【鬼窟(きくつ)】

【鬼窟(きくつ)】


 - 5 -

 荒れた草むらの上で、貴樹は傀儡に犯された。
 けれど、熱は冷めない。それどころか上がっていく。
 空腹にも苛まれ、貴樹は苦しげに自分の痴態を見入るだけの羽角を見上げた。
「あ、あ、どう…して……」
「おまえの餓えは、俺を孕んでいる最中に僅かながらも蓄えていた精魂全てが干からびる程までに進んでいる。そう簡単には直りはせぬ」
 今まで正気を保てたのは、必要以上に喰らい続けたその傀儡のなれの果てが蓄積されていたからだと、羽角は言う。
「や、あぁ……」
「それにおまえはまだ喰らっていないだろうが」
「な……に……?」
 問いかける貴樹をちらりと見やり、その口角を上げた羽角は、おもむろに携帯を取り出した。
「いや、それよりも帰るとしよう。ここで楽しむのも一興だが、あの洞(ほら)でまずは楽しみたい」
 近くで待機していたのか、ものの数分もたたないうちにやってきたのは、宅配業者仕様の運搬車だ。
 けれど、背の高い荷物室の中には何一つなくて、かわりに傀儡にまとわりつかれたままの貴樹が乗せられた。
 その傍らに羽角も乗り込めば、やはり宅配業者の格好をした運転手が、車を発進させた。


 走る車の中で、傀儡は絶え間なく貴樹を侵し続けた。そのあげくに、精魂を使い果たし、とろりとした透明に近い粘液となりながら崩れ落ちていった。
 それを貴樹は両手で掬い上げ、体が渇望するがままにすすった。
 昔、あれだけ忌避し続けたモノと同じモノだと判っている。
 けれど、一口飲んでしまうともう止まらなかった。
 何故あんなに忌避していたのか、今となっては判らない。今の貴樹にとってそれは、極上の美酒でしかなかった。
 一口飲むほどに腹が膨れ、疲れ切った体が癒される。
 乾ききった体に水が染みこむように、全身の細胞全てに力がみなぎっていく。
「あぁぁ……」
 全身を粘液でぬらぬらと滑らせ、うっとりと微笑む。
 これが欲しかった。
 どんな食物よりも、これが食べたかったのだ。
「うまいか?」
 そんな貴樹を嘲笑を浮かべながら見ていた羽角が問う。
 それにこくりと頷く貴樹は、ずいぶんと幸せそうだ。けれど、その瞳は濁りきり、知性のかけらは見られない。
 傀儡一体の精魂と粘液では足りないほどに餓えが激しすぎて、理性が取り戻せないのだ。
「もっと……」
「降りるから待て」
 餓えのままに強請る貴樹を押さえつけ、羽角はその体を軽々と抱え上げた。
 そのまま車から降りた羽角の周りを、スーツ姿の男達が深々と頭を下げている。
 お屋敷と呼ばれるほどに大きな日本家屋。
 屋敷以上に広い日本庭園の中を、粘液まみれの裸で身悶えている貴樹を抱えた羽角が悠々と進む。
 その異様な光景を見ても、周りの男達はその姿が当たり前かのように何も反応しなかった。


 羽角が向かったのは、庭の中程に作られた離れだった。
 一見大きな倉のようなその建物の瓦も白塗りの壁も、建てられたばかりでとてもキレイだ。
 その重厚な観音扉を開け広げ、中に入った羽角は、ひのきの香りもかぐわしい白木の床の上に貴樹を転がした。
「んあっ」
 肌に触れた板の感触に感じたのか、貴樹があえかな嬌声を上げる。身悶える汚れた体から滴り落ちた粘液が、アナルから溢れ出た精液が、床に染みを作った。
 その8畳ほどの板間に続くのは、32畳の広い和室。間仕切るふすまには、艶やかな梅の花が散っている。
 他には、総ひのき造りの浴室とトイレがあるだけの建物だ。
 座敷の方は真っ白な障子から陽光が穏やかに降り注ぎ、遮る物が無い部屋を明るくしていた。
「あっ、ううぅ」
 その明るい座敷の中を、ナメクジのように粘液の痕を残しながら貴樹がずりずりと引きずられていく。
 羽角の手には、入り口近くの棚に置かれていたリモコンが握られていた。中程まで来たところで、いくつかのボタンを操作すると、とたんに、木目も美しい天井から無粋な機械音がして、見上げた先から滑車が鎖を下ろし始めた。
 細い、けれど簡単には千切れない鋼の鎖だ。
 その先には、丸い輪がついている。
 そんな滑車が、二つ。
 鎖が降りきるのを待たずして、ひざまずいた羽角が畳の縁から引き出したのは、やはり鎖で。
 先についている輪を手際よく、貴樹の両手首と両足首につないでいった。
「は、はぁず……みぃ……あつぅいぃ……はじけるぅ」
 傀儡の粘液は糧であると同時に、強烈な媚薬でもある。
 その媚薬に犯され始めたのか、貴樹が悩ましく腰を振り、羽角に迫ろうとしていた。
 けれど。
「やはり狂っていては面白くないな」
 くつくつと嗤うのは、稲葉とよく似た顔だ。
 ジャラリと貴樹が動けば、鎖は伸びる。けれど、それも畳数畳分ぐらいの範囲だ。
「まずはその腹を満たしてやろう」
 おもむろに取り出されたペニスは、ヘソまで届くほどに長く、片手では余るのではないかと思うほどに太い。
「俺の精を喰らい、正気を取り戻せ」
「あ、はあっ、おっ、きい──っ、あぁぁっ」
 ずぶずぶと潜り込むペニスは、男を加え慣れた貴樹ですらきついものがあった。
 けれど、そのきつさが堪らなく心地よいのだ。
 長さも申し分なく体内奥深くまで切り開く。
「名を呼べ」
「は、ずみ……羽角……」
 言われるがままに、名を呼ぶ。
「もっとだ。おまえを犯しているのが誰か、全身全てで感じろ」
「羽角ぃっ ──はず、みっ! やあっ」
 最初から激しく抽挿を繰り返されて、体が勝手に逃れようとする。けれど、いくら全身を仰け反らせて逃れようとしても、腰をしっかりと抱えられ、なおかつ鎖でも絡め取られて逃げることは叶わない。
 前立腺を抉られるたびに意識が弾け、貴樹のペニスから精液がびゅっびゅっと噴き出していた。
 あれだけ出なかった精液が、羽角に突かれるだけで貴樹の腹を呆気なく汚していく。
 真新しい畳にも、たくさんの液溜まりができあがっていった。
「まずは一発」
 不意に、腸がつき破れるような衝撃を感じた。とたんに、腸壁を奮わせるほどに激しい奔流が迸る。
「ふあぁっ」
 苦痛と快感に、びくっ、びくっと全身が痙攣する。
 ペニスから、さらに多くの精液が噴き出し、腹を伝い、畳にまで流れ落ちていった。
 絶頂というだけなら、もっと激しいものを味わったことはある、けれど。
「あ、ぁぁぁぁ──」
 細く、長く、肺から全ての空気を絞り出すかのように、甘い声が止まらない。
 染みこんでいく。
 だらだらといつまでも流れ続ける貴樹の精液のかわりに、羽角の精液が貴樹の体内を満たしていく。
 それが与える充足感に包まれて、貴樹は全身の力を抜いた。
 ぐったりと四肢を投げ出し、汚れてしまった畳の上に崩れ落ちていく。アナルから巨大なペニスがぷるんと抜け落ちた。それは、まだまだ硬度を保っている。
「一度だけで満足か?」
 苦笑を浮かべた羽角が貴樹の体をひっくり返すと、開きっぱなしのアナルから泡立った精液がだらりと溢れ出した。
 一度だけ──と言いながら、その量はかなりの多い。
「だが、これで正気に戻るだろう」
 羽角の体液をその身に受けて、五年ぶりの射精感を得てしまえば、貴樹の体はその異常な回復力でもって、すぐにその病んだ心すら正気に戻す。
 十分な精魂さえ与えられれば、貴樹の体は病むことはもちろん、老いることすらないのだ。
 怪我がすぐ治るなど、そのその派生効果でしかない。
 それも、人よりは傀儡、傀儡よりは鬼が良いのだ。人ならざるものほど、貴樹に力を与え、より人でないものにしてしまう。
 それが苗床に与えられる力だ。
 だが、本来苗床の役目は子が生まれるまでであって、子が産まれればすぐにその子に喰らわれるのが常であった。子は自らの苗床を産まれた直後に喰らうことにより、その力をも受け継ぐのだ。
 だが、羽角はそれをしなかった。
 稲葉は喰ろうけれど、貴樹まて喰らうつもりはなかった。
 気に入ったから。
 誰に聞かれてもそう答えてきた羽角は、常よりも成長が遅く、成人の姿になるまで三年がかかった。しかも、通常以上の傀儡を喰らい続けてようやくだ。
 そのために、稲葉から受け継いだ闇の組織が一時期崩壊しかけたほどだった。
 組織など、鬼にはどうでも良いモノだと思っていたけれど、今の世ではやたらに人を狩ることはできない。そのかわりに、傀儡として己の周りに蓄えておかなければならなかった。組織は、そのための隠れ蓑として最適なのだ。組織の中の人が、不意にいなくなったとしても、世間は何とも思わない。
 そういう組織なのだから。
 羽角が十分な新たな傀儡を得、盤石たる地盤を整えるのに、二年かかった。さらに羽角の力も完全な物になった。
 そうなれば、羽角が生きる限り、他の誰も羽角の領域を侵すことはできないのだ。


「これから、毎日おまえをこの洞で犯せるのだな」
 この建物を、羽角は洞(ほら)と名付けた。
 生まれ落ちた岩屋のように、苗床を飼う場所として作り上げたからだ。本当はあそこと同じようにしたかったが、この場所に作るには、岩屋は無理だった。
 もっとも、その分貴樹を楽しむためのありとあらゆる工夫が凝らしている。
 天井から降りている滑車と鎖の他に、畳の何カ所は隠し扉がついていて、今のように鎖が出てきたり、水栓があったりする。
 道具は、壁際の棚にずらりと並んでいた。
 貴樹を楽しむために、はるかな過去の原始的なものから最新技術のものまでありとあらゆる淫具を手に入れているのだ。
 腹の中にいても、貴樹の体がいかに極上品か判っていた。
 羽角は、稲葉の血肉を受け継ぐと同時に、その知識・記憶も受け継いでいるからだ。けれど、稲葉の子ではあっても、羽角は羽角だ。
 まだ胎児であった頃、腹の中でどんなに悔しかったことか。
 稲葉に犯され嬌声を上げる貴樹が憎らしくなるほどに。
 苦しさに救いを求める先が稲葉だった時には、殺してしまいたいと思ったほどにだ。
 だが、稲葉はもういない。苗床の体となった貴樹を癒すことのできるのは、苗床にした血筋のものだけだ。
 つまり、今は羽角だけ。
「逃がさない、無くさない。二度と離すものか」
 ここには、貴樹のエサである屈強な傀儡がたくさんいる。
 貪欲な苗床のエサに供しても、一度で精魂が尽き果てるような下級品ではない。麻薬のようにやみつきになって手放せなくなるほどの最高級品ばかりだ。粘液でなくても、その精魂だけで十分エサになる素質のものばかりを選んだのだ。
 それを味わせてやろう。
 貴樹のために作ったこの洞が、あの岩屋のようにくすみ、汚れ、湿気てしまうまで。
 時には、人の世の狂気も味合わせてやろう。
 あの甘美な感情に浸った中での快楽は、最高なのだから。
 いつか、羽角が死を迎える時には、その血の一滴まで全て喰らい尽くしてやる。
 その日まで、この洞で生かしてやる。
 もちろん、狂わせなどしない。
「貴樹……おまえは俺のものだ」
 再度アナルを穿てば、陵辱に腫れ上がっていたはずのアナルが処女のような締め付けを取り戻していた。
 その甘美な快感に浸りながら、うっとりと囁く。
「一生……飼ってやろう……」
 まだ生まれたばかりの鬼の言葉は、気を失っていた貴樹には判っていなかったはずだけれど、そのまなじりから涙が一筋流れ落ちていた。

【了】