【趣味のためのお人形】

【趣味のためのお人形】

【趣味のためのお人形】

 昔、山間に造成された広大な敷地は、現在は全てがきらめくパネルで埋め尽くされている。かつて最新鋭の生産設備を備える工場が並んでいた土地は、景気の悪化による撤退の後、長引く不景気と立地の不便さもあり、今は太陽光発電基地として存在しているのだ。
 山と造成地を遮る壁と鉄柵はそのままだが、金属はさびが浮き、ブロックを模したコンクリは黒ずんでひび割れていた。壁沿いにあった植栽は山から迫る木々に負けじと伸び放題で、絡まる蔦の大きな葉が隙間をふさいでいる。
 広い駐車場だった場所もパネルで覆われ、アスファルトは何カ所も割れて雑草が伸びていた。パネルがある場所以外は放置されているせいで、山との境は徐々に狭まっている。すでに外周にあった道はもう無いに等しい。
 甲高い鳥の声が響き、吹きすさぶ風の音が梢を鳴らした。それ以外、音のしない場所だ。
 もともと山の中という立地のため、残された道路脇にも人の住む家もなく、麓まで下りればまばらな家がようやくあるという過疎の村があるだけだ。
 多数の太陽光発電設備を山の中で放置されれば、何かの時に困るのは村人だが、メンテナンスを欠かさないという誓約書が守られる限り、村人はその存在を時折意識する程度で普段は忘れている。数少ない子供達は、山の中を探検するなら、監視カメラがあるところよりも神社の鎮守の杜のほうへ行く。
 そんな人が訪れない敷地の唯一の建物と言えば、もっとも奥まった場所にある管理棟代わりに残された社員寮一棟だけだった。
 二階建ての鉄筋コンクリートの建物は、長い年月の間にすすけた色ととなり、二階のベランダの柵の風除けの名残のシートがボロボロの欠片が風になびいていた。一部は壁がはがれ落ち、立入禁止となっている。そんな中で管理室となっているのは一階の一角だけで、残りは物置や宿泊施設として使われていた。
 もっとも使われている部分は、外壁ほど傷んでいない。内装等は一度直しており、使用部分の補強工事はされているからだ。
 昔は若者がたむろしていた建物も、普段は人気がない。月に数度のメンテナンス日に数人の男達がそこで数日過ごしている。その時だけ窓に灯りが点るが、生い茂る木々のせいで麓からは見えなかった。
 そこに向かう車が一月に一回か二回、あるいは週に数度。頻度は違えど、麓の村を通りくたびれた林間道路を通って向かっていく。ワゴン車であったり、トラックであったり、時折大きな高級車が村人の目を奪うことがあっても、それだけだ。
 畑仕事が終われば辺りは静まりかえり、特に夜など人気がない場所に車が通っても気にしない。
 何より管理棟の灯りが一晩中灯っていても、目にすることはかなわぬ場所ともなれば、誰も気にする者はいなかった。


「んぐっ、あっ、ああっ」

 滑らかな肌が妖しくくねり、のけ反る背に走るくぼみに汗が流れる。甘い匂いが充満する中で、肩まで届く髪はしっとりと濡れ、感極まった声が上がる度にパサパサと肌を叩いた。
 ひっきりなしに肌を打つ音が響く。
 獣のように激しく腰を振る男が打ち付ける尻が鳴る音だ。
 同時に上がるグチャグチャという粘着質の音。ズボッと抜け落ちかける赤黒い剛直が照明に照らされて鈍く光る。が、それも一瞬のことだ。

「ひぐうぅっ!」

 一気に打ち込まれた肉の塊に埋め尽くされた身体は、激しくのけ反り、晒した喉からくぐもった悲鳴が零れる。
 見開かれた瞳は赤みを帯び、まなじりから一筋の雫が淫らな液体に濡れそぼるシーツに落ちていく。

「おいおい、緩んでんじゃねえよ、もっと締め付けな」

 背後から声をかける男の年の頃は壮年だろうか、整髪剤で整えられた髪が激しい運動に額に落ち、眼下の肌を見つめる瞳が淫欲に歪む。舌なめずりをしながら叱責し、ぐりぐりと腰をさらに押しつけた。掴む指は太く、厚い胸板に脂肪のない腹には筋肉が浮かび上がっている。張り詰めた尻から伸びる太い太腿は傍らにある細い腰と同じぐらいもある。
 漢くさい顔立ちに体躯で、粗野な物言いがひどく似合う。
 そんな男とは正反対なのが、あえかな声で啼き続けている青年だ。

「も、もうし……わ、け、あり……んっ」

 息も絶え絶えの声が詫びを入れるのは、まだ若い、二十代も前半だろうか。
 細身の肌は白く、のけぞり喘ぐ顔は甘く整っている。その肌を紅潮させ、淫らな吐息を零した彼は、頭を振って背後の男を振り返った。

「お、お願い……こんな……こんな僕に……罰……を」
「罰か……なんの罰だ? 働きもせずこんなところに閉じこもっていることか?」
「は、はい……、僕は、怠け者だから……」

「まともに奉仕もできねえ、テクもねえ、マグロな身体をか?」
「あっ、あっ……ああ、僕、は、マグロで……ごめんなさい……」

「ゆるゆるのアナで、銜えることしか能のねえことか?」
「そ、そう……僕は、僕はなんにも……できな……い」

 男の叱咤に頷き、肯定する青年の顎を掴み、男は無理やり引き寄せた。
 露わになった青年の薄い腹の下で、黒い革が絡みつく陰茎がぷるるんと揺れた。それは、怒張しているというのに下を向いたままだ。身体が揺れるたびに激しく暴れるそれが、インポテンツではないことは百も承知のうえだ。まして射精できないほどに不感症ではないことも。
 だからこその男の生理機能を研究してつくりあげた拘束具は、とても良い効果を発揮する。これが無ければ、青年はもう何度も達っていただろう。白い肢体を白濁で汚し、悲鳴を上げながら射精し続けていたに違いない。
 それほどまでにこの腕の中の青年は淫乱で、卑猥で、男という性に犯されるのが大好きなのだ。
 そんな存在を作り上げられたことに、男は脳内で自画自賛しながら頷き、さらに青年の身体を引き寄せた。
 床についていた手が浮かび、ひねりあげられた上半身が、照明に照らされる。その胸元に鈍く光る金属の塊が重くぶら下がっている。
 その女のような乳首が平たい胸板の上にあることの淫らさが、男は好きだ。歪で淫らな存在を目にして込み上げる劣情は激しい。

「お、ねが……もう、もう許、して、……ザー、メン、噴き、出した……い、も、お腹……いっぱい……お願い」

 空ろに淫語を繰り返す声音も耳に気持ちいい。

「ん、ううっ」

 男は誘われるように言葉を発する唇に喰らいついた。舌を引きずり出し、銜え、鋭い前歯を立てた。
 痛みに見開く瞳を覗き込みながら、男は嗤う。喉の奥から響く音は、肌を通して青年へと伝わり、そんな震動すら快感の声を上げる青年を背後から捉えた男が空いた腕を伸ばした。

「んんっ、んんっ」

 触れたのは括り出されたように膨張し色濃く色づいた乳首だ。
 金属の輝きを放つピアスは太い。貫くには太いピアスにより、常の以上膨らんだ乳首の一つをつまみひねりあげれば、腕の中の身体が大きく跳ねる。乳首に穿たれたピアスは男の訪れに合わせて太くし、毎日の丹念な調教の果てに今や触れられるだけで絶頂を迎えるアナ以上の性感帯となっていた。
 刺激に反射的にきつく締まったアナは、男のモノを奥へ奥へと誘い込み、絞り上げた。その妙なる快感を男は好んだ。
 さんざん乳首を弄り、締まるアナを堪能しながら、さらにぐりぐりと押し込んでいく。陰嚢すら入りそうなほどに押しつけながら、男は腰を動かし青年の腹の中をかき混ぜた。
 あわさった口の端から悲鳴が迸る。
 好きなくせにと口の中でつぶやき、引きずり出した薄い舌を強く吸い、噛んで、思う存分に舌や口内をいたぶってやる。僅かに残る苦みは、行為の最初の口淫のせいだが、それもまた自虐的でたまらない。もっともっと青年の全てを男のものにしたいのだ。
 青年の薄い腹の中で、男の長い剛直はいつも最奥まで貫いた。途中の門は初めての時から呆気なく屈服し、今やいつでも全開だ。その奥を容赦なく掻き回せば、耳に心地良い悲鳴と絶頂の声が、いつも男を溜まらなく興奮させる。
 入口近くにある快楽の泉は、男が剛直に埋めこむ珠やピアスに激しく抉られ、掻き回され、青年をたやすく絶頂へと導き、いつまでもその高みから落とさない。白目を剥いて、絶頂の頂きに居続ける青年の蕩けた顔は普段とのギャップがなかなかに面白い。今までの最高記録は何秒だったか、いや分を越えたか。
 今度、連続絶頂用のアナルバイブでも嵌めて過ごさせるか。
 出会ったときは垢抜けないもののどこか気になる存在程度だったが、自身の勘を信じて良かったと男はほくそ笑む。
 青年は男がつくりあげた人形だ。
 肌に触れられるだけで欲情し、軽い刺激でも絶頂し、尻の穴を同性に犯されることを至上の喜びとする人形。

「あ、ああっ」

 男がいきなり青年を突き飛ばした。
 その拍子に音を立てて抜け落ちる剛直が男の腹でぶるるんと揺れる。へそまで届くえらの張った先端から零れ落ちる濃厚な白濁が、揺れるたびに突っ伏した青年の尻に散らばった。

「ひぐっ、うっ……ぐっ……」

 シーツの上でうつ伏せに倒れた青年は、激しく痙攣していた。その横顔から見える瞳はうつろに開かれ、焦点が合っていない。
 もう何度目かの絶頂か、抜かれるだけで果てる身体は、少しぐらい乱暴にするほうが悦ぶのだ。
 さっきまで剛直が入っていたアナは赤く色づき、白濁が絡む肉を覗かせながら、痙攣している。蠢くたびににじみ出す白濁はいつまでも続く。
 男はその肩を掴み、上向きへとひっくり返した。

「ふん、出てねえな」

 その視線の先にあるのは、青年の陰茎だ。
 陰茎を通り、抜けないように固定された拘束具に何重にも絡め取られた陰茎は下向きに固定され、その拘束にくるしげに怒張はしていても射精はできない。さらに先端からは柔らかく曲がる棒が尿道をみっちりと埋め尽くしているから、一滴も出すことは叶わないようになっていた。
 その淫具の効果を知り尽くしながら、それでも男は青年に呼びかけながら、張り詰めた亀頭を指で弾いた。

「ひぐっ」
「一応射精禁止は守っているようだな」

 その言葉に返事をする余裕もない青年は、ひいひいと喘ぎながら何度も腰を突き出す。
 達きたいのだと、全身で訴える青年は、自身の動きを止められないようだった。
 なめらかな肌がくねるたびに左右に揺れる形の良い陰茎に歪にくい込むのは、黒い革だ。男の鍵だけで解放されるこの拘束具は、犯される寸前に着けられたもの。
 男が満足するまで外されることのないこの拘束具の鍵が音を立てた時、この青年の絶望に満ちた顔は、男の好みの一つだ。
 いや、もうこの青年が見せるどの表情も、その声も、痴態全てが男の好みに合致するのだ。ここまで合致するものを見つけ出せた僥倖に、男は感謝しているほどだった。
 それに、この青年は男の趣味を楽しむために、とてもいい素材でもあった。
 その一つが、今音を立てた。
 青年が音に触発されたように、ほんの少し瞳を揺らめかせた。けれども、すぐに淡い色の瞳は浮かんだ雫を溢れさせながら閉じていく。
 そしてまた響く音。
 繰り返されるシャッター音は、青年を追い詰めるためにことさらに大きく響く。自動で青年の顔を追い。その痴態を連写していく撮影設備は、もう何千枚、何万枚と溜まっていた。
 男はそれらの静止画を組み合わせて動画をつくるのが趣味だ。
 静止画を動画のようにストーリー性のある三十分の動画に編集して、最終的にはその手の愛好家が集うサイトにアップして、コメントをもらう。
 それが男の一番の趣味だった。
 青年の厭らしい喘ぎ声も当然入っている。特に絶頂に至る寸前の甘いお強請りは欠かすことはできない。男が創作して付けるナレーション代わりの字幕は、犯される青年の心情を赤裸々に観る者を悦ばせた。

『淫乱で男好きなくせに、マグロでテクのないどうしようもない男娼の数多の客への懺悔』

 そんなコンセプトで創られる動画は、サイトの中でもトップクラスの人気配信だ。

「おい、いい加減起きねえか」

 いつまでも痙攣している青年の髪を引き掴み、男は青年をベッドの上に座らせた。ぐらぐらと軟体生物のように固定できない身体を、無理に正座を崩して尻を落とすように青年を座らせて、男は髪を掴んだまま前を向せた。
 レンズが自動でピントを合わせるのを確認しながら、男は鋭く命令する。

「おい、ほら、懺悔しねえか」

 すぐに反応しないとその背を思いっきり平手で叩けば、激しい殴打の音に身体が揺れると同時に、呆けていた瞳に光が差すのが見えた。

「あっ、あっ……」

 何が起きたかわからぬように視線を這わせる青年に、男はレンズを指し示す。

「ほれ、みんな観てるぜ」
「……あ……、ぼ、ぼく……、きょ……も、うまく、ご奉仕……できなかった……、お願い、します、誰か……こんな僕に、お仕置き……して」

 条件反射のように、教え込んだ言葉がその色づいて濡れた唇から零れ落ちた。
 その結果何が起きるか、青年は知っている。
 知っていてなお、その言葉以外、青年が発することはできないと知っていて、男は人形のできの良さに満足げにほくそ笑んだ。

※※※

 気が付けば、青年は一人ベッドの上に転がっていた。
 濡れて汚れた身体は異臭が沸き起こり、朝の爽やかな空気を汚していた。シーツは乱れ、空になった潤滑剤のボトルや使用済みの淫具がそこからかしこに転がり、床には何カ所も淫らな染みが残っている。
 いつもの景色だとわかっていても、思考は満足に働かない。
 ただ追い立てられるように青年は、シーツの上を這いずるようにして移動した。泣き続けた目は赤く、肌は元は白いが強い力で掴まれた肌は変色し、吸い付かれた場所は赤く色づいていた。だが同じ場所には噛み跡も残る。
 射精は一度だけ許されて、それからまた射精禁止の拘束具が陰茎にはめられていた。朝勃の勃起を阻害させられているせいで、じくじくとした痛みが根元でしている。それが少しだけ青年の意識を覚醒はさせたが、それだけだ。もうそんな痛みにすら慣れてしまっていた。
 その身体を陽光に晒しながら、這ってトイレに行って排泄をこなし、身体の中から残滓を洗い流す。その全てがなかば無意識だった。
 そうしなければならないという埋めこまれた動きに、自分を守るためにも必要だと知り尽くしているからだ。
 そのための設備は風呂場にもトイレにもあり、そのどちらも使うことはもうすっかり慣れてしまっていた。
 疲れ切った身体は、立ち上がる筋力すら残っていない。
 それでも、青年は這いずり出たトイレからベッドへと戻り、ベッドを背に床へとうずくまる。身体の汚れを落とす気力もない。というより、考えられない。
 尻を床に付いて身体を起こすと、顔に掛かる髪を掻き上げた青年は、ぼんやりと日の光が差し込む窓の外を見上げた。空から覗くのは、どこまでも広がる青い空と、緑の木々、そして硬質な反射光を返す数多なパネル。
 ここに来てからずっと見ている景色は、今日も変わらない。
 そんな風景から感慨もなく見ていた青年は、耳に届いた音に気が付いて壁面に備えられた五十型のディスプレイへと視線を走らせた。見たくなどないのに、それでも見なければならないという強迫観念に追われるように、青年の行動は操り人形のようにかくかくと動く。
 そこには、視線が向けられるのを待っていたかのように、動画が映し出されていた。
 白い壁、白いシーツ、その中で、乱れるのは三人の男。
 中年の緩んだ身体付きの小太りの男、髪の薄い腹の出た長身の男、筋肉質な男はまだ若い。
 その下で、淫らな肌をくねらせて歓喜の声を上げるのは、青年だった。
 それは青年にとっ昨日から今朝方まで起きていた出来事だ。自ら望んだお仕置きの果てに、犯され続けた一昼夜の行為が、途切れることなく映像として目の前を流れていった。
 あの言葉の後、一時間もしないうちに訪れたこの三人は、元からこの管理棟で待機していたのだろう。すぐに来訪があり、男が招き入れ、そしてお仕置きとしていつものように犯された。
 これが男の趣味だと、青年は知っていた。
 自ら犯しながらの撮影した静止画での動画作成に続く二つめの趣味は、他人に自らつくりあげた人形を犯させること。
 三つ目がその行為を撮影し、最初から最後まで青年に見せること。
 四つ目が、その映像の感想文を青年に、アナルバイブで自慰をしながら書かせること。もちろんこれも撮影されているし、乱れた字は許されず、角張った読みやすい字でと強要される感想文は、原稿用紙で五枚以上だ。
 五番目が、全裸での感想文の朗読会の生配信、最後には土下座で謝罪付きだった。返されるコメントを読み上げながらの謝罪は、青年の精神をごりごりと削っていく。かなり後まで泣いて嫌がった行為だが、いつの間にかもう慣れてしまったように涙は出ない。
 六番目は何だろう、泣き叫びながら調教された頃の動画を見返すことか、それとも全裸での外での散歩か。
 いや、青年の手による編集した動画を鑑賞することか。溜まり続ける青年の姿の中から自ら傑作集を創らされたあれは、もう二度としたくないほどに、青年を追い詰めた。流し続けた涙が止まった後のことはもう憶えていない。
 一つ一つ犯される姿を切り出して、その時の感想文も添えられて、感想文含めての感想を自分の声を吹き込んで。男の隣で、どうしてこれを選んだのか説明しながらつくりあげた直後、青年は一週間以上寝込んだほどだった。
 あれ以来、わずかでも残っていた忌避感は、もう跡形もない。
 男にとって人形づくりなど十番目ぐらい趣味だった。メインの趣味をしたいがために、男は人形作りをする。そのための素材を物色して、閉じ込めて、手ずから調教をして作り上げて。
 それから彼の趣味は始まるのだ。
 調教など、後に続き行為に比べたら大したことがないと思うほどに、後に続いた長い時間のほうが青年を苛み、壊していった。
 そのきっかけというべき出来事、青年が男の手の中に引きずり込まれたきっかけは、本当に些細なことだったのだと記憶の片隅に残っている。酒場で客であった男とバイトとして応対した、それだけだ。その時のたった一度の出会いで、なぜか男に気に入られ、そして全てを失い、欲しくも無い数多のことを与えられた。
 淫らな身体も、淫具も、そしてこの建物の中で暮らすことも。
 人形として調教された身体は、普通の生活を送ることすら難しくなっていた。肌を擦る衣服すらきついこともある。
 何より、男が何か言葉を発するたびに、激しい恐怖と言い知れぬ快感が青年を支配する。命令されれば反射的に教え込まれた言葉が出てしまうほどにだ。
 身体の性感帯はことごとく開発され、より敏感に、絶頂へと導くようにされていた。
 胸のピアスも淫具も、青年のための特注品だという。アナルバイブは的確に性感帯を刺激し、最初の頃は日がな一日入れっぱなしで拡張された。逆らえば、鎖につながれ外を四つん這いで歩かされ、尻を鞭打たれた。
 痛みと恐怖、そして強い快楽の中で、もともと強くない精神が壊れていくのは早かった。
 逆らえない存在なのだと、完全に自分が洗脳されていると自覚しているのに、男の気配がするだけでもう逃れられないのだ。
 男が持つ財産がどこまで巨大なのか青年は知らない。
 だが外にある施設すら人形遊びの一貫で造ったという男の力は、きっと一介の青年ごときが逆らえるものではないのだろう。
 山の中ではどんなに叫んでも麓まで声は届かない。
 人の立ち入らぬ区域では、全裸で突っ立っていたも一目につかない。
 電気も水も潤沢に供給され、物資はどこからともなく届けられて、衣食住に困ることはなかった。
 ただ、男の趣味に付き合わされる、その行為のためだけに。
 
 
 長い映像を見終える頃、外は暗くなっていた。一日かかって観て、次の日には感想文の作成をして、それから、それから。
 ぼんやりと青年は考える。思考の基本は、男がどう言っていたかだ。
 それから男が来る日まで休みだ。忙しい男がいつ来るか、青年にはわからない。それに来たとしても、青年の部屋に来るかどうかもわからない。
 なぜならば。
 青年は窓の外からした車の音に視線を走らせた。窓に近づき、少しだけ窓を開ける。
 タイヤが砂利を踏む音がして、停まる音がする。
 バタンと扉を閉める音、それからコンクリートを踏む靴音。
 窓の向こうから聞こえる音が、最後にどこかの扉を閉める音で終わる。
 窓を閉め切ると同時に、青年は安堵の吐息を零した。
 そのままぼんやりと中空を眺める。だがその腹が、ぐうっと音を立てた。
 その腹を撫でて、青年はようやく動くようになった身体を動かして、生存本能が求めるままにキッチンへと向かった。そこにはすぐ食べられる食事がたっぷりと冷蔵、冷凍保存されている。その中から食べたいと思うものを引っ張り出して食べるのだ。
 死にたいと願うことも多いのに、青年は生きることに貪欲だった。
 死にたいと思いながらも、死にたくないという思いのほうが強く、だからこそ男に逆らえないのだと気付いてはいる。それでもなお、生きるために青年は食べた。
 それに、今日は別の人形が選ばれたことが嬉しく、そして怖かった。
 男が飽きたら自分はどうなるんだろうか。
 そんなことを考えると、男の訪れがないことが無性に不安になるのだ。
 そんな考えを、青年は強く頭を振って意識から追い出した。
 栄養があり、バランのとれた食事をちゃんと食べて、無駄な脂肪が付かないようにして、それから、髪と肌の手入れ。
 男が訪れない間にすることはたくさんあって、青年はルーチンワークと化した行為をくり返す。


 人の来ない建物の中で、青年は男に言われるがままにずっとそこにいた。
 鍵のない部屋から一歩も出ることなく、出ることすら考えずに、ただ制作者の訪れを待っていた。
 たとえ訪れた男によって散々泣かされるとわかっていても、それでも青年はそこにいることを選んでいた。

【了】