【Animal House 迷子のクマ】 10

【Animal House 迷子のクマ】 10

13

 あれから三日経っても、クマはありとあらゆるところに包帯やらガーゼが当てられていて、まるでミイラ男のようだった。
 次の日には目覚めたが、どこか茫洋としていてその瞳にも力は無い。起きているのか、寝ているのか判別できないときも多かった。
 俺が傍らにいても、ぼおっと天井を見ているか、時折身動いでは痛みに顔を顰めているぐらいだ。話しかけても返事はなく、眠っているのかと思えばその目は開いていたり。
 はっきりと眠ってるなと思うときでも、うなされて何かを探すように手が動くこともあるから、思わずその手を握りしめてやっても、目覚めない。なのに、クマの閉じた目の縁から、涙がぽろりと流れていく。
 そのたびに目覚めたのかと呼びかけても返事はなかった。そのまま、深い眠りに入っていってしまう。
 意識がはっきりしていないのは、痛み止めが効いているせいもあると医師はいっていたけれど。
 それ以外のときは、ベッドの傍らの丸いすに座り込み、点滴がぽつりぽつりと落ちるのを見ているぐらいしかできないが、それでもなんとなく俺は暇さえあればここに来ていた。
 あの悪魔の薬の服用結果はまだ出ていない。痛み止めの影響もあるらしいが、アニマルによってはもう少しかかるものもいるから、今症状が出ていないと思っても、後から徐々にくることもあるから油断はできなかった。
 そのこともあって、今日はもっとここにいたかったのだが、そろそろ戻る必要があった。
 ディモンと俺のアニマル達は、他の調教師や補佐たちに頼んで世話だけしてもらっている。それでもそろそろ仕事を再開しないと、いらぬ罰金を支払わされてしまうだろう。明日からは、ここに来る時間もあまり取れないかもしれないと、滞ったスケジュールを思い返していたとき。
「ん……く」
 クマの小さな呻き声に視線をやれば、ひどく顔を顰めていた。 
「痛むか?」
 何の気にはなしに問いかければ、視線だけが俺を探す。いつもだったら、俺をその視界に留めたら、すぐにまた目を閉じてしまっていたけれど。
「……少し……」
 続いて返ってきた言葉に、いつもと違うことに気が付いた。
「どこが?」
 問い返す声がうわずっていた。
「……背中……、痒くて……痛くて……なんか変……」
 小さく、囁くような声で、確かに返答する。
 今日朝来たときには何の返事もなかったが、よくよく見れば俺を捕らえた瞳が、何かを問いかけているように見えた。
 ようやく意識がはっきりしてきたのか、と、明るい期待に胸の奥が熱くなる。
「傷が治りかけているせいだ。ここの傷薬はよく効くからな」
「……ゲイルさま……こ、こは?」
 もう三日もここにいるのに、まるで今気が付いたかのように辺りに視線をやっていた。
「覚えていないか? ここは病室で、おまえは怪我だらけで運び込まれたんだ。しばらく傷を癒やせ」
 どこまで記憶があるのか、と、伺いながら教えてやれば、「はい」と小さな応えがある。
「覚えて、ます……たぶん……。でも……途中から、夢の中、に……いたような……」
「ああ、そうだろうな」
 あの状態で覚えているほうが異常だ。けれど、覚えている限りの記憶でも十分精神が苛まれてしまうのか、その瞳はどこか不安げで、未だ腫れた唇が微かに戦慄いた。それでも何かを語ろうと、開いては閉じて、また開く。
 その様子を見ながら待っていると、ようようにして言葉が紡がれた。
「……ラ、イ……あ……バニー……は?」
 その問いの意味に気が付かないほど、バカではない、と思っている。
 実際、クマが正気であれば一番に気にする存在だと言うことは判っていた。判っているが、今はあまり口にしたくない内容だ。
 どう答えようかと一瞬逡巡したが、特にごまかす必要もないだろうと、答えた。
「客の相手をしている」
 それだけは間違いない。すでにデビュー扱いのバニーは、あの日から通常業務だ。ホールで客を出迎え、望んだ客にその身体を与え、そうでなければウェイターとして顔を売り、客達を楽しませている、はずだ。
 ただ正直なところ、俺の目でそれを見たわけではない。たぶん、そうだろうなあと言うだけだ。
 それ伝えれば、クマは一瞬息を止め、けれどすぐに詰めた息を吐き出して目を閉じた。
 ただその表情は変わらず、その心情が懸念なのか安心なのか判らない。
「……」
 再び沈黙が俺たちの間に漂い、手持ち無沙汰のままに自分の手を見下ろす。
 もう少し、ここで様子を見ていたが、そろそろ俺も一度戻らないと駄目だった。それに、それでなくても座り心地の悪い椅子は、ガタイのよい俺の尻にはきつく、何度も何度も座り直してそろそろ尻も痛い。
 クマが話してくれたという収穫があっただけ、今日は良い日だ、と、そろそろと腰を上げようとしたときだった。
「ゲイルさま……」
 再び、クマが視線を俺に向けてきていた。
 よく見れば、クマの瞳は灰色が強いけれどその瞳の縁の青みは強い。不思議と視線を取られる瞳だと、今更ながらに気が付きながら、「何だ?」と反応した。
「……もし、俺が……」
 戸惑うように返された言葉が一瞬途切れる。けれど、一度瞬きしたクマが意を決したように言葉を紡いだ。
「俺が弟を見捨てれば……俺は、生きられる、……生きて良い──あ、えっと、俺は、生きる、べきです、か?」
 その言葉に、俺は少しぼんやりとしていた頭が一気に働き始めた。
 跳ねるように見返した先で、ひどく不安げな瞳をしたクマが、俺を見つめている。
 ごくりと息を飲む音が脳髄まで響き、未だかつて無いほどにフル回転で頭が考え始める。
「……お、まえは……生きたい、のか?」
 自分が助かるより弟のために、としか言えなくて、俺にさんざん犯され続けたクマの言葉とは思えないと、思わず問い直す。
「……わ、からない、です……。でも」
 まだ長い言葉を喋るのが苦しいのか、はぁと大きく息を吐いたクマが、少し遅れてから言葉を続けた。
「でも、俺……死にたく、なかった……、死にたくないと、願った……」
「え?」
「ディ、モンさま、の……罰、を……受けて」
 その名を紡いだとき、明らかに怯えが声音に乗っていた。つい三日前、己の身にあったことを思い出したのだろう。いや、ぼんやりと半ば眠っていたような日々はクマの中ではカウントされていないのもしれない。
 クマにとって、それは先ほどの出来事なのだ。
 その歯の根が震えたような音を立てた口が、それだけは、という感じで、言葉を紡いだ。
「死ぬ、かと思っ、思いました、けど……。ひどい痛みの中で、意識が薄れていって……。どこもかもが痛くて、苦しくて……。でも、死にたく、なかった……、助けて、欲しいって思った。生きたくて、自分、の、ために……生きたいって、思った……」
 ぽつりぽつりと紡がれる言葉は、弱々しくて、けれどどこか強くて。
「思い出した……です。……小さな、頃……のこと」
 その瞬間震えた声音が、どこか必死になって言葉を探す。
「泣いて、ました、……泣きながら、ずっと……ずっと思って、夢に見てたこと……思い出しました。もっと……遊びたい、もっと勉強したい、もっと……外に、行きたい……どうして……、どうして?」
 朦朧とした意識の中で、封じ込められていた記憶が甦ったのか。それとも、理性も何もかも飛んでしまった中で、枷が外れたのか。
 まるで縋るように力の入らぬ腕を上げて、彷徨う指に俺はつい自分のそれを絡めた。その感触に既視感を覚え、それがこの三日間幾度も繰り返したことだと思い出す。
 同時に、ぽろりとクマの目からこめかみを伝い涙が落ちていくさまも、その時と同じだ。
「動けなくて、蹲って泣いていたら……、ゲイルさまが……きた……怒ってた……」
「え、俺が?……ああ、何を言ってた俺は?」
 不意に自信の名が出てきて、疑問にも思う間もなく、問いかけた。
「……したいことをすれば良いんだ。好きなこと、やりたいことをやれって……怒鳴られた」
 何度も耳元で怒鳴ったんだと教えられて、そんなことを言った覚えなどない俺としては、首を傾げるしかない。いや、ただ一度、前日にクマの弟に対する頑固なまでの考え方に、似たようなことを言った記憶はある。
 あの時、クマは頑なに俺の言葉を聞こうとはしていなかったが、それでも、夢に出てくる程度には意識に刷り込まれていたのだろうか。
 俺にとっては怒りに駆られて、理性も何もないままに怒鳴った言葉だったが、それでもクマにとってそれが意味あるものになったのなら、喜ばしいことだった。
「そうだな、おまえは好きなことは何なんだ?」
 会話にならなかったあの日の出来事を思い出しながら問えば、クマが小さく呟いた。
「ほんとは……何ができるのか……判らない、です……。やっても良いこと……限られてた、から……」
 与えられたたぶんお下がりのタブレット。それを大事に使っていたのは、それがその許された数少ないものだったからか。
「プログラマーとかIT関係の技術者とか。そういうの、好きなんだろう?」
「好き、うん、好きです」
 俺の言葉に、にこりと微笑んで返すその表情に、俺は掴んでいた指の力を強めた。
 眉間に深いシワが刻まれ、食い入るようにクマを見つめる。
「おまえの作ったスケジュールアプリ、うちの連中がすごいと言ってたぞ」
「……そう、なんだ……、俺のは自分用、でしか、なかったから……他の人の意見……って、なんか、うれしいな……」
 うれしいと言いながら、泣きそうな表情で言葉を震わせた。
 そんなクマが、ちらりと俺に視線を向けてから、目を伏せる。
「ほんと、は……ゲイルさまが、調教、中に、褒めてくれたのも……うれしかった……」
 包帯の隙間から覗いた耳たぶが先より赤くなっていくのに気が付いて、訳も判らぬ衝動に襲われて。
「あー、そうか……、うん、そうか、良かったな」
 何を言ってるのか、自分でもよく判らない。しかも声が上ずっていて、明らかに挙動不審な状態に陥った。
 調教されてうれしいなんて、まだ完全に堕ちていないものに言われたことなんか無かったが、なんでこんなにもうれし恥ずかしい気分になるのやら。
「あーまあ、おまえはマジメで、従順だからな。俺の言うことも良く聞いていたし」
 ただ、弟が絡みさえしなければ。
「俺は……褒められた、ことなんて、今までなかった。……あの時、ゲイルさまがラ、バニーのことを捨てろと言った時、ほんとは迷った。迷ったけど、捨てるってどうしても、口が動かなかった。……捨てたら、ひどいことになる。捨てたら、俺も捨てられる……」
「俺は捨てない」
 笑顔が消えて、遠い目をするクマをつなぎ止めたくて、俺は遮るように言っていた。
「バニーを捨てるなら、クマを絶対に捨てない。おまえがバニーを捨てたとしても、ひどいことなんてならないさ」
 その言葉に、クマの瞳が再度俺に向けられて、ほっとする。
「お、れは……俺のやりたい、こと……、好きなこと……、したいこと……。やりたかった……こと……して、良いのかな?」
 縋るような確認を求める言葉に、俺は頷く。
「すれば良い。おまえはここに独りでいる。他人を気にする必要が無い。おまえが生きたいと思うなら、自分で足掻け。ここでは、他人のことなど構っていたら、死ぬだけだ」
「死ぬ、だけ……、だったら……」
 そのまま途切れた言葉をじっと待ったけれど、クマはそれ以上には続けなかった。
 俺はしばらくそれを待って。
 続くはずだった言葉を考える。
 クマは賢い。たぶん、いや、かなりの確率で、こいつは賢く、聡い。
 愚かに見える選択も、それはクマのというより、クマに科せられた生きるための枷のせいだ。
 クマは現状をきちんと把握している。だったら、そんなクマが今考えていることは、と推理していけば、続けるだろう言葉がなんとなく把握できた。
 把握できると同時に、口が勝手に言葉を紡ごうとして。
「……俺が……」
 そこまで言いかけたところで、口を閉じた。
 だいたい、そんなことができるかどうか、未だ不確定だ。過去に無いわけではないそれではあるけれど、俺ができるかはかなり難しい。
 クマを助けるなんて、難しいことができるかは、今の段階で言えるものではなくて。
 だから少なくとも、クマに与えられた選択肢の、うまくすれば良いことになりそうな可能性のある道を示す。
「生きていれば、この館で許されていることならば、できる。ようは客をきちんと迎えて楽しませて、館に利益をもたらせることができるアニマルは、それをきちんとこなすことができる限り、生き続けられる。特におまえは、バニーやキャット、小型犬たちのような十把一絡げのアニマルとは違う。そういう類いのものでなければ、ひどいこともされ、にくい……こともある」
 ひどい客に当たれば別だが、俺やディモンが担当しているアニマル達はある種特別なものばかりだ。
 中には身体改造をしているものもいるが、基本、待遇は良いほうで、比較的寿命も長い。前に、体格が良くて腕っ節が強いトラが性奴隷兼ボディーガードとして身請けされたことがあったが、意外に人気があって、あれから数人ほどに注文されて調教したこともあった。
 このクマはボディガードには向きそうにないから、それは無理だったが。
 どうすれば、と考え続けても用意に解決策なんてでてこない。
 クマを弟の呪縛から解き放ちたいと願ったそれは、不幸中の幸いというべきか、あのひどい状況の中で吹っ切ってくれたようだった。クマ自身の精神の変化により、自分のために生きたいという願望が生まれたことが、良い方向に向いている。
 それは俺にとっても喜ばしいことだったが、この館で思うように生きていけるかと言えばまた別問題だ。
 それでも、今はクマが生きる気力を持ってくれただけでも良かったと思うしかない。
「まあ、どうせすぐには何もできない。まずはそのミイラ男状態をなんとかしないとな」
 その言葉に、どこか不安そうに、けれどこくりと確かに頷くクマの頭を軽く撫でて。
 縋るように見つめる瞳に、ぎこちなく微笑んだ。
 そういえば、俺自身、安心させるような笑い方をしたのはいつのことだったろうか。
 それに、気になることはまだいろいろあって、特にミイラ状態の下にある神経は、今後どうなんだ、ということが気になってはしようがない。
 今のところ、まだ表だって症状は出ていないけれど。あの薬を飲ませたと判った直後に解毒剤を投与してみたが、これもまた効くかどうか判らない代物だからだ。
 そんなことを考えていると、クマが不意に聞いてきた。
「……余興は、どうなるんですか?」
「余興……ああ、あれは、……他の誰かが出るか……、まだ判らない」
 これも不幸中の幸いというやつで、ここまで大けがをしたクマを出すのは難しいという俺の意見が採用されて、少なくともクマは出さないことになっていた。けれど、だから誰を、となると、俺は知らない。もっとも最有力候補は知っていて、マーカスがひとしきり文句を言ってたのも知っているけども。
「あの?」
 続かない言葉の代わりに、瞳が雄弁に物語る。
「……どうかな、バニーは……まだ判らねぇな」
「……そうですか」
 独り立ちする決心はしていても、それでも弟を見捨てることはひっかかりを覚えるのか、どこか不安げ吐息と共に言葉を吐き出していた。
 もっとも、最終的には客次第のところもあって。
 まだ特定の顧客のついていないバニーの場合は、不特定多数の客達の意見に左右されるから、俺たちも掴みにくいのだ。
 ただ、この先あれがどうなろうと、クマには関係ないのは確かだ。 
「気にするのは仕方が無い。頭の中の一部を占めるのも仕方が無い。ただ、あれがどうしようと、何をしようと、無視しろ。たとえあれがひどい目にあったとしても、気になってしようがなくても、その考えを無視するんだ」
 そんなことができるのかどうか判らないが、それでも、これだけはと命令する。
「いいか、無視しろ」
「無視……する……」
 噛み含めるかのように呟いたクマにとっては難しいことだろうけれど。
「無視する、だけだ」
 忘れることも、気にすることも、たぶんすぐにはどうしようもないことだ。だから一つだけ、クマに言い聞かせる。
「この前のように、客達に連れて行かれるバニーを見て、気にするのは構わない。だが、引き留めようとするな、あれは呼ぶな。あれにも自分の意志がある。それに、今後あれに何かあったときに、助けるのはあれ担当の調教師だ。おまえが行ったとしても、他の調教師が行ったとしても、誰も助けられない」
「誰も……俺でも……?」
「そうだ、おまえでも助けることはできない。ここはそういう場所だ」
 はっきりと言い切れば、クマはそれでも惑う視線を寄こしたけれど、それでもしばらくして、小さく頷いた。
 そうして目を閉じて、小さく何かを呟いてから。
「無視、するように、します……」
 抑揚のない声音で、言い切った。

14

 クマの回復は少なくとも外傷の方は順調だということで、薬の影響を調べる方向へ話が進んでいた。
 ただ今までの結果から、幸いにひどいことにはなっていない。
 ひどいというのは、生活が送れないほどに敏感になってしまったということではないということだ。ただ、まったく影響が出なかった訳ではなくて、ある範囲の痛みに疼くような快感を覚えるようになったのは、確認できている。
 この、ある範囲というのが微妙で、手のひらを細い棒で叩くと後からじわりと滲むような快感が迫ってくるらしい。ただ、それもかなり強いと思われる叩き方をすれば痛みのほうが勝つらしいし、痛みは痛みと捉えられるのだから、マシなほうだろうけれど。
 では鞭ならば、と考えたのだが、さすがにけが人相手に鞭を振るうことができず、まだ判らない。まあ、この前のディモンみたいな叩き方をすれば、あれはもう痛みしか生まれないだろうが。
 今のところ、まだ鎮痛剤を服用しているから、はっきりしないというのもあるのだ。
 現時点ではその程度しか判っていないが、それでも効きが悪いほうだということが判っただけでも御の字だった。あの薬は効かないやつには何をしても聞かない。効きが薄いということは、多量に飲んでも効きが薄い。
 まあ程度にもよるが、多少の効果はこのアニマルとしては良いかもしれないな、と、少し安堵して。
 そんな諸々の不安材料が片付くにつれ、後回しにしてきた問題をいい加減に片付けないとならなくなった。
 つまりは、あんな暴走をしでかしてくれたディモンをどうするかということだ。
 調教師間の揉め事は、まずは当事者間でなんとかしろというのがこの館のスタンスだ。
 特に、俺はあいつの先輩で、もともと俺の補佐からスタートしているということもあって、俺がなんとかしなければならないと、マスターからも言われている。
 もっとも、なんだかんだ言っても、あいつはマスターにも気に入られているから、罰金と謹慎以外、館からのおとがめは無い。結局、後は俺次第ということになっているのだ。
 というか、明日から復帰ということになっていた。もっとも、骨折が一週間で治るわけもなく、杖を突いての復帰だ。
 どちらにせよ、俺が与えたそのダメージが罰だと大半の者達は考えているようで、俺がさらに何かするとなるとそれ相応の反発も発生するだろうと、さすがに理解していた。
 実際、俺もさらに何か、と考えると何も思いつかない。
 一時の激情に駆られてあやうく殺しかけたのは事実で、さすがに俺も正気に戻ってから肝が冷えたりもしていたのもあるが、クマが回復していくにつれ、怒りも何も落ち着いてはきているし、何よりあの映像の中で知った事実もある。
 まあそのせいで、あれからずっとあいつに会えていないっていうのが、今の最大の問題なのだが。
 正直、どんな顔をして会えば良いんだ? と柄にもなく悩んだせいもある。
 それでも、明日には杖をつきながらも戻ってくると聞いてしまえば、やはりいろんなわだかまりは先に解消せねば、と思い至った。
 だいたい、いきなり明日会っていつものように仕事でのやりとりをこなすのは、さすがに無理だった。
「よう」
「ああ、どうも」
 再会はそんな微妙なやりとりで、たいそうぎこちないものだった。
 まあ、普段の挨拶も音だけで言えば似たようなものだが、トーンとリズムが違っていて、その先が続かない。
 それでもなんとか言葉を絞り出す。
「あー、その、怪我の具合は?」
「なんとか。ギプスが鬱陶しいぐらい……か」
 骨折部位をギプスで固めたその姿は、違和感ありまくりだが、それ以上にどこか遠慮がちなそれのほうが気になった。
 まあ、クマを痛めつけてくれたことに対しての怒りは理不尽ではないと思うし、反省もしていると噂では聞いているけれど。
 それでも、互いに腹を探っているようなそんな雰囲気のまま、沈黙が流れる。
 ドアのところで奇妙なお見合い状態になること数分。
「ま、どうぞ」
 結局、ディモンのほうから苦笑が漏れて、俺を招き入れた。とたんに、奇妙な空気が霧散する。
 それにほっとして、先に部屋に入るその背に声をかけた。
「あー、明日、復帰だと聞いたが?」
「ああ、人使いが荒いことに、這ってでも出てこねえと罰金だとか言われたぜ。この前のでけっこう引かれたのに、これ以上マイナスされたら、赤字もいいとこだ……」
 見るからに肩を落としたその背に、当たり前だと肩を竦めた。
「自業自得だな」
「判ってるよ」
 そのまま、ギプスのはまったディモンはベッドに腰掛け、俺はラグの上であぐらをかく。こいつの部屋は、俺のとこより何もなくて、ソファもないからいつもこうだ。
 それでも、いつもと違う何かが二人の間にあって、その違和感を払拭するように、まずはと口火を切った。
「おまえさ、この前クマの見舞い行ったって?」
 二日ほど前に見舞いに来て、生きてて良かったと言っていたとクマ自身から得た情報に、ディモンは頷き返した。
「やりすぎたのは確かだから、な。ま、顔を見たとたんに思いっきり怯えられたが……」
 くすりと肩が揺れる。
「おまえの本気モードなんか、俺でも怖いわ」
 それでも後から考えれば、ディモンも手加減はしていた。でなければ、あの程度の怪我で済むわけはないのだ。少なくとも、通常の調教用の鞭だったというそれだけでも、最初は理性が働いていたに違いない。
「死なさずに済んで良かったよ」
 その言葉に嘘は感じられず、後悔の滲む苦笑に俺も頷く。
「死んでたら、その程度の怪我では済まなかったろうよ」
 あの時、クマが俺を呼んだから、だからその程度で終わったのだ。
 もし当たり所が悪ければ、たとえば頸椎なんかを砕いていたら、さすがに今頃こうして話などできなかったろう。あの時、俺自身、こいつをどうしたいと思ったのかは判らない。
 けれど、理性なんてぶっ飛んでいたあのとき、下手をすれば殺していたかもしれなかったのだ。
 そんなことを考えながら、少し痩せたディモンを見入る。
 ふてぶてしい態度も少し鳴りを潜めているのは、精神的な負担も大きいのだろうけれど。
 まあ、今こうして相対できているのだから、それはまだ良いのだ。
 問題は別のところにあって、今日こうやってわざわざこの部屋に来たのもその話をするためなのだ。
 うやむやにしようか、などとも思ったが、そうすると、どうにも居心地が悪いというか何というか。
 こういうことはやっぱりけりを付けなければならないとは思ってきたのに、いざその段となると、どう切り出して良いか判らない。
 ディモンもいつもと違い黙りを決め込んでいるから、互いが互いの出方を窺っている状態で、奇妙な沈黙が漂い始める。
 そうなると、俺もいたたまれなくなってきて。
 その空気から逃れたいがために、意を決して口火を切った。
「なあ、おまえ、俺のこと好きだ、抱かせろ、とかよく言ってたけど、あれ本気だったんだ?」
 結局、問いかけはしごく単刀直入だ、それ以外なかったと言ったほうがよいほどに。
 そのとたんに、ピキッと空気が張り詰める。
 上から見下ろしているというのに、なぜか上目遣いでじとっと見られているように感じて、口角がピクピクと震えた。明らかに伝わる怒りのようなものに、じわりと冷や汗が滲む。
「あー、そうじゃないか、とは思ったりもしたんだがな。だがおまえ、いっつも冗談めかして言ってるから、マジ冗談とか、その場のノリで言ってんのか、と……」
 なぜに言い訳などしなくちゃいけないんだ? と思いつつ、けれど、責める視線は揺るがない。
「……俺も、冗談めかしていたのは認めるが、たまに手を出したりもしてたのにな。キスしたり、とか……」
「いや、あれ、酒飲んで酔っ払いながらとか、感謝の印のオーバーな表現とか、マジ、本気とは思わないって」
「抱かせろってかなり迫ったこともあったんだが……俺、うまいぜ、とかなんとか」
「俺のほうがうまいって。……つうか、なんでこの俺がてめえみたいなやつに抱かれなきゃならねえんだって思うしな。だいたい俺は突っ込む専門だし」
「たまには、逆もおいしいかも」
「冗談……って、マジそんなふうに進めるから、冗談にしか聞こえないんだよ」
 さっきまでのぎこちなさはどこに行ったって感じのやりとりに、だからと、肩を落とした。
「おまえ、すぐに冗談めいた口調になるから、本気度が感じられないんだよ」
「それでも伝わるだろう、と思っていたがな。あんた、アニマル相手だとけっこう機微をよく読んで調教に生かしているっていうのにな。どうも気が付いていないっぽいが、でも、あんただから……とか。俺もいろいろと悩んだりもしたけど」
「悩むぐらいなら、もっときっぱり言えよっ」
「言っても駄目かもって思ったら、俺としてもなかなか踏ん切りが付かなかったんだよ。まあ、気付いて、OK、なんて言ってくれたらうれしいかなあとは思ってた程度だし。だいたい、変な雰囲気になるのも避けたいのもあったのかもな、今みたいに」
「あー、それはまあ……そうだな。ていうか、おまえの機微なんか、読む気にもなってなかったからなあ……まして、そういうの」
「だろうなとは思っていたが……」
 どっちもどっちだ、と落ち着いた今なら思うが。
 だが、確かに以前のときにマジで言われたとして、俺が突っ込まれる側だという時点で駄目だ。それでも迫ってくるなら、絶対にこいつを追い出す方向で進んでいただろう。
 それをこいつも判っていたから、いつもいつも、マジな態度とふざけた態度を混ぜ込んで、全てを冗談にしてしまっていたのだ。
 たぶん、アニマルたちを観察するように、ディモンの表情も見ていたら、気が付いたかもしれない。
 ただ、あのビデオを見る前に気が付いたとしても、言葉が本当だという程度にしか気が付かなかったに違いない。
 けれど、今ならその言葉の嘘にまで気付くことができる。気が付いてしまった今なら、もう間違えない。
「俺もいい加減鈍かったのは認めるけどな、おまえにうまく騙されてたのは認める。ただ気付いたのはそれだけじゃあねえ。ほんとのところ、抱きたいってのも嘘で、実際はおまえ、俺に犯られてぇんじゃねえの?」
 ここが大事だと、ディモンの笑みを浮かべた瞳を見つめながら、言葉を紡ぐ。
「突っ込みたいんじゃなくて、突っ込まれたい。もしくは、調教されたい、この俺に、じゃないのか?」
 言葉自体が実は嘘だったから、だから本気とは感じられなかったのもあるんじゃないか。隠している本心を悟らせないために。
 そんな俺の言葉に、ディモンは続けようとした言葉を途切れさせ、虚を突かれたように呆けた。
 その顔色が、じわりと赤くなっていくのをゆっくりと観察している間に、ディモンもなんとか自分を取り戻して。
「な、何を根拠に……」
「おまえがクマを拷問にかけたときの映像を確認して」
「……あれで?」
「俺がクマを打った痕を、羨ましそうに辿っていた」
「!」
「おまえさ、あんなふうに俺に打たれたい、とか思ったんだろ?」
「!」
「だから、俺に打たれて、けっこう満足してたんじゃないか、あの時」
 俺の言葉に、必死で堪えているのだろうけれと、いちいち身体がびくついている。
 言葉より、何よりその目が雄弁に物語っていた。
 それに答えるように、視線であの時打った場所を辿ってやる。頬、腕、腹、そして今はギプスに覆われている足。
 その後を指でも示していけば、その身体はずっと硬直したまま動かなかった。
「欲しいなら、言ってくれればいくらでも打ってやったのにな、この前みたいに」
 怒りにまかせて打ったあれは、怪我をさせたのは別として、ただ打つだけなら俺にとっても存外気持ちよかったのだから。
「じょ、ーだん……、あんなのは二度とごめんだ」
 骨が折れる衝撃を思い出したのか、きつく顔を顰めたそれには笑ってやる。
「今度……、もし今度があるなら、今度はきちんと気持ちよく感じるようにしてやる。まずは背中から、それから尻か? おまえのは広いから打ちがいがあるだろな」
「だから、打たれたいわけじゃ……」
などと反論しようとするが、勢いはない。結局、言葉は途切れ、続く言葉を必死で探しているようだが、続けようがないようで。
 不意に諦めの混じった吐息を深く吐いた。
「ああ、そうですよ。……あんたがアニマルどもにお得意の一本鞭を振るってんのを見てて、最初は、うまく打つなあって憧れてただけだったのに。きれいに痕がついたり、アニマルが痛いと喚きながらも狂っていくのを見てたら……欲しくなっちまったんだよ。何がきっかけだったか、今一覚えてないんだけどな、あれって、気持ち良いんだろうなあって……考え出したら止まらなくなった」
「最初から、ってわけじゃないのか?」
「当たり前。最初は単純に尊敬ってやつだな。一年ほどしか違わねぇのに、ランキング上位だし、そこから落ちないし。作り上げたアニマルもそれぞれに価値があるようなやつばっかりだし。それに、鞭打ちが好きっていうのも似てるんだよな。そのこともあってあんたの補佐に付けられて……。もう最初っからすげえ、ってそればっかだったな」
 俺にしてみれば、入って一年も経たぬうちにそのランキングに割り込んできたディモンのほうがすごいと思うのだが。
 だが、ディモンの言葉が嘘ではないということは判っている。
「……確かに俺を見る目が尊敬だったな。だが途中から、しょうがねぇ……みたいな雰囲気がなきにしもあらずだったような」
 確かに最初は敬語で、丁寧に対応してくれたし、言うことも良く聞いてくれていたのだが、だんだんと扱いがぞんざいになって、何か頼んでも一言二言小言は返ってくるわ、文句は言われるわ、で、今ではお友達扱いだ。
 まあ、いろいろと世話をされて楽なのも確かだったから、便利に使っていたこともあるけれど。
 その意味を深く考えたことはなかったが、まさかそこにそんな思いがあるとは気づかなかった。
「今まで自分が鞭打たれるなんて考えたこと無かったから、最初は何で?って俺自身も思ったけどな」
 再度、天井に向かって嘆息している。そんなディモンに、俺も苦笑しか浮かばない。
 気がついたときには俺もそれこそ仰天したが、サドなやつが実はマゾだというのもよくあることだ。相手を苛みながら、自分がされていることを想像して、感じているのだ。
 だから、ディモンがそういう質だったとしても、おかしくはない。
 ただ、俺に気づかせなかったというところはすごい。もっとも、同じ立ち位置でアニマルを調教しているから、こいつまで目が行かなかったというのもあるのだが。
「それでも、今までは我慢、というか、そんなにも欲しいとは思わなかったんだけどな。なんていうか、あんたの世話ができる特権みたいなのに、満足してたって言うか……」
 その言葉に、こいつの世話好きなところって、尽くすタイプってことだよなぁと思い至る。どっちかっていうと、自分より相手を優先するタイプだ。
「なのに」
 そんな俺の思考を遮るように、トーンを落としたディモンの声が続いた。
「クマの調教の途中から、なんか、あんたのクマに対する態度が気になり始めた」
「俺の?」
「クマに遠慮しているな、と思ったのが最初。後、クマが嫌がることをあんまりしないってことにも気がついたな」
「はあ? そんなことないだろ?」
 俺としてはいつもと変わらないと思っていたけれど。
「知らぬは本人ばかり、ってやつだな。贔屓目に見ても、前の奴とはかなり違う」
 きっぱり言い切られて、「うっ」とうめく。
「たぶん、クマが兄弟を庇ってる姿に、あんたさ、知らないうちにクマを応援してたんだよ、最初のうちは」
「何で……」
「あんたさぁ、自分の兄貴に対して、なんかトラウマっていうか、そんなのがあるんだろ? 時々、夢見て魘されるとき、兄さんって言ってんの知ってるか?」
「あ……」
「それも、悪い記憶だって判ったのはこの前だけどな、あのお披露目の後だ。それで、あんたが完全にあいつに同情的、いや……どっちかっていうと同調か、になってんのが判ったとき、頭の中で何かが溢れそうになった。あんたが、あんなこと言うなんて、っていう落胆っていうか、焦りにも似た何かが、こう……ブワッとな。それでも、あんたの記憶に何があるのか知らないから、しょうがないのかと思ったけど……。思ったんだけどな……」
 ふうぅと大きなため息を吐いたディモンが、ボリボリと後頭部を掻き毟りながら、吐き捨てた。
「あんたの代わりにクマの世話してたら……何というか、胸の奥でもやもやしたものが一気に膨れ上がってさぁ、で、あれだ」
 あれだと、一言で済ませた内容は、あまりにも濃い。
「殺すつもりだったのか?」
「まさか……と言いたいところだが、そうかもしれんな。まあ、最初はそこまでするつもりは無くて、さっさと淫乱化しちまえば良いと思っただけだったが」
 マジでよく判らね、と口の中で呟いたディモンに、俺は何も返さなかった。
「ただ、確かに、なんかあいつに無性に腹が立ってきたのは確かだ。あんたの同情がもらえるなんて、なんて贅沢なやつだ、なのに、あいつの優先事項は別の奴なんだ、ゲイルをないがしろにして、ゲイルの地位を脅かして……」
 それはあの映像の中でも聞いたセリフだった。
「気が付いたら、もう理性なんか吹っ飛んでた。その後はあの通り。あんたが飛び込んで、あんたの怒りを目の当たりにして、容赦なく鞭打たれて、ようやく目が覚めたって言うか、正気に戻ったっていうか……。あー、ほんと、俺って何してんたんだろ、って、入院中も思ったけどよ」
「嫉妬ってやつだろ、あれが」
 ずばり言ってやれば、返ってきたのは諦めにも似た苦笑だった。
「入院中に自分でも気が付いた。時間だけはあったからなぁ。やってるときは自覚なんか無かったけど。だが気が付いちまったら……ったく、恥ずかしいったらありやしねえから、墓まで持っていくつもりだったんだが……」
 すでに自覚していたと、苦笑いをこぼしながら頷いていた。
「まあ、ばれっちまってんだから、正直に言ったけどな……。なんつうか、好きっていうのは……本気ではあるんだが、俺もよく判っていない。ただ、打たれたいってのはマジだ。で、マジついでに、今度俺も打った欲しいんだ、あんたの鞭で」
 どこか羞恥らしき色に首筋を染めた男に迫られて、微妙な鳥肌が立ったのは、きっと相手がよく知っているディモンだから、だ。
 相手がアニマルとか、自分で見つけた相手を鞭打つとかなると、昂揚感が湧いてくるものなのだが、意外にもディモンだとあまりそれが湧かない。
 まあ、実際鞭打ちだしたら、いつものように──あのときのように昂揚感に煽られて、止まらなくなるだろうか。ただ、今目の前の、「これ」を打つ、というのが、違和感があるだけで。
 後輩というか、同僚というか、今ではすっかり友達であるこいつを、そういう目で見たのが無かったから、その違和感があるのだと思った。
「あー、そうだな……考えとく」
 けれど、悩んではみたものの、襲われるならともかく、襲ってくれと言ってるその据え膳を食わぬ俺ではなく、そそられているのは確かだ。だが、こいつはアニマルじゃない。俺に叩かれたがっているとはいえ同僚で、ディモンだ。
 ガタイのでかさは俺好みだし、広い背に鞭打つのは、広いキャンバスに思いっきり描けるので楽しいのは楽しい、けれど。
「ああまあ、それはともかく。今回の詫びで、クマのこと、おまえも手伝えよ。俺は……そうだな、クマのこと、どうも見捨てられないみたいだから」
 今回調教の間ができて、じっくりとクマの報告書も一から読み直すことができたし、自分の感情の動きも冷静に判断する時間もあった。だからか、ディモンが行動する前よりも今のほうが、俺はクマのことが見捨てられなくなっていたのだ。
 そんな考えは調教師としては失格なのだろうが、それでも、俺としてはこの考え方を肯定したかった。
 あいつが生きていたいと思うなら、俺もなんとかしてやりたい。
 せっかく再生の産声を上げたあいつの思いを叶えてやりたい。
「ああ……。まあ、恋敵相手というのが微妙だが」
 そんなことを言いながらもニヤリと笑いかけられた。
「誰が恋敵だ……。どっちかっていうと、兄弟げんかのようだぞ」
 俺はそんなものよく知らないが、だが仲の良い兄弟ならば玩具の取り合いでケンカするような、今のこの2人はそんな状況なのかなと思ってしまう。
「兄弟……、まあ良いけど」
 けれど、なぜかディモンが苦笑交じりに俺を眇めた視線で見つめた。
「いい加減、認めないやつだな」
「認めるって……何を……」
 何のことだと睨み返せば、返してきたのはため息で。
「まあ、良いか。ま、クマのことで俺にできることなら協力する……というか、させてくれ。あいつの身体を、あんなにしちまった詫びもあるしな」
 とたんに神妙な声音で頭を下げられてしまった。
 さっきのは何だったんだ、とは思うけど、それでも殊勝な態度を取ってくるのは歓迎できたから。
「もちろん、協力してもらうつもりだ」
と、言ってやった。