【蟻地獄のおいしい獲物】 1

【蟻地獄のおいしい獲物】 1

「蟻地獄の甘い餌」で、バージルが寝入ってる間のゴルドンによる調教風景とその後の二人の暴走風景
鞭打ちシーンが倍増となっておりますので、ご注意ください。

ハッピーエンドです。

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 特になんてことの無い一日の始まりだった。
 ただ、残念ながらこの執務室に今最愛のリアンがいないということが、俺を滅入らせる。面倒な仕事でもリアンがいるから頑張れるのだと、最近の俺の元気の素だって言ってんのに、今日は、あれだけが休みなのだ。
 俺が仕事してんだから、専属事務官であるリアンも仕事に出て当然だと言いたいところだが、ここのところ働かせすぎだとマーマニーが言いだして、昨日から今日まで部屋も分けられて休暇となっている。
 まあ確かに、怪我か治ってから俺専属となった1ヶ月前からずっと、何をするにも一緒にいたし、覚えることも多いからと勉強三昧で、なおかつ濃厚な夜の生活の蓄積に睡眠時間も削りまくりだったのも確かで、顔色が悪いと医務室に強制連行されるぐらいには疲労が溜まっていたようなのだ。
『ここはどんなブラック企業だっ!! 隊員みんながおまえらみたいな体力バカじゃねぇっ!!!』
 懇切丁寧だったらしい検査後に、こめかみに青筋立てて怒鳴る医師モードのマーマニーには隊長である俺も逆らえない。うっかり反論しようものなら、俺までも診察台に括り付けられて、あれの懇切丁寧な検査を受けさせられるはめになるからだ。
 そんな検査を受けたリアンの、前よりよけいに疲れているじゃないかという言葉すら胸の奥に封じ込め、しかたなく休暇を許可したのだが。
 と言っても、グラン隊がいるのは辺境の狭い基地の中、外出もままならない場所では休暇と言っても、自室の中でぼんやりとしているぐらいしかない。
 そんなあれの話相手がいるだろう? と俺も休暇が欲しいと、休暇申請をまじめに出してみたのだが、隊長は別だと、ゴルドンにより冷たく却下の憂き目にあい、今も机に張り付かさせられていた。
 けれど、何か用事があるわけでもなし。
 大きな訓練も無いし、連絡を密に取るべき任務に出張ってる部下たちもいない。
 実のところあの国境戦以来、隣国とはしばらく平穏な日々が続いているのだ。
 まあ、辺境の基地所属の色呆けジジイどもとはいえ、要人クラスを幾人か捕らえているのだから、隣国側も事態に収拾をどうつけるかで動けないらしいし、こっちの本部は本部のほうでは、この機に乗じてなにやら怪しい動きをしているらしいというのを先日ゴルドンから聞いたばかり。
 そういえば、その件はどうなったか、と、さっきから静かなあいつのほうへ視線をやれば、なぜだか眉間に深いシワを刻み込んで唸っていた。
「どうした?」
 思わず問いかけてみれば、思いっきり苦渋に満ちた表情で睨み返される。
 これは何か、俺にケンカでも売っているのか?
 ついでにこっちからも睨み返してやれば、互いに引っ込みが付かなくなったというか。
 しばらくそのままの姿勢で固まっていて。
「……で、何だ?」
 ばからしくなって止めた。
 もとより、こいつとケンカして勝てる見込みがないというのも判りきっているのだが。
 ゴルドンもひどく疲れたように肩の力を緩めて、はああっと深い息を吐き出した。ぐたりと背もたれに重い身体を預け、天井を仰いでぼそっと呟く。
「総司令官から、続編はまだか、と」
「……」
 詳細を聞かずにいても、それが何かピンと来ないほど俺ももうろくはしていない。
「あるか、んなもんっ」
 そうそう拷問して良い捕虜が捕まるわけもなく、まして、静かな日々が過ぎる今日この頃。
「だいたい例の国境線では本部のほうがよっぽど多くの捕虜を捕まえただろうが。そっちだったら、生で見れるっていうのに」
 リアンが手に入れば良いと、大半の手柄はあっちの連中にやったというのに、これ以上何を要求するっていうんだ、などとブツブツぼやいていたら。
「ノンノン」
 ちっちっと舌打ちしながら、ゴルドンが否定した。
「別に捕虜じゃなくて良いんだと。何しろ総司令官殿のお気に入りは、今は捕虜ではないことをよーくご存じだからな」
「……」
 そういえば。
 リアンの件がうやむやになったあの時。鶴の一声で全てを曖昧に処理してしまったのは……。
「続編って……あれのか?」
「そう、あれとあんたの、ラブラブプレイ」
「……だからラブラブじゃねえって!!」
「あんたがどんなに否定しても、誰も信じないから無駄な足掻きは止めとけ」
 反論などばっさりと深い意図もなく断ち切ったゴルドンは、軽く反動をつけて俺のほうへと向き直った。
「まあ、総司令官殿も同じ穴のムジナってことで、ああいうのが大好物らしいからな。今後のためにご機嫌は取っておいたほうが良いぜ」
 その言葉に、ゴルドンの真意を探るように目を細め、眉間に深くしわを刻んだ。
 何しろ、このグラン隊の副隊長なんかを務めてるにはもったいないほどにこいつの情報収集能力は侮れないものがあるのだ。
 現に何度も別の部隊の隊長を打診されているのだが、こいつはその全てを固辞している。しかもその時に『グラン隊長の下だから、俺の力が発揮できます』などと言われれば、俺もうれしかったりするせいで、こいつの固辞を後押ししたりもしたのだが。
 もっとも『隊長ほど面倒な仕事はない、副隊長のほうが責任がないからな』というのが一番単純明快な答えだったりもするのだけど。
 とにかく、こいつの侮れない情報収集能力に何かが引っかかっているということだろう。
「何か今後のためにしなければならないようなことがあるのか?」
「あー、たとえば先だって本部の一部が秘かにモリエール家と接触した」
「え!」
 ぼそりと何事でもないような物言いだったが、その内容はあまりにも俺たちに影響が大きい。
「と言っても、本当にごく一部の目先の利益に目が眩んだ輩だがな。まあ、何を取引材料にしようとしたのかは判るだろう?」
 意味ありげに片頬を歪めて視線を送ってくるゴルドンには、頷くしかない。
「リアンの身柄と、武器弾薬の横流し」
「当たり」
「それはどっちが先だ?」
 連絡を取ったのは。
「問題の輩は、立身出世のためなら視野が蟻の目のごとく小さくなる単純バカだ。コンタクトを取るには最適だったろうよ、あれの兄貴は」
「で、それはどうなったんだ?」
 今頃悠長に話題にしているという時点で、切羽詰まった問題ではないとは思うのだが。
「総司令官殿の指揮で炙り出されて、今ははるか彼方の海を眺めるだけの監視塔にいるという話だが、よくは知らない」
「……いや、ほんと良く知ってるな、マジで」
 感嘆を通り越して、呆れて果ててしまうほどに、ゴルドンはさらりと結末を教えてくれて、ならば他にも何かあるのかと首を傾げた。
「今のところ、動きはない。だが、予測することは重要で、味方は多いほうが良い。そして、総司令官が味方になってくれるのなら、そのカードは非常に強力になる」
「総司令官を味方に?」
 確かにそれは一番の手ではあるけれど。
「ちなみに、向こうから手を差し伸べてきている」
「……えーと、つまり、総司令官から?」
「モリエール家からの接触の件も、情報源は総司令官殿だ」
 さらりとされた種明かしを素直に喜べないのは、いくら俺でも最初の話がここに繋がるぐらい容易に推測できたからだ。
「で、続編が欲しい、と」
「そう。リアンとグラン隊長のラブラブ、SMプレイが見たいそうだ」
「だから、ラブラブ言うな。というか、指令書、ほんとにそんなことが書いてあんのかよ」
 本部から来る指令書は暗号通信で来ていて、それを解読後、俺が見るより先にゴルドン達が確認する。俺より他の連中に任せたほうが、処理が早いというのもあるけれど、そうそう俺の判断まで必要なものはそうないのだが。
 まさかそんな内容を、いくら暗号通信とはいえ、基地の回線を通じて送ってくるとは思えなかったのだが。
「どうぞ」
 まるで紙飛行機のように空中を滑空してくる紙を机の向こうに手を伸ばしてかろうじて受け止めて、中身を読んでみれば。
『苛烈で淫靡、めくるめく官能の極み、見る者の淫欲を刺激し、妄想の彼方に連れ去って欲しい。ぜひ一刻も早く続編を準備するように』
「……」
 一回目、目が文字を上滑りして、頭に全く入らなかった。
 何度も読み返して、やっと何とか理解した瞬間、俺は思わずビリビリにそれを破いていた。その紙切れを床に放りだし、がっくりと机に突っ伏してその姿勢のままに問いかける。
「一つ聞きたい」
「何だ?」
「俺、総司令官って名前しか知らねえが、どんな奴だ」
 最近、若くして総司令官になった天才肌の男としか知らない。
「あ、ああ……一言で言えば……変態だ」
 なんだ、それは。
「……もう少し情報追加、プリーズ」
「戦略、戦術、人心掌握などは天才肌というべき男だが、半年前ぐらいに婚儀をして相方となったお気に入りに一途で、独占欲が非常に強い。実際彼の相方がどこの出身か全く口外されていないうえに、その姿を見た者はほとんどいない。軟禁されているという噂もあるほどだ。しかも趣味は相方を緊縛することだと公言してはばからない。ただそんな相方が自慢らしく写真だけはちら見させてくれるので、いるのだなと判るが、本当にいるのか確認しようがない」
「あー……そう」
「そんな相方とマンネリ化しているときに、あの映像を見たら非常に萌えて、新婚当時に戻ったとか、初デートを思い出したとか」
「それは聞いたな、あの時。つうか、半年前でマンネリって。いや、まあ……そうですか。そんな奴ですか」
 大丈夫か、この国。
「ということで、どんなに破っても、この指令は実行するほうがメリットはある」
 ゴルドンが床に散らばる紙切れに視線をやりながら厳かに放った物言いに、これが冗談でも何でもないということは理解できた。
 理解はできたが。
「どうやって?」
 一番聞きたい事柄に、けれど返ってきた言葉は残念ながらなかったのだ。
 
 
 
 スクリーンの中で、リアンがヒイヒイと涎を垂らしながら喘いでいた。
 水平になるように吊された身体は仰け反り、その尻の狭間では子どもの腕ほどもあろうというような極太で長い肉の棒がひっきりなしに出たり入ったりしていた。
 そこへズームインしていけば、たっぷりと出された白い精液と潤滑剤が混じった液が音を立てて泡立ち、溢れ落ちる様子がくっきりと映る。
 その匂い立つようなリアルさは良いのだが、ついでにゴルドンの勃起チンポがドアップで映ったものだから、そのあまりの肉々しさと言おうかグロテスクな巨大さと言おうか、堪らず「うへぇ」とぼやきながら視線を逸らし、あんまり見たくないシーンだとばかりに早送りをした。
 リアンだけなら良いし、リアンのチンポがドアップになるのも良いのだが。
 リアンであれば、それが苦しげにパクつき、堪らないふうに腰が淫らに揺れ、男を求めて藻掻き、喘ぐ様はいつ見ても愉しく、扇情的だから、際限なくリピートしても良いほどだ。だが、こいつの勃起チンポを間近で、しかもいつもの倍はあろうかというサイズで見るのはやはり勘弁願いたい。
「……傷つくな」
「嘘吐け」
 隣の椅子でふんぞり返って、表情も変えずにぼやいた男に短く返し、リアンの体勢が変わったところで再開させた。
 今俺たちは、二人並んで例の映像の鑑賞中だった。
 総司令官からの『苛烈で淫靡、めくるめく官能の極み、見る者の淫欲を刺激し、妄想の彼方に連れ去って欲しい。ぜひ一刻も早く続編を準備するように』という指令を実行しようとしたら、一体あの映像のどこが彼の琴線に触れたのかを確認する必要があったのだ。
 と言ってもあくまで想像であるし、どこが、という指摘をもらっているわけではない。
 それに、主演男優である俺にしてみれば、別に見なくても未だにしっかりと思い出されるシーンばかりなのだが。
 ただ一箇所、無防備にも寝てしまった部分だけは記憶の中にあるわけもなく、そういえばと思い出したら気になって、こうして確認する次第になったわけだ。
 そう思いつつ、ゴルドンの勃起を飛ばして再開したのは、壁の半分を占めるスクリーンに、リアンが天井から両腕を吊られているところからだった。
 ひとしきり、ゴルドンとマーマニーに犯された後、時間的にちょうど俺が爆睡し始めた頃だろうと思われる時で、画面外に外れたマーマニーが、何かやらかしてくれてるシーンが隠れているが、それはもうどうでも良いとして。
「五時間?」
「イエス」
 記憶にない時間を確認すると、簡潔な応えとともに。
「少々圧縮して二時間の映像にしている。まあ、放置している部分も多いからな。コンセプトとしては痛みと快楽、強制と自発的行為の繰り返しで、精神崩壊の末の淫乱化。まあ成功だったろう? あんたがグウグウ寝ている間にな」
「うるせ」
 寝たくて寝ていたわけでない、と、言っても仕方がないことは飲み込んで、動き出した映像を注視する。
『これから五分以内に空イキできなかったら、てめぇの好きな鞭で背中を五回打つ』
 低く響くゴルドンのだみ声に、リアンの表情は恐怖に青ざめ、引きつっていた。
 さっきまで犯されていた尻からは、誰のともつかぬ精液が溢れて垂れていて、その足はふらついていた。
 そんなリアンの全身を舐めるように表も裏も見せて、どこをどう打たれるのか、観客に期待させる手法は相変わらずだが、よくもまあ、複数あるとはいえ定点設置のカメラでここまでのカメラワークをやってみせるものだと、これの担当官にはいつも呆れて感心するのだが。
 それはともかく、続編を作るのなら、こういうところも気にしなきゃいけないんだな、と、頭の中でぼやいていた。
 まあ、それにしても、最初っからえらくハードルを上げて突き進んだんだな、と眠っている間の出来事へ思考を向ける。
 快感を与えられて絶頂を迎えるならともかく、連なった枷で戒められ括り出されたペニスのままでは、快楽を与えられても射精はできない。空イキという命令ならばそれでも良いが、それでも相応の快楽を与えられないと、絶頂などできないだろう。まして、鞭打ちが罰であれば、その余韻に快感はますます遠ざかる。
 と言っても、これの本質は痛みすら快感になるマゾだから、きっかけさえ掴めば良いのだろうが……って、ちょい待て、俺が打って始めて射精したんだよな、確か。それまでは鞭打たれながら勃起していても、絶頂までは辿りついていなかったはずだ。
 となると、この時点ではまだ、のはずだよな?
 ていうか、何か?
 鞭打ち絶頂初体験は俺が最初だと思っていたのだが、違うのか?
 そんな不穏な考えが頭を過ぎってしまっている最中も、スクリーンでは二人のシーンが続いていく。
「うい(無理)」
 できない、と、その目を見開き、何度も首を振る。奥歯に枷を噛ませているせいか、奇妙に歪んだ顔が何度も左右に動き、不自由な口でなんとか言葉を紡ごうとしていた。
 だがゴルドンはそんなリアンをまったく無視して、背後に回った。それを追ってカメラも移動し、リアンの背中が露わになれば。
「へえ……」
 今はもうほとんど消えてしまった俺が付けた鞭痕は、こうして見ても、あのときの興奮を思い出して、ぞわりと下腹部から背筋にかけて快感が走った。
 細身の身体に走る線状痕は、絡みついた無数の蛇のようでひどく淫靡だ。
 なんというか、蛇みたいにぬらぬらした長い代物に絡みつかれた身体ってのは、どことなく卑猥に思えるから、紐で緊縛するのも好きだし、鞭痕を残すのも好きだったりするのだ。
 そんな嗜好があるせいか、こういう痕を見ると、よけいに身体が昂ぶってしまう。
 ああ、俺も痕をつけてぇ。
 最近は鞭打つことはあっても、ひどく痕が残るほどに強くは打っていないことを思い出し、欲求がますます強くなる。
 と、そんなことを思っていたら、映像にカウントダウンが表示されていた。
 そのまま五分、ゴルドンはじっと待っている。
 と言っても、少し早めのカウントなのは、時間を飛ばしているからだろう。少しいびつな動きをするリアンだが、だからこそいやらしく誘っているかのようだった。
 そしてじっくりと五分が経っていく。
 この辺りがゴルドンのすごいところだ。待つと言ったら、こいつは待つ。
 そのゴルドンの目の前で、リアンが必死になって尻に力を込め、カクカクと腰を振りたくっていた。
 時折映る表情のその必死さは、ひどく滑稽にしか映らないせいか、溜まらず口元が綻んで吹き出したくなった。もっとも、同時にその卑猥な姿に、見ているだけで股間が熱くなる。
『時間だ』
 けれど、そんなことで達けるほど、男の身体は簡単ではない。
 さんざん快感を与えられ、相当精液を溜めているとはいえ、恐怖が勝った身体ではどうしようもないのだ。そんな無駄な時間は、けれど、演出の効果もあって存分に楽しめた。
『いあぁ、あってぇぇ(いや、止めてぇ)』
 リアンがゴルドンを振り返り、必死になって制止しようとしている。
『ひとぉつ』
 だが、ためらいもなくゴルドンは大きく振り被っていた。その手に握られてるのが彼愛用の鞭だ。
 俺のより太く、長い。
 振り被ったゴルドンの腕から下へ、床の上でふわりと泳いだその先が、僅かな動きで重さなどないように天井近くで弧を描く、と。
 鋭く空気を切り裂いた刹那、ビシィィッっとあれの背中で音を立てた。
『ぎあぁ──っ!!』
 リアンの悲鳴が、音量を上げた室内に響き渡る。短く、一瞬の衝撃に、あれの身体が硬直する。
 そこへ。
『ふたぁつ』
 何事もなかったかのように、ゴルドンの腕が同じ軌跡を描いて鞭を振るう。
 空気を切り裂く音に、打ち付ける音、そして悲鳴。
『みぃっつ』
『ぎゃああっ、イアっ、あぅ、あえてっ! やあっ』
『よおっつ』
『あうっ、がぁぁっ』
『いつーつ』
『ひやああ、ああ、あぁ……ぁぁ……』
 繰り返されること五回。
 ゴルドンの手が降りて、鞭が床の上でとぐろを描いた後、しばらく突っ張っていたリアンの身体ががくりと崩れ、ゆらりゆらりと鎖に吊られたまま揺れていた。
 その身体には、ゴルドンの重い鞭のせいで他よりもくっきりと痕が残っていた。
 それらはかなり赤みが強い。これは表層の皮膚を切り裂き毛細血管を傷つけているからで、破れた血管からすぐに血が滲み出してくるからだ。
 現に今も目の前で、じわりと滲んだ血が集まりプクリと盛り上がって流れて下に行くほど大きくなって、途切れた先で滴を作り、肌を伝って落ちていく。
 皮膚一枚、傷の程度でいけば掠り傷で、一本一本はたいしたものでない。
 ただ傷以上に打たれた衝撃が身体にダメージを与えているのだが、傷のほうがインパクトがあって、それが傍目には見えないのがゴルドンの技だ。
 俺のほうは叩き付ける感じなので、皮膚が裂けずともその分内出血を起こし、骨や筋肉にダメージを与えている。腹を打てば内臓すらダメージがあった。
 特に外面的には内出血は広がるから、よけいにひどく見えるのだ。
 だからゴルドンの痕と俺のとを比べればすぐに判るのだが、今回の場合はその長い鞭で打った分、肩から尻タブまでくっきりと痕が刻まれている。上から下まで滲んだ血が集まれば滴ぐらい余裕でなった。それが五本、全て右肩から左の尻にかけて、微妙にずらして伸びているのだ。
 そんな五本の平行の線は、間隔としたら一センチもないだろうけれど、そのせいで、痛みは線ではなく面で広がり、幅広のスパンキングの板で打ったよりも強い痛みを感じるはずなのだ。