【仔猫のミーヤ】

【仔猫のミーヤ】


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 疲れ果てて倒れ込んだまま寝入ってしまったミーヤが気づいたときには、朝がきていた。
 汚れていた身体はきれいになっていたが、無理な姿勢をとっていた筋肉が痛い。
 その目の前に、深皿に入れられたスープが差し出された。見上げれば、無表情のコウシュがミーヤを見下ろしている。
 スプーンも何もないけれど、自分が仔猫だと思えば、するべき所作は決まってくる。
 舌で掬い上げぺちゃぺちゃと何とか食べ終えたミーヤの首に、コウシュは細い鎖を編み込んだ首輪を取り付けた。
「この首輪は簡単には取れないよ」
 苦しいくらいに絞められて、白目を剥いて喘いだところで緩められた。今はちょうど良い隙間が空いているが、手綱を強く引っ張られると、苦しさに喘ぐ。
 それに一日経ってもやはり足には力が入らない。
 特に足首が曲がらなくて伸びっ放しになり、ずっと痺れたようになっていた。
 這ってしか移動できないミーヤの尻で、尻尾が力無く項垂れる。
 受け入れると思っても、これから一体何が起きるのか判らない不安が尻尾に現れてしまう。
 だがこの尻尾はとても敏感だ。
 垂れて床に触れる度に走る疼きに、慌てて高く掲げるのだが、それでも感情を如実に反映してしまう尻尾はすぐに垂れ下がり、床を擦る。そのたびに、全身に快感が走り身悶えた。
 だが、コウシュは待ってくれない。
「早くしろ」
 引っ張られ、食い込む首輪から逃れようと四肢に意識を移すと、今度は尻尾が垂れ下がる。
 ずくずくと疼き出したペニスを擦り付けようと腰が落ちるが、ペニスの先端が床に触れても、ちっとも快感はやってこない。
「汚したら掃除だぞ。キバはきれい好きなんだ」
 ドアを開けながら言われて、思わずコウシュを見上げた。
 人との交わりを徹底的に避けてはいたが、その声音に含まれる甘さに、気づかないほど鈍感ではない。
 だがドアの向こうから差し込む眩しい光に邪魔されて、コウシュの表情は見えなかった。
 薄目で目を眩しさに慣らし、辺りを窺う。
 室内なのに、ガラス張りの天井から陽光が燦々と注ぎ、まるで外にいるようだった。
「キバっ」
 コウシュが呼ぶ。
 木立や花壇すらある、まるで公園のように広い空間に響き渡るほどの声。
 とたんに、黒い塊が飛び出して、ミーヤにぶつかった。
「ひっ、ふぎゃあぁっ!」
 悲鳴が勝手に出た。
 身体が花壇の中に押し倒され、黒い塊に押し潰される。
 ごりっと押さえ付けられた関節が妙な音を立て、続けさまに悲鳴が出た。
 目の前に涎を垂らした赤い口がある。
 黒い中にそこだけがやけに生々しく肉色をしていた。
「み、みゃああああっ!」
 食われる。
 本能的な恐怖が、四肢をやみくもに動かす。
 生臭い液がだらだらと顔面に落ちてき、太い棒のようなものが股間や下腹部に押し付けられた。
 それが、ごりごりと腹を擦る。
 それが何なのか、信じたくないけれど判ってしまう。
「キバ、待てっ! バカ、がっつきすぎだっ」
「うるせぇっ」
 コウシュの荒々しい制止に、猛々しい怒声が重なる。
「待てないなら、連れて帰るぞっ」
 だが、続いた命令に、それがびくりと硬直した。
「するなとは言ってない。ただ、いきなり突っ込んでみろ、一発でこの仔が壊れる」
「ぐうう」
 コウシュの言葉に、重苦しい嘆息を零して、ミーヤの上から塊がのそりと動いた。
 黒かった視界に再び光が射す。
 慌てて身体を起こして、ずりずりと後ずさった。震える視界に入ったのは、背の高いコウシュよりさらに背も、そして横も大きな、筋骨たくましい黒い肌を持つ男だった。
 髪も黒い。
 着ている被るタイプのシャツにダブダブのズボンまでが黒いから、まるで黒い塊のように見えた。
「ったく。いきなりがっつくな、キバ」
「しゃあねえだろ、コウが連絡くれてから一カ月も待たされたんだ。待ちくたびれちまったぜ」
 呆れた声音に、キバは平然と返す。
 キバの不遜で我が儘な物言いを、コウシュは怒るどころか笑って返す。いや、随分と嬉しそうにすら見えた。
「へえぇ、マジ原初の忌み子じゃねえか。間違いねえ」
 忌み子。
 こんなところで聞くはずのない呼び名に、目を見開く。
「忌み子?」
 コウシュは知らなかったらしい。小首を傾げるかれに、キバが頷く。
「純血を保つために近親婚を繰り返したせいらしいが、純血なのに色が狂って生まれる子の事を言うのさ」
「あ、ああ、なるほど。実際純血はかなり少なくなっていたらしいな」
「まあ、もう限界は来てたってことだろ。」
 キバがミーヤの髪を手にとった。
「純血でも忌み子は奴隷に回すか、殺すかとかして抹消される運命らしいが、奴隷になったってこた、貴族として育ったんだろう? 良い親ってことか?」
 その言葉に、ミーヤはまじまじとキバを見つめた。
 良い親?
 何一つ構われずに、知恵遅れだと表に出さずに育てることを。
 奴隷だからとみぃあを犯して殺したあの男を。
 覚えず顔が歪む。
 あれを親とは言わないだろう。
「ん?」
 キバがミーヤの顎に手をかける。
 闇色に近い青の瞳が憎々しげに歪み、色味を濃くしてることに気づいて。
「……忌み子は忌み子だったってことか」
 あからさまな憎悪を表すミーヤに、キバが嗤う。
「親を憎む程度の扱いは受けていたようだな」
「何、キバ?」
「貴族の中に忌み子がいるんなら、その幸いを忌むほどに徹底的に嬲ってやろうかと思っていたんだがな」
「キバ?」
 要領を得ないらしいコウシュを、キバがその肩に手を回して抱き寄せる。
「ま、お前が手に入れてくれたんだから、最大限に活用させて貰うさ」
「あ、ああ。だが陛下から、できるだけ長く使うように、とのお言葉があったからな」
「ふーん……。ま、努力はするけどよ。判ってるだろ?」
「まあ、な」
 楽しそうな会話。
 コウシュがどんなにキバを気に入っているのか判る。彼を見つめる瞳が甘い。
 その瞳がミーヤに向けられたとたん、剣呑さを増す。
「さて、待ち兼ねてたんだ。早速使わせてもらうか」
 キバがぺろりと舌なめずりしてにじり寄ってきた。
「みぃ」
 恐怖に身が竦む。小さく身を縮めるミーヤを、キバが楽しげに見やった。
「ああ。だがこいつはまだ処女だから、いきなり突っ込むと確実に壊れるぞ」
 繰り返された言葉に、キバが苦笑いを零す。
「判ってるって、しつこいよ。俺はこうみえても気が長いんだ」
「どこがだ」
 呆れて肩を竦めたコウシュだったが、躊躇う事なくミーヤをキバの方へと押し出す。
「みぃぃんっ、みやあっ」
 嫌だった。
 怖かった。
 得体の知れないものがこの男にあった。
 ありったけの力で、キバから逃れようとする。
 動かない足首のことも忘れて立ち上がろうとして、頭から花壇に突っ込んだ。
 キバは怖い。
 キバは、ミーヤの全てを壊してしまいそうだった。
「元気だな」
 ぐいと手綱を引っ張られて、後ろに引っ繰り返る。
 取れないと言われた首輪に指をかけ、なんとか外れないものかと四苦八苦しているミーヤのいきなりの反抗は、一瞬呆気に取られた二人も、今は楽しそうに見やっている。
 時々、くいくいっと綱を引っ張って、ミーヤの首を締めた。
 じたばたともがくミーヤに、キバがほくそ笑む。 
「おもしれぇ」
 口の端から覗いた赤い舌が、唇を舐めている。
「やれやれ、おとなしく柔順だから、よけいなキバの嗜虐心を煽らないと思ったんだが」
 呆れたように肩を竦めたコウシュが、お手上げだとそっぽを向いた
「まあ、信じろって言ったて無理か」
 キバ自身あいまいな笑みを浮かべ、ため息を吐く。
 それもミーヤの不安を煽る。
「ああもう、ちゃんと壊さないように使ってやるよ。そうそうに壊して、コウが陛下から罰を受けたら困る。それに簡単に壊したら、またお前相手の時に困る」
 キバがコウシュに囁く時、その声音はとても甘くなる。
 コウシュもキバ相手だと、冷たさが消える。
「判っているなら良い」
 互いが互いを引き寄せ、寄り添っていく。
「本当なら、お前の相手など他の誰にもさせたくないのに……」
 潤んだ緑の瞳に熱が籠もった告白は絶大なる効果だ。
 キバの顔が切なげに歪む。
 ズボンの前の膨らみがむくりと大きくなっていた。
「俺は獣だ。俺が本気になったら、お前の身体が壊れっちまう。俺はお前を失いたくないんだ」
 キバの声音が何かを堪えるように低く響き、応えるコウシュの微笑みももの悲しげだ。
 その表情が、ミーヤの記憶を揺さぶった。
 みぃあ……。
 悲しげな微笑みを、いつもみぃあは浮かべていた。
 誰を責めるでもなく、何もかも諦めている笑顔。
 それでも……。
「キバの身体、治したいよ……」
 本当は諦め切れていないから、こんなに寂しげなのだ。
 みぃあも、きっと……。
 みぃあとコウシュがダブる。
 全く違う存在だと判っているのに、そんな顔をさせたくないと願う。
「お前が助けてくれた。ここまで治してくれた。それだけで十分だ」
 一体二人にどんな事が有ったのか判らないけれど。
「この仔で発散したら、たっぷり愛してやる」
 それで、コウシュが助かるなら。
 目の前で交わされる触れるだけの口付け。
 たったそれだけで、キバの股間の膨らみはさらにむくむくと膨れ上がった。
 服の上からでも、ひどく大きいそれ。
 びくびくとキバの腰が蠢いている。
「……うぅ」
 喉の奥から漏れる唸り声。
 キバが慌てたように、コウシュの身体を引き剥がす。
「もう行け」
 苦しげに歪んだ顔が伏せられていた。
 何が起きたのか判らないミーヤが見上げると、その頬にぽつりと汗が落ちて来た。
 紅潮した顔に、荒い息。
 わなわなと震える腕は、何かを必死に我慢しているよう。
「それじゃ」
 名残惜しげに、けれど急いでコウシュが離れた。
 離れた身体をキバが追おうとして、寸前で堪える。
 はた目からみても、キバは鼻息荒く欲情しきっていた。
 苦しげに零れる早い吐息は、まるで火が付きそうに熱い。
 コウシュの姿が消えたとたんに掴まれた手も酷く熱い。
「みっ」
 歩けないのに強引に引っ張られて、ずるずると引きずられる。剥き出しの肌が擦れて、ひりひりと痛みを訴えた。
「ん、ああ」
 そのことに気が付いたキバが面倒臭そうにミーヤの腰を掴んで担ぎ上げた。
「ひぎぃ」
「お前の足、もう立たねえ」
 はあはあと荒い呼吸を繰り返しつつ、まるで何かから気をそらせようとするように喋る。
「み?」
 そこには先程コウシュに向けた優しさなどカケラもなかった。
「腱を切られてんだ。ついでに曲がらないように固定されている」
「ひむ?」
 嘘……と言いたかった。
 けれどずっと曲がらない足首が、嘘でないと教える。
「そこまでは説明されていないか?」
 連れてこられたのは、木々の生い茂る部屋の片隅で、そこにはたくさんのクッションと寝具が転がっていた。
 そこにドサリと落とされて。
「昔話をしようか」
 キバの低く押し殺したような声音に、ミーヤは全身に冷水を浴びせられたように総毛立った。
 そんなミーヤの肌にキバが嗤いながら触れる。
「15年ばかり前、リジンという国に黒い肌のガキの奴隷が欲しい貴族がいた。いくらでも金を出すと言って、ラカンまで手配の手を伸ばした。その奴隷狩りの男の前にのこのこと姿を現したのが母親譲りの黒い肌をもつ12のガキだった。何も判らぬままに攫われて……待っていたのは奴隷としての生活だった」
 痛みを堪えるかのように顔を歪めるキバの話は、どう見ても作り話のように思えなかった。
 事実だ──と、理性が判断する。
 だが──。
 わざわざ?
 わざわざラカンまで来て捕まえて、奴隷にしたというのか?
 あろうことか貴族の中にそんなことをしようとした輩が?
 嘘だ。
 いい加減、幻滅していた血と国であったけれど、まさかそこまで。
 感情が否定したがっていた。
「喉を潰された。足の腱を切られた。薬を使われ四六時中盛っている色狂いにされ、チンポには珠を入れられて加工されて。密偵を生業にしていたコウシュの親に助け出されるまで、俺は獣だったよ──10年間、10年間もだっ。10年間も俺は、獣だったんだっ」
 感覚の無い足首を捕まれ、大きく広げられる。
 荒い息を繰り返す閉じない口の端からだらりと舌がはみ出て、涎がミーヤに向かって落ちてきた。
「ラカンの医術は俺の声と足を治した。だが、どうしても染み付いた薬を抜くことができない。あっと言う間に欲情し、理性を失って相手が傷つこうが気を失おうが……死んでしまおうが、犯り続ける。相手がコウシュであってもだ。俺は──俺の身体は、あいつ一人では満足しない」
「ひ、ひみゃあああっ」
 太い指が、ずぼりと根元まで埋められた。
 初めての行為は、異物感が酷い。
「ふふ、良く濡れてるな。尻尾をつけるついでにお前のこの穴はすぐに濡れるようにして貰った。潤滑剤なんて手間なもんはいらねぇ」
 そんなはずは……と思ったけれど、確かにキバの指は滑らかにアナルを出入りする。
 いくらも経たないうちに、ぐちゅぐちゅと濡れた音がどんどん大きくなった。
「お前を手にいれてから、コウシュが逐一お前のことを教えてくれた。何をしておけば良い? と希望も聞いてくれた。だから、俺は自分がされたように、声を奪い、腱を切るように頼んだ。いつでも突っ込めるように、女みたいに濡れるようにも頼んだ」
「ひ、みああ」
 無理に広げられる痛みが伝わって来た。
 きついアナルを押し広げるように、指が追加され、奥深くにねじ入れられていた。
 体内を侵す指に、本能が拒絶する。必死になって逃れようとするが、キバの手は全く緩まない。
 なんとか痛みに慣れてくると、また増やされて。
 3本が体内で自在に動く、と──。
「ち、めんどうくせぇ」
 いきなり指が抜けた。
 ぽっかりと空いた喪失感に身震いし、責め苦が終わったとほっと息を吐く。だが、逃げる間はなかった。
 両の足首にあっと言う間に紐が巻かれ、その紐が足を開くように近くの梢に別々に結ばれる。手首も紐が結わえられ、同じ梢に繋がれた。
「み、やああっ……みゆっ、みぃ──っ」
 何もかも晒した股間にキバが陣取る。
 自分のペニスが緩く立ち上がる向こうに、隆々と立ち上がるひどく歪なペニスがあった。それはすでに先端がてらてらと光るほどに程に濡れている。
 しかも太い。表皮がボコボコと何カ所も盛り上がっているところなどは、ミーヤのペニスの2倍以上はある。
 歪なほどに太く、歪んだ形。ペニスというより、流木のようなそれ。
 さあーと全身から血の気が失せた。
「まだ、まだ、挿れねぇ……。っ、けど、親切に広げてやるのも……はぁ……性があわねえ……」
 欲情を無理に押さえ込みながら微笑むさまは壮絶さすらあった。
 もう、逃れられない。
 逃げようとしても、キバは許さないだろう。
 あの、凶器のような剛直をこの身に沈めるまで、許しはしないだろう。
 がくがくと震える獲物を前にして、笑みを浮かべたキバが手を伸ばしたのは、ミーヤの尻尾だった。