【春樹と亮太 前編】

【春樹と亮太 前編】

  高藤家の三男 春樹(たかとうはるき)は、高三の初冬から一緒に暮らしていた真木亮太(まきりょうた)と共に実家を出て、都内の10階建て単身者用マンションの最上階に居を構えた。
 地階には駐車場。 
 1階はコンビニとエントランスと受付だけ。
 2階には警備会社の事務所があって、ここのセキュリティも担当している。
 3階は会社の事務所が入っていて、4階から9階は1フロアに2部屋。
 そして、10階には1部屋しかないが、広い庭がついていた。その1部屋が春樹と亮太の部屋だ。


 退屈な講義がようやく終わり、ほっと油断したとたんにあくびがでた。
 軽く目を擦りぐぐっと背を伸ばすと、凝っていた背筋が伸びて気持ち良い。
「どうした? ずいぶん眠そうだったな」
「いやあ、寝不足」
 話しかけてきた友人の佐野に高藤春樹(たかとうはるき)は笑い返して、鞄の中に道具を放り込んでいった。これでもう今日の講義は終わりだから、あとは帰るだけだった、が。
「なあ、春樹ぃ。これからどっか遊びに行かね? 暇なんだよ?」
 問われて、僅かに手が止まる。
 明日は祝日だから、と、今から一晩中遊び倒すつもりなのが、佐野の全身から伝わってくる。
「ん?、それはそれで愉しそうだけど」
 さらさらの髪が肩に流れるほどに首を傾げて、けれど結局は首を振る。
「でもパス。家に帰ってやることあるんだ」
 去年までなら頷いていたけれど、今はもっと愉しいことがある。
「おまえ、最近付き合い悪いよぉ?」
 最近誘いに乗ってこなくなった春樹に、佐野が不満げに言い寄ってきた。
 春樹が来ると言うだけで、女性がたくさん集まる。今も遠回りに様子を窺っているのか、ちらちらとした視線が集まってくる。それを佐野はあてにしていた。
 優しい顔立ち、ほどよく筋肉をまとったすらりとした体躯と清潔感あるファッションセンス、笑顔が似合う穏やかな表情。
 さらに金払いの良さがあれば、誰もが放っておかないだろう。
 それに、大っぴらにはしていなくても知らず広まった高藤の名を知る者は、春樹はどうしても近づきたい存在なのだから。
 佐野は、そんな取り巻きの中でも数少ない友達と呼べる存在であり、遊び相手にはもってこいだったのだけれど。
 それでも、春樹は申し訳なさそうに肩を竦めて「ごめん」と謝った。
「親父がさ実践的な勉強もしろっていろいろと課題を押しつけてくるんだよ」
 嘘ではない。
 大学に入る前から、春樹はビジネス絡みの勉強を続けていた。今でも、高藤家の余剰資産の一部を使っての金融取引といくつかの会社を密かに監視している。
 ただ。
「これが結構大変でさ。しかもそれやっとかないと小遣いくれないって言うしさ」
 これは嘘。
 大変だとは思わないし、取引で得た利益の10%は自分のものになる。
 天才的だ──とプロに言わしめた春樹の取引は、今のところ確実に儲けを上げていた。今や、春樹の財産は中堅どころの社長クラスには匹敵する。
 けれど、そんなことはおくびにも出さないで、春樹は一緒に遊べないことが残念と眉尻を下げた。
「また今度……な」
「そっか、しゃあねぇな」
 普段の佐野はもっと強引なのだけど、彼は引き際を心得ている。そんなところが、つきあいやすい一つではあるのだ。
「来週なら遊べそうなんだ、その時はよろしく」
「ああ、判った。じゃあ、また今度な」
「ん、ごめんな」
 諦めたように頷いた佐野に笑いかけると、遠巻きにしていた女性達があからさまに残念そうなため息を吐く。
 そんな彼女たちにも笑顔を見せて手を振ると、それだけで、周りの雰囲気が変化する。
 誰が笑いかけられたのか?
 誰に応えてくれたのか?
 殺気に満ちた視線が飛び交う中を、春樹は何事もなくすり抜けていった。


 良い子でいるのは疲れる。
 道すがら、知り合いに会うたびに笑顔で受け答えしていた春樹の表情が、マンションのエントランスに入ったとたんに消えた。
 まるで一枚綺麗に皮が剥がれたように、誰もから好かれる笑顔が掻き消えて、残っているのは冷めた瞳に皮肉げな笑みばかり。
 その瞳が鞄から取り出した携帯のディスプレイに向けられる。
「その分、こっちが楽しいけどね」
 その声音に漂う冷たさと、浮かんだ笑みの冷酷さを聞くものは無い。
 授業中に着信していたメールの添付ファィルをじっくりと眺めた春樹の唇が微かに動く。
「足りないんじゃないのかな?」
 明るい日差し。
 背景は、緑濃い観葉植物が明るい色の花達。
 そんな爽やかな中に、一本の生々しい肉棒がそびえ立っていた。
 陽の光を浴びててらてらと輝く先端は、粘度の高そうな僅かに白いものが混じった液体にまみれている。
 おちょぼ口のように開いているのは、いつもは慎ましやかに閉じている鈴口。そこからたらりと銀色に輝く糸が垂れている。
 普段は淡い色の若い肉棒は、今は限界まで勃起していた。
 だが、幾重にも連なる輪の拘束具で締め付けられたそれは、今やぷくりぷくりと血管を浮き立たせ、暗赤色に変色している。
 その黒い拘束具にも、肉棒を支える指にも、僅かに見える茂みや陰嚢にまで、今にも臭い立ちそうな粘液がねっとりとついていた。
「いつもは良い子なのにね。ちょっとかまって貰いたくなってる?」
 春樹の笑顔が大好きな亮太の、ほっとしたように表情を緩ませる顔を顔を思い浮かべる。
 画面に映っているのは、もはや見間違えようもないほどに何度も目にした亮太のペニス。それを、あの恥ずかしがり屋の亮太は、どんな顔をして扱いて勃起させたのか。
 自らペニスを支えて携帯のカメラを構えて写した時、きっと堪らなく興奮していただろう。
 衣服から取り出すだけで勃起してしまうほど淫乱な亮太は、春樹のお気に入りのペットだ。
 半年ずっと一緒にいたから、亮太のしたいことは何でも知っている。
 毎日昼に一回写真を送らせるのも、淫乱な亮太を愉しませるため。
 春樹と亮太は残念ながら学科が違うから、いつも一緒にいるわけにはいかない。その分メールは煩雑にやりとりしていて、これはその中の一通だ。
 ただ、最近の撮影場所はトイレか空き教室が定番ばかりだったから、『トイレばっかじゃ愉しくないでしょ。そうだね、外なんてどう? 亮太、明るいところが大好きだろ?』と勧めてあげたのは昨夜のことだ。
 メール本文には『生物科の温室にて』と一言明記されていたけれど。
「温室は……外じゃないよ」
 せっかく勧めて上げたのに。
 明るい日差しに淫猥な肉棒の取り合わせは素敵だけど。
「もの足りないだろ?」
 淫乱な身体は絶対に満足していないはず。
 人一倍羞恥心が強い亮太は、外だと思うだけでとても敏感に反応する。必死になって声を押し殺しながら、それでもびんびんに勃起して、涎を垂らして悦んでいる。この写真から興奮しきっている様子が良く判る。きっと、陽の光にすら感じて、達けもしないくせに懸命にペニスを擦り立てただろう。
 はあはあと喘ぎながら、粘液まみれの震える手で携帯を操作して、写真を撮って。拘束具のせいで達けないままに、急いでズボンを履いたに違いない。
 下着をつけない亮太は、いつもズボンに淫らな染みを作っている。敏感な肉は、布地の刺激ですぐに充血し、淫液を滲ませた。
 それに今も、昨夜の春樹が満足するまで亮太を抱いた名残の液が、肌や体内に残ったままだ。
 亮太はその淫らな身体にふさわしく、いくら体内に精液やローションが残っていても、下痢をしない特殊な身体をしていた。浣腸すれば効き目があるから腸の機能が悪いわけではない。彼の兄も父親もそうらしいから、もともとが淫乱な体質なのだろう。お陰で、亮太の中にたっぷりと注いだままでいられる。
 そんな亮太の身体が春樹は大好きだ。
 だから、亮太が望むままに乱暴に犯してあげられる。何度も亮太の尻穴を穿ち、溢れるほどに精液を注ぎ込んで、たっぷりと愛してあげられる。
 その間、亮太の拘束は一度も外していない。達きたくても達けないのが亮太は大好きだから。
 譫言のように「達かせて」と懇願しながら意識を失うのも、大好きだから。
 そんな姿は春樹から見てもとても可愛いから、ついついやりすぎてしまって、昨夜は結局達かせられなかった。
 だから、今日の亮太はとてつもなく飢えているはずだ。だてに半年近くつきあっていない。亮太の限界は亮太以上に良く知っている。
 そんな亮太は今日は午後の授業が無いから、行きつけの店に寄っているはずで、それでも十分帰宅できている時間だ。
「あ、そうだ……」
 愉しそうに呟いて、春樹は携帯からメールを一通亮太に送った。
 送信完了のメッセージを確認してから、エレベーターに乗れば、玄関まで一分もかからない。
 その間に、亮太は気づくだろうか?
 準備ができるだろうか?
 こんなにも帰るのが楽しみなのに、どうして他に遊びになど行けるだろうか。
 唇の端がニヤリと上がる。
 春樹が被っている巨大な猫は、普段はびくりともしないほどに春樹の本心を覆い尽くしているけれど。亮太と遊ぶ時には、その猫が目に見えないほどに小さくなってしまう。
 否。
 一見野生を忘れた猫だったものが、その本性を現しただけ。
 大好物の獲物の、骨の髄までもをしゃぶり尽くさんとするどう猛な肉食獣が目覚めるのだ。
 家族だけが知っていたそれを、春樹は亮太に隠さない。



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