【檻の家 -以心伝心-】(後編)

【檻の家 -以心伝心-】(後編)

「んっ……んくっ」
 押し殺した声が、狭い店内に響く。
 せめて声くらい我慢したいのに、乳首から湧き起こる悦楽に、声帯が勝手に震えた。
 じっとしていられなくて、身体が揺らぐ。けれど、意識し始めてから忘れることのできない背後からの喧噪に、必死になって背筋に力を込めた。
 外からはシャツを羽織った青年が、目の前の店員と話をしているように見えるだろう。けれど、そんな敬一の前面は、淫らな一言に尽きるものだ。
 その指が、シャツのボタンは全て外したのは30分以上も前のことだ。
 羞恥に肌を染めながら、震える手で自ら中のTシャツをまくり上げて、下端を口に銜えて。
 病気のように朱色の斑点をあちこちに散らした身体を、鈴木に晒す。
 躊躇を許さない視線に促され、触れるだけで痛いほどの快感を伝える乳首に、指を伸ばした。
 己の乳首に飾られたピアスから視線を外すように天井に向けて、指先に感じる体温と同じ異物に、Tシャツを噛み締める。
「似合いますね、イヤらしい身体に咲く花」
 けれど、鈴木が容赦なくその存在を教えてくれる。
 敬一の適度に日焼けした肌の、常ならば小さな粒が二つあるだけの胸に、今は白銀色の花が咲いていた。
 左右に一つずつあるそれは、小さな花弁をたくさん持つ二重の菊の花だ。白銀の花弁は透かしが入っており、下側にある赤く熟し切った色が白銀に滲んでいた。
 花弁は一枚一枚が違う開き方をしていて、特に内側の花弁はどれもが開ききっておらず、その先を雌しべに模した乳首に向けている。否──向けているだけでなく、その鋭い先端がいくつも肉に食い込んでいるのだ。
 ちくちくとした刺激が、疼きに変わったのは付けられてすぐだった。
 僅かな動きで内側の花弁はその位置を変える。そのせいで、刺激は常に場所を変えて、敬一を慣れさせない。
 昼夜を問わない刺激に晒されて、乳首は前よりもさらにイヤらしい色に染まり、大きく育っていく。敏感さも前にも増して強くなり、今でも触れただけで背筋を電流が走り抜けるようになっていた。
 そんな乳首を、自ら弄る。
 時に潰し、時に捻り。
 各々二本の指で、弄り続ける。
 びくんびくんと背が震える。
 甘い疼きは絶え間なく下肢を襲い、張り詰めたペニスに血を集めて、絶え間なく射精感を与えた。
 もう止まってしまったバイブは、その大きさだけで性器となったアナルには十分刺激を与える。
 乳首を弄ればアナルを締め付け、動かないそれを焦れったくすら感じて。
 意識しないと揺らぐ身体は、まるで男を誘う踊りのようだと自覚しているのに止められない。
 鈴木が飽きるその時まで、敬一は先の見えない快感の渦の中に陥りながら、それでも手を動かし続けるしかない。
 男にしては細いけれど決して華奢ではない指先が、花弁に埋もれた雌しべを引き出し、つぶし、擦り、引っ張る。
「んおっ…あ、ああぁ──、い、イィッ……くう」
 びくびくと肩が震える度に、はだけたシャツがずり落ちていく。
 最初の内は直していたけれど、もうその気力など無い。ただ、全身が泡立つような震えに感じ、快感の奔流に飲み込まれる寸前で必死で耐えている。
 鈴木の命令は、乳弄りだけ。
 理性を飛ばせば、鈴木の望まぬ行為までしてしまいそうで、それが怖くて、必死で堪える。
 そんな敬一の顔は真っ赤に染まり、瞳は濡れて虚ろになり、涎が顎を伝ってジーンズにまで落ちていた。
「真っ赤ですね」
 くすりと鈴木が嗤うと、敬一の身体がびくりと震えた。けれど、それで指の動きが止まったのは僅かな間で、また動き出す。
 白銀の花弁の中央で、同じく白銀の、二本の蔓がねじれたような棒が真っ赤に熟れた雌しべ──乳首を貫いていた。
 それもまた、強い快感を与える道具になる。
 引っ張られて痛いはずなのに、ぴりっとした鋭痛は一瞬で、ぞくぞくとするようなおかしな感覚に満たされる。
 捻れば肉がねじれ、押せば潰れるのに、そんな動きが止められない。
「う、んあ──ひぃ──イイっ。あっんあ」
 飼い主四人が相談で決めたという二重の花弁のニップル台とそれに合わせた蔓状のバーベルが取り付けられたのは、一週間前のこと。
 敬一の身体を淫らに彩る花に、四人はたいそう悦んで、その日から乳首は徹底的に嬲られるようになった。
 それでなくても常時花弁により刺激を受け続ける乳首は、さらに大きく膨れあがって、今やいつでも真っ赤に熟している状態だ。
「あ、あぁぁ、んぁ──っ、イぃぃ、むふぅ」
 くぐもった嬌声はどんどん大きくなり、姿勢だけはなんとか保っているけれど、呼吸は荒く、すぐに前屈みになりそうになる。きっちりと膝を合わせた股間では、固いジーンズの生地を押さえ上げてる存在が、はっきりと見えた。いや、それどころか、紺色のジーンズの生地が黒っぽく変色している様子もだ。
 そこが激しく濡れているのが判る。
 ジーンズの下に肌着は無い。
 ペニスからだらしなく涎が溢れているのだと、濡れた感触で判るけれど、どうしようもない。
 それどころか勃起しきったペニスは、さっきから射精寸前の痙攣を始めていた。
 いや、もう何度もその寸前で我慢している。
 達きそうになる度に、刺激を弱め、はっきりとした痛みで必死になって気を逸らしていたのだ。
「おやおや、べたべたに濡れいますよ。乳首弄りだけで、そんなにも濡れるなんてはしたない」
「ん、やぁ……」
 鈴木の指摘に、敬一が首を振る。
 確かに弄っているのは乳首だけだが、アナルには動かなくなったバイブが、そして勃起しきったペニスがジーンズの生地に擦られている。
 イヤらしい身体は、そんなものでも十分敬一を狂わせるというのに。
 けれど、だからと言って、射精はできない。
「射精もして良いですよ」
 甘い誘惑の言葉に引きずられそうになる。それに、かろうじて捕まっている理性が拒絶する。
 射精する訳にはいかない。
「あ、んんっ、くうっ」
 辛そうに大腿をすり寄せて、必死で我慢した。
 乳首の刺激だけでも絶頂を迎え、射精できる敬一にとってかなりの無理な行為だけれど、必死になって我慢を続ける。
「今、達かないと、帰る途中では無理ですよ」
 くすくすと笑いながら片づけを始めた鈴木は、敬一がかたくなに我慢している理由を知っているのだろう。
 それでも、わざとゆっくりと片づけて、必死な敬一を嘲笑う。
「もっと引っ張ってご覧なさい。下から上に引き上げるの、好きでしょう?」
「い、イヤっ、もう、もう……ゆるし、て……、許して……ぇ」
 これ以上はもう保たない。
 指の動きを止めることさえできれば。
 涙で歪んだ視界の中、鈴木は笑みを浮かべたまま敬一を見つめていて、その口元は望むべく形にはならない。
 それどころか、その強い視線が、淫らに吐き出せと言っている事まで伝わってくる。
 鈴木は、敬一の望みを叶えるつもりなど無いだろう。
 それは今までの経験で判っているけれど。
「お、おねが──っ、もう、もうっ」
「どうしたんです? 射精して良いと言っているんですよ。思いっきり達けば良いだけです」
「あ、ぁぁ──……、でも……でも、お願い……しますっ、もう、許してっ」
「だから、射精して良いと言っていますが?」
 許しての意味を、鈴木が違えるはずがないのに。
 涼しい笑顔で、鈴木が言葉を紡ぐ。
「乳首だけで達けるでしょう?」
 言葉よりも雄弁に意味を伝えてきた視線を、背後に向ける。
「ああ、みなさんに見て貰いたいのですね」
 その言葉とともに、鈴木の手が椅子に触れた。
 軋む音と共に揺らいだ椅子に、敬一は、まさかと瞠目した。濡れた唇が戦慄き、怯えたように背後の鈴木を見やる。そんな視界の端には明るい日差しの外の風景が見えていた。道路を走る車の姿。自転車のタイヤが軽やかに通り過ぎていく。その前に、人の足。チラシとチラシの間に、人の横顔すら見えた。
「な、何で……」
 泣き濡れた瞳から、新たな涙が頬を伝う。
 今すぐにでも立ち上がって逃げたかった。
 それよりも乳首にやった手を下げて、シャツで前を隠したかった。
 けれど。
 身体も手も動かない。
「ダメですよ。動かし続けなさい。でないと、帰ってからお仕置きです」
 向けられながら耳朶に吹き込まれた言葉が、敬一を呪縛する。
 指先で弄りながら、肌を晒し続ける敬一は、自ら望んでその姿になっているかのようで。
 とっくの昔に唇から落ちたTシャツの下からのぞく肌は艶やかに上気し、弄り続けた乳首は真っ赤に熟れていた。
 きらきらと電灯を反射して光るピアスは、人の興味を誘うだろう。
「可愛いですよ、敬一君。妖艶で淫らでイヤらしい姿で、ピアスがとても良く似合います。その姿をもっとたくさんの方に見てもらいますか? その方がうれしいようですし。ああ、ドアも開放しましょうか。もっと良く見えるように」
 鈴木が立ち上がった。
 軽い足取りで、ためらいなく向かうのは、正面のドア。
「や、ひぐっ、やめっ、待ってっ!!」
 悲鳴が喉から迸る。
 ドクンと心臓が熱く震えたのは、絶対に恐怖からで。
「射精……見て貰いたいんですよね」
 笑みを含む声音とともに、鈴木の手がドアの取っ手にかかる。
 一瞬揺らいだドアが、手前に開かれる。
「ひ、んふぅぅぅぅ──っ」
 ドクドクンっと全身が激しく痙攣した。
 襲いかかる見られる恐怖が、一気に襲いかかって。
 我慢に我慢を重ねたあげくの射精は、敬一の意識を飛ばすかと思えるほど激しい快感だった。
 鈴口を塞ぐピアスが、射精の時間を長くする。人より長い時間中、痙攣し続け、快感にむせび泣いて。
 目の前が激しく爆ぜまくり、ぎゅっと瞑ったまぶたの裏でまだ白い星が散る。
「ぅっ、うっ、うっ」
 吹き出すたびにびくびくと痙攣し、嬌声が漏れる。
 汗ばんだ肌が冷たい風を感じた。
 乳首からぱたりと手が落ち、激しい解放感に全身が脱力していく。
「気持ち良さそうな顔をして」
 頬に触れる冷たい手。
 うっすらと開けた視界いっぱいに鈴木が映る。
 背後のドアは、閉じられているようだった。
 そんなことにホッとして。
 閉じてくれたのだと、鈴木にも感謝しそうになって。
「見られながらの乳首弄り、そんなにも気持ち良かったですか? 一瞬で達ってしまうほど」
「うっ、やっ」
 鈴木の嘲笑に冷気が脊髄を貫くと同時に、身体が指先がシャツの下に入り込み、腫れ上がって敏感な乳首に触れた。
 途端に、落ち着いたはずの身体に再び火が点く。
「い、いやっ、待っ──あっ」
 慌ててその腕を捕らえるけれど、力のある鈴木の腕はびくりともしない。
 緩慢な動きしかできない敬一の乳首を、引きずり出し、捻って押しつける。
「あ、やぁっ──ひぐっ」
 射精して僅かに萎えたはずのペニスが、またむくりと勃起し始めた。
 濡れた亀頭が感じる硬い布地。
 それがしっとりと濡れている。
「イヤらしい匂いが、ここまでします」
「だ、だって、あぁぁっ」
 一度たがが外れた身体は、もう我慢なんか効かない。
 鈴木の指が乳首をなじっただけで、呆気なく次の射精をしてしまう。
「べたべた……」
 くすくすと笑いながらようやく鈴木が離れた時には、ジーンズの前は誰が見てもはっきりと判るほどに濡れていた。
「さあ、帰りますよ。立ちなさい」
 力の入らない身体を無理矢理立たせて、シャツのボタンを留めていく。
 銜え続けて濡れたTシャツが伸びてだらんとはみ出たままだ。
「さあ、行きましょう」
「で、でも……」
 だから、射精したくなかった。
 新たに出始めた涙が飛ぶほどに首を振る。
「帰らないのですか? ですが、ここに泊まる設備はないし。それに、今日は加藤さんが良い肉が入ったのでごちそうを作ると言われていたので、帰らないと怒られますよ」
「か、加藤さんがっ」
 鈴木の腕と言葉が躊躇う敬一の背を押した。
「さあ……」
 ドアから外に出さされる。
 タクシーなど使うつもりはないのだろう鈴木に導かれて向かう先は、地下鉄の駅だ。
「こ、こんな……」
 嗚咽を必死に我慢して、垂れたシャツの裾を伸ばして。
 濡れて気持ち悪いより、股間の濡れた感触がイヤだった。それに、敏感なペニスは、濡れた布地ですら感じて熱を孕もうとする。
 ちょうど乗降する人が増えてくる時間帯の地下鉄で、座ることもままならないのは目に見えていた。
 だから、射精したくなかったのだ。
 射精の余韻を晒す身体を隠すように背を丸めた敬一は、そんな不自然な格好が余計に人の興味を誘うのだと判っていない。
 ただ、不審そうに見やってくる人の目を恐れ、鈴木の影に隠れようとして。
「おやおや、みんな気づいているようですね。まあ、こんなにもぷんぷんと臭いをさせていたらね」
──男なら何の臭いかすぐに判りますよね。
 揶揄する言葉はあまり声が抑えられていなくて、ふるふると小さく首を振る。 
 恥ずかしさに涙の滲む瞳と上気した頬がどんなに周りの目に欲情を抱かせるか自覚など無く。
 痴漢が多いと言われる混み合う地下鉄の奥にいることなど気が付かず。
「淫乱な変態と一緒にいると、私も間違われますから」
 そう言い残して鈴木が離れていく。
「あ、待っ──」
「駅で降りたら、改札で待っていますから」
「ま、待って」
 縋りつく手は振り払われ、さっさと別の車両に乗り移られてしまった。
「そんな……」
 残された敬一は、混んできた車両に取り残されて、奥のドアに身体を小さくして押しつけた。
 そんな身体を、濡れたジーンズやTシャツが肌を嬲る。
 犯され続けた身体は、こんな時でも快感を貪り、さっきから周りの人の手や腕が当たるのさえ意識してしまう。
 地下鉄の振動が全身を揺さぶり、淫靡な疼きとなって全身を犯していく。
 背後の人の手に怯えるように身体を硬直して、その手が意図を持っているなど気づかなくて。
「こんな……」
 まさか地下鉄に乗るだけで、自分の身体がこんなにも淫猥に狂うなんて。
 何もかも性的刺激に取ってしまう事を心の奥底で号泣した。
 


 混雑する地下鉄の車両の奥で、数人の欲に満ちた表情をした男達に囲まれた敬一の姿は、頭の辺りしか見えなかったけれど。
 敬一の思考などお見通しの鈴木は、そんな敬一の様子を愉しげに見つめていた。


【了】