「丹羽の暴走」最後で、病院で三枝達が病室に現れる前、再会した彼らの会話、です。
「何でいる?」
鈴木の連絡に急ぎ駆けつけた病院で、院長である親父に、敬一の担当医だと紹介された内科医師と会った瞬間、そんな言葉が吐いて出た。
性質的に似たもの親子と言う認識はある親父のしたり顔がイヤらしく、院長室から蹴り出すように追い出して、再度向き合う。
はっきり言って、敬一のことはこの時点で完全に頭から吹っ飛びかけていた。聞こうと思ったが、担当医がここで悠長にしている時点で、危機は脱しているということにもなると考え、まずは最大の疑問を口にした。
「何やってんだよ、お前は」
あの家から出ていって1年くらいは経っただろうか。
他の病院でさらに研修すると言っていたから、もう戻ってくることはないだろうと思っていたのに。
「内科医の募集をしていると院長に声をかけていただいて。条件も良かったので、またお世話になることにしました」
挨拶の代わりのように軽く頭を下げたそいつ、皆堂聡を三枝はじろりと睨み付けた。
「いつからだ、ここに来たのは」
「引っ越しは二週間前に」
「この近くか?」
「院長宅の離れが空いているからと薦められて」
「……」
あまりのことに言葉が出てこない。
そう言えばここのところバタバタしてて、実家に顔を出していなかった、と思い返す。
「あぁ……、離れはそれ、家政夫が住んでたはずだが……」
「純さんなら、引っ越したときには母屋に部屋がありました。院長の私室の隣でした」
「ああ、そう……」
住み込み家政夫兼親父の奴隷はどうやら愛人に昇格していたらしい。どうりでいつもと扱いが違うと思っていたのだが。
母屋に住まわせるほど気に入っていたとは知らなかった。
三枝は、自分とさして年の変わらぬ彼の顔を思い出して、深いため息を吐いた。
自分が充実しているから息子も充実させようと、そんな単純思考をしてくれるところがあの親父にはあって、その結果がこの状況なのだろう。
というか、再三実家に住めとは言われてはいたのだ。
「病院で働き始めたのは一週間前です」
さらりと言ってのけた皆堂にも、判って黙っていやがった親父にも、無性に腹が立ってきた。
三枝が勤める外科病棟と、皆堂がいる内科病棟は棟が違っていて、故意に避けられると会えないのは当たり前。
何より、皆堂を餌にした親父の魂胆が容易に想像できたのがまた腹立たしい。
内心舌打ちをして、手を伸ばしてその襟首をひっつかんだ。
「で、俺の前に現れたってことは、俺のモノになるってことだったよな」
あの別れの日、三枝が言った言葉をこの皆堂が忘れているとは思えなかった。
低価格の家賃を餌に捕らえ、落とされた奴隷からの解放に、喜んでいたの皆堂に伝えた言葉を。
「もし再会したら、今度は永久に俺の奴隷にしてやる、でしたね」
襟首を締められて眉間を強く寄せながらも、皆堂は正しくその言葉を口にした。
「はっ、判ってここに来たってのか?」
「そうですよ」
さらりと返され、言葉に詰まる。
マジマジと、あの気に入ったときと同じような無表情な顔を眺めてしまう。
ああ、このエリート然とした顔を無様に歪めてやりたいと思ったのだ。
羞恥と恥辱に紅潮させ、制御できない快楽地獄に引きずり込み、淫らに男を誘うような淫乱に仕立ててやると。
「あんなに嫌がってたじゃないか……」
押さえつけられ処女を奪われた瞬間、涙を流して嗚咽を漏らしていた。反抗的な態度が多くて、背中や尻にはいつもスパンキングの跡があり、淫らな格好で病院に勤務させたことも一度や二度ではない。
実家に連れて行き、親父に向かって足を開かせ誘うように言ったときには、暴れて拒絶するから、結局、縄で縛って二輪差しでお仕置きした。
あれ以来、院長もたまに遊んでいたはずだ。
あの後から、飼い主以外に尻振った罰だって、射精禁止のリングを常時付けさせるようになった。
それを思い出し、視線がそろりと白衣の上を辿る。出て行くときには付けさせたままだったあれらは、さすがに外しているだろうか。
「見ますか」
三枝の視線に気がついたのか、皆堂がしっかりと閉めていた白衣のボタンを外し始める。
一つ、二つ。
「血は争えませんね。院長も再会したとき同様の目線を向けて来られました」
「うっ」
確かに性的な質は似ているとは思うが、だからといってそれを指摘されるのは嫌悪でしかない。
判っての挑発に乗るのも癪で、睨みつけるだけにしていたが。
皆堂の白衣が床に落ちた途端に、カアッと全身に熱塊が暴れまわった。
「お前……」
長い白衣が隠していた淫らな姿に、三枝の息が上がる。あの頃の光景が再現したように、意識が引きずられる。
皆堂は、ズボンからペニスを剥き出しにしたまま、白衣で隠していたのだ。それは完全に勃起していて、あの時付けた尿道を貫くリングピアスもそこに残っていた。
血管の浮き出るペニスに絡むベルトも、あのときのままだ。
勃起が前に突き出さないようにか、リングピアスから伸びた鎖がベルトの金具に絡みついていた。
「院長が……」
見せて興奮したのか、欲情に満ちた甘い声音が耳を侵す。
「あなたと再会する時にこの格好をしろ、と」
見られているというだけで、鈴口に浮き上がる滴が、じわりと亀頭周りに垂れていく。皆堂が熱い吐息がこぼし、その腰が緩やかに動き、止まらない。
「昔のように、あなたに恥ずべき姿を自ら晒せ、と」
そうだ、前にもこんな格好をさせたことがある。休日の病棟を、白衣の下にこんな感じの格好をさせて何度も巡回させた。あの時は枷はしていなかったっけ。
「思い出して興奮しているのか?」
患者に何度も話かけられ時間をかけて戻ってきた時には、そこは匂い立つほどに粘液まみれになっていて、尻を叩いた途端にか細い嬌声を上げながら、精液をぶちまけたあの時のことを。
図星なのか、皆堂は何も言わずに視線を逸らした。
もっともこんな風になるまで徹底的に躾たのだから当然だ。
「親父もいい加減悪趣味だな。もう掘られたか?」
外せぬ視線の先で、濡れたペニスが揺れている。
「いいえ」
「へぇ? けど、何もされなかったってわけじゃないだろう?」
「目の前で純さんとのセックスを見せつけられたくらいですよ。今日の命令以外は。ただ、あなたに捨てられたなら、飼ってやると言われています」
「ああ……」
親が尻振る姿など、見たくもない三枝が家を出たのも、それが原因だ。
そのために実家に住めと言われても、他人の充実生活を見せられるなんてまっぴらごめんとばかりに逃げ出していたが。
「毎日目の前でやられちゃ毒みたいなものだったろう? その度にオナッてたのか?」
視線で勃起する淫乱な身体は、そんな状況ならば、涎を垂らして欲しがったはずだ。
容易に想像できたその姿に、けれど皆堂は首を横に振っていた。
「へぇ、やっていないのか?」
「はい」
はっきりと頷く様に、信じられないと目を見開くが、皆堂は薄く微笑み色に染まった眼差しを向けてきた。
「あそこに引っ越してからしていません。だって……、許可、されていない、です……あなたに……」
「お前……」
呆然と、けれどその言葉は当然でもあって。
「ああそうだな。主人の許可なく触れることは許されない」
「はい」
コクリと頷く姿は、以前の奴隷の時以上に奴隷らしく従順だ。
会話の合間にも腰の動きは淫らさを増し、その瞳に浮かぶ餓えがあからさまに向けられる。
そんな仕草を見せられて、知らず舌舐めずりすれば、ゴクリと喉を鳴らしている。
「あれだけ反抗心ばっかりだったお前の言葉とも思えんな。ああ、離れて判ったのか? 俺無しじゃいられないって」
「はい」
呆れたように口した問いに間髪を容れず返した皆堂が、どんなに餓えた日々を過ごしてきたか、三枝には容易に想像できた。
解放のしばらく前には、感情の浮かばぬ表情でいながら、性を匂わすものがあれば明らかに欲情を示していた。嫌だと言いながら身体は拒まず、理性をあっという間に飛ばしてよがりまくっていた。
ケツに触れれば身悶えて、チンポを入れれば離さないとばかりに締め付け味わい尽くそうとする。
すっかり淫乱になった身体は男無しでは日が過ぎないほどになっていて、それだけなら調教は成功していたのだ。
ただ、こいつの精神はいつまでも完全には墜ちなかったのだ。
男を喰らいながら、命令には嫌がり、拒絶し、嬌声を上げながらも逆らい、刃向かう。
それも、それが闇雲だったのは最初の半年ほどだったろうか。その内に許されるギリギリを計算するようになった。それは、高度な駆け引きめいていて、三枝も決して油断はしないようにしたけれど、それでも騙されることがあったほどだ。
腹立たしいことこの上なかったこともあったが、そんな駆け引きも意外に楽しく、しかもばれたときのお仕置きネタを考える愉快さもあって、それはそれで気に入っていたのも事実で。
引っ越しの日に、皆堂にしては珍しい笑みを見せて、晴れ晴れとした表情で出て行き二度と振り返らなかったあの時、悔しく見送ったものだった。
その皆堂が、ここにいる。
「俺の奴隷になりたいのか? まあ、俺が不要と言っても親父が飼ってくれるだろうが」
手を伸ばせば、ピクリと震える。
頬が朱に染まり、潤んだ瞳がずっと三枝の手を追っている。
「あの言葉は、ぅ、嘘、でしたか? 俺は、いりませんか?」
上擦った声音が、皆堂の珍しい緊張を教えてくれた。
それに引きずられたかのように、息が上がる。
「嘘じゃぁ、ないな」
勃起に触れれば目の前の顔が、眉間に深いシワを刻み、熱い吐息が頬に触れた。
手の中のそれがピクピクと震える。手のひらに感じるのは熱とねっとりとした液体だ。一気に増えた粘液をゆっくり塗り広げ、親指で鈴口のピアスをこねくり回してやれば吐息が荒くなり、ぐらりと身体が倒れてくる。
「さえぐさ、さん……」
服越しに伝わる熱はたいそう熱かった。
「はは、やらしい、な……」
手になじむペニス、立ち上る淫臭、腕の中に感じる熱に記憶が甦る。柔らかな肉を喰む金属の堅さも変わらない。
「いいさ、達けよ。ひぃひぃ喚きながら噴き上げろよ」
触感を確かめながら枷のロックを探る。忙しない吐息を耳に感じながら、慣れ親しんだそれを指先で外した途端。
「あ、ぁあ」
喘ぐような声が艶めかしく響き、三枝の脳髄にまで甘く響いた。手の甲に熱い液体がネトリと絡みつき、その刺激にブルリと全身が震え、噛み締めた歯の奥から空気が漏れた。
ズシリと重みが肩に乗る。
それを支えながら、さて次は何を、と仄暗い愉悦と性欲が膨れ上がっていた、その時。
突然鳴り始めたアラーム音に、二人揃って硬直する。
「特別室のバイタルモニターです……」
スマフォによく似たパネルからのアラート連絡だと、皆堂の濡れた瞳から欲が消えた。
「敬一くんか?」
「……目覚めたようです」
特別治療室にいる敬一の元には、院長、三枝、そして担当医しか赴けない。看護士も立ち入らせず、世話は鈴木がする事になっていた。
そのため、あの部屋には様々な設備があって、これもその内の一つだった。
ふと目に入った壁の時計を確認すれば、いつの間にか時間が経っていて、三枝は深く深く嘆息した。
「まずは仕事だ」
「はい」
手早く衣服を整え、汚れを拭き取って。
先に皆堂がドアへと向かっていく。その後ろ姿に、先までの欲情は見られない。
真面目で、仕事優先の皆堂は、前と変わらない。すっかり医師の姿が板に付いた皆堂が、あんな淫らな身体を持っているなど、誰も気付きやしないだろう。
それを知っていることへの優越感と、それを乱させる行為への期待値の高さ、それに加えて三枝の嗜虐心を満足させる身体を苛める楽しさが入り混じる。
しかも、手ずから育て上げた奴隷が自ら戻ってきたのだ。
ドアが閉まる前にその傍らに追いつき、耳元に近付いて、言い忘れていた言葉を吹き込む。
「今日は、実家に行く。準備して待ってろ」
互いの動きが止まり、視線がかち合って、皆堂が小さく喉を鳴らした。
「返事は?」
「……はい」
視線を逸らしながらの確かな了承の応えに、三枝は笑い返す。
敬一は元々鈴木が見つけてきたもので、珍しく気に入っているようだったから、いつかは使えなくなるのは目に見えていた。このタイミングで戻ってきたお気に入りの奴隷に、三枝の気分は最高に良かった。
親父の策略にのってしまった感はあるけれど、いつかは戻らなくてはならないことは判っていた。けれど、今は確かに戻るメリットがある。
「あの離れは、奴隷を飼うための部屋なんだよな」
三枝の質を解放できる数少ない場所でもあって、確かに皆堂で使ってみたいものもいろいろとあるのだ。
病室に向かう皆堂は完全に医師の顔をしているくせに、耳朶を朱に染めて視線を逸らす様は、あまりにも扇情的なもので。
この場で押し倒したかったけれど、悔しいことに我慢するしかなかった。
【了】