【檻の家 -敬一の生活】

【檻の家 -敬一の生活】

【奴隷宣言】より前の生活ワンシーン。【奴隷宣言】の話より前に途中まで作ったのが出てきたので、ブログにアップしてみました。


「ただ今、帰りました」
「……お帰りなさい」
 鈴木の帰宅に、リビングのソファーでボンヤリしていた敬一は、こみ上げかけた溜め息を飲み込んで答えた。
 鈴木は週に一度は必ず実家に戻る。今回は昨日からずっと戻っていたから、久しぶりに自由な時間を過ごせたというのに。
 それももう終わり。
「兄が敬一によろしくと。お弁当をもらいましたから」
 センターテーブルの上に置かれたのは、テレビで紹介されていた有名な料亭の名が飾り文字で描かれている風呂敷包みだった。
 鈴木の実家はたいそうな資産家で、実家に寄った時の土産と言えば、今まで目にしたことの無いようなモノばかりだった。それこそ、あんな風に家をシェアして住む必要なんてまったくないほどに。
 あれはただ、同好の士が集まり引っかかった獲物を弄ぶ為だけの家で、ある意味趣味のための家で、鈴木の気に入りを手に入れるための囮だったのだ。
 もしあの時、鈴木と二人だけでシェアするのだったとしたら、もっと躊躇い、止めていただろう。あの家の形態だったから、敬一は選んでしまって、今なお、捕らわれたままだ。
 あの最初の契約は履行され終了し、敬一を縛るモノは無い。
 無いけれど、敬一は逃げられない。
 土産だと高価な代物を貰うより、ただ一言、
「出て行って良いですよ」
 と、言って欲しかった。
 ただ、その許可が欲しかった。
  
 クリスマスに気が付けば契約させられていたこの家は、本来ならば敬一の給料如きでは手も足も出ない代物だ。だが、借り賃は大学の時に借りていたアパートより安かった。
 もっとも、家主である鈴木と同居という条件は、正気であれば絶対に手を出さなかったろう。
 けれど、自筆のサイン入りの契約書に、愉しげに微笑む鈴木の表情を前にして、敬一の喉は拒絶どころか微かな呻き声をあげることしかできなかった。
 それでもどんな家かも場所かも判らないところは受け入れがたくしていたら、徹底的に躾られて。
 あの家での一年弱で、すっかり身に付いた鈴木への恐怖は強く、敬一を縛り拘束する。
 結局、いわれるがままにあの家を出て、さらなる強固な檻の中に、今度は判っていても足を踏み入れるしかなかったのだ。
 
 敬一はここから会社に行く。鈴木も自分の店に行き、時折実家に仕事にいく。
 断らない限り、食事はデリバリーで届けられ、掃除も洗濯も専門の業者がしてくれる。
 たとえどんな汚れでも、どんなゴミがあろうと処理してくれるから、家の中はいつもきれいだ。
 だから、二人が帰ってくれば、食事はすぐできて、したいことをすればよい。そんな二人の生活は、さながら新婚生活のようだ、と、鈴木は愉しげに言う。
 実際、この家に引っ越してからもう二か月近く経つが、鈴木はたいそう愉しそうだけど、けれど敬一はこの生活に慣れない。
 何より慣れたくもなくて。
 特に今日のような金曜の夕方となれば特に、だ。
 金曜の夜から日曜の夜までは、平日には少なからずある自由とリラックスできる時間が一切奪われてしまうのだから。
 そのせいで動きの堅い敬一の心情に気付かぬ鈴木ではないのは、嫌というほど判っている。この態度がよけい鈴木を楽しませると判っていても、相容れられるものでは無い。
 そんな敬一を見つめる鈴木の瞳が眇められ、口角が上がっていて。
「敬一くん、キスがまだですよ?」
 優しい声音だ。
 けれど、有無を言わせぬ強さに背筋に悪寒が走った。
「約束してくれましたよね、帰ったらキスで出迎えてくれるって」
 無理に言わせた本人の、その白々しい言葉に一瞬固く目を閉じ、けれど小さく息を吐いて力を抜いた。
 ゆっくりと立ち上がり、鈴木と向かう。
「……お帰り、なさい……。さ、びしか、たです……」
 意に添わぬ言葉が喉に引っかかる。
 それを咎められぬ前にと、上げた手で鈴木の首に抱きつき唇を合わせた。
 ほんの数秒。
 触れるだけで離れようとした身体が、抱き留められる。
「可愛いですよ、その初々しさ、態度だけは新妻のようです」
「っ!」
 嬉しそうに優しく囁く鈴木だが、背に回った腕の力はたいそう強い。ねじ込まれた舌先が、あっという間に敬一の舌を捕らえ、吸い上げられる。
「ンッ! フグッゥ」
 軟体動物のように自在に動く舌が、敏感な口蓋を嬲り、吐息を奪いながら熱を伝える。
 唾液とともに飲み込まされた熱は、濁流となって腹の奥で暴れ、その刺激で孵化した何かが全身の皮下を這い回った。
「う……フッ…ッ」
 イタズラな手が背筋を下へと辿る。
 躾られたら身体は、そんな刺激にも欲情し、股間で淫らな涎を垂らし始めた。
 そうなれば、立っていられない。
 ガクリと力を失った身体は、鈴木の腕に支えられ崩れ落ちることも許されない。
「いっ、ぅ──っ、ん」
 口内全てを、歯列一つ一つにいたるまで味わい尽くされて、敬一の身体は高ぶり、限界が近づいた、が。
 突然、鈴木の腕が緩み、敬一の身体がドサッとソファーに崩れ落ちた。
 沈み込む程に柔らかなクッションにバウンドし、ズルズルとフローリングに崩れ落ちる。ソファーに上体を投げ出し、荒い吐息を繰り返した。
 朦朧とした視界の中で、遠く鈴木が笑みを浮かべている。
「ここの弁当は美味しいですから、食べましょうね」
 何事もなかったように鈴木が敬一の隣に座って、風呂敷を解き始めた。
「……ぃ……」
 高ぶった身体は、うまく動かない。
 淫らに躾られた身体は、暴れる熱を封じ込められずに泣きわめいていた。
 何より、乳首とペニスに常に身に付けさせられているピアスが、勃起したことでよりそこを強く刺激し始める。
 一度感じ始めれば、シャツが擦れても感じる。スラックスの縫い目に押し上げられれば、膝の力が抜けそうになる。
 勃起し脈打つそれらの場所を、ピアスがさらに刺激し、また固くしこり、刺激は強くなって。
 ノロノロと震える腕を上げ、ギュウッと己の身体を抱きしめた。両足をモジモジと合わせ、触れたモノが動かないように屈み込む。
「おや、どうしたのです?」
「何でも、ない……」
 否定しても、鈴木は判っている。
 敬一のどこが弱いかなど、鈴木は敬一以上に知っているからだ。
 動きたくはない。だが、このままジッとしているわけにもいかない。
 けれど、意を決して動こうとした途端。
「もしかして、欲情してしまったんですか?」
 言わずもがなの事を指摘し、クスッと吹き出された。
「っ! そんなのっ──ひっ!」
 誰のせいだ! と言いかけて、伸びてきた指先に胸先を爪弾かれて息を飲んだ。その指先が服の上からでも判る胸の膨らみを摘む。
「貞淑な振りも上手ですが、その淫乱さは隠せませんねえ」
「ひぃ、あ!」
「イヤらしい」
 捻られ、押し潰され。
 硬いピアスの部品が食い込み、痛みと共に、甘い疼きが脳髄まで駆け上がる。
「ま、……て」
 乳首は弱い。全身どこでも弱いけれど、乳首はそれだけで射精できるまでに躾られている。
 ピアスをつけられてからずっと、毎日執拗に刺激され続けてきたからだ。
 こんな風にいじられたら、射精が我慢できない。
 鈴木の許しが無くても射精はできる。けれど、鈴木が何も言わないのに射精してしまえば、嘲笑と揶揄の言葉責めと親切心に見える躾が始まってしまう。
 それらは敬一のなけなしの自尊心を酷く傷付ける。
 もとより、我慢したからと言って、事態が好転するわけでなかった。
 相手は、鈴木だ。
 あの家でも、他の誰よりも優しい態度で、けれど敬一を一番拘束し支配していたのは結局は鈴木だった。
「おね、がい、します……許して、下さい、このままでは」
 連鎖反応を起こす身体から必死に意識をそらし、要らぬ快感を与える指先から逃れようとするけれど、ペタリと座り込んだ身体は全身の筋肉が蕩けてしまったように動かない。
 逃れられないまま、指先はより激しくなって。
「どうしました?」
「ぃやだ、ダメでっ、くっ」
 ピクリと震えた身体。
 続く小刻みな痙攣に、息を詰めて。ジワリと広がる望まない感触に、目尻が濡れる。
 何が起きたか、鈴木はすぐに気が付いたようだ。
「どうしていつもベッドまで待てないんです? 今日はまだ食事も済んでいないのに」
 深々とした嘆息が聞こえて、びくりと肩が震える。胸先を嬲る腕に縋りついた。
「アッ……ご、ごめん、なさ……」
 多少の抗いなど、鈴木には通用しない。
 少しの抵抗などいつもすぐに看破され、より激しく責められる。
 表面上は仲の良い親戚同士の共同生活と近隣には伝えている同居生活、けれど実態は主人と奴隷の生活でしかない。
 敬一には何一つ拒否権も主導権もない生活に、慣れろという方が無理で。
「まったく、その淫乱度合いにも程がありますよ。それでは、会社でも欲情しまくっているのではないかと、心配ですね。少し鍛えてあげますから、服を脱いで下さい」
 提案という名の冷たい命令に、敬一は快感と痛みに涙をボロボロと零しながら頷いた。
 
「脱ぐのが面倒でしょうから、もっとラフな部屋着でいるようにしましょうね。どうせ、いつもこんな風に濡らしてしまいますし」
 ベットリと粘液が染み付いたスラックスを見せつけられて、羞恥に顔を赤らめる。投げ捨てられたそれを洗うのは、見も知らぬ業者だ。
 けれど、脱ぎ散らかされた衣類よりも、今は隣の鈴木の動きに囚われる。
 無駄に広いリビングで、座る場所はいくらでもあるのに、鈴木が座るのはいつも敬一の隣だ。
 敬一が逃げれば追いかける。あまり露骨に避けた時には、足首に手錠がかけられて、鈴木の足と繋がれしまったのだ。
 逃げるからだよ、甘い睦言を織り交ぜながらこんこんと諭す鈴木にそれを外してもらうために、一晩中鈴木の言葉に従うはめになった事は忘れられるものではない。
 鈴木に逆らうことは、己の首を締めるだけなのだ。
 いつもはダイニングのテーブルで食事をするのに、今はソファーだ。
「はい、これも好きでしょう?」
 出汁巻きを口元に運ばれて、戦慄く唇をかろうじて開ける。
「もう少し開けないと入りませんよ」
 促され、開いた口の中に出汁巻きが押し込まれる。
 箸が抜け出たところで噛み締めたが、美味しいはずの味がしない。
 それよりも、戯れに絡まる鈴木の指先に意識を奪われる。
 ヌチャ、グチュ。
 そんな音が響く場所は敬一の赤黒く張り詰めたペニスで、プラチナ細工のピアスと鬼頭を覆う鈴木の指が粘液でグチャグチャだった。
「あ、くっ」
「また口が止まってますよ」
 吐息が乳首に触れる。間近で喋られ、僅かな振動にすら身体が跳ね上がった。
 濡れた乳首は、食べている間ずっと鈴木の舌や歯先で嬲られ続け、もうすっかり赤黒く熟していた。
 今、敬一身につけているのは、ピアスだけだ。
 あれからすぐにすべての衣服を剥ぎ取られた敬一は、そのピアスだけの姿で後ろ手に拘束され、食事をさせられていた。
 それもひどくゆっくりと進む。
 しかも。
「キスだけで勃起するような乳首とペニスは少し鍛えないといけませんね」
と、食事の間ずっと嬲られ続けられたのだった。
 意識が飛んでも続く快楽が繰り返されるたびに、敬一を縛る鎖は増えていく。
「ねえ、敬一くん。今度から、外から帰宅したら一番に直腸洗浄してくださいね。その方がすぐに犯してあげられますから、堪え性のない敬一くんには嬉しいことでしょう?」
 ニコリと微笑む鈴木に、敬一は否とも言えずに唇を噛み締めた。
「で、その後部屋着に着替えて過ごせば良いですものね」
 言葉は願望を表し、けれど、それを鈴木が敬一に向けた場合はすべてが命令になる。
 それに敬一は、逆らうことは一切許されなかった。
【了】