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気が付いた時、貴樹は一人だった。
昨夜から一晩中、野原の中で犯され尽くした後、男達は貴樹を置いて帰っていたのだ。もっともさんざん嬲られ続けた貴樹は完全に気を失っていて、そんなことはまったく気づかなかったけれど。
気づいたのは、男達が帰ってからさらに数時間後、太陽が高く昇ってからだった。
「ここは……」
最初、どこだか判らなかった。
荒れた草地が広がっていた。男達が踏み荒らした場所や車の轍だけが草が潰されている。
その真ん中にぼんやりと座り込みひとしきり見渡した後に、この場所が妙に懐かしく感じて首を傾げた。
こんなところ、来たことがないはずだ。
なのに、どうしてだろう?
怠い体を叱咤して、ゆらりと立ち上がる。
一糸纏わぬ貴樹の肌を、初夏の風が嬲っていく。
そんな風にすら肌が快感に粟立つ。
腕をさすりながら貴樹がいくら目をこらしても、服が見あたらなかった。服は来る途中の車の中で脱がされたから、最悪、ここにはないのかもしれない。
呆然として他の場所を探ろうとするが、裸足に草に埋もれた枯れ枝が突き刺さった。
足下を探るようにゆっくりと動かし草むらから出ようとすると、今度は鋭いエッジの葉が剥き出しの皮膚を切りつけた。
それでも、残っている車の轍の痕を探し出して、そこを進んでいく。
そういえば、数台はあったはずの車が一台も残っていない。ということは、帰る手段が無いということだ。
どうすれば良いだろう?
今の状況がマズイのだということは判るのだけれど、まだうまく頭が働かないのか、焦りや不安と言ったものはなかった。
けれど、それも僅かな間だけだ。
「あ、はぁ……熱い……」
あれだけ注いで貰ったのに。
腹が張るほどにたくさんの精液だった。吐き気すら催すほど、口からも飲み込んだ。
なのに。
「はあぁあ……」
手のひらで腕をさすったとたんに、甘い刺激が駆け上がる。
視線を落とせば、まだ薄桃色の新しい皮膚があちらこちらに見えた。
そういえば、と思い出す。
昨夜も最初のうちは良かった。けれど、一通り嬲って飽きてきた男達は、その凶暴な牙を剥き出しにして貴樹の体を壊しにかかったのだ。
乳首に嵌められたクリップは、その鋭い牙を食い込ませ、血を滲ませた。頭を動かすたびに激しく引っ張られて、乳首の根元には深い裂傷ができ、たらたらと流れた血が、腹まで流れていた。
今その場所は、薄桃色の新しい皮膚が張っている。
アナルも、今は何でも無いようだけれど、男達はそこにも太く凶暴な形をした張り型が埋め込んだ。
前に家で使われた張り型が可愛く見えるほど、拷問器具のような太さとエラの張った亀頭。陰茎部はいくつもの輪が重ねられた形で、一つ一つが深い溝を作っていた。
押し込まれるたびにその溝に括約筋が入り込み、すぐに大きく割り広げられる。すでに傷ついていた肉壁は、そのたびに血を噴き出し、激しい痛みを貴樹に与え続けた。
全身は鎖で戒められ、何度も締め付けられた。
ロウソクの炎で焙られた場所もある。
それらの傷が癒えている。
それは同時に、これから激しい性欲と食欲に襲われるということだ。しかもその二つの欲望は、始まったと思うと一気に爆発する。
それなのに、ここには誰もいない。
携帯だって無い。
食べ物だってもちろん見あたらない。
「そんな……」
貴樹の体から一気に血の気が失せた。
またあの時のように、獣のように狂わなければならないのか。
食べ物が無いこの場所で、何を胃に納めるというのだ。あるものは草ばかりだ。始まったら、理性なんて吹っ飛んでしまうというのに。
ぎゅるっと腹が鳴った。
とたんに、激しい餓えを感じた。
「あ、あ……」
何かを食べたい。
同時にアナルを激しく掻き回したくて仕方がなくなった。
知らず手が乳首に伸びて、ようやく癒えたそこをぎりぎりと摘んだ。
「あ、あはっ」
痛みは、欲望を減退さけるどころか、著しく増加させる。
それでも手が止まらない。
狂いまくらなければ止まらない──否、狂いまくっても止まるかどうかは判らない。
貴樹は絶望的な気分で草の上に蹲った。
さくっ──と、草を踏む音がした。
それと気づくのと同時に、くつくつと喉の奥での嗤い声が、場の空気を震わせる。
「良い格好だ」
被さってきたのは、まだ若い男の声だ。
ぎくりと顔を上げた貴樹の視界に、さっきまでいなかったはずの人影が映る。
「だ、誰、だ?」
不審とそれ以上の歓喜が声音に滲む。
男であれば、精液が貰える。若ければなおさらだ。
喜色に染まった瞳に映る男は、そんな貴樹を見下ろして嗤っている。
こんな場所でダークスーツを着込み、濃い色のサングラスをしている彼は、足を上げるとつま先で貴樹の顎を上げさせた。
「俺が欲しいのか?」
「……欲しい」
顔を上げさせられて、より近くなった男の股間から、逞しい雄の匂いがした。若々しい精気がたっぷりと含まれたその匂いに、貴樹の体は一気に昂ぶっていく。
「欲しい……、ください……ザーメン、欲しい」
いつものように男に強請る。
誰だって良い。この体を鎮めてくれるのなら。
体の奥から湧き上がる欲に突き動かされるままに、顔を見上げる瞳が淫猥に揺らぐ。
「ふん」
鼻で嗤った男がサングラスを外した。
闇のように深い漆黒の瞳が覗く。まだ若い。その精悍な顔立ちの男の瞳が、貴樹を見据えている。
その瞳に見据えられたとたん、体が動かなくなった。
「欲しいのは、ザーメンだけか?」
「あ……」
問われて、頷こうとして。
けれど、頭も口が動かなかった。
魅入られただけでなく、自分の本当に欲しいものがそうでないと気が付いて。
「……欲しい……けど、それ……も欲しい」
男の顔から降りた視線が捉えたのは、逞しい逸物の場所。
「欲しい……」
「強請ってみろ。何をして欲しい? 何が欲しい? どうされたい?」
問いかけに、貴樹はそれらを想像して、うっとりと微笑んだ。
「俺を、犯して。太いチンポで奥の奥まで貫いて、掻き回して、ぐちゃぐちゃにして、ザーメンが溢れるほど出してくれ」
「口もだろう?」
「口も、欲しい。飲ませてくれ、溢れるほどいっぱい」
一晩中犯された昨夜のように、あれで怪我をしていなければ、もっと保っていたはずだから。
けれど、媚びた視線を送り、どんなに淫猥な言葉を紡いでも、男は動かなかった。
蔑みの視線を落とし、貴樹の痴態をじっと観察している。
「くだ、さい……ねぇ、早く……」
それでなくても飢餓に襲われている貴樹だ。その僅かな待ち時間も我慢できなくなって、自らの手を後ろに回した。
「欲しい……ここに……、広げて、掻き回して……」
ぐちゅりと呆気なく奥まで入り込んだ五指を、ばらばらに動かす。
吸収し切れていない精液が、指に絡みついて音を立てた。
そんな貴樹の様子に、男は堪えきれない様子で噴き出していた。
「あれだけ喰らっていたのに、まだ足りぬか? 結構な荒くれ者ばかりを手配していたのだがな。やはり、苗床の体は、一生苗床だな。単なる人の精気では足りぬようだ」
楽しそうに一人ごちたその声音は貴樹にまで伝わらなかったけれど、とろりと澱んだ瞳を潤ませながら微笑んだ。
「欲しい、なあ、くれよ」
空腹に腹も鳴っていた。
ひくひくと震えるアナルが、入り込んだ指をぎゅうっと締め付ける。
今はただ、欲しいだけ。
「正気を失うほどに欲しいか。それほどまでに餓えているか」
男の手が、乱暴に貴樹の腕を引き上げた。
「こい、食事をさせてやろう」
「や、挿れて。ザーメン……」
食べ物も欲しい。けれど、今はこの男からする逞しい雄の匂いに引きつけられている。
それが欲しい。
手を伸ばし、男の股間に触れる。布越しに逞しい塊に触れて、それだけで全身がぞわぞわと疼き目の前に歓喜の星が瞬く。
「ふふ、焦るな。食事といってもただの食物ではない。おまえが満足する代物よ」
貴樹の抗いなど無視して、男は歩き出した。力が入らずにまともに歩けない貴樹を、荷物か何かのように軽く引きずっていく。
「い、痛っう…あやぁっ」
ひきづられる足に、草木の枝が突き刺さった。
裸足の足に、尖った小石が食い込んだ。
血が噴き出して、地面に小さく血痕を残すのもかまわずにひきずられる。
その痛みにさらに餓えが増していく貴樹を、楽しそうに見下ろしながら、男は歩き続けた。
「見ろ、あれがおまえのエサだ」
数分ほど歩いた先で、男が止まった。
指さす先を、傷ついた肌に呻きながら見やれば、半ば崩れ落ちた藁葺き屋根の家屋が見えた。
来る時に、これを見た記憶がある。
その昔は人が住む集落であったろうが、今は廃村になったような場所だ。
「昔のように、たんと喰らえ」
昔のように……。
その言葉の違和感が、朦朧としていた貴樹の心を僅かに正気に戻す。
未だ焦点の合わぬ瞳で、家屋を眺め、男を見つめて。
エサ、と呼ばれた物が、いるのに気が付いてそちらを見て。
「……あれは……」
指さされていたのは裸の男だった。
しかも、最近ずっと貴樹の家に巣くっていて、何度も何度も貴樹を犯していた男だ。
粗野な態度で、奴隷のように貴樹を扱っていた。
「うまそうなエサだろう。精魂だけはありあまるほどある。おまえのために、傀儡にした後も一度も喰らっていないからな」
裸の男は四つん這いだった。特に拘束されていないのに、立ち上がろうとはしない。
瞳は濁っていて、だらしなく口が開き涎を溢れさせている。
ただひどく興奮しているようで、やたらに鼻息が荒く、その股間にぶら下がるペニスはいきり立っていてだらだらと先走りの液を垂らしていた。
「な、に……」
何かが琴線に触れた。
はっきりとは判らないけれど、今の状況に何か覚えがあった。
同時に、湧き上がるのは激しい恐怖と絶望。
そして、歓喜。
「さっさと喰らえ」
人をエサと呼び、喰らえという。
それと同じようなことをさせたのは、誰だったか。
「ひゃ、ひゃっ、ひゃっ」
耳障りな笑い声が、鼓膜を刺激する。
「お、おやかたさまぁ、壊しても、よいのでぇ?」
聞いたことのある言葉。それに応える闇色の瞳。
「壊れはせぬ」
ニヤリと笑うその顔が、見知った顔と重なる。
「俺を産むために毎日傀儡を喰らい、人ならざぬ体となったヤツよ。簡単には壊れはせぬ」
性欲に麻痺していた心に、押し込めていた記憶が鮮明に甦ってきた。
同時に、魅入られる。
その顔に、言葉に。
エサは、傀儡と呼ばれていた。
「んっ、くあっ」
そのエサが、貴樹の体に覆い被さってきた。
猛々しいペニスが、一気に押し込められる。挿れられたとたんに、体内を汚濁に満たされ、全身が歓喜に震えた。
ああ──と、悦びの声を上げた貴樹は、それでも男からは目が離せなかった。
貴樹の一挙手一投足を見逃さないとばかりに、男も貴樹を見つめている。
その姿形は、記憶のそれと少しだけ違うけれど間違いなくあの男。
あれだけ憎んで、憎み尽くして。けれど、この五年間、ずっと会いたいと願っていた男。再会などできないと諦めていた男。
「いな、ば……稲葉……稲葉」
ただ一人、貴樹を満足させられるであろう男に、手を伸ばす。
けれど、その名を呟いたとたん、男が苦々しく顔を歪めた。
聞くのもイヤだとばかりに頭を振り、舌打ちすらする
「稲葉は死んだ。親は子に喰らわれる定め。子が力を受け継ぐために」
「死んだ……? だったら……」
よく似ている、けれど。
確かに傍らにかがみ込んだ男は、記憶にある稲葉よりまだ若い。
よく見れば、まだ10代に見える男。それに親を……稲葉を喰らうと言う、その言葉。
けれど、まさか……。
「な、んで……まだ……」
あれから五年しか経っていない。
生まれ落ちた瞬間の痛みの記憶しかないけれど、けれど、赤子が産まれたのだと思っていたのに。
「おまえは稲葉のものではない。二度とその名を呼ぶことは許さぬ。おまえは、俺のものだからな」
邪気に満ちた瞳の奥から伝わるのは、貴樹への激しい執着と独占欲だ。
稲葉でないとしたら、だったら……。
「……まさか……は、羽角(はずみ)?」
戯れに名をつけて呼んだ腹の中の子。
貴樹から作り出された種を元にし、腹の中の苗床で育ち生まれ落ちた、鬼の子。
「そうだ。俺の名は、羽角だ」
言い放つ羽角の唇が、貴樹の唇に触れた。
触れただけで離れた冷たいそれが、嗤いながら言葉を刻む。
「おまえを満足させることができる唯一の存在よ」
その言葉に、貴樹は大きく目を瞠った。