【檻の家】(1)

【檻の家】(1)

 不景気になっている話を知らなかった訳ではない。
 大学の修士課程にいる敬一には就職先の問題はあったけれど、見つからなければ院に残って研究を手伝え、と教授に言われているから、そこまでせっぱ詰まっていなかった。
 だが、そんな話も先日までのこと。
 実家からかかってきた一本の電話は、こんな世情でも楽観的だった敬一の生活を一転させた。
 それは、唯一の働き手であった父親のリストラの話だったのだ。
 生活費はできるだけ節約して自分でも稼いでくれ、できれば大学の寮に移ってくれ、という母親の懇願を承諾したのは良いけれど、ところがその数日後には、敬一自身もバイト先からもう来なくて良いと言われてしまったのだ。敬一が何かしたわけではなくて、それこそ不景気だから、という理由で。
 慌てて次のバイトを探したが世間はどこも同じ状況で、なかなか次が見つからない。
 さらに寮は満杯で、入りたいという希望者が殺到している状況だった。
 結局、今より安いところを自力で探してもようと下宿も取り扱っている不動産家に顔を出すが、状況はすでにかなり悪かった。
 みんな考えることは同じなのだ。
「もっと、安いとこ……」
 出されたリストをめくって、少しでも安いところを探す。
 大学は出たかった。
 修士課程に入ったとたんに研究が愉しくなって、面白くて、せっかくだから最後まで研究したかった。
 食費を切りつめて、遊ぶことも止めて、光熱費を極限まで落としても、家賃が大きい。
 入った不動産家の若い営業がけっこう親切でいろいろと世話をしてくれたけれど、なかなかこれは、というところが見つからない。
 大学までの交通費も抑えたいから、せめて自転車で行けるところが良い。
 たったそれだけの条件なのに、大学が駅前に近いせいか、意外に家賃が高いところが多いのだ。
 下宿も──主だったところはすでにいっぱいで空きが見つからない。
「もう少し早かったら、少しは空きがあったんだけどねえ……」
 彼にも言われて、強張った顔のままこくりと頷いた。
「父も残れるように……ほんと、頑張ったらしくて……」
 知らなかったのだ。
 そんなにひどかったなんて。
 心配かけまいとした父の心が判らないほどガキでないけれど、それでも、もっと早く判っていれば、寮だって空いていたかもしれない。
 俯いて、力無くリストをめくる。
 実家の貯金がそんなに無いことは、電話越しで聞いた母の愚痴から想像できた。
 学費だけでもきっと苦しいのだろうから、今のアパートに入ったままだと卒業までもたない。
 後一年ちょっと。けれど、就職先がまだ決まっていない。
 今の状況では、大学院で研究するなんて無理だ。このまま卒業しても……どこにも行き場が無くなって……。
 一気に押し寄せてきた現実に、くらりと目の前が暗くなる。


 黙って差し出されたティッシュの箱に、自分が涙を流していたことに気が付いた。
「すみません……」
 ずるっと鼻をすすり、溢れ流れた涙を袖で拭う。
 なんだかみっともないな、と、小さくぼやいて、照れ隠しに手元のチラシをぺらぺらとめくる。
 ワンルームの部屋ばかりでとても狭いけれど、そんなことはもうどうでも良い。
 少しでも安いところ、と、家賃やその他の必要経費は細かく確認する。
 そうやって何枚かの候補を出した時だった。
 ふわりと目の前に一枚の用紙が差し出された。
「普段は、お見せしていない代物なんです……けど君なら、ね」
 顔を上げると、穏やかな表情の営業マンがにこりと笑いながらトントンとその紙を指さした。
「これ、家のシェアリングです。下宿みたいなものだけど、ちょっと違っていて。けどその分、安いです」
 四畳半ほどの部屋が、一つの大きな部屋を取り囲んでいる。
 その部屋は対面式のキッチンがついているようで、そこがリビングなのだろう。
「なんか……普通の一軒家みたいですね。部屋数は多いけれど」
 けれど、一軒家として見ても少し変だ。今まで見てきた下宿屋ともなんだか少し違うような気がする。
 トイレも浴室もその大きな部屋に繋がっていてあって、部屋から出れば何をするにしても必ずその部屋を通るようになっているのだ。
「コミュニケーションが取りやすいのが売りで」
 くすりと笑い、それでね、と続ける。
「家主が変わり者で人の世話が好きなんですよ。だから自分の家を改造して、部屋を増やして人を入れていて」
「はあ……」
「ルームシェアリングの家版です。ぜひ一度見てみてください」
 そう言って、提示された家賃に、目を剥いた。
「……これ……。ほんとに必要経費込みで、この値段?」
 さっきまで見ていた安いと言われた家賃の、さらに半分以下。
「そうですよ。今ちょうど一部屋空いていて、良い人がいれば、と思っていたんです」
 君なら、大丈夫かな。
 笑みを見せて呟いた言葉に、首を傾げながらも値段にはそそられる。
「それに食事費を出せば、大家が提供してくれます。それも月……」
 と言われた値段は、自分の食費より、絶対に安い。
「あ、あの……ほんと、この値段で?」
 家賃と必要経費と食費、全部足しても今の生活費の1/3から1/4。いや、それ以下か。
 半信半疑の敬一に、彼が頷いた。
「大家は知り合いなんですけどね。良い子がいたら紹介してくれ、と預かっていたんです」
 一度、ご案内しますよ。
 そう言われて頷いて、その日の午後、案内された直後に敬一はもう決めていた。
「よろしくお願いします」
「はい、すぐにでも入れるよう手続きしますね。今のアパートも、お金がかからないようにうまく手続きしておきますから」
 何から何かまで世話になりっぱなしの営業マンに頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます」
「気にしないでください。それよりもこちらこそよろしくお願いします」
 人当たりの良い笑顔で頭を下げてきた彼は、今度入ることにした家に住んでいるのだと知ったのは、案内された時。
 彼が住んでいるのなら、と、それも決めた理由の中に入っていた。

 
 
 引っ越しは大変で、研究も手を抜くわけにはいかないから、ほんとうに忙しく走り回る嵌めになったけれど。
 引っ越してしまえば、今度の家は前のアパートよりも格段に楽だった。
 加藤という名の大家も含めて、住んでいるのは敬一も入れて5人。
 一号室に住む加藤は40代後半の男性で、親の財産を食いつぶしているのだと笑っていた。普段は料理や掃除などの家事全般を一手に引き受けている。
 二号室は、28歳のあの不動産屋の営業マンの鈴木。
 三号室は、夜勤が多いとぼやく医者の三枝は30代の美貌の持ち主。
 四号室は、設備工事会社勤務の土木作業員で丹波。24歳の彼は、体格が良く強面なので最初はとっつきにくかったけれど、話をすると結構愉しく、さらに年が近いこともあってすぐに仲良くなった。
 そんな男ばかりの生活は、むさ苦しいかと思えば意外に気を遣わなくて良くて気が楽だった。
 しかも、家事一切をしていくれる加藤のお陰で、まるで実家にいるような感覚だ。
 部屋から出ると必ず大部屋を通る必要があるけれど、みんな好き勝手をしているので、最初の緊張が無くなるとすぐに馴染んでしまった。
 もともとそんなに深く考える質では無いし、何よりこれで何か一つでもバイトを見つければ、このまま大学に残っても何とかなるかも知れない。
 ようやく落ち着いた、と、ほっと安堵できたのは引っ越してから一週間ほど立った頃だった。

 その日、大家の加藤主催で敬一の歓迎会が開かれていた。
 三枝が持ち込んできた酒に、加藤が作った美味しい酒のつまみ。
 ほんの少し前の悲壮感を思い出して、ここに来られてほんとうにラッキーだと感傷的になっている敬一に、丹波が次々に酒を継ぐ。
 そんなに飲めないと断っても、もともとザルに近い丹波と三枝が愉しそうにからかうモノだから、ついつい飲んでしまっていた。
 ふわふわと心地よいほろ酔いに包まれる。
 柔らかな色合いの広いフローリングに座り込み、背から覆い被さるように酒を継ぎにきた鈴木に、笑い返して。
 酔いのせいか、やたらに暑いと、シャツのボタンを一つ二つ外した。
「暑いのか?」
 誰から問われたのか。
 そんなに酔っているつもりなどなかったけれど、かなり酒が回っているのか、なんだか本当にふわふわと雲の上にでもいるような気分だ。
 心臓もさっきから走り回っているし、全身が熱くて仕方がない。
「少し……あつぅい……」
 舌っ足らずな自分の声音に笑いながら、またボタンを一つ外す。
 ほんとうにどうしたんだろう?
 まだどこか残っている理性が自分に問いかけるけれど。
「ほら、今度の酒は特別品だ、通常は手に入らない」
 注がれて、ぐいっと一飲みすると、どくりと全身が脈打った。
 暑い──うえに、なんだか体が変だ。
 ふわふわとするのは、体に力が入らないせいなのだと、ようやく気づく。
 それに、股間がなんだかじくじくと疼いている。
「あ、んっ……」
 もじもじと内股が勝手に動いて、擦り合わせた。落とした視線の先で、ジーンズの固い布地が膨れあがっている。
「暑いんだろう?」
 肩から降りてきた指が、シャツのボタンを外していくのをぼんやりと見つめる。
 さっきまで車座のように丸く座っていたみんなが、今は敬一のすぐ横で服に手をかけていた。
「あ、の……」
 思考がうまく回らない。
 なんだか変だ、と思うけれど、男達は敬一を無視してシャツを脱がしてしまい。
「あっ」
 脇に手をいれられ、ぐいっと持ち上げられると、腰の手が下着ごとジーンズを脱がしてしまった。
 暖房が効いているとはいえ、それでもひやりとした冷たい空気が肌に触れる。
 寒さにぞくりと震えると同時に、さすがに妙だと、惚けた頭が警告をならして。
「ちょ、ちょっと……何するんですかっ」
 力の入らない手を動かして、体を捉えている手を外そうとする。足首に絡まったジーンズに手を伸ばそうとする。
 だが、そのどれもがすんでのところで邪魔されて、両手首が強い力で掴まれた。
 骨太の強張った指は、丹波のもの。
 背中に密着して、耳朶に顔を寄せてきたのは鈴木。
 この異常な状況に、さすがに酔いも吹っ飛んだ。
「何、離せ」
 男から伝わる興奮。
 性的な興奮をあからさまに見せて密着する男達に、激しい悪寒に襲われた。
「やめろっ」
「なぜ? ここは悦んでるぜ?」
 加藤の指が剥き出しになったペニスの先をつんつんと突く。
「や、やめっ、加藤さっ、そんなっ」
 鈴木がぺちゃぺちゃと音をたてて耳朶を嬲る。
 それも気持ち悪いのに、落とした視線の先では自分のペニスがむくりと頭をもたげているのが判った。
「な、なんで、こんなっ」
 つんつんと鈴口を突かれるたびに、じわりと体の奥から滲み出る快感に、慌てて首を振るけれど。
「涎垂らしちゃってさ、そんなにイイ?」
 イイ訳がない。
 ぶるぶると首を横に振るが、じわじわと下腹の奥から快感が広がって、抗う四肢から力が抜けていく。
 たらりと流れ落ちる粘液が指先と鈴口の間で糸をひく。
「嫌だ、何で、こんな……」
「物欲しそうに喘いでいるぜ」
 ぐりっと押しつけられた刺激に、腰が震える。ひくひくと物欲しそうにぱくついて、尿道口が指先を銜えようとしていた。
「こっちも、ぷくりと立ち上がって可愛いですよ」
 大きな手のひらが、平たい胸を掴みだし、先端に飛び出した乳首を指先で嬲る。
「ひっ、ひぁっ」
 何でこんなこと……。
 敬一の体を固定しているのは、めらめらとした欲望を剥き出しにした四人の新しい同居人達。
 親切に接してくれて、仲良くできると思っていた。
 なのに。
「は、はなぁっ、あぁっ」
 男達の手が肌に触れるたびに、ぞくぞくとした悪寒でない震えが走り、全身がびくびくと震える。
 バラバラに与えられる刺激が神経を通って、全部股間に集まっていくのが判る。
 ぴくぴくと震え、涎を垂らす己のペニスが張り詰めて、堪らなく苦しい。
 その事実に打ちのめされる。
 こんな男達の手で、どうしてこんなにも感じるのか。
 嫌なのに、もっと触れて欲しくて堪らない。
 このままでは……。
「離せっ、やだっ」
 暴れると体が床に押しつけられた。
「面倒だな」
 嗤い声が響き、手首に指の代わりにロープが巻かれていく。
 丹波の太い指が器用にロープを結び、ぎりぎりと食い込んだ。
「なっ、止めっ」
 足首にも巻かれたロープが、腕と繋がれる。
 あっという間に、右の手足と左の手足それぞれが繋がれて、蛙のように大股を広げて転がるしかなくなた。
 何もかもさらけ出した姿に、男達のどう猛な視線が集まる。
 熱を帯びた視線に含まれるのは、欲情でしかない。
 震える体から熱が消えていく。
 この先に何があるのか、拙い知識でも判ってしまった。
「やめろ……」
 戦慄く唇から零れる制止の声に、帰ってきたのはせせら嗤う声だけ。
「敬一くん、これから天国を見せて上げるよ」
と、ここに来てからいろいろと気遣ってくれた加藤が、変わらぬ笑顔で声をかけてくる。
「二度と現実に戻れないくらいの天国だぜ」 
 丹波が目の前で力仕事で節くれ立った太い指をクニクニと動かす。
「可愛い、ウブなのにすごくイヤらしい。思った以上に淫乱みたいなようですから、すごい楽しみですよ」
 あの親切に対応してくれた鈴木が、震える肌の上を、見せつけるように舌を這わす。
「俺たち無しではいられなくなるくらいにしてやるさ」
 切れ長の瞳で、壮絶な笑みをみせつける三枝が、肌の上でグラスを傾ける。
「つめたっ」
 乳首からヘソに向かって流れる一筋の液体を、音をたてて吸い上げて、敬一を見上げる。
 その冷ややかな視線に、激しい悪寒に襲われて恐怖が込み上げてきた。
 やばい、ものすごくやばい。
「おいおい、そう怖がらせんなよ」
「ですねぇ、震えちゃって。敬一君気をつけくださいよ、三枝さんはサドだから」
 加藤と鈴木の言葉を、三枝は否定もせずに笑い返して、かりっと下腹に歯をたてる。
「い、痛いっ、やだっ」
 前歯が肌にきつく食い込んでいく。
 与えられた言葉が恐怖を助長して闇雲に藻掻いても、体は芋虫のように床を這うだけだ。
「おお、イイ眺め」
 蠢くたびにいきり立ったペニスが左右に振れる様を指さした丹波が、新しいロープを取り出した。
「もっと愉しくしてやるよ」
 その言葉が言い終わる前に、陰茎と陰嚢の根元にロープが巻かれる。
「手綱は必要だろ」
 くいっと引かれると、ペニスが締まり鋭い痛みが走る。陰嚢の根元が引き延ばされる鈍い痛みが恐怖を呼ぶ。
 丹波の力は強い。
 強面にふさわしい酷薄な笑みと、記憶にある彼の腕の力を思い出してしまうと、敬一の暴れようとした体は動かなくなってしまった。
 もしあのロープを思いっきり引っ張られたら……。
 軽く引かれるたびに走る痛みに、その先を想像してしまう。
「暴れたらこれでコントロールするってことで」
 ガクガクと恐怖に震える体を、鈴木が抱きしめる。
「怖くないよ。気持ち良いこといっぱい教えて上げるからね」
「すぐに痛いのも気持ち良くなるさ」
 ヘソから上がってきた三枝の歯が、乳首を噛む。
 白い鋭い歯が、小さな乳首を括り出すように噛み引っ張った。
「痛い……やだ……、やめっ」
 引っ張られて細く伸びた根元に歯が食い込む。
 もし思いっきり噛まれたら……。
 二カ所から伝わる痛みに完全に硬直した体を、四対の瞳が愉しそうに見つめていた。

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