【甘受と諦観】(2)

【甘受と諦観】(2)

【シイコ Side】

 底なし沼のようなこの淫蕩で欲に支配された本能ばかりの世界に、嵌まり込んだ者がとるべき道はいくつかあると俺は思っている。
 そして、俺は沼の底から這いだして、テルは今も最下層から出られずに藻掻き続けて苦しんでいる。
 それは、きっと俺たちの考え方の差だ。
 逃れられないならその事を受け容れて楽しむか、受け容れられずにただ藻掻き続けるか。
 俺も最初はこんなおっさんと……と、さすがに嫌だったけど、理性とかそんなものが吹っ飛んだ途端に、楽しくなった。
 シイコと呼ばれるのも好きで、今では伸吾って呼ばれるより馴染んでいるような気がするほどだ。
 でもテルは、伸吾とシイコを別人だと思い込もうとしている。テルを犯すのはシイコで、息子は伸吾。シイコは息子じゃないって思っているんだけど、実際はどちらも伸吾でありシイコ。本質は一緒なのにね。
 グチャグチャになるまでセックスするのは好きだし、見られるのもオモチャも好き。アナルもチンポも大好きで、ザーメン飲むのも平気だ。結局は、たっぷりの快感があれば良いのだ。
 どっちも同じだから、キレイに使い分けようとしても、当然破綻が起きる。
 そんなことに拘るから、テルにつけいる隙ができて、そこを責められれば弱い。だから、辛くて苦しい目に遭う。
 俺はそんなテルの矛盾を付いて、遊ぶのが好きだ。と言ったら、語弊があるかもしれないけど。
 だって、いっそのこと自分のようになってしまえば楽なのにって思うから。
 墜ちておいでよ、俺と同じに——そうしたら、もっと楽なのに。そんなに辛くなくて済むのに。
 ——泣かなくても、済むのに。
 だから、快楽に落とし、射精を我慢して、自ら強請るようにさせて、狂わせて。
『父さん、今あなたを犯しているのは、俺だよ。息子の伸吾だよ』
 囁いて、その脳に染みこませて。
 もっともっと、壊れて欲しい。
 伸吾もシイコも同一人物なんだよ、どっちもあなたの息子なんだよ。
 父さんを犯しているのは、俺だと認識してくれるなら。
 壊れたら、同一人物だと思ってくれるなら。
 テンチョと三坂さんと俺のために。何よりテル自身のためになると思うんだ。
 俺は父さんのこと嫌いじゃ無い。
 一時期進学の時はうるさくて嫌だったけど、でもそれ以外ではたくさん頑張って俺を育ててくれたのを知っているから。
 決して嫌いでは無いから、だから、俺のとこまで来て欲しいよ。
 一緒に快感に溺れて、貪り合って、触れあいたい。
 だから、俺は、テルを調教するのが好きなんだ。大好きな人を、俺の望むところへ、俺自身の手で連れて行ってあげられるから。
 だけど、テルは嫌がる。
 泣いて、辛そうな顔をして、いつまで経っても俺の望むようにはなってくれない。
 良い顔しているなって思ったら、たいていテンチョの腕の中だと思っているみたいで、俺だと認識した途端、その表情が変わってしまう。
 どうしたら良いんだろうって、うまくいかない苛立ちは募る。
 今日だって、ほんとはまったりと家の中で遊ぶつもりだったのに。
 テルの俺を見る目が怯えていたから……そんな目で見るから。
 こんなことに……。



「テル、もっとしっかり歩かないと、いつまで経っても散歩が終わらないんだけど」
 家から駅まで辿り着いて、そこでUターン。また家まで帰る道のりを今は歩いているのだが、行きはなんとかなったテルの歩みは、さらに遅くなっていた。
 これは予想以上の時間がかかるかも。
 溜息を付いて、失敗したかな、と呟いても、今更時間は戻せない。
 ここまで来て動けなくなれば、担いで帰らなければならないけれど、そんな力はさすがに無い。、
 スーツを着せたから、テルの姿は会社帰りの会社員しか見えない。実際のところ、テルは会社員だから間違ってはいない。ただ、家から出てきて、また帰ろうとしているだけだろう。
 少しふらつく足も、赤くなった顔も、とろんと蕩けた顔も、酔っ払って見えるだろう。
 だが実際は、スーツの下は下着の代わりに着けた拘束衣が身体を締め付けている。
 ピアスを着けた乳首にもアナルやチンポの尿道にも、テル専用に調合した媚薬を塗り込んでいて、アナルは須崎のペニスをかたどったバイブレーターを挿入した。
 だって、そのくらいすればほどよく綻んで、楽しく遊べるんじゃ無いかなって思ったし、まあ帰り着く頃には理性もとろとろに蕩けてちょうど良くなるんじゃ無いかって思ったし。
 だからこの格好で歩かせて、時折バイブレーターを動かして遊んでいたんだけど。
 駅に着く寸前辺りからもうかなり足下がおぼつかなくなってしまって、もう今なんて、こんな街中だというのに、ブツブツと呟く言葉は、「許して」「達きたい」「犯して」「動かして」等々。
 車道を通る車の音に掻き消されてはいるけれど、そんなことすら気付いていない。
 俺がなんとか身体を支えて歩かせているんだけど、きっと、酔った知り合いを介抱しているかのように見えるだろうなあ。
 さっき駅に電車が着いたのか、似たような酔っ払いが何人か歩いているから、変に思われてはいないのが助かるけど。
 でも、楽しいと思う前に重い。
 しかも、あはあと荒い吐息が首筋にかって、こっちまでぞくぞくと甘い疼きが駆け回ってしまう。
 ちらりと様子見に見上げた潤んだ瞳は焦点が合わないままで、うろうろと中空を彷徨っていて。
 しっとりと汗ばんだ肌は紅潮し、男を誘うフェロモンを発散していた。
 マジで、エロいテルは男を引き寄せる。
 だから会社でもばれてしまったんだけど。
 でも今は、そのフェロモンがヤバイ。このフェロモンは俺にだってたいそう効くのだから。
 今この身体がどんなふうになって、どんなに餓えて、男を欲しているか知っているから余計だ。 おかげで、俺のチンポもやばいことになりかけている。
 もとより、俺の身体は敏感だ。はっきり言って、テルどころじゃない。
「ったくさあ、なんでそんなに餓えてんだよ。ううっ、かなり会社で我慢させられてたってことかぁ」
 会社にいるテルの末席のご主人様は変態のアマチュア写真家で、テルを射精させないように弄ぶのが大好きだ。今日はアナルを掻き回してたっぷりと遊ばれていた事は、ぬかるんだアナルにバイブを差し込んだ時点で判ったけれど。
 最近、疲れが溜まっていたようだし、精神的に虐めるのは不味かったろうか……。
 いつもなら、羞恥心のせいでこの程度の散歩の我慢はできるはずなのに。
「うっ、く……」
 テルの身体がぴくんと大きく跳ねて、歩みが止まる。
 ドライで達ったのだろう、だらしくなく開けた口の端からだらりと涎が流れ落ちて、アスファルトに染みをつくった。
 がくがくとよれる身体は、さすがに酔っ払いとは違っている。
「達、きた……動かし……て……も、ダメ……ケツ、マン……掻き回して……」
 まして、そんな事を呟く酔っ払いもいない。
「うわ、テル静かにしてよ。これ、やばぁ」
 声が大きくなっている。
 堪らず困惑に顔を歪めて、辺りを見渡した。
 テルはいつも嫌がっているように見えるが、実は相当な淫乱だ。理性が飛べば尻を振りたくり、快感を貪り、射精をさせてくれと卑猥な言葉で懇願する。それでも我慢させれば、許して貰えるように何でもする。
 嫌がっている真面目な会社員が、快楽に溺れて貪るように乱れる様が良い、と、テルのDVDが気に入っている客が言っているが、確かにそういうところがある。
 俺も快楽にすぐに溺れるが、俺の場合は最初から喜んでいるからね。喜んで尻を向け、アナルを広げて欲しがってしまう。演技でも無い限りテルのように嫌がったりはしない。
 そんなテルでも、理性を完全に飛ばすと俺と大差ないんだけど、まさか、こんな人通りの多いところで飛ばしてくれるとは思わなかった。
「あ、テル、あそこ……ベンチで休憩しようよ」
 アパートの近くまでようやく戻って、公園というのもおこがましい空き地に置かれたベンチに疲れた俺が誘われた。
 ほんと、疲れたと、思いつつ。
 けれど、耳に飛び込んだ言葉に絶句する。
「ん、挿れて……犯して」
 うっとりと嬉しそうに囁くもんだから堪らない。
 かと言って、こんなところで何かできる訳も無く、結局休むこともできなくて、そのままテルを背におぶって再スタート。
「あぁ、もうっ」
 なんか泣きたい……。
 力を振り絞って、うんうん唸りながら運んでいくしか無くて、いつもなら5分ほどの道を帰り着いたときには、日付が変わってしまっていた。



 テルをようやく部屋に連れ込んで、テルの部屋に押し込んだ俺は、もう疲れ切って、テルを犯すなんてことをする気力も無くなっていた。
「あうっ、挿れてぇ……」
 やる気が失せてしまうと、卑猥に狂うテルの姿に、ちょっとぱかり罪悪感が湧いてしまう。
 仕事大変だっろうに……。
 会社でも嬲られて、家でも嬲られて。
 こんな関係になる前から、週末頃になると疲れがその表情に表れることはよくあった。それでも、俺の顔を見ると笑ってくれて……。
 今日も疲れていると判っていたけれど……。
 なんて事を考えだしてしまうと、零す溜息はひたすら重く、やる気なんて完全に潰えてしまった。
「あーあ、ほら、これで勝手にやってくれ」
 やる気はなくても、熱いほど火照っているテルの身体を放置するのは、まあマズイかも……。
 そっちの方の憐憫もまた浮かんできて、しょうがないのでバイブを突っ込んで、声を抑えさせるためにボールギャグをきつく止めた。
 三坂さんのおかげで前よりは声が漏れないように隙間があるとことか全部封止したし、カーテンも分厚くして防音効果があるものに替えている。それに、テルの部屋はアパートの端で、空き部屋の多いアパートだからなんとかなってはいるけれど。
 それでも、ばれない事は基本だから、声は封じないとダメなのだ。
 実際、俺がそんな事まで気にしているなんて、テルは気付いていないみたいだけど。
 俺だって、隣近所のおばちゃん達に、テルのこんな姿晒したいとは思わない。
 それに、もしバレてしまうと、きっと一緒には過ごせなくなる。それどころか、もうテルは立ち直れなくなるかも……。
 俺よりはずっと常識人で、それに、こんな関係になってもまだ、俺の事だって大切に思ってくれていると知っているから。
「テル、一回だけな」
「くっ、ぐぅっ」
 ペニスの戒めを少し緩めただけで、だらだらと溢れるザーメンが、テルの白い肌を淫らに汚す。
 その淫猥な姿と臭いは、俺を煽る。
 けど……。
 どうにも気分が乗らなくて、はあっと大きな溜息がまた零れた。
 犯してグチャグチャにしたいのも忘れていないけど、乗り気がしない。
「まあ、俺なんかより、どうせテンチョの方が良いんだろ、犯して貰うの」
 最近では、俺よりテンチョに犯されている時の方が、理性飛ばすの早いし、愉しんでいるんじゃ無いかなあって思うから。
 だから、一度だけ緩めて、また戻す。
 完全に達かせないくらい、ちょっとしたお仕置きだから、良いよね。
「明日、テンチョが遊んでくれるしね」
 なんだか胸の奥に鈍い痛みが走るけれど、考えない振りしてテルの部屋を出る。
 疲れもあるけど、なんだか萎えてしまった身体は、ひどく怠い。
 これはきっと。
 テルを運んだ疲労のせいだ、と思って。
 俺はそのままベッドに潜り込んで、眠ることにした。

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