7
身体が動くたびに汗が飛び散った。
クマを介して反対側にいるディモンも同様で、その逞しい腕に浮かんだ筋肉に沿って、汗が流れて飛び散っている。
再開してから手早く十発、二人の間にいるウマは意識は未だ薄く、打たれても空気が抜けるような悲鳴を上げるだけだ。けれど膀胱に入れておいた媚薬のせいで、ペニスだけは勃起したままで、腹圧のせいか、隙間からじわりと滴が滲んでは揺れる拍子に飛んでいた。
充血しきったペニスの色は良くない。
もともとの枷に、萎えている状態でカテーテルで縛られて勃起しているものだから血行が滞ってしまっている。
媚薬とは言ったが、その中身は勃起不全向けの薬を調教用に特化したものだ。恐怖に萎えてしまったチンポを強制的に勃起させるときに使う特殊な薬というべきか。
勃起するから媚薬の類としてここでは使っているが、はっきり言って快感が増進させているわけではない。
それとは別に、先ほど全身に、特に傷に塗った薬の効果も出てきているせいで、意識がもどらないのだろうけれど。
「おい、目ぇ覚ませ、この淫売がっ」
ディモンが平手でウマの頬を叩く。頭が反対側に傾くほどに激しい殴打に、虚ろだった瞳に光が戻った。
怯えも露わな表情が嗜虐心を煽る。
「口枷も外したらどうだ? どうせ、もう噛みつく元気もないだろうしな」
「だな」
俺の進言に軽く頷き、銜えていた棒を外してやっていた。涎まみれで口から出てきたそれは硬いゴム製だが相当きつく噛みしめていたのだろう、しっかりと歯形がついている。
それを投げ捨てた先はクマの目の前で、怯えたクマが逃れようとばかりに壁へと擦り寄った。
それを見て、どうもディモンのクマに対する風当たりが強いとは思ったが、いつもよりあまり乗り気でない処刑に気が立っているだろうと見当は付く。どっちかっていうと、ヒョウたちの調教のほうが楽しかったなと俺でも思うからだ。
「も……許ひて…さ…い」
外したとたんに、ウマが小さい声で懇願してきた。
こういう痛みに対する調教も受けていないウマにとって、百叩き、特に俺たちのような力のあるものからの鞭打ちは堪えられるものではないだろう。
というより、拷問そのものなのだ。
けれど。
ディモンがその前髪を掴み上げて視線を合わせ、ドスの利いた声音で宣言する。
「百叩きは決まっていることだ。おまえにできることは堪えることだけ。残り五十発ほどだ。逃亡したことをしっかりと反省するんだな」
「それに、ほら見ろよ。おまえのチンポはもっと鞭打って欲しいって、泣いて悦んで。どうぞ狙ってくださいってばかりに、勃起してるぞ。なあ、うれしいよなあ、チンポ、打たれるの好きだろう?」
鞭の柄で捧げ上げるように陰茎の下をそっと撫でる。
ボコボコとした肉の塊と化したそれを目にしたとたん、ウマがひいいっと掠れた声で呻いた。
「な、色……が、くひゃ……う……、く、腐る……」
さすがに自分のチンポの色がおかしいことぐらい気が付いたのだろう。
どす黒く変色しだしたそれに、ウマの顔が驚愕に歪み、声に力が込められてきた。
「た、すけてっ、は、外ひ、ひて、くらさっ、お、俺の、俺のチンポ……」
その必死さに笑みがこぼれる。
そうしていると、こうやって相手が懇願する姿が見えなかったのが、おもしろくなかった原因だということにも気が付いた。
鞭打つこと好きだが、やはり俺たちは調教師なのだ。
叩いた結果、予定していたように調教できている楽しさがないと、その面白さは半減してしまう。
それはディモンも思っているのか、その口元が楽しそうに歪んでいた。
「チンポか……チンポを助けて欲しいのか?」
俺の言葉に、ウマが必死の形相でコクコクと頷く。
「ふーん……」
その必死さが笑いを誘うと思いながら、ウマのチンポに手を伸ばして握ってやる。
「冷たいな」
血が滞っているせいか、温度が低い。
その当然の言葉を口にすると同時に、ウマがひいいと悲鳴を上げた。
「ぎゃ、感じない、何も……何、触ってる? ひぇっ、あっ?」
握った俺の指の中で、チンポが前後に動く。感じないと喚きながら、シコシコと己の腰を振りたくり、押しつけるように自慰さながらに動かしていた。
「あー、感じない? じゃ、もう手遅れじゃねえのお?」
わざと間延びした声音で、皮をきつく抓ってやって。
「どうだ? 痛くないのか?」
「い、いひゃく、ない……あぁ、なんでぇ……」
「ああ、もう腐っちまったかもなあ、血行不良で神経が死んじまったのかも」
「だな、これ外しても、もう腐り落ちてしまうんじゃねえか?」
俺の悪乗りにディモンも乗って、ウマも、ついでにクマも蒼白を通り越して真っ白だ。
それでも勃起している不自然さに気が付けば良いのだが、『腐る』という負の単語に思考が完全に止まっているようだった。
さっき塗った薬は麻酔系の痛み止めで、その影響で神経が麻痺しているだけなのだが、そんなことは思い至らないらしい。
「まあ、いますぐ外してやればまだだいじょーぶだろう?」
「かもなあ……」
ツンツンとディモンまでもが鞭の柄で突いて。
「は、外してっ、外してくださっ、いっ、お、おねぎゃい、しますっ」
口枷の影響がだいぶ薄れてまともにしゃべれるようになったウマに、俺はディモンと顔を見合わせた。
「どうする?」
「別に俺はどっちでも良いけど。まあ、俺たちにはメリットなんか無いし」
「だよな」
「そ、そんなっ……お、お願いしますっ、どうか、外してください、な、何でも、何でぇもしますからあっ」
「何でもねえ……」
言質を取ったとばかりに、俺たちはうなずき合う。
別に取れたかどうかなどどうでも良いことなのだが、あとでねちねち責めるネタは多い方が楽しい。
「じゃあ、こう言うんだ。言えたら、チンポのこれを外してやる。ただしすぐに出すなよ」
透明なチューブをくいっと少しだけ引っ張り出せば、つられたように液体がポツポツと落ちてきた。
とたんに下腹に力が入ったのは、いっぱいの膀胱が排泄したいと訴えているのだと、慣れた俺たちには容易に想像できた。
「ウマはおしっこ漏らすのが大好きです。どうか、大人のくせにお漏らしが大好きな恥ずかしい姿を記念撮影してください」
俺が教える言葉が終わるか終わらないかのうちに、ディモンがカメラを取り出してきた。
「え、あ……、そんなっ」
最初は理解できなかった内容に、けれどすぐに咀嚼できたようで、ウマの顔が真っ赤に染まる。
しっかりと生気が戻った顔色は、一番ひどい背中の傷も含めて鞭の傷に麻酔が効いているせいだとは気が付いていないようだ。
身体を襲っていた痛みが消えてしまえば、失った体力でもなんとか動けるのだろう。というより、肉体を損なうという恐怖に、アドレナリンも復活してきたのか。
ウマと違い蒼白なままのクマには、その血を垂らして皮膚が裂けている傷が見えているが、利口なあれは決してそれを口にはしない。
「だったら、チンポが腐り落ちるまでそのままだ」
「ああ、まだ百叩きは終わっていないから、そっちが先だ」
そう言ってディモンが離れ、手の平を鞭で軽く打つ。
甲高い音が心地よく響くが、アニマルには恐怖しか与えないようだ。慌てたようによたよたと離れようとするけれど、吊られた状態では一メートルも離れられずに、それどころか戻ってくるはめになっていた。
「さあてチンポが腐り落ちるまでに終われば良いけどな」
わざとらしく脅しをかけて。
とたんにウマが今度は縋り付くように近寄ってきて、叫んだ。
「お、ねがいっ、します、言いますから、言いますからっ、解いてっ、ほどいてくださっ」
必死の形相のウマの様子がおかしくて、堪らずに吹き出しそうになったが、かろうじて押さえて、命令する。
「だったら言えよ。おもらし大好きなおウマちゃんは」
茶化して呼んでも、ウマは必死だ。
コクコクと頷き、我を忘れたようにウマが叫んだ。
「お、おもらし大好きなウマです、大人のくせにお、おもらし、する、恥ずかしい姿、ウマの姿、みてくださいっ」
それこそ一息で、一気にしゃべったウマは言い切ったとたんに、どうだとばかりに俺を見た。
そのどや顔の情けなさに堪らず失笑してしまうが、俺は同時にディモンにも目線を向けて頷く。
「しゃあねえな」
渋々と言った感じでディモンがしっかりと結んだカテーテルの端を解いていく。
肉に食い込み、きつくなったそれは容易には外れない。ウマはひどくじれったさそうにモジモジと太股を躙り合わせていて。
「おい、外したとたんに漏らしたら、今度こそ腐るまで外れないようにしてやるぞ」
脅してやれば、びくりと震えて涙目でこちらを見つめてきた。
解放されるとなると、溜まりに溜まった尿意に襲われ出したのだろう。
だが、腐る恐怖はそんな衝動すら堪えるだろう、少なくとも数十秒は。もっとも、それが平常時ならば、だが。
「よし、抜くぞ」
それは俺に対しての合図で。ついでに枷まで外したその音に。
俺はウマの真正面から即座に飛び退いた。
8
「ひ、ぐ……ぅ、ゆ、許して……こんな……あ」
泣きじゃくるウマの情けない姿に、俺たちは笑っていた。
ウマが泣いて腹圧をかけるたびにブチュッと膀胱内の残渣が吹きだしてくる。その足下は大きな液だまりがあって、ウマの足は無残にもその液体で濡れまくっていた。
しかもその液だまりの中には、白い粘性の強い塊がぷかぷかと浮かんでいるように見えていた。
ウマは排尿しながら、その合間に射精までしてしまったのだ。
大半が勃起用の薬であって媚薬ではなかったのに、ただ排尿するだけで射精までしたウマの見事さには笑いが止まらない。
「良かったぜ、おもらし大好きのおウマちゃん。好きすぎて、勃起チンポでザーメンまで吹き出すとはねえ」
「まあ、緩すぎるがな。出すなと言っておいたのに、一秒も保たなかったんだからな」
もっとも笑うばかりでは先が進まない。
俺は、涙まみれの顔を鞭の柄で上げさせて、しっかりと言い放った。
「出すなと言ったのに勝手に漏らしやがった罰を追加する。これから俺たちは処刑の残り五十の鞭打ちを行う。その間、おまえの思いつく限りの名前を叫びながら、おもらし大好きなウマを犯してください、とお願いしろ、大きな声で言わないと追加するぞ。それに、一発につき一個。違う名でな」
「ち、違う名?」
「そうだ、たとえば、ディモンさま、おもらし大好きなウマをおかしてください、と言ってみろ」
「で、ディモン、さま、おもらし、大好きなウマをおかしてくださいっ」
「もっと大きな声だ。ほら、言えよ」
「ディモン、さまっ、おもらし大好きなウマを、犯して、くださいっ!」
やけくそのように叫んだウマのそれに、俺も頷いて。
ついでのようにウマの陰茎の根元に枷を取り付け、前よりきつめに締め付けてやった。
「ひっ、やっ」
怯えて暴れそうになるそのチンポを乱暴に掴み、握りしめるととたんにおとなしくなる。
痛みはなくても、そのきつさの違和感に、身体が本能的に反応したのだろうけれど。
静かになったウマに、俺は言い放った。
「この程度では腐らない。だが、今後俺たちの言いつけが守らないようであれば、一段階ずつきつくしてやろう」
その先は言わなくても気が付いたようで、コクコクと首振り人形のようにその頭が動いた。
それを確認してから、はまた鞭を打つ体勢に戻った。
もっとも互いの顔にはそれぞれ笑みが浮かんでいる。やはり、こんなふうに無理矢理でも言うことを聞かす、調教の体裁がないとおもしろくない。
この百叩きも、要は最終的にこの身体を徹底的に痛めつければ良いのだ、と割り切ってしまえば楽しくするには簡単だった。
麻酔の効いた身体に鞭打ちの効果は薄い、と思うかもしれないが、それは麻酔が効いている間だけの話で。
一時間も効けば良いほうの薬の効果は、百叩きが終わった直後にウマは堪能することになる。
それに、表層の麻酔だけでは、鞭の痛みは完全には消すことなど不可能だ。
先にディモンの手が振り上げられる。
それが振り下ろすより先に、俺の手が上がり。
「ふぎぃっ、あがっ」
痛みは薄くなったとしても、打たれる衝撃か消える訳ではない。
揺らぐ身体は骨身に染みるほどに強烈な衝撃に硬直していた。しかも皮膚だけでなく肉にも傷は入るからその痛みまでは完全に消せない。まして骨への衝撃までは。
「言えよ、二人分な」
「あ、あ……ラインさま、おもらしウマ、大好きなウマを犯してください……、バーモンドさま……」
二人分言い切ると再び鞭を振るった。
容赦ないその打撃に、背中の傷が大きく裂けて血が飛び散った。
喉の奥から唸るような悲鳴が零れて、けれど、必死になって次の名を選び、卑猥なお強請りを続けていく。
ちらりと監視カメラのある辺りを見やれば、それらがしっかりとウマの様子を追っていた。それだけでなくこの部屋にはもっとたくさんのカメラがある。それらに全てを映像として取られていることも知らず、恥ずかしい姿とお強請りをし続ける。
極限状態のウマが叫ぶ名は、偽名を作る余裕もないだろう。記憶にしっかりあるばかりのはずだから、頼んでいるのは全て知り合いだ。その中に、ライバルの名もあればおもしろいのだが、あいにくその名まで判らないのが残念だ。
もっともそれに関わることは担当の調教師が仕上げるだろう。
俺たちが頼まれたのは百叩きプラスAの処刑。
重い鞭が腕に疲労感を与えるのを堪えながら、思い切り良く膝下をなぎ払う。
ボキッと鈍い音が響き、ガクリとウマの身体が崩れてぶら下がるのと、ウマとクマの悲鳴が重なった。
カウントが途切れ、ひぃぃぃと小さな悲鳴がいつまでも続く。
「う、あ……ぎ……」
さすがに名を呼ぶことも忘れたウマが、表層の麻酔では消しきれなかった痛みに苦しげに呻いた。
その身体に、ディモンがさらに同様の打撃を反対側に与えれば、とたんにもう悲鳴も出ない身体が硬直し、括られた部分だけで身体がぶら下がった。
「あひ……ぃ……、足が……、足が……」
折れた膝下は力が入らないようで変な方向に歪み、けれど、開放骨折までにはなっていない。
だったら、もう一発と逆手に持った鞭を振るう。
「ひがぁぁっ、足、足がぁっ!!」
折れた部分よりもう少し上を打ったとたんに、さっきより大きな音が響く。
苦痛を帯びた悲鳴は続かず、ただ、足が足がと繰り返して、とめどめもなく涙を流して、口角からは飲み込めないままに涎が泡を吹きながら流れ落ちていった。
「名前を言え、次は誰の名だ」
ディモンの言葉ももう耳には入っていなさそうだったけれど。
「言えないなら、腐らせようか」
耳元で囁く言葉はしっかりと聞こえたようで。
「シムジーさま……」「レイモンドさま……」
痛みに呻きながらも新たな名を呟いくウマに、褒美だとディモンが振るった鞭に。
「ぐがぁぁぁっっっ!!」
激しく仰け反り、天井を向いた目がぐると白目を剥く。
ぶちゅっと鈴口から新たな液が、肉が凹むほどに打たれた大腿骨を通って流れ、ポチャンポチャンと液だまりを僅かに広げた。
その身体が、吊された腕を基点にぐるりと回る。
頭が限界まで後ろに倒れ、仰け反った身体からは力が抜けきっていた。
「ああ、気絶したか」
「起こさないとなあ」
そう言って悪い顔で嗤ったディモンが、ぎゅっと握りしめた鞭が一閃する。
「──っ!!!」
風切り音を立ててなぎ払われたその鞭は、折れた大腿骨へ追加のダメージを与えていて。
意識はないままにガクガクと痙攣した身体は、ただブラブラと揺れるだけだ。
「脱臼するな」
「別に良いだろ、それにしてもまだ起きないのかよ」
そのまま何度も何度も、骨折部位を狙ったそれは、ウマが目覚めるまで続いたのだった。
両足を複雑骨折し、肩関節も脱臼したウマは、徐々に切れてきた麻酔に痛みがぶり返したうえに追加された痛みに、断末魔のような悲鳴を上げ続け、終わった頃には何をしても目覚めぬほどに完全に意識を失っていた。
呼吸は乱れ、全身は痙攣し、心拍も乱れてショック状態に陥ったウマは、強壮剤等の手当を受けた後運ばれていった。
それを、ぼんやりと見送っていると、ああと大きなため息をつきながら、壁にもたれかかった。
「疲れた……」
昂揚した気分が冷めてしまえば、そこに残るのはなんとも言えぬ疲労感だけだ。この手のは達成感もクソもないから嫌なのだと、そういえば毎回思うのを忘れていたことを思い出す。
別に痛めつけるのが嫌いなわけじゃない。
ただ、湧き起こった性的興奮を解消する術がないのだ。
ゆえに終わったとたんに行き場のないそれに苛まれ、かといって自家発電するには体力は萎えていて。
自室に戻って、酒でもかっ喰らって寝るしかないなと天井を仰ぎながら、ぼけっとしていた。
濡れた床は水を撒いて流したが、血にまみれた鞭は床でとぐろを巻いているし、壁に散った血痕もまだ鮮やかな赤を見せていた。
何より、錆びた鉄の臭いに排泄臭、淫臭の混じった臭気はなかなか消えてくれない。
昂揚しているときには楽しいそれらも、熱が冷めればうっとうしいことこのうえない。
あーあと再度ため息を吐き、けれど鼓膜を擽る最近聞き慣れた泣き声に気が付いて、そういえば、と思い出した。
「あー、小屋に戻すか……」
放置していたクマが泣いていた。
まあ、骨を砕いてもさらに鞭打ち続けた拷問風景に、クマの神経は途中で参ってしまったのは判っていたけれど。
それを踏まえてのクマの調教をしなければならないが、なんだかやる気が起きないと、荒い呼吸を繰り返し怯えて縮こまったクマを見やる。
きちんと立てば大柄とも言える身体も、こうなってみれば親から離れたコグマのごとく弱々しい。
「何言ってる? せっかく良いもの見せたんだから、ちゃんと教え込まねえと」
けれど、俺の言葉をディモンが即座に否定した。
「それに、今度はこいつへの罰が必要だろうが?」
言われて何が、と問おうとして。
ディモンの顎をしゃくって示すことに、「ああ」と気が付いてしまった。
「そういや、おまえ最後はカウントできていなかったっけ」
後半ぐらいから、だらりとぶら下がった変色したまだら模様の肌から流れる血に卒倒しそうになっていたクマは、もう数えることなどできないとばかりに、怯えて震えていた。
悲鳴が上がるたびに両耳に押し当てた手は白くなるほどに力が入り、蹲った身体はますます丸くなっている。
今も、何も聞きたくないとばかりに目を瞑り、耳を塞いでいる。
「しかも、勃起しろって言ってたのに、あれから一度も勃起してなかったしな」
「そうなのか?」
そういえば、そんなことをディモンが命令していたことを思い出す。
クマの担当調教師は俺だが、こいつの命令も絶対だ。というか、どのアニマルであっても『人間』と分類されるものからの命令は絶対なのだ。すなわち、館のスタッフ、調教師はもちろんお客もだ。
「ああ、一度もな」
低い声音に鋭い視線が、クマに向かう。
これは何らかの罰を与えないと、ディモンも気が済まないだろうが、クマの精神的ダメージは予想以上なのも確かだ。
「ほら、来いっ」
なんてことを考えている間に、ディモンがさっさとクマの腕を取り、その場から引きずり出した。
「ひ、い、あ……い、だぁ……ぅ」
咄嗟に出た拒否もどきの声は、言葉になる前に飲み込まれて、こんなときにも従順な態度を取るクマは、結局おとなしく引っ張られていく。
確かに何かしらの罰は必要で、一番てっとり早いのは、いまだ恐慌状態が回復できないほどにショックを受けている鞭打ちであるのは確かで。
「不服従は十発だ」
いつもの鞭を取り出していると、ディモンがクマの首輪に直接鎖を付けているのに気が付いた。
「おい、首が絞まる」
下手な動きをすれば首が絞まる躾け用の首輪のままだと、咎めて言う俺に、ディモンはくすりと零した。
「さっさと済ませるにはこれぐらいがちょうど良いんだよ」
確かに窒息の恐怖と鞭の痛みはアニマルの躾には良いのは判っているが。
足の裏が全部付くか付かないかの高さにクマは両手で鎖を掴み、必死になって背筋を伸ばしているを見てしまうと、知らず眉根が寄ってしまう。
すらりと伸びた足に背筋は、ひどく無防備に俺の前に晒されていたが、その強張った身体に不意に憐憫が湧いてしまったのだ。
「なあ、そこまでしなくても、あれを見て勃起できるアニマルなんて狂ったやつぐらいじゃねえか」
一応進言はしてみても返ってきたのは、『バカか』というような鋭い視線で、どうせ聞き入れないんだろうなと、ため息交じりで諦める。
「それからこいつもだ。今朝方ようやく届いたんでな」
クマの股間に向かって、カチリカチリと手早く止めている細かな透かし彫りがされたチタンカラーの輪がクマの陰茎の三箇所と陰嚢へとかけられていた。あれは射精抑制具で、アニマルの射精を制御するための構造をして、鍵がなければ簡単に外せない代物だ。しかも、内部には微妙なサイズの突起が並んでいて、いつでもクマの会陰から陰茎を刺激し続ける敏感なアニマルには堪らない一品なのだ。
それがクマの髪より薄い赤茶色の陰毛の中で燦然と輝いている。
「で、これが鍵だ」
立ち上がり、俺に渡そうとばかりに、指先で鍵をつまみ上げていて。
「この鍵がないと射精はできないし、たとえ工具があっても外すことはできない」
クマに教えるように説明する言葉は嘘ではない。
チタン合金でできたそれはたいそう丈夫な上に、工具が入る隙間がほとんどない。ハンディタイプの工具では切れないそれは、鍵の構造すらも独自のもので、館内にある専門の工房でしか扱えない代物なのだ。
そんな複雑構造にしたのは、名目上は脱走防止。
逃げても外せないぞという脅しなのだが、逃げられないここでは、外せないという、そのことが脅しになる。
その鍵を、吊られた恐怖だけでなく怯えているクマの前で指先で揺らして。
「あ……」
あまりにもわざとらしい声を上げたと同時に、それが落ちていく。
床で跳ねる、一見針金のようなそれ。先ほど掃除のときに開放した排水口の近くで止まったそれを拾おうとした俺の目の前で、ディモンの足がそれを蹴った。
そう、わざとだ。
「おまえ、またか……」
しかめっ面をして見上げた先で、嗤うディモンがいつもよりきつく睨んでいるような気がして、文句が止まった。
「何?」
しかもそんなことを言いながら、再度蹴って。カン、コンと小さな鍵があっけなく排水口の中に落ちていく。
「いや……」
そういえばもともとそんな予定だったと、停止しようとした俺のほうが間違いだと小さく左右に首を振った。
「あーあ、落ちてしまったなあ、鍵。これ、拾えないんだってさんざん注意され続けてきたっていうのに」
「あー、そうだな。まあ、一週間もあれば合い鍵作ってもらえるし、射精できないだけなんだから別に良いだろう?」
それはいつもの調教時の会話で、何もおかしいことはない。
ただ、なんとなく俺自身のノリが悪く、ばからしさに不愉快な気分ばかりが湧いてきた。
弟を助けることだけで保っているこれを、あまりに虐めすぎれば、早々に壊れてしまうのでは、と思って、壊れてもいいさと考えながらも、なぜか頭はもったないぞと警告している。
ああ、もう……。
相反する思考のせめぎ合いは、それでなくても疲れている精神を疲弊させていく。いや、疲れているから、こんなことを考えてしまうのか。
らしくないと首を振り、再度深く息を吐いて、クマへと視線を戻した。
「どうせこいつは仕置きの鞭打ちでは勃起しないんだろう? だったら、関係ない」
確かにそうだが、尻穴の快感は素質十分だし、他の性感帯の開発も順調だから、勃起しないわけではない。なんてことを考えていたら、不意にディモンが唸った。
「クマ、てめえ、礼を忘れてる、鞭打ち追加だな」
「「あ……」」
小さく呻いたのは、俺だったのか、クマだったのか。
重なった声音に、ディモンの鋭い視線が俺たちを交互に見やる。
「ゲイルぅ、呆けるにはまだ早い年だろうが」
「うるせえよ。百叩きでいい加減疲れて休みたいから、うっかりしてたんだ」
「たかだか五十も叩いてないくせに肝心なことを忘れるなんて、ランキングダウンものだそ」
「あー、それだけはご勘弁」
せっかく上位に食い込んで、うれしい特典を使いまくっているというのに、今更剥奪されるのはちょっと惜しい。
そのことに思い至った分、さすがに意識を切り替えて、重苦しい疲労感を感じる腕を数度回し、大きく呼吸を繰り返した。
「じゃ、二十発だな」
勃起の不服従と礼の言い忘れ。
目線で確認してやれば、クマが絶望の表情で頷いた。
「い、ん……淫乱な、メスグマは、ご命令に背いてしまいまして……ひくっ、……申し訳ありません、でした。どうか、お仕置きとして二十発の鞭をこの……この卑猥な身体に、お願いします」
全てを諦めきったようなやつれた顔で、淡々と呟き項垂れる。
芝居の台詞のようにその身に染みついた言葉は、アニマルの恭順の印でもあるが。
「なんつうか、詫びてる感じが一つもないな」
俺が思った以上にディモンの勘気には触れたようで、ドスの利いた声音が、クマの身体を縛る。
「ひっ、あ、す、すみませんっ……」
「プラス十だ」
「ひっ……」
恐怖に震える身体がディモンから離れようとばかりに揺れた。もっともそんな余裕など無く吊された身体は、半歩も離れることができない。
「三十……ねえ。俺もう疲れてんだけど」
「いいさ、俺がやるから」
あれだけウマ相手には面倒そうにしていたくせに、クマには嬉々として向かっていく。
そのまま振り上げようとして、その手が握っているのがプラスAの鞭だと気が付いて慌てて止めた。
「おいっ、いつもの使え」
拷問用という訳ではないが、三十も打つのにさすがにそれはきつすぎる。
一体何なんだ、という疑問が湧くほどに、今日のディモンは少し変だ。
とりあえず、準備している間にこっちが打っておこうと身構えて。
「俺が先にするからな」
一言声をかけてから、クマの背に鞭を振り下ろした。
「ひぐっ」
もう何度か叩いた背は、さっきのウマに比べたら格段にきれいだ。
薄皮をまとった先の傷跡も、いまだ皮膚の深層に残るアザも、クマのほうが好みだ。
「なんでせっかく許可したのに、勃起しなかったんだ? 普段はするなと言ってもチンポおったててる変態のくせになあ、おい」
「そ、それは……うくっ」
無駄な言い訳など効く必要もないから鞭で黙らせて、先より緩やかな音を立てる。
それでも背に赤く残っていく痕は、明日の朝には青あざになってしまうだろう。
赤と青と黄色と。
きれいとは、そういう意味のきれいさで、たいそう俺好みの背中だった。ウマのあれは、すでに俺の好みの範疇を超えているが、まあ仕事だから仕方が無い。
そう思いつつ、左右に鞭を振り下ろせば、仰け反った身体がビクンビクンと二度跳ねて、尻の狭間からにゅるっとバイブが飛び出してきていた。
「あ、忘れてた」
四つん這いでの散歩のときから入れっぱなしにしていたバイブだと気が付いて、靴の足裏でそれをぐりぐりと押し込んでやれば、ますます仰け反った身体から、甘く切ない嬌声が漏れ聞こえた。
クマにジャストフィットさせたバイブは、押し込むだけでも堪らない快感を与えるのだ。
「おいおい、今頃勃起しやがって、遅ぇんだよ」
「ひ、ギャンッ!」
不意にディモンがクマの前面で鞭を振るったかと思えば、その身体が激しく痙攣した。
爪先立ちになるほどに仰け反った身体に、見開かれた両目の端からのは涙が噴き出している。
だらりと垂れた舌も涎が流れ、意味不明な言葉が喉から漏れ聞こえてきた。
「おい、何やったんだよ」
「ん、ちょいっとだらしないこのチンポにお仕置きをだな」
指先で示されたそこを見やれば、形の良いすらりとした陰茎にくっきりと赤い痕が残っている。
ちょうど勃起しているところを叩かれたそれは、身体の痙攣とは別にプランプランと揺れていた。
「おいおい、初心者にはきついぞ、それは」
「良く言うねえ」
想像したくない痛みは、けれど確かに俺もよく与える痛みだったけれど。これではますます鞭が嫌いになるなと、ほんの少し心配する。
「早々に折れても困る。そいつはまた後にしろ」
と言っても、ディモンは聞く耳など持たぬ体で、狙いを外さないように短く持った鞭先で、ペシンペシンと戯れのように陰茎ばかりを叩いている。
「おい」
いい加減にしろと制止しようとしたけれど、なぜか強い視線が俺を射る。
「勃起の命令に従わなかったんだ、これぐらいいつもなら当然だろう?」
と言われたら、俺も確かにとしか言えない。
だが、クマのメイン調教師は俺だ。
「いい加減にしろ、もう十発以上叩いているだろうが、チンポばっか」
軽くとは言っても、それ相応のダメージが残る鞭打ちに、クマは悲鳴すら上げられず、枷がなければ萎えてぶら下がってしまっている状態だ。それなのに追うようにして叩くディモンとクマの間に身体を割り込ませ、不服従きわまりないディモンを睨み付けた。
「もう良い、後は俺だけでやる。おまえはヒョウのところにでも行って後片付けでもしてろよ」
こんなに感情的なディモンなどに頼っていては、それでなくてもショックを受けているクマが壊れてしまう。
それではあまりにももったいなくて、そんなことを思いながら冷たく言い放てば、ディモンが一瞬激しく顔を顰めて、けれどすぐにその表情を隠すようにいつものようにへらりと嗤って後ずさった。
その一連の表情の変化はとても素早く行われて、一瞬見間違いだったかと思ったけれど、それでも記憶にはしっかりと刻まれている。
「はいはい、判ったよ、後はご自由に。……ま、俺は用無しなんでもう戻るわ、後片付けも全部しろよ」
そう言い残し、ヒラヒラと手を振り足早に去って行くディモンの様子はいつものままで。
デイモンの一連の行動の不可解さが理解できぬままに、俺は、一体何なんだと首を傾げるしかなかった。