蟻地獄の甘い餌4

蟻地獄の甘い餌4

 抜かずの三発なんて、久しぶりだった。
 いや、ベッドの上ならそれもいつものことだが、吊した相手に盛った上の三発なんて初めてだった。
 もとより、こんな吊り方をした相手など、毛むくじゃらの軍人や腹の出た中年親父などというどうにも色欲が湧きにくい相手のほうが多かったせいでもあるけれど。
 さすがに一目で気に入った相手となると、俺の下半身は節操無く元気で、今でも満足していないとばかりに、欲求不満を訴えている。
 だがさすがに、見ているだけの連中にはつまらなかったようで。
『てめぇ、いつまで盛ってやがるっ』
 三発目を出し切ったところで届いた罵声にさすがに我に返った。
 同時に全身を襲う疲労感にも気が付いて、けっこう長い間犯していたのだと、ようやく悟った始末だ。
 ふっとリアンを見やれば、がっくりと肩を落とし頭を垂れていて、その首は引っ張られて絞まり気味だということにも気づく。
「やべ……」
 口内だけで呟いて、首の鎖だけは外してやると、とたんにがくりと深く落ちてしまい、慌てて手を差し伸べてその横顔を窺ってみた。もう気でも失っていたかと思ったけれど、まだその目は虚ろに開いているし、身体の動きも残っていた。
 だがその動きも、少しでも俺から離れようというものらしいけれど、まともに動かぬ足はその場から一歩も動けていない。
 まあ、初めてペニスを銜え入れて、俺がこれだけ突き上げてやれば、たいていの男はベッドから起き上がれないのが常だから、当然と言えば当然なのだが。
「おい、見ろよ」
 朦朧としても聞こえているのだろう、視線が声の元を探すようにわずかに動く。
 それでもはっきりとはしないその視線を、前髪を引き掴んであげさせて、鏡に向けた。
「鏡を見ろ」
 同時に、片足を抱え上げて、尻の後ろから腰で押し上げて、股間の奥を晒す。
「美味かったろう? 淫乱の大好物をいっぱいもらって」
 抜いた動きの拍子にたらりと糸を引く白濁が、くっきりと鏡にも映っていた。
「あんな野郎どもじゃ、一度にこんなにももらえねえからなあ。てめぇが満足するまで、やつら全員で突っ込んで、掻き回して。このバカ穴が壊れるまで使って、ようやく満足するほどもらえるんだ。欲しくて欲しくて男どもに傅いて、そうやって、毎日飢えて過ごすのが貢ぎ物のなれの果てだよ」
 話しかけていれば、少しずつ意識がはっきりしてきたのかその瞳の焦点があって、視線がまっすぐに己の大腿を流れる精液へと向けられて。
「……っ」
 嗚咽を飲み込むように喉の奥が苦しげに呻き、その頬に、新たな涙が溢れ零れる。
「てめぇの穴は男を喰らうための穴だってことだ。まあ、俺ならばてめぇがこうやって満足するまでやれるけどなあ。しっかしさすがにモリエールの息子だな、身体で取引を取れるのも道理、淫乱な身体はたいそう良かったぜえ。俺もさんざん搾り取られた」
 泡立ち流れるそれを指先で掬い取って、リアンの目の前で指の間で糸を引かせる。そのまま頬に触れて、滑る指でゆっくりと頬を辿り、顎を辿り。唇に近づいたとたんに、慌てたように顔を背けて離れた。
 ならばとその指を今度は胸元に降ろして。
「こっちもしっかりと馴染んだなあ」
 傷を作るほどに食い込んでいる分銅を吊したクリップを弾いてやる、と。
 ぷくりと溢れた血の滴が、乳首から落ちる前に、リアンが小さく首を振り始めた。
「ひ、やぁ……ぁ、も……、もう、……ゆるし……て……」
 初めての懇願がその口から零れたとたん、堰を切ったようにはっきりとした嗚咽が溢れ、泣き出した。
「も……無理……、ぃ……やぁ……ぁっ、ゆるし……て……ひぐっぅ」
 無駄に高いプライドがようやく剥がれ始めたのだ。
 プライドと強気だけで逆らってるというのは判ってはいた。
 俺たちの部隊にいる連中のように精神が鍛えられているわけではないから、俺たちの拷問に堪えられるわけはない。
 けれど、ただプライドと、そして俺への対抗心、それだけが、今までこいつを支えていたのだけど。
 上っ面が外れてしまえば、これはもろい。
 けれど今はまだ、初めての陵辱と疲労と絶え間なく襲う苦痛に、壁の一つが剥がれただけだ。
 甘くしてやれば、すぐに壁は盛り上がり、塞ぎにかかるだろう。
 それに、ここで許して止めるくらいなら、こんなことは始めていない。
「許して? なら、全部吐くんだな。名前、地位、階級、基地の人数に、武器庫の収容量、ああ、後は秘密通信の暗号解読ルール、物品運搬航路とそのための通信網、ついでに全軍の武器弾薬の購入量と購入先……全部言えたら、許してやる」
 声音に脅しを含めて、本部が欲しがるであろう情報を列挙した。
 その一つ一つに、リアンの顔が悲痛に歪んでいく。
 その横顔を観察しながら、俺は膨らんだ血の塊を精液が絡んだ指先で受け取り、親指と人差し指で擦り、混ぜていた。
 白と赤のコントラストが美しく、にちゃっとした感触がおもしろく、けれどそこにリアンの悲痛な声音が被さった。
「そ、そんな……知らな……、そんなこと、まで……」
「どうしてだ? てめぇは、あの脱走した一団の中にいた。そして親父は中央にも食い込んでいる武器商人。知らないはずはねえんだよっ」
 逃れられぬように背後から抱きしめて、未だ無事な側の乳首へと濡れた指を伸ばした。
「言えよ、ほら。でねぇと、こっちにはぶっとい針でも突き刺してやろうか」
 いつかはしてやりたいことであるピアッシング。
 これにはどんなデザインが映えるだろうか?
「む、無理っ……たの、む……許し……」
 摘まみ、引き延ばし、爪先でつんつんと突き、ここに開けるのだと教えてやりながら、恐怖に歪む様を堪能しつつも、怯えて恐れるリアンがかわいそうだとは思う。
 こんな目に遭わせるしかないというのも気の毒だとは考える。
 だが、もうどうしようもないのだ。
 俺がリアンを気に入ったその時から、いくつもの分岐点があったにも関わらず、俺たちはこの運命を選び取ってしまった。
 リアンは親父に従ってあの基地にきて。
 俺は、よりによってこんな拷問を得意とすることが有名な部隊にいて。
 何より、こんなかわいそうだと思うリアンであっても、もっと愉しみ、いじめ抜きたいと欲情しているという、こんな性癖を持っている俺に捕まって。
 少しでも幸いがあるかもしれないゴールまでは、もう一本しかないうえに、後戻りすらできないのだ。
「ふん……言わないっていう選択肢はねえぜ……」
 まあ、虐めすぎて早々に壊れてしまってはしょうがない。だから、ピアッシングは後の楽しみにとっておいてやることにして。
「まあ、この可愛い乳首がぶっ壊れるのもイマイチだしなあ。ん、じゃあ、ここを貫く代わりに、浣腸一発、それで許してやるよ」
 どうせ洗浄しないといけない手段ではあるけれど、その単語にリアンの身体が小刻みに震え始めた。
「い、いやだ……か、んちょーは……」
「そうかあ。さっきヒイヒイひり出したときも、よがってたじゃねえか。なんだかんだ言って気持ちよかったんじゃねえのか。喘ぎ声も色っぽかったしなあ」
「ち、違う、それは……」
「まあ、そんなんどーでも良いんだよ。今てめぇが選べるのは、乳首にぶっとい穴開けんのか、浣腸でクソ吹き出すのか、どっちかだけだ、さあ、1分以内に選べ」
 ぎりりと奥歯を噛みしめて、けれど睨み付けてきたのは一瞬だけですぐにその視線は逸らされた。
 
 
 
 結局、一分が経つ前にリアンが選んだのは浣腸で、それしかないだろうなと思った俺の手にはすでにシリンジが握られていた。
「だったら、大きな声で言えよ。何をして欲しいか、きちんお願いしな」
「う……お、お願い、します……。浣腸、してください……」
 屈辱に顔を赤らめ、視線は微妙に外しながら、それでも言われたとおりに鏡を見ながら最後まで言い切る。
 まあ、言い切らなければ、ピアッシングをペニスにしようかとほのめかせたら、血相を変えて僅かな反抗心も潰えたようだ。
 まあそれも、いつかは「やってほしい」なんて喜んで言ってくれるとうれしかったりするのだけど。
「よし、だったら、尻を出せ」
「え……」
 前のようにうつぶせでやるのかと思っていたのか、リアンがいぶかしげな声を出す。
 実のところ、リアンは犯した時と同様に吊したままで、外れたのは首の鎖だけだ。
 だが、俺はそれに構わず、リアンの身体を回転させ、突き出した尻を鏡に向けさせた。そのまま足首を蹴飛ばして、枷の遊び分も含めてしっかりと広げさせる。
 その格好でいさせたまま、例のシリンジにたっぷりとぬるま湯を吸い込んだ。そのまま尻へと向ければ、嫌がるかと思ったが、意外にもじっとしている。
 だったらと。
「もっと尻を突き出せ、尻を緩めるんだ」
 冷たく命令してやれば、一瞬ためらい、けれど柔順に尻を突き出したけれど、その耳朶は真っ赤に染まっていた。従わなければ痛い目に遭うとは判っていても、まだまだ心の底から従おうとしているわけではないからだ。
 決して人前に晒すことのないはずの尻穴を鏡に映すほどには屈していても、だ。
 小刻みに震えるその穴は、俺のに擦られて赤みを濃くしていた。閉じてはいるが、一度広げられたそこは綻びかけた状態だ。そのせいで、中の脈動のままにたらりと精液が溢れては落ちていく。
 その穴に、俺はぷつりとシリンジの先端を差し入れた。
 ビクッと小さく震えた腰は一瞬引きかけたが、なんとか足に力を込めて踏ん張っている。
 ちらりと伏せている顔を見上げれば、目元を羞恥に染めて奥歯を食い縛っているのが見えた。
「へえ」
 と思わず零した嘆息は、必死に堪えているリアンには聞こえていないだろうけれど。
 どうやら、我慢しているのは恐怖のせいだけではないらしい。一度従うと決めたことを破ることはできないという、役にも立たないプライドがまたぞろ復活しているのだろう。
 いやいやどうして、結構頑固だなあと、新たな一面を知ってうれしくなる。
 やはり短い酒場だけの逢瀬では、人の本質全てを見抜くことは難しい。けれど、だからこそ攻略しがいがあるとも言えるのだ。
 視線を尻に戻して、ゆっくりと水を注入していくといけば、水流に刺激されたのかすぐそばの腹がゴロゴロと音を立て始めたのが聞こえてきた。
 ぴくりと震えた尻タブに力が入っていくと同時に、小さく震える。頭上でくっと息を飲む音もして、見上げればさっきまであった頬の赤らみが消えていた。
 どうも、あまり腹の我慢は効かない質らしい。
 まあ、浣腸なんて行為は相当な便秘体質でもない限り、そうそう経験するものでなく、まして人としての尊厳に関わる部分でもあることだし。
 なんてことをじっくりと考えながら、ことさらにゆっくりと注入したのはわざとだ。
 ほとんどを注入し終える頃には三分は軽く経っていて残り僅かになったとき、俺は押し込んだプランジャーを引き出すことで入り口近くの白濁混じりの液を半分ほど吸い取った。そしてそれを再度ゆっくりと押し込んでいく。
「な、あぁっ、やぁぁっ」
 終わったと思ったとたんに吸い出され、再度入ってくる感覚に、リアンが悲鳴を上げる。
 幾ら中が減ったからと言っても、腸はすでに活発に動いていて吐き出したくて堪らないはずなのだ。けれど、そこにまだ入っていく。
「も、も……出し、たぁぁ、ぁぁ」
「まだ全部入ってねぇ」
 ヒクヒクと尻穴がひくついて、ぷちゅっと入れた端から水が溢れ出していた。
「入れきる前に出し切ったら、どうなるか判ってんだろなあ?」
 ドスの利いた声音が届いたのか、流水が止まる。
 ぐぅっと腹の音以上に鳴ったのは喉の音で、背中で戒められた手が硬い拳を作っていた。
 その姿を満足げに眺め、入れては吸い出し、また入れるのを繰り返す。
 汚物すら混じりだした液を、再度入れ始めたときにはもう十分近くが経っていて。
「ひっ、ぁ、ぁぁ、やぁぁっ」
 ひっきりなしに漏れ聞こえる苦痛の呻きと外まではっきりと聞こえる腹の音、何より尻穴から零れ始めた水の量に、俺は限界を読み取って。
「おい、まだ全部入ってねぇてぇのに」
 揶揄の言葉をかけて絶望を助長させてしまえば、リアンの気力はあっけなく崩壊した。
「いぎっ、いあぁっ、あっ」
 天に向かい咆吼を上げる獣のように、叫びながら尻から汚液を拭きだしていく。
 今回は何も容器を出していない上に、高い位置からの噴出に、床を打つ水音と弾ける音が室内に響いた。
 固形物自体は先に出してたから、出てくるのは液体ばかりだ。
 ビシャビシャと自身で作った水たまりで跳ねて、尻だけでなく足を汚していく。
 まるで粗相をした幼児のようなその姿に、俺は堪えきれずに笑い出した。
「いいな、けっこうかわいいな、そんなお漏らししている姿も。もう一回してみるか、お漏らし」
 そんな言葉に、悲鳴が消えたリアンはもう力無く項垂れていて。
「い、や…………」
「そうかあ、だが、まだ俺は出して良いって言う許可は出したねえんだよ、こらっ」
 顎を掴み、無理矢理に顔を上げさせ、覗き込む。
 その瞳にあからさまに浮かんだ怯えを助長するように、眇めた目で睨み付けた。
「締まりのねえ穴は、塞いどくに限るって、てめぇも思うだろう?」
 そう言い放つと、リアンの反応を無視して離れ、水道に繋げておいたホースから水を吹き出させて、手早く足と床の汚れを排水溝へと流し込んだ。
「ひ、痛っ、くっ」
 少なからずある全身の傷に、冷たい水が染みるのか、身体をくねらせて逃れようとするけれど、逃れられるはずもなく、水の強勢いにあっという間に汚れは落ち、全身がびしょ濡れになった。
 もう尻穴からも何も出てきていないし、腹具合も落ち着いたようで、さっきのような苦痛とは違う表情であることを確認した上で、今度はスプレー式の化膿止め入り傷薬を吹きかける。
 とたんに。
「ひ、し、しみっ、痛っ、あっ」
「染みるか、ははっ」
 もっともこんな時に使う薬はろくでもないものが入っているのが俺たち流だ。これも傷によく染みる薬剤が混ぜ込んであって、吹きかけるたびにリアンもヒイヒイと喚き暴れる。
 特に、それでなくても染みやすい粘膜の、尻穴に吹きかけたら飛び上がって悲鳴を上げたほどだ。
 それでも、化膿止めの効果のために、たっぷりかけてやるのは忘れない。
 そのまましばらくひりつく痛みを堪能させて、本日最後の仕上げにかかることにした。
「さてと、締まりのねえ穴はこれで塞いどいてやるよ」
 許可なく排泄した穴を塞ぐために、転がったままの台車から取り出したのは、俺のより少ーしだけ細いディルドだった。ちなみにコントローラーが途中についている電源コード付きで、結構細かな設定ができる優れものだ。しかも、固定できるようにディルドの尻を押さえるT字ベルトもついている。
 それを、もう言葉もなく凝視するだけのリアンの目の前で、ねっとりとした薬液を垂らして準備して。
「このチンポで締まりのねぇ淫乱おケツを塞ぐのと、チンポに麻酔無しで穴開けるのと選ばせてやるよ、どっちが良い? 十秒以内で答えろ」
 ディルドと太い針とを目の前でちらつかせ、決断を焦らすカウントダウンを少し早めに進めて行くと。
「あ、やっ、チンポっ、チンポでっ、ふ、塞いでっ、お願い、しますっ」
「!!」
 ”一”を口にする前に届いたうわずって掠れた声音の、俺の下半身への破壊力は予想以上だった。
 しかも、腰砕けになりかけたのは俺だけではないらしく、イヤフォンからもなんとも言えぬ呻き声が複数入ってきている。
 なんとまあ、色っぽい声でお強請りしてくれたもんだが、本人の顔は強張ったままで、自分がどんなに卑猥な言葉を発したのか判っていないようだ。
 もっともディルドを凝視するその表情は、とうてい欲に狂ったお強請りのものではない。
「あ……ぁ、ああ、そうか。だったら、これで塞いでやる」
 ある意味主導権を取られたような、なんとも言えぬ屈辱感をごまかすように、俺はさっさとリアンの背後に回って、いまだ綻んだままのそこに速攻で突っ込んだ。
「んぐっ」
 びくと跳ねて仰け反る腰を抱え込み、小刻みの抽挿を繰り返して奥へと進めて行く。
 途中、明らかに反応のあった場所を覚え、ディルドの位置と向きを調整して、しっかりと奥まで差し込んだ。そうしてしまえば、まるで尻尾のように、コードとベルトが垂れている。そのベルトを股関節に回し、腰の亀甲縛りにも結わえ付けて、抜けないように固定した。
 その上で、吊していた鎖を外し、腕の縛りも解いてやった。
 その拍子に、力を失った身体ががくりと濡れた床に崩れ落ちる。
 元気があれば、今はどこにも固定されていないから逃げ出せるはずだが、と言ってもあの扉は外からしか開かないけれど。今のこれにはその気力もないようで、ごろりと転がって仰向けになるだけで精一杯。
 それでも逃亡防止というか、自害防止というか、首の鎖を最初の浣腸時に取り付けていた床に繋ぎ、両手も短くそこに繋ぎ直した。
 そのうえで、両側の奥歯にゴムを噛ませるタイプの口枷も取り付ける。こいつの性格で舌をかみ切るなんてことはしないだろうけれどと思いつつ、実際そんな一連の作業にも、リアンの反応は薄い。
 前髪を掴み顔を上げさせてみても、その瞳は霞がかかったように虚ろになっていて。
 言いかげん気力どころか体力も限界なのだろう。
 このまま放置すれば、きっとあっという間に睡眠という安楽の世界に逃げ出しそうだな、と思った時には、すうっとリアンの意識は薄れていく。そのまま首もこてんと落ちて、呼吸もゆっくりとなっていった。
 ここが敵地であるということも、憎むべき俺がまだここにいるということも、何もかも放りだしてしまうほどに、疲れ切っているのだろう。そんな、完全に夢の中に入っていったそのしどけない姿を確認し、俺はちらりとカメラがあるべき方向を見やった。
『OK』
 一拍遅れて聞こえた応えに、俺はいつもとは余分な作業に取りかかる。
 今のこの状態から何も動かさないように、部屋の数少ない死角に隠していた注射器を取り出して、薬液瓶から分量分を吸い出し、そっと取り上げた腕に血管を浮かせ、針の先端を突き刺した。
 幸いに、疲れ切ったリアンはその程度では目覚めることはなく、ゆっくりと適量ずつ入っていく抗生物質入りの栄養剤にも反応しない。
 普段はこんなことはしないが、今回ばかりは特別だ。
 後でビデオを止めていたと判らないように、手早くいつもとは違う手順をこなして、元の位置に全てを戻すと「OK」と小さく返せば、止まった時間は元に戻る。タイムスタンプのズレは、密かに編集してうまくごまかすことになっていた。
 後はコントローラーで強弱をランダムにし、時間もランダムに設定し直せば、スイッチを入れるだけ。
 ヴィーンと唸りだしたディルドの違和感に、リアンの身体がピクピクッと反応して。
 引きずり起こされた現実世界に戸惑ううっすらと開いた瞳を覗き込んで、わざとらしく囁きかける。
「寂しいだろうから、ディルドで遊べるようにしてやるよ。ついでに塗りたくっておいた潤滑剤には気持ちよくなるお薬もたあっぷり入っているしな。ああ、ついでにここにもかけておいてやろう」
 ディルドに塗ったその潤滑剤を、リアンの頭が言葉を理解するより早く、項垂れているペニスにたっぷりとかけてやる。
 それに気付いて跳ね起きようとした身体は鎖に引っ張られ、弾ね戻る。何度も絞まった細い首にはもうしっかりとアザが浮かんでいた。
「んじゃ、俺はもう休憩タイムだ、さすがに淫乱なてめぇを相手にするには疲れたから、休んでくるわ」
 ふわっと大きなあくびをして扉へと向かう俺の後ろで、リアンが何かを叫びかけていて。
 けれど、零れたのは甘ったるいうめき声だ。
「おやすみぃー」
 何か訴えるような声も全部無視して、外からタイミングよく開けてもらった扉をくぐり抜ける。
 重い扉は手を離せば、後はけたたましい音を立てて閉まるだけ。
 全てを遮断するその禍々しい扉に遮られてしまえば、もう何も耳には届かなくなった。