【Animal house】(3)

【Animal house】(3)

 ソファにゆったりと座るリィの腰をまたぎ、その肩に手を乗せて向かい合わせで腰を振る。尾付きの張り型のおかげで挿入は楽だったけれど、枷をされている膝では上下運動はできない。
 足と腕の力とソファのクッションの弾みだけで軽く飛び跳ね、上下を繰り返す。
「あ、はぅっ、うっ、くぅ」
 一度目の射精はすぐにしてもらえた。緩んでいないウサギの肉の締め付けと内部の蠕動運動は妙なるものだとリィも言っていたことがある。
 だが、続く二度目がなかなか来ない。
 一度や二度の射精では、リィは満足しない。
 先ほどの射精時も小さく喉を鳴らしただけで、たいして息を荒げもしなかった。
 まるで排泄のように射精してしまうリィを満足させるには、続け様に何度も快感を与えて射精させ続けなければならないのだ。
 けれど、ぴょんぴょん跳びはねるにも限界がある。もう息が上がり、足に力が入らなくなってきていた。抜けないようにするためには飛び跳ねる限度もあって、ウサギ自身もなかなか集中できなかった。それでも、快感は確かにあって、股間で飛び跳ねるペニスだけがたいそう元気だ。
 けれど、それよりも疲労の色が濃い。フルフルと太股とが震え、額から流れた汗がボタボタと落ちる。
 そんなウサギの尻の狭間でグチャグチャと水音が鳴る。溢れた精液が尻タブを伝い、ソファに落ちていた。
「あ、はっ、くっ、ううっ、うっ、あ、もう……もう……」
 荒い吐息が喘ぐようになり、流れる汗と涙が入り交じる。
 かくんと身体が傾き、拍子にペニスが抜け落ちて。
「おや」
 悔しいほどに冷静な声に、『しまった』と脳が叫ぶけれど、それを言葉にする回路すらもう機能しなくて。
 どおっとソファに崩れ落ちて、ぜいぜいと痙攣するように息を吸う。四肢の筋肉が痛い、肺も心臓も痛い。
「まだ私は満足していないのだけどね」
 嘲笑に、虚ろな視線がリィを追う。
「ご、ぅ、めん、くぅ、……、さい……」
 言葉すらうまく紡げない。
 リィのペニスはまだまだ元気だ。あれを満足させないと、次は何を要求されるか判らない。
 のろのろと動かした手は、伸ばすことができないせいでリィに届かなかった。
「しょうがないね、おいで」
 怒っていなさそうな声音に安堵の吐息を零すけれど、続いた命令にぴきっと固まる。
 何もできないままに腕を掴まれ身体を起こされて、今度はリィに背を向けた状態で下ろされた。
「うっ」
 ソファに臑をついた状態でリィの上に座らされた。
 背に触れる上質な布地に、胸に回される袖の感触。胸の前でクロスされたリィの手が、ウサギの両方の乳首に濡れる。
「動きなさい」
「ひ、ぎぃぃぃぃっ!」
 リィは動かない。ただ乳首を摘まんだ指に力を入れただけ。
「あ、っぅ、痛あぁぁ、あぁぃ! ひぃ」
 引っ張られ、潰され、緩めては転がされ。
 左右めちゃめちゃな刺激に、身体が跳ね、腰が動く。上体は抱きしめられているから、動けないのだ。その分、逃れようと腰が揺れる。
「気持ちいいだろ?」
 ぺろりと耳朶を舐められて、ぞくぞくと走るのは快感なのか怯えなのか、もう判らない。
 反射神経のようにこくこくと頷き、痛いと呻く中で指先だけで翻弄されて腰を振りまくる。
「そうだよね、ウサギのおチンチンは勃起しまくっている」
 くすくすと耳元で嗤われた。
「やあ、痛……い……も、止めて、指……胸」
 強請ることすら許されない。
 けれど、強請らずにはいられない。
 痛むほどに潰された乳首は、真っ赤に腫れ上がり、今度はささやかな刺激にすら敏感に反応した。
 走る痛みに、身体が硬直する。その度に体内の肉棒を締め付けて。
「ふふ、良い締め付けだ」
 そのためだけの痛みなのだとようやく理解して、喘ぎながらアナル締め付ける。自由にならない足に力を入れて、腰を僅かでも上下させ揺らめかす。
 リィを達かせる、ただそれだけがこの痛みから逃れる術で、そのためにはウサギががんばるしかないのだ。
 時折、ごりっと前立腺を潰される。リィのエラ高の亀頭が擦ったその時だけは、痛みよりも快感が勝つ。
「いっ、ひっ……痛……うふぅ、は」
 泣きながら腰を振り、何度も何度も締め付けて、ようやくリィが射精するまでどのくらい繰り返したことか。
 気が付けば床に転げ落ちていて、ぜいぜいと喘ぎながら何をする気力もなくリィを見つめていた。
 濡れたペニスを布で拭き服の下にしまう動作を眺めて、今日は終わりなのだろうか、とぼんやりと考える。けれど、この程度でリィが満足するわけでなく、それを知るウサギの背に冷たいモノが走った。
「あ……」
「ふふ、聡いねウサギは」
 怯えが如実に伝わったのか、リィが嗤う。口角を上げ、蔑むそれは、向けられるモノからすれば怒りより先に恐怖を抱くモノだ。
 外のリィを知らないウサギであったけれど、スラムで育ったせいかその辺りの空気を読む力は人より鋭い。
「ちょっとだけ休憩だよ。用があってね、ウサギは待っていなさい」
 立ち上がり、部屋を出て行くリィの後ろ姿を視線だけで追う。
 休憩は助かるけれど、それが決して良いことではない予感だけを感じた。
 だけど、動けない。
 待って、と願うことすら許されない。
 許されることは、言われたとおり一人待ち続けることだけだった。
 


 リィが怖い。
 ある意味、リィの占有率が高いウサギにとって、リィ以外の客は数えるほどしかいない。その中でも、やはりリィが一番怖いと思う。
 リィは快楽よりも先に痛みを与えてくる。そして自分が満足して初めて、ウサギに快楽を与えてくれる。
 その満足するまでが長い。性の営みなど知り尽くしたリィは、普通の性技では満足しないからだ。
 まだこの身体を酷く傷つけられていないのが不思議なほどではあるけれど、いつかは他のアニマル達のように鞭打たれるかもしれない。
 今でも通路を移動するウサギの耳にそこかしこから泣き喚く悲鳴が聞こえるように。客達の怒声と嘲笑と、金属が軋む音に皮膚を打つ音が響く。
「おいで、ウサギ」
 帰ってきたリィは首輪につけられた鎖を引っ張って、ウサギを通路に連れ出した。
 ウサギは歩くことができないから、両手を付き、太股と足首の力で小さくピョンピョンと跳ねて後を追う。膝が全部伸びないので大きくは動けないが、それでも四つん這いでのろのと這うよりは早い。
 僅かな休憩で、なんとか足腰の萎えは回復していた。常時、この姿勢でしか動けないせいで、筋肉だけはついていたのだ。
 それでも、リィの足は速くて、追いつこうと思うとすぐに息が上がっていく。
 長い通路の果てに辿り着いたときには、全身汗だくで、肩で大きく息をして周りを気にする余裕もなかった。
 だから、ガシャンと背後で音がするまで、自分がいつの間にか檻に入れられていることにも気が付かなかったのだ。
「あ……なん、何で」
 檻は、病気のアニマルを入れるところだ。もう回復しなくて、外に連れ出されるアニマルのためにある。
 そう教えられていた。もう二度と帰ってこないアニマル達は皆生きていないのだと、ここでの日が浅いウサギだって知っている。
 その檻の中に今自分がいる。
 柵を握る手に冷や汗が流れた。傍らに立っているリィを見上げれば、彼は目の前の黒服の一人と何かの書類を交換していた。
「な、何? 何だよ、これ」
 混乱して、おろおろと尋ねても、誰も応えてくれない。
 その間に檻がすっぽりと黒い垂れ幕が覆い何も見えなくなって。ガタガタと移動を始めたのが、振動で判った。
「あ、や、ヤダ……嫌だっ」
 檻を揺らしても、体当たりしても、びくともしない檻の中で、泣き喚く。
 こんな目に合っても、死にたいとはまだ思っていなかった。いつかは逃げて外に出たいという欲求は消えていなかったからだ。
 けれど、死は自分に一歩一歩近づいている。
 黒い幕がひらひらと揺れても、外は何も見えない。
 車に乗せられる様子は分かったけれど、暴れても何を言っても周りの誰も反応しなくて。
 暗い絶望の中、何もできない無力感にも襲われて、床に突っ伏したウサギはただ泣き続けることしかできなかった。



 股間でゆらゆらと揺れるペニスには亀頭を穿つリングに直系が50mmはある金の玉がついていて、ねっとりとした体液で表面を濡らしていた。それが太陽の光を鈍く反射し、その存在を知らしめる。
 その玉が乾いている時などほとんど無い。重いそれに引っ張られて、鈴口には見にくく歪んで伸びていた。
「おいで」
 リィの抑揚の無い呼び声に、ピョンピョンと跳びはねて近づく。
 跳ねる度に金の玉は揺れて、ペニスを振り回す。痛みと妙なる快感をもたらすその動きに、ウサギの腰がもぞもぞと蠢き、動きが鈍くなった。けれど、リィが待っているから、と必死になって快感を押し殺す。
 結局、ウサギは死にはしなかった。それどころか、暗い館の中から出さされて、陽の光の中で暮らしている。
 だが、あの時よりもっと淫らで浅ましい姿を持つリィ専属のペットとなっていた。
「良い子だ」
 前より早く駆け寄れたのだろう、リィが満足げな笑みを見せた。
 それに心の底からホッとして、気を張っていたのが一瞬緩む。だけど、ウサギのやるべき事はこれからだ。
 波音も響く海に接する椅子に座ったリィに近寄り、衣服の下のそそり立つペニスを引っ張り出して、ぱくりと銜え込んだ。
 ムグムグと奥深くまで銜え込み、喉の奥を広げて迎え入れる。
 明るい日差しの下だろうが、どこだろうが、ウサギのすべきことは変わらない。
 銜え込み、喉を鳴らして体液を飲み込み、それが終われば身体全てでリィを満足させる。
「イヤらしい子兎だ」
 イヤらしくなければ許されない。イヤらしくても許されない。たとえ何をしても許されない。
 涙目になりながら、理不尽な欲求に応えるしか、ウサギにできることはないのだ。
「そのイヤらしい穴を、今日はこれで塞いであげよう」
 葉付きの太いニンジンは、ウサギのための餌で用意されていたものだ。今日のスープの具材になるはずのそれは、ここでは立派な淫具にもなる。
「はい、マスター」
 尻を向けて、容赦なく侵入する痛みに息を飲んで耐えた。
 奥の奥まで、葉だけを残して侵入したニンジンの異物感に堪えて、ふるふる震えるペニスから涎を垂らしながら、再び姿勢を戻してリィのペニスを喉奥深くまで銜え込む。
「美味いか?」
「はい、マスター」
 その言葉以外、ウサギには許されていない。
 アニマルハウスを出さされたのは、リィに買い取られたからだと、ここに来てから教えられた。死の恐怖を味わったウサギにとって、それは死からの解放の言葉でどんなにほっとしたことか。けれど、すぐにそれがもたらす意味に気が付いた。もっとも、気が付いたときには、「はい、マスター」以外の言葉を禁止されていて。
 喘ぎ、悶え、苦しみ、泣き喚き、それでもその全てを肯定する言葉しか許されなくなっていた。
「喉を潰しても良かったけど、それでは面白くないだろう?」
 その時には感謝したけれど、今ではどちらが良かったか判らない。 
 波の音が響く庭は砂浜に接している。岩を砕くような荒波のせいか、一抱えは優にある大きな岩がゴロゴロと転がり、砂浜が切れれば断崖絶壁が行く手を遮っている。
 ここはリィが所有する無人島で、熱帯に近い場所にあるという。だから裸でいても寒いと言うことは滅多にない。
 エンジン付きの船があれば海を渡って近くの人が住む島に行くことはできるが、ウサギの自由になる船などなかった。手こぎの船など、すぐに潮に流されてしまうのだ。
 もっとも、島を出なくても何本もある深い井戸から得られる真水は豊富で、熱帯の果樹もたくさん成っている。それよりも、地下倉庫にはここに数年閉じこめられても十分なだけの食料があるのだという。
 ここで、ウサギはリィに飼われていた。
 リィが仕事で離れる時でも、衛星回線で全てが監視されている。
 音声は伝わり映像で隠すことなく全てが露わになるのだ。一人で自慰をし、主人を求めて啼く姿を心ゆくまで観察されて、少しでも意に適わぬ事をすれば、戻ってきたときに徹底的に躾けられる。
 そのための道具もあのハウス以上にたくさんあって、まだ使われていない道具もたくさんあった。
 リィは、ここに来てからずいぶんと愉しそうだ。
「おいで、ウサギ」
「あ、やあ──っ、ああぅ、イぃ──っ! ああ、はああぁっ」
 本気になったリィが与える快感は、ウサギの全てをバラバラにして壊していく。
 全身余すことなく日に焼けたウサギの身体が白く染まるまで、精液が空になるまで犯されて、イヤだと無意識のうちに喚いてしまうほどの限界は、辛くて辛くて堪らない。
 過ぎる快感も痛みも、リィは全てを与えてくる。
 熱くて太い楔に尻から脳髄まで貫かれるような衝撃が絶え間なく襲い、濡れそぼり体液を零す穴を大きく割り開かれる。
 毎日の陵辱を受け続けた穴は、排泄にすら感じる性器となっていた。触られてもいないのに、排泄だけでヒイヒイと喘ぎ、パイプを入れて広げられた尿道は締まり無く体液を零す。尿道とて開発されて、排尿時には射精にも似た快感を感じてしまう。
 膨れあがった乳首は女のように大きく、そよぐ風にすら感じてしまうほどに敏感で、ウサギの快感を高めていた。
 そんな身体を草の上に組み伏して、あるいは大木に縛り付けて、海岸の岩にまたがらせて、リィはウサギで楽しんだ。
「いひぃぃ、そこ、やぁ、感じて……ひやぁぁ、イクっ、ひくぅっ」
「可愛いウサギ。次は何がしたい?」
 兎、ウサギ、黒兎、子兎。
 名前を呼ばれているのか、動物として呼ばれているのか、リィの言葉は判断がつかない。
 けれど、そのどれもがウサギの事であることは間違いない。 
 いつでも精液にまみれた身体のウサギにはもう枷は付いていないけれど、固まった関節は少しずつしか動かない。
 少しでも動きそうになったら、また枷は付けられるだろう。だから、もう関節を動かすことは諦めてしまっていた。もとより、そんな暇もない。
「おいで、私の可愛い子兎。今日も楽しもう」
 抑揚の無い感情の窺えない表情でいるリィの、底なしの欲求不満をたった一匹で応えることは、ほぼ一日中がそればかになってしまう。リィが日常生活や仕事をしている時でも、ウサギは淫具で悶え、そうでなければ躾を受けて悲鳴を上げて。そればかりの日々なのだ。
 それでも、ここでウサギが許されていることは、その身をリィに捧げることだけだった。

【了】