでしょう。こんな素直で可愛い姿で喜ばれては、ね」
 鈴木の珍しい容認も、今の敬一には嬉しいばかりで。
「休みになったら早速あの計画通り調教を始めますから、楽しみにしてください」
 途端に身の内が激しく震えたのは、歓喜だと思っている。
 数年前、恋人か奴隷かの二者択一の時には、鈴木の異常な考え方を知っていたから奴隷の立場を選んだのだが、その時でも、いつかは逃げ出すことばかりを考えていたのだが。
「ありがとうございます、鈴木さん」
 今はもう、鈴木の言葉に従えば間違いないと知っている。
 敬一は、ただ間違えないように選ぶだけ。
「私も楽しみですよ、敬一くん」
 本当は──最初からずっと騙されてきていたのだと、もう知っていても、なお。
 鈴木の望む道を選ぶだけだった。

【了】