【Animal House 迷子のクマ】 7

【Animal House 迷子のクマ】 7

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 処刑風景と、その後に続いたディモンの鞭打ちにひどく怯えていたクマは、その夜はかなりうなされて熟睡できなかったようだった。
 途中から安眠剤を処方してようやく眠れたようで、どうなることかと思ったが次の日起きたときには少しは落ち着いていた。
 回復が早いのは、元から打たれ強いところがあったのか、それとも弟を助けたい一心からか。
 あまり良い生活とは思えない報告書を読み直し、クマが家族の中で生きる価値として与えられていた弟を守るということが、ひどく強く根付いているなと理解する。
 躾けに鞭を使い痛みに悶えても、決して痛みを抑える薬や快楽に堕ちる媚薬を使うことを望まない。
 ディモンに勃起を打たれた痕に薬を付けようとするのですら嫌がり、腐り落ちると脅してようやく塗ったほどだ。
 その陰茎も次の日には無様に腫れ上がっていたが、それも良く効く薬のおかげで二日もおけば治まって、勃起するのに不都合はなくなっている。ついでに薬にちょっと敏感になる薬物を混ぜながら調教を繰り返していたら、平手で陰茎を軽く叩くぐらいなら浅ましい嬌声を出すほどになっていた。
 尻も乳首も同時進行で徹底的に敏感になるように刺激し続けてきているから、尻穴に挿入したり、乳首を抓られるだけでも絶頂を迎えるほど、身体はできあがってきていた。
 そんなとき、まだ接客させられないアニマルのお披露目の時間が空いているということで、クマを出してみることにしたのは気まぐれだ。
 体格の良いクマは、どうしても可愛い系のアニマルに比べれば客はつきにくい。そのため、こういう場を借りて、お客の興味をそそるのも手なのだ。
「う……あ……、ここは……」
 連れ出されたやたらに明るいゴージャスな大広間風の部屋で、四つん這いでのそりのそりと入ってきたクマはまぶしげに顔を顰めながらも、目に入った見慣れぬ客達の姿に硬直していた。
「デビュー前の展示コーナーだ、客への言葉遣いは教えたとおりにすれば良い」
 一言教えてやって、一段高いスペースでクマの身体を天井から下りている二本の鎖にそれぞれ両手首の枷を繋ぎ、足は大きく広げた状態で床に固定した。
 そんなクマの姿に、オーダーメイドのスーツを着込んだ客達が、グラス片手に近寄ってくる。
 そんな彼らの不躾な視線に、クマは羞恥に全身を赤く染め、動かぬ足を懸命に擦り寄せようとしていた。
「やあ、ゲイル。これはどんなアニマルなのかね?」
「これはクマ、です。メスグマですよ」
 普段使わぬよそ行きの言葉に舌を噛みそうになるが、愛想笑いを浮かべつつ答える。
「なるほど、クマか。大きいとは思ったが、凶暴なのか?」
「それが、このクマはこんな体つきをしているくせに、おとなしくて弱虫なんすよ。だから、ほら挨拶しろ」
 命令と共に客に当たらぬように、クマの背後で鞭を軽く振って床を叩く。
 とたんに、びくりと震えて怯えた瞳をしたクマを、客達は見逃さなかった。
「あ、……わ、たしは淫乱なメスグマ……です。三度のご飯より、ザ、ザー……ザーメンが大好きですっ。い、いつでも発情して、種、種付けを……望んでます。どうか、ご主人さまがたへのご奉仕を、お、許して、くださ……ぃ」
 まして、続いた卑猥な自己紹介に、客達の好奇の視線が続々と集まった。
 客はよく見ている。
 ここに繋がれる間に、クマが逆らわなかったこと。
 鞭に怯えていること。
 恥ずかしい言葉を、言い切ったこと。
 その間に、枷の嵌まった陰茎がビクビクと少し大きくなったこと、もだ。
「フィストはできませんが、ケツだけでイク程度には調教済みです。お試しも可能ですので、ご要望をお聞かせ願いますでしょうか?」
 ただ働きのデビュー前展示は、それぞれの客一回だけという決まりがあり、肉体破損に繋がる行為も禁止されている。
 けれど、調教師がOKを出せば、そのあたりも曖昧になったりして、要は壊さなきゃいいのだ。
「その子の背、鞭の傷跡がびっしりだねえ」
 薄くなっているとは言えそこに食いついたのは、俺が育てたアニマルを気に入っているサド親父だ。
 ここに来る輩は、多かれ少なかれまずサドッ気が満載だが、中でもこの男は鞭で打ち据えることが大好きなのだ。
「この子は鞭が好きなんですよ。なあ?」
 客に向かって頷いて、クマの耳元で問いかけるように囁く。
「……っ、は、はい……クマは……む、鞭が……好きです……」
 くしゃりと歪む顔に、暗く沈んだ瞳。
 バカ正直なクマは、ここで平気な振りなどできない。そんな姿が客の嗜虐性を煽るのだが、たとえ知っていても演技などできないほどにバカ正直なのだ。
 鞭が好き、ザーメンが好き、交尾が好き、チンポが好き
 クマ自身がどう思っていようと、それは関係ない。俺が選別した好き嫌いは、決して間違わぬようにしっかりと教え込んだのだから。
 性格はおとなしめで従順、賢いクマではあるが、弱みを握られていて、その弱みを手放すことができない以上、その運命は決まっていた。
「どんな良い声で鳴いてくれるのかな?」
 問われて、鞭を取り出して。
「どうぞ、お試しください」
 どんなに紳士ぶった客でも、やることは一緒だ。上機嫌で上がってきた客が、クマの真後ろで客用の鞭を肩慣らしのように数度振る。
 その音に反応してクマの身体が強張って、怖いもの見たさのように視線だけが背後を伺う。
「クマならではの広い背ですから、狙いやすいかと」
「なるほどな」
 ニヤリと下卑た笑みを見せた客の手が、勢いよく上がり、一気に振り落とされた。
「う、ぎゃぁっ!」
 パシッと鋭く鳴った音とともに、ほどよい大きさの悲鳴が響く。
「おお、確かにな」
 満足げに頷いて、二度三度と左右に振り回し、そのたびに叩かれた肌に痕が残った。
 クマの手がぎゅっと握りしめられて、一度目の悲鳴の後、食い縛った歯の隙間から呻き声が長く響く。
「この可愛い尻尾が覗く尻も、良いね」
「んぐっ」
 引き締まった尻タブに鞭の先が掠めて、内股近くの敏感な場所に、クマの身体が跳ねた。
 その拍子にひょこりと動いた丸い尻尾に、ケラケラと客が笑う。
「いいね、可愛い尻尾というものも。嫌らしくひくつく様子がよく見える」
「悦んでいただけて、これもうれしがっているんですよ」 
 揺れる身体を押さえるように肩に手を置いて、呻くクマの耳元で「礼を忘れてるぞ」と囁いてやれば、ひくりと引きつった唇が、戦慄きながら開いて。
「鞭で打って……もらって、うれし……です……。あ、りがとう……ございます」
 はくはくと喘ぐように言葉が漏れた。
「おや、いい子だねぇ、きちんと礼がいえるじゃないか」
「ええ、これは鞭が大好きですからね」
 にこりと笑顔を浮かべたつもりが、ニヤリになってしまった自覚はあったが、客は気が付いてないようだ。
 上機嫌で、再び鞭を振り上げて。
「ああ、お客さま、こちらも良いんですよ、こいつは」
 俺自身の鞭を取り出して、軽く扱う。
 客より激しくならないように、適度な加減で狙ったのは、乳首のピアスだ。
「ぎゃんっ」
 背後ばかりを気にしていたクマは、いきなりの乳首への痛みに無様な悲鳴を上げて、見開いた目から滴を溢れさせる。
「まだ小さいですが、毎日こうやって刺激を与えて大きくしていく予定です」
「ほお……」
「ひ、やっ……あっ、そ、そこはっ、あうっ」
 ピアスの傷もまだ完全に癒えぬ乳首は、鞭打たれてすぐに真っ赤に充血していった。
 パンパンと掠めては叩き、擦り上げる。
 思いっきり叩くのも好きだが、その程度なら客でもできる。
 こうやって嬲る鞭捌きを披露するほうが客の受けが良かったのするのだ。
 背後から客がバシン、バシンと叩いて、俺が乳首をピシパシ小刻みに、けれど重点的に嬲り続ける。
「んぐっ、そ、そこはっ、あ、ありがと……ぃ、ゃっ、うっ、痛っ……あっ」
「痛いのも好いんだよな?」
「い、痛っ、のも……好き、ですっ、くうっ」
 ポロポロと鳴きながら、それでも教えたとおりに答えるクマは、確かによい子の類に入るだろうけれど。
「勃起はしないのかね?」
 別の客の問いかけに、「勃起を希望されてるぜ、できるな」と、クマを煽る。
 それに、クマが絶望の表情を見せて、それでも「はい」と小さく頷いた。
 その言葉に、尻やら股間がきゅっと引き締まったのが前から見ても判った。
 尻に入っている今は動いていないバイブの刺激で勃起させようとしているのだろうけれど、これは性感帯への刺激無しの状態で、鞭打たれながらでの勃起は難しい。まだそこまで調教は進んでいないのだ。
「それで、勃起しているのかな、そうなるとずいぶん小ぶりなペニスのようだ、ああ、いやこれはメスだったか、ならこれが最大か……」
 クツクツと喉の奥で笑いながら先ほどの客が言い放ち、失笑が辺りに広がっていった。
「す、すみませ……ん、うっ、クマ……淫乱なメスグマ……は、勃起、させま……あぐっ」
 頑張ろうとはしているが、背後で打ってる客が、おもしろがってそれをさせない。
 全身を使うように振りかぶっては、勢いよく叩き始めたのだ。
 勢いづいて肩甲骨上から胸のほうへと落ちることもあって、俺も少し後ろへ下がり、その様子を他の客にも披露する。
「肌の色は浅黒さが目立ちますが、肌も丈夫で、少々の鞭では傷痛みはひどくありません。ただいま一本鞭をご利用ですが、このようにきれいに赤あざになる程度です」
「ほお、肌を裂くにはそれ相応の力が必要か?」
「はい」
 客に向かってこくりと頷き、試しに打ってみようかとクマへと振り向いたとき。
「俺がお見せしますよ」
 のそりと現れたディモンに、俺が言おうとした言葉を奪われた。
 そのまま客から鞭を手渡され、クマの背後やや右に陣取る。
「ディモン……」
「そう、このぐらいの勢いが必要ですかねえ、この淫乱グマには」
 あれにも似合わぬ敬語に、愛想笑い。
 それは客の前だといつものことだったけれど、なぜだが背筋にぞくりと悪寒が走った。
 それがなぜか判らぬ間に、ディモンの逞しい腕が上がり。
 目にも止まらぬ速さで鞭が一気に下ろされる。
「ぎゃーぁっっ!!」
 先ほどまでとは全く違う肌を打つ音に客達が驚いたように瞬きをしていた。部屋中に響くほどの悲鳴で、一瞬室内全ての音が消え去ったほどだ。
 接待しているアニマル達ですら、その動きを止めたほどの悲鳴をあげたクマは、段違いの強さで叩かれた衝撃に腰を前に突き出すようにして仰け反り、硬直していた。
 呼吸すら止まったかのように、そこに動きは全くない。
 不覚にも俺も言葉を失っていた。それは、試しの場で打つには、あまりにも強い打撃だったからだ。
 そんな中で、ディモンの声が響く。
「一本鞭は長いと難しいですが、扱いがうまくなるとこのようにきれいな傷が入ります」
 その言葉に、最初に反応したのはさっきまで打っていた客だ。
「あ、ああ、本当だ。身体に長く絡むように線ができて……じわりと滲むように広がっていっている。さすがディモンくんだねえ」
「恐れ入ります。革の鞭は編んでいますから、この網目が皮膚を削ることもあります。お仕置きで痛めつけたいときには、鞭の表面が滑るように流してやるのも手ですね」
 どうぞとばかりに鞭を戻されて、客は嬉々としてディモンが教えるとおりに、鞭を振るった。
「ぐうっ、うぐぅっっ!!」
 先より明らかに痛みが強くなったのだろう、クマの全身に汗が浮き、強張った筋肉がヒクヒクと震える。
 ぽたりと背後から床に落ちた真紅の滴は最初は一滴だけ。
 それが鞭の音のたびに、増えている。
「ああ、尻尾も狙ってくださいよ、そこも好きなんでね」
「ああっ、ほらっ」
「いあっ、ああっ」
 威力は無くとも鞭打ちが好きなだけあって、客の鞭は確実に尻尾を捕らえたようだった。
 振動が中のバイブに伝わり、高いカリ首が前立腺を穿ったのだろう、艶めかしい声が混じりだした。
「ひんっ、そ、そこあっ、やあっ、か、イイっ、イイッ、そこぉ」
 ここ数日徹底的に尻を開発し続けたと同時に、言葉遣いを教え込んだせいか、物覚えの良いクマは、まるで強請るように嬌声を上げ始めた。
 というか、それは俺がやるはずだったのだが。
 ディモンに教えてもらった客が、加減も気にせず嬉々として打ち続けている。もっとも上手いと行っても素人に毛の生えたような手際の客の鞭は、尻尾だけでなく尻タブやら内股やら、いろいろなところをランダムに叩く。
 そのせいで、歓喜の声の次は悲鳴になったりとしていたけれど、俺はクマのがじわりと勃ち上がり始めたことに気が付いていた。
 与えられる快感が痛みに勝ってきたのだ。
「おお、鞭打たれてるというのに、勃っているではないか」
 喚き悶えるクマの様子を楽しんでいた客の一人が、そこに気が付いてしまった。
「ええ、この淫乱グマは、尻に何か銜えてるだけで勃起しますからね。そのうち、鞭打ちでも勃起するようになりますよ、な」
「ディモン……」
 いきなり問いかけられても、返事のしようがない。このままでは、そこまで痛みに快感を覚える質にはならない可能性もあったからだ。
 下手に客にぺらぺらと嘘を言えば、後で面倒なことになるのは今までの経験上よく判っていて。
 なのにぺらぺらと勝手に説明するあれを睨み付けるが、どこ吹く風で。
「ああ、こう手首を効かせる感じで」
 などと客にレクチャーまでし始めた。
 それは悪いことではないのだが。
「痛っ、あぐっ……うっ」
 ひねりが利いて強くなった衝撃に、クマのダメージが予想以上に大きい。
「ああ、ゲイルくん、あんたの鞭捌きも見たいな、あんたなら鞭でも快感を与えられるだろう?」
 などと客から言われては、さすがに逆らえるはずもなく。
 簡単じゃないとは言えないストレスを飲み込み、しかたなく鞭を振るう。
 所詮はこの館の雇われ調教師、表舞台に出ている状態では客の依頼には逆らえなくて、ギリギリと奥歯を噛みしめながら、神経を使うピンポイント狙いに集中した。
 こんなつもりじゃなかったのに、と言う言葉すら出せないしがない立場。
「くそっ」
 口の中で悪態を付き、鞭先が掠めるように乳首とペニスを刺激する。
 ペニスは枷がかれられているが、内部にさまざまなサイズの突起があるから、枷を叩いていても堪らない刺激があるはずだ。ついでに揺れるだけでもその刺激は加わる仕掛けになっていた。
「い、いあっ、ぎゃっ、そこっ、痛っ、やあっ」
「痛いじゃねえだろうが、チン先嬲られてんだ、気持ち良いって叫べ」
 ああ、もう、何でもいいや。
 脳裏に渦巻くさまざまな感情を封じ込め、今は客に従うしかないと自分で言い聞かせて、鞭を振るう。
「可愛く尻尾ふりたくって、さっき大好きな尻叩きやってもらってんのに 礼はどうしたっ」
「もっと腰を前へ突き出せ、叩きやすいように涎垂らしまくりのチンポを突き出すんだよっ」
「あ、やっ、あ、あ、りがとっ、ひいっ、ございっ──くうっ、うっ」
 何度も弾けば熟したサクランボのように乳首が膨れあがる。
 せっかく戻った陰茎の色合いも、枷のお陰で直接叩くよりはマシだがそれでも赤く染まってきていて、敏感な亀頭は真っ赤に充血してしまっていた。
 その鈴口から流れるのは、快感を味わっている証拠のカウパー腺液だ。
 鞭打たれるたびに身体が前後し、腹を叩くほどにペニスが踊るのだから、それだけでも快感が作られる。
「ずいぶんと淫乱なメスグマだ。鞭がよっぽどイイらしい。あんなにも涎を垂らして」
「確かに、すらりとした良い形でいまだ初そうな色合いですが、もうしっかりと濡れておりますな、ほれ、あんなに充血して、すっかりメスの陰核のごとく」
「いやいやあれはメスですからね、あれはまさしくクリトリスですよ。もう色からしてそうでしょう? まあ、サイズは淫乱らしく特大ですがねえ」
 ステージ前で輪を作るほどに客が増えていた。その客達が好き勝手にクマを嘲笑している。
 それが特には耳に入っているのが、悲痛に顔を顰め否定しようとしているけれど、それもすぐに悲鳴と嬌声の中に消えてしまう。
 その姿が受けるのか、他にも何匹か展示されているというのに、クマは一番の注目を集めていた。


 次々と集まる客の間から、他のことも試したいというクレームが発生して、とりあえず鞭は終了させた。
 なぜか調教中よりも疲れてしまい、怠い腕で額の汗を拭う。
 クマも荒い吐息を繰り返し、どこか遠い眼をしていた。
 その姿を見ながら、今度は痛みを伴わない快楽系のデモだな、と客にバイブを渡していると。
「やあ、なかなかの人気だね」
 客達が玩具でクマの尻やら乳首をいじろうかと話し合っているのを、少し離れたところで見ていたら、聞き慣れた声をかけられ振り向く。
「あのクマ、順調そうだね。快楽に溺れているくせに、しっかりと理性が残っているじゃないか」
 前立腺を玩具で激しく突かれ、ひいひいと喘ぐその姿を眺めながらの問いかけに、「ああ」と短く返す。
 刺激されている間は、ひっきりなしに上げてる嬌声も、中断されれば必ず礼の言葉を返そうとしているのを見てとったのだろう。
 そういえば、そのマーカスが担当しているこいつの弟はどうなったのか?
 ふと湧いた疑問の答えをもらおうと身体ごと向き直ったときだった。
「できれば、このクマさんと一緒にお披露目して良いかな」
 マーカスが一匹のアニマルを押し出してきたのは。
 それが何か、言われなくても判ったけれど。
「あ、……ああ、良いぜ」
 返事がすぐに出なかったのは、予想だにしなかったこともあったが、その外見が少し違和感があったからだ。
 そんな俺にくすりと笑みを返し、アニマルを台の上へと押し上げて、客達に一礼する。
「このたびは、こちらのホワイト・バニーもお披露目に参加させたく、連れて参りました」
 すらすらと芝居がかった口上を述べるマーカスは、こういう演出めいたことも好きだ。
「あ……」
 客の手も止まり、クマもいきなり聞こえた言葉に戸惑い視線を投げかけて。その瞳が大きく見開かれる。
「さあ、お客さまに挨拶なさい」
 促されて、呼び名の通り白いウサギは、深々と一礼した。
 その拍子に、頭の上の長くて白い耳がゆらりと揺れる。
 その表情は硬いが、それでも鎖に繋がられなくても逃げるようなことはなく、全裸の身体を隠すこともしていない。
 これはすでに調教済みだと、ぴんと来る。
「は、じめまして……、ファック・バニーとして、お客さまのお相手を……させていただきます……ホワイト・バニーです……。どうか、可愛がっていただけると、うれしい、です」
 躊躇いがちではあるが、適度な恥じらいは客の欲望を擽る。モジモジと腹の上で絡めた指先を動かし、羞恥に頬を染めて。赤い唇をぺろりと舐めたそれは、確かにクマの弟だったけれど。
「きれいな白い髪だな」
「しかも、あそこの毛がないんだ」
 そんな客たちの声の通り、金髪だった髪はきれいに脱色されて白髪の状態だし、脇毛も陰毛もきれいになかった。毛穴の痕が目立たぬあれは、特別な方法で脱毛し、ケアした痕だ。
「は、い……。み、なさまに……可愛がって、いただくために……無駄な毛は、処理しました。よ、よろしく、お願い、します」
「ああ、可愛いねえ」
「ほんと、丸出しっていうのも良いね。確かに可愛がりやすい」
 ごくりと、どこからともなく欲の混じった音が漏れる。
 それを煽るように、マーカスがバニーの背を押し出した。
「さあ、お客さまに可愛がっていただけるよう、ご挨拶してきなさい」
「は……い……」
 ごくりと、バニーが息を飲み、それでもおずおずと客達に向かって歩き出した。
 その足はピンヒールの白いロングブーツで太股近くまで覆われており、たいそう歩きにくそうだ。そのせいで、ゆらりゆらりと身体が傾ぎ、尻が左右にひどく振られる。
 その尻にはクマとよく似た、けれど白くて丸い尻尾が付いていた。
 それが小刻みにプルプルと震え続けているが、それもわらわらと周りを取り囲んだ客の姿に隠れてしまう。
 その姿に、硬直し続けていたクマが不意に口を開いた。
「ラルっ──んぐっ」
 たぶん名を呼びかけようとしたのだろう、クマを振り返りもしなかったバニーに向かって。けれど、それより先にディモンがクマの口に口枷を嵌めたのだ。
「おまえはちょっとひいひいうるせえから、黙っとけ」
 などと言いながら、ギリギリと口の端に食い込ませるほどに頭の後ろで締め付けていた。
「ディモンっ」
「無駄吠え禁止だろ、ここは」
 また勝手なことをと抗議しようとして、けれど正論を返されて押し黙るしかない。
「うーっ、ぐっ、ううっ」
 口を塞がれても、クマはまだ必死になって弟を呼ぼうとしているけれど。それより先に、悲鳴にも似た声が、室内に響いた。
「やっ、ひぎぃっ、待ってぇ、いいきなりはっ、だ、駄目、あうっ」
 その声は、長いすに押し倒されたバニーからで、そばに転がっているのはさっきまで尻を飾っていた尻尾だ。太い棒がついたその丸い尻尾が、客の足で踏みつけられる。
 黒いスーツの塊の中から、白く長い足が二本にょきっと飛び出して、もうその身体は見えやしない。
「やんっ、ぎぃっ、ひぃっ、お、おっきっ、ああっ、ひいいぃぃっ」
「ぐぅっ、ううっ、ぐうっ」
 バニーの悲鳴に近い声とクマのうなり声が入り交じる。
「静かにしろっ」
 鎖の音を響かせて、暴れ出したクマに、客たちがさがってしまう。
 彼らに危害を加えられる距離ではないが、それでも不穏な状態は、俺たちもクマ自身もペナルティを喰らう。
 静かにさせようとその身体を押さえるが、火事場のバカ力的なそれに押され気味だ。
「あのバニーは実は今日まで処女で過ごさせたんだけど」
 不意に、マーカスがよく通る声で誰にということも無くしゃべり始めた。
 それが周りに聞かせるためだと、すぐに気が付かないほど、こいつとの付き合いは短くない。
「だから、拡張もまだなんだけど、こんなにお客さまにすぐ可愛がってもらえるなんて思わなかったなあ」
 わざとらしく、大きなため息を吐きながらの物言いに、それを聞いた客達の目の色が変わる。
「処女、かね……?」
「え、ええ。でも、どうやら皆様に気に入っていただけたようで、これはこのままここでデビューとさせていただきましょうか」
 困ったように答えるそれに、客達が色めき立つ。
「本当かね? バニーの処女はオークションで勝たないと味わえないが、それをこんな場所で?」
「かまいませんよ。あれは訳ありで、もともとオークションに出す予定はありませんから。どうぞ、みなさまであれの処女を味わってやってくださいませ」
 とたんに、それまで加わっていなかった客達まで、押し倒されたバニーの近くに寄っていく。
 すっかり静かになったクマの周りで、さすがに押さえ込む必要も無くなった俺は、ため息を吐きながらマーカスの傍らに近づいた。
「良いのか? 勝手に犯させて、壊れるぞ?」
「ああ、しょうがないだろ。こんなに人気があるなんて思わなかったから」
 しょうがないなんて、欠片も思っていなそうな笑顔で返される。
「クマ、てめぇはいい加減おとなしくしろっ」
 後ろで、暴れるクマを静かにさせようとディモンが、キイキイ怒鳴っていた。続いて、バシーンっと打つ音がして、ほんの僅かおとなしくなる。
「そうそう、あの子、まだ堕ちていないから。お兄さんがまだだっていうなら、自分が負けたくないってね。プライドが相当高そうだから、何でも負けるってのが気に食わないみたいで。賭けで勝ったらどうなるかなんて頭にないみたいで。ねえ、クマさん?」
 確認するように、流し目でクマを見やる先で、クマがひくりと喉を震わせていた。
 そんな弟の性格を、クマは誰よりも知っているはずで、だからこそ、マーカスの言葉を信じてしまったようだった。
「だから、この程度ではあの子は壊れないよ」
 最後には安心させるかのように囁いて、「じゃ、がんばって」とヒラヒラと手を振りながらバニーのほうへ去って行く。
 とたんに、接待をしている他のウェイター・バニー達の雰囲気が明らかにピンと張り詰めて、彼らにとって恐怖の対象でもあのマーカスの一挙手一投足を見入っているのが、こちらまで伝わってきた。
 そんな中で、俺はあのマーカスが施したであろうこのデビューの算段を思い描き、苦笑を浮かべようとしたつもりがしかめっ面になってしまい、そのことに余計に顔をしかめた。
 クマの御披露目を邪魔されたということより、クマに与えられた精神的ダメージが気にかかる自分自身も訳が分からない。
 目の前で弟が襲われているのに何もできないクマがどこまで保つのか?
 マーカスは壊れないと言ったが、アニマルに対する俺たちの言葉は嘘ばかりだ。
 だが、全てが嘘とも言い切れないのも確かだ。
 保つのであれば、もしかすると保つのかもしれない。
 心底から思う願いは、ときに非常に強固で、そのためにはすべての責め苦すら堪えうることもあるからだ。
 兄は弟を守りたいと願い、弟は兄を倒したいと願っているのなら。
 勝ち負けという賭を出した時点で、もしかすると俺たちはこの二匹を煽ってしまったのかもしれない。
「あ、んんっ、ひ、ひくっ、こ、こんな、お、おっきぃのにっ、やあ、深いぃぃっ、な、なんでぇ、ああっ」
 デビューでここに連れてこられたアニマルは、客達全てのお相手をしなければその仕事は終わらない。
 たぶんあの身体にはたっぷりと媚薬が施されていて、客に愛想良くすれば良いとだけ知らされて連れてこられているはずだ。その身体を、いきなりの多くの客たちに弄ばれて、快感だけを高められた身体で逆らう間もなく犯され続けるのだ。
 マーカスが処女というなら、間違いない。
 きっと初めてが誰かも判らないだろう。複数の男たちによってたかって無理に犯される恐怖は、もう快感でしか置き換えられない。
 さらに、マーカスの調教はこの間でも続くのがいつものことだ。
 バニーの耳の奥にはイヤフォンが仕込まれていて、マーカスからの言葉が届き続けているはずだから。
「いいこだね、お客さま、みんな悦んでいるよ。おまえがすばらしくよい子だから、その身体でとてもみなさまが悦んでいらっしゃる。さあ、もっと喘ぎなさい、もっと喜び、締め付けなさい……」
 悪魔の言葉が、混乱の中にいるバニーの脳を冒していく。
 ──楽になりたかったら、もっと欲しがるんだよ、身体の奥に。
 ──臭いが付くほどにいっぱいかけてもらいなさい。そうしたら、お客さまも満足されるから。
 ──喘いで、締め付けて、悦んでもらえたら、早く終わるから。
 ──おまえが悦んで、たくさん欲しがれば、早く全てが片付くから。
 バニーの望みを叶えるためにどうしたらよいか、耳から脳髄を冒すように話しかけて、そしてバニー達は堕ちていくのだが。
 あれは、それで堕ちるだろうか?
 俺はもう黒い山にしか見えないそれを見ながら、小さく肩を竦めた。
 クマが勝つと思っていたが、弟が襲われているのに何もできない己の立場を自覚したクマが全てを諦めてしまうのだろうか。
 バニーが勝つということは、こいつが淫乱化してしまうということで。
 今更ながらに、そんな未来を想像していなかったと、気が付いた。
 それはどこか暗い未来で、嫌な予感に支配されそうになって、俺は慌てて頭を大きく振ってそれらを追い出して、未だ暴れているクマを見やった後に、吐き捨てた。
「もうクマは片付ける」
「なんで? こんな言うことを聞かないやつは、ここで仕置きすれば効果あるぞ」
 なんて、予定外の参入をしたディモンが傲慢に言い放ち、一気にその手の鞭を振り下ろす。
 咄嗟に手を出したのは無意識だ。だが、目にも止まらぬ鞭先が、手のひらで大きな音を立てた。
 骨に響くその衝撃に顔を顰めたのは一瞬で、硬く掴んだそれをぐいっと引っ張った。
 驚いたディモンが握った鞭の柄と俺が握った鞭先が、ピンと張り詰める。
「どうせもう打ったって、クマの精神はバニー一色だ。それに、バニーのデビューがあったら、みんなそっちに気を取られる。お披露目には向かない」
 淫臭漂う、いつもより騒然とした広間の様子に、他のお披露目達も片付けに入っているというのに。
「それにクマはもう限界だ、休ませる」
 両目からボロボロと涙を流し、充血した眼でバニーがいるであろう場所を見続けるクマを苛立ちのままに一瞥し、吐息と共に握った鞭を床に叩き付けた。
 パンと、跳ねる音は軽く、呆然とその先端を見つめるディモンが、思わずと言ったように呟く声は力無い。
「だが……」
 そんなディモンを、俺は苛立ち気分そのままにぎろりと睨み、息を飲んだあいつを置いて、撤収作業に入った。
 もっともクマは何を一も聞く耳持たぬほどに暴れていて、しかたなくディモンに指示して縛り上げて、小屋へと戻すことにした。
 その間中、ずっと何か言いたげなのに黙したままだったディモンは、ディモンで鬱陶しかったが、それでもこちらから離すことなど何も無く。
 結局、互いに黙したままディモンを帰したところで、込み上げてきた大きな疲労感にぐったりとその場に崩れ落ちたのだった。