【檻の家 -奴隷宣言】(2)

【檻の家 -奴隷宣言】(2)

 敬一に課せられたルールはまだあった。
 休日の前の夜の食事が終われば、鈴木がもう良いと許可しない限り彼に何一つ逆らわないのもその一つ。
 従順であればあるほど、その鈴木の要求が激しくなると判っていても、逆らえば与えられる手酷い罰は、もっと敬一を苦しめる。
 鈴木から与えられる触れるだけの口づけは、すぐに深くなる。
 リビングのソファの背もたれに押しつけられ、口内全てを嬲る舌に翻弄され、湧き起こる疼きに喉の奥を鳴らす。
 嫌だ──と思ったのは束の間で、その卑猥な動きに身体が急速に熱くなり、淫らな喘ぎが喉を焼いて通りすぎた。間近で香る鈴木の匂いにくらりと目眩がする。
 その酩酊の中、カチリと頭の奥底でスイッチが切り替わったように感じた。逆らっても無駄だと、理性が諦めた音。
 定められたルールの時間だと、時計よりも、心よりも、身体が反応する。
 嫌悪も屈辱も後悔も、意識の奥底に追いやられる。正気に戻れば後悔するはずなのに、精神も身体も支配された敬一には、鈴木の巧みな性技に抗う術も無い。
「三日間、寂しかったでしょう?」
「あっ……んむっ……」
 頬に触れた唇が蠢いて、囁く言葉は揶揄を含んでいた。
 週に何日かある鈴木不在の間は、洗浄はするけれど自慰は禁止されている。当然射精も禁止だ。もっとも、せっかく鈴木がいないのに、わざわざ自ら淫猥な遊技に浸る理由も無くて。それよりも鈴木がいない開放感に、その僅かな期間を無駄にしないようにゆったりと過ごせていた筈なのに。
 餓えていた。
 溢れ出した熱は全身を敏感にし、激しい餓えを自覚させる。
「ふっ……くぅ……」
 ビチャビチャと耳をも犯す音の合間に漏れ聞こえる声は、堪えきれない嬌声だと、誰が聞いても思うだろう。
 淫らな喘ぎ声が止まらないほどに、口づけ一つに翻弄される。
 くちゅ……と唾液の糸を引いて鈴木が離れて。
「あ……」
 ぼんやりとそれを追いかけ、止まった唇に自分のそれを押しつける。
 下肢に力が入らない。疼く股間がもどかしく、手を伸ばして鈴木に縋り付いて腰を押しつけた。
「イヤらしい……もう濡れていますよ」
「あひっ」
 鈴木の手に強く握られて、快感とも痛みともつかぬ刺激に背筋が跳ねる。けれどすぐに敬一はその手に腰を押しつけていた。
 出てしまう。
 これ以上刺激されたら、望まぬ射精をしてしまう。判っていても、その手が与える刺激が欲しくて、擦り寄せる。
「淫乱な子ですね。触れただけで今にも爆発しそうですねぇ、たっぷりと溜めているのが判りますよ」
 作務衣の生地の上からの刺激に、ひくりと全身が震え、暴発しそうな身体を必死で堪えた。からかう鈴木の次の言葉が何かなんて、聞くより先に判ってしまっていたから。
「ふふっ、良い子。ダメですよ、まだ達ったら」
「い、あ……イキた……い。達かせて……」
 我慢しなくては、と思うと、余計に達きたい。達きたくて堪らなくなる。
「ダメですって。今から達っていたら保ちませんよ、ほんとうに淫乱なんだからねぇ」
 キスだけで欲に狂う。キスだけで達く身体だに、気が付けばそうなっていた。そうなるように、あの一年間に躾けられていたのだ。四人の男達の手によって、それぞれに違う行為を教え込まれた身体は、もう女を抱くとこはできない。そんなことでは満足しなくて、揶揄されても、我慢を強いられても、僅かな情けにも呆気なく勃起し、達きまくる。
「あ、やっ……ひっ……」
「泣いているのですか? 可愛いですねぇ、でも我慢しなさいね」
 少し驚いたように、揶揄を含んだ声音が一転して優しくなる。頭を撫でられ、その先の首筋まで指先が這う。緩い作務衣の袷から見える肌を辿る指先は意地悪で、触れるか触れないかの刺激に、ざわざわとむず痒い感触に身震いした。
 だけど、急に優しくなった言葉となかなか進まない行為に違和感を感じる。
 快楽に溺れた敬一でも判る違和感に、不安と、けれど、僅かな期待を感じながら、朦朧とした視線を鈴木に向けて、敬一はぎくりと硬直した。
「す、ずき……さん……」
 鈴木は微笑んで敬一を見ていた。
 初めて会った時と同じく親切心いっぱいの優しい笑みは、鈴木の悪辣さを隠す仮面なのだと敬一はもう知っている。その笑みから、敬一は目が離せなかった。蛇に睨まれたカエルのように、全身が総毛立ち、縋ったままの指は外れない。逃げることもできずに、捕食者である相手に自ら身体を投げ出して、その牙が剥くのを待つだけの贄だ。
「本当に敬一くんはすっかり淫乱に成り果てましたね。普段はとっても頑張って仕事をしているのに、一皮剥けば、こんなにも淫らでイヤらしいメス豚ですものね。尻を振って、オスのチンポを銜えたくて銜えたくてしようがないんでしょう?」
 微笑みの中で蔑みを露わにした声音は、冷水を浴びたかのように熱を奪った。いつもはこんな敬一の淫乱さを暴き立てて、楽しんでいたのに。
 一度の優しい言葉があったからこそ、その落差をまざまざと感じて、底冷えがするほどに身体が震える。
「もうこんなに涎を垂らして、服を濡らしてしまって」
 股間に触れた指が、鈴口の先にあたる生地を弾く。
「ぐ、ひっ」
 喉と鼻で泣くほどの刺激に腰が引ける。貼り付いていた生地はねとりと濡れた感触を残して剥がれ、緩い衣服の下でペニスが踊った。
「ふふっ、やはりメス豚ですねぇ、啼き声がそのまんまですよ。ねぇ?」
 ああ、これは……。
 確認のような問いかけに、ようやく気が付く。
 鈴木は、何かを企んでいる。明日から四日間、敬一で遊ぶためのこれはそのためのきっかけ、導入口。
 対応を間違えれば、鈴木の機嫌を損ねてしまい、休むことのない陵辱を受けるだろう。
「……ぶ……ひっ……」
「ふふ、可愛いですよ」
 豚の鳴き真似をすれば、敬一が楽しそうに笑った。
「メス豚に服は要りませんね。こんなもの邪魔でしょう、脱いでしまいなさい」
 作務衣に鈴木の手がかかる。腰の紐だけで止まっていたそれは、呆気なく解かれ、床に落とされた。ズボン側も緩いゴムだ。ずるりと下ろされ、肌を晒される。
 作務衣の下には何も付けていなかった。素肌に直接着る作務衣は、この家の中で過ごすときに許された敬一の唯一の服だ。犯しやすいという理由で決められただけのそれでも、拒絶されれば、敬一が着るべき服は何も無い。
 身を守るには柔なそれでも、何も無くなれば心許ない。
 鈴木の態度の変化に、貪欲に欲を喰らうには冷めてしまった精神が、今の状況に怯えてしまう。自分の身体のたくさんある性感帯を全てを知り尽くした鈴木の目の前に、それらを全て晒すのは、恐怖が募った。
 いつものように快感に溺れている最中ならば平気なことが、今は怖い。
「な、に……?」
 恐怖に思わず零した問いかけに、鈴木の片眉が上がった。
「おや、今豚が人の言葉を喋ったように聞こえましたが……」
 わざとらしい物言いに、開いた口をとっさに閉じた。
 鈴木の指先が、敬一の唇に触れる。そっと左右に動き、頬に移動して顎を捉えて。
「豚は、言葉を喋らないから……気のせいですね」
 ああ、これは……。
 敬一の顔が歪むのを楽しげに見つめる鈴木に、確信した。
 豚は喋らない、つまり言葉を封じ込められたのだ。いつまでか判らない。鈴木が敬一を人として認めるまで、敬一は喋ってはならない。
 そして「豚」というものが、どんなものなのか。
 それに連想された様々な想像の恐ろしさの根源にあるのは、豚は獣、畜生であって、人ではないということ。そんなモノに、鈴木が何をするというのか。
 その想像に、ガクガクと全身が総毛立ち震えた。
 そんな敬一の身体を床に下ろし、抗うこともできない敬一の背中を押して四つん這いにして。
「メス豚は四足歩行が普通ですし、椅子なんか使いませんものね」
 髪を掴まれ、その身体を引きずり中庭へと向かう。
 リビングから直接出られる六畳間ほどの中庭は四角い家の中央にあって、芝生のごくごく小さな築山と紅葉の木に飾り石と木塀で小さな日本庭園を模していた。上は吹き抜けで、空には星が見えている。
 リビングだけでなく、また一階だけでなく二階のいろいろな部屋からも見えるように作られているここは、鈴木が好んで使う場所だけど、声が外部まで漏れそうな吹き抜けに、敬一がするのを嫌がる場所でもあった。
 そこに引きずり出されて、ようやく手を離されて、四つん這いのままで顔だけ上げて鈴木を見上げる。敬一を高い位置から見下ろす鈴木の顔は、二階の高さにある中庭用の照明のせいで逆光になって良く見えなかった。
 けれど、何か得たいの知れないことをされそうで、ずりっと知らず身体が後ずさる。
 そこにあるのは、確かな恐怖だ。
 中庭で犯されたこともあるけれど、こんなシチュエーションで連れ出されたことはなかった。
「メス豚にも仕事がありますよね」
 そんな敬一の疑問に答えるように、鈴木が話し始める。
「肉を得るためにたくさんの仔を孕み、産むという仕事が」
 確かにそうだけど。
 一体鈴木が何を言いたいのか判らなくて、見えない顔を見つめる。
「まずは、種づけをしませんとね」
 ああ、なんだ。
 種づけ──すなわち交尾として、ここで犯られまくるのだろう。
 少し変わったシチュエーションだけど、それならばいつもと変わらない。ただ、しゃべれないし四つん這いの姿勢を崩さなければ良いのだろう。
 ようやく納得できた敬一が、ほっと安堵の吐息を吐いたと同時に、鈴木が傍らに跪いた。
「いっぱい子豚を産むことができたら、たくさんご褒美を上げますからね」
 囁かれた言葉に、こくりと頷く。
 ここは嫌だけど、何かを疑問に思うより犯されながら欲望の赴くままに欲せれば、鈴木は早く満足する。それが、一番敬一の身体にとって楽なことだったのだ。

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