【バレンタイン】 2

【バレンタイン】 2

 10時よりも30分も早く、来訪を告げるチャイムが鳴った。
 こんな時間に来るのは、ただ一人。
 悠人は、ドアが見える場所に陣取って玄関が開く様をじっと窺っていた。
 壁に背を預け、気怠げに見据えている。
「お迎えはないのか?」
 にやけた顔。

 手に持っている小さな紙袋からすると、ちゃんと贈り物を用意してきたらしい。となると健一郎にとって、ゲームは続行中らしい。
 勝手知った様子で中に入ってきた健一郎が、ふっと足を止めた。同時に、にこやかな笑みが顔から消えた。代わりに訝しげに眉根を寄せる。
「どうした……? 機嫌が悪いな」
 僅かに視線が中空を彷徨う。
 だが、すぐにため息を吐いて、悠人の目の前に腰を下ろした。
 何も言わない悠人に対して、健一郎もそれ以上は何も言わなかった。ただ、仕方がないというように首を振って、苦笑を浮かべる。
「さて、バレンタインの贈り物な。用意してきたぞ」
 悠人の不機嫌さを無視して、紙袋からリボンに包まれた品物を取り出す。
 出てきたのは、白い包装紙に銀のリボンがかかった薄くて細長い長方形の箱だった。
「チョコレートったって、悠人はあんまり甘い物は好きじゃないしな」
 取り出したそれを差し出してくる。
「まあ、お前の欲しいもの……ってのは、結構難しくて……思いつかなかったんで……。ありきたりなんだけど」
 どこか要領を得ない、とぎれがちの言い訳と共に手渡される。
 それを悠人は黙って受け取っていた。
 軽い。
 それに、包装紙にあるロゴ。
「……今度ばかりは、負けだろうなって思っているが……」
 ロゴにまさか、と目を見張った。そんな悠人を目の当たりにしながら、健一郎は自信なげに肩を竦めていた。
「突き返さないでくれよ」
 先制された。
 正直、箱ごと突き返したい気分になっていたのは間違いない。
 かさりと軽い音がする。
 有名宝石店のロゴと相まって、想像できる中身は、悠人とは相容れないものだ。
「……判っているなら、なんでこんなものを買ってくる?」
 絞り出すように言った声音は限りなく低い。その相当な怒りを孕んでいる事が判る声音に、健一郎は苦笑を深くした。
「それを着けた悠人が見たかった。俺が贈ったものを身につけた悠人がな。その程度だったら、身につけていても外から見えないし……な」
「見えなくても着けるはずがないだろう?」
「好きな相手に印をつけたい──って思うのは、男として当然だと思うがな」
 印……。
 途端に脳裏に浮かんだ、情交の後の朱印に血が顔に集まってくる。
 そういえば、健一郎は必ずどこかに付けたがっていた。時に、危うい場所に付けられて、怒りで殴りつけたこともある。
 あれとこれが同系列……というのか?
「まあ、開けてみてくれ。無難なのを選んだから……」
 何か言い返したかったが、声に出すと震えそうで口を噤む。そんな自分の心理状態がよく判らない。
 怒りもあったが、それ以上に何かが頭をもたげようとしていた。
 それに気付かないフリをしたくて、意識を箱に持っていく。
 上げられない顔で箱を凝視して、手持ち無沙汰を紛らすように乱暴に包装を解いた。解かなくても落ちたリボンが太股の上でとぐろを巻く。
 白い紙の下から現れたグレイのビロードの箱は中身の想像が外れていないことを示す。僅かな躊躇う間があった。だが、息を吸うと即座に蓋を開けた。
 中には、リボンよりさらに細い銀の鎖が波打っていた。
「こんなもの……俺が着けるわけ無かろうが……」
 銀の鎖には小さな棒状のタグがついている。
 ブランド名を見るだけで、相当の値がするのが判る。部下達がカタログを見ながら騒いでいたから、知っていたのだ。
 だが。
 今回のゲームは「相手の好みにあったもの」を渡すというものだ。
「判っていたんだがな……」
 苦笑の中に、落胆の色が浮かんでいる。
 それでも買ってきたということは、健一郎にとってはゲームなどどうでも良くなっていたからだろう。
 珍しいことだ。
 フンと鼻を鳴らした悠人は、再度手の中の鎖を見つめた。
 サイズからして、ペンダントだ。
 指先で摘んで持ち上げて、棒状のタグを目の前に持ってくる。
 字が掘ってあるようだが、何かの記号のようだった。これで甘ったるいフレーズであったら、そのまま投げ返していた。
 日の光に照らされて、銀色が光る。
 細かい細工の鎖は何という加工なのだろう?
 ただの細工物ではないようだった。
 それにしても、どんな顔をして、この男が買ったというのか。
 印……それは所有物だという印。
 ふっとそんな事を考えて、ふわりと体が熱くなった。
 そんな理不尽な事など受け入れられるはずはないのに。
「……それで、悠人は?」
 何も言わない悠人に、焦れたように健一郎が促してきた。
「あ、ああ……」
 途端に、悠人の顔がひどく顰められた。それに気付いた健一郎も、ぎゅっと口元を引き締める。
 一年も付き合えば、悠人の性格は健一郎にはバレバレだ。いや、もう付き合いだした時にはっきりとバレていた。
「チョコレートなら、……台所にある」
「ふ……ん?」
 あれを見た健一郎が何というか?
 そう思うと、何故か悠人は立てなかった。
 あれはあれで間違いなくチョコレートで。別に何でも良いと思っていた。
「悠人? ……あっちか?」
 立ち上がらない悠人に焦れたのか、健一郎が立ち上がった。
「……」
 胸がやけに早鐘を打つ。
 結局、あれ以外には贈り物はない。気に入らない贈り物を選んだ健一郎に、用意してなかった悠人。
 ではゲームの勝敗はどうなるんだろうか?
「これか?」
 声が笑っている。すぐに気配が戻ってきた。
 俯いたままに聞いたそれに、そのまま頷く。
「……ビターか。まあ好みって言えば好みだな」
「え……?」
 笑みを含んだ声音に、顔を上げた。目の前には、口にチョコレートを頬張っている健一郎がしゃがんで悠人を見つめている。
「……お前の勝ちだな」
「はあ?」
 単なるチョコレートだった。飾りも何もない、どっちかというと菓子に使うものだった。
 なのに。
「そんなもので悦ぶな」
 こんなにお手軽な奴じゃなかったはずだ。
「どうしてだ? 悠人がくれたもので、俺の好みに合っているぞ」
 問題なかろう?
 首を傾げる健一郎に他意はなさそうだった。
 だが。
「う、煩いっ!」
 そんなつもりでないのに勝ったとしても面白くない。
 それに、悠人は手にしたペンダントを返すことができてないのだ。
 これは、健一郎がくれたもの──で、印だ。
 自分が健一郎のものであるという……。
 うずうずと体の芯が熱く疼く。
 昨夜から続いた芯にわだかまる熱は、まだ完全に解消されていない。
 それもこれも、自分を放置した健一郎のせい。
 ずっとずっと……。
 こんなゲームより何より、健一郎から欲しかったのは一つだけ。
「……ゲームの賞品は決めていないぞ」
 ぎゅっとペンダントを握りしめる。
「ああ、そうだな。俺が勝ったら、お前を好きにできる、ということで」
「……俺が勝ったら?」
「……その逆ってことになるな」
 今決めたような口ぶりに、呆れ果てた。
「というか、いつもと同じじゃないか」
 だが、そんな代わり映えしない賞品内容になぜか心が躍っている。
「結局、貴様の頭の中はそれしかないんだな」
 健一郎の仕掛けるゲームは、たいていがそれだ。だが、悠人が負けた時、本音を言えばいつもほっとしていた。負けたのだから、抱かれてもしようがない。
 いつもそんなふうに思うことで、受け入れた。言い換えれば、そうしないと抱かれることができなかった。
 健一郎もそれが判っているのか、頻繁に賭だ、ゲームだと言ってくる。
 でも、今回は健一郎の負け。
 そんなことが判っていても、渡された贈り物。
「で、どうする?」
 楽しそうな健一郎を睨め付けて。
「……」
 だが、何も言うことができない。
 冷たかった銀が、手に馴染んでいる。
 こんなふうに悠人の体も健一郎に馴染むことがある。今朝見た夢も、そんなシーンだった。
 欲しかった。こんなにも欲するほどに、放っておいた健一郎が憎かった。つまりは放っておかれたくないということだ。放っておかれる期間が長いほど、もう嫌われたのではないかと思うことが多くなる。
 それが堪らなく悠人の心を掻き乱す。
 不機嫌になってケンカをする機会が多くなって。
 もういつ決別されてもおかしくないほどに、暴言を吐いて。
 いつまでこんなふうに笑顔を向けてくれるのか?
 残る不安がどんどん積み重なっていく。
 欲する相手は、もう健一郎だけしかいないのに。
 悔しいほどに、何かの時にいつも思い出すのは健一郎だけなのに。
「印……」
 ペンダントを目の前にかざす。
 これを身につけている限りは、自分は健一郎の所有物。
 屈辱的な単語だというのに、ぞくりと胸の奥がざわめいた。
「これ……を……」
「え?」
 思わず呟いた言葉を、健一郎が聞き咎めた。
 覗きこむ顔に、握りしめた拳のままに突きつける。
「貴様の手で……」
 この身に健一郎の印がある限り、見限られることはないのではないか?
 いつかは消えてしまう朱印より、もっとはっきりと残るもの、ならば、自分はこんなにも苛々しなくて済むのではないか?
「悠人?」
「つけろっ」
 言葉と共に叩き付ける。
 胸が激しくなり、強張った顔は上げていられない。全身全てが熱くて、汗が噴き出していた。
 悠人は自分がどんなにバカなことを言っているか判っていた。
 けれど、それ以上に欲しかった。
 これもそれも、健一郎が悪い。ずっと放っていた健一郎が悪いのだ。
「何をしているっ!」
 動かない健一郎に、苛々と言葉をぶつけるけれど、その表情を窺うことはできなかった。
 俯いたまま、足の上に広がっている銀のリボンを見つめる。
 それでも、健一郎は動かない。
 悠人ももう何も言えなくなっていた。
 口の中がカラカラで喉がひりつき、言葉が声にならない。そんな惨めな様子がイヤで、固く口を閉ざした。
 ペンダントを持ってきたのは健一郎の方なのに、なんで動かないんだっ!
 焦燥と怒りがない交ぜになって悠人を襲う。
 頭の中が脈の音で煩い。
 それはほんの僅かな間だったのかも知れない。けれど、悠人にはとてつもなく長く感じた。
 そのあまりの長い時間に、痺れを切らしてもう一度怒鳴ろうと口を開けた時だった。
「い、いいのか?」
 上擦った声が耳に入って、はっと顔を上げる。
 いつもは余裕綽々とした健一郎の、珍しく強張った顔に、息を飲んだ。
「……何だ、その顔は?」
 追わず呟く。
「あ、いや……その」
 耳朶まで赤い。
 明らかに照れている様子に、悠人の羞恥は最高潮だ。
「そんなこと言われるとは思わなかったから」
「……」
「驚いた」
 その苦笑をどう解釈して良いのか?
 けれど、そんなふうに笑われると居たたまれない。
「もう、いいっ!」
 堪らずに怒鳴って、銀の鎖を引っ張った。
「おいっ」
「いいんだっ!」
 やっぱりこんな愁傷な事は無理なのだ。
 自分の願いなど、健一郎にとっては取るに足らないこと。笑ってしまうようなことなのだから。
「帰れよっ!」
 きつく唇を噛みしめて、唸るように口の端から怒声を零す。
「ゲームは終わったんだから、もう帰れっ」
「悠人っ!」
「帰れったら帰れっ」
 頭の中が沸騰していた。
 熱くて、渦を巻いて、正体不明の塊が今にも爆発しそうだった。
 今はもう、何が欲しかったのか、どうしたいのか、悠人にも判らなかった。
 ただ、醜態を晒したくなくて、健一郎を追い出したい。
 なのに、ペンダントを健一郎は離そうとしない。悠人も離したくなくて、しっかり握りしめていた。二人の間にかかる銀の橋が、微かに震えている。
 今にも千切れそうな程にぴんと張り詰めていることに気付いて、悠人は堪らない気持ちでそれを見つめた。
 切れたら……何もかも切れる。
 不安が、手から力を抜けさせた。
 するりと垂れた銀の橋が地と結ばれる。
 その様子を悠人は唇を噛みしめながら見つめていた。
 切れなかったけれど。
 やっぱり無理なのだ。
 自分のように可愛くない性格の男と、健一郎のような男がひっつくのは。
「……帰れ……」
 絞り出した言葉が、懇願になっていたことも気付かずに、悠人は繰り返した。
「帰れよ……」
 もう、イヤだ。
 健一郎といると、心が千々乱れる。
 冷静でいようとするのに、無理だった。
 俯いて、無くなった銀の鎖の代わりに、銀のリボンを握りしめる。鎖より太いのに、その存在感はあまりに希薄で、悠人の心を寂しくさせた。
 それでも、握らずにはいられなかった。


「バカ……」
 小さな声に、びくりと体が震える。
 ぎりぎりと歯が深く食い込んだ唇が、そっと指先で撫でられた。
「傷になる」
 開けるように促す指の動きに、悠人は逆らわなかった。激しい感情の起伏に頭の中の整理がついていかない。どこかぼんやりとした視線を指の持ち主に向けた。
「ったく、お前って奴は、ほんのちょっとも待てないんだからな」
 子供を宥めるような口調に、ムッと眉根を寄せる。
 けれど、目の前の男が穏やかに笑っているのに気付いて、顔から力が抜けた。
「つけるぞ……」
 その目の前に銀の鎖が垂れ下がる。最下部にはタグが揺れていた。
 その鎖が二つに分かれ、健一郎の手が悠人の首の後に回される。大きな手の平が、悠人の首の後を支えて、ふわりと頭を抱き込まれた。
 吐息が耳の後でする。
 うなじを鎖が滑り、くすぐったく身を捩れば、「動くな」と優しく諭された。
「難しいんだよ、つけるの」
 吐息が、甘い快感をもたらす。
「ほら」
 すっと離れるその温もりに思わず縋りそうになった。
 けれど、前に回された指先がタグを悠人の目の前で落とす。
 冷たい擦れた感触に視線を動かせば、顎のすぐ下でタグが揺れていた。
「ネクタイをしていない時は……少し鎖が見えるかも知れないか……」
 指先が具合を試すように首筋を這う。
「でも、似合う」
 満面の笑みを向けられて、悠人は込み上げた羞恥に再び俯いた。
「俺に似合うわけなかろうが」
 今まで着けたことのないアクセサリーの違和感に顔を顰めながら言う。
「でも、似合う。だから、選んだ」
 近づきながらの言葉から逃げられない。
 鎖とともに首筋に口付けられて、悠人の喉が上下に動いた。
「あまのじゃく。お前の考えはいつも判りにくい」
 優しい声音が、悠人を耳から侵す。
「けれど、これを着けさせたってことは……そう考えて良いんだな」
 繰り返される甘い口付けに、肌がざわめいた。
 昨夜から澱んでいた塊が、むくむくと存在を誇示せんと動き出す。
「寂しかったのか?」
「いや」
 調子に乗ろうとする手を縛めて、かろうじて首を振る。こんな時でも素直でない自分に、泣きたくなってきたけれど。
「でも、ここに来た時、泣きそうな顔をしていた」
「っ!」
「不機嫌で、怒りを孕んでて──なのに、泣きそうで……」
 口付けが頬を伝ってきて、そっと唇に触れた。口の端からゆっくりと中央へ向かい、啄まれる。
「そういえば……放っていたな、と後悔した」
 そんなそぶりなどしてなかったくせに。
 けれど、抱きしめられて零れたのは、甘い吐息だけだった。
 なんでこんなにほっとするんだろう?
 健一郎の匂いが肺の中を満たして、温もりが全身を包み込む。
 それだけで、苛立った感情は鳴りを潜め、穏やかさのみが悠人を満たした。
 繰り返される深いキスに、心がとろけていく。ずっと欲していた熱が、今目の前にいることの安堵感。
 離したくなかった。
「け…いち…ろ……」
「ん?」
「きょ……は……」
 それでも、なかなか口を衝いて出ない。
「どうした?」
 優しく促されて、きつく健一郎に縋って。
「俺……」
「うん」
「うれ……し……」
 ようやく口にできた言葉は、あっという間に健一郎によって吸い込まれた。


 布団を用意する暇などなかった。
 畳に押しつけられ、引き剥がすかのようにシャツを脱がされた。
 全裸で喘ぐ悠人の体が纏っているのは、汗と銀の鎖だけ。
「あ、ああぁ」
 愉悦に身を捩るたびに、その汗は飛び散り、鎖が首筋で淡く輝く。
 深く穿たれた健一郎のもので、悠人の後孔は満たされている。
 ずっと欲しくて堪らなくて。けれど、自分ではどうしようもなかったもの。
 その存在を感じるたびに、胸の奥に充足感が広がった。
「すご……いな……、こんな悠人が見られるなんて……」
 感嘆の声に、悠人の羞恥は煽られ、それがさらに快感を煽る。
 自分でも不思議なほどに、今日の悠人は感じまくっていた。何をされても、全身で小さな爆発が起きる。粟立つ肌は、ちょっと触れられるだけで、ぞくぞくとした疼きをもたらした。
 上気した肌は淡いピンクに染まり、銀のタグと一体化する。汗が蒸気と化し、それと共に立ち上る悠人の香りが健一郎を煽った。
 甘い声が勝手に漏れた。
 堪える気もなかった。
 悠人は朦朧とした視線を健一郎に向け、両の手で必死になって縋っていた。
 言葉にはしなくても、何を欲しているのか健一郎には全て判るほどに、その行動ははっきりしていた。
「いつもこうだと楽だな」
「ヤ……あぅん……」
 笑みを含んだ言葉を否定したくても、口を開ければ嬌声にしかならない。
 ゆっくりと打ち付けられるその動きがもどかしい。
「あ、ぁぁ……けんいち…ろ……んあぁ」
 引き抜かれる瞬間、ぞくぞくと快感が駆け上がる。
 打ち付けられる瞬間には、雷のごとく激しい快感が弾け飛ぶ。
 そのどちらもが悠人を翻弄し、自我を崩していくのだ。
「絡みついてくる……しかも熱い……。悠人……お前は……最高だっ」
「さい……こう?」
「ああ、最高だ。他の誰とも代え難い。絶対に離さない」
「そ……んなの……、あっ! んあぁ……」
 ずっと聞きたかった言葉に、胸が躍る。
 堪らなく甘美な感情が、全身に広がって、悠人はそれ以上言葉にすることはできなかった。
 縋り付いて、健一郎のものを深く銜え込む。
 ただ、欲しい。
 バカなことばかり口走る口を、健一郎がキスで塞いでくれるだけで、嬉しい。
 深く打ち付けて嬌声しか出ないことに、安堵する。
 健一郎に抱かれている間、悠人は意に沿わぬ言葉を言う必要はないのだ。
「あっ、あっ……んあぁ……けんい…ろ……あ、そこ……」
「ああ、ここが良いんだろう? 幾らでも突いてやるさ。……たっぷり達けば良い」
「あ、あああぁぁぁぁっ!」
 目の前が白く弾け飛ぶ。
 一気に膨れあがった熱い塊が、ものすごい勢いで放出される。
 びくんと全身が硬直し、気付かないうちに指先に力が込められた。
「んくっ」
 柔らかい肌に食い込む、その感触すら心地よい。
 びくびくと震える四肢は、制御できなかった。抱え上げられていた両足が勝手に健一郎の体を縛めた。
 逃さない、とばかり力が入って、もっと深く抉るように腰を引き寄せた。
「んっ、あん……」
 体内の敏感な部分をまた抉られる。
 もう終わったはずの放出だったが、悠人の逸物はさらにどろりと液体を吐き出した。
 きつくきつく加わった力は、後孔も例外ではない。
 一度目は堪えた健一郎も、二度目は全身を硬直させた。
 息が詰まり、ぎゅうっと悠人を抱きしめる。
 その苦しさがまた心地よくて、悠人はほっと息を吐いた。弛緩した体を僅かに起こす健一郎をぼんやりと見つめる。と、視線が合った途端に、健一郎は小さく笑みを浮かべてきた。
「悠人……大丈夫か?」
 そんなふうに問われるのは恥ずかしい。
 上気していた肌をさらに赤くして、悠人はそっぽを向いた。
 その拍子に、首の上で銀の鎖が微かな音を立ててずれた。
「やっぱり似合う」
「どこが……」
 嬉しそうな声に、つい言葉を返したけれど。
「でも、似合う」
 繰り返された時には、それほど腹が立っていないことも判っていた。
 だから、小さくため息を吐くと、悠人は今なら言えそうだと、口を開いた。
「貴様が選んだんなら、間違いない……だろ」
 言った途端に、全身が熱くなる。
 礼を言うつもりだったのに、それでもそんな言葉しか言えないことが恥ずかしい。
 だが、健一郎は笑っていた。
「ああ、お前が着けてくれるのなら、どんなものでも選んでやる。次は……何が良い?」
 甘い口付け。
 歯の浮くような言葉。
 ビターなチョコレートが好みだと言った男こそが、どんなスイートチョコレートより甘い。
 だが、その甘さこそが悠人の好みにぴったりと合っていた。
 あんなゲームなど、最初っから悠人は負けていたのだ。
 それを健一郎は判っているのか?
 見上げた先で、健一郎が「?」と首を傾げる。
「……くれるものなら、何だって良いさ」
 健一郎がくれるもの。
 その時には、もれなく健一郎自身が付いてくる。
 だから。
「何だって良いな」
 今だけなら許される。擦り寄って胸に顔を埋めるなど。
 絡み合った肌はまだ熱を持っていた。
 健一郎の手が、またイタズラを始める。
「性欲魔神……」
「悠人限定だ」
 そんなことをさらりと言ってのけた恋人に、悠人は素直に溺れていった。

【了】