【階段の先】-15

【階段の先】-15

15. Ryuji Side

『それはまだ堕とせていないってことだな、何をふぬけたことをしてるんだ、龍二ともあろうものが』
 冬吾に言われた言葉に、否定できなかった。
 久しぶりにかかってきた電話は、正樹の近況を訊ねるもので、つい正直に話してしまったのが運のつき。
 自覚はあったけれど、他人に言われると無性に腹が立った。
 確かに、正樹は俺の言うことをよく聞くようになった。だが、心底俺を主人と認めているわけではない。あれは、与えられる罰を怖れて、それを回避したいがために俺に従っているだけなのだということを、俺はしっかりと気付いていた。
 俺の理想としては、与えられる鞭を罰ではなく褒美だと思うような奴隷を作ることだ。
 まあ、最初のころはまずは鞭の痛みを教えて、その良さを徐々に教えていけば良いかと思っていたが、なかなかその心理状態が変えられないことに苛ついていたこともあった。
「薬は使いたくねぇんだよ、せめて最初の一回は。だからちょっとは時間はかかる」
 薬を使えばわりと堕ちるのは早いが、そこには薬を使ったという逃げ道がある。薬で狂わされたから、薬のせいだ、と望まぬ奴隷化だと後を引くこともあるのだ。だから、正樹の場合は、自身の身体がそういう身体なのだと、薬なんかを理由に逃げられないように、俺だけの力で鞭で達かせてみたいのだ。
 ちらりと視線をやった先のディスプレイに、地下室の様子が映っていた。
 今はシャワーを浴びているのか、湯気と水音がしていて、右へと回転させるとすらりとした肢体が入り込んできた。
 傷が痛むのか、手のひらでそうっと触る姿に、口元が綻んで、可愛いと思わず呟きそうになったけれど。
『にしては、かかりすぎだろ。どうせ傷があるから、とか甘いこと言って、調教の手加減をしてんじゃないのか』
 冬吾の容赦ない揶揄に、浮上しかけた気分は一気に下降した。
「手加減なんかしてねえよっ。ただ、どうしても痛みの中で快感を拾えねえみたいだ」
 なかなか回路が繋らないのだ、正樹の中の、痛みと快感の回路が。
『あの子は十分その回路が繋る要素を持っていると踏んでいたが?』
「ああ、俺もそう思っている。軽い鞭打ちぐらいだったら、あの丸太イスの会陰への刺激で打たれながら勃起しているしな。ただ、直接的な刺激がなければ、まだ無理みたいだ」
 鞭で打たれていない時に、傷が痛んでも勃起は萎えない。
 背中の傷を舐めながら犯してやっても、悦んで肉がきゅうきゅう締まり、いつもより善い声で泣きながら絶頂を迎えている。
 撮影時から許していない射精を欲しながら、メス奴隷らしく空イキして、ペニスを厭らしく締め付けている。
 だが、鞭を打っている最中の勃起は、まだ無理だ。
 激しい時には生存本能が勃起させるのか、固くしていることもあるけれど。
『まあ、こういうのは何かのきっかけだ。俺は、あいつはそのきっかけを掴めば、すぐに回路が繋ると思っているしな。まあ頑張れよ。けれど、一カ月後のお披露目は変えられないぞ。その時点でできてないかったら、どうなるか』
「わかってるって」
 揶揄が混じった声音ではあったがあれは本気だと、電話を切りながら、一カ月後、と口の中で呟く。
 その日は正樹が俺の奴隷となったお披露目会が予定されている。
 俺たち、あの倶楽部の調教師の中での暗黙の了解であるそれは、お気に入りの奴隷ができたら、皆に披露するというもの。と言っても、通常なら見せびらかすだけなのだが、冬吾とはいろいろ裏で手を貸してもらったという礼も兼ねて、正樹を調教させてやるという約束があったのだ。それがお披露目の日であって、それまでになんとしても調教を進めていないと、俺の、ではなく、共有の奴隷とされてしまう恐れがあった。
 今の正樹は、痛みから逃れるためならば、主人でないもののペニスすら銜えるだろう。
 それだけは、専用の奴隷としたい俺にしてもみれば、絶対に避けたいことだった。
 そんな焦りが苛立ちとなって、電話を投げ出した後、地下へ続く階段へと向かった。
 実のところ、ここは俺自身の家だ。
 一階の廊下の先のドアを開ければ階段があって、下りた先にある地下室に入るためのドアがある。
 正樹はこのドアに鍵がかかっていると信じているが、実は鍵なんてかかっていないのだ。鍵がかかるガシャンという音は締まると同時に鳴るように仕掛けたフェイクでしかない。もっとも一階のドアには鍵がある。と言っても、地階からの階段側からはサムターン方式で簡単に開けることができる。外側は鍵を使うが、それも俺がいるときには面倒だから締まっていない。だから、鎖さえなければ正樹は容易にここから逃げ出すことができるだろう。
 まあ、あの鎖は簡単に外れないだろうけれど、それでもあの部屋にあの鎖を取り外す手段は隠されている。そうでなければ、何か危険な、あり得ないとは思うけど、何かあったときに、正樹が逃げられないからだ。
 ただ、その手段を教えるのは、あれが心身ともに俺の元になった時。あの、冬吾の奴隷のように、自ら進んで俺の元にいると、俺のところにいるのが幸せだと思うようになったとき。
 いつしかそれを教えられるその時まではと、龍二は今は最小限の外出しかしていない。
 正樹を愛しているから、自分がいない間に正樹に何かあったならと考えるのが恐ろしい。
 そんなことを考えて不安になる自分に、いつも苦笑を浮かべてしまうけれど。
 あれを死なせたいわけではない俺にとっては、今は何よりも正樹を優先しているところだった。
 だからだろうか、そんな思いなど知らぬ正樹の調教が、一向に進まぬことには苛立つが募る。
 いっそのこと、薬を使うのも手かもしれないが、下手に効き過ぎて誰にでも尻を振る淫乱になっても困るし。
 そんなことを思いながらドアを開ければ、水滴が滴った身体を拭いていた正樹が、明らかに怯えの表情を見せた。
 慌てたように跪き、最初に教えたように三つ指をついての出迎えだ。
「いらっしゃいませ、淫乱メス奴隷正樹の小屋にようこそいらっしゃいました、ご主人さま」
 最初はつかえていた台詞も、今はすらすらと出てくる。
 けれど、これは単なる繰り返し続けた賜だ。
 心底、そう思っているわけではない。
 それこそ、冬吾の奴隷のように、主人にあったら幸せそうな笑みを浮かべるぐらいにならないと。脳裏に過ぎったあの奴隷の姿に、早く正樹もそうしたくて堪らない。
「おい、そこの壁に手をついて、尻を出せ」
 とたんに不安げな表情が、一気に歪んだけれど、「はい、ご主人さま」と殊勝に返し、壁に手を突いて尻を突き出した。この従順さは調教の賜だが、そろそろ次へと進みたい。
 俺は、この世界に入ったときから揃えている鞭のコレクションを見ながら手を惑わせ、最終的に選んだそれを、正樹の目の前に差し出した。
 とたんに、正樹の顔から一気に血の気が失せて、ガクガクと痙攣するかのように震えだした。
「懐かしいだろう?」
 俺の持つ鞭の中でも、ダメージがもっとも大きなそれを、正樹は恐怖の面持ちで見つめていた。
 最初の時は骨にヒビが入って倶楽部専属の医師と診療機材の出張を頼むハメになったほどの代物で、正樹が一番怖がるのがこれでの罰だ。
 だが同時に、正樹の身体に一番きれいな痕を残すのもこの鞭なのだ。
「何を怯えている、ん? これで鞭打たれるのが大好きだもんなあ、おい」
「は、い……」
 明らかな嘘が混じる声音に、俺は込み上げる苛立ちを露わにした。
「マゾなおまえは、これが大のお気に入りだからな。うれしいだろう?」
 それが伝わったのか、正樹が恐怖でしかない怯えの中で、それでもカクカクと頷いた。
「う、れ、しい、です、ご主人さま」
 だったら、期待に添ってやらねえとな。
 口の中で呟いただけのそれは、けれど、正樹は感づいたようでさらに震えながらも、諦めたように壁へと向かって頭を垂れる。
 その背に走る無数の痕は、今まだ赤いものから、黄色く変色したもの、さらには白い筋上に微かに残る傷跡と、いろいろなものが混じっていた。
 それは肩甲骨が動くと妖しく蠢き、白いキャンパスの上で生きているように見えた。
 腰から尻にも、敏感な内股や、脇の下、ふくらはぎに走る真新しい傷。
 顔にも残る傷は、もう少しで消えてしまうだろう。
 タトゥなんて無粋なものより、正樹の身体にはこれらの鞭痕がよく似合う。
 けれど、やはり一番似合うのは、真っ赤に爆ぜたその瞬間の色。
 それこそ、その色を見ただけで、俺の股間は一気に膨張し、危うく暴発してしまいそうなほどの妖艶さなのだから。
 そんなことを思い出して、俺は手の中の鞭の柄をぎゅうと握りしめた。
 だからこそ、俺はこいつを手放さない。
 絶対に俺だけのものにしてみせる。
 だから、早く。
 俺は手を伸ばして、正樹の陰茎を戒める枷を貞操帯パンツごと手早く外した。
 両脇のロックを外せば、パサリと落ちる簡易な構造は、外すのも容易い。
「今日の罰は、淫乱なてめぇが大好きな鞭で達くまでだ。射精しても良いぜ、特別に許可してやろう」
 久しぶりの解放感にぷるりと震えた可愛いチンポ。
 だが、その解放感を与えてやったにもかかわらず、正樹は礼も言わずに、呆然と俺を見返してきた。
 その顔色は、すでに白いと言っても良いほどになっている。
「……達く……まで……?」
 ぽつっと呟く言葉は無意識だったのだろう。本来なら、俺の言葉に異を唱えるようなそれは厳罰ものだったが。
「ああ、そうだ。簡単なことだろう、達けば良いんだ。尻で俺のを上手そうに銜えたときみたいに、ヒイヒイ喚きながら、白目を剥いてあへ顔を晒せば良いんだ。それか、そのブラブラ垂れ下がってるメス犬のクリよりでかいそれで白いもんでも噴き出すか、どっちかだな」
 奴隷が自由に達くなんか、最上級の褒美だが、まずはその快感を教え込まないと先へとは進まない。
「まあ、今回は特別大出血サービスで、触っても良いぜ。ただし、俺が煽られるぐらい厭らしく尻を振りながら、卑猥な言葉を上げ続けろ」
 マジで大出血サービスだというのに、返事はない。
 まあ、それならそれで罰が追加されるだけ。鞭打ちの回数がうなぎ登りに増えるだけだ。
 そう考えながら、まずは一発と腕を振り上げて。
 勢いよく、その背に振り下ろした。


「がっ、あっ、あっ……っ」
 打ち下ろした背に、くっきりと赤い線が走る。弾けた皮膚はすぐに血を滲ませ、崩れ落ちた身体から床へと滴り落ちていった。
 その背に、次の一打を浴びせれば、もう悲鳴もなく、びくんと震えて硬直する。
 ピシャリと跳ねた滴が頬に触れ、手の甲で拭えば薄く赤い染みが広がった。
「どうした? さっさと達けば、罰は終わらせてやると言ってるんだ、さっさと達けば良いじゃねえか」
 萎えたペニスを握りしめた手は、さっきから何度もきついほどにペニスを扱いているのは知っている。
 けれど、萎えたままのそれは射精どころか、勃起すらも難しいらしい。
 代わりのように溢れ落ちる涙と鼻水は、床に幾つもの液だまりを作り、哀れな奴隷に流れる血と混じっていた。
 乳白色のリノリウムにその薄いピンクはよく映えて、俺の際限のない征服欲、嗜虐欲をより一層高めてくれる。
 今は革に包まれた俺の股間は、さっさと解放しろとばかりにいきり立っているが、まだまだ出番はないのだが、そんなふうにそれを我慢するのも楽しかったりする。
 そんな話を昔冬吾としたときに、サドは潜在的なマゾだと思うな、と言われたけれど、確かにそういうところもあるだろう。
 最高に楽しむためなら、奴隷への責めを最優先して、自分には必要以上の我慢を強いるのも、楽しくて仕方がないのだから。
 そう、こんなふうに待ち続けるのは悪くない。
「ああ、そうか。てめぇは鞭が好きなどエムだからなあ、達きたくないわけだ」
「い、ちが……、ごめん……さぃ……イき、たぃ……イく…………っ」
 小さく呟く声とともに止まっていた手が動き出す。ヌルヌルと滑りの良い肉はまだまだ細く、柔らかい。
 それは痛みだけのせいではないと、俺は踏んでいた。
 だから、可愛い奴隷のランクアップのために、一つ手助けしてやることにする。
「は、ん、さっきから見せつけてるてめぇの尻穴が、物欲しそうにずっとパクついてやがるぜ。しょうがねえなあ、優しいご主人さまとしては、おやつでも喰らわしてやろうかなぁ」
 コツコツと革靴の底が鳴らす足音に、虚ろな視線が追ってくる。それに見せつけるように、ずんぐりと図太いペニス型のバイブを取り上げて、ぺろりとその亀頭部を舐め上げた。とたんに、正樹の瞳が揺らいだのは、浮かんだ涙のせいではないはずだ。
 俺はほくそ笑みながら、正樹の元に戻り、唾液でしか濡れていないそれで、正樹の尻の狭間をつつつっと辿っていった。
「ん……」
 やはり、てきめんに反応した身体が、物欲しそうに離れたそれを追いかける。
 再度、アナルの縁を突くようにしていれば、ヒクヒクとおちょぼ口が震えて飲み込もうとしてきた。
「欲しいか、これが? てめぇは前立腺を突いてやればすぐに達くからなあ、こんなもん使ったら、せっかくの楽しい鞭がもらえなくなるか。ああ、やっぱり止めとくか」
 残念そうに呟いて、腰を上げようとしたその瞬間。
 弱々しく伸びた指が、俺の靴先に触れてきた。
「は、あぁ、汚ねぇ指で触るなっ言いたいところだが、何だ、何か言いたいところでもあるのかよ」
 優しい主人の仮面を被って問えば、きゅっと引き絞られた涎まみれの唇に深く白い歯が食い込んだ。けれど、それは一瞬で、すぐに赤い舌が覗いて。
「欲しい、です……、い、んらんな……奴隷、は……チンポ玩具で……遊び、たい……です」
「ほ、お……玩具ねえ、毎日いろんな玩具で遊んでいるが、てめぇが特にお気に入りにしてるやつのことか? えーと、どれだっけぇ?」
 白々しく、わざとらしく。
 正樹の矜持を砕くように、言葉を追加させる。
「ふ、太いの……その、び、バイブ……が、良い……、欲しい、あぁ」
 手を伸ばし、俺が持っているのに触れようとするのを制止して。
「違うだろ、好きすぎててめぇが付けた名前があるだろ、こいつには」
 毎日自分でアナルを解すときに使うバイブに名前を付けさせたら、おもしろい名前を付けてくれた。まあ、俺が気に入る名前にしろと言ったからだろうけれど。
「……あ、暴れん坊、キ、ング……コブラのこぶこぶおチンポ、くん……つ、使わせて、くださいませ……」
「なんだそりゃあ、ったく変な名前を付けるやつだぜ、この変態野郎が。しかもいやらしいやつだな、こんな図太いもんで遊びたいなんてよお」
 伸びる手を数度交わしてから、『暴れん坊キングコブラのこぶこぶおチンポ』くんを渡してやれば、待っていたかのように尻穴を広げてそれをずぶずぶと押し込んだ。それはもう、俺が静止する間もないほどに早かった。
「おーおー、ずいぶんと飢えてたみたいだなあ、そんなに欲しかったのかよ』
 さすがに叱責より先に呆れてしまう。
 唾液でしか濡れていなくても、入れ慣れているそれは容易く奥まで飲み込めたようで、うさぎの尻尾のように短く残りが飛び出ているだけだ。それをすぐに動かそうとするから、急いで立ち上がり、素早く鞭を振り下ろした。
 手のひらに伝わる反動に、正樹のくぐもった悲鳴が心地よく響く。
 ひくつくバイブの横に、きれいに入った痕は、咄嗟に打ったとしては上出来だ。
「ほらぁ、達けぇよ、メス奴隷らしく、メス達きしてみろっ、ほらほらほらっ」
「ぎゃ、あっ、ああっ、ぎああっ」
 パシーン、パン、パシーッ。
 立て続けに左右に振るって、背に腰に腕に痕を残す。
 軽く打っただけだが、先日できた傷のかさぶたが剥がれ、弱い皮膚が剥がれて血が噴き出していた。
 右の腰骨の下から尻タブの膨らみに沿って流れる筋に、さらに大きく振りかぶった鞭を、叩き付ける。
「がっ!」
 反動で血の滴が幾つも跳ねた。
 傷を抉って新たな鞭痕を作った鞭で、再度同じところに叩き付ける。
「ひぎぃぃ──っ、いっ、いっ……」
 びくんと大きく震えた身体が、強い力で尻タブを引き寄せる。きゅっとえくぼを作るほどに締め付けられたそこは、太いバイブが卑猥に覗く場所だ。
 断末魔のように跳ねた身体が、大きく震えた。
 見開いた瞳が、どこともつかぬ空間を見据え、呆けたように開いた口から、だらりと舌が落ちた。
 意識などはるか彼方に飛んだように意味不明な音を鳴らすだけなのに、下肢だけがぴくんぴくんと痙攣している。
 さらに深く、けれどまだ皮膚までに留まっている傷は、それでもダラダラと血を溢れさせていた。
 だがそれ以外に、その腰回り、特にペニスから前方に飛び散った、粘液でも血でも汗でもない、独特の白く濃い塊が幾つもプルプルと震えていた。
 濃厚な、一カ月射精していない、童貞ザーメンが、あっちこっちに飛び散っていたのだ。
 さらに、ぽたっと新たな精液が仲間に加わった。
 どうやら、痛みに力が入るたびに締め付けて、何度も何度も達っているようで。
 連続絶頂を繰り返す正樹の顔は弛緩して、白目を剥いていた。
 そう、俺が要求したとおり、白目を剥いてあへ顔を晒してるのだ、こいつは。
 そんなすばらしい状況に、俺は思わず。
「達ったかっ、思いっきりぶっ叩いてやったのに、達ったかっ!」
 あまりの喜びに、年甲斐もなく歓喜の声を上げて、両手を挙げて雄叫びを上げてしまっていた。