【高鬼(たかおに)】 7 |
荒い息を吐いて、啓輔も果てる。 重い体がずっしりとのしかかってきて、家城は息苦しさに身じろいだ。 一度達って、少しだけ落ち着く。 大きく息を吐いて、体の上の啓輔を押しのけようとしたけれど。ぎゅうっときつく抱きしめられて、それもままならない。 「啓輔……」 「まだ……」 訝しげに問いかければ、熱い欲望はその形のままに押しつけられた。 ああ、こんなにも。 啓輔が求めるときは、いつも何度でも、疲れ果てるまで続く行為。 だが、そこまで求められているのだと思えば、それも嬉しい行為だ。 でも、と家城は流されそうな心を必死でつなぎ止めた。 欲しかったのは家城自身もなのだ。 つれなかったと零した啓輔であったけれど、あんなにも行きたそうにしていたくせに、と反論したい。 それに、タイシの件だけは、問い質したい。 下手に詮索して、嫌われる等という思いはもうなかった。 がっつくほどに求められた今の行為を思えば、啓輔が家城を嫌っているとは思えない。 ぐりっと押しつけられる欲望の塊に、未だ体の奥は疼く。ともすれば、流されそうになる体を無理に離して、家城は、訝しげな視線を向ける啓輔と視線を合わした。 「啓輔……いつの間に、彼と仲良くなったんです?」 「彼……?」 行為を中断された上に、訳が判らない事を問われたと、啓輔が眉間のしわを深くする。 「先週と先々週と……二回……。会えなくなったきっかけになった約束の相手です」 「は……、あっ」 不意に思い当たったのか、啓輔が目に見えて動揺した。 あれだけすり寄っていた体を離そうとするのを、腕を掴んで引き寄せる。ふわりと揺らいだ体の動きに会わせて、啓輔の体をベッドに押しつけた。 見下ろすいつもの形に、家城の優位性が増す。その形勢逆転の体勢に、家城はふっとほくそ笑んだ。 「先週、日曜日。本屋の前の店から出てきていましたね。ずいぶんと、彼と親しげで」 「!」 その表情に、啓輔もその時が思い浮かんだのだろう。 まん丸に見開いた目が、家城を凝視している。 「なぜ、黙っていたか聞きたいですけど?」 あれだけ考え込んだのが嘘のように、すらすらと言葉が出た。 「あ、あれな……ははっ」 笑うその目が虚ろだ。必死になって言い訳を探そうとしているのが、家城にはよく判った。 「啓輔、どうしたんです?」 だが、その追求の手を緩めるつもりはなかった。 体の下から逃げようとする啓輔を、捕まえて引きずり戻す。下肢に体重をかければ、もう逃げられない。 先ほどまで元気だった啓輔のモノが、気のせいか柔らかくなっているのにも気がついた。 「黙っていようかと──思いましたけどね。まあ、でも、やはり相手が相手ですし。何も言わないのでしたら、無理に聞き出してもいいかなと思いまして」 いろいろと悩んだことは、この際押し隠すことにしよう。 家城は自分が驚くほど冷静だということに、内心で苦笑していた。 啓輔が自分の物だと思えばこそ、冷静に対処できる。 「あ、あのさあ……」 視線を逸らしていた啓輔が、躊躇いがちに視線を合わせてきた。 「その……タイシとは偶然会って」 ぽつりぽつりとつっかえながら話し始める。 その内容は、あまりにも予想外なことで。 がくりと家城の体から力が抜けて、そのまま啓輔の隣に転がる。額に手を当てて天井を仰ぎ見れば、知らずに深いため息が零れた。 啓輔の話を要約すると。 一ヶ月ほど前、たまたま街中でタイシと再会してしまった啓輔は、そこで無理矢理頼み込まれたらしい。 パソコン──特に表計算ソフトの使い方を教えて欲しい、と。 文系大学生のタイシは、ワープロソフトはともかく表計算ソフトの方はからきしで、たまたま再会した啓輔にこれ幸いと頼み込んだらしい。 期限は、先週まで。 槻山が海外から帰ってくる月曜までに、そこそこの完成度を見せなければいけなかったらしい。 そうしないと、置いて行かれると。 槻山が東京に仕事の関係で戻ることが決まって、仕事が手伝えるようになれたら連れて行ってやると言われたと。 「つまり、三週間ばかりパソコンの家庭教師をしていた、と……」 「まあ、そうなんだけど……」 土日だけでなく、その前の週から、早く帰れた平日も時間を作って家庭教師をしていたらしい。 さすがにそこまでは気がつかなかった。 平日、残業の時間も会ってはいたけれど、帰った後のことまでは判らない。 メールをしても、ごく普通に返信が帰ってきていたし。 「よくもまあ、それを了承しましたね」 あんな危ない目に会って、嫌っていたはずなのに。 「なんか、必死だったんだよ。タイシ自身、あいつのこと嫌いだって、ただの金づるだって言ってたけど……。なんかそれだけじゃない、違うって判ったし。それにさ、何もしないって言うし……」 「それだけ?」 とてもそれだけではないだろう。 探る家城の視線に、啓輔が諦めたように吐息を零す。 「純哉とつきあってんの会社にバラすって……」 「……なるほど」 とたんに沸き起こるのは、激しい怒りだ。 そう言われては啓輔は逆らえない。同性愛者の二人にとって、バラされることは何よりも避けたいことだから。 「まあ……金もくれるって。アルバイトだと思って引き受けた。確かに何もしてこなかった。あいつ、ほんと必死だったよ。最後の日曜に……純哉が見たときは、応用編が載った参考書を買いに出たんだよ。もう基礎はOKだったから、今まで使っていた本じゃ役に立たなくなったし。だから、その」 「その間にすっかり仲良くなったわけですね」 脳裏に友人同士としか思えない二人が浮かんだ。 「まあ……。もともと知り合ったときも、あんな感じでうまがあったからだし……」 ごく普通に生活していれば、あんな風な友人関係だったのかもしれない。 一緒に遊びに行って、食事して、笑いあう。 どこか荒んだ二人はきっかけは普通でなかったかもしれないが、それでも引き合うことがあったから一緒にいたのだろう。ただ、一つのきっかけで、啓輔はその生活を止め、タイシはそのまま一人で突っ走った。 きっかけは……何がどう左右するか、人によって違う。 容易にそんな二人が想像できて、家城は嘆息した。 「しかし、アルバイトって……いくら貰ったんです?」 「んと……20万……」 「にじゅっ……!」 がばっと跳ね起きて、まじまじと啓輔を凝視する。 「俺も多すぎるって言ったけど……。くれるって言うから」 肩を竦める啓輔に、家城は何度目かのため息を吐いた。 「もう……」 「いやあ、その、金欲しかったし……」 「お金が……何に使うつもりです?」 確かに啓輔の給料はあまり多くないけれど。 そう思いつつ問いかけた答えに、家城は瞠目した。 「その……車、欲しいし……」 「車……」 そういえば、休憩時間でも車の話題は多かったし、鈴木との件も車がらみだった。 「やっぱ、欲しいんだよなあ、便利だし。そうしたら金いるし。で、とりあえず免許とるのに足しになるかなあって思って」 「そう……ですか……」 そんなにも車を欲していたとは知らなかった家城にしてみれば、驚くことばかりだ。 「鈴木さんにも何かの時に相談したら、いろいろと親身になってくれて」 「それで……」 やけに親しいと思っていたら、そういう経緯があったのかと改めて気づく。 「鈴木さんち、実家に家族多くて、いろんな車があったんだよ。それも乗せてくれてさ。なんか鈴木さんちって家族で車好きみたいで、いろんな話が聞けたんだ」 「なるほど……」 気があったというだけのつきあいだとは思ってはいたけれど。 なんだか妙に気が抜けた。 だが、そんな事を気づかれるのは恥ずかしいだけだ、と、家城は小さく息を吐いて気分を切り替える。 「それで、彼らは?」 鈴木の件と車の件は、またゆっくりと話をするにしても、気になるのはタイシ達の動向だ。 これ以上啓輔につきまとうなら、家城も何からの対処をしなければならない。 だが。 「水曜日には東京へ引っ越した……」 「え?」 その台詞に、拍子抜けする。 だが、すぐに啓輔が少し寂しそうなのにも気がついた。 「啓輔?」 「俺、タイシの事──絶対に、二度と会うものかと思っていたけど。教えることになったときも何でこんな面倒なこと、とか思ったし。でも、なんか……楽しかった……から」 友人と別れをした寂しさに落ち込みを見せる啓輔という意外な姿に、息を飲む。 「なんでかなあ、昔は友達なんてどうせすぐに離れるし、結局は自分だけなんだから、とか思ってたから。だから、親しかった奴が離れていっても何とも思わなかったけどさ。なんか、今回ばかりは変だよなあ……俺って」 笑っているけれど、今にも泣きそうな啓輔の様子に、家城も言葉を失っていた。 人とのつながりが希薄だったころには何とも思わなかった別れ。だが、今は、人のつながりの大切さを誰よりもよく知っているから、だから、啓輔はタイシとの別れが辛いのだ。 知ってる人間、ただそれだけでも。 そんな啓輔に何も言えなくて、ただ黙って震えるまぶたに口づけを落とす。 元気な啓輔が好きだ。それは溌剌とした明るさの啓輔であって、こんなふうに寂しそうに笑う啓輔など見たくない。 慰めるために何度も口づけて、その先がゆっくりと下に向かう。 啓輔も、縋るように家城の首に手を回してきた。 二人の裸体が触れ合い、熱を伝えあう。 手が自然に体の線を探るように動く。固い男の体に、家城の欲望ははっきりと高ぶる。 「っ……あっ──」 甘い声が啓輔の喉から零れた。 潤んだ瞳がゆっくりと開いて、家城に向けられる。 不意に激しい欲情が家城の頭を支配した。 熱い体がまるで自分の体のように一分の隙間なく己を包み込む。 柔らかく熱く、そして微妙な動きを家城に伝え、妙なる快感を与えた。 「啓輔……」 意識することなく舌に乗せた言葉は、淫猥な響きを持って啓輔を熱くさせる。甘い喘ぎ声を堪えることなく漏らし、何度も家城に縋り付いて啼いた。 深く貫いて、体を揺すり上げれば、啓輔も自ら腰を動かした。 二人の汗が混じり、したたる。 その匂いは、啓輔が使う匂いより、はるかに官能を刺激した。 その震える体をきつく抱きしめて、さらなる高みを求める。 「あんっっ──純哉あ、もっとっ──もっと……」 啓輔のモノが腹に当たり、その存在を誇示する。 ふれて欲しいと啓輔が涙混じりで見つめてくるけれど、家城は故意にそれを無視していた。 「あげますよ、いくらでも。だから、もっと感じなさい」 体内のもっとも感じる場所を狙って突き上げる。 そうすれば、簡単には達けないと啓輔が啼くから。もっと啼かせば、さらに啼いて乞うのだ。 『達きたい、と』 その声が聞きたかった。 「あっ、やぁっ、お──願いっ……っもう」 せっぱ詰まった声が耳をくすぐる。 震える手が家城の体を引き寄せ、腰が深く結合した。 限界が啓輔に訪れようとしている。 そして、ざわめく内壁と啓輔の痴態に煽られて、家城自身も限界だ。 ずっと溜め込んでいた澱みをこの時とばかりに吐き出すために、極限まで我慢する。 それでも、そんな我慢など吹き飛ばすくらいに啓輔の声が家城を誘った。 「あっ、あっ──もうっ、駄目っ!」 一際高い嬌声が部屋に響く。 どくんと震える体が熱を吐き出し、二人の間に白濁した液溜まりができて流れた。 快感に打ち震える啓輔の後孔が、そのせいで締まる。 「ん……啓輔っ……」 絞られるような動きに、家城も一気に高みへと駆け上がり──どちらからともなく、キスを乞う。 甘く熱い吐息が、お互いの口内で熱く絡んだ。 「離さない」 淡いまどろみの中、腕の中の啓輔を抱きしめて囁きかける。 いつの間にかさらに世界を広げようとしていた恋人は、油断すると本当にどこかにいってしまいそうだ。だけど、そんな彼を手放すつもりなど毛頭無い。 疲れ果てる程に翻弄して今や眠りに引き込まれた若い恋人には、そんな言葉は聞こえないだろう──と思った矢先。 「俺も……離したくない」 小さな小さな言葉が届いて、刹那家城は大きく目を見開く。 窺うように啓輔の様子を探っても、彼は深い眠りについているようだったけれど。 それはとても幻聴とは思えない。 だからこそ。 「ええ……私を離さないでください」 さらなる世界を広げるというのなら、いつでも家城を連れて行って欲しい。 それは他の何よりも、破られたくない願いだった。 【了】 75万キリリクはあーこさんでした。楽しいリクでした。ありがとうございます〜(^^) タイシのお話は、またいつか別の機会に……リクがありましたら作成します(^^ゞ |