【Animal House 迷子のクマ】 5

【Animal House 迷子のクマ】 5

5

 震える声で数える姿に、俺はニヤニヤと笑いながら鞭を振るっていた。
 その声はクマのもので、ディモンの提案で、クマが回数を数えることになったのだ。
 ディモンの顔にも笑みが浮かび、振るう鞭は軽く宙を舞う。
 もっとも、中央で吊されて立て続けに鞭打たれるオスヒョウは、俺たちの手加減など判らないのだろう。せいぜいが赤みを帯びた痕ぐらいしか残さない鞭打ちにも気付かずに、ヒイヒイと情けない悲鳴を上げていた。 
 上げた腕を振り下ろし、返す動きで腰に叩き付ける。
「ぎぃ、痛っ、ああっ」
 先より少し強めに打ったせいか、赤く腫れた背の下にくっきりとした線が入った。
 赤いそれの痛みに長く呻く。
 だが。
「おいっ、これは罰だと言ってるのに、何、勃たせてるんだぁ、おい」
 前に回ったディモンがニヤニヤしながら叱咤するのに、俺もちらりと覗き込めば、きれいな形の若いチンポが天を仰ぎ、先端からたらりと粘性のある液を垂れ流してた。その根元と陰嚢に渡る枷がびっちりと食い込むほどで、鬱血すらしている。
 さっきメスヒョウで嬲られたチンポは、鞭打ち当初は萎えていたのだが。
 ちらりとディモンを見やると、楽しげに嗤いながら鞭先でチンポに触れていた。
 その感触に、オスヒョウが見る見るうちに青ざめていく。
「も、もうし……わけ……ありません……」
「さっさと萎えさせろ」
「は、はいっ」
 また無茶な命令を……なんて思いつつも、いつものことなので肩を竦めて、俺も声をかけた。
「だったら、手伝ってやるよ」
 すでにメスヒョウに一時間嬲られていたというチンポを意志の力だけで萎えさせるのは困難だろう。これが調教開始頃のアニマルならともかく、こいつはディモンに寄って、もうその手の調教は済んでいる。済んでいるから、その難しさはアニマル自身含めて皆知っている。
「ほらよっ」
「ぐがっ!!」
 肩に向かって振るった鞭が、パシッと鋭い音を立てて肌を抉った。
 肩の関節近くから前へと回り胸板を叩くそれに、仰け反った身体が揺れる。垣間見えた横顔から、涙が幾筋も流れて、散っていた。
 その顔に向かっても振るう。
「ぎゃっ、んっ」
 端正な顔に残る痕は、はっきりはしない。けれど、目元近くまできた鞭先に、オスヒョウが感じた恐怖に声にならない悲鳴がいつまでも続いた。
「ああ、ちゃんと萎えてたな。良いか、これは仕置きだ。勃起なんて許さねえからな。今度勃起したら十回増やすぞ」
 脅すように激しく足下の床を打ち、跳ね返る鞭先を膝下に当てた。
 それだけで、足踏みして、必死で逃げようとする身体に、返す手で太股を打ち据えた。
「ひ、は、はい……も、もうしわけ、ありませんっ、も、もう、勃起させませんっ」
 悲壮な面持ちで返す言葉に、ディモンがニヤリと嗤い、その手が動いた。
 その手が横に撫でるように動いた拍子に、ディモンの鞭も胴体を真っ二つにするように鞭が踊る。 
「ぐっ、がぁぁっ」
 喉が枯れ出したのか、短い悲鳴が途切れながら続く。
 腰を回った鞭先が背の骨盤の上部まで届き、戻っていった。そこへ、俺も同様に鞭を払う。
「あぎっ、だ、だめっ、ひぃぃっ」
 腰から下、尻タブから太股。
 オスの敏感な器官がある周辺を狙い、俺たちの鞭が幾筋もの痕を残していく、と。
「おいおい、まあたチンポ、おっ勃てやがった」
 呆れた風にディモンがため息を吐く。
「またかよ。あっちじゃ最愛のメスヒョウがイヌに襲われてヒイヒイ泣き喚いているってえのに、こっちは叩かれて勃起しまくって、悦んでるのかよ、なんてやつだ」
 勃起なんて背後からは見えないけれど、想像はつくのでディモンにのってはやしてた。
 実際、メスヒョウは足から腰にかけて二匹同時に嬲られて、悲鳴というより嬌声のような声を上げ続けているのだが。
「おいおい、さっさと萎えさせろ。十秒以内に萎えさせたら、許してやる」
「は、はいっ」
 勢いよく返事はするけれど、十秒では治まるものではない。
 何しろ、ディモンに調教されたアニマルは痛みすら快感を覚えるようになっているのだから。
 特にこのオスヒョウは背中など叩かれたくらいでは快感にはならないが、腰回り、特に尻タブを叩かれると勃起するように調教されているのだ。
「この淫乱ヒョウは、どうしようもないな。すっかり鞭で勃起する癖が付いちまっている。おい、ディモン、そのまんま勃起させたままでも良いんじゃないか? 代わりにこの後全部勃起チンポに鞭打つってことで」
「あ、それも良いかも」
 出来レースの調教は、俺たち二人ではいつものことだが、初体験のアニマル達には良く効いてくれる。
 敏感なチンポへの鞭打ちと聞いて、オスヒョウの全身が激しく痙攣し、戦慄く口が開閉を繰り返していた。
 そして、ちらりと見やったクマもまた同様だった。
 本物の犬がお座りするように、両手を足の間に置いて尻で座っているクマは、大きく目を見開き、冷や汗を流しながら、蒼白になって震えていたのだ。
 今回の罰は、どちらかというとメスが味わう恐怖がメインで、オスのこれはお仕置き風景のスパイス程度でしかないことは、聞いていなくとも理解できていた。
 しなやかな肢体をイヌたちの涎でドロドロにし、無数の噛み痕をつけたメスヒョウが勃起しながら泣き喚いているメスの姿は、見せつけられたオスに自身の痛みよりも強く苦痛になる。さらに、この後二人揃って薬に狂ったイヌどもに犯されたら、その罪の意識は倍増する。
 そんなお仕置きショーの本質に気付かぬクマもまた、鞭が与える苦しみとそれに勃起してしまうオスヒョウの混乱が伝染しているのだ。
 このままチンポへの鞭打ちを行ってオスヒョウが悶絶しながらの射精風景を見せたら、狂いたくなどないクマはますます俺の命令に従うようになるだろう。
 そうだ、ついでにもっと近くでクマに見せてやろう。
 それよりも、クマにフェラさせてザーメンを飲ませてやるのも良いかもしれない。
 そろそろしなければならない調教内容を思い出して、クマへ踵を返そうとした、ところで。
 ビー、ビー、ビー。
 繰り返されたビープ音に、ディモンの手が、ついで俺の足が。
 さらにクマもそのまま硬直した。
「呼び出しだな」
 大部屋に鳴り響く音はタブレットからだ。
 調教師が持つそれはメッセンジャー機能もあって、特に緊急の呼び出しがあるときはこんな無粋な音が鳴る。
「どれどれ?」
 ディモンが自身のタブレットを確認して。
「……逃亡アニマルの発生、すでに捕獲済み。あらら、最近にしては珍しいなあ。で、マスターが俺かあんたを処刑担当って……。あー、どっちが……って、あんた、自分のタブレットは?」
 ふむふむとその内容を聞いて、面倒くさいと思ったところでのその問いかけに、俺は鞭しか持っていない両手を見せて、「忘れた」と一言返した。
「……そのうち、マスターから叱られるぞ」
「あまり使わないから、すぐに忘れるんだよ。まあ、おまえがいるときは、見せてくれるから、無くてもなんとかなるし。って処刑……ああ、百叩き刑プラスAか……どっちでも良いんだろ?」
 覗き込んだそれに、確かに自身の名を確認し、肩を竦める。
「そうそう。だからそっちに連絡が付かないから俺に連絡が来るんだよ。なんかマスターに二人ワンセットに見られているような気がする」
「便利だから、それで良いよ」
 あっさりと言い切ったら、ディモンが難しい顔をして見つめてきた。と言っても、その口元が緩んでいるのはバレバレだ。
 どうもこいつは、俺と一緒にいるのが好きらしいが、それは俺も便利なのでちょうど良い。
「で、どこにいるんだ、そのアニマルは?」
「あ──、例の吊るし部屋だわ。そういや、今日はその部屋も予約していたな」
「了解。で、こっちはどうするつもりだ?」
 天井から腕を吊られてぐらぐらと揺れているオスの鞭打ちはまだ三十発足らずだったが。
「あー、後はイヌどもにやらせよう」
 そう言いながら、ディモンがオスの腕の拘束を解いた。
 首の鎖も首輪から外して自由にさせたが、その身体はぐたりと床に倒れ伏す。その傍らからディモンが俺の耳元に寄ってきてぽつりと呟いた。
「薬も後一時間ぐらいしか効かない。時間的にはちょうど良いだろう」
「なるほど、ね」
 それなら放置していてもイヌどももやり過ぎることはない。きちんと躾けられたあれらは、理性があれば他のアニマルに無体はしないと判っていた。ディモンが担当するアニマルは、そういう意味でも躾が行き届いているのだ。
 そのままディモンがイヌのほうに向かうのに、その前にと俺はクマの鎖を外して檻の外へと連れ出した。その間に、ディモンがイヌとメスヒョウの鎖を首輪から外す。とたんに、土佐犬がメスヒョウにのしかかり、ドーベルマンがオスヒョウまでかけていって逃げようとしたそれを押し倒した。
「ひ、ひぃっ!」
 オスと言ってもその穴は調教済み。イヌにふさわしい中太のペニスにいきなり貫かれても、壊れやしない。
「さて、行くか」
 そんな様子を一顧だにせずに、出てきたディモンに促されるままに俺はクマの鎖を引っ張る。そのクマはヒョウたちの悲鳴が気になるようで、その蒼白な顔をちらちらとドアの向こうに向けていたけれど。
「行くぞ」
 ぐいっと引っ張ると、おとなしく四つん這いで付いてきた。

6

 クマも連れて二人で吊るし部屋と呼んだ調教部屋に辿りつけば、すでに逃亡アニマルは部屋の真ん中で、天井から両手首の枷に繋がれて固定されていた。
 両足はフリーだが、高さ的に暴れるにはきついし、攻撃範囲も少ないからそのままだ。
 そのアニマルは、すらりとした細身の体格で背は俺たちより高い。よく筋肉の付いた足を持つ二十歳前後に見えた。
 生きは良さそうで、ギラギラとした視線で俺たちを睨んで唸っているが、口枷を嵌められた状態では所詮は負け犬の遠吠えでしかなかった。
 かろうじて足裏が付く程度で手首で固定された身体は、吊された負担も相当だ。
 これは短期決戦用だと見て取って、ディモンへと視線を向けた。
「で、これの素性は?」
 もとよりディモンがいるときは、詳細データの確認は彼任せだ。すでに諦めムードでデータを確認しているディモンを放置し、俺はクマの鎖を隅のフックに引っかけた。
「なんだ、見学させるのか?」
「何を今更。連れてきた以上、それしかない」
 弟のためになんでも我慢しているこれが、これから行う処刑を見ても堪えられるかどうかは判らない。
 先ほどのヒョウはまだお仕置き程度であってたいしたものでなかったのに、それでも顔を引きつらせていたクマにとって処刑と銘打たれたこれからの鞭が与える恐怖をその精神に焼き付かせたとき、それでも弟のためにと恭順の意を示せるのか。
 何が起こるのかと不安げに吊されたアニマルと俺たちを見やるクマの前に跪いて、目線を合わせた。
「おまえは幸運だな。最近逃亡するようなバカなアニマルがいなかったから、処刑風景を見る機会なんか滅多にないからちょうど良かった。その目でしっかりと見て、逃げようなんて思わない方が身のためだとしっかりと理解するんだ。何せここではどんなに人気のある稼ぎ頭のアニマルでも、刑は一緒だからな。今回の逃亡の処刑内容は百叩き。プラスAは使用する道具のレベルだ。まあ、客前からの逃亡とか危害を与えた場合は、公開処刑になることもある」
 耳に入った言葉に、クマの全身から血の気が失せていく。
 柔なお坊ちゃんには言葉だけでも効いているようだが、『処刑』と言っても、数日起き上がれないぐらいから死に至るレベルまでさまざまで、そのあたりの細かな裁量は調教師に任せられていることは秘密だ。
 こいつの場合は、百叩きプラスA。
 通常の調教に使う道具はプラスランクはない。百叩きの場合のプラスCは木刀で殴るから死んでも良いというレベルだが、処刑の道具や調教師の技によってはプラスBで瀕死にいたってもおかしくない。今回は俺たちのうちどちからが指名されている、ということは、プラスAでもプラスBなみの効果はあるということだ。
「ほら」
 棚から取り出した重たい鞭をディモンに渡す。
「え、俺がやるのか?」
「ほかに誰がいる?」
「あんたも……」
「そのうちな」
 自分の担当の調教でもないのに百も叩くのは面倒だと押し付けて、慣らすように数度鞭を振るうディモンに笑みを見せた。
「あー、はいはい」
 不承不承に見せかけて、実はやる気満々のディモンは重い鞭を軽々と振るう。こいつは力があるから、悔しいが俺より重い衝撃を与えることができる。
「通常はクロウマと呼ばれているメスウマだ。元長距離走者で、この長い足とスタミナがウマの由来だ」
「処刑後は、なんか決まっているのか?」
 今まで通り客に供与されるか、それとも別口のショーに出すのか。
 逃亡を図るような不出来なアニマルは、その扱いも以前とは違ってくるから、確認は大事で。
「生きてたら、宵月祭のメインレースに出場とあるな……」
「は、あ? 処刑後に宵月祭の……レース?」
 例の余興が開かれるメインレースに、走ることなど叶わぬ処刑直後のウマを出すなんか聞いたことがないと聞き返せば、ディモンが黙ってタブレットを差しだしてきた。
 そこには、最下位確定、と一言追加されている。
「ああ、そういうことね」
 処刑直後のウマがまともに走れる訳がなく、最下位に関してはどうやら出来レースにするらしい。あのレースの最下位は、優勝祝賀会の余興に使われることに決まっている。クマを脅したのとはまた別のやつだ。
 ウマならみな知っているそれを俺は好きじゃなくて、さすがにわずかな憐憫が湧いた。処刑後は治療次第ではまた走れるようになるが、あの余興の後は、歩くどころか立つこともできなくなるのだから。
 もっとも、それはウマの自業自得だから、こっちとしてはやることだけはきっちりとやるだけだ。
「じゃ、やるか」
 ディモンの声かけに俺は頷いて、縋るような目で見てくるクマに、つい吊られるようにその頭に手を置いて、ぽんと軽く叩いた。
「逃げなきゃ関係ない処刑だ」
 と、言ってから、らしくなかったと立ち上がり、壁にもたれた。
 そんな俺を、ディモンが不審げにじっと見ている。
 その視線が咎めているように見えて、首を傾げたが、
「さっきは途中で終わったからな、続きを見せるのにちょうど良い」
 何に対しての言い訳なのか、判らぬままに言葉を返した。
「ふーん?」
 それに返ってきた曖昧な返答に、訳も分からず焦りが湧いて、言葉を返そうと口を開いたけれど。
 それより先にあれの視線が外れた。


「ぎぁああっ!!」
 無様な悲鳴が室内に響くと同時に、高く振り上げた筋肉の浮いた腕が素早く下ろされる。
「いあああっ!!!」
 仰け反る背に新たな傷を作ったそれが休むことはない。
 ランダムな間隔で襲う衝撃に、ウマは予測できないままにまともに喰らい、皮膚を切り裂く痛みに涙と汗を振り撒いた。
 さっきのヒョウとは段違いに激しい打撃音に悲鳴が続き、クマはますます身を縮こませて震えていた。
 尻にバイブが入っているというのに、勃起どころか完全に縮こまっている情けない状況だ。
「これで二十だ」
「ぎあっ、がっ」
 肩から背へ、思いっきり打たれて仰け反った身体がそのまま制止する。それが不意にがくりと弛緩して、荒い呼吸音のままに、全身がぶらぶらと揺れていた。うなだれた頭は、ぴくりとも動かず、どうやら痛みにはたいそう弱い気配がしていた。
「おいおい、まだ二十しか打ってねえぜ。なのに、ばててんのかぁ」
 こちらは汗がわずかに浮いた程度のディモンが苦笑を浮かべて、肩を竦めた。
 下手な力加減が必要なオスヒョウの時よりも、気にせず力を込めれば良い今回のほうが割と楽だが、続けさまに打っているせいでさすがのディモンが息が荒れている。
 そんなディモンとウマをぼおっと見ていて、なんとなく感じる違和感に首を傾げた。
 それを確かめたくて、チョイチョイっとディモンを手招きして。
「ディモン、こいつの調教レベル、どうなってんだ? 脱走するくらいだから淫乱堕ちしてねえのは判るが、痛みにもけっこう弱そうだし、なんかこう、色気ってのが感じられないんだが?」
 細身とは言え体格は良い方だから、俺の好みに合致してるはずなのに。悲鳴を聞いても、叩いて悶える姿を見ても、美味しそうに見えない。
 なんとういうか、尻穴で快感を覚えるくらいに調教が進んでいたら、少しは男を誘う色気ってのが出てくるもんなんだが。
 それが感じられない。
「だから、自分で見てくれよ。俺のタブレットに表示されてるから」
 呆れた風に返してきたディモンからタブレットを受け取り、ウマの調教レベルを確認してみれば。
「……なんだあ、こいつ尻穴拡張……いや、それよりも交尾前の処女じゃねえか」
 素材レベルの尻穴だと、呆れたふうに言い放つ。
 客に出す素材段階での脱走はそれはそれ、厳しく対処するが、大半の原因は調教師側にある。素材はいまだその精神が堕ちていないから、油断すれば逃げ出すのは当然なのだから。
 それに素材を壊すのは館にとっては損失だから、下手をすれば死に至る俺たちに任せるなんてことはしない、はずなのだが。
「なんだ、俺はたいした処刑内容だから調教済みのアニマルかと思ったが」
「下、もっと下見ろよ」
 休憩がてらに汗を拭いていたディモンが、元の位置に戻りながら指先で下を示す。
 言われるがままにページをスクロールして内容を読んでいくと。
「あ、ああ、なるほど」
 ちらりと怯えるクマを見やり、ぐったりとしたウマを見やった。
 あれをここに入れた客は、ライバルのほうにずいぶんと投資していたらしい。
 もっとも、ただ単に陥れるだけではもったいないと、変態趣味全開でいろいろと館にも申し入れしているらしく。
「クマ、見てろよ。あれは賭に負けたアニマルの末路だ」
 俺の言葉に、ぎくりと激しく震えて反応したクマが、俯いていた顔を上げた。
「あれは淫乱などになりたくないと、堪えきってみせると言いながら、その前に逃げた。堪えるという賭の内容を自ら破った。だから、処刑内容がいつもよりきついものになっている」
 この百叩きだけでなく、宵月祭での出来レースで観衆の前で無様に負けて、将来を嘱望されていたはずの足を見世物として完全に壊されるのだ。
 罰はこの処刑一度だけでなく、館に益をもたらすために、そして館にとって有望な顧客の希望に添った形で何度もその身に降りかかり、客に提供できない間も元が取れるようになっていた。
「賭……に……」
「そうだ、賭をした以上、賭は必ず履行され、負けたものには決められたとおりの罰が与えられる。あれは、負けた場合はその足を砕かれるという約束をしていた」
「あ、足……を?」
 ごくりと息を飲んだクマが俺を見上げてくる。
 恐怖と怯えと、それでも俺に縋るようなそんな視線が絡みついてくる感覚に、ふと奇妙な快感を感じた。
 その快感に逆らわず、手を伸ばしクマの赤茶色の髪に触れる。
 その間もクマは視線を外さない。
 助けを乞うそれは、いつもなら愉快な気分になる代物だったはずなのに。
「賭に勝てば、死ぬことはない」
 ウマのことを言ったはずだった。だが、クマのグレイがかった瞳をみていると、そのまま言葉が続いてしまう。
「淫乱堕ちする薬に頼らず堪えてみせろ……簡単なことだ」
 自分が何を言っているのか、言った直後に気が付いて、慌てて最後の言葉を追加して、それでも手のひらに感じる髪の毛をくしゃっと掴んだ。
 柔らかく、以外に小さな頭は手のひらにちょうど良い大きさで。
「逃げればああなる」
 逃げないでくれよ。
 言葉とは裏腹に浮かんだ言葉に、俺は自身で驚き、置いた手で頭を掴んでしまっていた。
「に、逃げないです。ゲイル、さまの調教で……り、っぱな淫乱クマ、に、なります……」
 小さな声が耳まで届く。
 そのとたん、込み上げてきた感情に困惑した。
 その戸惑いのままに手を離し、自分の手のひらを見つめて。 
 何を考えたのか、自身でもよく判らないと考え込んでいると。
「ゲイル」
 不意に呼びかけられて、視線だけを上げればディモンが眉間に深くシワを刻んでこらちを睨んでいることに気が付いた。
「……何だ?」
「あんたもやれよ」
 低い声音に、なぜかディモンの怒りを感じる。
 いつも調教中は飄々としているか、楽しそうにしているディモンにしては珍しい表情に、俺は首を傾げた。
「何怒ってるんだ?」
「面倒なんだよ、この百叩きっての。だから手伝え」
 さっきのヒョウのときは、楽しそうだったくせに。
 まあ、こいつは鞭打ちで勃起するようなやつが好きだから、調教ができていない未熟なこいつを叩いてもおもしろくないのだろうけれど。
「俺も面倒なんだよ、こんなの叩くのは」
 自分もこんなのは好みじゃないと、文句を言ってもディモンは黙したままに俺の鞭を取り出してきて放り投げてきた。
「うわっ」
「おいっ」
 危うく重いそれがクマの顔に当たりかけて、身を竦ませたその頭の上で柄を掴んだ。そのせいで、鞭先がクマの丸まった背をバシンと叩く。
「う……」
 小さく呻くその背を目視で確認し、怪我して薄い皮膚が破れていないのだけは確認して。
「何やってんだよ、今日はクマには見せるだけだろう」
「手元が狂っただけだ。それより早くやろうぜ」
 文句を言ってもディモンは不機嫌そうに返して、俺を指先で呼び寄せる。
 しょうがなく近づいて、改めてウマを見やれば、その顔は涙と枷の隙間から漏れた涎でドロドロだった。
 よくよく見ればけっこう女好きしそうな今時の顔で、これなら選手としてだけでなくとも人気があっただろう。
 もっともここに来た時点で、二度と女と触れることなどないどころか、変態親父どもの慰み者になるしかないのだが。
「あー、後七十か? 面倒くさい」
 どうも乗り気がしないそれに、肩を落として。
「ひぐう……、うういて……あめえ……」
 無様な泣き声で何かを訴えるそれもうっとうしくて。
「ああ、面倒くせえ。だから、一気にやろう」
 投げやりな物言いでのディモンに、俺も反論する理由も思いつかない。
「判った、じゃ……」
 さてどちらが先に、と言いかけたところで、ディモンがくるりとクマへと向き直った。
「おい、そこの淫乱メスグマ。厭らしく媚びてないで、勃起チンポを自分でいじりながら数を数えろ。間違えたらこいつが余分に叩かれるからな、その目を見開いて、しっかりと見ておけ」
 言い切って、『媚びてる?』なんて俺が浮心に持って言うより先に、その手を振りかぶった。


「さ、さんじゅーなな、さんじゅーはちっ、ひっ、さんじゅーくぅ」
 背後でクマが怯えの混じった震える声でカウントしていた。
 それを聞きながら、俺はひたすらに鞭を振るっていた。
「あうっ、ぐっ、う゛ぅ……」
  最初はやたら威勢の良い悲鳴でクマの数える声が聞こえないくらいだったが、だんだん小さく弱々しくなったそれは、もうクマの声のほうが大きいくらいだ。
「はっ」
 かけ声と共にディモンの鞭がすぐ近くの空を切る。
 何よりも大きな音を立てて肌に打痕を残したそれが、まだ中空なあるうちに俺の手が別の場所へと自身の鞭を払った。
「んぐっ、
「よ、じゅーいっ……ち……」
 泣きが入りそうなほどに震えているクマの声に、押されるように手が動く。
 ウマの背はすでに肌色の部分がないのではというほどに色の変わった線が走りまくっていて、尻タブはもちろんのこと腕も足も、鞭痕だらけだ。
 まして重い鞭で何度も叩かれた場所は、皮膚が切れ、表層だけでなく下の肉まで切り裂いている部分もあった。
 そこから線状に血の流れができていて、足を覆う網目のように流れ落ちて、床にぽたりぽたりと血だまりを作り始めていた。
 青白い肌に無数に走る線は、こうなってくると艶めかしさなどどこにもない。
「まだ半分も来ないのかよ、くそっ、こんなうらなり叩いてもおもしろくもなんともねえ、おい、ちったあ喘いで俺たちをその気にさせてみろよ。ぎゃんぎゃん喚くだけじゃなくてよ」
 久しぶりの百叩きは、昔やったときよりも楽しくない。
 それはたぶん、ディモンが終始仏頂面で、愉快なしゃべりを聞かせてくれないこともあったが、半分以上はディモンがウマに言った言葉そのもののせいだ。
 叩いて達きまくるのも趣味じゃなくて興醒めだが、性的興奮を感じない責めも義務感のみで楽しくないのは確かだ。
「もっと早めようぜ。とにかく百叩けば良いんだろうが」
「おもしろくない」
 嫌みを込めてディモンを睨みながら言って、手を下ろす。
 いつもならこれで一言二言文句を言いつつも、何か提案してくるのに。
「しゃあねえだろう、これは仕事だ」
 いや、判っているけれど。
 ディモンらしからぬ固い言葉に、目を剥いた。
「だったら、せめて尻にバイブでも突っ込んで、調教しながらやろう」
 いつもの調教のようにすれば少し楽しめるかと思ったが。
「これの調教師は俺たちじゃない」
 しごくまっとうな反論に、俺も返す言葉がない。というより、ここにいるのがディモンでないようだ。
 実際、ディモン自身もおもしろくなさそうなのは事実なのだが。
「だったら、せめてこの薬でも使おう」
 と、棚から液体がなみなみと入ったガラス瓶を取り出した。
 その俺の動きに、クマがびくりと震えて、その視線が瓶に注がれるのが見えた。
「これは媚薬だ、例の薬じゃない」
 その視線に誘われたかのように答えてはいたが、いい加減卒倒しそうなほどに青ざめているクマの精神的負担をこれ以上増やすつもりも元からなかった。
「媚薬……ね……」
 けれど、ディモンが含みのある声音で意味ありげに零すものだから、ぎろっと睨む。それに肩を竦めて返ってくるのを、目線で促した。
「判ったよ、で、チンポ穴からか?」
「そうだ」
「りょーかい」
 カテーテルを渡されて、ウマの足下に跪いてその完全に萎えたチンポを掴んだ。
 とたんにぴくりとウマの足が震えたがそれだけだ。見上げれば、その目は開いているが虚ろで、何も見えていないようだ。
 そんなウマのチンポに、カテーテルをするすると入れる。
 違和感に力の入っていない身体が揺れそうになったが、ディモンがウマの身体を支えてくれた。
「膀胱だけか?」
「尻穴も考えたが、そっちは担当調教師の思惑もあるだろうからな。こっちは特にさっきのデータにはなかったし、問題無いだろう?」
 拡張するわけでもなし、薬を入れるだけなら、常習性が付くわけでもない。
 そう言ってディモンを見やれば、ようやくその顔に嫌みな笑みが浮かんでいた。
「一杯にするのか?」
「もちろん」
 大きく頷き、せっかくだから、と入るだけ入れて。外に出ていたカテーテルのシリコンゴムチューブで陰茎をきつく巻き上げた。潰れたチューブの中にあった媚薬までも膀胱内に押し込んで、きつく固く先端を縛れば、もう解いて抜かない限り出ていかない。
「それとこれを塗れ」
 続けて渡した軟膏形態の薬が入った容器を取り出し、刷毛ごとを渡した。
「あ、ああ、背中だけか?」
「チンポとか背中は念入りに。後は適当に塗ってやれ」
 ペンキのはけのごとく大きく平たなそれにたっぷりと取った軟膏を、身体の傷に塗り込んでいく。
 体温で粘性の下がるそれは、塗っていると流れて、ほどよく全身に塗り広げられる代物だ。
 一見クマもよく使う傷薬に見えるが、これの効能はちょっと違う。
「よおし、これで再開だ」
 準備完了とディモンに声をかけて、クマに振り返る。
 クマは最初の場所から、その姿勢を崩すことなく蒼白な顔で俺たちを見ていた。その股間のチンポは縮こまっているし、鳥肌も立っている。
「再開だ、きちんと数えろ」
「は、い……い、んらんメスグマは、数を数えます」
 コクコクとおもちゃのクマのように何度も頷いたそれに、思わず口角が上がる。
「さぁて、少しは楽しくなったかな」
 振り返りそんな言葉を口にして。ディモンを見れば、なぜかまたしかめっ面をしていたが、俯き加減で大きく息を吐いて顔を上げたからいつも笑みを浮かべていた。
「おい、クマ。勃起忘れてるぜ。それと俺からスタートな。さらに早めるから、リズムずらすなよ」
「誰に言ってる」
 二人互いに叩くときに失敗したことなどないだろう?
 そんな意味合いを込めた視線に、ディモンが変わらぬ笑みを浮かべたままに頷いた。